ではどうぞ
こんにちは、志摩鎮守府の五月雨です
本日は加来中将による空母運用の御指導を学ぶため、ある鎮守府へ八木提督と共に来ています
…が、八木提督やその他の加来中将の御弟子さん達だけで会議室に入ってしまったので、私はこのロビーで待ちぼうけです…
「…私…秘書艦なのに…」
「ありゃ?…八木提督の所の娘だよね?」
ロビーの椅子に座って肩を落としていると、背後から声をかけられました
加来中将の艦隊の艦娘さん…
失礼の無いようにしなきゃ…って思って椅子から立って敬礼したんですよ
「…え?…あ、はい…志摩鎮守府の五月雨です」
「あはは…いいっていいって、敬礼なんてさ」
その人は笑ってました
ええ。けらけらと…
「…ええと…貴女は…夕雲型の…」
「いんや?…あたしは陽炎型の秋雲って言うんだー」
「…秋雲…さん?」
秋雲さん…確か艦の頃は陽炎型なのに夕雲型扱いされてた…だっけ…
詳しくはわからないけど…
「そうそう。よろしくねー…って、やっぱ八木提督と似てるねー五月雨っち」
…なんかちょっと苦手なタイプかもしれません…
「さ、五月雨っち?…に、似てるって…そうですか?」
「ほら、八木提督ってさ、なーんか感情隠してるとこあるって言うか…表情に出ないじゃん。サミポンもなんかそんな気がするわー」
…む。そんなこと…
「…上官である加来中将の前でへらへらなんて失礼なことしませんよ?八木提督は…」
「ありゃ?怒っちゃった?そんなつもりで言った訳じゃないんだけどなー」
…そんなつもりじゃないならヘラヘラしながら言わないでほしいんですけど…
「…貴女達…掴みあって何してるのよ…」
ロビーの階段を下りてきたのは加来中将の秘書艦の叢雲ちゃんでした
「ありゃ?叢雲っちじゃん…もう提督の"講義"終わったの?」
「邪魔しないでください叢雲さん!これは私と秋雲さんとの決闘「はいはい…八木大尉ならもう港の方向かってるわよ…早く行ってあげなさいな」
「…むぅ…」
「あはは…残念でしたっ…今日はあたしの勝ちだね~サミちゃん」
「つ、次は負けませんから!あといちいち呼び方変えないでください!」
「…一体なんの勝負よ…」
私達を見て呆れてる叢雲ちゃん…
…八木提督の事馬鹿にされるとカッとなる性格…治さなきゃ…
「じゃあまたねぇ~五月雨ちゃんっ」
…この時が秋雲ちゃんとの初めての出会いでした…
その後も加来中将の元へ行く時は何故か狙ったかのように毎回絡んできて…
私のドジなところも見られちゃったりしたけど、気づいたら色々話せるお友達みたいにナッテタト思ウ…
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
志摩鎮守府
7月7日 0200
「…さて、今夜はこれくらいにしておこうか。比叡もあがっていいよ」
執務作業を終わらせた八木がペンを置き、秘書艦机で眠そうな顔で執務作業を行う比叡にそう声をかける
「そうですね…明日の七夕祭りにも影響出ちゃいますし」
ふぅ、と八木はため息を吐き、比叡に淹れてもらったコーヒーを一口飲み、哨戒表に目を向ける
「…今哨戒に出てる球磨と多摩の帰投予定時刻は…っと…」
資料をまとめた比叡はよっこいしょ、と執務椅子から立ち上がる
「…それでは司令。先にあがらせていただきますね」
「うん、お疲れ様」
八木に敬礼すると、比叡は執務室から出ていこうとする
《…たす…け…て……》
「…ん?…比叡、なにか言った?」
「…はい?…いえ…何も言ってませんけど…」
「…そっか…いや、なんでもないんだ…」
一瞬だけ誰かの声が聞こえたような気がしたが、八木は首をかしげて資料を執務机の上で整理する
比叡が扉を開けると、執務室の廊下は既に暗くなっていた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…はぁ…はぁ…」
同時刻、五月雨の引きこもっている艦娘寮の部屋…
電気のついてない真っ暗な部屋の中の壁紙は剥がれ、窓はカーテンで閉めきられている
小机と椅子はひっくり返り、ベッドのシーツは濡れている
「…が…ぁ……はぁ…はぁ…」
そのベッド上では顔色が悪くなった少女、五月雨が脂汗をかきながら息を切らせていた
(痛い…頭が痛い…まるで頭が割れる様…)
五月雨は眼を強く瞑って両手で頭を押さえる
(助けて…!提督…!提督!…)
「…ぐっ…うう……ふぅ…ふぅ…」
何かの気配を感じて五月雨は窓の方へがばっと視線を向ける
「……だ、れ……?」
カーテンが閉められた窓の向こう、その向こう側にはまるで大きな蛇のような影がゆらりと見えた
五月雨は口元を手で塞ぎ、声を殺す
「……なに…はっ!?」
違和感を感じて自身の右足を見る五月雨
しかしそこにあったのは一度無くなり、治ったと"思っていた"右足ではなく、真っ黒な…影のように、闇のように真っ黒に変色…いや、塗り潰されたような色の右足だった
「…あ、ああ……」
五月雨は震え、自分の右足に手を触れる
そこに触られた感触はない
しかし確かに五月雨の右足には黒い"何か"がある
その黒い何かは五月雨の右足から分裂するように影を伸ばし、部屋の壁の方へと伸びる
伸びた影がまるで蛇の身体のようにうねり、やがて五月雨の目の前に現れたのは…
赤い眼を持った、全身が真っ黒な…
龍だった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
艦娘寮 廊下
電気の消えた真っ暗な廊下をパジャマを着た小さなレディが寝ぼけ眼で歩いている
「…おといれ…」
枕を抱き抱えた暁だった
「…ん…あ…れ?」
トイレに入ろうとする暁は廊下の向こうから近づいてくる人影に気づく
「……さ、五月雨ちゃん…?」
久し振りにその友人の姿をみた暁は目が覚め、枕を放って向かってくる少女に駆ける
「五月雨ちゃ[来ないで!来ちゃ駄目!]
「…え?」
声は聞こえないが、口を動かす五月雨を見て足を止める暁
そこでようやく五月雨の異変に気づいた
いつとの白露型の制服姿の五月雨
その五月雨の身体中には真っ黒な龍が巻き付いている姿を
「…なに…それ…」
[逃げっ…!]
暁の問いに五月雨が答える前に、真っ黒な龍は暁へ襲いかかる
「…ぷっ!?」
直径約1.2メートルの胴体を持つ黒い龍が暁の頭から腰にかけて巻き付く
「んむっ…!んー!」
叫ぶことも出来ずに龍に巻き付かれた暁は廊下の壁に一度激突し、もつれた足でそのまま女子トイレへと入ってしまう
[暁ちゃん!…暁ちゃん!]
もう艦娘の声のそれとは違う五月雨の叫びも空しく、五月雨は自由に動けない己の身体を呪う
[なん…!なんで…身体が…動かない!]
カシャン、と女子トイレの洗面台横の小窓の割れる音がした
見れば龍によって暁は顔面から窓に叩きつけられた
「い、いひゃい…さ、五月雨ちゃん…なんれ…」
パラパラと小窓の枠から割れたガラス片がトイレの床に散りばめられる
暁はガラス片で切った額と頬から血を流しながら身体を震えさせる
「いや…いやっ…がっ!」
更に龍が暁の足に巻き付き、思い切り引っ張り、転ばせる
『ブッ…ブリュッ』
再びガラス片の飛び散る床に顔面から倒れこんだ暁は前歯を折り、意識が朦朧とする
更に前面から倒された反動で脱糞
暁のパジャマのズボンは茶色い染みが出来る
龍はふしゅるる、と息を吐き、意識が半分飛びかけた暁を仰向けにさせる
血と涙…そして涎でぐしゃぐしゃになった暁は自分の頭上にいる龍を見る
「…しゃ…しゃみや…う、ぅや、やぁあ…」
龍は暁の言葉を気にすること無く仰向けになった彼女の腹部にその鋭い牙を立て…
ぐしゃっ
ぶちゅ
ごり…ごり…
ぐしゃ…
ぶちぶちぶち…
[いやっ!…暁ちゃん!!…やめて!もうやめてぇえっ!]
廊下にいる五月雨から女子トイレの中は見えはしない、しかし龍の神経を通して暁を屠る光景が五月雨へと流れ込んでくる
皮が剥がされ、血肉を貪られ、骨を潰され臓物を引きちぎられる
しかし喉を潰され叫ぶことも出来ない
暁は生きながらにして、声にならない声で叫び、その小さな身体をズタズタに引き裂かれ、食べられたのだ
[いや…なんで…こんなこと…]
「…んー?なにさぁ…うるさいなぁ」
他の部屋の扉が開き、一人の少女が顔を覗かせると、暁を食べていた龍が物凄い速さでトイレから出てきて部屋から出てきた少女の頭にかぶり付く
「きゃ…」
叫ぶ暇も与えられないまま少女は頭を噛み砕かれる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから十数分間、静かな殺戮は執行される
艤装制御装置の影響を受けている艦娘達の身体はまさに人のそれと同じだ
化け物を相手にすればその力は非力なもの
更に就寝中に襲われたとなれば、いくら訓練で鍛えられていると言ってもすぐには頭も身体も動けない
「ん?なんの音かしら」
艦娘寮、とある部屋でも1人の少女が小さな物音を聞いてベッドから起き上がる
「んー…暁ちゃんがトイレから帰ってきたんじゃないのぉ?」
もう1人も眠そうにベッドから起き上がり、布団から顔を覗かせる
「…やっぱり1人じゃ怖くて…じゃない?ふふ…可愛いわね」
そうくすくすと笑いながら扉を開ける少女
「…え?」
扉を開けると、赤い眼の黒い何かが口を開けて構えていた
「なに、こ…ぎゃっ…」
「如月ちゃん!?」
鮮血
龍に噛みつかれた少女は傷口から血を吹き出し絶命
「…い、いや…いやぁぅぐむっ」
そのまま少女の名を呼んだもう一人の少女の頭に胴体を巻き付き、絞めあげる
[やめて…もう…やめて…お願い…]
五月雨の願い空しく、龍は殺戮をやめはしない
駆逐艦の少女達は頭から噛み砕かれ、巡洋艦の少女達も犬がおもちゃを咥え頭を振るように遊ばれ、海防艦の少女達は丸飲みをされる…
それらの光景は全て五月雨の頭の中に見せられ
[…ふ、ふふ…あはは…]
いうことの聞かない五月雨の身体は死体の山へと近づき
[あはははは!あは、あははははは!!]
少女は1人涙を流しながら狂ったように笑い出す
『ガシャン』
『ジリリリリリリリ』
龍が寮で暴れ初めて更に数分後、異常事態を察知した少女が警報器を押すと、基地中に非常ベルが鳴り響く
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『どうした!?何が起きた!?』
『こちら綾波です!何者かが基地内に侵入しました!司令官!すぐに艤装解除を!』
『深海棲艦か!?…なんっ…!わかった!すぐに解除する!』
『八木提督!一体何が起きて…うぐぁあっ!』
『緊急事態発生!緊急事態発生!基地警備隊至急配置へ!基地警備隊至急配置へ!』
『比叡です!司令!すぐ寮に向かいます!』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ズドン、と基地本館と寮を繋ぐ連絡通路に爆発が起こる
『なんだこいつは…砲撃が効かない!』
『効かないわけないわ!撃って!撃ち続けて!』
『だめだ!みんな逃げ…ぐぁあぅ!』
『艦隊!動ける者はドックから海へ出て!海からの方がこちらの火力が上がります!あの化け物を殺して!』
寮から工廠へ続く方角へ爆発が続く中、執務室にいる八木は窓からその光景を見ながら、慌てながら無線機を手に取る
「東海支部!こちら志摩鎮守府!基地内に正体不明の…し、深海棲艦が侵入、現在応戦中にて応援求む!繰り返す、こちら志摩鎮守府!基地内に深海棲艦が侵入、現在応戦中にて応援求む!」
『こちら東海支部。了解、近隣住民の避難の為の憲兵隊を出動させる、また、他鎮守府からの応援を待て』
東海支部への連絡が繋がったと確認した八木は荒めに無線機を置き、執務机の引き出しからタブレットを取り出し電源をつける
「妖精さん!」
〈はい!提督!〉
執務机の影からひょっこりと現れる妖精さん
「敵の位置はどこかわかるか!?」
八木はタブレットで基地施設内の地図を開き、再度無線機を手に取る
〈…むむむ…我々妖精ネットワークによると………!…現在海に出始めた艦娘の皆さんを追って大きな何かがドックの方へ向かっています!〉
「…ドックか…!現在寮、及び基地内にいる全艦娘へ告ぐ!基地に侵入した敵はドックから海へ出ようとしている!全員艤装展開し、ドックの見える西の運動場へ移動!運動場から海へ向かえ!」
「…そして先に海へ逃げた者!後発組が運動場側から海へ行くまで逃げ回りながら何とか時間を稼いでくれ!」
『了解!』
『了解っ!』
『了解!』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
基地本館廊下
ひたひたと裸足で廊下を進む白露型の制服姿の少女が1人
近くの部屋では武装した警備隊が慌ただしく動き回っている
「東海支部からの応援はまだか!?」
「まだ到着の通信はありません!」
「E班!基地一階での火災の消火作業はまだか!?おい!E班!」
「…い、E班と連絡が繋がりません!」
「なんだと!?…くそっ…!一体……ん?」
隊長格と見られる中年の警備隊員が少女の存在に気づく
「…艦娘さんか…貴女方は貴女方のやるべき事があるだろう!…すぐにここから…」
青白い顔色をした少女は、警備隊の部屋に入ってくるなり、隊長格の男性の口元の前で瞬速で真横に手刀動作を行う
「…た、隊長…?」
「…ん…な…なに…ゆ…ぷひゅ…ぷぁあ?」
他の警備隊員が心配し、声をかけると隊長格の男性の口から頬に、頬から後頭部にかけて一本の線が入る
「…ご、ぶ…じゅ…じゅじゅじゅ…」
顔に線の入った隊長格の男性は、意味不明な単語を発すると、顔の上半分がずれ落ちる
「ひ、ひぃぃいいいいっ!!」
顔上半分がずり落ちた隊長格の男性が床に倒れると、大量の血液が部屋の床にぶちまけられる
錯乱した警備隊員達は驚き、叫ぶ
「ば、化け物!」
[…やめて…みんな……逃げてぇ…]
無表情の少女、五月雨は警備隊員達に聞こえない声で叫ぶも、その身体は勝手に動きはじめ…
「ぎゃぁぁああっ!」
「ぐっ…ぐぇええっ!」
「う、撃てぎゃああっ!」
「た、助けっ…うわぁあっ!!」
「…」
「…」
警備隊の待機する部屋は五月雨の手によって地獄絵図となる
血肉が天井までぶちまけられ、腕か足かもわからない部位が散らかり、臓物が窓に張り付く
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
西の運動場
「戦艦は何人生きてる!?巡洋艦は!?」
寝間着で使っている着物姿の戦艦武蔵が基地内の全ての艦娘に打電する
『比叡生きてます!今運動場へ向かってます!』
『陸奥よ!そろそろポイントへ到着するわ!』
『日向だ!扶桑も山城…駄目だった…』
『青葉です!衣笠と加古…あと筑摩と熊野が生きてます!』
『大鳳です!…空母寮は殆どが…今ドック側から海に蒼龍さんと翔鶴さんが…』
『…羽黒です…駆逐艦寮と海防艦達は……う…うう…』
くっ、と武蔵は表情を強ばらせる
「…泣くな!泣いても状況は変わらない!ポイントに…運動場近くに到着次第海へ!誰か!照明弾か探照…
武蔵が言い終わる前に工廠で大爆発が起きる
工廠にある燃料に龍の砲撃によって引火したようだった
「…くっ!…艤装展開と同時に目標をねらえ!」
武蔵は無線でそう叫び捨て、運動場の柵を飛び越えて海へ着水する
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドック側の海上
「うて!うてうて!」
どん、どん、と巡洋艦の少女達は自分達を追ってくる黒い龍に向け、逃げながら砲撃する
それらの砲弾は半分近くが龍に直撃
しかし龍は怯むこと泣く口を大きく開け主砲と見られるものを喉奥から吐き出し
ズドン
「ぎゃあっ!」
「長良!…このぉおお!!」
「やめっ!逃げろ!逃げろ逃げろ!」
『全艦隊、砲撃開始!』
武蔵の声が聞こえると、西の運動場方面から放物線を描いて龍に向けられた砲弾が飛んでくる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
突然現れた深海棲艦の龍と、志摩鎮守府との戦いはその後数十分続いた
武蔵達、戦艦の砲撃を受けても龍は沈むことはなく、追いかけていた軽巡、駆逐艦はみな食い殺され、砲撃してきた武蔵達にも龍の攻撃によってほぼ壊滅
一方基地本館の方では自我しか残っていない五月雨による士官や職員達への虐殺が行われる
「…総員!…誰か!…応答せよ!…志摩鎮守府!」
執務室、八木が無線機に呼び掛けるが、誰からも応答はない
「…誰か!…誰か!!」
『…』
「くそ!」
無線機を放り、執務室から出ていこうとする八木
〈提督!危険です!…提督!〉
妖精の制止も聞かずに八木は扉を開け、執務室前の通路に出ると、薄暗い廊下の先に1人の少女の影が見える
「…!?…比叡か…!?…綾波か…!?」
八木はそう問うが、少女はなんの反応もしない
「…く…」
少女一歩八木に近づくと、八木のこめかみに痛みが走る
[…提……督…]
頭の中へ流れ込んできた様に聞こえた、聞き覚えのある声を聞いて八木の顔は青ざめる
執務室からの明かりで、その姿が見えはじめる距離に少女が歩いてきて、やっと八木は少女が誰かを確信した
「…五月雨……?」
執務室前の通路、その中央に着ている制服が血で真っ赤に染まった五月雨がふらつきながら光のない瞳で八木を見つめていた
「…なっ…さ……一体……は?…」
血濡れの五月雨を見て混乱する八木
彼女が一歩近づくと、八木は一歩下がる
[…提督……提督……]
虚ろな表情で助けを求めるように八木に近づく五月雨
八木も手を伸ばそうとした時
〈提督!「司令!」
通路の壁が爆風と共に崩れ、五月雨と八木の間に艤装を展開した比叡と、比叡の艤装に乗った妖精達が現れる
「…比叡っ!?」
「彼女はもう…五月雨ちゃんではありません!」
五月雨から視線を外すことなく八木にそう訴える比叡
「い、一体何を「理由や経緯はわかりませんが、五月雨ちゃん…いや、彼女"達"から深海棲艦の信号を感じます!」
〈提督!早く逃げてください!〉
八木は驚きつつ薄暗い通路で比叡の姿をよく見る
比叡の制服は所々焼け焦げ、腕からは出血、額からも血を流しており、ここに来るまでに"何か"との戦闘を行っていたことがわかる
「ま、待ってくれ比叡!…何がなんやらだ!…その子は五月雨じゃ「ガァァアアアアア!!」
比叡を追ってきたのか、彼女が飛び込んできた通路の壁穴から黒い龍の頭が比叡を襲う
間一髪で比叡は龍の攻撃を避けるが、通路の狭さのせいで艤装は思うように動かすことが出来ず、龍の鼻に無理矢理拳を叩き込む
「…うりゃぁあっ!!」
比叡からの直接攻撃が想定外だったのか、一瞬怯んだ龍はそのまま反対の壁を突き破って通路の外へと逃げる
「…司令!今のうちに!…早く!」
「だ、駄目だ!比叡達を置いて…五月雨だってまだ!」
苦虫を噛み潰したような比叡は叫ぶ
「綾波ちゃん!」
「司令官!ごめんなさい!」
いつの間にか八木の背後に立っていた綾波が艤装を展開したまま、八木の腰をしっかりと掴み抱き抱える
「…行って!」
「はい!」
「あや、な…!待て!比叡!五月雨!」
八木を抱き抱えた綾波を追おうとする五月雨
そんな五月雨を止めようと、壁を傷つけながら無理矢理艤装の砲塔を回転させる比叡
「駄目よ五月雨ちゃん!…行かせないっ!」
しかし再度、壁を突き破って比叡を襲う龍
「…ぐ!…こ、このぉお!!」
龍の突進と共に通路の外へと押し出される比叡
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お、降ろせっ!降ろしてっ!綾波!」
「……」
通路を走り抜け、非常階段で一階まで降りた綾波はようやく抱き抱えていた八木を降ろす
「…ぐぅ…」
しかし彼女も負傷していたのか、八木を降ろすと同時に自身の脇腹を押さえる綾波
「だ、大丈夫か!?綾波!」
よく見れば綾波の着る黄色生地のふくろう柄の寝間着、その脇腹は血が滲んでいた
「…ふふ…なんのこれしき、です…私のことは気にせず…早く基地の外へ逃げてください」
「そんなこと出来るもんか!…なんとか五月雨を止めないと「それは無理です司令官…私と吹雪ちゃんで説得を試みましたが…私は脇腹を、吹雪ちゃんは頭を潰されて……殺害されました」
「ふ、吹雪が…!?」
こくりと頷く綾波
「…何者かに操られて…いえ、まるで憑依…五月雨ちゃんの心のスキマに…何かが入り込んだかのようでした…私達の言葉は届かず、五月雨ちゃんからの攻撃に迷いはありませんでした」
「…なら…五月雨を操っている何者かを見つけて〈それは出来ません提督…五月雨ちゃんの艤装はもう艦娘のそれとは違います…正しく言えば深海棲艦の艤装とも少し違う気がしますが、五月雨ちゃんを操っている者を見つけて倒すことが出来ても彼女がもうもとの姿に戻ることは…〉
「…くっ…なら…どうすれば…!」
頭を悩ませる八木の肩にぴょんと乗る妖精
〈…提督…やはり例の装置を使うしか…〉
「…!…いや、あれはまだ試作前のものだ…上手く行く保証なんて…」
八木は首を横に振る
艦隊指揮、海軍の心得を教えてくれた師匠であり、信頼する上官である加来との別れは八木にとって決して忘れることの出来ない思い出となった
五月雨や比叡、綾波達からのフォローもそうだが、彼が今日まで立ち直ることが出来たのが、妖精との装備開発だった
妖精と意志疎通が出来るという天性の才能を使い、自分にしか出来ないことをすることで、自分は誰かのために力になれる。その為には立ち直らなければならない、と…ある種の自己暗示をかけることで加来への想いをある程度断ち切ることができた
五月雨のクリティカル高めの主砲や、綾波の超速タービン、比叡の装備する特殊バルジも八木と妖精との共同開発の賜物である
そして、妖精の言った例の装置というのが、最近まで開発していた深海棲艦に対する強制艤装解除装置のことだった
試作前と八木が言いはしたが、実際装置自体は完成しており、後はその効果を実際に見ることで次のステップへ、というタイミングとしては今がそのチャンスでもあった
「…わかった…すぐに装置を発動させよう…」
「装置を発動させて…彼女を…五月雨ちゃんを楽にしてあげてください…それが出来るのは…きっと司令官だけです…」
綾波の言葉に眉を寄せる八木は、肩に乗る妖精の方に視線を向け
「…楽に…って…そういうこと…だよね…」
〈…はい…五月雨ちゃんがあそこまで変化しているのなら……もう元に戻るのは無理です…〉
「…」
〈…提督…お気持ちはわかりま「わかるわけないだろう!」
八木の声に綾波も妖精も驚く
驚いた2人を見てはっとする八木
「……ごめん…うん、わかってる……僕は軍人だ…彼女も…五月雨も……もしもの時のことは…覚悟してる…」
八木は自身の心の中で葛藤しながら、言い聞かせるように呟き、頷き、走り出す
「…司令官…」
そんな八木の後ろ姿を泣きそうな眼で見つめる綾波は、彼の事を呼ぶ
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
基地本館広場
闇が広がる基地広場
艦娘達と龍との戦いの被害か、水浸しになった広場にて、戦艦比叡は龍と対峙していた
「…当たって!!」
崩れた瓦礫を盾に、比叡は龍へ向け砲撃
一発は龍の腹に命中、もう一発は龍の皮膚に弾かれる
(くっ!…やっぱり陸地じゃ効果が薄い…!)
だが、と龍に視線を向けた比叡はあることに気づく
(…あの龍は…陸地じゃ砲撃が出来ないのかも…なんとか距離を詰めようとしてくるし…ならこのままヒットアンドウェイで攻撃すれば…!)
比叡はうん、と頷く
(…応援には"横須賀鎮守府"の艦隊が来てくれるって話だし…!それまで持たせられれば勝機は見える!)
「…いっけぇぇええっ!」
ズドン、と龍に向けて砲撃する比叡
砲弾は龍の頭部に着弾。龍は怯む
(なんとか逃げてください!…司令!)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ズドン、という爆裂音と共に階段が崩れる
脇腹に傷を負った綾波は数秒遅れて瓦礫から避ける
「…見つかっちゃったね…五月雨ちゃん」
自嘲気味に笑い、目線を上に向ければ五月雨が階段の踊り場から綾波を見下ろしていた
「…フ、フフフ…沈メ…皆沈メ…」
五月雨の口から発せられたその言葉は、深海棲艦のそれと同じだった
綾波はふっ、と諦めるように口元を吊り上げ
「…残念…だね」
そう一言だけ言うと、主砲を五月雨に構える
「…っ!?」
しかし綾波が主砲を構えた瞬間、二階踊り場にいた五月雨は綾波の方へと飛び降りてくる
「…くっ!…」
その素早い身のこなしから照準がずれる綾波
「…沈メェエエ!」
「がぁあっ!」
綾波は避ける暇もなく五月雨の手で、その傷口を抉られる
綾波の傷口に手を突っ込んだ五月雨は勢いよく綾波の傷口から手を横に抜く
手を抜くと同時にブチブチと音をならしながら綾波の腸の様なものが血液と共に傷口から引きずり出される
「…か…ぁ…がはっ…!」
ふらつきながら、床に血を垂らしながら壁にもたれ掛かる綾波
綾波はそのまま床に座り込んでしまう
「…はぁ…はぁ…さ、五月雨…ちゃん……!」
座り込んだ綾波の目の前に立つ五月雨
その顔はまるでのりで固められたように無表情だった
[…綾波…ちゃん…ごめん…なさい…]
意識の薄くなった五月雨は、そう呟きながら綾波の首を掴み…
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ぐっ!ああ…!!」
バクン、と鈍い音が基地広場に響く
血を流し、ふらつきながらも龍から距離をとろうとする比叡。しかし彼女の右腕は肩から先が失くなっており、伸びた腕の皮の一部が彼女の腰に張り付いていた
「ぐっ…ぐぅ…う…!」
左手で右肩の出血を止めようと手を当てるが、勢いよく吹き出した血は広場の瓦礫を真っ赤に染めあげる
その比叡の視線の先には大きな口をぐちゃぐちゃとグロテスクな音を立てながら咀嚼する龍がいる
比叡の右腕は龍によって噛みちぎられてしまった
(…まだ…まだ来ないの!?…横須賀艦隊は…!)
「あ…ぁぁあああ!!!」
ガシャン、と主砲を龍に向け構える比叡
しかし肩の痛みで集中力のかけた彼女には龍に照準を合わせることが出来なかった
「…くっ……あ…あたれぇぇえええええ!!!」
砲撃を行おうとした瞬間、比叡が最期に見たのは龍が大きく口を開けて、自分に突進してくる姿だった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ…はぁ…」
基地本館通路
試作前の艤装解除装置を手にした八木は、通路の壁にぶちまけられた肉塊を見ていた
「……あ、あや…な……」
バラバラに刻まれた肉塊のすぐそばには真っ赤に染まったふくろう柄の生地の一部が捨てられていた
込み上げてくる嘔吐感
「…うっ…うぉぉぼぼぉえっ!…ぐぼっ!…ぅろろぉぉおえぁっ!」
びちゃびちゃと床に吐き出す八木
「ふぅ…ふぅ……ひ、比叡は…?……比叡!」
装置を持ったまま八木は階段を降りる
(嘘だ…!…嘘だ嘘だ嘘だ!…綾波も…比叡も…僕と五月雨と一緒に最初から戦ったきた仲間だ!)
(…頼む!…無事で……)
階段を降り、破壊された扉をくぐる
外に出て、真っ暗な暗闇が広がる広場へと到着した八木は見てしまった
見覚えのある巫女装束のような制服を着た、頭から腰までが失くなった秘書艦の女性と、その横に立つ、ボールの様なものを持った自身の身長と同じくらいの長い青髪の少女…そして中国神話に出てきそうな真っ黒な龍を…
「…うそ…だ…比叡……」
その光景を見て、膝からを地面に座り込む八木
そんな八木に無表情な少女の視線が突き刺さる
「…さみ…だれ……」
八木は五月雨の持っていたボールを欲目を凝らして見る
それは先程まで会話をしていた少女
綾波の頭部だった
「……なにを…して……く……」
感情のない五月雨の表情を見て、八木の心を包む何かがどろりどろりと溶けだす
そして何かが溶けだした心はだんだんと黒く、熱を帯びるように硬くなっていく
硬くなった八木の心はやがて沸騰しだし、その手に持つ装置を強く握り…
「…五月雨ぇぇええええ!!」
八木が叫ぶと、五月雨は手に持っていた綾波の頭部を龍の口に放り込み、八木に向かって駆け出す
同時に八木は手に持った装置のスイッチを入れる
八木がスイッチを入れると、基地広場をヴンッという低いノイズのようなものが聞こえ、薄い膜のドームが発生する
バキッ、と龍が綾波の頭部を噛み砕いたと同時に、まるでビデオの一時停止の様に微振動しながら龍の動きが止まる
「……」
ばしゃ、と操り人形の糸が切れたかのように地面に倒れ込む五月雨
八木は装置を片手に、ズボンのポケットから、執務室の引き出しから持ってきた拳銃を取り出し、五月雨に近づく
拳銃を構えながら彼女に恐る恐る近づく八木
五月雨の身体は青白く変色し、右足だけが黒く染まり、停止している龍と同じ様に微振動している
「…テ、提督…」
息絶え絶えな五月雨は、広場の地面に仰向けになった状態で、片目を開けて八木を見上げる
「…!…さ、五月雨!」
五月雨の意識が戻っている
そう感じた八木は皆が殺された怒り等忘れたかのように、すぐに五月雨に駆け寄り、彼女を抱き上げる
「…五月雨…五月雨!…しっかりしろ!」
「……ごめん…なさい…提督…」
「そ、そうだ!…五月雨に渡そうと思って用意していたんだ!…」
八木は手に持っていた拳銃を放り投げ、胸ポケットから小さな小箱を取り出すと、箱を開いて中を五月雨に見せる
それは比叡に贈ったものと同じ、ケッコン指輪だった
「…提督…」
指輪を見た五月雨は小さく笑う
「…比叡も…綾波も……失って…ようやく気がついたよ…僕は君達をちゃんと見ていなかった…当たり前にいる存在だと…今までずっと勘違いしてしまっていた…」
「…い、今さらだけども…本当に遅くなってしまったけれど…言わせて欲しい…僕は…比叡を…綾波を…暁も五月雨も……みんなを愛している…」
こんな時に言うことじゃあない
…そんなことは八木はわかりきっていた
しかしもう今しか言えない…
八木はそう確信していた
「…そんな…悲しそうな眼をしないで…ください…」
闇が広がる真っ暗な2人の世界、少女はくすりと笑う
「…」
彼は彼女を抱き上げたまま、涙を流しながら首を横に振る
「…本当にすまない…僕が…もっと早くに五月雨の異変に気づいていれば…」
彼女はゆっくりと首を横に振る
「ううん…違います…これは…全て私のせいですから…比叡さんも…綾波ちゃんも…陸奥さんも如月ちゃんも…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」
「…くっ!」
涙を流しながら許しを乞う彼女の手を八木は強く握る
「…提督…こんなどうしようもない私を…こんなドジな私を…最後まで愛してくれて……」
八木は、血だらけのボロボロの制服を着た五月雨の眼を見つめ、首を横に振ると、震える口を開く
「…必ず…必ず約束する…」
「……はい……提督……」
五月雨は八木が放った拳銃に視線を向ける
八木は涙を流しながら精一杯笑顔を作り、彼女の透き通るような水色の長い髪を撫で
「…必ず…必ず君を殺す…殺してみせるから…五月雨の苦しみも悲しみも…僕が解放してあげるから…!」
八木の言葉を聞き、彼女も安心するかの様に笑う
「…はい…どうか……提督の手で私を…殺してください…海の…モズクに…」
「……っふ…」
五月雨のか細い台詞に吹き出し、肩を震わせる八木
「……?…提督…?」
「ふふふ…モズクじゃなくて…藻屑、だよ?…五月雨」
「…ふふ…ふ……私ったら……はい。藻屑、ですね…」
「………うん……僕もすぐに跡を追うよ…」
五月雨を再び寝かせ、八木は立ち上がり、放った拳銃の方へと足を進める
拳銃を手に取ろうと、八木がしゃがもうとした時だった
『バキィ…ゴリ…ゴリ…』
なにかを噛み潰す音が聞こえ、八木が勢いよく振り返ると、その動きが止まっていたはずの龍がゆらゆらと身体を揺らめかせていた
(…くっ…やはり試作前!…もう効果が…!)
「…テ…い……と…ク…!」
ぐにゃぐにゃと身体をくねられせながら立ち上がる五月雨
八木は決意し、拳銃を五月雨に向けようとする
「グァアアアアッ!!!」
八木が引き金を引こうとするも、龍の速度の方が早く、雄叫びをあげ、五月雨の身体を咥えた龍はそのまま八木の横を高速で駆け抜ける
「ぅっ!…うわぁっ!」
龍が駆け抜けた風圧でその場に倒れ込む八木
龍はあっという間に広場を抜け、海の方へ逃げていく
「…う……さ、五月雨……」
倒れ込んだ八木はそのまま気を失ってしまった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
志摩鎮守府より南東の海上
対深海棲艦用巡洋艦川内、神通、那珂が護衛するは1隻の大型戦艦だった
内装が豪華なホテルのような艦橋内にて、高そうなモダンチェアに腰掛ける2人の男女。
1人は横須賀鎮守府提督。赤松慎太郎
そしてもう1人は黒フードを被った深海棲艦。戦艦レ級だった
赤松は手に持ったワイングラスを傾け、その中身を口に注ぐ
「…様子はどうかな?」
まるで血のような真っ赤なワインを一口飲んだ赤松は、横の椅子に座る黒フードの少女、レ級に問う
「…アア…一度手カラ離レタケド、マタ操レル様二ナッタヨ…今ハ私ガ操ツッテルケド、モウ数ヶ月モスレバ自我ガ芽生エルンジャナイカナ?」
レ級はそう言ってにたりと笑う
「ふ…ふふふ…それは楽しみだねぇ…うん…楽しみだ…」
そう笑い、手に持っていたワイングラスを彼の横に立つ女性、大和に渡す
「…提督」
「ああ…わかっているよ。大和…日の出と共に志摩へ向かうだけ向かおうか…」
赤松と大和の会話を聞いて不思議そうな顔になるレ級
「人間ッテノハ本当ニヨクワカラナイナ…ソンナ周リクドイコトシテ…一体何ノ意味ガアル?」
「…ふふふ…人間というのは意味のないことを意味ありげに振る舞う生き物だからね…君にはまだわからないかな…」
レ級は椅子から立ち上がり、艦橋から志摩の方角をじっと見る
「…トコロデ…何故アノ鎮守府ヲ狙ッタ?…アノ男ガ嫌イナノカ?…ソレトモアソコヲ狙ッタノハ偶然カ?」
赤松もすっ、と椅子から立ち上がり、レ級の隣に立つ、彼女と同じ様に志摩の方を見る
「…偶然…ではないね…彼は…八木君のやろうとしていることは許されないことだからだよ…」
「…」
「そう、彼はやり過ぎた…あんな力を持ってたらズルいからね…ゲームバランスを崩しかねないんだ…彼の作るものは…」
ぶつぶつと呟く赤松を興味無さそうに見つめるレ級
「…まぁ、でも彼を嫌っているというのも…そうだね。正解と言えば正解かな…彼は加来さんの弟子というのもあるし……うん、まあそれはいいや…さて…まだまだゲームは始まったばかり…僕達も楽しもうか」
にこりと笑う赤松
「…ナァ、シンタロウ。私モイイコト思イ付イタ!ヤッテミタクナッタ!」
何かを思い出したかのように目を輝かせて赤松を見るレ級
「……そう?何をやってみたくなったんだい?」
「キヒヒヒ…内緒ダ!デモオ前ノ力ヲ貸セ!私ガシンタロウニ力ヲ貸シタヨウニ!」
なにやら興奮し、赤松に顔を近づけるレ級
その息は少しだけ荒くなっている
「…ふふふ…構わないよ…僕に出来ることなら手を貸そうか」
不敵に笑う赤松は嬉しそうに頷く
赤松とレ級の黒い野望を乗せた戦艦"明星"は、志摩鎮守府に向けて航路を進む
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
志摩鎮守府
龍が五月雨と共に去って数十分後、遠征に出ていた球磨と多摩が帰投
しかしその変わり果てた鎮守府を見て絶句
必死になった八木を探し、ようやく見つけることができた
「…う……く…ま…?」
「提督!」
「提督っ!!」
瓦礫だらけの広場で目が覚める八木は、涙をボロボロとこぼしながら自分を抱き抱える球磨と多摩に気づく
どうやら龍の風圧に倒れた拍子に頭をぶつけて気絶していたようだ
「…僕…は……比叡…と…五月雨は……」
まだ意識が朦朧としているのか、虚ろな目としゃべり方で二人に問う
しかし球磨と多摩はお互い顔を会わせて申し訳なさそうに眉を寄せる
「…五月雨?…五月雨はわからないクマ…でも…比叡はもう…」
「…提督、一体なにがあったんだにゃ?」
多摩の問いに答えることなくそのまま意識が遠くなっていく
「…提督!…提督っ!」
薄くなる意識の中、八木は考える
きっと五月雨は偵察任務のときにレ級と何かがあった…
レ級の力か何かによって五月雨はあの龍に操られ、鎮守府で殺戮を起こした
提督である自分がもっと早く気づいていればこんなことにはならなかっただろう
全ては自分の責任
ならばどうするか
八木が遠い意識の中で想いを巡らせていると、基地本館で大きな爆発が起きる
「…にゃっ!?」
「!?…とにかく安全な場所へ避難するクマ!!」
球磨の言葉に多摩はすぐ反応
八木を抱き抱えてその場を離れるが、すぐに停止
「!?…球磨!入電にゃ!」
「んな時に…!…誰からクマ!?」
『…………』
「…………わからないにゃ…でも海の方から…だと思うにゃ」
「…なに言ってるクマ!こんな時にふざけてる場合じゃないクマ!…横須賀の艦隊がこっちに向かってるのが見えたクマ!すぐに横須賀の船へ行くクマ!」
「…駄目だにゃ!…そっちは駄目だって…!言ってるにゃ!」
『…ちらへ…こちらへ…来なさい…早く…』
球磨も集中して通信をよくよく聞くと、優しそうな中年男性の声のようなものがノイズと共に通信で聞こえる
「……ぬぐぐぐぐ……多摩!お前を信じるクマ!」
「にゃ!信じろにゃ!」
球磨と多摩は謎の通信から入った座標へと向け、走り出す
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、日の出と共に横須賀鎮守府艦隊が志摩鎮守府へ到着
遅れて近隣の鎮守府艦隊も応援として到着
「…」
焼け焦げた基地広場に立つ赤松は、上半身の失くなった金剛型の遺体に目を向ける
その後ろに立つは秘書艦大和
「…提督…あまり遺体に近寄らない方が…」
手で口と鼻を押さえた大和が赤松に声をかけるものの、赤松は気にすることなく遺体に近づきしゃがむ
「…凄い…力だな…」
赤松は小声で嬉しそうにそう呟く
「…きっとこれなら「赤松少佐ー!」…!?」
赤松の名を呼び、走り寄ってくる士官が1人
「…どうかしましたか?」
赤松は立ち上がりゆっくりと振り返る
「いやいや…こっちも凄いな……いや、あっちの寮なんてまさに地獄絵図ですよ…まるで獣にでも噛み殺されたかのような遺体ばかりだ…」
「……八木大尉は見つかりましたか?」
「いや…寮と基地本館を廻りましたが、八木大尉の死体はありませんでしたね…赤松少佐の方はどうでした?」
「…こちらも工廠や運動場を探しましたが、彼の遺体はありませんでした…恐らく襲撃してきた深海棲艦に海に引きずり込まれたか…」
赤松は崩れ、山のようになった瓦礫の方を見て
「…瓦礫の下敷きになったか…」
「……後の作業は憲兵察にお願いしましょう…」
生き埋めの八木の事を想像したのか、ぶるりと震えた士官がそう言って足早に港の方へと歩いていく
後に残るは赤松と大和
「…さようなら……八木大尉…」
赤松はくすりと笑い、大和を連れて広場から離れる
そんな二人を背に、広場の地面に落ちている…いつか比叡がはめていたケッコン指輪だけが朝日に照らされ美しく光を反射していた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、海軍、憲兵察の捜索も空しく、八木の遺体は発見されることはなかった
憲兵察の調書にも、八木秀次は深海棲艦の攻撃により志摩鎮守府近海で亡くなったこととして記載された
そしてこの事件を切っ掛けに東海支部及び、各支部では更なる基地警備を強化するになる
これ以上、悲しい犠牲が出ないように…
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
志摩鎮守府よりはるか南の島
太陽の光が強く降り注ぐこの島に、3人の影が見える
「…本当によかったクマ?…提督」
「にゃ、無事保護されたことにして、もとの生活に戻ることだってできたはずにゃ」
砂浜に大きな荷物を置いた球磨と多摩はそう言いながら振り返る
「…うん…五月雨との約束を果たすには…僕が死んでいるってことにした方がなにかと動きやすいから…」
振り返ると、球磨と多摩の背後にはカウボーイ姿の八木が立っている
「…ところでその格好は何だクマ?」
「…にゃー?」
「あはは…いや、五月雨は荒野の七人が好きだったから…この格好をしてれば僕だって分かりやすいかなって…」
少し照れたようにそう返す八木は、ストローハットを被り直す
「…でも、助けてくれたのが加来先生で本当によかった」
あの日、多摩と球磨が受けた通信
その発信元は桜龍だった
志摩鎮守府を離れた3人を桜龍が保護、その後は鎮守府を離れ、沖合いの方へと移動した
八木は桜龍船内にて治療を施され、目が覚めると球磨と多摩に抱きつかれながら数ヵ月ぶりに師匠、加来と再会した
加来は八木を本土へ送る為準備をするが、これを八木が拒否
志摩で何があったかを加来に説明し、自分は既に死んだものとしてくれと加来に頼む
『今よりも強くなり、五月雨との約束を果たそうと思います…加来先生から"影を追うな"と言葉を頂いたにもかかわらず、それを背く愚かな私を笑ってください…いえ、見限ってくださって結構です』
八木の覚悟を知り、加来も決意
桜龍艦長、加来の独断により、八木の行いに対して出来る限り桜龍で支援、援助をすることが決定した
「…でも、愛弟子のために島一つ用意するなんてスケールが違うクマ」
荷物のベルトをおでこで担ぎ、浜辺を歩く球磨はそう呟く
「うん。加来先生…桜龍も半年くらいはこのトラック島を拠点にしていたんだって…深海棲艦も海軍も面白いくらいに集まってくるって言ってたよ」
八木の説明に多摩はジト目になり
「…全然面白くないにゃ…」
「あはは…でも旧帝国海軍の基地…雨風もある程度防げる建物もあるし、何故か艦娘の建造機もあるって話だから…あと、しばらくは資材も桜龍から届けてくれるって」
「…提督はのんきだクマ」
「にゃー」
浜辺から暫く歩き、旧帝国海軍の前線基地跡の前に到着する3人はどさっ、と荷物を置き、建物を見上げる
「…さぁ、何はともあれ…トラック艦隊の旗揚げだ…」
「…んー…でもなんかしっくり来ないクマ」
球磨が、腕を組んで口を尖らせる
「…そう?…えーと…なんか気の利いたこと言った方がいいかな?」
「そうじゃにゃくて…もう提督は提督じゃないにゃ…別の呼び方をするべきにゃ」
むむ、と八木は眉間にしわを寄せる
「…いきなりヒドイ言い方だね…まぁでも…うん、そうだね…海軍の八木秀次はもう死んだことになってるから…」
むむ、と何かを閃いた球磨は目をキラキラさせて
「ボス!…ボスとかどうクマ!?」
「…ぼ、ボスって…マフィアじゃないんだから…」
「…にゃ…ボス……いい響きだにゃ」
「…えー…」
困ったように笑う八木だったが、球磨と多摩がいなければ桜龍に助けてもらうことができなかった…
球磨と多摩がいなければ皆を追って自決も考えていただろう
新たな自分を創り直すことは2人への恩返し
そして海軍、八木秀次大尉との決別
「…ああ…わかった」
八木は球磨と多摩を力強く抱き締める
突然抱き締められた2人は驚くも、嬉しそうな顔になり
「…二人とも…本当にありがとう…こんな僕と共に戦ってくれること、本当に感謝してる…でも、きっとこの先は大変だと思う。だから自分が危なくなったらいつだって逃げ出していい…二人まで僕と共に死ぬことはないからね」
泣きそうになりながら、涙を目元に浮かべながら強く抱き締める八木
「…にゃ…多摩達は絶対にて…いや、ボスを見捨てたりなんかしないにゃ!死なばとろとろにゃ」
「クマ!球磨達は運命共童貞だクマ!」
「……ふふ…ありがとう。球磨…多摩」
愛する我が部下達に突っ込むか迷った八木だったが、間違った言葉をどや顔で言い放つ愛らしいその姿を見て、思わず笑顔が綻ぶ
はい、お疲れ様でした
長々と続いた紅い記憶編、これにて了となります
このお話関係で約半年書いてました。キチですね(笑
紅い記憶編から引き続き、お話のあとがきです
どこかで呟いたかもしれませんが、紅い記憶編の主人公…サミュエルBロバーツの役には元々は陽炎型駆逐艦、舞風の予定となっていました(可愛いからです)
第三航空戦隊反逆編で嵐、野分、萩風が出ているのに第四駆逐隊の舞風が出なかったのは、実はこのためだったんです…
そしてついでに言うならば、五月雨役は一番最初の予定は吹雪だったんですが、あれですよ…ほら…他の作者さんの吹雪って、味方だったら心強いけど敵で現(略)
はい
そして紅い記憶編の前日譚、志摩鎮守府編です
最初はあれです。
ほのぼのとしたわりと平和な鎮守府として登場させましたが、③で一気に崩しました(笑
やはりバッドエンドがこの作品らしいかなと…
暁ちゃん悲惨でしたね
ガラス片に顔から突っ込むと痛いので、みなさんは真似しないでください
はい
このお話の後に八木君達は個性豊かな阿武隈ちゃんや川内ちゃん…その他諸々とも出会うんですが…その辺のやりとりは皆さんのご想像にお任せします
それではまた、次回もどうぞよろしくお願いします