毎日暑いですね
皆さんも熱中症とか気をつけ…
え?…あ、そういうのはいいから読ませろ…ですか?
これは失礼しました…
播磨編8話目、どうぞ
提督である彼は私を見てくれはしませんでした
それは私が戦えない艦娘だから…
いえ…こんな私は艦娘ですらありません
『やぁ、今日も来たね』
私の居場所はいつもここ…
鎮守府の整備士としている彼と話すのが一番好きな時間
彼と会話をすることで、私という存在が今ここにいて良いものと感じることができました
『ほら、よかったらこれ飲みなよ』
彼は決まっていつも缶コーヒーを私にくれました
『辛い時や悲しい時はいつでも工廠においで…僕はいつもここにいるから』
私の灰色が渦巻いた心を、彼のあたたかい言葉と優しさがいつも包んでくれる
私が彼に惹かれるにはそう時間は掛からなかった
私と彼が関係を持つには心の距離はそう遠くなかった
そして私は彼の子を身ごもりました
彼は喜んでくれた
共に暮らそうと言ってくれた
『必ず君を幸せにするよ…これはその為の最初の第一歩だよ』
けれども
提督は…海軍は私達を許してはくれませんでした
"私"は彼等の"モノ"
例えケッコンをしていなくとも"私"は海軍の…提督の"モノ"…
自由など…
最初から…
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
1900
播磨鎮守府 執務室
執務椅子に座り、窓の外に見える瀬戸内海をぼうっとしながら見つめる坂本
景色を楽しんでいるわけではない
空はもう暗く、黒く広い湖が広がっているだけだ
「…よろしければどうぞ。坂本少佐」
そう声を掛け、赤城が執務机の上にお茶を置く
坂本はゆっくり振り返ってにこりと笑う
「…ありがとうございます。赤城さん…頂きます」
しかしどう見てもその笑顔は作り物のそれだった
「…私達を…解体されるおつもりですか?」
少し震えた声で問う赤城
「…いいえ…僕はそのつもりはありません…きっと田中少佐も同じ気持ちのはずです」
「…そう、ですか…」
安堵したかのように肩の力が抜ける赤城
坂本は赤城が持ってきてくれたお茶を一口飲む
「…ふぅ…赤城さん…貴女は…いえ、貴女方はこの状況をご存知だったんですか?」
坂本の問いに赤城は口をきゅっと閉じて思案する
「…詳細を知っているのは私だけです…ですが皆薄々は気が付いているかと…」
赤城の返答を聞いて坂本はもう一口お茶を飲む
「…戦力が欲しければ解体しろ、ですか…東海支部…いえ、吉津根中将もなにを考えているのか…」
「…坂本少佐は…あまりお気にされていないように見えますが…」
珍しく心配そうな表情の赤城が坂本に問うと、坂本はあはは、と乾いた笑いで返す
「…正直、かなり効きましたよ…想い描いていた未来を打ち砕かれたような気分です…ですが、泣く前にこの先どうするかを考えなくては、と思いましてね…」
「…そうですか…」
赤城は決してもう1人の佐官の事を問いただす事はしない
そのもう1人の佐官は数時間前、吉津根との通話の後に私室に閉じ籠ってしまった
きっとベッドで枕を濡らしていることだろう
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同時刻 田中、坂本の私室前廊下
鍵の掛かった私室の扉の右側に朧が膝を抱えて床に座っている
「…少佐のご様子はどうでしょうか…?」
そこに宗谷がやってきて朧に問うも、朧は首を横にふる
「…お昼からずっと閉じ籠りっきり…一体どうしたのかな…」
「…ふむ」
口元に手を当てて考える宗谷
「…宗谷は…どうかしたの?」
「…え?…ああ…明日のバリケードの撤去作業の件でご相談があったんですが…」
そう言って宗谷は閉じられた私室の扉を見つめ
「…会えそうもありませんね…また改めます…」
歩いてきた方角へ肩を落としてとぼとぼと戻っていってしまった
「…はぁ」
宗谷がいなくなると、朧は再び両膝を抱えてため息をはく
田中には確かに何かあった
しかしその何かを朧は知らない。
教えてもらってはいない
それもそうだ。
まだ出会って数日…田中とはまだなんでも話せる仲ではない
現に朧も、以前いた鎮守府の事を田中には詳しく話してはいない
「…でも…」
それでも田中の力になりたい、と…
朧は彼に対してある1つの感情を抱いている
それを彼女はなんと呼ぶ感情かはまだ理解していない
「…はぁ…」
朧は…いや、朧も田中を想い、悩んでいた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2100
「…では、私も自分の部屋へ戻りますね」
執務室
扉の前で坂本に一礼をする赤城
なんだかんだ言いながらも礼儀正しく振る舞うところを見ると、赤城の真面目さを実感する坂本
「…ええ。お疲れ様でした…お休みなさい」
坂本は優しくそう返す
吉津根からの連絡でショックを受けていないわけではない
だがここで田中と同じ様に引きこもってしまっては、きっと播磨の…少なくとも自分達の事を気に掛けてくれる少女達へのある種の裏切り行為になってしまうかもしれないと文字通り、心の痩せ我慢をしているのだ
赤城が執務室から出ていき、扉が閉まると坂本は大きくため息し、執務椅子に背を預ける
「…はぁ…どうすればいいのかな…」
坂本は右手中指で自身の眉間をつつく
そんなとき、突然執務室の扉が開かれた
「坂本少佐!僕が来たぞ!さあ来たぞ!」
ノックもせずに元気一杯に執務室に入ってきたのはやっぱりの初月だった
「………こんばんは、初月さん」
顔を上げた坂本は苦笑いで応答
いつもの様子と違う坂本を前に、初月は執務机の向こうで腕を組んで一度彼を睨むも、すぐにぱっと表情を嬉しそうに変える
「…なんだ。何かあったのか?いつもと雰囲気が違うな…ああ、そうか…お前も僕に会いたくて仕方がなかったということだな!?なるほどなるほどそれは仕方ないな、うん。そこまで言われれば僕も仕方ないからお前の相手をしてやろうじゃないか。なに、少しばかり僕と一夜を共にしてくれ。それを一ヶ月で良い。それでとりあえずは十分だ。ああ、別に何をするわけじゃないさ…まぁ、ナニはするんだがな!」
「…はは」
平常運転の初月に、心ここにあらずの坂本は乾いた笑いを返す
すると初月もはぁ、とため息
「…今の話、2割は冗談だが…本当に何があったんだ?少佐」
「…いえ…特段なに「嘘をつけ、馬鹿か」
くい込みに言葉を被せた初月は坂本に背を向け、執務机の上に腰かける
「…まぁ、どうせ教えてくれはしないとはわかっているさ…だがこれだけは覚えておけ…少なくとも僕は"お前"の味方のつもりだ。何かあればいつでもなんでも話してくれ…身体に直接話しても良い」
照れているのか、坂本に背を向けたままそう語る初月
「…初月さん…」
「…それと、これをやる」
そう言って取り出したのは1つの掌サイズ大の四角いケース
「…これは……」
ケースの蓋を開くと、細く丸い縁の眼鏡がしまわれていた
「…霜月……僕が以前いた基地で一緒にいた妹のものだよ坂本少佐にやろう」
「…え、いや…頂けませんよ…妹さんの…というよりなんで初月さんがこれを?」
坂本が問うと、初月は遠くを見つめるように、かつての過去を振り返るように目を細める
「…ある作戦で沈んだんだ…いい妹だった…いつも僕の後を付いてきててね…姉さん姉さんってね…」
「…初月さん…」
大切な妹の遺品
初月はその妹と仲がよかったのだろうか…
そんな大切なものをもらうわけにはいかない…
坂本はケースの蓋を閉め、初月に返そうとするが…
「…と、いうのは嘘だ」
「…はぇ?」
堂々と嘘をついた初月は執務机から離れて立ち上がる
坂本は目を丸くして間抜けな声を発してしまう
「…いやなに、糞生意気な妹だったよ。僕の事をメンヘラクソビッチ等と言ってきたからな…姉としての威厳を見せしめるために眼鏡を奪って、提督のシェービングクリームを眼に吹きかけて困らせてやった。ザマーミロだ」
「…そうですか…」
得意気に話す初月を見て、「いい表情するなぁ」等と感じながら再び眼鏡ケースを開ける坂本
「…着任初日の夜に眼鏡を壊されたと聞いた…播磨の者として謝るよ…済まなかった…その眼鏡は…その…なんだ。詫び賃みたいなものだと思ってほしい…どうせ僕が持っていても何の役にも立たないからな」
照れのせいか、最後の方は声が小さくなる初月
そんな彼女の可愛らしさを感じるところを見てにこりと笑う
「…ありがとうございます。初月さん…大切に使わせてもらいますね」
着任初日に破壊された坂本の眼鏡
元々乱視だった坂本に裸眼でのここ数日は、視覚的になかなかに厳しいものがあった
遺品でないとわかった坂本は眼鏡ケースから丸眼鏡を取り出し、自身に掛ける
「…おお…これは……」
ようやくクリアになった世界
ぼやけていた初月の顔もしっかりと見える
「…初月さん…美人さん…だったんですね…」
「!!!」
坂本から唐突に言われた美人という言葉
初月は顔を赤くして目を大きく広げると、両手をわたわたとさせる
「…は…や…そ…な、に…ナニを言っているんだお前は!そんなあま、あまあまあま甘い言葉で僕が…ぼっ…僕の身体を好きにできるのならやってみせてく…じゃなかった!当然だ!僕のこの美貌とこのスレンダーながらも美乳で数多の「ところで…何故この眼鏡の度が僕と合うんでしょうか…」…ひゃ?…あ、ああ…」
熱暴走しかけた初月は、坂本の問いに冷静になって1つ咳払い
「…"艦娘"の備品、装飾品とはそういうものらしい…ま、僕は自分が艦娘だなんて思わないけれどもね」
初月の話では、艦娘の掛ける眼鏡は掛けたその人に合わせた度数に調整されるとのこと
初月の妹の眼鏡を掛けた坂本は唸る
「(…人間の技術ではとてもじゃないけれど不可能では…?…ああ、妖精さんの力、ということなのかな…あ…そういえば…)」
「…そういえば播磨ではまだ妖精さんを見ていませんね…」
ぼそりと呟いた坂本の言葉に頭を傾げる初月
「…?…いるわけないだろう…ここには艤装を出せる艦娘がいないんだ。それを調整する妖精さんがいるわけがない」
「…そういうものなんですか…?」
「…そういうものだろう?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2200
田中の引きこもる私室
部屋の電気を消し、カーテンを締め切りにしてベッドに仰向けになり天井をぼうっと見つめる青年がひとり
「…艦娘を解体すれば新たな艦娘が補充される…」
田中は目を瞑る
「…艦娘を解体しなければ補充はナシでこのまま…」
仰向けのまま右腕を瞼の上に置き、悩む
「…意味わかんねぇよ…なんだそれ…嫌がらせかよ……どうする…どうすりゃあいい…」
様々な考えが田中の頭の中を駆け巡る
朧達を解体なんてするわけがない
解体する理由がない…いや、上官への暴力は罰するべきだろうが解体なんてやりすぎだろう
坂本はどう考えているのか…
戦うための新たな戦力もなければ播磨に着任した意味が…そもそも海軍に入った意味がない
「…そうか…鈴木先生に聞けば良いんだ…!」
"わからないことを質問する"
そのための師でもある、と田中は1人納得し、壁に掛けられた時計をちらりと視線を向ける
「…あー……明日、連絡するか…そうだな…そうしよう……今日はもう……」
『(疲れた…)』
鈴木中将に意見を仰ぐ
自分達鈴木塾の尊敬する師ならきっと良い案を出してもらえる
少しでも安堵すると緊張が解され、瞼が重くなっていく
田中は再び目を瞑り、夢の世界へと誘われていく
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
日本国軍海軍東海支部
鈴木中将の執務室
「くそったれが!!」
がちゃん、と荒々しく黒電話の受話器を投げ捨てるは東海支部中将、鈴木だった
秘書艦、若葉が鈴木を宥める
「…落ち着くんだ。提督」
「…はぁ、はぁ…落ち着いていられるか…!何故播磨と連絡が繋がらない…!俺が出ている間に何が起きたっつんだ!」
息を切らしながら執務椅子にどかりと座る鈴木
「…吉津根の野郎も夕方からどっか行っちまったし…あいつら…しっかりやれてんのか…」
「…提督。播磨鎮守府とはどういう所なんだ?」
若葉の問いに、落ち着かせるようにお茶を飲む鈴木
「…いや、実のところ俺もよくはわからん…元々山陽支部の管理基地だからな…ただの辺境の海軍基地だとは思うが…」
ふむ、と若葉は顎に手を当ててなにかを考える
「…山陽支部の基地と吉津根中将は…どういった経緯で繋がっているんだろう…」
「…確かに…吉津根の野郎…命令は"上"からとか抜かしてやがったな…誰だ…誰の命令だ…?」
「…少し調べた方が良さそうだな…提督。私に少し時間をもらえないか?…色々と調べてみようと思う」
若葉の提案に鈴木は渋い顔をする
相手はあの吉津根…
若葉が嗅ぎ回っていることに気づかれれば彼女の命も危うくなるかもしれない
吉津根とはそういう男だ、と鈴木は唸る
「…いや、それは俺の方で動いてみよう…この件に関しては…お前はまだなにもしなくていい」
鈴木がそう返すと、若葉はふ、と笑う
若葉は鈴木と付き合いが長い
故に彼の若葉への口の悪さはある種の信頼の表れだとも理解している
口には出さないが若葉の事を心配しているのがわかった
「…ああ、わかったよ。提督」
若葉が返事をすると、ちょうどそのタイミングで執務室の扉がノックされる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
「…さて、じゃあやりましょうか」
翌日
播磨鎮守府正門裏
0600
細い丸縁の眼鏡を掛けた坂本が、少女達に作業開始を伝える
「…田中少佐はお休みですか?」
一歩前へ出て坂本へ問うは、首元までしっかりチャックの閉められたジャージを着た宗谷だった
「…ええ。田中少佐は…風邪をひいてしまったようでして…」
「……はぁ…風邪…ですか…」
眉をひそめた宗谷はそう返すと、しょぼんとしながら扶桑達の元へ戻る
「…いない人の事を考えても仕方ありませんから…さ、私達でやりましょう」
三隈はつん、とした態度で皆にそう言うと、各々バリケード撤去作業を開始する
「…」
坂本は心配そうに基地本館、田中のいるであろう私室の窓を見つめる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同時刻
執務室
窓から差し込む朝日を受けながら力なく執務椅子に座り込むは田中だった
だらりと床に伸びた手には黒電話の受話器が握られている
「…くそ…くそっ…!なんで繋がらねぇんだよ…!!」
朝4時に起きてからすぐに東海支部に連絡をしようとした田中
しかし既に吉津根の手回しがされた後…
田中の手に持たれた受話器、その本体は東海支部はおろか、他の支部にも連絡が出来ない"受信専用黒電話"となってしまったのだ
がちゃん、と受話器を戻す田中は涙目になって窓の外へ視線を向ける
「…マジで……見捨てられたんかな…俺ら…」
がくりと項垂れる田中
どうするか…
このまま坂本と播磨鎮守府の"管理人"になるか、不当解体上等で艦娘達を解体するか…
「…はぁ…」
田中はため息を吐いてゆっくりと執務椅子から立ち上がり、ふらふらとどこかへと歩きだした
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
播磨鎮守府正門裏 0900
「…では今日の作業、これまでにしましょうか」
坂本がそう言うと、赤城達は手を止める
結果で言えば初日よりも進みは悪かった
昨日、一番張り切っていた宗谷は心ここにあらずといった風に作業し、扶桑は腰の痛みでリタイア
朧や三隈、そして鈴谷と明らかに昨日よりも作業の動きが鈍い
「…少佐」
そんな中赤城が心配そうに坂本の名を呼ぶ
「…あはは…田中少佐のようにはいかないものですね…すみません」
なんだかんだで影響力も指揮能力もある田中
今日の作業も、坂本は彼に倣って色々と指示をしたが、思ったようには皆を動かすことができなかった
「…いいえ。私は坂本少佐の指示の出し方…とても良いと思いますよ。それに撤去作業も急ぐことではないので…慌てないでください」
赤城はそう言って優しく微笑む
「……ありがとう、ございます」
こんな優しい顔をするんだな、と坂本は彼女の微笑みを見て思ってしまったが、言わぬが花
後で田中に話してやろう、と考えを改める
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
播磨鎮守府 本館 音楽室
0920
これからどうすればいいか
そんなことを考えているうちに無意識にやってきたのは、昨日存在を知った音楽室だった
ダンボールが積まれた部屋の中、埃の被った棚に置いてあるものを見て、それらに触れる
「…なんだよ…このメトロノームまだ動くのな…」
古びたアナログのメトロノームの針に指を触れ、動かす
静かな音楽室にはメトロノームの規則正しいテンポが流れる
かち…かち…かち…かち…
士官学校に入る前
当時中学に入りたてだった田中少年はしばらく所謂帰宅部だった
運動ができなかった訳じゃないが、動くのが嫌だという理由で運動部には入らなかった
絵心がないので美術部にも入らなかったし、調理部なんて全く興味がない
吹奏楽部も元々は存在すら知らなかったが、当時仲の良かった友人に誘われたのが切っ掛けだった
部員達とも馴染め、皆と協力して地区大会、県大会まで出場したこともある
田中少年にとっては中学時代の約3年間は部活をやりに通っていたようなものだった
「…お陰で進学のための勉強は全くやらなかったからな…県内の工業高校か、海軍になるための士官学校くらいしかなかったからな…」
「…工兵学校はくそ遠かったし…」
メトロノームの音を聴きながら少年時代を思い出す
田中は部屋の片隅に毛布にくるまれた何かに気づく
「…なんだ?ありゃ…」
3人用のソファーサイズの毛布に包まれた何かに近づく田中
毛布を掴み、ゆっくりとめくりあげる
「…こんなもんあったのか…」
床の一部に並べられていたのは、ドラムだった
大小サイズが違うドラム、その数7つ
「…」
田中はそのドラム達を知っている
吹奏楽ではほとんど使うことのないもの
オーケストラではほぼ絶対使わないもの
「…マーチングドラム」
かつて…
日本国軍海軍に名を変える前、陸上自衛隊、航空自衛隊、そして海上自衛隊時代には音楽隊というものがあった
この楽器達は主にその音楽隊でリズム隊として使われていたものだった
「…」
田中はその中から1つ、マーチングスネアドラムを拾い上げ、ダンボールの上に乗せるとその表面、ヘッド部分を指でとんとん、と叩く
「…かなりヘッドが伸びてんな…全然使ってないのか…そりゃそうだよな」
次に田中は埃だらけの棚を物色
「…んー………あ、あったあった」
見つけたのは二本のスティック
片方は先端にヒビが入っている
田中はスティックを持ち、ダンボールの上に置かれたスネアドラムの前に立つ
「…まだ…叩けっかな…」
何年ぶりか…
心をまぎらわせる為に田中はスティックを振り下ろす
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…よいっしょ」
本日のバリケード撤去作業で再び出てきた子供1人分サイズの楽器ケースを高雄と運んできた朧
「…う…重い…」
「あともうちょっとよ。朧ちゃん」
2人はようやく階段を上がりきると、ケースを床に置いて小休憩
ふぅ、と朧が息を吐いていると、音楽室の方から聴いたことのない音が聞こえてきた
「…?」
「…誰かいるのかしら…」
高雄と朧は運んできたケースを通路の端に寄せ、音楽室の方へと向かう
「…この音…なんなんでしょうか…」
「…わからない…聴いたことない音ね…」
音楽室の扉の方まで更に近づくと、そのリズミカルな音がどんどん大きくなってくる
まるで機関銃のように高速で聞こえたかと思ったら、ライフルの発砲音の様に甲高い音も聞こえる
朧はゆっくりと音楽室の扉を開ける
そしてそっと扉の隙間から中を覗くと、部屋の隅でこちらに背を向けて誰かが立っている
「………田中少佐?」
「…あら…本当ね…田中少佐!」
田中の姿を確認して、高雄が声をかける
しかし例の謎の高い破裂音のせいか、田中は高雄の呼び掛けに気づいていないようだ
「…聞こえないのかしら…」
「…」
ずずい、と朧は音楽室の中へと入り、田中の方へと近づくと彼の背に立つ
「…田中少佐っ!!」
「うっおっぁああっ!!?」
至近距離の朧の声かけに、田中はびくんと跳び跳ねる
「…お、おお、朧か!…うぅわっ…っくりしたぁあ…」
「…あはは…ごめんなさい…っていうか風邪は大丈夫なんですか!?」
「…んぁ?…風邪…?」
朧の問いに田中が頭を傾げると、高雄が続ける
「…坂本少佐から田中少佐が風邪をひかれた、と…」
「いや…風邪はひいてねぇけ…」
そこで田中ははっとする
確かに今朝坂本には、鈴木中将と連絡するからバリケード撤去作業には参加できない、と伝えた
そのことを坂本が上手く話してくれたのだろう、と
「…あ、ああ…そういや風邪ぎみだ…と思ってたんだけどさ…もう、大丈夫…です」
だんだんと小さくなっていく田中の声
高雄は田中の背後に見える太鼓を見て苦笑いしながら
「…あはは…その様ですね」
「…田中少佐。それ何ですか?」
朧が太鼓を指差し田中へ問う
埃の被った毛布に包まれた楽器達
朧や高雄もその存在を知らなかったのだろう
ああ、と田中は頷く
「…こりゃあマーチングドラム…鼓笛隊や音楽隊で使われる楽器の1つさ」
「…こてきたい?…」
「音楽隊…って、軍楽隊のこと…ですよね?」
「ああ」
田中はスティックを朧へ差し出す
「…百聞は一見にってやつだ…どうだ、実際叩いてみないか?」
「…え、でもあたしやり方わかりません…」
「ちゃんと教えるさ」
朧は高雄をちらりと見る
高雄も優しく微笑み、頷く
「…じゃ、じゃあ…ちょっとだけ…」
そう言って田中からスティックを受けとる朧は、スネアドラムの前に立つ
「…オーケー…まず持ち方だけど…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
それから数十分
田中のレクチャーの元、朧と高雄は2人で1つのスネアドラムを叩く
「…そうそう。なんだ…朧スジがいいな」
「…え、ほ、本当ですか!?」
「…高雄は……うん…頑張ってるな…」
「…う…素直に下手と言われた方がまだ良いです…」
まだ単発のものとはいえ、スティックの持ち方、叩き方がなんとなくわかってきた朧に対して、高雄はどうもパーカッションのセンスが無いようだ
「…よっし…んじゃあ簡単な譜面だけどアンサンブルしてみるか」
「…スクランブル?」
朧の返しにずるりと滑る田中
「…空対空ミサイルかよ…スクランブルじゃなくてアンサンブル。3人で曲を合わせんだよ」
そう言って田中は毛布にくるまれていたもう一台のドラムを出す
スネアドラムよりも2倍近い大きさの大太鼓だった
「…おっきいです!」
「…ええ。本当に」
「こいつはベースドラム…バスドラムとも言うな…じゃ、二人はさっき教えた"三三七拍子"をやってくれ。俺はベースの音を刻むから」
「はい」
「わかりました」
音楽室の隅
田中がバスドラムの打面を上に向くように床に寝かせ、その前にはダンボールの上にスネアドラムが一台
奏者は朧と高雄だ
田中が先に三三七拍子をベースドラムで叩く
「…テン…いや…曲の速さはこれくらいだ。オーケー?」
田中の質問に、スティックを両手に持った朧と高雄は緊張しながら頷く
「…いってみよう。…ワン、ツー、ワン、ツー、スリー、フォー…」
応援等で使われることの多い三三七拍子
単発なこの譜面だけなら曲、とはまず呼ぶことはないだろう
しかし今この単調なリズムに田中がベースドラムでエイトビートをミックスさせる
するとあら不思議
辿々しさ残るものの、立派な1つの曲へと進化してしまった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…す、すごい…」
「…」
時間でいえば30秒と少しだろう
だが朧と高雄は確かに曲を演奏した
産まれて初めてスティックを持ち、産まれて初めて楽器を叩いた
普段使わない筋肉を使ったせいか、朧も高雄も少しだけ息を切らして顔が赤い
「…グレートだぜ。これがアンサンブルだ」
「…た、楽しい!楽しかったです!田中少佐!」
スティックを両手に持ったまま目をキラキラと輝かせる朧にたじろぐ田中
「お?…お、おお…そっか…」
「…本当ですね。こんな…何て言えば良いのでしょう…不思議な感覚…ですね…」
高雄もリアクションこそ薄いが、言葉にできない程の衝撃を受けたようだ
心なしかスティックを持つ手が震えている
「…ははは…楽しんでもらえてなによ…り……」
ぴん、と田中はなにかが閃いた
まさに天啓
「悪い!ちょっと離れる!…あとここっ…片付けておいてくれ!」
「…えっ?…あっ…は…」
田中は早口でそう言うと、足早に音楽室から出ていってしまった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
播磨鎮守府 執務室
1030
「坂本!閃いたんだ!」
ノックすること無く勢いよく執務室に入ってきた田中
執務机の向こうで資料を見ていた坂本は目を丸くさせ驚き、ソファーに座る赤城と鈴谷は肩をびくりと跳ねさせる
「…あ、ええ…お疲れ様です田中少佐…ええと…鈴木先…鈴木中将と連絡が繋がったんですか?」
「…いや…繋がらなかった…けどそれよりも聞いてほしいんだ!いいこと思い付いたんだ!」
興奮気味の田中のお茶を用意する鈴谷
赤城と坂本は不思議そうに田中を見ている
「…いいこと…ですか?」
「…ああ…ナイスでグッドなアイデアだ!聞いて驚けよ!」
だん、とソファーの前の机に田中は片足を乗せる
「音楽隊を作ろう!…播磨で!」
田中のこの言葉は宇宙の法則をみだした
これまで田中の言動や行動にほぼ全て協力的だった坂本の眼鏡が背後の窓の光により真っ白に反射され、ソファーに座っていたあの赤城が口を半開きにして言葉を失い、鈴谷は何のリアクションを起こすこと無くお茶の準備を続けている
「……ええ…と……うーん…ど、どういうことですか…?」
正しい返答がわからず、坂本は自分のこめかみに手を当て唸る
「…あれ?…いや、だから…音楽隊を作ろう!播磨で!」
「…や、待ってくださいね…そんな…グランドラインへ行こうみたいなノリで言われても…」
焦る坂本と対称的に赤城が田中を睨む
「…可哀想に…田中少佐はどこかで頭でも打たれたんでしょうか…そのまま永遠に眠って頂いて構いませんよ?」
「…お前やっぱあれか?…俺に嫌味言わないと死ぬ呪いにでもかかってんかよ…」
どさり、と田中は赤城の向かいのソファーに座る
「…別に考えなしに言った訳じゃねぇさ…ある意味ここの…播磨のみんなの為になるかもって考えたんだよ」
田中の真剣な表情に坂本は「ほぉ」と相づちを打つ
田中はお茶を淹れてくれた鈴谷をちらりと見て
「…あー…鈴谷…悪いけど少しだけ外してもらえないか?」
いつもの田中の言い方と違う、少しだけ優しい物言いで鈴谷に頭を下げる
「…ぁ…は、はい…」
一礼すると鈴谷は執務室から出ていく
「…赤城もあれだ…席を「田中少佐。赤城さんはもう既に色々と知っています」…あ、そう…」
首をこきこきと鳴らす田中は1つ息を吐き
「………まぁ、ぶっちゃけさ。海軍として播磨鎮守府はこれまで戦果を挙げてないわけじゃん…だからっつって艤装を出せない奴らに無理矢理戦えっつったってそりゃ無理な話な訳だ」
「…そうですね」
坂本が頷く
「多分吉津根中将は戦果を挙げられない…地味で名前も覚えてもらえないそんな播磨を解体しようとしてんじゃねぇかって思ってな」
「…じ、地味…」
田中の言葉を聞いた赤城は眉間にしわを寄せる
「ああ、このままじゃ俺らが決断しなくてもマジで皆が解体される可能性あり…だったらだぜ?播磨で音楽隊を編成して存在感を出せば良いんじゃねぇかってな!」
田中のテンションに対して坂本は渋い顔をする
「…戦果と音楽隊になんの関係が「まぁ待て相棒。今日本国軍海軍に軍楽隊はいくつある?」
うん?と坂本は頭を傾げる
「…いえ…僕にはわかりません…気にしたこと無いので「俺が知ってるだけで3つだ」…は、はぁ…」
食い気味の田中に間抜けな返事を返す坂本
「横須賀、舞鶴、筑後の3つ…いや、3つしかねぇんだ。でもその3つの鎮守府の音楽隊は支部の式典もそうだし、皇族の式典にも人前で演奏してる。それだけ由緒ある、誇りある行いなわけだよ」
田中の話を聞いていた赤城がきっ、と睨む
「…何が仰りたいんですか、田中少佐」
赤城の迫に一瞬喉を鳴らす田中
ふぅ、と自分で自分に気合いをいれる
「戦うだけが艦娘じゃない。たとえ戦えなくてもこれだけのことが出来るぞ、って証明出来る」
「…」
坂本はふむ、と顎に手を当てて思案する
「…朧と高雄から聞いたよ…ここの奴らは毎日鎮守府内でぶらぶらして、だらだらして食って寝ての毎日だって」
「…そう…ですね」
田中の言うことは間違いではない
痛いところを指摘されて少し辛そうな表情で返す赤城
「音楽活動すれば鎮守府内のコミュニケーションの一環になるし、ストレスも発散される。場合によっちゃあ播磨町の地域イベントにも出れる…お前らいつも物資貰ってんだろ?これは播磨町の地域興しになるし…結果として援助してくれる人達への恩返しにもなる」
「…それに、どんな形にせよ播磨が注目を浴びれば吉津根中将も解体しずらくなるんじゃねぇかな?…坂本はどうか知らねぇけど、少なくとも俺はお前ら播磨の艦娘を解体するつもりなんて鼻くそ程もねぇよ」
「…失礼ですね。僕も皆さんを解体するつもりは毛ほどもありませんよ」
眼鏡を指でくいっと持ち上げてそう返す坂本
赤城は渋い顔をして顔を俯かせる
「…しかし…わざわざ海軍の広告の為になるようなことするなんて…「いや?これは海軍鎮守府内の活動ではあるが…別に全海軍の為に、なんて気はさらさらないぜ」
田中がそう言って首を横に降ると、赤城は田中の顔を見る
「…」
「………だって単純にムカつくじゃんかよ…解体しろだの戦力やらねぇだの言われてさ…ならテメェらでなんとかしてやるよっつー………反抗心?」
「…対抗心では?」
「対抗心!そう、それだよ!」
ひとしきり喋ると、田中はソファーの背もたれに寄りかかる
「…って感じなんだけどさ…どうだ?お二人さん……正直…まぁ、あれよ…俺も何かやってないと悔しさともどかしさで頭おかしくなりそうでさ…馬鹿なこと言ってるのはわかってんだけど…」
自嘲気味に笑う田中を見て、赤城は表情を歪ませる
「…そんな…上手くなんていきませんよ…」
赤城がそう言うと、田中は背もたれに寄りかかったまま天井を見上げ、ポケットからタバコの箱を取り出して一本口に咥える
「…ああ。上手くいかないかもな…けど、やってみなきゃわかんねぇよ」
赤城は両膝に乗せられた拳を握る
「…馬鹿馬鹿しい、と皆に笑われます」
口にタバコを咥えた田中はライターを取り出す
「…誰かに笑われるなんて、前例のないことをやる時はよくあることだろ」
「…ええ。貴方は本当に馬鹿です…そんなことをせずに…私たちの解体を選べば楽なものを…」
赤城にそう言われ、田中は手にしたライターをカチカチと空打ちする
「…一人…約束しちまったんだ…皆で楽しいことやろう、ってな…だからこれもその為の第一歩さ」
田中の言葉を聞いて、赤城はかつて共に過ごした誰かの面影を田中に感じる
「…第…一歩……」
「…っつー訳よ…どうだ?坂本さんよ」
「僕は構いませんよ…と、いうよりもそこまで考えられているなら全然賛「っつかなんだよそれ!お前いつの間に眼鏡買ったんだよ!?」
坂本は言葉を失う
"朝から掛けてましたが…いや、むしろ朝顔を会わせて会話しましたよね?"
と、喉まででかかった言葉を飲み込む
「…ええ。まぁ………いろいろあって頂きました」
「…へぇ…」
坂本の眼鏡にあまり興味の無さそうな田中はぽりぽりと手の甲を掻く
坂本、咳払い
「…とにかく。音楽隊をやるにしても、まずはやるべきことがありますから…そちらを先に済ましましょう」
「…ああ。バリケードだよな…今朝は手伝えずに悪かったな…また明日からやらせて貰うよ」
ソファーに座ったまま、坂本に向けて頭を下げる田中
「では音楽隊の話は明日集まった皆さんにしますか?」
坂本の問いに田中は首を横に振る
「…いや、これは播磨の全員に伝えようと思う」
田中がそう答えると、赤城は目の前の机を静かに叩く
「田中少佐…初日にやられたことを忘れたんですか?…播磨で音楽隊やりましょうだなんて言った際には金剛さん達になにをされるかわかりませんよ?」
「いや……まぁそうなったらそうなっただな。でも、あれだよ…なんの説明もなしにいきなり騒音騒ぎとかになるのも嫌だろ」
「…ですが無理にやらせれば必ず反発が「無理矢理はやらせねぇさ…バリケードの時と同じ。やりたい奴には参加してもらって、やりたくない奴は…まぁ参加しないで見てれば良いってな」
田中の発言に坂本も困り顔で笑う
「その考え方…まるで鈴木先生みたいですね」
「ああ、真似してるからな」
ふぅ、と赤城はため息を吐いてソファーから立ち上がると、さりげなく胴着を直しながら田中の方を向く
「…それで…いつ皆にお話されるつもりですか?」
「…うん?…そりゃあ…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『…ッポーン♪』
播磨鎮守府内に館内放送の音が流れる
音楽室では高雄と朧が使ったドラムに毛布を巻いている
「…館内…放送?」
「…珍しいですね」
『…おはようございます。赤城です』
艦娘寮の一室、ベッドに横たわりぼうっとしていた金剛も、赤城の放送で眼を広げる
「…赤城…さん…?」
『総員、本日昼食後1300に基地ホールにて集合願います』
ドックにも赤城の放送が流れる
いつものクレーンの先端に座る漣、山雲、親潮も驚いている
「…え…なんだろう…」
「…ふんっ…あのウザったい海兵達が播磨から離れることになったんじゃないの?」
「え~?…違うと思うけどなぁ~」
『…職員の方々も集合願います。繰り返します』
『総員、本日昼食後1300に基地ホールにて集合願います。職員の方々も願います。…以上』
はい
お疲れ様でした
田中少佐達は音楽隊を無事設立することができるのでしょうか…
次回更新をご期待ください
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