大本営の資料室   作:114

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はい

熱中症、仕事が激務と色々あって更新が遅れたわけですね。すいませんでした…


お詫びにいつもより少し長めのお話となっています


播磨編9話目、どうぞ




File84.少女達のプレリュード⑨

 

『お前に正義を感じられねぇ』

 

 

突然提督に言われちゃったんだよね

 

 

え、いきなりなんだしって思うかもしれないけどさ…

 

うん、私艦娘として生まれたのに、艤装出せなかったから…

 

あー…うん。

 

 

…戦えないのは正義じゃないんだって

 

うん、それが普通だと思ってた

 

 

あの小さな世界ではそれが常識だった

 

 

『これより道徳矯正を行う!歯ァ食いしばれ!』

 

 

私って道徳心が低いんだって…

だから正義の心を持てなくて、艤装も出せないんだって

 

 

『これは正義の行いだ!心の解放だ!』

 

 

 

あ、矯正ってのは正義の心を持った人が私みたいな正義の心を持ってない人への…何て言うのかな…教育…?みたいな…

 

 

『っらぁっ!!…しゃあっ!…おらぁっ!』

 

 

相手に痛みを与えることで正義の心を目覚めさせようってやつなんだって

 

 

いやー…痛かったよ

 

殴られるし蹴られるし…

骨折られたこともあったけど、最後はきちんとお礼を言わなきゃなんだよね

 

 

『…あ、ありが…ほぅ…ごはいあふ!!』

 

 

 

きっといつか私も正義の心に目覚めれるんじゃないかって思ってたらさ…

 

 

『…ねぇ、鈴谷…』

 

『…ん?…どうしたの?』

 

『…ううん…なんでもありませんわ…』

 

 

一緒に教育受けてた私の妹…

 

あ、熊野って言うんだけどさ…

 

 

 

『…鈴谷』

 

 

朝起きたら…

 

……うん。

 

 

 

『…大好きよ』

 

 

 

死んじゃっててさ…

 

それからウチの鎮守府がおかしいって思い始めて…

 

それをていとくに言ったら"お前には正義の心が全く無い"って言われてこんなところに飛ばされちゃったんだよねぇ…

 

 

 

理不尽な暴力の辛さはわかっているつもりだったからさ…無意味な暴力は絶対に奮わない、奮わせないって決めてたはずだったのに…

 

 

 

 

ホント、私最低だなぁ…

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

播磨鎮守府別棟 ホール横控え室

 

 

1255

 

 

「いよっし!!」

 

10畳程の小綺麗な控え室で自分の頬を叩いて気合いをいれるは田中

 

舞台に上がるというのに田中も坂本も青ジャージ姿だった

 

 

「…気合い十分ですね。田中少佐」

 

 

控え室の椅子に座って心配そうに田中を見上げるは坂本

 

田中は坂本の肩をぽんぽんと叩く

 

 

「んな心配そうな顔すんなって…俺らにゃあ赤城先生がいるじゃねぇか!もしもの時は守ってくれるさ!な?赤城!」

 

「…私をなんだと思っているんですか…」

 

 

先生と呼ばれた赤城はため息を吐くと、じろりと田中を睨む

 

「……今回は高雄さんと三隈さん…それに初月さんが舞台前に立ってくれるので誰かが壇上に上がってくる、ということにはなりにくいとは思いますけど…絶対ではありません」

 

 

心配そうに話す赤城を横目に、田中は手をひらひらと振る

 

 

「いや…それでもありがたいぜ…頼りになるSPたちだ…」

 

 

反対に坂本は赤城の言葉に対して頭を傾げる

 

 

「…意外ですね…宗谷さんとかならそういった役は喜んで引き受けそうですが…」

 

 

「…私もそう思いましたが…」

 

 

坂本と赤城は田中の方を見る

 

 

「…ああ、俺から断った。宗谷はあれだよ…多分加減を知らねぇ奴だからこういう仕事やらせたらマジで怪我人出るぜ?…初月は癖あるっぽく見えるけど案外まともだしな」 

 

 

意外と初月の事も見ているんだな、と坂本は頷く

 

 

「そうですね…それと…何故僕たちはジャージを?…こういう場では士官服で「海軍嫌いばっかの奴らの前で士官服なんて着て偉そうに胸張って喋ってみ?石ころ…いや、レンガ投げられるぜ」…ああ、確かにそうかもしれませんね…」

 

 

「…そこまで考えていたとは驚きました…頭空っぽじゃあないんですね」

 

 

「頭空っぽって…失礼極まりねーな赤城先生よぉ……うっし、んじゃそろそろ時間だし…行くぞ」

 

 

 

田中と坂本は控え室の扉から出ると、舞台袖へ続く階段を上がる

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

播磨鎮守府 ホール

 

 

 

1300

 

 

狭めのホール内

 

集まるは播磨鎮守府の艦娘達約20数人と鎮守府の職員達

 

その中には千草の姿もある

 

 

舞台に背を向けて立つ三隈は小さくため息を吐く

 

 

「…やはり全員は揃わないのね…」

 

 

 

三隈が眼を向けたのは否定派の艦娘達のいる方だった

 

 

肯定派は全員、中立派も殆どの艦娘が集まっているが、やはり否定派の艦娘は少ない

 

 

否定派の代表としてなのか、金剛が腕を組んで立ち、その周りには鳥海、様子を見に来た漣と神風の4人だけだった

 

 

三隈の呟きを聞いて、高雄が苦笑い

 

 

「…こうなることは分かっていたから…とにかく、私達はなにがあっても良いようにしましょう?」

 

 

高雄がそう言うとその隣の初月が腕を組んで笑う

 

 

「…ふ…僕がいる限り少佐達には指一本触れさせやしないさ…いや、むしろ僕の方が指一本と言わずに3本でも4本でも入れられて攻められたらどんなに「下品ですよ。初月さん」…げ、下品だと…!?」

 

「…しっ…始まりますよ」

 

 

初月と三隈のやり取りを高雄が切る

 

どうやら主役の登場らしい

 

 

 

 

舞台袖からジャージ姿の田中と坂本

 

そして遅れていつもの制服の赤城が現れる

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

『あーあー、マイクチェック、ワンツースリー…』

 

 

天然なのか狙ったものなのか…

 

ボンボン、と舞台上のマイクを叩く田中

 

ホール内には彼の声が壁に設置されたスピーカー越しに響く

 

 

背後で赤城が小さくため息

 

 

「…田中少佐…チェックは終わってますから…」

 

「あ、そっか…さて…」

 

 

今の田中と赤城のやりとりにホールに並ぶ扶桑や朧はくすりと笑う

 

 

中立派の面々は不思議そうな顔で田中達を見て、金剛達は眼を鋭くさせる

 

 

「(…おかためな挨拶でいくか…それとも軽い感じの挨拶でいくか…)」

 

 

田中はホール内の面々の表情と空気を読む

 

 

「(…この空気でかたっくるしい形式ばった挨拶は逆効果、か…よし)」

 

 

 

『…えーと、初めましての方は初めまして…挨拶が遅れましたが、この度播磨鎮守府に着任しました。田中健二です…それと後ろのは坂本…』

 

田中、背後に立つ坂本の方へ振り返る

 

「…坂本なんだっけ?」

 

「淳です…坂本淳…」

 

 

坂本の返答を聞いた田中はうん、と頷き再び前を向く

 

 

『…後ろのは坂本淳です。どうぞよろしくお願いします』

 

 

そう言って頭を下げる田中

 

 

なんともいえないこの空気

 

それもそうである

 

海軍提督の着任の挨拶とは思えぬ程の適当さ…形式も格式もあったものではない

 

敬礼すらもない

 

 

 

ジャージを着た青年が舞台上のマイクで挨拶をする

 

まるで学生が体育の時間でふざけているようにしか見えなかった

 

 

士官らしからぬ行動に鎮守府の職員達や、中立派の艦娘達もくすくすと笑い始める

 

 

そんな中、金剛の後ろに立つ漣は、肯定派の面々と並ぶ朧の姿を見る

 

田中の挨拶に朧も口に手を当ててくすくすと笑っている

 

 

 

「(…ふん、楽しそうでなによりだね…朧)」

 

 

漣は唇を噛む

 

朧が笑っている姿を見るのはずいぶん久しぶりだった

 

田中達が来る前、漣が冗談を言ったりおちゃらけても朧が笑うことはなかった

 

否、笑ってはいたが、どう見ても苦笑いや作り笑いだった

 

 

故に朧を笑顔をさせた田中の存在が漣にとっては気に入らなかった

 

 

『…で、だ…実は俺らから一つ、皆とやってみたいことがあるんだ…おほん…』

 

 

 

田中の言葉に興味深そうに注目する面々

 

 

 

『…お前ら、俺と音楽やらないか?』

 

 

 

マイク越しの田中の言葉がホール内に響く

 

そして一瞬緊張が走ると、艦娘達はざわざわとしだす

 

 

「…音楽?」

 

「あの人なに言ってるだろう…」

 

「意味分かんない…」

 

「…変な人…」

 

 

 

ざわつきを見て、舞台前に立っていた初月はにやりと口の端を吊り上げる

 

 

三隈と高雄も警戒を怠らない

 

 

 

『…っつっても…は?突然なんだよ、ってなるよな…そりゃそうだ。俺も突然集められて音楽やろうぜとか言われたら意味わかんねー、って思うからな』

 

 

んん、と田中は咳払い

 

 

『…この鎮守府が播磨町の人達から厚意で援助をして貰ってるのは当然知ってるよな?…だがその援助に対して現状何のお礼も出来てないって話も聞いた』

 

 

田中の言葉に数人の艦娘達は俯く

 

 

『…鎮守府は本来、敵深海悽艦と戦うための施設であり、同時に日本国を防衛するための砦でもある…まぁ、敵からの進攻を阻止したりして播磨の人達を守るのが俺達の最低限の仕事なわけなんだが…』

 

 

田中の演説を聞いていた朧がぐ、と唇を真横に結ぶ

 

朧だけでない。皆理解しているのだ

 

理解していながらも戦うことが出来ないもどかしさにやきもきしているのだ

 

 

 

『…お前らが艤装を出せないことは知っているし、戦いたくても戦えないのも知っている。なら何が出来るか、どうすれば播磨町への御礼になるか…』

 

 

ホールにいる艦娘達は再び田中に視線を向ける

 

 

『そこで思い付いたのが町起こしさ。俺達…いや、播磨鎮守府の皆でこの播磨町を盛り上げりゃあ結果としてそれが播磨町への御返しになる…その為の手段として音楽を俺は取り入れるべきだと思ってな』

 

 

田中の言葉に腕を組んで立つ金剛はふん、と鼻をならす

 

 

『…心配しなくても出撃と違って音楽で死ぬことはない。怪我も…あ、いや…場合によっちゃあ怪我はするかもしれないが…まぁあれだ。どこの鎮守府もやっていないことだからなかなかにレア感はある…お前らの有り余る元気…音楽に使ってみないか?』

 

 

 

田中がそう言い終わると、ホール内には沈黙が流れる

 

 

「(…こりゃあダメっぽいか…?…ん?)」

 

 

冷や汗が田中の背中を伝う

 

若干涙目だった田中はホールに立つ者の中で手を小さく上げる者に気づく

 

 

 

『…その制服は…ええと……おお…よどか?…なにか質問か?』

 

 

中立派の一人、大淀だった

 

 

「…はい。音楽をやるにしても私達は音符が分かりません…楽器も演奏したことありません」

 

 

少しハスキー気味な声の大淀がそう言うと、壇上の田中はうん、と頷く

 

 

『楽譜…いや、音符の読み方はちゃんと教えるよ…主に坂本がな…楽器もきちんと使い方を教える…誰だって最初は初めてだ、心配すんな』

 

 

 

田中のその言葉にホール内に迷いの空気が滲み始める

 

 

楽譜も読めない、楽器も使えない…

 

しかし彼はちゃんと教えると言ってくれた

 

 

だが相手は自分達を捨てた憎き海軍側の人間…

 

でも自分達に援助してくれた播磨の人達には恩がある

 

 

そんな中、先程の大淀と同じ様に一人の少女の手が上がる

 

 

 

 

「…あたし、やりたいです!」

 

 

朧だった

 

 

ざわざわとしていたホールがしん、と静まり返り、皆の視線が朧へと向けられる

 

 

先程までの心配そうな表情はどこへ行ったのか…朧は周りの視線を気にすることなくぴんと腕を天へと伸ばす

 

 

「…朧は…みんなと「私もやります!」

 

朧を遮って手を上げたのは眼を血ばらせた宗谷だった

 

 

「宗谷!喜んで音楽活動行います!喜んで!!」

 

 

どうやら良いタイミングで手を上げたかったらしく、朧に先越された事で少し焦っている様子に坂本は見えた

 

 

そして幸か不幸か、朧と宗谷の行動で肯定派の艦娘は次々と手を上げる

 

 

更に俯いていた中立派の艦娘達もぽつりぽつりと手を上げ始める

 

 

控えめに手を上げた一人を見て扶桑が彼女の名を呟く

 

 

「…大淀さん…」

 

「…あ、い、いえ…播磨の方々には日々お世話になっていますし…譜面の読み方などもちゃんと教えて貰えるなら…それに…」

 

 

 

中立派の艦娘達も、田中達への興味が無いわけではなかった

 

実は先日の愛宕が怪我をした事故…怪我をした彼女を抱いて医務室へと駆け込む田中の姿を数人の中立派の艦娘達が見ていたのである

 

 

最初こそ新たに着任した田中達へ警戒心を強めていた中立派の艦娘達だが、愛宕を救おうと必死に走った田中の姿を見て印象が変わりつつある者達もいる、ということだ

 

 

 

大淀はふふ、と小さく笑い、扶桑の目を見ながら

 

 

「…ほんの少しだけ…希望が見えた気がしたので…」

 

 

 

そう言って大淀はしっかりと手を上げる

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

…なんなの…

 

 

なんなのなんなのなんなのよ!

 

 

皆次々と手を上げていくし…

 

なんで朧がいの一番に手を上げたのさ!

 

 

信じらんない…

 

金剛さんも手を組んだまま何もリアクションしないし…

 

だったら漣が…

 

 

 

 

……他の職員の人もいる…

 

だめ…あいつら二人だけならまだしも…他の人がいるなかで騒ぎなんて…

 

 

 

…っ!

 

あいつの放送…!

 

この為に播磨の職員の人達もホールに集まるようにって言ってたんだ!

 

私達を抑制するために!

 

 

…音楽だって?

 

冗談じゃないっつの…!

 

 

…あんな奴等となんて……

 

 

 

 

「…なみ…」

 

 

くそ…どうしよう…大淀さん達も手を上げてる…

 

播磨があいつらに乗っ取られちゃう…

 

 

「…ざなみ…?」

 

 

どうしようどうしようどうしよう…

 

 

「…漣?」

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

次々と手が上がるなか、否定派の摩耶が心配そうに漣の名を呼ぶと、はっとして顔を上げる漣

 

 

「…あ、えと…なん…ですか?」

 

「…なんだかぼうっとしていたから…大丈夫?」

 

「あ、あはは…全然っ!いつもの可愛い漣タソですよー!」

 

 

いまだ高い心拍数の漣

 

焦りと冷や汗を悟られないようにそう明るく摩耶に返すと、同時に金剛がふぅ、とため息のようなものを吐く

 

 

「…皆…戻りまショウ」

 

 

どうやら金剛もここで言い返すのは得策ではないと理解したようだ

 

鳥海達を引き連れてホールから出ていこうとする

 

 

『…皆、協力ありがとう!』

 

 

金剛達が壇上に背を向けると、田中が続ける

 

 

 

『…まぁあれだ…手を上げにくい、上げたくない奴も当然いるのは理解しているつもりだ…それを怒ったり叱ったりするつもりはねぇさ…』

 

『…うん…俺は…俺達は誰も拒むことはしない…だから今手を上げられない奴は気が変わったらいつでも来てくれ。待ってるからな』

 

 

"誰"に対して"何"を言っているのか…

 

 

田中の言葉を理解している坂本は田中の背中を見て微笑み、赤城はホールから出ていこうとする金剛達を見つめる

 

 

ちっ、と金剛の舌打ちが聞こえる

 

 

「…私達は私達でやることがあるんデス!…そんな事には付き合えまセン!」

 

 

興奮しないように声を低くして壇上の者へと返す

 

周りに職員がいる事もあって言い方も言葉を選んだように聞こえる

 

金剛はきっ、と田中を睨むと否定派の面々を連れてホールから出ていった

 

 

沈黙がホールを包む

 

しかし田中は気にすることなく咳払いをしてマイクに向かって喋り始める

 

 

『…よし。んじゃあこの後音楽活動の詳細を説明したいんだが…』

 

 

田中は舞台袖側に立つ坂本へ視線を向け

 

 

『…俺より細かい説明が得意な奴がいるからよ。後はそいつに頼むぜ』

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

播磨鎮守府 艦娘寮への渡り廊下

 

 

何も話すことなく早足で寮へと向かう金剛達

 

 

「…こ、金剛さん!このままあいつらに好き勝手させるんですか!?これで良いんですか!?」

 

金剛の前へと出てきて、そう彼女に訴えるは漣

 

 

「…どうせ上手くなんていきマセン…放っておきまショウ」

 

「は、はぁ!?そ…ちょっ…こ、金剛さん!?」

 

漣の驚愕の声を無視し、金剛達は寮へと入っていく

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

播磨鎮守府 正門裏

 

 

1400

 

 

「よーし。んじゃ作業始めっか!」

 

 

正門裏のバリケード撤去に集まったのは肯定派と約半数の中立派…そして十数名の鎮守府の職員達だった

 

 

あの後、坂本の説得により音楽活動をする上で先ずはバリケード撤去の話が挙がった

 

物資搬入もそうだが、人の出入りもし辛いためだ

 

現にバリケードがあるお陰で愛宕が怪我をした

 

 

 

これには先日の愛宕救出劇を見ていた中立派の数人の艦娘達、そして職員からも賛成を貰った

 

 

故に初日の倍以上の人数でバリケード撤去の作業を行おうとしているのだ

 

 

そんな中、警備員扉から二人の男性が正門裏へと入ってくる

 

 

「お、古川さんに揖保川さん!来てくれたんすね!?」

 

「ああ、田中少佐…ええ。我々も何かお手伝い出来ないかと思いましてね…」

 

 

「いやー!マジで助かりますよ!…でも警備の方は大丈夫なんですか?」

 

 

田中が心配すると、古川がははは、と笑う

 

 

「…ええ。今日は別の人に任せてあるので…今日はよろしくお願いしますね」

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

播磨鎮守府 別棟 資料室

 

 

 

1600

 

 

結果だけでいえばバリケード撤去はすぐに終わった

 

 

やはり数人と20人以上との人数の差

 

当初数日は掛かると思われていた撤去作業は僅か2時間と少しで無事怪我人が出ることなく終了し、皆解散となった

 

 

だが音頭をとっていた田中は休むことなくここ資料室へと足を運んでいた

 

 

 

「…んー…ねぇなぁ…」

 

 

ジャージ姿のまま、とある書物を資料室の本棚から探す田中

 

「…音楽室になかったからこっちならあるかと思ったんだけど「…探し物ですか?」ひゃぁっあっああ!?」

 

 

びくりと跳び跳ねる田中

 

全く気がつかなかったが、田中の真横には一人の小さな少女がいた

 

 

「…はっ…はぁ…びびった…いや、だからびびってねぇし……って、確か…ええと…」

 

 

目の前…もとい、自分の胸の高さよりも低い少女を見ながら初日の夜を思い出す田中

 

 

「…あ、られ…そう、霰…だったよな…」

 

「はい、霰です」

 

 

初日の夜に広場の花壇に水をあげていた少女、霰だった

 

 

霰は田中のリアクションにくすりとも笑うことなく田中の眼をじっと見ている

 

 

「…あ、ええと…なんでここにいんだ?みんなと寮戻ったんじゃねぇのか?」

 

未だに心音が速い事を悟られないように、霰と目が合わないよう落としたファイルを拾いながら問う田中

 

 

「…少佐が資料室に入っていったので…」

 

「…え。ああ…そうか…」

 

 

「…」

「…」

 

 

「…あー…お前も部屋に戻ってゆっくりしてて良いんだぞ?」

 

 

「霰も…ここにいます…駄目ですか?」

 

「…いや…駄目ってこたぁねぇけど…俺なんかと一緒にいて良いのか?」

 

 

田中の問いにこくりと小さく頷く霰

 

とても物静かな少女だ

 

 

その小さな容姿と相まって、その存在はまるで妖精の様だ

 

 

「…あー……んー…そうだ。霰さ、ここに楽譜…っつってもわからねぇか…音符がたくさん書かれた紙ってねぇかな?」

 

「ありますよ」

 

「そうか…ここにもねぇのか……って、マジか!?」

 

 

霰のまさかの返答

 

全く期待していなかった田中は思わずノリツッコミのようなリアクションをしてしまった

 

 

きょとんとする霰

 

 

「…あ、えーと…ちなみにどこら辺にしまってあるか…教えてもらえないか?」

 

「こっちです」

 

 

霰は田中の見ていた本棚より離れた本棚の方へと、とことこと歩く

 

彼女についていく田中

 

 

霰は下段にしまわれた分厚いファイルを本棚から引き抜くと、田中へ渡す

 

 

「どうぞ」

 

「お、あ…ありがとう…」

 

分厚いファイルを受け取ると、その場で中を開く田中

 

 

 

「…おお…色々入ってんな…これは……基礎練用の譜面もあるし…スコアもあんな……聖者の行進か…お…祝典序曲もあるな…」

 

おもちゃを手に入れた子供のように夢中になって譜面を漁る田中

 

そんな彼をじっと見つめる霰

 

 

「…本当に助かったぜ。サンキューな霰…あと少しで自腹で色々譜面を買うところだったぜ…」

 

田中の言葉に頭をかしげる霰

 

 

「…譜面って…高いんですか?」

 

「ああ…まぁピンキリだが…有名な曲とか人気のある曲は4.5万円吹っ飛ぶくらいだと思う」

 

 

とは言うものの普段お金を使わない霰にはその金額がよくわからないが、田中の話しぶりから察するにまぁまぁ高いんだろうな、と理解する

 

 

「…これから私達は…何をすれば?」

 

「そりゃあ明日からのお楽しみさ…今坂本と相談中だからな!」

 

「そうですか」

 

 

そう一言だけ返すと、霰は田中へお辞儀をする

 

 

「…明日からも、どうぞよろしくお願いします」

 

「え?…お、おう…こっちこそよろしくな」

 

 

田中はたじろぎつつもフランクに返す

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

執務室 1800

 

 

 

執務室の窓から差し込んでいた西日も沈み、外の明るさが真っ暗になった頃

 

赤城と坂本がテーブルを挟んで向かい合ってソファーに座り、田中の持ってきた楽譜を捌いている

 

 

「…た、たんぎ…ぐ…坂本少佐…これは…」

 

「タンギング…それも練習用の譜面なのでこちらへ…」

 

「…このぼっぴんぐというのもですか?」

 

「はい。そちらも練習用のものですね」

 

 

音楽用語に慣れない赤城は坂本に聞きながら楽譜を様々なジャンルに別ける

 

 

「…って、田中少佐も手伝っていただけませんか?」

 

名を呼ばれた田中は執務机の上になにやら用紙を広げて腕を組んで唸る

 

 

「…んー?…いや、こっちもこっちで色々考えてんだって…悪いけどそっちは頼むよ」

 

「…もう」

 

 

田中の返しにむっとする赤城を見て、坂本はあははと苦笑い

 

 

「…少し頭を休めましょうか。日中は撤去作業で疲れましたからね…コーヒーを淹れてきますね」

 

「あ、いえ…それは私がやりますよ。坂本少佐」

 

 

坂本が立ち上がったと同時に赤城も立ち上がる

 

そんな二人を見ていた田中が何か違和感に気づく

 

 

「…お前らなんか仲良くなってねぇか?」

 

「そうですか?」

「そうでしょうか?」

 

 

 

お互い顔を会わせて頭を傾げる二人を見て田中は眉をひそめる

 

 

対して坂本は譜面の仕分けをする赤城の表情を見てふと考える

 

 

「(…確かに最初の頃に比べればいくらか表情は柔らかくなった様に見えますが…ふむ、少しは信用をしてもらえたということでしょうか…田中君の行動の賜ですね)」

 

 

そう冷静に考えるも、再び楽譜の捌き作業を行う坂本

 

赤城はいうと、坂本の考えとは全く違ったことを考えていた

 

 

 

「(…仲良さそう…か…いけないいけない…無意識にあの人と重ねてしまったのかしら…気をつけないと…)」

 

 

楽譜をとんとん、とまとめ、内心ため息の赤城

 

 

 

 

 

赤城はかつて在籍していた基地の整備士と恋におちた

 

もう何年も会えないその男性整備士

 

 

恋し、愛し合った大切な愛しき人

 

 

いつも優しく、自分の言葉を黙って聞いてくれる…時に諭してくれて、他の整備士からの信頼も厚く、いつでも自分を見てくれるまるで父親ともいえる様な存在

 

 

そう…

 

今目の前に入る坂本の様な人だった

 

 

 

じっと坂本を見つめる赤城

 

赤城の視線に気づいていない坂本は手慣れた様子で楽譜を捌く

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

1900

 

 

執務室

 

 

「ど、どうぞ…コーヒー…どうぞ!」

 

 

手を震えさせながら、執務机にカップを置くは鈴谷だった

 

あの後、坂本がコーヒーを淹れに行こうとしたところ、丁度三隈と鈴谷がやってきて、鈴谷が坂本の代わりにコーヒーを用意してくれた

 

 

「ああ、サンキューな」

 

 

鈴谷からカッブを受け取った田中は礼を言うとコーヒーを一口

 

 

「…え…と…それ…なんですか?」

 

田中がペンを走らせていた用紙を見て、恐る恐る問う鈴谷

 

 

「…ん?…これか?…これは…編成表だ」

 

「…編成…?出撃のですか?」

 

鈴谷は手に持っていたトレーをきゅっと握る

 

戦えない自分達を編成させて何をするのかと、不安を感じているのだ

 

 

しかし田中は鈴谷の気持ちを察してか、優しい喋り方で否定

 

 

「はは…違う違う。こいつは音楽を演奏する楽器の編成表だよ。安心しな」

 

「…は、はぁ…楽器の…ですか?」

 

 

鈴谷のよく分かっていない表情を見て、田中はああ、と頷いて書いていた紙を折り畳み、執務机の引き出しに入れると、ソファーの方へ顔を向ける

 

 

「…時に三隈さんよ…100メートル何秒で走れる?」

 

 

え?、と顔を上げた三隈

 

鈴谷も三隈も昼寝のお陰か、昼間の疲れはとれたようでおめめぱっちりである

 

 

「…さぁ…わかりませんね…計ったことないです」

 

「…ん?…んじゃ走り幅跳びは?」

 

「…?…やったことないですけど…」

 

 

三隈の返答を聞いて、むむ、と唸る田中

 

 

「…鈴谷と赤城はどうだ?体力測定の成績はどうだった?」

 

田中に問われ、たじろぐ鈴谷はええと、と悩む

 

 

「…わ、わからないです…そういうの…やったことなくて…」

 

 

赤城も眉間に皺を寄せてうーん、と考える

 

 

「…播磨ではそういったことはやった記憶がありません…」

 

 

 

田中の謎の質問にソファーに座る坂本も頭を傾げる

 

 

「…田中少佐?…何を…「んじゃあ播磨で運動神経いいやつって誰だ?」

 

「…運動…できる人はいないのでは?」

 

 

 

三隈がそう返すと執務室に沈黙が流れる

 

 

田中は執務椅子を鳴らせながらうーん、と唸り、何かを理解したかのように頷く

 

 

 

「…こいつぁ厄介だな…」

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

翌日、田中の基地内放送による総員起こしが行われ、音楽活動に参加する艦娘達はジャージに着替えてグラウンド集合となった

 

 

 

 

0600 グラウンド

 

 

 

 

「…いやぁー!い~い朝だ!」

 

 

朝日が水平線の向こうから顔を覗かせ始める

 

 

グラウンドに置かれた朝礼台に乗ったジャージ姿の田中は伸び伸びと腕を伸ばす

 

 

その朝礼台横には30センチ程度の棒を持った坂本が立っている

 

 

 

「…よっし!まずは元気な挨拶だ!皆おはよう!」

 

 

田中、笑顔で挨拶

 

しかし朝礼台前に集まる艦娘達からは元気な返事は返ってこなかった

 

ある者は寝ぼけ眼をこすり、ある者は未だに船をこいでいる

 

元気のげの字も感じられなさそうである

 

 

…ある一人を除いて

 

 

「おはようございます!!田中少佐!」

 

 

びしりと鋭い角度の敬礼、早朝とは思えないぱっちりと開かれたたれ目

 

 

宗谷だった

 

 

「…ま、初日はこんなもんだよな…えっほん…皆、集まってくれて感謝する。今日から音楽活動を行っていきたいわけだが、とりあえず皆に足りないものを…足りてないものを鍛えていく所から始めようと思う」

 

 

珍しく艦娘側に立つジャージを着た赤城が頭を傾げる

 

 

「…足りないもの…ですか?」

 

 

目がきらりと光った宗谷は一歩前へ出てわくわくといった表情になり

 

 

 

「覚悟ですか!?決意ですか!?情熱ですか!?宗谷!全て揃っています!!」

 

 

 

 

熱くなった宗谷を無視し、田中はにっこりと笑う

 

 

 

 

 

「体力だ」

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

朝の挨拶が終わり、皆でストレッチ、小休憩を挟んで10分後

 

播磨鎮守府グラウンドには少女達の荒い息づかい、地面にはほとばしる熱き汗

 

皆へとへとになりグラウンド外を大きくランニングしていた

 

 

 

 

「はっ…はっ…も、無理…」

 

「…わ、脇腹いたい…はっ…はっ…」

 

「…はぁっ…はぁっ…うぉえっ…」

 

 

 

播磨鎮守府の艦娘達はほぼ自由なのを良いことに、いままで皆ぐうたらに過ごしてきた

 

たった10分走っただけで皆死にそうになっている

 

 

 

朝礼台から皆の様子を見ていた田中は走る彼女達を見ながら内心ため息

 

 

「(…いや、体力無さすぎだろ…こないだのバリケード撤去の時に扶桑達がバテてたから体力ねぇなとは思ってたけど…)」

 

 

ふぅ、と息を吐いて下を向く

 

 

「…まるで老人ホームの運動会だな…いや、見たことねぇけど…」

 

 

誰も聞いていない冗談を呟くと、再び少女達へ眼を向ける

 

 

 

「(…先頭は…やっぱりの宗谷か…ま、撤去の時も張り切ってたからな……あん中じゃあ…まぁ体力はある方か…)」

 

「(…次は朧か…いや、ありゃ神鷹…だっけか…朧はなんとなくわかるけど…あの娘もけっこう体力あんだな…)」

 

「(…で、まさかの初月…いや、あいつずっとこっちの方見てねぇか?……ああ、坂本見てんのか…って、なんで坂本は俺の方見てんの…?)」

 

 

「…まぁ、意外といえばあっちも意外だな…」

 

田中の言葉に坂本も列後方に眼を向けてあはは、と笑う

 

 

一番最後はお約束の扶桑

 

 

顔を青ざめさせて走…もとい、ほぼ歩いている

 

田中はなんとなくだが扶桑の半袖半ジャージ姿に申し訳なさを感じる

 

そして最も意外だったのが最後から二番目

 

 

赤城だった

 

彼女は名が示す通りに顔を真っ赤にして脇腹をおさえて走っている

 

 

「…意外と体力…ないんですねぇ…赤城さん…」

 

「…そいつは言っちゃあいけねぇよ。坂本少佐よ」

 

 

 

艦娘達の体力作りはまだまだ続く

 

 

 

 

「…よーっし!ラスト一周!がんばれ皆ー!」

 

「…田中少佐…もう3回目のラスト一周ですよ。それ…」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「…何やってんのさ…あれ…」

 

 

 

工廠、屋根から突き出たクレーンの先端に座る漣は遠目に見えるグラウンドで走る艦娘達を見て呟く

 

 

「…マラソンでもやってるのかなぁ~」

 

「…ランニング?…なんのためかしら…」

 

 

漣の隣に座る山雲はにこにことしながらそう返し、山雲とは反対側に座る親潮は難しそうな顔で呟く

 

 

「…ふんっ…どうでも良いけどさ」

 

 

とか言いながら遠目でも分かる金髪少女、朧をじっと見続ける漣

 

 

「…ほんと…どうでもいいし…」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

0710

 

 

「…ぐぇぇえあっ…」

 

 

べしゃ、と地面に倒れる少女、宗谷

 

 

まさかこうくるとは、と少女は後悔する

 

こんなことなら最初からトばさなかった…と

 

 

 

 

ランニングが終わり、小休憩…

それが終わると続いてのメニューは筋力トレーニングだった

 

 

項垂れる艦娘達だったが、自分達の選んだ道だ

 

それに事実、自分達には体力も筋力もないことは皆わかっている

 

 

故に最初の筋力トレーニング、腕立て伏せを皆素直に行ったのだ

 

 

30回かける2セット

 

 

ランニングでは素晴らしい走りを見せた宗谷が最初に脱落

 

わずか12回でダウンした

 

 

 

「…おーい。宗谷…大丈夫か?まだ次のトレーニングメニューはあるぞ?」

 

 

不意に聞こえた田中の声

 

宗谷はむぐぐ、と唸りながら再び腕立て伏せの姿勢になると…

 

 

 

「……っぐぇ」

 

 

べしゃりと地面に溶ける

 

 

 

各自での腕立て伏せ

 

 

もう既にやり終わった者は次のメニュー、二人一組、もしくは三人一組での腹筋に入っている

 

 

 

「…ぅ…ぐっ…ふ…ふひひ…」

 

その中、満潮とペアを組んで足を押さえてもらって腹筋をする初月は笑顔だった

 

 

「…きっ…気持ちいいっ…筋肉が悲鳴を上げている…腹筋が熱い!…ふふ…やはり身体を痛めつけるのは…いや…動かすのは……くひひひ…たまらないなぁ…僕だけ回数…増やしていいかなぁ…」

 

 

よだれを垂らしながら、悦に入りながら初月は満潮にそう呼びかけるも、初月のよだれが顔にかかった満潮は眼から光を消して視線を外しながら抑揚の無い機械のような声で返す

 

 

「…ダメダヨー、カイスウキメラレテルカラー」

 

 

上体を起こす度に初月のアへ顔が目の前に迫ってくる満潮は、考えるのを止めた

 

 

 

 

また別のグループでは赤城と大淀が妙高に足を押さえてもらって腹筋を行っている

 

 

 

「…ぐ…ぎぎ…」

 

「…ふ…ふぁあ…」

 

 

「お二人とも、頑張ってください!」

 

 

腹筋を回数こなせずに、逆にキープ状態の赤城と大淀

 

 

二人ともやはり筋力はかなり低いと見える

 

 

 

「…ふふふ。よしよし…」

 

 

皆が息絶え絶えな状況を見て田中は満面の笑み

 

坂本はそんな田中を横目に若干退いている

 

 

「…楽しそうですね…田中少佐」

 

「…いやぁ…こうやっていじめ…いや、頑張ってくれる若者を見るのはいいもんだな。ってな」

 

 

「…」

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

0800

 

 

基地 食堂

 

 

 

 

いつもは明るく楽しそうな少女達の声が聞こえる食堂

 

しかしこの日だけは違った

 

 

食堂の席に座ってテーブルに置かれたトレー、その食事を目の前に皆箸も会話も止まっており、まるでお通夜のようだった

 

 

 

「…う、うぷ…」

 

 

吐きそうになった口を押さえる誰かの声が聞こえる

 

 

目の前にあるのは白米、焼き鮭、なめこの味噌汁につけもの…

 

 

いつもの朝食メニューと変わらない

毎朝見るメニューである

 

 

しかし彼女達は全くと言っていい程食欲がなかったのだ

 

 

 

顔を青くした初霜が箸を持ったまま項垂れる

 

 

「…は、走りすぎて…気持ち悪い…です…」

 

 

箸でお米一粒をつまんだ敷波がお米をぼうっと見つめる

 

 

「…アタシ…こうやってお米とちゃんと向き合うの初めてだなぁ…」

 

 

疲れから頭が沸騰してしまったのか…

敷波の隣に座る早潮は敷波のそんな言葉に肩をすぼめる

 

 

「…敷波ちゃん…大丈夫?」

 

 

 

 

別の席では朧が白米のよそられた茶碗を持ち、箸を構える

 

 

「…う……うくく…」

 

 

右腕に痛みが走る

 

若さもあってか、どうやら筋トレ当日に筋肉痛がやってきたようだ

 

朧は険しい顔で白米とにらみ会うも、覚悟を決めて口を開け…

 

 

「…んぐ!」

 

 

…しっかりとよくかんで飲み込んだ

 

そんな彼女の姿に倣うように他の艦娘達も食事を始める  

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

同時刻 播磨鎮守府 屋上

 

 

春の終わりの陽気を感じながら田中と坂本は屋上手すりに肘をのせて海を見ている

 

 

火のついたタバコの煙を吸い、吐く田中

 

 

 

「…あいつらは食うさ。初日にはなんだかんだあったけど、きっともともとは優しい奴等なんだろうな…ここの職員の事を蔑ろにすることはしねぇだろ…ましてや自分達の為に作ってくれた飯を残すなんて…あいつら自身が許さないだろ」

 

 

「…だといいですけどね…それにしても最初から飛ばしすぎでは?…あれはトレーニングというよりも体罰のような気さえしますが…」

 

 

「…時間が惜しいんだ…手っ取り早く体力筋力付けさせるにはこれが一番さ」

 

 

田中の言葉に坂本は苦笑い

 

 

「…ですがこのままでは辞める娘も出てくるのでは?」

 

「ああ。あと3日もすれば根を上げる奴等も出てくるだろうな…だからそん時は現実を見せる」

 

「…現実を?」

 

 

坂本が頭を傾げると、田中はポケットからあるものを取り出して坂本へ見せる

 

 

それは真鍮材で出来たトランペットのマウスピースだった

 

マウスピースを見た坂本はああ、と理解する

 

 

「…なるほど…それはわかりやすいですね」

 

「…っつーかお前…なんか色々知ってる風だけど…音楽やってたのか?」

 

 

田中が問うと、坂本はあはは、と苦笑いを返す

 

 

「…幼少の頃に……まぁ、ちょっとだけ金管楽器を…」

 

「マジか!…んじゃあそっちは任せたぜ?坂本少佐」

 

 

はんぱん、と坂本の肩を叩く田中

 

叩かれた坂本は満更でもない表情で笑う

 

 

「…どこまでお役に立てるかわかりませんが…ええ。やらせていただきますよ。田中少佐」

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

同日 1900

 

 

 

「うっす悪魔共」

 

 

そう言って執務室に入ってきたのは医務室の千草だった

 

何やら白いビニール袋を手に持っている

 

 

「こんばんはっす…って、悪魔?」

 

執務室のソファーに座って楽譜を見ていた田中と坂本は眼を丸くする

 

 

「おうっ!まぁなんだ…皆言ってたぜ?悪魔にしごかれたつってよ…お陰で医務室の湿布がスッカラカンだぜ」

 

そう言いながら千草も坂本の隣に座る

 

 

午前中、朝食を食べ終えた艦娘達は再び筋力トレーニングをやらされた

 

とはいえ朝一のようなきついものではなく精々"朝食を吐かない"レベルのトレーニング

 

 

勿論普段運動をしなかった艦娘達は、昼には完全に身体の機能がオフになり、辛うじて動ける者達で医務室に行き、湿布や保冷剤を手に入れてシェアしていたのだった

 

 

とある艦娘は千草にこういった

 

 

"彼らは悪魔"と

 

 

 

 

「…くくくくっ…まぁなんだ…アイツら良い顔してたな…まるで本当に見た目相応の学生みてぇな…ああ、いい表情だった…」

 

 

くっくと笑う千草にジト目で睨む田中

 

 

「…こいつぁ明日はもちっと厳しくや「ほいよっ」

 

 

とん、とん、と千草は田中と坂本の前に缶ビールを1本ずつ置く

 

 

「…え、ええと…千草先生?…こちらは…お酒…ですか?」

 

「…まあなんだ…良いもん見せてもらえた礼さ…ま、一杯やろうじゃあねぇか」

 

 

「…し、しかし我々はまだ業「おおっ!いいっすね!いっただきまーす!」

 

遠慮して言い淀む坂本の言葉を遮って缶ビールを手にする田中

 

 

「…た、田中少佐…」

 

「良いじゃねぇか。今日は監視もいねぇんだし……な?」

 

 

監視という名目で常に一緒にいる赤城も今頃は寮のベッドで筋肉痛に悶えている頃だろう

 

今この執務室には男3人しかいない

 

 

「……まぁ……少しなら…」

 

「さっすが坂本!」

 

 

3人は缶ビールを掲げ

 

 

 

「乾杯っ」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

基地別棟 医務室

 

 

1900

 

 

 

「あら、そうなの?…大変だったわね」

 

 

医務室のベッドに座る病衣姿の愛宕と、シャツと短パン姿の朧が楽しそうに話している

 

 

「あたしは元々身体動かすの好きでしたから…あ、でも流石に筋トレはちょっとだけキツかったかな…えへへ」

 

 

「筋トレ…うーん…私ついていけるかしら…」

 

 

心配そうに肩をすぼめる愛宕に大丈夫ですよと拳を握る朧

 

 

「みんなと…朧と一緒に頑張りましょう!音楽活動みんなでやり遂げましょう!」

 

 

朧の瞳の奥にメラメラと燃えるものを感じる愛宕

 

 

「…流石田中少佐ね…ここまで皆の心を動かすなんて…」

 

 

うふふ、と嬉しそうに笑う愛宕に対して、朧はむむむ、と口を真横に結ぶ

 

 

「…えっと…全員、じゃあありませんけどね…」

 

「…え?そうなの?」

 

 

きょとんとする愛宕

 

 

「…え、あ…はい…その…金剛さんや鳥海さん達は…えっと…」

 

言い淀む朧の肩をしっかり掴む愛宕

 

愛宕は笑顔だ

 

 

「…朧ちゃん?…詳しく教えなさい?」

 

「え…あ、はい…」

 

 

まだ夏前だという季節のはずなのに愛宕の笑顔から妙に悪寒を感じる

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

「…なるほどねぇ~」

 

 

愛宕はそう言って頷く

 

先程の朧の話だけで播磨鎮守府にいる艦娘全員が音楽活動を行っていると思っていた愛宕

 

だが、まさかかつての妹分である金剛(と、その仲間達)が音楽活動に参加していないとは思っていなかった

 

 

 

「…よいしょっと」

 

おもむろにベッドから降りる愛宕

 

朧は両手をわたわたとさせる

 

 

「え、あ、ちょっ…愛宕さん!?」

 

「ああ、大丈夫よ。足ならもう痛みは引いたから」

 

「そ、それはよかったで…いえ、そうじゃなくて!どこへ行くつもりですか!?」

 

 

立ち上がった愛宕は首をこきこきと鳴らし、腕を天に伸ばして背伸びをすると、朧の方を見てにこりと笑う

 

 

 

「意地っ張りな妹をちょっとだけ叱りに…ね」

 

 

 

その笑顔に朧はなんとも言えない圧を感じる

 

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇ 

 

 

 

 

 

艦娘寮 談話室

 

 

1930

 

 

 

談話室のソファ

 

金剛を中心に否定派の艦娘が集まっていた

 

しかし皆談笑するわけでもなく各々別々のソファや椅子に座り、ある者は本を読み、ある者は眼を瞑り寝息を立てている

 

 

なお、日中のトレーニングを終えた中立派の半数、また、朧と愛宕を除く肯定派は各自の部屋で休んでいる

 

 

そんな中、金剛は談話室の窓から外をじっと見つめる

 

 

「…はぁ…」

 

 

ため息を吐き、様々な想いを脳内で巡らせていると…

 

 

 

「金剛ちゃん」

 

 

「…ん?」

 

 

 

名を呼ばれ、談話室の入り口扉の方を見る

 

 

と、同時に金剛は背筋が凍る

 

 

「…あ、愛宕お…さん…?」

 

 

病衣を着た愛宕が朧と共に立っていた

 

 

 

…笑顔で

 

 

 

「…あ…おぼ…」

 

隅のソファにほぼ寝転がるように座っていた漣も、朧の姿を見て起き上がろうとするが、やはり顔を会わせにくいらしく、立ち上がることはなかった

 

 

 

「…あ、足は大丈夫なんデ「ねぇ、金剛ちゃん?聞きたいことがあるんだけれども」

 

 

笑顔の愛宕は、金剛言葉を遮って彼女の目の前に立つ

 

 

「…あ…え…?何「金剛ちゃん達、音楽活動をしなかったんですって?どうして?」

 

ずい、と金剛に一歩近づく愛宕

 

「…ど、どうしてって…そんなの…「播磨の皆さんに恩があるのはわかってるわよね?」…ハイ」

 

呆気にとられる面々

 

どうやら愛宕と金剛の関係を知っている者はここにはいないようだ

 

 

見ればいつの間にか金剛が姿勢良く座り直している

 

 

「私達には私達でやることがあるですって?…何をするの?それが播磨の人達への恩返しに何か関係あるのかしら?」

 

「………」

 

 

愛宕は笑顔のまま他の艦娘達を見渡し、はぁ、と息を吐く

 

 

「…貴女達の気持ちはわからなくもないわ…私も…私達だって最初は少佐達を信用していなかった…けれど…うん、勿論助けてもらったというのもあるけれど、彼らときちんと話して、接して改めて感じたわ…この人達なら信用できる、ってね」

 

 

愛宕の話を聞いて、拳を握った松が声を上げる

 

 

「…で、でもそうやって今まで海軍に騙されてきたんじゃないんですか!?…今回だって…きっと…また…!」

 

松に言われ、ふふ、と笑う愛宕

 

 

「今回は騙されないかもしれない。裏切られないかもしれない…あくまで私の希望…だけどね」

 

「…」

 

 

なんて返そうかと困り顔になる松へ笑顔を向ける愛宕

 

 

「…まずはきちんと接して、彼等と関わって会話して…それから信じられるかどうかを決めても良いんじゃないかしら?…最初から決めつけで彼等を信じていなかった私がもう一度断言するわ…」

 

 

「…あの人達は信じられる。信用信頼するに値するわ」

 

 

「…」

 

 

はっきりと言い切った愛宕に皆の視線が向けられる

 

金剛も表情を歪ませ愛宕を見つめる

 

 

愛宕の背後にいた朧も、嬉しそうな眼で愛宕の背中を見る

 

 

「…愛宕さん…」

「ところで金剛ちゃん」

 

「…ふぇ?」

 

 

愛宕は笑顔のまま、ソファに座る金剛の肩に片手を乗せる

 

 

「…音楽活動…私も参加しようと思うの。貴女も…貴女達も一緒にやってくれるわよね?」

 

「…え…あ……い、いや…私は…」

 

愛宕から眼をそらす金剛

 

 

 

「やってくれるわよね?」

 

「……ちょ……」

 

 

愛宕の笑顔を見れずに冷や汗を流す金剛

 

 

「……ハイ」

 

 

周りの否定派の艦娘は戦慄する

 

真相はわからないが、きっと金剛は愛宕に頭が上がらない理由があるのだろう…

 

今まで全く見ることも知ることもなかった状況、現実を垣間見た

 

同時に皆認識を改める

 

 

 

"愛宕に逆らってはいけない"…と

 

 

「…明日からは私もトレーニングに参加するつもりなの。じゃ、明日から頑張りましょうね!金剛ちゃん!みんな!」

 

 

「…ア、ハイ…ミ、ミンナデガンバリマショー」

 

笑顔の圧にやられた金剛が力無く返事し、皆ぬ呼びかけると、否定派の面々もぎこちなく頷く

 

 

これぞある種のジャイアニズムである

 

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

同時刻 東海支部

 

 

 

「吉津根先生。どうぞ」

 

 

東海支部、吉津根の執務室の執務机に置かれたのカップ

 

中身は砂糖とミルク多めのカフェオレだ

 

 

「ええ。ありがとうございます夢崎中尉…それと…」

 

 

吉津根が何かを続けて言おうとすると、もうひとつ蓋つきのカップを用意する

 

 

「は、こちらに」

 

「…ああ、ありがとうございます」

 

 

夢崎から渡されたカップを受け取ると、机においてふたを開ける

 

中には角砂糖が大量に入れられていた

 

 

吉津根は角砂糖を見てにこりと笑うと、カフェオレの淹れられたカップにどぼどぼと角砂糖を入れる

 

 

「…」

 

それを真顔で何も言わずに見つめる夢崎

 

 

「糖分は…脳の神経物質を活性化させると言われています…それに精神も安定しますからね…肺を汚す煙草や肝硬変に繋がるアルコールよりも大変素晴らしいものです」

 

カフェオレには並々と角砂糖が入れられ、遂にカップからカフェオレが溢れて執務机に垂れる

 

 

「…では」

 

と言って吉津根は砂糖の塊となったカップを持ち、自身の口へと運ぶ

 

 

「……ん~……ああ…少し砂糖が足りませんが…これは良いですねぇ…ありがとうございます。夢崎中尉」

 

 

満足そうに笑う吉津根は夢崎の方を見て礼を言う

 

夢崎も敬礼を返す

 

 

 

「…は」

 

 

「……播磨の方に連絡してあげましょうか…そろそろ田中少佐達に決めてもわねばなりませんからね…」

 

 

ずずず、とカフェオレという名の砂糖の塊を飲む

 

 

 

「…艦娘達を解体するか…今のまま鎮守府として機能しない…何もない無の生活を送るか…ね…まぁ返ってくる返事はわかっていますが…」

 

 

 

口の周りを茶色くさせた吉津根は、砂糖の含まれた粘り気のある口元をにちゃあ、と鳴らせて不気味に笑う

 

 

 

 

 

 




はい

お疲れ様でした

愛宕さん。強いですね
普段怒らない人が怒ると恐いですよね


さてさて
ようやく播磨音楽隊のメインのお話へと入ろうとしています

同時に吉津根さんも動き出しそうですね


予告ではありませんが、あともう一人ほど…いつもの悪そうな人達も動き出します

次回をお楽しみに

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