ご報告
文字数が30000文字を越えたので、急遽二つに分割して投稿します
本当はリングシュール編は3話構成の予定だったんですが…
4話構成(確定)となりました
どうぞよろしくお願いします
あれです…そう、あえて起承転結を各話にして4つに分けたんです
1話目から文字数足りてなかった訳じゃ(略
「えっ!?オイゲンさんって船下ろしされた艦娘だったんですか!?」
リングシュール基地艦娘寮
午後10時
ブリュッヒャーと一悶着があってから三日後
オイゲンとふくよかなオイゲンは、グラーフの部屋にて楽しそうにお喋りをしていたが、ふくよかなオイゲンが船下ろしをされた元人間だと知ってオイゲンは驚愕する
「ぇえー…言わなかったっけぇ?ケンプテン出身よぉ」
「…全然知りませんでした…」
「…なるほどな…ブリュッヒャーが貴女を虐めていた原因がなんとなくわかった気がするよ」
「「え?」」
まさかのグラーフの一言にオイゲン達は興味津々といった風に食いつく
「…うむ…船下ろしをされた艦娘は通常の艦娘…その同型艦よりも能力は高いと聞く…きっとブリュッヒャーはツヴァイオイゲンの潜在能力が自分より強くなるのが怖くて敢えて育てなかったのかもしれないな」
「…そ、そんな…」
「そんなの酷いですよ!」
不安そうになるふくよかなオイゲンの肩に手を置き、元気づけるオイゲン
「…それに最初に建造されたプリンツ・オイゲン…第一艦隊のオイゲンの事が気になるな…私が着任する前に出撃したようでまだ会ってはいないが…」
グラーフがそう問うと、ふくよかなオイゲンはああ、と頷く
「…アインス…私…あの人のこと嫌いだわぁ…人を見下した感じとか…心のない機械のような人だもの…」
どうやらふくよかなオイゲンは最初に建造されたプリンツ・オイゲンと面識があるようだ
ふくよかなオイゲンの話しぶりからすると、アインス・オイゲン…1隻目のオイゲンはこの部屋にいる二人のオイゲンとは反対に好戦的、かつ残虐な性格らしい
第一艦隊の主力も主力。戦艦が旗艦を担うような作戦艦隊の旗艦をも担当できる程の実力ある艦娘だと…
「…でも…多分そろそろ帰投する時期だと思うわぁ…やだやだ…」
そう言ってふくよかなオイゲンは肩を震わせ、アゴのお肉をも揺らす
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ブートゥ沖にて戦艦凄鬼及び空母凄姫を撃滅、か…うむ、よくやった」
同時刻、執務室
通信機を操作するアイリヒは現在ノルウェー沖にて出撃している第一艦隊と連絡を取り合っていた
『被害は旗艦テイルピッツが大破…ハンスが中破…それ以外は被弾無し…先程ノルウェーの艦隊と別れ、現在リングシュールへと向かっています。到着は明朝0400になる予定です』
通信機のスピーカーから聞こえてくるは可愛らしい声の女性の声
しかしその声に抑揚はなく、まるで機械から発せられたような淡々としたしゃべり方と声だった
「…うむ。母港へ着くまで気を抜くな。通信は以上だ」
『了解』
通信機を置いたアイリヒは、執務椅子に深く座り、ほくそ笑む
「…ふぅ…これでまた1つ…海軍は海域を制することができたな…しかし敵はあの深海凄艦…いつ我々が手に入れた海域を襲撃、奪還してくるか…リングシュールで哨戒が出来ればいいが…」
アイリヒのため息混じりな言葉に頷くビスマルク
「…そうですね…今回の任務はあくまでノルウェー海軍への救援任務…我らドイツ海軍が哨戒するわけにはいきませんから」
「…まぁいい…我々は我々で出来る事を考えるか…」
「…エーヴィゲ・リーベですね…もう決められたんですか?」
「いや…うむ…そうだな…テイルピッツ…いや、しかし…うーむ…」
リングシュールの提督は指輪を贈る相手の事を考え、悩んでいた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝 0500
カーテンの締め切られた真っ暗な艦娘寮の一室
部屋内は制服やカップ、紙などで散らかっており、部屋内でブリュッヒャーが暴れたことがわかる
そんなブリュッヒャーは椅子に座って部屋の扉をじっと見つめていた
その目元には謹慎4日目のストレスのためか、隈が出来ている
「…」
椅子に座ってビンボーゆすりをするブリュッヒャー
この部屋ではブリュッヒャーの他にふくよかなオイゲン、そしてもう二人の巡洋艦との四人部屋ではあるが、現在…というよりも謹慎命令の出た今週だけはブリュッヒャー1人の部屋となっている
「…プリンツ~…早く部屋に戻ってきなさいよ…!」
ぶつぶつと独り言を呟くブリュッヒャー
その右手にはカビのはえたパンを握りしめている
「…部屋に入ってきたら口にぶちこんでやるわぁ…」
そんなことを呟きながら扉を見ていると、こんこん、と扉がノックされる
「…!?……どうぞぉ」
ブリュッヒャーがそう返すと、扉がかちゃりと開く
「…プリィィイ……!」
ガタッ、とブリュッヒャーが椅子から勢い良く扉の方へと駆けようとした時
「んも"ぉっ!!」
勢いをつけたブリュッヒャーはその顔下半…口元をがしりと片手で掴まれた
「…まるで獣ね…ブリュッヒャー」
「んもっ!…んまぉ!」
(なんで…!なんで…!!)
扉を開け、暗かった部屋に明かりを射し込ませたのは、先程出撃から帰投した第一主力艦隊、アインス・オイゲンことプリンツ・オイゲンだった
2隻目、3隻目のオイゲンとはやはり違った雰囲気、そして風貌をしている
プリンツ・オイゲンと言えばツインテールにしている者が多いが、このオイゲンは髪を1つにまとめ、頭の後で三つ編みにしている
そして何より目立つのは額から左頬にかけて付けられた切り傷
右目はプリンツ・オイゲンでよく見られる緑の瞳だが、反対に切り傷の間にある左目は義眼なのか、そこに緑の瞳はなく、白い眼がより無機質な雰囲気を醸し出している
「…ブリュッヒャー…ブリュッヒャー…貴女訓練はどうしたの?何故1人部屋で怠けているの?」
「もがもがっ!…んも!」
オイゲンの問いに口元を塞がれたブリュッヒャーはなにも返せない
「…そう。ツヴァイを怪我させて謹慎を命令されたのね…」
どこで知ったのか…オイゲンの指摘にブリュッヒャーは身体を震わせる
「…あらそう…主力艦隊からも外されたの…」
「…ふ、ふいんう…」
怯えながらオイゲンの名を呼ぶブリュッヒャー
しかし彼女の顔を掴む手には力が入っていく
「…劣等遺伝子をその身体に詰め込んだ生ゴミのような貴女が私の名を呼ぶな…」
静かに、しかしはっきりとブリュッヒャーに言い放つオイゲンは彼女の顔を掴んだまま部屋の壁に押し付ける
「…主力"第二艦隊"?…私達の後ろを付いてくるだけのお前達が何を偉そうに…」
「んむぅっ」
がん、がん、とブリュッヒャーの後頭部を壁に何度も押し付ける
「…品位もっ…誇りもっ…ないっ…貴様っ…がっ…」
部屋の床に投げ捨てられるブリュッヒャー
「…リングシュール…そしてアイリヒ提督閣下の格をおとしているんだ…」
ガッ、と倒れるブリュッヒャーの頭を脚で踏みつけるオイゲン
「…ご、ごめんなさい…ごめんなさい…」
踏みつけられたブリュッヒャーは泣きながら、怯えながら鼻をたらしてオイゲンに謝る
「実力も人望もないゴミのように情けない貴様と姉妹艦というだけで反吐が出る…」
ぐりぐりと更にブリュッヒャーの顔を踏みつけるオイゲン
「貴様はドイツ海軍の恥だ。屑め」
最後にガツン、と強く踏み、オイゲンはブリュッヒャーの部屋から出ていく
「…く…ぐく…」
情けなさと悔しさでうつ伏せになったまま拳を握るブリュッヒャー
その口元には最後の踏みつけによって床に顔面を強打したのか、血が滲んでいた
「…プリンツ…プリィインツゥ!!」
低く、怒りを含んだ彼女の唸り声と共に吐き出されたオイゲンの名は、一体何隻目のオイゲンの事なのか…
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同日 0630 訓練所
「…よし!基礎訓練終わり!5分休憩後に艦種ごとでの砲撃訓練に移れ!」
グナイゼナウの号により、各艦種ごとに移動をはじめる艦娘達
「さ、オイゲンさん。私達も行きましょう!」
「ぜぇ…ぜぇ…ちょ、ちょっ…ぜぇ…ふひぃ…」
汗を少しかいたオイゲンは膝に手を当てて肩で息をするふくよかなオイゲンに手をさしのべると、別の重巡の少女達が近づいてくる
「おでぶのオイゲンやるじゃん」
「ほんとほんと。ここ来てもいつも何か食べてただけなのに…この数日間の頑張りでちょっとは見直したよー」
ふくよかなオイゲンの近くには普段、ブリュッヒャーがいた
そのせいでふくよかなオイゲンに声をかける者はいなかったが、今はブリュッヒャーの代わりにオイゲンがついている
ふくよかなオイゲンは初めて声をかけてくれた少女達の言葉に慌てるが
「ふぇ?…ぜぇ…い、いや…いえ…ふぅ…ふぅ…や、やれば出来るし…ぜぇ、ぜぇ…やらなかっただけだし…」
ふくよかなオイゲンは恥ずかしそうにそう返すと、少女達はくすくすと笑う
「はいはい…ほら、行くよ」
「5分なんてあっという間なんだから…ブリュッヒャーさんがいない間に一気に能力上げちゃおうよ」
ぱつぱつの訓練着を着たふくよかなオイゲンは少女達に手を取られて砲撃訓練場の方へと進む
「…ふふふ」
オイゲンは微笑む
ふくよかなオイゲン達の少しぎこちないが、友達同士のようなその光景を見て、オイゲンも嬉しくなったのだ
いつだったか、少女達はブリュッヒャーによって虐められるふくよかなオイゲンを、見て見ぬふりをしていた
しかしそれは本心ではなくブリュッヒャーが怖かったから…
彼女達もふくよかなオイゲンと、本当は仲良くしたかったのだ
ブリュッヒャーがいないことで今ようやく彼女達の時間が動き始めたのだ
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…ふふ」
基地本館 執務室
窓から見える訓練所の光景…主にふくよかなオイゲン達のことを見ていたビスマルクが頬を緩め、笑う
「…何か面白いものでも見つけたか?…ビスマルク」
「…いえ…なんでもありません」
執務作業を行うアイリヒの声かけに、いつものしゃんとした態度に戻るビスマルク
「…全く…来週末は家族と会えると思っていたのだがな…」
「…」
『…なんだ…あんな顔も出来るのだな。貴女も』
びくりと肩を震わせるビスマルク
誰かからの直通通信だった
『……グラーフ?』
『ああ…もしかして忙しかったかな?』
グラーフからの直通通信をアイリヒは気づいていない
気持ちむっとするビスマルク
『…馬鹿な遊びはやめてちょうだい…心臓に悪いわ』
『ふふふ…まぁ、なんだ……彼女達は上手くやっているよ…』
きっとふくよかなオイゲン達のことだろう
ビスマルクはほんの少しだけほっとする
『…面倒かけるわね…グラーフ』
ビスマルクはグラーフに直通通信を送りながら執務室内の本棚へと近づく
『…私はなにもしていない…全てはプリンツ…ドライ・オイゲンの働きの賜だよ』
本棚からファイルを取り出し、中を開くビスマルク
『…それでも、よ…私やグナイゼナウだけじゃ上手くは回しきれないわ……それにしてもブリュッヒャー……』
『…彼女はマークしておいた方がいい…軽空母の少女の話だと今朝方、彼女達の寮近くの部屋でいざこざがあったらしい……おっと…ではまたな』
ザザッ、と直通通信が切れる
「…いざこざ…?「ビスマルク」
グラーフの言葉に思考を巡らせようとしたビスマルクだったが、アイリヒに呼ばれ開いていた本を閉じる
「は」
「この紙をヘラへ渡してくれ。各寮の掲示板に貼るように、と」
アイリヒはそう言って書き終えた書類をビスマルクに渡す
「…海域制圧…祝賀会…ですか」
「…主体はノルウェー艦隊だが…我々の力あってこそ制圧できたのだ…それと、今回本部から通達のあったエーヴィゲ・リーベを渡す艦娘もその日に決める…気は進まないがな…」
少し疲れた表情でコーヒーを啜るアイリヒの言葉にビスマルクは姿勢をただし
「…了解。指示します」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕方
艦娘寮 廊下
なにやらざわざわと艦娘達で賑わう廊下、掲示板前
オイゲンとふくよかなオイゲンもその人だかりに近づく
「…?…なんでしょうか?」
「…ああ…多分パーティーの案内書ね」
「…パーティー?」
聞きなれない単語にオイゲンがはてなマークを浮かべていると、ふくよかなオイゲンがどや顔で腕を組む
「…うふふ…ここリングシュールではエーヴィゲ・リーベを受け取ることが出来る艦娘がパーティーで決められるのよぉ。強いだけでなく、より美しく、気品のある者がねぇ」
「へぇ」
ふくよかなオイゲンの説明にあまり興味の無さそうなオイゲン
「なぁによ…ドリィは興味ないわけぇ?ルールブックでもエーヴィゲ・リーベのことは書いてあったでしょう?」
3隻目のオイゲンだから、ドライ・オイゲン
…ドリィ…
「…ドリィ……あー…はい…指輪のことは確認しましたけど…私の練度では貰っても効果は引き出せませんし…「あ、オイゲンさんじゃん」
オイゲンとふくよかなオイゲンが話してると、背後から声をかけられる
振り返えればヴィルヘルム達がそこにいた
「なになに?苛められっこ同士で仲良くしてるわけ?」
「あはは!お似合いだよねぇ」
「いつでも部屋に戻ってきてくださいねぇ。オイゲンさん」
ヴィルヘルム達はくすくすと小馬鹿にしたように笑いながら去っていく
そんな彼女達の背を見てふくよかなオイゲンは唇を尖らせる
「…ふん、嫌味な子達ねぇ…大丈夫?ドリィ」
「あはは…私は大丈夫です…ごめんなさい。嫌な気持ちにさせちゃって」
そう言ってオイゲンは笑う
「……ねぇ、ドリィ…貴女パーティー用のドレスはあるの?」
「はぇ?…いえ…持ってませんが…」
「んなっ!?」
ガクン、とふくよかなオイゲンは両手で頭をおさえる
びくんと驚くオイゲン
「信じられない!…パーティーにはドレス着てかなきゃだめよぉうぉうおぅぉお!」
オイゲンの両肩を掴み、前後にがくがくと彼女を揺らすふくよかなオイゲン
「うぁうぁうぁうぁうぁ」
「そうよ!なら私のドレスを貸して…いえ!あげるわぁ!」
「…ふぇぇ…」
「…ふぇ?」
オイゲンの手を取って上機嫌に廊下を進むふくよかなオイゲン
掲示板には"海域制圧祝賀パーティー"と大きく見出しが書かれた紙が貼られていた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから三日間
グラーフ・ツェッペリンの短期随伴となったオイゲンとふくよかなオイゲンはヴィルヘルム達に深く干渉されることなく平和に過ごした
同級の艦娘達と訓練をし、座学を学び、二人はよき友、よきライバルとして切磋琢磨しあった
翌日 昼
朝の訓練を終え、食堂にて昼食をとる艦娘達
オイゲンとふくよかなオイゲンも並んで昼食をとっている
「…ええと…本当にあのドレス…頂いちゃっていいんですか?」
オイゲンが申し訳なさそうにふくよかなオイゲンに問うと、ふくよかなオイゲンはスープを飲んでいたスプーンを止め、笑う
「うふふ…もちろんよぉ。…っていうか太っちゃってから私もう着れないし…」
それに、とふくよかなオイゲンはオイゲンの目をじっと見つめると、少し照れたように顔を赤くし…
「…と、友だ…いえ、仲間…だしね…」
「…オイゲンさん…」
オイゲンはふくよかなオイゲンの言葉に一瞬驚くも、にこーっと笑い、ふくよかなオイゲンのそのクリームパンのような手を握り
「…はいっ!…ありがとうございます!大事にしますね」
「あらぁ…楽しそうね…プリィンツ」
二人のオイゲンは背筋が凍る思いだった
背後からかけられたその声は"いつもの彼女"のそれ…
艶っぽい声、粘液気質なしゃべり方
オイゲン達は恐る恐る、ゆっくりと後ろを振り向く
そこに立っていたのは、1週間前に謹慎を食らったふくよかなオイゲンのルームメイト…元第二艦隊主力艦、重巡洋艦ブリュッヒャーだった
「…ブ、ブリュッヒャー…さん…」
「…姉さま…」
彼女はニタリといやらしく笑う
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同時刻 執務室
「…だから無理だと何度言えばわかる!」
受話器に向かってそう怒鳴るアイリヒ
どうも電話向こうの相手と言い合いをしているようだった
そんな執務室へグラーフが入ってくる
「…失礼する…ん?…提「提督なら今通話中よ。少し待って」
執務室扉横に立っていたビスマルクが提督に声をかけようとしていたグラーフを止める
「…凄い剣幕だな…」
「…普段怒鳴るような人じゃないからね…驚くのは無理ないわ」
「…誰と話しているんだ?」
「……士官学校?の同期らしいわ」
返答まで少し間のあったビスマルクは、両肘を掴むように腕を組む
そんな彼女の仕草を横目で見ながらグラーフはそうか、と一言
「…だめだだめだ!そんな条件は飲めん!」
「…それで?何かあったの?」
電話の相手を叱責するアイリヒをよそに、いつも通りと言った態度でグラーフに問うビスマルク
「…ブリュッヒャーが謹慎を解かれたと聞いてね…その…色々と大丈夫なのか?」
色々…
その一言には様々な想いをビスマルクは感じ、考えを巡らせる
「…大丈夫…じゃあないわね、きっと……でも安心して。彼女にはしばらくグナイゼナウに付いてもらうよう話はしたわ」
「…そうか…」
「いい加減にしろ!もう連絡をするな!」
がちゃん、とアイリヒは怒りのままに受話器を置き、執務椅子にどかりと座る
「……グラーフか…何か用か?」
イラつきながら官帽を被り直すアイリヒ
グラーフは内心ため息を吐き、姿勢をただす
「…いえ…大した用件ではありません。既にビスマルクが対応してくれていました」
「…そうか…ならば下がってもらえるよう頼む…私も忙しいのでね」
「…失礼します」
グラ-フが敬礼をし、執務室から出ていこうとすると、執務室に一人の来訪者が現れる
「失礼します!巡洋戦艦グナイゼナウ参りました!」
訓練監督艦、グナイゼナウが息を切らせてアイリヒに敬礼する姿を見てビスマルクとグラーフは驚く
「…グナイゼナウ…貴女…なぜここに…」
「…ビスマルク?…ええ、提督が私を呼んでいるとヘラから聞いたから…」
たじろぎながらグナイゼナウに問うビスマルクと、疑問顔で答えるグナイゼナウ
しかしアイリヒは首をかしげ、グナイゼナウの言葉を否定する
「…?…いや?…私はなにも…」
「…!」
アイリヒの反応を見てすぐに執務室から駆け出すグラーフ
「…あ、ちょっ…グラーフ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食堂
「…元気そうねぇ…オイゲン?」
重巡洋艦ブリュッヒャー…その出で立ちは異様だった
制服こそいつも通りのアドミラル・ヒッパー級のモノだったが、その赤味ブロンドヘアは整えられておらずボサボサ、顔には乱雑に包帯が巻かれ、その包帯の隙間からは獲物を見つけたようなぎょろりとした眼、雑に塗られた口紅の隙間からは前歯のないぼろぼろの口がニタリと歪んでいた
「…もう行って良いわよぉ…ヘラ」
ブリュッヒャーが地獄の底から聞こえてくる様な声でそう言うと、彼女の背後からちょこんと現れた通報艦ヘラは目元に涙の痕を残し、赤く腫れた頬を擦りながらそそくさとどこかへと走っていく
「し、失礼しますでございます…」
「…」
「…」
オイゲン達は身体を動かすことが出来ずにブリュッヒャーとヘラとのやりとりを見ている
「…プリィンツ…貴女…どうしてそのガキといるのぉ?」
「…!」
ブリュッヒャーの声にびくりと震え、ごくりと唾を飲み込むふくよかなオイゲン
「…あらぁ…貴女……先日は失礼したわねぇ…」
「…ブリュッヒャーさん…」
ブリュッヒャーは甘ったるい匂いを纏わせながらオイゲンの肩に手を回す
そしてブリュッヒャーはオイゲンの食べていた食事、スープをじっと見つめる
「…あらぁ…あらあらあらぁ…このスープ…スパイスが足りないんじゃなぁい?」
包帯の隙間から覗く眼をギョロつかせながらオイゲンのスープを覗き込むブリュッヒャー
その姿を見てぞっとするふくよかなオイゲン
(…これ…これって…)
ふくよかなオイゲンは、オイゲンとブリュッヒャーとのやりとりを見ながら、いつかの自分の過去を思い出す
…ふくよかなオイゲンがブリュッヒャーに眼をつけられた日の事を
「…ス、スパイス…ですか?」
オイゲンがそう聞き返すと、ブリュッヒャーはより口の端を吊り上げて笑い、ポケットから手のひらより少し長めのビンを取り出した
「…!」
ここでふくよかなオイゲンの予想が確信へと変わる
「…これぇ…最高のスパイスよぉ…仲良しの証として貴女にあげるわねぇ」
「…え…ブリュッヒ…」
ブリュッヒャーがビンの蓋を開け、オイゲンのスープの上へとビンの口を向けると
ぽちゃん
何か黒いものがオイゲンのスープへと落下した
「…!?」
オイゲンは自信の飲んでいたスプーンの表面に浮くそれを見て眼を大きく開く
ブリュッヒャーの持っていたビンの中からオイゲンのスープに落とされたのは一匹の親指大のサイズのゴキブリだった
「…さぁ、さぁさあぁさぁ…飲んで?飲みなさい?ほら…ほらぁ…」
ブリュッヒャーはオイゲンの硬直した反応を見て嬉しそうに笑い、更に彼女の肩を掴んでスープに顔を近づけさせようとする
「…仲直りの証よぉお…ほら、ほらほらほらほらほらぁ」
「…い、いい加減に…」
オイゲンは小声でそう呟きながら肩に置かれたブリュッヒャーの手を掴もうとする
「…だ…だ…め…」
ブリュッヒャーとオイゲンに震えながら呟くふくよかなオイゲン
(駄目よ…駄目…それを断ればドリィが苛められる…嫌がらせをされる…!でも…私なんかがなにをできるのよ…!)
ふくよかなオイゲンは顔を歪ませて悩む
(…なに考えてるのよ!…ドリィは…お友達よ!…仲間よ!…で、でも…でも!…でも!!)
ふくよかなオイゲンはゴキブリの入ったオイゲンのスープをじっとみる
「…はぁ……はぁ…はぁ……!」
段々と息の荒くなるふくよかなオイゲン
段々と顔が青ざめるふくよかなオイゲン
「…ほらぁ…遠慮しないでぇ…」
「…ぐ…く…」
なおもオイゲンをゴキブリ入りスープを飲ませようとするブリュッヒャーと、それを拒むオイゲン
(……しっかりしなさい!……ローズ!)
「…や…」
ふくよかなオイゲンは拳を握り、声を震わせながら…
「やめなさいよ!…ドライ・オイゲン!」
「「!?」」
オイゲンとブリュッヒャーはふくよかなオイゲンの方に顔を向ける
「…オイゲン…さん…?」
ふくよかなオイゲンはオイゲンの目の前にあった虫入りのスープを勢い良く奪い取る
その弾みで近くの食器やパン等が床に落ちる
「…こ…ここ…これは…このスープは……」
虫入りのスープを手に、ぼそぼそと呟くふくよかなオイゲン
「…ブ、ブリュッヒャー姉さまの与えてくれる食事はっ…!…全部!…全部私のものよぉぉおお!!」
ふくよかなオイゲンは涙をぼろぼろとこぼしながらオイゲンにそう怒鳴り…
「…だ、駄目!…オイゲンさっ
バシャッ、とゴキブリの浮くスープへ顔を突っ込むふくよかなオイゲン
ごくっ…
ごくっ…
みるみるスープの無くなっていく皿
オイゲンの肩から手を離したブリュッヒャーはふくよかなオイゲンの飲みっぷりを見て満足そうにニタリと笑う
その異常な光景を見て静まり返る食堂の艦娘達
「…っ…ぶっ……ぶっはぁあっ!」
ガシャン、とスープを飲み干された皿が床に落ち、割れる
虫入りのスープを飲み干したふくよかなオイゲンは顔色を悪くしながら息を切らして立っている
「…はぁ…はぁ……うっ…ぅえ……はぁ…」
「…オイゲン…さん…」
なんと声をかけたら良いのかわからないオイゲンは、右手をふくよかなオイゲンに向けたまま固まってしまう
「……もう…もう私のことは放っておいて!…いい加減ウザいのよ!貴女!」
「!?」
「…ブリュッヒャー姉さま…もう行きましょう?」
ふくよかなオイゲンがそう言って席から離れようとすると、ブリュッヒャーは笑う
「…あらぁ?…ドライ・オイゲンは貴女のお友達じゃあなかったの?」
ふくよかなオイゲンは震える拳を解き、首を横にふる
顎のお肉がぷるんぷるんと震える
「…私に友はいません…私にはブリュッヒャー姉さまだけです…ですから…ですからもうこの娘のことは放っておきましょう」
悲しそうな、悔しそうな表情のふくよかなオイゲンはちから無くそう言い捨て、ふらつきながら食堂から出ていく
「…オ、オイゲン…さん…」
「く、くひ…くひひひひ…」
オイゲン達のやりとりを見ていたブリュッヒャーは肩を震わせ、片手で顔をおさえて引き笑いを起こす
「くひゃひゃひゃひゃひゃ!!見た!?見たでしょう!?ドライ・オイゲン!…あの娘は私のもの!私だけのプリィンツなのよぉおおお!!」
「…く…ブリュッヒャーさん!!」
不気味に高笑いをするブリュッヒャーを強く睨み、席から立ち上がるオイゲン
「くひひひ…ぃいっひひひ!!馬鹿よねぇ…本当にゴキブリスープ食べるなんて…くひゃひゃひゃひゃひゃ!!あの娘最高!…さいっこぉおうね!」
硬直するオイゲンの耳元に顔を近づけるブリュッヒャー
甘ったるい香りがオイゲンの鼻腔を刺激し、嘔吐感を掻き立てる
「貴女も…あの娘も……あいつも…"プリンツ・オイゲン"はこの私がおもちゃとして使って…遊んで…最後にぶっ壊してあげるからね」
ぞっとするような低い声色でオイゲンにそう呟くブリュッヒャー
「なにをしている…ブリュッヒャー」
ブリュッヒャーとオイゲンに掛けられた声
振り返ると息を荒くしたグラーフが二人の背後に立っていた
「…グラーフ…さん」
「……あらぁ…海軍本部の空母様じゃありませんかぁ」
グラーフに向けて、わざとらしく声色を変えて答えるブリュッヒャー
「…なにをしていると聞いている」
「…私はドライ・オイゲンに挨拶をしていただけですわぁ?」
そこへ遅れてやってきたビスマルクとグナイゼナウも合流し、グナイゼナウが凄い剣幕で怒鳴る
「…ブリュッヒャー!なにを勝手なことをしている!?部屋にいろと言っただろう!」
しかしブリュッヒャーはニタニタと笑う
「…あらぁ…そうだったかしら…ごめんなさいね。訓練監督艦様…お腹が空いてしまって…」
グナイゼナウに手を引かれ、食堂を出ていくブリュッヒャー
「…プリンツ…何かされなかったか?」
グラーフは立ち尽くすオイゲンの肩に手を触れる
しかしオイゲンは顔を伏せたまま
「…何も……ありませんでした…私…先に寮に戻ります…」
ふくよかなオイゲンの事をグラーフ達に言うことなく、食堂から出ていくオイゲン
周りの艦娘達も我関せず、関わらないようにとそそくさと食器を戻しに行ってしまう
「…なにが起きたと言うの…?」
ビスマルクが険しい顔をしてそう呟くと、彼女に二人の重巡洋艦の少女達が近づいてきた
訓練時にオイゲン、そしてふくよかなオイゲンと仲良くしていた少女だった
「…あ、あの…ビスマルク秘書艦…私達…見てました…」
「…貴女達は…?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
寮 女子トイレ
「うっげぇっ…うぇぇえっ!」
個室に籠り、便器に嘔吐するふくよかなオイゲン
便器内には先ほど飲んだスープと、黒いスパイスが浮いている
「げほっ…げほっ…はぁ…はぁ…」
(…これでいい…これでいいのよ…だって…だってドリィは関係ないもの…)
ふくよかなオイゲンはトイレ個室内の壁にもたれ掛かる
(…ごめん…ごめんね…ドリィ…)
ふくよかなオイゲンがオイゲンに冷たい態度をとったのはオイゲンを想ってのことだった
(…本当…馬鹿ね…私ったら…あんな慣れないことして…)
じわりと眼から涙がこぼれ落ちる
ふくよかなオイゲンは声を殺して泣く
「…うっ…ぐ……ふぅ…ぅう…お…お父さん……お父さんっ…おがぁ…さん…」
小声ですすり泣くふくよかなオイゲン
そのトイレの扉の向こうではビスマルクが扉を背に静かに佇み、何かを思案する様に眼を強く瞑る
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同日 夜
「…プリンツ」
グラーフの部屋
グラーフは窓の近くに椅子を置いて座り、外を眺めるオイゲンを呼ぶ
「…はい」
オイゲンの弱々しい返事を聞いて、ベッドに腰掛けるグラーフ
「…先程通報艦を名乗る少女が私の元へやってきてな…ツヴァイ・オイゲンを私の随伴艦から外すと提督から命令があったとのことだ…」
「…そう…ですか…」
ベッドに腰掛けるグラーフは脚を組む
「…ツヴァイ・オイゲンからの強い希望…だそうだ」
グラーフはそれ以上を言わなかった
逆になにがあったかをオイゲンにも無理に聞きはしない
「…私は貴女の味方だ…何かあったら遠慮なく何でも話してくれ…プリンツ」
グラーフは優しい声色で自身に背を向けるオイゲンにそう声をかける
オイゲンは何も答えることなく、ただ小さく頷いた
はい。お疲れ様でした
ようやく登場した1隻目のプリンツ・オイゲン…
謹慎が解かれ再び戻ってきたブリュッヒャーさん…
そのブリュッヒャーさんに引き裂かれたオイゲンとふくよかなオイゲン…
はたしてプリンツ・オイゲンとプリンツ・オイゲンとプリンツ・オイゲンの運命やいかに
次回更新をお待ちください