どうぞ
山田はファイルから眼を離し、窓の方を見る
気付けば窓の外は暗く、自身のいる資料室は室内の蛍光灯がついてはいるが、若干薄暗い
「…どうだった?」
不意に横から声がし、そちらに視線を向けると田中がソファーに座る山田にブラックの缶コーヒーを差し出した
「…あ、どうも…です」
山田は缶コーヒーを受け取り、資料の山となっている目の前の机の空いている場所に置く
「…なんか…イライラします…」
山田は田中に眼を合わせられずに答える
その声には怒りの感情が見え隠れする
「…ほう?武藤にか?それとも本郷の家族にか?」
田中も窓側のイスに座り缶コーヒーのふたを開ける
「いえ…私にです…」
「…はぁ?」
田中は声が裏返る
「…んん"…どういうことだよ?」
「田中先輩が言ったように、このファイルには本郷提督や電さん達の喜びや悲しみ…様々な想いが詰まっています」
「…ああ」
「彼らが苦しんでも、辛い想いをしても…私はそれを過去のモノとしてしか見ることしか出来ません」
「…そうだな」
「…どかしいんです…」
山田はぼそりと答える
「あ?」
「それがもどかしいんですよ!助けてあげられなかったことが!」
「…え…ぁ、ああ…」
山田は荒れた
「もっと早く彼らの事を知っていれば…!くっ…助けられたかもしれないのに…!!なにも出来ないなんて…!!」
コイツは…
「…ふっ…ふふふ…」
田中は笑いをこらえる
変わらず山田は自身の沸き上がる想いを声を抑えて吼える
「こんな…誰も彼もがすれ違って…」
それを田中は横目で見ながらたばこを取り出し、背中の窓を過ごし開け、たばこを口に咥える
「あっはっはっはっはっはっ!!」
「ヴぇ?」
大笑いをする田中
その姿に驚愕する山田
「え、なんか変なこと言いましたか?私」
「はっはっはっはっ!」
一通り大笑いし、落ち着くと田中はたばこに火をつける
山田はムスっとする
「いやいやいや…あー…ははは…お前思った以上にお花畑だな」
「な、な、な、なんですかそれ!」
「…それ、7年前の案件だぞ?毛も生えてないようなチューボーの頃のお前がなにが出来るってんだよ…」
小馬鹿にしたように山田に指を指し、くっくと笑う
「~…!!!」
「くくく…まぁいいか…わかった……山田」
「…なんですか?」
「この案件で……そうだな、お前が本郷ならどうするべきだと思う?何をするべきだった?」
「…え?」
山田を見る田中はもう人を馬鹿にするような態度ではない。
1人の海軍士官として、新人士官の山田に問いかける
「えと…あ、の…」
たじろぐ山田の姿をみた田中はふ、と笑い
「なに、お前の思ってることをそのまま言えば良いんだ」
「…わ、私なら…」
山田はごくりと唾を飲み込む
この答えが合ってるかわからない
いや、きっと間違っているだろう
子供のようだと笑われるだろう
でもこれが…
「私なら…きちんと相談します」
「…ほぅ?」
田中は無表情
山田の答えに嬉しそうでもなく、つまらなさそうでもない反応を示す
「はい…報告書を見る限り、私から感じた本郷提督は、誰に相談するわけでもなく、物事を自分1人で抱える様な人という印象を持ちました」
「艦娘達に心配をかけまいと……まぁ、結局は心配した電さん達が本郷提督を助けようとしたみたいですが…」
「…ん?…まぁ、そうだな…本郷から助けを求めてたって記載は無かったな」
山田はまだ開けてない缶コーヒーを両手で持ち、手の中でぐにぐにと形状の変わらないアルミの缶を揉む
「…もっと素直に…もっと早く誰かに頼っていれば…きっと違う結末だったかと…」
山田ははっきりとは答えない
「…それが…お前の答えか」
「…はい、もしかしたら報告書に載ってないだけで本当は既に誰かに相談をしたのかもしれませんが…」
田中は視線を山田から夜空の見える窓の方へ、それに伴い身体も窓の方へ向ける
恐る恐る田中を見つめる山田
「なるほどな…そう、そうか…相談か…そうだな…奴はごくごく当たり前の事をしなかった…誰かに相談っつー簡単な事をな…」
なにやらぶつぶつ呟く田中
「ええ…と、あ…間違い…でしたか?「山田!」
「あ、はい!」
突然名前を呼ばれる山田
田中は大隅のものとは違うファイルを近くの机の引き出しから取り出す
「ええと…それは?」
「…大隅警備府の後日談ってやつだ…お前の見た報告書の"後"の事が記されてる」
「…ええと…なんで別紙なんですか?」
「…お前が持ってるのは本郷の自殺案件…こっちのは武藤の案件だ」
「武藤中佐の!?」
「ああ…ごっちゃにならないように案件ごとにファイリングを別にしてんだよ…こいつは時系列的には大隅…本郷が自殺して、後任が決まったくらいの話だがな」
田中はさも当たり前だろう、といった風に山田に返す
なるほど確かに同じ大隅警備府の出来事でも、日にちも時間もバラバラないくつもの案件が1つのファイルに納められていたらいざというときに混乱するだろう
「…見たいか?」
「…う……い、ゃぁ~…ははは…」
バツが悪そうに山田は後頭部をぽりぽりとかく
正直言えば見たい
彼女たちはその後どうなったのか、何がどうなって武藤の案件というものが挙がったのか
しかし同時に先の資料の内容があまりにも救いのない内容だったために、これ以上彼女達の負の感情を見たくないのも事実だった
「…見たい…ですけど…見たくない、です」
山田は正直に答えた
山田の返答を聞いた田中はうん、と頷き
「…だろうな、まぁ別に今見なくても良いんだ…読みたいなら気が向いた時に読めば良い」
「…すみません…」
田中は手に持った武藤のファイルを缶コーヒーの詰まった冷蔵庫の上にぽん、と乗せる
「…よっし…んじゃあ山田、業務終了だ。お前はもう上がれ」
「…はい?」
着任1日目の任務、上官に挨拶し、ファイルを一冊読む…終了
「いやいやいやいや!!私なにもしてないですよ!?」
「読んだろ?…大隅の資料を」
「い、や…ですから…っ!」
「良いんだよ。朝言ったろ?俺らの仕事は資料の整理整頓…あとついでに言えば内容確認のための閲覧」
武藤の資料を置いた田中は恐らく上から送られてきたであろう大量のファイルの入ったダンボールのふたを開ける
「だからお前さんはちゃんと仕事したわけだから…とっとと帰って良いぞ?俺もこの後用事がある」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
気がつくと私は第4資料室の前、廊下に経っていた
大隅警備府のファイルを読んで、感想言って…
追い出された…
「いや…なによこれ…」
訳がわからないって…
仕方なく一緒に追い出された荷物をもって施設の外に出る
「はわぁぁ…」
変なため息も出るわそりゃ
外はもう真っ暗
軍施設だけあって所々に痛いくらいに眩しい照明はついてはいるが、視線を空に向けると真っ暗な闇が拡がっていた
「…寮…行こうかな…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
山田が施設から出て1時間後
山田を追い出した田中は第4資料室でもう1人の男性と、二人してブラックの缶コーヒーを飲んでいた
「…んで、どうやったん?新人ちゃんは?」
ニコニコとした笑顔、田中よりも若い青年は向かいのソファーに座る田中に問いかける
「ああ…変なやつだったよ」
「へぇ…なんや、眉毛が繋がって金歯でも見えてたんか?」
「は??…金歯?…いや、そうじゃねぇよ」
青年はひひひと笑う
「冗談や冗談!…今度の子は大丈夫そうなんか?」
「ああ、とりあえずテストは合格…ってとこだな」
「読ませたのは?」
「大隅警備府…本郷の方な」
青年はぽりぽりと頭を指でかく
「ありゃりゃ…相変わらずやなタナちゃん……んで?なんて?」
「"過去の報告書を読むことしか出来ない、なにも出来ない自分にイライラする"ってよ」
「ファ~?なんやそれ…」
先ほどの山田の回答を青年に伝えると2人して笑う
「いっひひひひ…おもろい子やね」
「ああ…だが1つ…いや、2つかな?…気になることがあってな」
田中は先の山田との会話を思い出す
「…まず、俺らの整理して、閲覧してる資料…報告書は…基本その一冊がその案件の情報全てだろ?」
「…うん、まぁその案件の当事者とか関係者の話とかを抜けばそうやね」
田中は缶コーヒーの中身を一気に飲み干す
「…ふぅ、なーんかあいつ…報告書に載ってない事まで知ってる感じなんだよな…」
「はぁ?……んなわけないやろ、その子、今日ここに来るまで大隅のOの字も知らんかったんやろ?」
青年は興味深そうに田中の話に乗りはじめる
「見た報告書になんとなく自分でストーリー追加させたんちゃうん?」
「うーん………だが本郷が誰に対しても直に助けを求めてなかったこと、それに当事者達のすれ違い…」
「報告書に書かれてなくて、後から話を聞いてわかった…電や大井が本郷のために勝手に任務にあたってたことだって知ってる風だったんだぜ?」
「…たまたまやろ?」
「……たまたま、なのかねぇ…」
田中と青年の間に沈黙が流れるが、先に沈黙を破ったのは青年の方だった
「ほんで…2つ目は?」
「ん?…ああ…あー…と…なんつーか…」
さっきまでのノリはどこへやら
田中は急に言葉に迷う
「なんや、きもちわる」
「うっせ」
んん"、と咳払いをして
「…あいつの報告書の読み方…変なんだよ」
「…変?ページめくる時唾をつけるんか?」
「…」
「…」
田中はなにも言わずじっと青年を見つめる
「…うっそやで…」
「はぁ…いや、上手く言えないんだけどよ…なんか…世界に入ってんだよ…報告書読んでる時…」
「…世界…?」
田中は机の上に置いてある大隅のファイルを手に取る
中を開く、報告内容、日時、場所から始まり、もともと別紙として分けられていたであろう詳細の書かれた報告書をパラパラと捲る
「…この報告書を見ているときのあいつな…目が少し虚ろになって…聞こえづらい声でボソボソと喋りながら…まるでこの報告書の世界に入り込んでるような…って…」
「ああっ!くそ…なに言ってんだ俺は…あー…忘れろ忘れろ!」
おかしなことを言っていると気づいた田中は頭をボリボリとかく
「…ふーむ…」
青年は腕を組み、なにかを思案する
「…気にしなくて良いぞ…多分俺の勘違いだ」
「…せやろか…なんや~不思議な子やなあ……よっと…」
青年は椅子から立ち上がり、壁に掛けられていたコートを手に取り袖を通す
「…明日も接待か?」
青年は振り返らずに答える
「いんやぁ?…もう不味い酒は飲まへん…明日からはまたこっちメインで来るで」
「…そうか」
ソファーに座る少し疲れ気味の田中の姿を見て青年はふ、と笑う
「仕方ないんや…僕の立場やと方々のお偉いさんと…まぁ、ねえ?」
「へいへい…」
返事をしながら煙草の箱を取り出しふたを開ける
「…くそ…」
「ひひひ…もう煙草ちゃんも休め言うてるやん」
田中は煙草の箱をくしゃりと握りつぶし、ゴミ箱に投げる
浅い放物線を描いた紙屑はゴミ箱の縁に当たり、床に落ちる
「ナイスピッチン!…ほなら、僕もう行くわ。明日からまたよろしくやで、田中先輩」
「…ああ、よろしくな。松井准将」
「いややなぁタナちゃん…ここでは僕はただの図書委員の1人やん…マッツンでええで」
「ならお前も先輩付けんなよ?…ここではよ」
「へいへい…ほな、おやすみやでタナちゃん」
山田も上がり、松井も居なくなり資料室に1人になる田中
ついでに言えば最愛の煙草ちゃんももういない
「…山田……お前にはこの報告書がどう見えてたんだ…?」
田中はぼそりと1人、呟いた
次回もよろ…
次回は本編からちょっと離れた内容でお届けします