海の鎮守府から戻ってきた山田達と、播磨にいるツンデレ田中…そして今回短編で登場した関係者達の現在などでございます
そして作者から一言…
佐世保行きたかった…!!
ではどうぞ
某日 兵庫県加古郡播磨町
望海公園近くにあるは日本国軍海軍播磨鎮守府
「…ああ…キテシマッター…」
海軍指定の黒塗りの車から降り、懐かしの鎮守府を見た田中は大きくため息する
「先生先生!なんでため息なんですー!?ここはやっぱ…『播磨よ…私は帰ってきたぞー!』って言わなきゃですよ!」
「そうだ!テメェの古巣じゃねぇか!」
ハイテンションの漣と、彼女の肩に乗るうさちゃんがやんややんやと騒ぐも、田中は無視
「うるせぇな…別に来たくて来たわけじゃねぇんだけど…」
車の鍵を職員に渡した坂本が田中達に合流する
「…さ、中尉…中へどうぞ」
「…はぁ…はいはい…」
田中達は開かれた正門から播磨鎮守府へと入っていく
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
鎮守府の中庭を歩く田中達
見れば艦娘達が掃き掃除や施設の窓を磨いている
箒をもった艦娘が坂本に近づいてくる
「お帰りなさい!坂本提督!」
「うん、ただいま」
また、空き缶の袋を手にした艦娘も坂本達を見て敬礼
「東京のお土産期待してますよ!」
「ふふふ、安心して…ちゃんとあるよ」
そんなやりとりを横目で見ていた田中は坂本の隣を歩き…
「…あん時とは真逆だな?坂本提督?」
「…ええ、あの時は門を入るのも躊躇いましたからね」
田中と坂本の会話を聞いて、漣が縮みこむ
「…ア…ソッスネ…」
「おう!テメェら!漣いじめんじゃねーぞ!?」
うさちゃん、田中の肩にぴょんと乗り、襟足を引っ張る
「いでででで…いじめてねぇよクソウサギ!」
そんなやりとりをしながら鎮守府入り口の方へ歩いていると、鎮守府を囲う壁の隅になにかがあるのに気づく田中
「…あれは…」
「…先生、こっちです!」
田中の手首を掴んだ漣は壁の隅の方へと進む
近づいてわかったが、壁の隅にあったのは小さなお墓だった
「…あ…」
田中の顔がつい強ばる
墓石には
"播磨音楽隊 ここに眠る"
と、書かれていた
地面に両ひざをつく田中
「…霰…みんな…」
田中は眼を瞑り、両手を合わせる
「…随分時間かかったけど…やっと先生の顔が…見れたね…」
漣の言葉が田中の胸に刺さる
「…きっとみんな喜んでますよ…田中君が来てくれて…」
坂本はそう言って、漣と共に墓石に手を合わせる
「…ああ…みんな…遅くなっちまったな………悪い…」
泣き顔の漣はずず、と鼻を啜り…
「…ごくん」
「…おい飲むな、鼻水を」
どんな時でも田中のツッコミは健在だった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
播磨鎮守府 音楽室
「…ああ…ここはあんまり変わんねぇんだな」
少し狭め音楽室には音楽家の肖像画や、ピアノ、楽譜などが棚に入れられている
そして音楽室奥の扉を開ければ…
「…楽器倉庫…はは…このティンパニ…あん時のままか…あーあ…ネジゆるんでら…」
「ええ、ティンパニだけじゃありませんよ…シロフォンも、穴抜けのウィンドチャイムと健在です」
様々な楽器を見る田中に坂本が笑顔で答える
「先生先生!これこれ!」
漣が大きな箱から取り出したのはスネアドラムだった
「…おお…これも……懐かしいな…」
長めのシェルのスネアドラムを受け取り、ドラムの底を見る
そこにはビニールテープが一欠片張られており、もう消えかかった黒マジックで"おぼろ"と書かれているのが見える
「…なぁ、坂本…あれから「6年ですよ…早いものです」
「…そっか…もうそんな経つんだな…」
スネアドラムを抱えたまま音楽室を見渡す田中
坂本と、漣…そして田中の3人以外誰もいない音楽室…
だが田中には思い出を通して"あの頃"の光景が見え、音楽が聞こえた…
音が違うと言い合い、喧嘩してる者
音符を教えてと自分のもとへ来る者
初めて出した自分の音に感動する者
…そして…誰もいない音楽室で、一人残って練習に励む彼女を…
「……朧…」
今ここにいない少女の名を呼ぶ田中
そんな田中の後ろ姿を見つめる漣はぎゅっ、と制服の裾を掴む
「…先生…」
「…ん?」
田中は漣に呼ばれ、振り返る
漣は今にも泣きそうな眼で田中を見つめる
「…ボロ…朧は今最寄りの病院にいます…」
「…」
漣は眼から一筋の涙を流す
「…会って…あげてください…」
願うように、漣は田中に頭を下げる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…」
「…ぬっはぁあっ!!」
東海支部 第四資料室
少女と思えぬ声をあげ、デコポンは寝ていたソファーから飛び起きる
「おはよう、デコちゃん!」
「おっはーやでポンちゃん」
寝ぼけ眼で見れば、隣には山田が、ソファーの向こう側にはブラック缶コーヒーを手に、松井が立っている
「…おはようございます…?」
窓の外を見れば、日が低い…
夕方か?とデコポンは唇を尖らせるが…
「丸一日やで?…お疲れや」
「…みたいだよ?はーい、24時間コースでした!」
けらけらと笑う山田を見て、デコポンはぶにぃっ、と山田の両頬を掴む
「いへっ…いはいいはい!なんれー!?」
「…なんかムカついたからよ…」
「…よっしゃ」
松井は2人の茶番を見てぽん、と手を叩く
「ほんならちゃーんとしっかり朝ごはん食べてきた方がええで!ワンちゃんもさっき食堂へ行ったところや」
松井はそう言いながら持っていた新聞を広げる
「…あの、まっつん先輩」
「んー?なんやー?」
山田が新聞を読み始める松井を呼ぶ、デコポンも松井をじっと見る
「…浜田少尉と、松本中佐って知ってますか?」
山田の問いに、ばさっ、と開いていた新聞を下ろす松井
「…ビックリやな…浜田さんらの事も見えてたんか?」
「…え、ええ…まぁ…」
んー、と松井は考える
「…僕の入れ替わりと同時に松本中佐は除隊…今はなにやってるか知らへん…浜田少尉は…松本中佐が除隊するちょっと前に亡くなったらしいわ」
「え!」
「…亡くなった…」
広げた新聞を丁寧に四つおりにする松井
「…海軍の報告書には"事故死"っちゅーことになっとるやしいんやけど…実際には艦娘に殺されたってタナちゃんからは聞いとる…細かい話は聞いてへんからよう解らへんけどな…」
松井の説明を聞いて、山田とデコポンは顔を会わせる
「…ポンちゃん…ポンちゃんも山ちゃんの見えとる過去の記憶…見えてるんやろ?」
松井の指摘にどきりと反応するデコポン
「…な、なんで…」
「…ふ、見てたらわかるて…あれやな、山ちゃんに触れてるときに一緒に見てる感じやろ?」
…どや顔でそう推理する松井
しかしこの情報、犬飼から言われたものであった
そうとは知らずに頷くデコポン
「…ええ。確かに過去の…資料の世界を視ました…それに…」
「それに?」
デコポンは海の鎮守府の事も話そうかと思ったが、あまり色々と話しすぎるのも良くないかな、と判断
「…それに……それで、浜田の少尉達の事も知りました」
…ひねくれた返答を松井に返す
「…あはは…」
山田は海の鎮守府のことは言わないんだな、とデコポンの態度を見て苦笑い
「…僕も浜田少尉とは話したことないからなぁ…けどチラッと見た感じ、あれや、眼鏡な黒髪ロングの…知的なクールビューチィーやったな…確か…」
「(…クールビューティ…)」
「(田中中尉とキャラモロ被りの人だったとは言えないわね…いや、田中中尉が浜田少尉に影響受けたと言った方がいいのかしら…)」
山田とデコポンは見当違いな松井のイメージに顔を強ばらせる
「…えっと、じゃあ私達食堂へ行ってきます!」
「…そうですね。お腹と背中がくっついてしまいます」
そう言ってソファーから立ち上がり、資料室入り口の方へと向かう
松井はひらひらと手を振り
「いってらっしゃいやで」
見送った
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
播磨鎮守府 客室前の廊下
扉をどんどんどん、と強めにノックするピンクのツインテール艦娘が一人
「先生!先生っ!なんで出てこないの!?早く朧のところ行ってあげてよ!」
「どけ漣!こうなったら俺のムートンな蹴りでその扉を蹴破ってやる!」
漣の相棒、うさちゃんも短い足で扉をぷにぷにと蹴る
しかし漣達の言葉空しく、扉の奥からは…
『嫌だ!無理!こわい!』
田中の悲痛の叫びが帰ってきた
「…んなぁっ!子供かっ!!ほら!後ろでホイットニー・ヒューストンとか歌って応援してあげますから!…ェエンダァー!」
『ふざけんな!そこしか歌詞知らねぇだろ!』
「じゃあセリーヌディオンは!?鼻歌なら歌えますよ!先生!」
『歌じゃねぇじゃねぇか!しかも出逢った女との別れの映画の歌とか嫌がらせか!とにかく俺は行けねぇ!』
「…漣さん?…田中中尉は?」
扉を隔てた漣と田中のコントの現場にやってきた坂本は、鍵のかかったドアノブをガチャガチャ回す漣に問う
『やめろアホ!壊れるだ「それが…朧に会うのにビビって部屋に閉じ籠っちゃったんですよ…ホイットニー・ヒューストンを後ろで歌ってあげるって言ったのに…」
はあ、と坂本は自分の頭に片手を当て、悩む
「…漣さん…普通の人は後ろでホイットニー・ヒューストン歌われたら落ち着かないですよ…とにかく、そのがちゃがちゃやるのはやめましょう?ドアノブ壊れますから…」
「あ、はーい」
坂本の言うことを素直に聞き、ドアノブから手を離す漣
『…坂本!お前漣にどんな躾してんだよ!ドアガチャなんてやられたの中学生以来だぞ!』
田中のいるドアの前に立った坂本はあはは、と苦笑い
「…申し訳ありません田中中尉…ですが、漣さんも朧さんの事を思っての事です…許してあげてください…それと、まだ時間はありますから…もし考えが変わったら教えてくださいね」
『…』
坂本は眼を細めて笑う
行けないとは言っても、"行かない"とは言わないんだな、と…
坂本は半べその漣の頭をなで…
「…良いお返事を期待してますよ……田中君」
そう優しく、願うように言って扉から離れていった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
東海支部 食堂前通路
「…いやー!お腹いっぱいだよぉ!」
「…ええ、美味しかった…です」
満足そうな表情の駆逐艦二人…もとい、山田とデコポンを横目に、若干顔色の悪い犬飼
「…いやー…食事時に聞く話ではなかったっすね…」
犬飼は山田達から今回の話を聞いて後悔していた…
山田に触れれば、彼女と同じ光景が見えたこと、浜田と松本の事…
そして…
ふくよかなプリンツ・オイゲンの食べさせられた『ゴキブリ入りスープ』、長波の『汗、加齢、風呂に入ってない男に刺されてたこと』に、天龍達尾張の『汁香る陵辱話』…
「…二人とも…よく平気っすね…」
犬飼は山田達に問うも、当の2人は何て事ない表情
「…あー…あはは…最初はキツかったですけど…」
「…私は…とにかく記憶を見ていた時と、見てない今は別物だと割り切ってるので…と、いうかずっと覚えてるとトイレとお友達になってしまうので…」
「…あ、そっすか」
朝早くということもあり、人の少ない食堂からの通路を進む三人
犬飼は、「んー」と唸りながら…
「…記憶、デコポンも見たってこと、松井准将に教えてあげた方が良くないっすか?」
「…え…なぜでしょうか…?」
犬飼はなんとも言い難い難しい表情になり
「…准将は…自分は認めませんが、伊豆の駆逐艦…白雪を非常に………自分は認めませんが、とても気にしているので…もう一度山田少尉の力を使って伊豆の記憶を視れるのなら…伝えた方が…いいんじゃないっすかね…はぁ…」
犬飼は最後にため息で締める
「…あ、それは無理です」
意外にも断ったのは山田だった
「無理?」
デコポンが聞き返すと、山田は頷く
「…私一度視た本…資料は二度と視れないんですよ…どうやって視ても、二回目は普通に書かれた文字しか視えないんですよ」
これには犬飼もデコポンも驚く
「…そうなんすか…」
そこでデコポンはふと考える
「(…なら、今海の鎮守府にいる人たちの…元の記憶を視てもあれ以上は人数が増えることがない、と言うことね…)」
デコポンは実は先程まで少し考えていた…
…例えば佐渡
海の鎮守府にこれる条件としては利根の妹、筑摩が可能性がある
あの時の記憶では筑摩は最初に解体された…
故に最初から結末が解っていれば、筑摩の姿を山田にしっかりと印象付けさせ、海の鎮守府に呼ぶことも可能なのではないか、と…
しかしもう二度と"同じ記憶"を視れない、と言った山田の言葉でその思惑は崩れ去ったのだ
「…残念ね」
「…え?なんか言った?デコちゃん」
「…いいえ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
第四資料室
資料室まで戻ってきた3人はいつになく真面目な雰囲気の松井に唾を飲み込む
「…ここにとある封筒があります」
こういって取り出すは1枚のA4サイズの封筒
山田も汗を一滴たらし、拳を握る
「…そ、それは…まさか…出雲の…!?」
緊張し、しゅばっ、と一歩下がるデコポン
「…ふっ」
松井はにやりと笑い…
「…いや、ほら、播磨の漣ちゃんが置いてった楽譜や」
「…ああ、なんだ…」
「…忘れ物っすか?」
「…ちっ」
安堵する山田と犬飼
そしてどこからか聞こえた舌打ちの音
「…え…ポンちゃん舌打ちやめてよ……う"う"んっ…せやで」
ぽん、と山田に楽譜を手渡す松井
「はい?」
「…中を開けなかった"赤い日記"を読めた山ちゃんなら…いけるんちゃうかな?」
播磨にて、田中が坂本や漣をはじめ、他の艦娘達と演奏をした…演奏を練習した楽譜…
様々な"想い"の詰まった資料…
山田は封筒から楽譜を取り出し、ソファーに座ると意識を集中させる
『 奏をす に大 ことは な…』
『もう やろ …みん で…』
『 !みんな くれ!頼 !!』
ポツリポツリと聞こえてくる記憶の声…欠片…
集中を解いた山田はうん、と頷く
「…これ…いろんな人な想いが詰まってますね…はい、視えます…」
でも、と山田は松井を見る
松井は先程まで見ていた新聞を再度広げる
「…勝手に視ちゃっていいんでしょうか…流石に田中先輩に許可を…「ええんやで」
松井、にっこり
「…でも「ええんやで」
山田はああ、と察する
…これ伊豆の時の仕返しもあるんだな、と…
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同日
東京都千代田区にある日本国軍墓地
ここには戦死等した日本国軍の陸、海、空軍な隊員たちが眠る
そんな墓地の通路を歩く人影が3つ
「…ここは静かでいいなぁ…」
「今日は誰かのお墓参り?」
「ん…まぁね」
墓地特有の静かな空気を感じ、リラックスする長門、そして遠江の水野中将とその秘書艦、最上である
もちろん長門と最上は艦娘とバレないように私服姿である
「…ほら、むかーし何度か会ったことあんじゃん?大本営の資料室にいた…」
水野がそこまで言うと、最上はあー、とおもいだし
「…浜田…提督だっけ?」
「…もう提督じゃねぇけどね」
話していると、目的の墓の前に到着
いつくかある墓の中でも小ぶりの棹石に掘られた文字…七名ほどの名前の一つに彼女の名はあった
"故 日本国軍海軍少尉 浜田まりん"
と…
「はい、提督」
最上は手桶から水の入った柄杓を水野に渡す
「ん…サンキュ」
その水を棹石の頭からかける
「…げほっげほっ…火をつけたぞ、提督」
線香の煙にむせる長門は、線香の束を水野に渡す
「…はは…お前ってやつは…まぁいいけど…」
線香を香呂に入れると、長門があ、と声を出す
「…あん?どした?」
「あ、いや、あはは…ご、ごめ…花…」
しどろもどろになる長門は1束のお供え用の花を取り出す
「…もうひとつは?」
「…た、多分車に…あいでっ」
水野は長門の頭にチョップ
艤装のない長門は頭を押さえて悶える
「…ったく…あんたはなんなら出来んのよ…」
「ご、ごめんよぉう…」
呆れ、ため息の水野に涙眼の長門…
そんな二人を見て最上が笑う
「…じゃ、じゃあボクが車からとってくるよ!」
その場から離れようとする最上
しかし参道の方を見た水野が待ったをかける
「…え、でも花1束じゃ…」
「…いいよ…花なら来たから」
ふ、と笑う水野につられて長門と最上も参道の方を見る
すると、参道を歩いて水野たちの方へやってくる者が一人…
「…な、だ、誰だ?」
長門は水野を守るように前に出る
最上も緊張する
前から歩いてくる大柄の男
サングラスをかけた色黒の…長いブロンドヘアを風で揺らす
「…あら?…もしかして朱美ちゃん?」
黒いドレスを着た大柄男はサングラスを外して水野達を見る
もう片方の手には花束が握られている
「…よぉ、久しぶりじゃねぇのよ…松本中佐」
そう、この大柄の男…もといオカマこそ、浜田のもと相方、松本人志その人だった
「…え?」
「…ちゅ、中佐!?」
長門と最上は驚いて水野の方を見るも、水野は二人の視線を気にすることなく松本に手を振る
「…珍しい奴がきたもんだねぇ…誰に会いに来たのさ?」
いたずらな笑顔で松本に問う水野
対して松本はくねくねとしだし
「あらぁいやぁん…まりんちゃんに決まってるじゃないのぅ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
浜田の眠る墓前には水野達の持ってきたお供え用の花1束と、松本の持ってきた2束の花が添えられた
「…店の方はどうなんさ」
手を合わせ終わった水野は松本に問う
「…まぁまぁね…意外と人来るものよ?オカマバーって…」
「え!?オカマバーで働いてるんですか!?」
最上が意外にもいい反応
「そぉよぉ?…今度遊びにいらっしゃいな…そこの長門ちゃんもね」
「ひぃいっ!」
松本、長門に投げキッスをするも、水野の陰に隠れた長門は怯えている
「…そりゃよかった…んで?…あんたがまりんところ来るなんて珍しいじゃん」
水野がそう言うと、松本はブロンドヘアをなびかせて一つ息を吐く
「…珍しい…?…まりんちゃんのところに来るのは今日が初めてよ…」
松本はその大きな手で拳を握る
「…まりんちゃんを殺した海軍の敷地だもの…足を踏み入れるなんて…本当なら反吐が出るわ…」
「…」
松本は水野達に向けてにこりと笑う
「…昨日ね…まりんちゃんの夢を見たのよ…ま、あんまりいい思い出じゃなかったけどね…」
「…夢?」
「そ…なぁんかいやにリアルだったわね…アタシとまりんちゃんで特院に行った…昔の夢よ」
ふぅん、と水野は鼻をならす
「…そんな夢見ちゃったらさ………まぁ…一度くらいは…って思ってね…あはは…まりんちゃんに蹴られちゃうわね…キモいんだよこのくそオカマっ!…って」
水野は一歩松本に近づく
「…なぁ、本当はまりんに何があったんだ?…あたしにも話せないのか?」
「…話したところで信じてくれないわよ…特に、朱美ちゃんみたいに海軍に属してる人にはね…」
松本の一言にカチンときた水野は松本の肩を掴む
「…そりゃ言わなきゃわかんねぇわよ…!」
自分よりも頭一個分背の高い大男に凄む水野
松本は再びふぅ、と息を吐く
「…まりんちゃんはね…2度も海軍に騙されて…艦娘に殺されたのよ…」
「…え」
「…艦娘に…」
長門と最上はびくりと肩を跳ねさせる
「…まりんちゃんが…元々いたところで艦娘達から暴力を受けてたって話は知ってるわよね?」
松本が話し始めると、水野は松本の肩から手を離し、ポケットからタバコの箱を取り出し、一本口に咥える
「…ああ。まりんに嫉妬したバカ将校が艦娘達にあることないこと吹き込んで嫌がらせをやらせたってやつだろ?」
最上に火を寄越せとばりに手を差し出すが、最上からライターはやってこない
そこでここが日本国軍の墓地と水野は改めて思い出し、咥えたタバコを箱に戻す
「…そう…そのあとはアタシと資料室勤務になった…でもひょんなことから海軍の裏事情を知ることになったわ」
「…裏事情?」
松本は首を横に振る
「…とある鎮守府の提督が…艦娘を人身売買してるって情報を手に入れたのよ…ある艦娘の命と引き換えにね…そのあとアタシ達は独自に色々と調べたわ…そうしたら艦娘を人身売買してたその鎮守府は氷山の一角…調べれば調べる程に海軍の汚職がわかった…それも、上層部が絡んでいることもね」
「…」
水野は長門と最上に視線で合図を送る
"周りを見てこい"と…
「…そんな時だったわ…まりんちゃんとアタシのところに鎮守府管理…提督に復帰しないかってお声がかかったのよ…アタシは流石に断ったわ…もう艦娘を導くなんて出来っこないし、あの時はやらなきゃならないことが沢山あった……でも、まりんちゃんは違った…一度騙されて…ひどい目に遭ったって言うのに、あの子は艦娘達を信じてた…」
「…それで元の鎮守府に戻ったのか…」
松本は薔薇柄のハンカチで目元を拭う
「…今思えば止めるべきだったんでしょうけどね…あんな嬉しそうなまりんちゃん見たら…なんかね……だから、後のことはアタシがやるから行ってきなさいなって言ったのよ…」
「…」
ふぅ、と涙眼で息を吐く松本
「…でも、そこでもまた騙されたのよ…自分の信じた艦娘達に……遺体安置所でまりんちゃんを見た時…別人かと思ったわ…顔は倍ぐらいに腫れて、内蔵も潰れてたって…元の姿の面影なんて全くなかった…」
そこへ最上が帰ってくる
「…上層部は…色々と探ってたアタシ達が邪魔になったのね…艦娘達にまりんちゃんを殺させて、アタシも訳のわからない理由で強制除隊させられた…その時調査をしてた人身売買した鎮守府を告発するも相手にされなかったし…」
「…そうか…」
「…本当はまりんちゃんの為に…なんとかしようとも考えた…けど、なんの力もないただのオカマじゃあなにも出来ないしね…」
松本は浜田の墓石を見る
「…ごめんね…まりんちゃん…」
「…別に…まりんは弔い合戦なんて望んじゃいねぇわよ…」
松本は水野を見る
水野も浜田の眠る墓石に手を触れる
「……あいつはさ…どっちかっつったらテメェで殴り込みに行くやつじゃん?…だから…自分のために誰かが傷つくってのは望んじゃいないよ」
「…そう…かもね…」
水野はふ、と口元をつり上げて笑う
「むしろ『余計なことすんじゃねぇよアホオカマ!』っつって蹴ってくるんじゃね?」
ぷっ、と松本も吹き出す
「ふふふ…あら…違うわよ朱美ちゃん…あの子なら…『キモい泣き顔見せんなクソオカマ!乳首にキンカン塗るぞゴラァ!』…よ?…あと、この場合は蹴ってこないわね…多分後ろからの首筋ダブルチョップね」
松本の返しにクスクスと笑う最上
「…なんだか提督と似てるね」
「…そうか?あたしはあんな暴力暴言女じゃねぇわよ」
水野が最上にそう返すと、最上はなにも言わずに先程長門にチョップする水野の姿を思い出した
「…朱美ちゃん」
不意に呼ばれ、松本の方を向く水野
墓地には静かに風が吹く
「……こんなこと言うのもなんだけど…あまり海軍を信用しすぎない方がいいわよ」
オカマではなく、日本国軍海軍の佐官としての顔になる松本の一言を聞き、水野は笑う
「…知ってる。あたしも気を付けるよ…ところでさ…その人身売買してた鎮守府ってどこよ…んで、提督は誰?」
若干キレ気味の水野が松本にそう問うと、松本は一瞬だけ考え、ため息
「…東海支部…尾張警備基地…松平咲よ…今はどこにいるかはわからないけどね…」
名前と鎮守府名称を聞いて、ふぅん、と笑う水野
「…尾張、ね…わかった。覚えとくよ」
「…信じてくれるの?…こんな話…」
松本が心配そうにそう一言問うも、水野は気にしないといった風に手をひらひらとさせる
「…ああ…あんたら二人はあたしのダチみたいなもんだからね…一言一句疑やぁしねぇわよ」
「…うん、ありがとう…朱美ちゃん」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
場所は変わり、ドイツはノンハルリンガージール、リングシュール海軍基地
ひときわ静かなこの基地に陶器の割れる音が木霊する
「…何をしている…」
執務室、者類作業を行う現リングシュール基地提督の若い男が、着けていたメガネを外し、彼女を睨む
「あ…あは…あはは…ご、ごめんなさい…エーリッヒ提督…こ、コーヒーを…エーリッヒ提督に…コーヒーを淹れて差し上げようかと…え、えへへ…」
瞳孔が開き、震えながら床に落としたカップの破片を、引き笑いで集める少女…
駆逐艦ハンス・ロディだった
「…コーヒーはいらない…昨日も一昨日もそう言っただろう…」
提督、エーリッヒは再びメガネを掛け、書類作業に戻る
"あの時"の自信満々な銀髪少女の面影はどこへやら…
頭髪には白髪がまじり、左手首にはいくつもの自傷跡が見える
「…ご、ごめんなさい提督…役立たずなハンスでごめんなさい提督…」
床に額を付け、土下座のような姿勢でエーリッヒに頭を下げるハンス
そんな彼女の姿を見ずに、執務机の受話器を取る
「…バイエルン…また彼女が来た…なんとかしろ」
『は!』
受話器の向こうの返事を聞くと、エーリッヒは受話器を置く
「…て、提督…あ、あはは…うふふ…は、ハンスは頑張ってます…ひ、秘書艦のおひごとも…問題なくできます…ふ、ふふふ…だから…捨てないで…棄てないでください…ふふ…あはは…」
焦点の合わない眼で、よだれを垂らしながらエーリッヒの座る執務椅子の脚を掴むハンス
「…提督!失礼します!」
そこへ、ばん、と勢いよく執務室の扉を開けたのは、金髪縦ロールの背の高いバイエルンと呼ばれた艦娘だった
バイエルンはエーリッヒにすがるハンスを引き離す
「…え、エーリッヒ提督!…捨てないで!ごめんなさいごめんなはい!…いやぁだ!…ごぉめんなさぁいぃい!」
ハンスは泣きじゃくりながらバイエルンに連れていかれる
「…バイエルン」
「は!」
エーリッヒが呼ぶと、ハンスを腰に抱えたまま敬礼
「…部屋に入るときはノックをしろ…それが規則だ」
エーリッヒはペンを持ったままバイエルンを叱る
「…は!申し訳ありません!」
「…連れていけ」
再び敬礼し、執務室から出ていこうとするバイエルン
ハンスは変わらずバイエルンの手の中でジタバタと抵抗するが、戦艦の力には敵わなかった
「提督!…エーリッヒ提督!ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!エーリッ
無情にも、がたん、と執務室の扉は閉められる
エーリッヒはふぅ、とため息を吐くと、執務椅子から立ち上がり、窓の方へと近づく
「アイリヒのクソ野郎め…余計なゴミを残していきやがって…!」
ドイツ海軍では、邪魔だからと言ってむやみやたらに艦娘を当然解体は出来ない
正式な解体理由のない艦娘を解体するには、不当解体を避けるために様々面倒な手続きをしなければならない
せめてハンスがエーリッヒに対して、武力による反逆等を起こしたという事実があればまた別だが、今の彼女を見れば反逆等起こすことはないだろう…
それだけ"提督"という存在に依存し、また、自分のことも提督に捨てられないようにと心が壊れるまで必死になっているのだ
「…以前のビスマルク秘書艦と比べればまさに天と地ほどの差があるな……うむ、もうあの艦娘に期待は出来ないな…」
エーリッヒは元々前任提督、アイリヒの部下だった
基地運用、そしてどの作戦でも頭の切れる彼を尊敬してはいたが、まさかマフィアと繋がりがあったとは知らなかった
基地内で反乱は起きるわ、提督は逮捕されるわ、ドックは壊滅するわで、それはそれは後任のエーリッヒは大迷惑を被った
「…やはりこれしかないか…」
エーリッヒはそう呟き、執務机の引き出しから数枚の用紙を取り出す
用紙にはとある病院名の文字が書かれている
"オシフィエンチム海軍特別医院"
日本における特院と同じく、艦娘専門の精神治療院…海軍関係者からは通称アウシュビッツと呼ばれている
「…いつまでもここにいてもらっては面倒だ…解体が難しいのならば、適当な理由を付けてここに幽閉するか…うむ、そうしよう」
呟いたエーリッヒは再び執務椅子に座り、特別入院の手続き書類にサインを書き始める
駆逐艦ハンス・ロディ
かつてリングシュール基地主力第一艦隊の旗艦をも勤めた経験もある、実力もあり、カリスマ性もあった駆逐艦
しかしそれは戦闘時の話であり、ビスマルクの様に戦闘だけでなく、執務や周りの艦娘や職員達への気遣いの配慮があるわけではない
ハンスは気づいてなかった
自分が好き勝手やっていた時、ビスマルクがその裏で様々なフォローを行っていたことを…
故に、ビスマルクという嫉妬する相手がいなくなってしばらく…ハンスは色々と行き詰まり、ようやく自分が戦闘以外ではなんの能力もない存在だと理解してしまった
すぐに自身の立場を取り戻そうと奮闘するものの、ビスマルクのように立ち回れない彼女は結局…
「…提督ぅ…提督ぅ…ふ、ふふふ…ハンスは…頑張りますからぁ…ふ、ふふふふふ…」
現実を直視できなくなり、壊れてしまった
戦艦バイエルンに連れられていくその様は、まさにあの日、海軍組織部に連れられていくアイリヒと同じだった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…ほんで…ワンちゃんなにやっとるんや?」
当日夕方
資料室整理を終えた第四資料室面々は、山田を中心にデコポン、犬飼がソファーに座る
デコポンが山田の右腕を、犬飼が山田の左太ももに手を乗せる
「…え?いや…自分も田中中尉の過去に興味あるんで…」
「いや、ワンちゃん…タナちゃん嫌ってたんとちゃんかい」
「…め、目高も魚のうちと言いますっす」
「…使い方ちゃうやろそれ…」
「ま、ええわ…」
どこから取り出したのか、デコポンがプラスチックのタライを犬飼に渡す
「…?これは?」
「近くにあった方が良いですよ。絶対使いますから」
「…いや、こん「使いますから。絶対」
デコポンの謎の圧に圧され、タライを受けとる犬飼
あはは、と松井は苦笑いし、山田と目が合う
「…本当にいいんですか?…田中先輩の過去を視れますよ?…多分」
山田の問いにふ、と笑う松井
「…いや、僕はええわ…播磨の話はタナちゃんから仰山聞いたし…それに、タナちゃんは僕の過去を"視て"へんからな…僕だけ覗いたらなんかフェアちゃうやん」
犬飼はジト目で松井を見る
「…どの口が言ってるんすかね…」
「う、もうええて!はよ視ぃや!」
松井が顔を赤くすると、デコポンと犬飼に眼で合図を送り、頷く
「…行ってきます!」
山田は音楽スコアをじっと見つめる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同日夜 播磨鎮守府
与えられた客室の窓を開け、その縁に両肘を当てて項垂れるように外の空気と煙草の煙を吸う田中
「…はぁぁああ…くそ…」
長きに渡り続いた漣からの執拗なノック攻撃から解放された田中は階下に見える播磨鎮守府の中庭を見つめる
聞こえてくるは艦娘達の楽しそうな声
「…いや…クソは…俺か…「ようやく理解したか。クソ先公が」
いつの間にか部屋に入ってきたのは漣のうさちゃんだった。現在田中の肩に乗っている
「…なぁ、俺にゃあもうプライベートはねぇのか…?」
ふぃー、と煙を外に吐き、うさちゃんに問う
「…ぁあ?…別に…話が済みゃあこの部屋から出てってやるよ」
「…話?」
ぴょこ、とうさちゃんは田中の頭に乗り、胡座をかく
「…時にクソ先公…俺がなんでテメェをクソ先公っつってるかわかるか?」
「(本当に口悪いな…このウサギ……だが…)」
田中はふぅ、と息を吐く
「…水上特攻作戦…俺が止められなかったからだろ…」
「…ほぅ?」
「…俺はあいつらも…海軍も止められなかった…あいつらは命張って死んでったってのに…俺は未だにのほほんと生きてる…まさにお前の言う通り、俺はクソ野郎だな…」
「…」
うさちゃんは田中の答えになにも言うことなく肩からぴょん、と降りる
「…あ、おい…」
田中は床をぽてぽてと歩くうさちゃんを呼び止めるが、うさちゃんは振り返らない
「…訂正するぜ…テメェはクソ先公じゃねぇ…ただのクソだ」
「…はぁ?…んだよそれ…」
田中の返しを聞いて、うさちゃんが振り返る
「テメェそれでも男か!?いつまでずるずる引きずってんだよ!くそったれが!」
「い、意味わかんねぇよ!いや!引きずるだろ!俺のせいで…!」
田中はそこで言い淀み、眉をひそめる
「…俺のせいで播磨音楽隊は……死んだんだ…」
窓の外に見える真っ暗闇を背に、弱々しくそう返す田中を見てうさちゃんはため息
「…あのなぁ………ちっ…」
脚をパタパタと鳴らして腕を組むうさちゃん
「…お前が思ってるほど…漣も朧もクソ提督も気にはしちゃいねぇよ…いや。全く気にしてねぇって訳じゃねぇけどよ…」
「…え?それどういう事だよ…」
「…ちっ…テメェと違ってあいつらは前に進み始めたっつー事だよ!察しろよ!」
うさちゃんのキレっぷりに肩の力が抜ける田中
「…そうか……強いんだな…あいつらは…」
ああ、めんどくせぇな、と言った表情のうさちゃんは、再び客室の扉の方へとぽてぽてと歩き始める
「…あいつらは強かねぇさ…ここにいたのが3人だったから…頑張れたんだ……だから一人で苦しんだテメェの気持ちは…まぁわかる」
窓近くの椅子にゆっくりと座る田中はうさちゃんを見つめ
「…ウサギ…「…うさ"ちゃん"な?」
うさちゃん。咳払い
「…まぁ、とにかくだ…辛いならちゃんと話せ…俺でも漣でも…傷の舐め合い結構じゃねぇか。一人でカッコつけてんじゃねぇぞ?」
うさちゃんな言葉に田中は小さく笑う
「…ああ……ありがとな…」
田中が礼を言うと、うさちゃんはぴょんぴょんと跳ねながら
「うっせぇ!べ、別にお前のためにこんなこと言いに来た訳じゃねぇからな!勘違いすんじゃねぇ!」
うさちゃんはそう言って、器用に扉のドアノブに身体全体で掴み、自身の遠心力を利用してドアノブを捻る
「…じゃあな。明日また迎えに来てやっからよ…逃げんじゃねぇぞ?」
小さく開かれた扉からひょっこりと顔を出してそう言ううさちゃんを見て、気持ち癒される田中
「…ああ…逃げねぇさ…おやすみ…ウサ「うさちゃん!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
うさちゃんが田中のいる客室から出ていって数分
田中はベッドに寝転がる
「……前に…進む…か…」
先程のうさちゃんの言葉を思いだし、天井を見つめる
田中は一人が嫌いだ
もちろん大半の人間もそうだろうが、田中の場合は一人で考え込むと、播磨で起きた事を思い出し、悩んでしまう
「(俺は…別に物凄い指揮が優秀なわけじゃねぇ…戦場で艦娘と同じように戦えるわけでもねぇし…深海棲艦と人間のハーフ、みたいな特別な存在でもねぇし、土壇場で覚醒するようなチートな力もねぇ…)」
「…俺には……無理…かもな……ふぁ…」
大きくあくびをする田中
ベッドでごろごろしながらズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、時刻を確認
「…ああ、もうこんな時間…ん?…メッセージか…」
田中宛に、1通のメッセージがきてたことに気づくも、スマートフォンをぽいっと枕の方へと投げる
「…なんだ…急に…」
「(眠……なんだ、これ…)」
重い睡魔が急に田中を襲う
まるで風邪をひいて、一番症状が重い時の感覚のようだった
田中は気を失うように、そのまま夢の中へと誘われていった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
「…ン…」
「…やぁ、お帰り」
目が覚めると、見知った顔が迎える
白髪の青年とも少年とも呼べる見た目の不思議な雰囲気の若い男…真っ白な士官服を着ている
元横須賀鎮守府提督、赤松慎太郎だった
見渡せば天井も壁も鉄板の部屋だった
まるでサマール基地のような…
「…ヨォ…慎太郎…」
「…ンぁ?」
少女は頭にいくつもの吸盤のついた電極が付けられていることに気づく
「…ああ、ダメだよ…触ったら…」
赤松は電極に触れようとする少女を優しく止める
「…このベッドの寝心地ハあまリ良くないナ…背中が痛いヨ」
少女は手術台のようなベッドからゆっくりと起き上がる
ベッドの隣にはパソコンデスクがあり、旧帝国海軍のような軍服を来たメガネの男がパソコン画面と睨みあっていた
「…提督。読み取れました」
そう言ってパソコン横の印刷機から長い紙を切り取り、赤松へ見せる
「…うん…これは…面白いね」
紙を見た赤松は顎に手を当て、笑う
「…慎太郎…どウダった?」
少女は首をかしげながら赤松に問う
「…脳波の波の変化がすごいね。やはりただの睡眠とは違うんだ…」
赤松がそう言うと、メガネの男も頷く
「…ここ最近起きているこの現象…発生する時に正体不明のおかしな周波数が流れるようです」
ふむ、と唸りながら赤松はメガネの男の操作するパソコン画面を見る
世界地図のようなものが映され、数字とグラフ、日常が線で表されている
「…この線が最初に流れた周波数です」
メガネの男は画面を指差す
「…鹿児島の辺りに線が集中しているね…」
「別の日にはこちらに…」
「…これは…石川県の方かな?…この辺りには能登…若狭…越中……信濃があるね…」
メガネの男は更に画面を変える
「…そしてこれが先日流れた周波数です…ここ周辺…そして同時期に起きたことが…」
赤松は頷く
「…大和達に起きた睡魔現象だね?…ふむ…」
「…昨日では関東、関西…ドイツでもこの謎の周波数が流れました」
「……うん…これは間違いないね…これ、どこからこの周波数が流れているか調べられるかな?」
赤松の問いに顔をしかめるメガネの男
「…今すぐは難しいですね…装置の改良も必要ですし…今回の脳波と周波数の関係性をもっと調べられれば、周波数の発信源特定の可能性も……提督、お時間をいただけませんか…?」
申し訳なさそうにするメガネの男に言われ、赤松は笑顔を向ける
「…もちろん。研究班総出で…頼んだよ?」
そう言うと、赤松は少女の頭の吸盤の電極をひとつずつ取っていく
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…ふぅ…」
夜空の下、外の冷たい風を感じながら赤松は息を吐く
「…間違いない…周波数…脳波…過去の記憶…これは「女神ノ"力"…か?」
水平線を眺めながら呟く赤松の言葉は、背後からの少女の言葉によって遮られる
赤松が振り返ると、そこには先程まで手術台で寝ていた少女、戦艦レ級が全裸の状態で、頭から大きく黒い布一枚を羽織って立っていた
「…君はいつの記憶を見たんだい?」
「…サマール島の時のダネ…私がいくなッタアトに、基地が佐世保の攻撃を受けタ時の記憶ダッタよ」
レ級も赤松の隣に立つ
「…慎太郎に言われるマデハ…よく昔の夢を見るナッテ思ってタケド…女神…ネ」
「…行方不明の霞と同じくらい…僕には必要な力だよ…早く手に入れなきゃね…」
赤松が優しく微笑むと、レ級は彼の顔をじっと見る
「…前から気にナッテタ…女神の力女神の力と慎太郎は言うケド…なんなんだ?…その"力"というのハ…」
ああ、と赤松は手すりを握る
「…今から十数年前…海軍でこんな噂が広がった…」
赤松は懐かしむように、空に浮かぶ遠くの星を見つめながら、レ級に話し始める
闇夜の広がる漆黒の海上、その海に浮かぶは大型戦艦"明星"…
赤松達の乗るその船は、西へと進む
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
某日 下総海軍工廠基地
艦娘寮の一室
「…んー…ちがうかもです…」
「んぇあー?…まじ?」
駆逐艦高波はベッドに腰掛け、机で作画作業をする駆逐艦秋雲に、納得いかない表情でそう溢す
秋雲はペンで頭をぽりぽりと掻きながら
「…百合で、って言われたから描いたのにさ~…で?高波様としてはあとどんな要望がほしいのよ…」
「…んー…と…あ!嘔吐!相手の女の子の顔にかけちゃってるやつがいいかもです!」
「…お、嘔吐って…あのさ…高波っちってそんなハード趣味だったっけ…?」
秋雲は退きながら、顔をひきつらせながら高波に問うが、高波はどこ吹く風…
「…あ、あとおしっことか…あ、あとうん「わかった!あたしにゃ無理だわごめんよ高波様!」
秋雲の対応に、むー、とむくれる高波
「…突然長波モノの同人誌描いてくれーって言われたから液タブ引っ張り出したっつーのに…リクエスト聞いたらうんこだのゲロだのって…あのね…一応あたし達乙女なんだからさ…もうちょっとソフトなやつにしようぜ?」
秋雲がそうぼやくと、高波は枕をぎゅっ、と強く抱き締める
「…秋雲ちゃん…高波は夢で長波姉様に会ったんです…長波姉様と…楽しくお食事したり…一緒に寝たり…二人でゲスカビアン読んだり「はい嘘!最後のやつは絶対嘘だから!」
更にむくれる高波を横目に、秋雲は液晶タブレットにさらさらと絵を描く
「…次は人魚姫かなー…うん、これ来るわ…あ、えぇと…長波ってあれでしょ?…あたしがここに来る前に行方不明になったって人…結局見つからなかったんでしょ?」
「…はい…でも。きっと長波姉様はどこかで元気でいるはずです…あの長波姉様ですから…」
高波はそう言って、にこりと笑う
しかし秋雲は…
「(…そんないい笑顔でゲロスカとか言うんだもんなぁ……くわばらくわばら…これからは高波っちのリクエスト受けるのやめよう…)」
秋雲は再び液晶タブレットと向き合う
はい
いかがでしたでしょうか
タイトルは松本元中佐のオカ…お店のお名前でした
山田の力の事に気づき始めてしまった赤松さん…
そして遂に明かされる田中の過去…
次回から播磨鎮守府編の長編予定となります
次回もどうぞよろしくお願いします