はい。
気がつけば約34000文字数となりました
リングシュール編、今回でラストとなります
なお、例のごとくではありますが、[ ]内の言語は今回日本語となります
では、どうぞ
ふくよかなオイゲンがグラーフ達の部屋から出ていって2日
訓練時や食事時でもふくよかなオイゲン、そしてブリュッヒャーが皆の前に姿を見せることはなかった
オイゲンは何度もふくよかなオイゲン達の部屋をノックしようと考えていたが、余計なことをしてブリュッヒャーからふくよかなオイゲンへの危害が及ぶと考え、結局はノックはしなかった
訓練を終えた夕食後、オイゲンは一人寮の通路を歩いていた
何故か心なしか他の艦娘達はそわそわしていたり、忙しそうに走り回っている
オイゲンは掲示板に貼られたある用紙を思い出す
「…ああ…祝賀会…」
「あーら、プリンツ・オイゲンさんじゃないですかぁ」
背後から掛けられたこの声
オイゲンはすぐに誰かわかった
「…ヴィルヘルムさん…ディーターさん…」
元オイゲンと同室だった駆逐艦2人がオイゲンの背後に立っていた
2人はオイゲンを小馬鹿にするようににやにや笑っている
「オイゲンさん、あのおでぶのオイゲンから僚艦外されたんですよね?かわいそうですねー」
「本当にぃ…今日はグラーフさんもいませんしぃ…またお一人なんですねぇ」
「…」
ヴィルヘルムとディーターの煽りにオイゲンは何も答えない
「あれあれー?こないだの威勢はどうしたんですかぁ?…ま、いいけどー…私達は祝賀会の準備で忙しいし、オイゲンさんは部屋でグラーフさんに慰めてもらったらぁ?」
「そうそう、女性同士の方が気持ちいいところ…よくわかるんじゃあありませんかぁ?嫌ですねぇ…穢らわしいですねぇ。ふふふ」
ぐぐぐ、とオイゲンは両手を握り、歯をくいしばる
「…失礼します」
オイゲンはそう一言だけ言ってその場を離れようとすると
「…なによ!一言も言い返さないのー?臆病者の重巡様ー!」
ヴィルヘルム達の笑い声を背に、オイゲンは足早にその場を後にする
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
海域制圧祝賀パーティー当日
夜の帳がおり、北海を月明かりが照らす
ここリングシュール基地のホールではきらびやかな装飾が飾られ、立食パーティ形式に並べられたテーブルには数々の料理が並べられる
寮の艦娘達の着るドレスが艶めき、士官、下士官達の士官服がいつも以上に白かった
基地提督、アイリヒはマイクの設置された演説台に立ち、今回の作戦で活躍した主力第一艦隊を誉め称える
『…そして、次の中規模作戦もこの調子で活躍してもらいたい。それでは…』
アイリヒがグラスを持ち上げると、ホール内にいる艦娘や士官達もグラスを高く掲げ
『リングシュールに…乾杯』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
皆が楽しく盛り上がる最中、アインス・オイゲンこと1隻目の片目傷のオイゲンがいつもの制服でホールの壁に背をつけグラスを傾ける
そこへアイリヒがグラス片手に近づいてくる
「…どうしたオイゲン…ドレスは着なかったのか?」
「…提督……ええ。私には必要ありません。それと、ここの空気は私には合わないようなので先に失礼致します」
それだけ言うと、片目傷のオイゲンはアイリヒに敬礼し、その場を立ち去ろうとする
「…プリンツ。待ちなさい」
アイリヒに続いて声をかけてきたのはアイリヒの秘書艦、黒のワンピースを着たビスマルクだった
「祝いの席よ。勝手な行動は慎みなさい」
ビスマルクはそう言うと、アイリヒに近づき
「…提督。祝いの言葉を贈りたいと何人もの艦娘が待っています。お席へ…」
「…うむ。わかった」
アイリヒはそう返して片目傷のオイゲンとビスマルクから離れていく
「…プリンツ…貴女私があげたドレスはどうし「その呼び方はやめろ。ビスマルク秘書艦」
アイリヒがいなくなったこともあり、ビスマルクを強く睨み付ける片目傷のオイゲン
「作戦指示があれば話は聞く。命令にも従おう…だがもう私は貴女の随伴艦ではない。馴れ馴れしくするな、ビスマルク秘書艦」
そう言い捨て、片目傷のオイゲンはビスマルクから離れていく
「…プリンツ…」
ビスマルクは眉を寄せて苦渋の表情になり、背を向けて遠ざかっていくオイゲンに小さく手を伸ばすも、片目傷のオイゲンは振り返ることはなかった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ホールの壁側にあるテーブル
蝶もモチーフにした顔半分が隠れる仮面を着けた真っ赤なドレスの女性、ブリュッヒャーが隣に立つ制服姿のふくよかなオイゲンへ料理の乗った皿を渡す
「…さぁ、プリィンツ。私が愛情込めて皿に乗せてきた料理よ。沢山食べなさい」
「…はい…ブリュッヒャー姉さま…」
ブリュッヒャーからの皿を受け取ると、無表情のまま食事を始めるふくよかなオイゲン
「…」
その二人の背後に立つ制服姿のグナイゼナウはブリュッヒャーをじっと睨む
「…あら?… 何か問題ありまして?私はただ可愛い妹に食事を取ってきてあげただけですわ?」
くすくすと笑うブリュッヒャーを見てふう、と鼻でため息を吐き、小さく首を横に振るグナイゼナウ
「…」
もぐもぐと咀嚼するふくよかなオイゲンはホール内を見渡す
勿論探しているのは一人だけだ
ふくよかなオイゲンがホール内を見渡していると、出入口の扉が開き、二人の女性が入ってくる
透き通るような水色のドレスを着たグラーフ、そして淡いピンクのドレスをきたプリンツ・オイゲンだった
2人ともトレードマークとも言えるツインテールを解いてあるせいか、ドレスの色、化粧も相まって艦娘には見えないほど美しかった
「…綺麗」
「素敵だ…誰だ?あれは…」
「いいなぁ…」
「結婚したい」
先に乾杯だけ制服で参加した二人…
グラーフの方からやはりドレスに着替えた方がいいと言われ、一度寮に戻ってドレスに着替えてきた
乾杯をしてホール内で一度テンションの落ち着いた艦娘や士官達には、そんな2人がより優雅に見えたことだろう
男性士官達がオイゲン達に近づく
「君たちはどこの所属だ?」
「可愛いな…今晩俺の部屋へ来ないか?」
「制服じゃないと元の艦種がわからないなぁ…二人とも戦艦なのかな?」
ざわざわと賑やかになっていくホール入口
その賑やかな中心でわたわたとするオイゲンを遠目で見つめるふくよかなオイゲン
「…ドリィ…」
ふふ、と内心喜ぶふくよかなオイゲン
(…私のあげたドレス…ふふふ…やっぱり貴女に似合ってるわね…ドリィ…)
…と、表情には出さないが、喜ぶふくよかなオイゲンとは対照的に、カツ、カツ、とヒールを床に強く鳴らすブリュッヒャー
「…あんの…くそガキ…調子にのってぇ…!」
歯をくいしばるブリュッヒャー
前歯がないためだらだらとその口からよだれが落ちる
「おー!オイゲン可愛いじゃん!」
「こっちこっち!」
男性士官達に囲まれるオイゲンへ声をかけたのは訓練時に仲良くなった巡洋艦の少女達だった
ドレスを着た彼女達はオイゲンに手を振る呼び掛ける
「…あ」
少女達からの誘いを受け、後ろに立つグラーフにちらりと視線を向ける
グラーフはふふ、と笑い
「…行ってきなさい…彼女達とも仲良くした方がいい」
グラーフの言葉を聞いて、ぱぁっと明るい表情になるオイゲン
そんな彼女の笑顔を見て1人の男性士官は呟いた
「…天使…!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…それでは、提督」
「うむ」
ドレスを着た少女は頭を下げアイリヒにカーテシーを行うと、その場を立ち去る
ようやく行動派艦娘達のアプローチが終わり、ため息をはくアイリヒは隣に立つビスマルクに問う
「…ふーむ…やはりみなエーヴィゲ・リーベが欲しいものなのか…?」
「…ええ。それは勿論…殿方…提督から頂ける指輪なんてロマンチックこの上ありませんからね…皆期待していますよ。提督が誰に指輪をあげるものかと」
ふぅ、とアイリヒは眉を寄せ
「…女性とは怖いものだ…しかし誰に渡したものか…正直何も考えてはいなかったからな…」
「…本当…そろそろ怒られますよ?提督」
アイリヒは周りを見渡す
何人かは期待の眼差しをアイリヒに向ける者達とも目が合いはするが、彼はむしろ自分に興味なさそうな…
色々と"重くなさそうな"女性を探す
「…ん?…あの人だかりは?」
ホール入口の方の賑やかさに気づいたアイリヒはビスマルクに問うと、ビスマルクも首をかしげ
「………グラーフか?…あ、誰か離れたな…」
男性士官達に囲まれるなか、グラーフから離れていくオイゲンを確認するビスマルク
「…3隻目のプリンツ・オイゲン達ですね…こちらに向かってますよ」
「…オイゲン?」
アイリヒはああ、と思い出す
そういえば3隻目が建造されたんだった、と…
もともと艦娘達とも距離を置いていたアイリヒは、新たに建造されたオイゲンのことも大して認識はしていなかった
人としては失礼だが、艦娘の多いリングシュールでは二度目は話すことも会うことも無いだろうと考えていたアイリヒは、この日まですっかり彼女の事を忘れていたのだ
「提督!海域制圧おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
「…お、おめでとうございます…」
2人の巡洋艦に連れられてアイリヒの元へ来たオイゲン
3人はアイリヒに敬礼すると、アイリヒも敬礼を返す
「ああ。祝いの言葉、ありが……」
敬礼しながらふとオイゲンの顔を見たアイリヒは言葉が途切れ、驚きの表情になる
「…ミ…ア…?」
「ふぇ?」
ドレスを着、髪を下ろし化粧をした姿が遠く離れる実の愛娘に見えたのだ
アイリヒは一瞬惚けたが、顔を小さく横に振り
「あ、いや…すまない…あまりにも綺麗だったからな…」
「「!?」」
照れるオイゲンの左右に立った巡洋艦の少女達
そして彼の横に立つビスマルクは驚愕する
"あのアイリヒ提督が艦娘を綺麗と言った!?"
…と
アイリヒは艦娘達と普段から距離を置いている
そんな彼が基地の艦娘に対して面と向かって綺麗、素敵、可愛い等の少女が喜ぶ言葉を言うことなど無かった
故にオイゲン達よりも古くからいる艦娘達はアイリヒの言葉に驚いた
「えへへ…ありがとうございます。提督」
そんなことを知らずに笑うオイゲンは隣の少女達に肩を揺すられる
「オイゲン!凄いじゃん提督に褒められるなんて!」
「ほんとほんと!凄いよ!」
仲良く喜ぶ巡洋艦3人を見てふ、と笑うアイリヒ
(…まさかこんなに瓜二つ…いや、目元なんかは少し違うか…しかしミアも高校を卒業する頃にはこの娘のような見た目になっているんだろうな…)
うん、と頷くアイリヒは隣のビスマルクを見る
「…決めたよ。ビスマルク」
「…提督?」
「指輪を…エーヴィゲ・リーベを贈る相手だ」
アイリヒの一言で会場内がざわめき、しん…と静かになる
どうやらホール内の艦娘達はこの瞬間までアイリヒの言葉に耳を立てていたようだった
一方ホール入口側では未だにグラーフが男性士官達を捌いている
アイリヒは周りの目を気にすること無くオイゲンの手を優しく握る
「…オイゲン…プリンツ・オイゲン…君に指輪を贈ろうと思う。受け取ってくれるね?」
アイリヒの言葉に緊張したオイゲンは、びくりと身体を跳ねさせ、背筋を伸ばす
「は、は、はっはい!…よ、よろしくお願いします!」
オイゲンのリアクションにクスクス笑う巡洋艦の少女達
ビスマルクは呆れたように腕を組み…
「…提督?…彼女は実戦経験もない練度の低い娘ですよ?…指輪を渡すには早いのでは?」
「ん?…そうか…ならば彼女を主力第2艦隊へ編入させよう」
…ギリ…
「…は、ではプリンツ…ドライ・オイゲンを主力第2艦隊へ編入させるよう各艦隊へ通達を行っておきます」
「…最高練度まで指輪の装着は出来ないだろうが…出来る限り君が練度を上げられるよう私も協力しよう」
…ギリ…ギリ……
「は、はい!プリンツ・オイゲン!頑張ります!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『バキィッ』
アイリヒ達の会話を聴いていたとある重巡洋艦は、手に持っていた扇子を真っ二つに折ってしまった
「…お、おい…ブリュッヒャー?」
ふー、ふー、と興奮を鎮めるかのような息づかいの仮面を被った重巡洋艦、ブリュッヒャーに少したじろぎながら声をかけるグナイゼナウ
「…なんでも…ないわぁ…ふ、ふふ…くひひひひ…」
仮面のせいで表情は見えない
しかしその怒りと妬みを含んだ声を聞いてグナイゼナウは冷や汗を流す
一方彼女達の近くにいたふくよかなオイゲンはブリュッヒャーの状態に気づくこと無く、眼元に涙を浮かべながらアイリヒ達を見守る
(…ドリィ…!よかったわねぇ!…うん…うん…今とっても綺麗だもの…)
喜びを叫びたい気持ちを堪えて、自分の胸元でぐっと拳を握る
(…まるで自分の事のように嬉しいなんて…おかしなものね…)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…では、これを受け取って欲しい」
アイリヒは胸ポケットから白い小箱を取り出す
「…は、はい…」
アイリヒが小箱を開こうとした時だった
ガチャン、とホール入口の扉が開く
「よぉーう!パーティーなんて気前がいいな!リングシュール!」
大声を上げてずかずかと入ってきたのはスーツ姿のアンドレアスと、同じようなスーツ姿の部下数人だった
「…!…アンドレアス…!?」
アイリヒはオイゲンを自分の背後に隠れるよう腕を引く
アンドレアスはホール近くのテーブルのトレーに置かれたシャンパンの入ったグラスを乱雑に取る
アンドレアスの手に当たった他のグラスが床に落ち、ガラスが割れる音がホール内に響く
「なんだ貴様!」
1人の男性士官がアンドレアスに駆け寄るも、アンドレアスの部下に羽交締めにされる
「…おいおい…アイリヒ…お前部下にどんな教育してんだ?シャンパンこぼしちまったじゃねーか」
そうぼやきながらも足を止めないアンドレアスはまっすぐアイリヒ達の方へ向かってくる
ビスマルクがアイリヒの前に立ち、叫ぶ
「警備隊!早くこ「おぉいおいおい…俺たちゃなにもしやしねぇよ…なぁ?兄弟」
バカにしたようにビスマルクを笑い、シャンパングラスを傾けて中身を一気に飲み干すアンドレアス
「…アンドレアス…貴様…!」
「…んで?…プリン・オイゲンっつーのは誰だ?」
一文字変えるだけでスイーツへ早変わり…
アンドレアスはホール内の艦娘達を見回す
その中で1人だけ眼があった瞬間、顔を伏せた少女にアンドレアスは気づく
指輪をもらおうとしていたオイゲンだった
「…へぇ…こいつぁ別嬪さんじゃあねぇか」
「…ひっ」
いかにもな悪い顔でオイゲンに一歩近づくアンドレアス
彼が近づくとオイゲンも一歩退く
「…」
そんなオイゲン達の状況をホール入口の近くでグラーフはじっと見つめ
(…もう少し…様子を見るか……ん?)
そう何かを考えていると、近くの男性士官が無線機に手を伸ばそうとしているのに気づく
「…下手に助けを呼ぶのはやめた方がいいですよ」
「!」
グラーフは助けを呼ぼうとした男性士官へ小声で声をかける
「…凶器を持っている可能性もある…何よりもあの男と一番近いのは提督殿だ…人質にでも取られたら…」
「…!?…そ、そうだな…わかった…」
無線機に伸ばしかけていた手を引っ込め、汗を拭う男性士官
「…アンドレアス…もう帰ってくれ…今日は特別な祝い事なんだ」
「…目的のモン貰ったら帰るっつの」
「…ならせめて場所を変えよう…」
「別に良いじゃねぇか」
アンドレアスはアイリヒの後ろにいるオイゲンを見て笑う
「…艦娘はどうせモノなんだろ?…俺ぁただの廃品回収屋だ…それに聞きゃあおめぇ…おんなじ艦娘が三人もいるッつーじゃねぇか。なら1人くらい良いだろ?」
オイゲンへ手を伸ばそうとするアンドレアス
しかしその腕はアイリヒによって止められる
「…彼女はモノじゃあない…止めるんだ。アンドレアス」
「…はぁ?」
腕を捕まれたアンドレアスは舌打ちをする
「…テメェ…誰のお陰でここにいると思ってんだ!?…だぁれの金で海軍に入れたと思ってんだ!?…ぁあっ!?」
思わず掴んでいたアンドレアスの腕を離してしまうアイリヒ
それと同時にざわめき始めるホール内
「…誰の金?…」
「どういうとこ?」
「まさか少将…チンピラと関わりが?」
「やだ。怖い…」
アイリヒは冷や汗を流し、心音が速くなっていくのを感じる
ちらりとアンドレアスを見ると、口元を吊り上げている
(…まずい…まずい…犯罪組織と関り合いがあると思われれば私の地位も…いや…それどこじゃない。海軍としてこのままいられるものか…!)
「…ふぅ…ふぅ…ふぅ…」
眼を泳がせながら息を荒くするアイリヒ
背後にいるオイゲンは心配そうにアイリヒを見つめる
「…わ、わた…私…は…」
「…ぷっ…」
何かしら言い返そうとしたアイリヒを見て吹き出すアンドレアス
「かっははははは!…ははは…冗談だよ冗談!」
アンドレアスはゲラゲラと笑うと、姿勢を正してアイリヒに向けびしりと敬礼する
「…失礼しましたアイリヒ提督。我々はドイツ海軍本部より参りました、特務の人間です」
「……はぁ…?」
アンドレアスの背後にいた部下達も彼に合わせて敬礼をする
「…サプライズですよぉ!…そう、お集まりの皆さん。こいつぁ…あー…あれだ。そう、海域制圧に成功したリングシュールへのサプライズ!」
両手を広げ、声を大にしてホール内にいる者達へそう告げるアンドレアス
「…それじゃあ提督閣下…我々はこれにて…」
敬礼したまま一歩アイリヒに近づくアンドレアス
「…明日の朝6時に迎えをよこします……それじゃあ失礼」
わざとらしくそう言うと、アンドレアスは部下達を引き連れてホールから出ていった
緊張が解け脱力し、若干放心状態になるアイリヒ
「…はぁ……」
「…提督……はっ…!」
提督の背に手を当てたビスマルクはアイリヒの違和感に気付き、近くにいた男性士官を呼ぶ
「…パーティーはもう終わりです!皆を部屋へ!」
「あ、ああ…了解」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それからは海域制圧の祝賀会は強制的に中断され、放心状態となったアイリヒはビスマルクに連れられホールを後にし、残った艦娘達も解散を余儀なくされた
オイゲンへの指輪の贈答も有耶無耶になった
パーティーが強制終了して深夜 執務室
「提督!…一体どういうことですか!?…あの男は何者なんですか!」
ドレス姿のまま、顔を真っ赤にして怒りを露にするビスマルクの眼を見れずに顔を伏せるアイリヒ
「…か、彼は…ドイツ海軍の「そんなこと嘘だとわかります!ホール内にいた全員がわかっていたことです!…貰う?廃品回収?…提督、プリンツ・オイゲンをどうするおつもりですか!?」
「…わ、私は……何も…」
執務机に伏すアイリヒは悩み、後悔していた
まさか娘と瓜二つの少女がおり、それに気がつかなかったこと
アンドレアスからの連絡を本気にしておらず、ただ怒鳴り返してほぼ聞き流していたこと
そのアンドレアスが自身の弱みを握っているおかげで自身の地位が危なくなるとたった今ようやく本気で理解したこと
(…くそ…何も…私は何も見ていなかった…否、彼女たちを…周りを見ようとしなかった…これは家族に会うことだけを考えていた愚かな私への罰だ!…くそっ!それでもドイツ海軍将校か私は!?)
すぅ、とアイリヒは息を吸う
(…プリンツ・オイゲンは娘ではない…ならば1人くらい良いだろう…いや、良くはない…艦娘は軍の機密事項だ…おいそれと渡すわけにはいかない…だがどうする…?このままではあの男は私の過去全てを公表するだろう…そうすれば私は……)
「…プリンツ・オイゲンを…彼女を……明日の朝…引き渡
アイリヒが言い終わる前にだん、と執務机が叩かれる
顔を上げると秘書艦がアイリヒを強く睨み付けていた
「正気ですか!?軍の機密事項である私達艦娘をあんな連中に!?それでもリングシュールの…いえ、ドイツ海軍ですか!……それに今回のことがあれば次が必ずあります!今こそあの連中を警察に突き出すべきです!」
「け、警察は駄目だ!…それは…それは駄目だ!」
焦るアイリヒを見て顔を強ばらせるビスマルク
「…なっ……!」
「…こ、今回だけ…今回だけは彼等に引き渡す…そ、それで次があれば私の方から「もういいわ」…!?」
ビスマルクの一言
見れば先程までの真っ赤だった顔色がいつもの肌色に戻りつつあるビスマルク
彼女は腕を組み、アイリヒに冷たい視線を送る
「…残念だわ…今の提督には何を言っても無駄ね…秘書艦として貴方のことは信頼していたわ…けれどそれももうおしまいね…」
そう言うと、つかつかと歩きだして執務室を出ていってしまったビスマルク
がちゃん、と静かな執務室に響く扉がしまる音
アイリヒは再び執務机に頭を抱えて伏せる
「…くそっ…くそくそっ!…なんだ…!なんなんだこれは!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
寮 グラーフとオイゲンの部屋
電気をつけることなく先程のドレスのまま窓辺に座って外を眺めるオイゲン
「…グラーフさん…まだ戻ってこないのかなぁ…」
そう呟いていると、部屋の扉が勢い良く開く
「プリンツ!」
秘書艦ビスマルクだった
「え?…うえっ!?ビスマルク秘書艦!?なん…なんで…」
「話は後よ!すぐにここから出るわ!」
驚いたままのオイゲンの手を掴み、すぐに部屋を出ようとするビスマルク
「ちょっ…まっ…ビスっ…待ってください!」
流石に訳がわならなくなり、足を止め、ひかれる腕を引っ張り返すオイゲン
「いったい何が起きたんですか!?なんでここから出なきゃいけないんですか」
少し息を切らせたビスマルクはオイゲンの眼をじっと見る
混乱したオイゲンはその愛らしい瞳でビスマルクを見つめ疑問符を浮かべたような表情になる
突然部屋に入ってきたの黒ドレスのビスマルク…そんな彼女に手を退かれ急にここを出る?
全くもって訳がわからない、と…
「…話は行きながら、と思ったけど…いいわ。ざっくり説明してあげるわ…さっきホールに現れた男達は貴方を…そうね。誘拐しようとしている連中よ。理由はわからないけれどもね…そして提督も……奴らに騙されてその話に乗ってしまったのよ…だから貴女を奴らに誘拐させないために一時的にここから貴女を脱出させる。オーケー?」
ビスマルクの説明にオイゲンは両手で大きくバツを作る
「オーケーじゃありません!だめです!更に訳がわかりませんよそんな作り話…」
そこまで言ってふとホール内での会話を思い出すオイゲン
『目的のモン貰ったら帰る』
アンドレアスの言った言葉を思い出すと、何故か背筋が凍る
「…う…で、でも…グラーフさんにも出掛けること言わなきゃ「そのグラーフにはもう話は伝えてあるわ」
オイゲンの手を離し、彼女の肩を掴んで眼をまっすぐ見つめるビスマルク
「…プリンツ…お願い。もう…もう時間がないのよ…」
それはいつもの自信満々な態度とは違うビスマルクの表情だった
オイゲンはんんん、と唸り
「…わかりました…いえ、本当はわかりませんが…ビスマルク秘書艦についていきます…でも…何もなければすぐに帰ってきますからね?」
「…ありがとう。それで結構よ」
オイゲンの言葉を聞いたビスマルクはにこりと微笑むと、部屋の扉のドアノブに触れる
「…とにかく。提督の頭が冷えるまでは貴女をどこか安全な場所へ避難させるわ。こういうことは早め早めの行動が大事よ」
「は、はい…あ、でも…」
オイゲンはビスマルクの着ている黒のドレス、そして自分の着ているピンク色のドレスをちらちらと見る
「…申し訳ないけど着替える時間はないの…さ、行くわよ」
申し訳なさそうに苦笑いをして、扉を開けるビスマルク
グラーフ達の部屋の外側…
廊下にはある意味見知った女性が両腕を振り上げて待ち構えていた
「…!?…ビスマルク秘書艦っ!!」
「…え?」
「ぬぁぁぁあああ!!!」
真っ赤なドレスの顔面包帯女…
手にした鉄パイプをビスマルクに振り下ろしてきたのは重巡洋艦ブリュッヒャーだった
その姿はまるで狂ったどこぞのヴィレッジの貴族のようだった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
オイゲン達の部屋の前の廊下で待ち構えていたブリュッヒャーは扉が開いた瞬間、手にした鉄パイプでビスマルクを殴ろうとした
しかし先端が扉の縁に当たり、彼女に攻撃が当たることはなかった
「…ブリュッヒャー!!」
ビスマルクはすぐにブリュッヒャーに体当たり、ブリュッヒャーは廊下の向かいの壁へ叩きつけられる
「プリンツ!行きなさい!ドックへ…海へ逃げなさい!」
ブリュッヒャーを壁に押さえつけるビスマルクは扉から出てきたオイゲンへそう叫ぶ
「で、でもビスマルク秘書「いいから!行きなさい!」
「は、はい!」
一瞬戸惑いながらもドックの方角へと走りだしたオイゲン
押さえつけられていたブリュッヒャーも叫ぶ
「ガキどもぉ!逃がすんじゃないわよぉ!」
ブリュッヒャーの掛け声に現れたのはヴィルヘルム達だった
「きゃあっ!」
走りだしたオイゲンに覆い被さってきたヴィルヘルム達三人娘
「へっへー!捕まえたよ!」
「逃がさないからねぇ!」
「うふふ。仲良くしましょう?」
「は、離して!離してっ!!」
倒れたオイゲンに覆い被さるヴィルヘルム達を横目に表情を歪ませるビスマルク
そんなビスマルクの顔を見てブリュッヒャーは前歯の無い唇を吊り上げ
「…く、くひゃ…くひゃひゃひゃひゃ!!あっひゃっひゃっひゃ!!そう!その顔が見たかったのよぉ!秘書艦様ぁぁあ!!」
けたけたと笑い始めたブリュッヒャー
「んぁぁああああ!!」
ブリュッヒャーの迫に圧されたビスマルクはその一瞬のすきをつかれて押し返されてしまう
「くぅ!」
尽かさず鉄パイプを真横に振りかぶるブリュッヒャー
『バコンッ』
ブリュッヒャーの放った鉄パイプがビスマルクの左腕を叩く
「…っ!ぁぁああっ!!」
「ビスマルク秘書艦!」
身動きの出来ないオイゲンは叫ぶことしか出来ない
しかしそんなことはお構いなしにディーターが紐を取り出し、怪しく笑う
「…さぁ、私たちの本当の部屋へ帰りましょう?」
「ううっ…」
「…さぁ、さぁさぁさぁさぁビスマルク秘書艦…貴方のその不細工な顔…」
倒れるビスマルクに跨がり、鉄パイプを高く掲げるブリュッヒャー
その口元からはよだれがだらだらと流れ落ちる
「…ぐっちゃぐちゃにしてっあげっっるぅうーー!!」
「…やめてぇぇえっ!!」
ブリュッヒャーが鉄パイプを振り下ろそうとした瞬間、背後から誰かがブリュッヒャーに体当たりをする
「んぎょっ!!」
間抜けな叫び声を上げたブリュッヒャーは押し飛ばされ…
「…え?…んばっ!」
オイゲンに覆い被さっていたアントンに直撃する
これをチャンスとばかりに自身の手首を縛ろうとしていたディーターの顔面にひじ打ちをするオイゲン
「ぷぎゅっ!」
鼻血を吹き出しながらディーターは床に倒れ、ブリュッヒャーを突き飛ばしたふくよかな彼女はこの状況に呆気に取られるヴィルヘルムの顔面を蹴り上げる
「…はぁ…はぁ…」
大暴れをしたふくよかな少女
2隻目のプリンツ・オイゲンことツヴァイ・オイゲンだった
「…や、痩せる…はぁ…はぁ…だ、大丈夫?……はぁ、はぁ…ドリィ」
ふくよかなオイゲンは震える手をオイゲンに差し出す
「…あ、ありがとうございます…オイゲンさん…」
「…こ、こないだはごめん…なさい…お友だちなんかじゃないなんて言って…」
申し訳なさそうに顎のお肉を揺らすふくよかなオイゲンに笑顔を向けるオイゲン
「…信じてましたから!」
真っ赤なドレスが揺らめく
そう、ここで…これで御仕舞いではない
「…プリィインツ…なぁんでそいつと仲良くしているのよぉ…」
起き上がったブリュッヒャーはふらふらとゾンビのようにオイゲン達に近づき、手にした鉄パイプを振り回す
「あなたは私だけのぅああぐぁっああ"あ"あ"あ"あ"!!!」
もはや怒りと嫉妬で人の言葉すらも捨て去った様なブリュッヒャーは、鬼神のごとくオイゲン達に襲い掛かろうとするが、ふくよかなオイゲンが真っ向から彼女に体当たりをする
「ドリィ!ビスマルク秘書艦!ここは私が食い止めるから!…早く!」
「どきぃいぃいいぁぁあ!!ぷりぃいいんづぅぅうう!!」
まるで怪獣決戦の様にブリュッヒャーと向かい合い、彼女の両手を押さえるふくよかなオイゲン
その着ている寝巻き…脇部分には大きめの汗じみが出来ていた
流石にこの騒ぎで寮の各部屋にいた艦娘達が扉から顔を覗かせる
「なになに?」
「あれ…なにしてるの?」
「え?…鉄パイプ?…こわっ」
オイゲンは震え、ふくよかなオイゲンに視線を向ける
「…オ…オイゲンさ「いいから早く!…ドリィ!!」
ブリュッヒャーの身体を押さえるふくよかなオイゲンは叫ぶ
「…う…い、行くわよ…プリンツ!」
腕を押さえながら立ち上がるビスマルクはオイゲンにそう言うも、オイゲンは動けない
「にがさぁばぁあっ!!へぇああっ!!」
「ぬぁぁあああ!」
艤装装備の無い今の時点では体重差のお陰か、ふくよかなオイゲンがブリュッヒャーを押し返した
尻餅をつくブリュッヒャーはヒビが入りそうな程奥歯を噛みしめふくよかなオイゲンを睨む
「ぐ…ぐきき…うぎぎぎ…!!」
臀部を強打したブリュッヒャーは痛みに肩を震わせる
ふくよかなオイゲンはその一瞬ですぐにオイゲンの方へ駆け寄り、その両頬に両手を添える
「…大丈夫…大丈夫だから…行って…行きなさい!」
涙眼になるオイゲンの額に自身の額をぴとりとつけるふくよかなオイゲン
静かに、しかし力強くそう言うと、ブリュッヒャーの方を向きなおり
「…大丈夫…ただの姉妹喧嘩だから…!」
「プリンツ!」
ビスマルクの呼び掛けに、決意を決めたオイゲンはビスマルクと共に廊下を走り出す
「…プリィンツ…なんで…どぉしてあいつの味方をするのよぉぉおお!!」
包帯の隙間から涙を流すブリュッヒャー
ふくよかなオイゲンはふん、とふくよかな顎を上げ腕を組む
「…お友達だからよ!」
自信満々に…
ドヤ顔でそう答えるふくよかなオイゲンの脚は震えていた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、ビスマルクとオイゲンは寮を抜けてドックへ…
ドレス姿のままの二人は艤装を展開し、着水
「…プリンツ?」
海へ続く扉が開くなか、オイゲンの名を呼ぶビスマルク
オイゲンは心配そうに海を見つめ問う
「…オイゲンさん…大丈夫でしょうか…」
反対にビスマルクはドック内を警戒しながら答える
「…彼女のお陰でここまで逃げられたのよ…あの娘の決意を無駄にしては駄目よ…早く行きま……」
ビスマルクの言葉はそこで途切れる
薄暗くも広いドック内、数隻の巡洋艦や小船が停泊するドック内、ビスマルクがある場所を見つめて固まっている
「…ビスマルク秘書艦?」
ビスマルクが見ている方に振り返ろうとしたオイゲンはビスマルクに止められる
「…え?…ビスマルク秘書艦?」
「…プリンツ…先に行きなさい…沖の方には案内役がいるわ…彼女についていきなさい」
「…う、うわっ!」
どん、と背中を圧されたオイゲンは振り返ることが出来ずにドックの外へと出されてしまった
「いい?…このまま西に真っ直ぐ行きなさい…決して振り返らずに最大船速で!…必ず私も追い付くわ…」
「えっ!?ビ、ビスマルク秘書艦!?」
オイゲンがビスマルクの名を呼ぶも、ドックの扉が閉められてしまう
「…う……うう…」
流石にこれは自身の置かれた立場がただ事ではないとようやく理解したオイゲンは、ビスマルクの命令通りにドックから真っ直ぐ沖の方…西へと航行し始めた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
寮 廊下
「なにをしている!ブリュッヒャー!」
オイゲン達がドックから海へ出る数分前
ブリュッヒャーのお目付け役、グナイゼナウが騒ぎを聞いて廊下を走ってやって来る
流石に深夜帯ならなにも起きないだろうと予想して離れていた自分の甘さを猛省しながら…
「…プリンツ…プリンツ…プリンツ…」
立ったままぶつぶつと呟くブリュッヒャーの肩に手を置くグナイゼナウ
「…ブリュッヒャー!まだお前は許可無く部屋を出ることは許されんぞ!」
「……っさい…」
ブリュッヒャーは右手に待っていた鉄パイプを左手に持ち替え、自身のドレスの裾に右手を差し込み…
「…ブリュッヒャー?」
「…グナイゼナウ監督艦!避けて!」
ブリュッヒャーの手にした物の正体がわかったふくよかなオイゲンが叫ぶも時既に遅し
腕を大きく後ろに振り回したブリュッヒャー
その手には短いナイフが握られていた
そしてそのナイフの刃は見事グナイゼナウの右目を切りつける
「ぐぁぁああっ!!あああっ!」
切りつけられて血が流れる右目を両手で押さえ、後ろに倒れるグナイゼナウ
「…うっさいのよぉ!このクソ戦艦がぁぁあっ!!」
ブリュッヒャーは声が裏返るほどに叫び声を上げ、倒れるグナイゼナウ目掛けて左手の鉄パイプを振り上げる
「このぉっ!…このっ!…クソっ…!…私とっ!…プリンツのっ!…邪魔をっ!」
怒声と共にグナイゼナウの頭部に何度も振り下ろされる鉄パイプ
ブリュッヒャーの狂気に圧されたヴィルヘルム達も顔を青くさせる
「……すぅぅううるぅなぁぁああああ!!!」
「やめなさぁぁあい!!」
ふくよかなオイゲンは叫ぶが、彼女の凶行は止まらない
ブリュッヒャーは手に持った鉄パイプを大きくグナイゼナウの頭に向けて振り下ろす
瞬間、重鈍い音がし、グナイゼナウの倒れる床…廊下のカーペットには赤黒い染みが拡がる
「…く、くくく…くひゃひゃひゃひゃ……ひゃぁあっはっはっはははー!ぃいひひひひひひ!!死んだ!殺した!…ざまぁねぇわねぇええ!!あっははははは!!」
数分で起きた惨劇に各部屋から顔を覗かせてた艦娘達は扉を閉めて鍵を閉める
ヴィルヘルム達も呆然としたまま動けないでいた
アントンがヴィルヘルムに小声で話しかける
「ち、ちょっと…こ、こんなの聞いてないよ!…流石に殺しちゃうのは「わかってるわよそんなこと!」
ふらりふらりとふくよかなオイゲンに近づくブリュッヒャー
「…な、なぜ…なぜこんなことを…!」
「全て…全てはプリンツを私のものにするためよぉ…私の大事なプリンツ…誰のものでもない私だけのプリンツ…私のかわいいかわいいお人形のプリンツ…」
「…ぐ…」
気味が悪い
気持ちが悪い
自分は今までこんな異常者と共にいたのか…
ふくよかなオイゲンは強く後悔し、戦慄する
「けれど…あのガキは私からプリンツを奪った…提督の博愛を奪った…私の座を奪った…ふひゃ…ふ、ふひひ…」
「く、くひゃ…くひゅひゅ…ふひひひ…わ、私は姉よ…?アドミラル・ヒッパー級の…プリンツ・オイゲンの姉なのよ…?」
ふくよかなオイゲンの目の前まで近づいたブリュッヒャーは恐怖で動けないふくよかなオイゲンの肩に手を触れ、前歯の無い口元を吊り上げ…
「…姉より優れた妹なんていてはいけないのよ」
ブリュッヒャーの甘ったるい香水の匂いを感じながらふくよかなオイゲンの腹部には激痛が走る
「…いっ…!!」
ブリュッヒャーの右手に待っていたナイフが、ふくよかなオイゲンの下っ腹を突き刺す
「…私の邪魔をした…私を裏切ったオマエは私のプリンツじゃあない…!プリンツじゃあない!!!」
ズブズブとより深く刺さるナイフ
ふくよかなオイゲンは苦渋の表情でブリュッヒャーの手を止めようとするが、それは止まらない
「返せ…還せ…かえせぇぇえあああ!!…ぁぁぁあああああ!!!!」
ぶちぶちぶちっと真横一文字にふくよかなオイゲンの下っ腹を切り裂くブリュッヒャー
切り裂かれたふくよかなオイゲンの傷口からはぼちゃぼちゃと床に落ちる大量の血液
「…かっ…くぁ……ぁあ…」
そしてずるりと傷口から垂れ落ちてくる真っ赤な帯状の物と白い塊
臓物と脂肪だった
「ひっ…はっ…や、やらっ…ほれ…っ…」
顔を青白くしてずり落ちてくる自身の臓物を拾おうと、もがくふくよかなオイゲン
「このクソ豚が」
ガツン、とふくよかなオイゲンの頭部に強い衝撃が走る
朦朧とする意識のなかで見たのは倒れこんだ自分目掛けて鉄パイプを振り下ろすブリュッヒャーの姿だった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふぅ~…ふぅ~…ふぅ~…」
ふくよかなオイゲンの亡骸を足下に、ブリュッヒャーは肩で息をする
そんな彼女を唾をのみこみ、退いて見つめるヴィルヘルム達
「…ガぁぁあキぃども…」
「は、はい!」
「ひっ!」
涙目で怯え、返事をするヴィルヘルム達
「…早く奴らを追いなさいぃ…」
よだれを垂れ流しながら低い声でそう命令するブリュッヒャー
「え、で、でも…「早くなさいぃっ!!」
「は、はいぃっ!!」
ブリュッヒャーの震える声を聞いて走り出すヴィルヘルム達
そんな三人の背を見て口元を吊り上げるブリュッヒャーは右耳に手を当てる
「…ヘラ?…わかってるわね?…」
通報艦ヘラに直通通信を送っていた
『…はい…了解でございますです…』
気の進まない、怯えた小動物のようなヘラの声を聞いたブリュッヒャーは天井を仰ぎ見て笑う
「く…ひゃっ…ひゃあっはははぁあ!ぁああーっはっはっはっはぁー!!死ねぇっ!死ね死ね死ね死ねぇえあっはっはっは!」
狂ったように笑うブリュッヒャーの背後に、騒ぎを聞いていつの間にかやって来た数人の男性士官や警備隊達が、警戒しながらブリュッヒャーにじりじりと近づき取り囲む
「邪魔するやつぁみぃぃいーーんなぁっ!…死ねぇええええ「この女を捕えろーー!!」
「「「おおおっ!!」」」
1人の男性士官が叫ぶと、ブリュッヒャーを取り囲んでいた他の男性達も彼女へ飛び掛かる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドック
オイゲンを逃がし、自ら大扉を閉めたビスマルクはドック内、本館側入り口に立つ二人の少女に問いかける
「…なんで貴女達がここにいるの?…プリンツ…ハンス…」
ビスマルクが対峙するは、リングシュール第一主力艦隊の二人の艦娘だった
左目に傷のあるアインス・オイゲンことプリンツ・オイゲン
そしてもう1人の秘書艦、駆逐艦ハンス・ロディだった
積み上げられたパレットの上で脚をぷらぷらさせて座るハンスはへらへらと笑う
「…ビスちゃん~しらばっくれんの止めようよ」
「…?」
きっ、とハンスを睨むビスマルク
プリンツ・オイゲンはゴミを見るかのような眼でビスマルクを見下ろす
「ヘラを通じて提督閣下より命令だ…主力艦隊全艦はビスマルクを沈め、重巡洋艦プリンツ…ドライ・オイゲンを保護せよ…とな」
「ビスちゃん提督を刺して逃げたんだって~?わっるぅーい」
「…」
(ヘラ…通報艦ヘラか…間違いない。ブリュッヒャーが仕組んだのね…)
注水されたドック内の水面に立つビスマルクは緊張する
プリンツ・オイゲンもハンス・ロディも艤装を展開しているからだ。
つまりは闘る気満々
「…誤解よ。私はそんなことはしていないわ…嘘だと思うなら執務室へ行っ「それこそが嘘だろう。裏切り者が」
ガコン、ガコン、とプリンツ・オイゲンは艤装可動部を鳴らし、主砲の照準をビスマルクへ向ける
「…プリンツ…」
「…我らが父なる提督閣下を傷付けた貴様はもうリングシュールの…いや、ドイツ海軍ですらない…沈め!」
それは同時だった
プリンツ・オイゲンが砲撃を始めた直後にビスマルクは水面を滑り、彼女の砲撃を避ける
「ハンス…行くぞ」
「はいよ~」
プリンツ・オイゲンの言葉に軽い返事をするハンスはドック内の水面へと着水
明かりのない広いドック内
ビスマルクを見失ったハンス達は警戒しながらドック内の水の貯められた槽を進む
対するビスマルクは停泊する巡洋艦の陰に隠れながら警戒
(…2対1…けれどもプリンツは"主力全艦"と言った…最低でもあと四人はやってくる…)
巡洋艦の陰から様子を見ようと身体の向きを変えようとした時、砲撃音と共にビスマルクを隠していた巡洋艦が爆発を起こす
「…んなっ!?」
更なる砲撃音が聞こえ、巡洋艦から火が上がる
すぐに巡洋艦から離れるビスマルク
がらがらがら、と鉄板が割れる甲高い音が鳴り、巡洋艦が火を上げながら真っ二つに割れ、その船首側が水面に沈む
火災が起きたことでドック内の火災装置が反応
ベル音がドック内に響き、ドック内天井からスプリンクラーで水が撒かれる
バランスを崩して水面に片手をつく黒ドレス姿のビスマルクは顔を上げ、巡洋艦の火災で照らされるプリンツ・オイゲンとハンス・ロディを睨む
「…提督の巡洋艦なのに…良いのかしら?…プリンツ」
対する片目傷のプリンツ・オイゲンはその制服を濡らしながら再度主砲をビスマルクに向ける
「…ふ…提督の艦だからと破壊しないとでも思ったか?…愚か者が」
プリンツ・オイゲンがそう言うと、隣の水面に浮くハンスもくすくすと笑う
「…優先されるは命令の方だからねぇ…提督もわかってくれるっしょ?」
そう言ってハンスはビスマルクに突撃を開始する
…魚雷発射管を彼女に向けながら
「…くっ!」
スプリンクラーからの水が降り注ぐなか、ビスマルクも主砲をハンスの方に向け
「全砲門撃てっ!」
ビスマルクの全主砲から砲撃
砲弾は広いドック内で浅い放物線を描きハンス目掛けて飛ぶが、ハンスはこれをさっと避け、魚雷発射のため船速を緩める
「…あったらないよぉー!前線離れて腕鈍ったんじゃないのぉ?ビスちゃーん!」
「…!?ハンス!船速を上げろ!」
何かに気づいたプリンツ・オイゲンは叫ぶが、時既に遅し
「…ふぇ?」
ビスマルクの放った砲弾はハンスを越え、彼女の後ろに停泊していた小型の船の後部に直撃
「…プリちゃんなに言って……んぐぉぉおおああっ!!」
ビスマルクが放った砲弾は小型の後部に直撃…
その反動で物凄い勢いで真横に一回転半した小型の船首がまるでピタゴラスイッチの様にハンスの後頭部を殴打する
艤装の耐久のお陰か、ハンスは絶命することはなかったが気を失って水面に倒れこんでしまった
「…流石だな。ビスマルク…だが私はハンスの様に間抜けではない!」
プリンツ・オイゲンもハンスからすぐに離れ、ビスマルク目掛けて砲撃
「…くっ!」
対するビスマルクも砲弾を装填をしながらプリンツ・オイゲンの砲撃を避けようとする
しかし放ったうちの一発がビスマルクの第三主砲に直撃
攻撃を受けた第三主砲は鉄屑となって爆散する
「…ぐっ!…プリンツっ!」
ビスマルクが砲撃、彼女の装填の間にプリンツ・オイゲンが応射
互いの砲弾が外れ、プリンツ・オイゲンが再度斉射
二人は水面を滑りながらお互い牽制し合う
そんなプリンツ・オイゲンとビスマルクの近距離での砲撃戦はまさに壮絶だった
攻撃を受ける度にビスマルクの黒ドレスが破け、攻撃を受ける度にプリンツ・オイゲンの制服がボロボロになっていく
ドック及び工廠内は爆発と火が飛び交い、追加のスプリンクラーが機能する
そんな戦いの中、プリンツ・オイゲンは笑顔を見せる
『…ああ…楽しいなぁ…ビスマルク』
ビスマルクに聞こえるプリンツ・オイゲンからの直通通信
『…覚えているか?…カイザーを…』
ぐ、とビスマルクは身体全体に力が入る
プリンツ・オイゲンの攻撃は止まらない
「…ええ」
『くくく…私は忘れない…あの傲慢で高慢な自意識過剰のクソ戦艦…私が建造された時から貴様を虐め抜いていたあの畜生を…』
「…くっ…」
ビスマルクの脳裏に嫌な思い出がよみがえる
『…ビスマルクは悪くないのに…全てはあのゴミクズが悪いのに…貴様に罪を被せ続け、あまつさえ己はのうのうとなにも考えずに生きていた…』
ビスマルク、砲撃
『…ぐっ……くくく…嗚呼…本当にクソのような女だった……だが…』
「…!」
硝煙とスプリンクラーのせいで前が見えないが、砲撃が無くなったことに違和感を感じるビスマルク
『……そんな地獄の鬼と共にいるような世界で…貴様は…貴女は私を育ててくれた…知識を教え、知恵を授けてくれた…勝利の喜びを教えてくれた…』
「プリンツ…」
ドック内の煙が晴れると、向こう100メートル程先にプリンツ・オイゲンがビスマルクの方を向いて立っていた
『…いつも…いつも顔に…身体にアザを作りながら私を指導してくれた……!自分も辛いくせに…!私に優しく…時に厳しく接してくれた!』
片目傷のプリンツ・オイゲンはその眼から涙を流していた
ビスマルクは片ひざを水面につく
プリンツ・オイゲンは息を大きく吸い
「私は決意した!…貴女のために!…我が恩人…ビスマルクのために力を手に入れ…強くなろうと!…何者にも負けない兵器に…!貴女"だけ"の剣になろうと!」
泣きながら叫ぶプリンツ・オイゲン
殺人機械や冷血とも呼ばれた彼女は何処にもいなかった
叫んだ拍子で切れかけていたプリンツ・オイゲンの髪留めのひもが切れ、三つ編み一本にまとめられていた彼女の髪がほどける
「…ふ…ふふふ……良いことを教えてやろう…カイザーは…あの豚女は……私が殺した」
「…なっ!?……なんて…ことを…」
戦艦カイザーは半年前の作戦時で沈んだ
その当時の事をビスマルクは決して忘れることはないだろう…
あんなに自分を虐めていた彼女は呆気なく敵深海棲艦の魚雷で沈んだと…
そう聞いた時はショックを受けた
「…呆気なかったよ…奴が沈む様は…混戦時を利用してな…本当にあっという間だった…」
「…」
ようやくスプリンクラーの放水が止まる
ぴちゃ、ぴちゃ、と水滴の音が響くドック内
「…貴女のために!…私はあの女を沈めた!…貴女に認められるために手を汚した!…なのに貴女は喜ぶどころか喪に伏し奴に花を添えた!何故だ!…何故だっ!」
ビスマルク視線を落とす
「…カイザーは…彼女は彼女で色々と考え、悩んでいたのよ…周りからの期待にもストレスを溜めていた…だから私は…少しでも彼女の気持ちが楽になると思って…」
「…それで暴力を振るわれても何も言い返さなかったのか!?…献身のつもりか!?…愚かだ…実に…愚かだ」
吐き捨てるようにそう返し、笑うプリンツ・オイゲン
「…カイザーが沈んでから…貴女は私とより話さなくなった…私は寂しかった…私はそんな貴女を見返したかった…振り向いてほしかった!…だから全ての作戦に参加した!…武功を手にし、強さも手に入れた!」
プリンツ・オイゲンは震えながら右手で左腕を掴む
「…だが…強くなればなるほど…活躍すればするほど…貴女は私から離れていく…!…いくつ勲章を手に入れても貴女からの労いの言葉は何一つ無かった!」
「…プリンツ…」
「…ふふふ…気がつけば私の方が貴女を一方的に敵視するようになった…薄っぺらい決意だ…笑えてくるな…まるでただの拗ねた童だ…」
ビスマルクはゆっくりと立ち上がり、先程よりも近くなったプリンツ・オイゲンの眼をしっかりと見つめる
「…何故…何故ドライ・オイゲンの味方をする…私は相手にしてくれなかったくせに…何故アイツの味方をするのだ!」
プリンツ・オイゲンの息は荒い
「…私の何が気に入らないのだ!…顔か!?身体か!?…それとも存在そのものか!?」
ビスマルクは悔しそうに歯をくいしばる
「…ごめんなさいプリンツ…私は…貴女の気持ちに気づいていた…でも…その気持ちに…なんて答えれば良いかわからなかった…」
ビスマルクは首を横にふる
「いえ…違うわね…答えようとしなかった…貴女の想いを…心と向き合おうとしなかった…結果的に貴女を傷つけてしまったわ…本当にごめんなさい…」
「…」
きっとその間は数秒程度だろう
しかしプリンツ・オイゲンとビスマルクの間には何時間と感じられるほどの沈黙が続く
「…ふ…ふふふ…」
「…!」
突然、プリンツ・オイゲンは肩を震わせて笑う
「はっはっはっはっは!……はぁ…愚か者は……私だったようだな…」
「…プリンツ…?」
手の届く距離まで近づくプリンツ・オイゲン
ビスマルクは突然笑い出したプリンツ・オイゲンを少し警戒する
しかし、ビスマルクの前にいるのは先程までの狂気を帯びた彼女ではなく、頬に煤をつけた1人の少女が微笑んでいただけだった
「…正直貴女と命を賭けた殺し合いになると思っていたからな…まさかあのビスマルクから謝罪を受けとることになるとは思わなかった…私も私だ…たった一言貴女からの謝罪の言葉があっただけで…こんなにも心が軽くなるとは思わなかった…」
「…な、なによ…"あの"って…」
プリンツ・オイゲンの言葉にむっとするビスマルク
プリンツ・オイゲンは困ったように笑う
「…私の方こそ…これまでの非礼を詫びよう…貴女と面と向かって話せると思ってつい感情が…その…爆発してしまった…」
うん、とプリンツ・オイゲンは頷く
「…改めて…貴女"達"をここから逃がそう…」
「…え?」
「貴女に想いを伝え、貴女からの想いも受け取った…もう私は満足だ。なら次は…次こそ貴女のために動かなければスジが通らないからな」
今はもう遠い昔のように、プリンツ・オイゲンは優しい笑顔でビスマルクに手を差し出そうとした時だった
「そんなの許されるわけないじゃん」
ドック内に響くは少女の声
ビスマルクとプリンツ・オイゲンが振り返ると、ドック出入口側の水面にハンス・ロディが艤装を展開し、二人を見据えていた
…第一主力艦隊4名、第二主力艦隊5名を背後に引き連れて
「…あー…いてて…プリちゃーん!…命令、忘れてないよねぇ?」
後頭部を擦りながらハンスはプリンツ・オイゲンを呼ぶ
「…提督に怪我を負わせた裏切り者の始末…ま
さか旗艦さんが忘れるわけないよねぇ?」
ビスマルクを守るように彼女の前に立つプリンツ・オイゲンはハンスの方に視線を向ける
「…それは誤報だ。そもそもビスマルク秘書艦が提督を刺す理由もない。それに本当に提督が刺されたのかも確認をとれていない」
「ならなに?ヘーちゃんが嘘ついてるって言うのかな?仲間を疑うの?」
「ならばハンス…貴様こそリングシュールの仲間が提督を刺したと本当に思っているのか?」
あははと笑うハンス
「…あー…こりゃ埒があかないね…全艦砲撃用意」
「!?」
ハンスのその一言でドック内に緊張が走り、動きに迷いが見えつつもプリンツ・オイゲン達に砲を向ける主力艦隊の面々
「貴女達!何をしているか分かっているの!?」
ビスマルクが叫ぶが、主力艦隊の艦娘達は唇を噛み照準をずらさない
「…規律…戒律…ルールに掟…私達はビスちゃんを沈めてプリンツ・オイゲンを連れてこいって命令をされたんだよ…リングシュールじゃあ上からの命令は絶対…命令が取り消されない、変更されない限りその命令は無くならない…」
ハンスは拳を握り、ビスマルク達を睨む
「…んな当たり前の事を知らねぇわけねぇよなぁ!?」
「…!?」
ハンスの豹変ぶりに驚くビスマルク
「…秘書艦…秘書艦は良いよねぇ…毎日毎日提督の側でデスクワークばっかでさぁ…私ら主力艦隊は毎回どこかの海域で戦闘、戦争、殺しあい…そりゃあ命令だもの。仕方ないよねぇ…」
ハンスは隣に立つ巡洋艦の少女の肩に手を乗せ笑う
「…プリちゃん。最初で最後の警告だよ~」
身構えるプリンツ・オイゲン
「…騎士ごっこで守ってるその後ろの女を殺せ。今すぐに」
そう警告するハンスの声は冷たく、プリンツ・オイゲンとビスマルクは喉元に刃物を突きつけられたような感覚に陥る
「…っ!愚かな!その秘書艦と提督の立てた作戦があるから我らは無事に「カイザーさんを沈めたアンタが綺麗事抜かすな!!」
「…くっ…」
ハンスは気絶していたと思っていたプリンツ・オイゲン
まさか感情に任せてぶちまけたあの会話を聞かれていたとは…
(…まぁ…あれだけ大声で話せば気を失ってても聞こえるか…)
プリンツ・オイゲンは己の未熟さを猛省
しかしすぐに意識を変え、艤装をハンス達に向ける
「あれ?あれあれあれ?なになになになに?…もしかしてやるつもり?…また仲間を殺すつもりかな?プリちゃん」
へらへらと笑いながら自身も主砲をプリンツ・オイゲン達に向ける
「…プ、プリンツ…?」
ビスマルクも心配そうにプリンツ・オイゲンの名を呼ぶも、彼女は振り返らない
「…まだ…まだ貴女とは話したいことが山程ある…こんなところで貴女を殺させないし、私もやられはしない!」
プリンツ・オイゲンの台詞を聞き、くっくっと笑うハンス
「…ばーか……さあ!旗艦代理が命令する!…奴らを殺せ!…フォイアッ!」
ハンスはアイリヒから貰った指輪のはめられた左手をプリンツ・オイゲン、そしてビスマルクに向ける
ハンスの合図で全主力艦隊が砲撃を開始
放たれた砲弾がドック内で放物線を描き、プリンツ・オイゲン達に飛んでいく
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
基地本館 執務室
「おい!プリンツ!…ビスマルク!…おいっ!」
ガチャンと通信機を執務机に叩きつけるアイリヒ
「何故誰も通信が繋がらない…!何が起きているのだ!」
アイリヒは執務室の扉を開けて廊下に出る
すると工廠のある方角で爆発音が聞こえた
「…なんだ!?」
廊下の窓から工廠のある方を見ると、サーチライトが照らされた工廠のある建物から黒い煙が上がっていた
「一体何が起きているんだ!…ビスマルクは何処に行ったのだ!」
アイリヒが考えていると、扉が開けっ放しの執務室の無線機から発信音が聞こえる
すぐに執務室に戻り、無線機をとるアイリヒ
「ビスマルクか!」
『…通報艦ヘラでございますです。ご報告、深海棲艦の小規模艦隊がリングシュールを強襲中。現在ビスマルク秘書艦をはじめ主力艦隊が応戦中でございますです』
「…なんだと!?」
先程から何度も聞こえた爆発音は砲撃音でもあったのか、と理解するアイリヒ
…だがそれは全くの嘘で、プリンツ・オイゲンとビスマルクの戦闘音、そしてビスマルク達とハンス達の戦闘音だった
ヘラはアイリヒに邪魔させないと考え、嘘の報告を入れたのだ
「…ヘラ…先程ブリュッヒャーが寮内で暴れたと職員から報告があったが…」
『…深海棲艦の洗脳攻撃でございますです。なおリングシュールの通信装置も破壊された模様…提督は全てが終わるまで隠れて貰えるよう願いますでございますです』
「…馬鹿な…ならば私が指揮を…いや、それよりも海軍本部への連絡を『現在混戦中でございますです。今提督が向かうには危険な状況…それに今回の事を本部が知ることになれば提督の管理責任が問われます。哨戒を怠ったのではないか、と…』
ヘラの説明にふむ、と無理矢理納得して執務椅子に座るアイリヒ
冷や汗を流し、右足でゆさゆさとビンボー揺すりをする
「…わかった…君達に任せよう…だが私も逃げ隠れするわけにはいかん…ここにいるぞ」
『了解…直に戦闘は終わりますでございます…こちらが優勢…問題ありません』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ズドン、と工廠の入る建物が爆発し、屋根が大きく曲がり折れる
基地本館の屋上からその様子を見ていた少女は通信機を足元に落とし、その場に座り込んで両ひざを抱えて縮みこむ
「…私は悪くない…私は悪くない…私は悪くない…私は悪くない」
顔中に殴られたかのようにアザを作った通報艦ヘラは呪文のように同じことを繰り返す
「…悪くない…悪くない…私はブリュッヒャーに言われた通りにしただけ…悪くない…悪くない…悪くない…」
涙を流し、自身の手の爪が膝に食い込んで血が滲みはじめても頭を上げることはなかった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
リングシュールから西の海域
月明かりが照らす東フリージア諸島海域にて、ピンクのドレスを着て艤装を展開する重巡洋艦プリンツ・オイゲンは息を切らして航行していた
「…はぁっ…はぁっ…」
よく見ればオイゲンのドレスは少し破れ、艤装からも煙を噴いている
所謂大破状態である
「…撃てっ!撃て撃て!」
「ぃよっしゃあっ!」
そのオイゲンを追いかけ、攻撃を狙うはヴィルヘルム、アントン、ディーターの三人だった
「…ヴィルヘルム!…オランダに入る前に沈めるわよ!」
ディーターがヴィルヘルムとアントンに通信を入れると、アントンが不適に笑う
「…もうここまで来て半端に終わらせられないからねぇ!…ぶっ殺してやるよ!重巡!」
三人からの砲撃は止まない
しかし今のオイゲンには後ろから追いかけてくるヴィルヘルム達に砲撃するほど余裕がなかった
(…助けて!……助けて!ビスマルク秘書艦!…オイゲンさん!……)
ぐっ、とオイゲンは眼を瞑り、ある女性を思い浮かべる
(…グラーフさん!!)
今ここにいない空母を強く想うオイゲン
ただ真っ直ぐ、と言われたオイゲンはグラーフの事を想いながら必死に逃げる
キィ……ン…
「ん?」
オイゲンから後方2000メートル
金髪駆逐艦のアントンはなんとも言えぬ違和感を感じる
「アントン!…アンタも砲撃しなさいよ!」
「…いや…でも…」
ヴィルヘルムに怒鳴られ、焦るアントン
「…遠慮することはないわアントン…あの女は敵よ」
「…わ、わかってるけど…」
ディーターに言われ、再び主砲をオイゲンに向けるアントンだが、やはり違和感を感じる
…空に
「…」
「………!?」
アントンはたしかに見た
西に進むオイゲン、その先の空を飛ぶ黒いなにかを
「たっ!たたたたた!…たっ!!」
その正体を知り、慌てるアントンだが舌が回らない
「はぁ?」
「どうしたの?アント…」
ディーターがアントンの視線の先を見て驚愕する
ヴィルヘルム達に飛んできているのは間違いなく戦闘機だった
「たっ!対空!!がぁあっ!!」
叫んだ瞬間爆炎に包まれるディーター
「ディーター!」
未だに状況を理解できないヴィルヘルムは突然爆発したディーターに手を向けるも、ディーターは減速しながら、燃えながら海に沈んでいく
「戦闘機!ヴィルヘルム!戦闘機!!」
「は、はぁ!?戦闘…!?」
ヴィルヘルムは必死に空を探す
確かに戦闘機が五機空を舞っている
「…スピットファイア?…メッサーシュミット…?…なにあれ…見たこと無い飛行機…」
よく眼を凝らす
シルエットだけでは確かにどんな機体なのかわからない
よくよく眼を凝らす
機体は濃い緑色のものに見える
赤い丸が翼に描かれた戦闘機
「………あれって…」
ヴィルヘルムは戦慄する
以前映像で見たことがある
かつて他の国では"それ"を空の王者と呼ぶ者もいた…
「……零…戦…?」
水面すれすれで零戦から落とされた爆弾
その爆弾が航行するアントンの脚に直撃すると、爆発と共にアントンの腰から上…上半身が宙を舞う
ヴィルヘルムはその光景がスロウモーションの様に感じた
宙を舞ったアントンの上半身
その腹部が皮膚と制服ごとべろべろに剥がれ、肉片が散乱する
アントン自信も眼を白く向き絶命し、鼻と口から…そして胸から下の傷口から血を撒き散らしながら後方の海面へと落ちていった
「アン…アントン!!…うわぁっ!…うわぁぁああっ!!」
ヴィルヘルムは錯乱し、前方を見る
オイゲンの背はもう見えなくなる程小さくなっていた
「ぐっ…ん…ぐぁぅぁぁああっ!くそっ!…くっそ!」
高角砲を空に構えるヴィルヘルム
「…見えない!…どこだっつぅの!…あっ!」
北の方から旋回してくる二機の戦闘機
「落ちろ!落ちろ落ちろぉおあ!!」
二機の戦闘機に向けて高角砲を放つヴィルヘルムは、戦闘機の動きを見逃さんと眼を見開く
一機を撃墜、しかしもう一機がヴィルヘルムに向け爆弾を投下
「…ぎゃっ…ぐぁぁああっ!!」
落とされた爆弾はヴィルヘルムの側で爆発、ヴィルヘルムの右腕、魚雷発射管を吹き飛ばす
ばしゃりと海面に叩きつけられるヴィルヘルムが空に視線を向けると、四機の戦闘機はオイゲンの逃げる方向へと飛んでいく
「…に、逃がさない…あの重巡…あの重巡!…殺す!殺す!」
顔の右半分が焼けただれたヴィルヘルムはゆっくりと起き上がり、ふらつきながら航行を始めた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…はぁ…はぁ…」
ヴィルヘルム達からようやく離れたオイゲンは船速を緩め後ろを振り向く
頬には煤がつき、ピンクのドレスはボロボロ
そんなオイゲンが後ろを見ても、街の灯が遠くにぼんやりと見えるだけだった
「…追ってこない…さっきの爆発…なんだろう…」
ヴィルヘルム達の事を心配をするオイゲン
しかし様子を見に行って殺されたらたまらない
オイゲンは頭を横にふって再び航行しようとするが…
「……あ…」
前方を見ると1人、女性の影が海面に立っていた
「…よくここまで来てくれた…プリンツ…」
月明かりが二人を照らす
そこにいたのはオイゲンがここに来るまで何度も逢いたいと願った彼女だった
いつも通りの優しく心を包み込んでくれる聞けば安心する声
透き通るような芸術とも言える綺麗な肌
いつもの制服を着たまるで騎士のような凛々しい姿
グラーフ・ツェッペリンだった
「う…うう…」
安心したオイゲンはぼろぼろと涙を溢しはじめる
「…グ…グラーフ…さん…グラーフさぁぁああん!!」
オイゲンはふらふらとおぼつかない足取りでグラーフに近づき、抱きつく
グラーフは拒むことなくオイゲンを優しく抱き締める
「…よく…頑張った…貴女ならきっとここまで来れると信じていたよ」
「うっ…うっ…ビスマルク秘書艦が……オイゲンさんが…助けにいかないと!!」
「…ああ……わかっている…だが…すまない。訳あってプリンツ…貴女しか助けることが出来ない」
グラーフの言葉を聞いて顔を上げるオイゲン
「…な、なんでですか!…お願いしますグラーフさん!オイゲンさん達を助けてあげてください!」
しかしグラーフは視線を落とし、唇を噛む
「…ビスマルクに頼まれたんだ…どうか貴女を手助けするように、とね…」
「…そんな…ならオイゲンさん達はどうなるって言うんですか!?」
「…すまない…だが彼女らも貴女を助けるために決意して残った……貴女はその想いに答えなければならない」
オイゲンは両手を自信の顔に当て、涙する
「…ひどい…そんなの…私はそんなこと望んでいません…!」
「プリンツ…」
ぐ、とグラーフは苦渋の表情で眼を瞑る
ビスマルクから伝えられた当初の予定では、リングシュールから西の海域にてビスマルクとオイゲンはグラーフと合流、オランダ領の近くの小島にてオイゲンを逃がし、その後、日を見計らってビスマルクの方で再度オイゲンと合流して他の国に亡命するという予定だった
そして、その予定と関係してビスマルクからはもう一つ頼み事をされている
『もしも合流地点に私が来れなかったら、プリンツを頼むわ』
…と
実際合流出来たのはオイゲンのみ
つまり既にビスマルクは…
(…いや、まだ死んだと決まった訳じゃない…)
ふぅ、とグラーフは息を吐くと、オイゲンの肩に手を乗せる
「…プリンツ…どうか私と共に来てほしい…彼女達の想いを救う為にも…貴女の協力が必要だ」
「…ひ、必要って…何をするんですか?何処にいくんですか?」
「…腰を下ろして説明する時間はない……道中様々説明をしよう…どうか今は私を信じてほしい」
まっすぐなグラーフの眼をじっと見るオイゲン
一度視線を外し、眼を瞑って考え…
「はい…私、グラーフさんを信じます…それでオイゲンさん達の想いを救えるなら…!」
「…プリンツ…ありがとう…」
『ジジ…』
一瞬グラーフの電探に反応
(…もうきたか…速いな…)
グラーフは意識を集中させ、とある人物に直通通信を送る
『…』
通信を終えたグラーフは顔を上げ、ピンクのドレスを着たオイゲンへ右手を差し出す
「…さぁ、かぼちゃの馬車へどうぞ…シンデレラ」
自身も余裕が無いはずなのに、オイゲンを心配させないと、王子様の様な振る舞いをするグラーフ
わざとらしいキザな台詞や態度でもグラーフがやるとなんでも様になってしまう
そんなグラーフの感情や空気を読んだのか、オイゲンも小さく吹き出し、グラーフの手を取る
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(見つけた!!追い付いた!)
オイゲンを追いかけていた駆逐艦ヴィルヘルムは約3キロ先の海面に浮く2つの影を確認する
「…く、くひひひ…殺してやる…殺してやる!」
殺意の炎を燃え上がらせるヴィルヘルムは戦闘用意
[…ここにガラスの靴は無いぞ?]
「!?」
オイゲンを狙おうと主砲を展開し始めた時だった
聞きなれない言語が聞こえ、勢いよく振り返るヴィルヘルム
自身の背後に立っていたのはこれまた見慣れない背の高い艦娘だった
「…な、なんだ!?なんだ!誰だお前は!」
ヴィルヘルムは慌てバランスを崩すも、すぐに体勢を立て直す
背の高い銀髪の長い髪の艦娘は不思議そうな顔でヴィルヘルムを見ている
[…?…ああ…ドイツ語か…なに言ってるのかさっぱりわからん]
ふぃー…っと女性は口に加えていたパイプから煙を吐くと、ヴィルヘルムを見下ろす
[…ロシア語わかるか?…それか日本語は?]
「何言ってんのよ!ワケわかんないわよ!」
理解できない言語を操るコートを着た謎の艦娘に怒鳴り散らすヴィルヘルム
[…まぁ聞いてくれ…私は今日非常に機嫌が悪くてな……数ヵ月前に我が元祖国の阿呆がどこぞのドイツ艦にご執着だという情報が入ってな…その阿呆は近々ドイツ海軍の何処かの基地と接触すると睨んだ我々はとある作戦を思いついた]
「…な、なによ…何突然語りだしてるのよ!」
ヴィルヘルムは身構えるも、彼女は気にすることはない
[良からぬ事を考えている阿呆を監視し、同時にその阿呆が接触する可能性があるドイツ海軍の軍施設も監視する…動きがあれば阿呆を拘束して接触した基地も取り締まる…そこで両基地に潜入するのに選ばれたのが私とヴェネッカだ]
ようやく聞き取れる単語を聞き分けることが出来たヴィルヘルムは眉を寄せる
「…べ、ベネッカ?…誰よ…」
軍帽を被り、左頬に切り傷をつけた艦娘は腕を組んでドヤ顔で続ける
[まさか一発目の基地で阿呆と繋がる提督と巡り逢えるとは思っていなかったが…ふむ。まぁ我々の予定通りに事は進んだよ。既に阿呆は拘束済み。明日にでも貴様らの提督も捕まることだろう]
「……」
訳のわからない言語を操る訳のわからない艦娘の訳のわからないドヤ顔を見て話を聞いていたヴィルヘルムは言葉を失う
[…と、まぁ…どうしてここまでべらべら喋るかわからないだろうな…いや、日本語すら理解できないか…いい時間稼ぎが出来たよ。ヴェネッカ達も既に船に乗り込んでいる頃だろう…]
ん"ん"っ、と咳払いをする銀髪の艦娘
[…ヴェネッカからの伝言だ…と、いっても私には何と言ったのかはわかりかねるが…]
銀髪の艦娘はヴィルヘルムを見下しながら口元を吊り上げ
「…あー…このまま、プリンツを追いかけようと、するなら、目の前の者が、黙っていない、さっさと、ゴキブリの巣に、帰れ」
たどたどしいドイツ語を、グラーフから伝えるようにと言われた言葉をヴィルヘルムへ伝える
[…とのことだ。ああ…やはりドイツ語は好かんな…まぁあれだ…どちらにしてもこの先へ行くならこの私が貴様の相手を……]
そこまで言って銀髪の艦娘はヴィルヘルムの顔を見て気づく
ヴィルヘルムは憎悪を込めた形相で目の前の敵を睨み付け、手に持つ主砲を強く握る
[…みなまで言う必要は無さそうだな…よし]
ガシャ、ガシャン、と軍帽を被った銀髪の艦娘も艤装を展開させ、戦闘態勢をとる
「…このぉ…どけぇぇえええええ!!」
怒りをぶちまけて突撃をはじめるヴィルヘルム
対して銀髪のロシア戦艦は余裕をもって楽しそうに笑う
[いいだろう!…その小さな灯を叩き潰してやる!…かかって来い!]
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
…建造されて初めて着任した基地…
リングシュール…
私の他にも駆逐艦は何隻もいた…
そんな中仲良くなったのが同室のアントンとディーターだった…
2人と笑いあって、喧嘩して…時にはお互い悲しい時は泣きあった…
同じ駆逐艦3人でいるのが楽しかった…
…でもある日巡洋艦が私達の寮の部屋へやってきた…
部屋が足りないからだって
…3人の時間が邪魔される…
私達は話し合った…
リングシュールの伝統に倣ってその巡洋艦を苛めた
殴って、髪の毛を切って、何日も眠らせなかった…
頑張ったんだよ?私達…
そうしたらある日その巡洋艦は訓練所の隅で首つってた
ざまあみろよ
また3人で楽しく過ごしてた…
訓練もして、力も強くなって遠征任務にも出るようになった
…そうしてたらまた巡洋艦が私達の部屋へ…私達の世界へ侵略してきた…
頑張って苛めたのにあいつはなかなか折れなかった…
じゃあ次の夜は首締めてやろうってアントン達と話し合った日にあのムカつく空母の部屋へ移動になった
…ふざけんじゃないわよ!
…せっかく頑張って苛める予定立てたのに…
…私達の頑張りを皆に見せようと思ったのに…!
…だからブリュッヒャーに協力したのよ…
…っていうか…あれ?…なんで…
これ……
私の身体じゃない…?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
勝負は一瞬だった
銀髪の艦娘が放った砲撃をまともに受けたヴィルヘルムは首から腹部にかけてその身体が爆散
空へ飛んでいったヴィルヘルムの頭部はぐしゃぐしゃになった自身の身体を見つめ、そのまま海面へと落下した
(なんで…私達が…何をしたって言うのよ…)
海面に浮くヴィルヘルムの頭部を見下ろし、銀髪のロシア艦娘はため息を吐く
[…敵対した者とはいえ、やはり艦娘を殺すのは良いものではないな…]
海面に転がる虚ろな眼をしたヴィルヘルムは自身を攻撃したロシア艦娘に視線を向ける
(…この…人殺し…何の罪も…ない……わた…し…を……)
声に出ない想いを頭の中で巡らせたヴィルヘルムはそのまま絶命した
彼女が息絶えると同時に、海面にぶちまけられたヴィルヘルムの肉体も海へ沈んでいく
ヴィルヘルムを殺したロシア艦娘はヴィルヘルムの遺体があった海面に向けて両手を合わせ、合掌
[…名も知らない艦娘よ。恨むなら私を恨め]
さて、と踵を返した銀髪のロシア艦娘はオイゲン達の向かった方向を見据え…
[…帰るか。我らが父の元へ]
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同時刻 ヴイットムンド
アジトとも言えるバー、薄暗い店内の奥のテーブルで仲間達とポーカーをするアンドレアス
「ははは…また俺の勝ちだ!…次はどうする?」
「ボスにゃあ勝てませんよ」
「ほんとほんと」
「だははは!これから数時間後にゃあ大金が入るからな!今日の俺にゃあ運が回ってンのさ!」
調子のいいアンドレアスに1人の男がこそこそと近づく
しかしアンドレアスのボディガードはその男を気にする素振りはない。ブラウ・ヴュステのメンバーだからである
「…ボス…ちょっといいですか…」
男はアンドレアスの耳元で何かをこそこそと話す
アンドレアスの仲間達はお互い顔を見合わせて肩をすぼめる
男から何かを伝えられたアンドレアスは笑顔から真顔に、真顔から不機嫌な表情になっていき、チップの積まれたテーブルに手に持っていたトランプをずさんに捨てる
「…明日の"迎え"はナシだ…依頼人のロシアンマフィアが飛んだ」
ガタガタと席を立ち驚くチンピラ達
「ほ、ほんとですか!?」
「…許せねぇ!」
タバコを咥え、火をつけたアンドレアスはため息を吐くようにタバコの煙を吐く
「…とりあえず仲介に入ったアダムを拐え。尋問は俺がする」
アンドレアスの指示に頷くチンピラ面々
それを確認したアンドレアスは席を立つ
「…んじゃ、見つけたらメッセージ入れろ…俺はもう帰って寝るわ…あとはてめぇら好きに飲め」
咥えタバコのまま、バーから出ようと入り口扉を開くアンドレアスは扉の向こうに人がいたことに気づく
「…あん?」
扉を開けた目の前にいたのは3人のスーツを着た男達だった
真ん中の眼鏡をかけた若い白人男性がアンドレアスの顔をじっと見る
「…アンドレアス・バーダーさんですね?…欧州刑事警察機構のフランソワ・ボワールです」
「…欧州…?……はっ!?」
眼鏡の男が名乗った組織名を聞いて即座に逃げ出すアンドレアス
(…い、EPO…!?なんで!?…くそっ!アイリヒ達海軍に関わったからか!?)
バーから逃げ出して裏道を走って逃走するアンドレアス
数メートル先に自分が乗ってきた車が見える
自分の車に到着したアンドレアスは車のキーを取り出して運転席を開けた
しかし開けた瞬間に、誰かの手によって外から運転席の扉が閉められる
先ほどの眼鏡の男だった
「逃がさんぞ!アンドレアス・バーダー!」
「くぅ!…くそったれが!」
アンドレアスは腰から拳銃を取り出し、眼鏡の男、フランソワに銃口を向けようとするが、呆気なく拳銃を取られてしまい、背後から近づいてきた他の捜査官に取り押さえられてしまった
「…いっ…離せくそったれが!俺はなにもしてねぇぞ!」
地面に組み伏せられたアンドレアスがそう叫ぶが、フランソワは表情を変えることなく眼鏡を指でくいっとあげる
「黙れ。アンドレアス・バーダー…貴様には国家転覆罪、売春強要、密輸、密入国補助、窃盗、誘拐…そして共謀罪の疑いが掛けられている…叩けばまだ膿のように余罪は出てくるだろう…逃げられると思うなよ?」
「くそっ!…くそっ!!…お、俺はドイツ海軍の…リングシュール基地の提督とマブだぞ!?俺に手ぇ出したらドイツ海軍を敵に「そのマブの方も翌朝には連行されますよ。安心してください」
「……ぐ…」
フランソワにそう言われ、大人しくなるアンドレアス
フランソワは二人の部下に顎で命令
「…そいつを車に乗せろ、連れていくぞ。それとバーの中に残ったハエどもも拘束しろ」
憐れ、アンドレアスは連邦警察の車に乗せられてしまった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
東フリージア諸島を越えたグラーフ達の乗る擬装漁船は、ボルクム島近海を航行する
「…プリンツ…どうした?」
ドレスから擬装のための作業着に着替え、バウレールに手を乗せてリングシュールのある方角をぼんやりと見つめるオイゲンに声を掛けたのはグラーフだった
日の出まではもう少しだけ掛かる時間帯
「…グラー…じゃなかった…えと…ヴェネッカさん…」
この船に乗り込んだ後、オイゲンはグラーフから自身の『グラーフ・ツェッペリン』が仮の名だと聞かされ、現在の自分の名はヴェネッカだと教えられた
若干混乱しながらよくよく聞けば、元々日本の鎮守府に籍を置いていたが、その鎮守府の艦娘達からの嫌がらせやいじめ、暴力等を振られ、心身ともに衰弱していたところで他の海軍基地将校に助けられたという
その後表向きは解体されたこととし、新たな名を貰い、ある将校の秘書として生きる決心をした
「…海軍を変える…君たち艦娘が笑っていられるような海軍に創り直す、と彼は言ってくれた…だから私も艦の名を捨て、新たな名を貰うことを受け入れられた…」
オイゲンの隣に並ぶグラーフ…もといヴェネッカがそう説明すると、オイゲンは眉を寄せる
「…じゃあ…リングシュールの応援に来たというのは…」
うん、とヴェネッカは頷く
「私達の上官は一部のロシア海軍が貴女を欲していることを知った…そして、信頼出来るドイツ海軍のある人に相談したところ、今回のリングシュールへの着任が決められた…」
ヴェネッカはにこりと笑う
「…表向きはリングシュール基地に在籍する空母艦娘の育成と次の作戦への応援…本当の事情はアイリヒ提督には知らされていない」
ああ、と付け足し
「…ビスマルクにはバレたよ。ドイツ語の訛りと、私の経歴に違和感を感じたらしくてな…だが、ロシアの思惑の事を話したら納得してくれてな…アイリヒ提督に告げ口はしなかったようだ」
「…ビスマルク秘書艦…」
ぐ、とオイゲンは拳をつくり、頷く
「…ビスマルク秘書艦とオイゲンさんを…なんとか助けることは出来ませんか…?」
「…」
「このままじゃあお二人とも……」
オイゲンは二人がどうなるかを想像する…きっと酷い仕打ちを受けることは間違いない、と…
「…本当にすまない…助けてあげたいのは山々だが…」
「……そう…ですよね……」
オイゲンも理解はしている
このままリングシュールに戻ればきっと話し合いでは解決しないことになる、と…
ヴェネッカは日本国軍の艦娘だ
勝手なことをしてビスマルク達を助けに行き、ヴェネッカの正体がアイリヒに知られれば、きっとドイツと日本は面倒な関係になってしまう
更に今回の一件にはロシアも関係していると知った
オイゲンはこのまま流れに身を任すしかないのだ
「…私…強くなりたいです…今よりももっと…手の届くもの全てを護れるように…」
オイゲンは目元を袖で拭い、再びリングシュールのある方角を見つめる
その眼には彼女の強い意思を感じられる
「…ああ…貴女なら今よりももっともっと強くなれる…強く…するさ…」
オイゲンのバウレールを掴む手に力が入る
(…オイゲンさん…ビスマルク秘書艦…貴女達は私が必ずお救いします…!だからそれまで…!)
「…」
静かに、しかし強く決意するオイゲンの横顔を眉をひそめて辛そうに見つめるヴェネッカ
彼女は知らない…
ふくよかなオイゲンが死ぬ直前、彼女からヴェネッカへ必死な救援の通信が入ったことを…
彼女は知らない…
ビスマルクからは、自分が死んだとしても絶対に助けに来ることなくオイゲンを逃がせ、と通信を貰ったことを…
(……私も二人を見捨てた身…いつかくる罰は必ず受けなければならないな……)
交差することのないオイゲンとヴェネッカの心…
水平線の向こうからは太陽の光が射し込みはじめてきた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
リングシュール基地 0600
秘書艦ビスマルクも主力艦隊旗艦のプリンツ・オイゲンも還ってくることのなかった執務室では、無精髭を伸ばしたアイリヒが執務椅子に座り、猫背で窓の外を眺めている
「…もう一度…頼む…」
アイリヒにそう言われ、執務室の扉前で敬礼するは駆逐艦、ハンス・ロディ
「は!…昨夜侵入してきた深海棲艦によりビスマルクが洗脳攻撃を受け暴走…それを止めようとアインス・オイゲンを含む第一、第二主力艦隊と戦闘になりました」
くっ、とハンスは拳を握り顔を俯かせる
「なんとか…なんとかビスマルクを助けようと敢闘しましたが…洗脳を解くことが出来ずにビスマルクをこの手で…!…そしてアインス・オイゲンも犠牲に…!…この上は私ハンス…解体をして責任を…!」
わなわなと震え、涙するハンスを見てアイリヒは力なく笑う
「…はは…ハンス…君のせいじゃあない…敵の侵入を気づけなかった私の責任だ……君は気にしなくていい…」
「なんと勿体無い…!…ありがたい御言葉…!」
しゅばっ、とハンスは感謝の意を込めて頭を下げる
…しかしその言葉とは裏腹に、頭を下げたハンスの表情は予定どおりといった雰囲気の悦たるものだった
そこへこんこん、と執務室の扉がノックされる
「…!?…ど、どうぞ…!」
まさかオイゲンが?…とアイリヒは僅かな期待を持ってノックの主に返答する
(…そうだ…!そうだ…ドライ・オイゲンが私にはいる…!…彼女を…なんとしてでも守ろう!…そうだ!今度こそ彼女を守らねば…!)
アイリヒはドライ・オイゲンが基地から脱出したことを知らない
彼女は優しい娘だ。
きっとドライ・オイゲンがこの状況を知って自分を元気付けにきてくれたのだ、とアイリヒは予想する
(家族ももちろん守る、しかし彼女も…そう、ここでは彼女だけでもなんとか守ろう!)
開かない扉にいてもたってもいられないあアイリヒは自分から執務室扉の方へ向かう
ハンスはというと、疑問顔で「誰が来たのだろう」と首をかしげる
アイリヒは扉のノブに手を当て、口元を緩め扉を開ける
「プリンツ!…来てくれたんだな!…私は……」
そこでアイリヒの言葉と動きが止まる
「…今度…こそ……?」
扉の向こうにいたのはドイツ海軍本部の初老将校と4人の若い士官達だった
「…海軍局、海軍組織部のオットー・イテス海軍少将です。アイリヒ・バイ少将、貴方にはロシア海軍との共謀罪の疑いが掛けられている。一緒に来てもらいます」
「…は?…きょ……は?」
間抜けな声を出して眼を丸くするアイリヒ
共謀罪?ロシア?
「連行しろ」
オットー少将がそう命令をすると、彼の回りにいた士官達が執務室に入ってきてアイリヒの腕を掴もうとする
「…は!?…や、な、やめろ!」
ここにいたのが秘書艦ビスマルクならばオットー少将に向けて上手い言い訳をして取り繕っていただろう
しかし今アイリヒの味方でいるのはハンス・ロディだけだった
彼女はどうすればいいのかわからず、姿勢をただしたまま視線を床に向けていた
「ぬ、ぬぐぅぅっ!」
アイリヒは執務机にしがみつく
「や、いやだ!俺はリングシュールの提督だぞ!?離せ!」
机にしがみつくアイリヒを引き離そうとする士官達
「良いから来なさい!」
「手を離しなさい!」
「いやだ!いやだ!やめ…あ…」
悪足掻きむなしく、アイリヒは机から引き離されてしまう
軍帽を落とし、アイリヒは士官達に執務室から連行される
「いやだ!やめろ!はなせっ!ハ、ハンス!こいつらをどうにか…ハンスぅ!…ぁぁああああ!!」
「…て、提督……」
両腕を掴まれたアイリヒは涙眼でハンスに助けを求めるが、ハンスはアイリヒと目を合わすことが出来ずに下を俯いたままだった
オットーは眉をひそめ、連れていかれるアイリヒを憐れな眼で見て
「…憐れな男だな…リングシュールは貴様の物ではない…ドイツ海軍の物だ。貴様の代わりなどいくらでもいる…」
そう呟くオットーの肩にぴょこっと妖精さんが乗る
自分の肩に乗った妖精の頬を優しく指でつつくオットー
「…妖精さんの姿も見えない"凡人"の貴様の代わりなど…いくらでもな」
海軍局の人間が出ていき、『ガチャン』、と執務室扉が閉まる
1人残されたハンスは両手に拳を作って立ち尽くす
出来事はたった数分
ハンスは何一つ出来ずにそこで起こった出来事を見ているだけだった
…はっきり言えばハンスはオットー達に恐怖した
何か言えば自分が解体されるかもしれないという恐怖を感じたハンスは動けなかった
同時にビスマルクなら、と妄想する
そしてビスマルクと自分の違いを感じ、何とも言えぬ敗北感に襲われる
「……ぐ……くぅぅううう…!」
しかし物に当たること無く、泣きながらその場で座り込んでしまう
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
こうしてリングシュール基地での一連の出来事は終わりを告げた
アンドレアス・バーダーの逮捕によりアイリヒ・ベイ少将との繋がりがはっきりし、理由はどうあれドイツ海軍の艦娘をロシアへ無許可で渡そうとしていたことがわかり、ドイツ海軍からその籍を抹消された
その後軍刑務所へ投獄
懲役刑が処された
後日、リングシュール基地へは後任の将校が配属され、落ち込んだリングシュール基地を立て直したのは別のお話…
そして基地内で問題を起こし、仲間殺しをした重巡洋艦ブリュッヒャーは、ポーランドにあるオシフィエンチム海軍特別医院へと強制入院させられた
…自我を失い艤装も出せなくなった彼女は、1日の大半を檻のはめられた病室で誰かの名をぶつぶつと呼び続けている
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
[……お?なんだ…寝ているのか?]
[…タチアナ…ああ。彼女もかなり疲れていたみたいでな…]
[…ほぉ……ああそうだ、ヴェネッカ…1つ報告だ]
[…ああ]
[あの阿呆…リュシコフを尋問した時に知ったんだが…どうやら奴の基地だけが動いていた訳ではなさそうだ]
[…プリンツのことか…?]
[ああ…どうやらロシア海軍の上層部がからんでいるらしい…奴の基地だけではなく、他にも命令が下されたロシア海軍の基地があるそうだ]
[…プリンツ・オイゲンを拐うように、と?]
[いや、この娘だけじゃない…拐う相手はドイツ海軍"から"はプリンツ・オイゲンを…日本海軍からは戦艦長門、巡洋艦…さ、さわか?など、各国の特定の艦娘を拐おうとしているようだった]
[…さわか?……すまない…まだ日本の艦艇には疎くてな……ん?…ではここ数年でアメリカ海軍で艦娘の行方不明者が増えているのは…]
[…ああ。ロシアは何かをやろうとしている可能性がある…それがなんなのかはまだわからないが…]
[…そう、だな…いや…とにかく少将に報告だ…急がなければな]
[…ああ、待て。ヴェネッカ…もうひとつある]
[…?なんだ?]
[…貴様等を助ける時に貴様から聞いた話だが…]
[ああ…先程は助けてくれて感謝しているよ。タチアナ]
[…ああ、そうじゃない…今回の任務はあくまで阿呆と、阿呆が接触したドイツ海軍の基地の監視だろう?…そんな中で貴様はドイツ戦艦に頼まれてその重巡を助けた、と…]
[…不服か?…命令違反と言いたいのか?]
[そのドイツ戦艦とはどんな関係だ?]
[…期間は短かったが…仲間であり、戦友だ…]
[…戦友か…そうか…わかった]
[…?…タチアナ、どこへ[ヴェネッカ]
[…]
[…戦友との約束ならば…その娘は死んでも守れ。戦友との約束を蔑ろにすることは私が許さない]
[…ああ…プリンツは…必ず私が守るよ…ありがとう。タチアナ]
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
事件から2日後
リングシュール基地 ドック
「うわぁ…こりゃひでぇな…」
作業着を着たドックの職員は砲撃でぼろぼろになったドック内を改めて見てつい呟く
その日、遺体と破壊された船の回収作業のため、注水された槽の水抜作業が行われていた
ドック内では外からのクレーンが入り、破損した屋根の撤去、装置関連には専門の職員が動作の確認を行っている
「…ええと…破壊された艦艇は2隻…沈んだ艦娘は5人だ」
バインダーにクリップで挟まれた作業資料を確認しながら他の職員に説明する作業着の職員
「…ドック内のクレーンは…あー…ありゃあんま使わねぇ方がいいな…黒こげだ…仕方ねぇな…もう一台入れとくか…ん?おい、どうした?」
減っていく槽の水を見ながら、強面の作業着の職員がぼやく
「…俺さ…ビスマルク秘書艦のことちょっと気になってたんだよね…」
「ああ…まぁ美人だもんな…」
「…けど艦娘は深海棲艦と戦うために存在するって話じゃん?」
「…そうだな…」
「…仲間同士で殺しあってさ…なんか…可哀想だよな…なぁ、遺体はどうすんだ?」
問われた作業着の職員は資料のページをめくる
「……お…あった…艦娘の遺体はまとめて建造着行きだ。こりゃあ解体だな」
「…なぁ、ビスマルク秘書艦って洗脳されてたんだよな?…そういうのって司法解剖とかされないのか?」
「…知らねぇよ。資料にはそう書いてあんだからよ」
強面の作業着の職員は渋い顔をする
「…なんか…証拠隠滅してるみたいだな…それって…」
「…んなこと言ってんなよ…」
「…強襲してきた深海棲艦の死体もなかったし…それにあの日は艦娘寮にイカれた重巡洋艦もいたって話じゃねぇか」
強面の作業着の職員の話にイラつく作業着の職員
「…うっせぇな!…俺が知るかよ!知りてぇなら上に聞きに行けよ!」
「……そういやぁその寮で死んだ艦娘って船下ろしされた艦娘なんだよな…その娘の遺体ってどうなるんだ?…やっぱ解体されんのか?」
「…船下ろしされた艦娘は別だ…遺体はある程度整えられて家族のもとへ送られる…らしい」
「…げぇ、それって遺体がぐちゃぐちゃだったらどうなるんだよ…って、いでぇっ!」
作業着の職員と、強面の作業着の職員が頭を押さえて悶える
背後にはドックの責任者と思われる作業着姿の男性が立っていた
「…お前ら!口動かしてないで手を動かせ!手を!」
「は、はい!」
「はい…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
◇ ◇
リングシュール基地 執務室
窓の外から射し込む夕陽
駆逐艦ハンスは執務椅子に座り、部屋の壁に掛けられたリングシュール近海の地図をハイライトの消えた瞳でぼんやりと眺めていた
「…これが…私の望んだ結果…なのかな…」
ハンスも以前、練度が高くなる少し前にアイリヒから指輪をもらった
その時のアイリヒもビスマルクに急かされて仕方なくではあったが、ハンスからすれば想い人であるアイリヒからの指輪
嬉しくないわけがない
だからこそ、先に指輪を貰っていたビスマルクを嫌っていた
憎んでいた
嫉妬していた
消えろ、死ね、沈め…とも何度も考えていた
しかし、ビスマルクがいなくなった後にアイリヒを捕まえようと海軍局が来た時にはハンスは何も出来なかった
否、しなかった
そして全てが終わった後に、脳裏に浮かんだ考えが…
"ビスマルクがいればああしてた"
"ビスマルクがいればこうしてた"
…だった
結局のところ、ハンスは知らずのうちに、自身が嫌っていたビスマルクを頼っていたのだ
その事を今になって理解したハンスは泣くことも悔しがることもなく、ただ脱力する
「…もう…どうでも…いいや…」
彼女は考えるのをやめた
リクエストシリーズのリングシュール編、無事終わりました
書き終わった感想としては…
いやー…海外モノはやっぱり難しいですね。
色々調べながら書き上げました
地名やドイツ艦艇など、全く知らない横文字ばかりで心が折れそうでした
そして短編()扱いなのに結局長くなりました…
あれなんですよね。書いてると次々と余計なアイディーアが浮かんできてしまってですね…
まぁ、いいでしょう(笑)
リングシュール編本編に関しては、わかりづらいかもしれませんが、お話のモデルは童話のシンデレラです
いじめっこの姉達のヴィルヘルム達、意地悪な母のブリュッヒャー、魔法使いのグラーフにネズミのビスマルクやグナイゼナウ、ふくよかなオイゲン、と…
配役はそんな感じですね
あ、あと一応王子役はアイリヒで…はい。
…反省としては、もう少し心理描写が細かく書ければいいと思いました
あと、例の鎮守府に誰が来るかはお楽しみ、と言うことで…
さてさて、次のお話になりますが…
本当は今回のリクエストとは別に、もう一話頂いたリクエストで次に行こうと思っていたんですが、そろそろアンケートで取ったお話を少しは進めないとウソつき呼ばわりされそうなので、次のお話はアンケートで書いたお話を一本挟みます。資料室のシーンには戻りません。ぶっ続けで行きます。
次回、『長波の異世界転移(仮)』
よろしくお願いすます