ようやく仕上がりました第10話…
…え?更新が遅すぎる…ですか…?
すいません…
これで最速なんです
僕は昔から男の子の気持ちも女の子の気持ちもなんとなくではあるけれども、察することが出来た
男の子で人形遊びが好きという友人がいた
みんなは笑った
でも僕はなぜその事が笑えるのかよく分からなかった
女の子でチャンバラごっこが好きという友人がいた
みんなは笑った
でも僕はどうしてその事が笑えるのかよく分からなかった
男ならああだろう…
女ならこうだろう…
そんな決めつけや境界線を引くことを僕は考えられなかった
だから自分が同性に対して恋愛感情を持つことをなんら不思議には感じなかった
でも父さんと母さんは違った
僕を異常だと罵った
僕が狂っていると涙した
僕がおかしいのはお母さんのせいだ、お父さんの教育が、なんて喧嘩も何度も見た
そんな環境の中で僕も理解できない訳じゃない…
ああ、きっと僕は男としておかしいのかもしれない…
男なのに男が好き、だなんて誰かに言ってはいけないのだと…
自分の想いを忘れようと中学時代は部活に励んだ
男子生徒の少ない吹奏楽部…
我武者羅に楽器を練習して大会でも良い成績をとった
…でも…
やっぱり…どうしても自分の心に嘘を付けなかった…
家にいたくない…
だから僕は中学を卒業と同時に家を出た…
お父さんとお母さんには内緒で協力してくれたおじいちゃんのお陰でスムーズに海軍士官学校に入ることが出来た…
そこで僕はある1人の男性と出会った…
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「よしみんなー、おっはよー」
世間はゴールデンウィーク真っ只中
強い朝日を受けながら、グラウンドに集まった少女達に向けて挨拶をする田中
「「…」」
「…おはようございます」
「…ざいまーす」
「おはようございます!!田中少佐!」
びしりと敬礼する一人を除いて殆どの少女達は挨拶をしない
否、しないのではない
「…お、おは…う…うう…」
何とか声を出そうと口を開いた赤城だったが、声を発したと同時に悶えながらふらふらと座り込む
そんな赤城を鈴谷が支える
「だ、大丈夫ですか?」
「…ありがとう…鈴谷さん」
皆に元気の無い原因…
それは前日のトレーニングによる筋肉痛が原因だった
ふむ、と田中は頷き、集まった少女の後方に視線を送る
「…よぅっ!…良く来てくれたな…歓迎するぜ?金剛」
見れば否定派の金剛を筆頭に、約10人程の少女達が上下播磨指定のジャージを着て立っていた
「(…金剛のポニーテールってなんか絵面的に珍しいな…まぁ、赤城もそうだけど…)」
髪の長い艦娘は、動きやすいようにポニーテールにしたりして髪を束ねている
赤城も後ろでまとめ、金剛もチャームポイントの二つのお団子を解いて後ろでポニーテールにまとめている
そんな金剛は腕を組んで田中を睨む
「…歓迎しなくてもいいデス!…別に好きで来たわけじゃ…」
ここで金剛は少女達の前に立つ田中の横にいる人物を見て言葉を詰まらせ凍りつく
愛宕だった
上下ジャージを着た愛宕が、田中の後ろ側に立って笑顔で金剛を見ている
「………あ……け、見聞を広げる為に…参加してみようかな……って、デス…」
「……うん?…まぁ参加してくれんなら嬉しいよ。よろしくな」
冷や汗を流す金剛にそう返し、昨日参加していた肯定派、中立派の艦娘達の方を見る
「…だーから昨日のトレーニング終わりはクールダウンしろっつったのによ…ま、今日もビシバシいくからよろしくな!」
笑顔の田中の言葉で、少女達は項垂れながら各々で返事をする
そんな中、朧は否定派の面々の方を見る、しかしそこに漣の姿はなかった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…ふんっ…これくらいで根を上げるなんて赤城さんも扶桑達もだらしないデス」
トレーニング開始
ランニングの前方を走る金剛は余裕の笑みだ
どうやら金剛は普段からトレーニングしているおかげか、運動神経は悪くないらしい
だが金剛以外の否定派の少女達はやはり体力がなく、後方で走る鳥海は自分の体温で眼鏡が曇っている
ふと金剛が田中達のいる方を見れば、どうやら愛宕が千草軍医に怒られているようだった
「もう!なんでですか!?」
「まぁなんだ…駄目に決まってんだろう愛宕ちゃんよぉ…2週間は安静にしてろっつってんのになぁに全力で走ろうとしてんだよ…」
どうも皆に紛れてランニングに参加しようとしていた愛宕
走る直前、医務室に愛宕の姿がないと気がついた千草がグラウンドへやってきて無事愛宕を止めたのである
「…っつーか少佐らよぉ…あんたらもなんで止めねぇんだよ…」
ジト目で田中と坂本に問う千草
あはは、と田中は苦笑いし
「…いやー…なんか大丈夫そうだったから…だ、だめだぞー愛宕ー」
「…すいません…僕もてっきりもう大丈夫なものかと…」
坂本もそう言って頭を下げる
二人の態度を見た千草はため息
「…マジであんたら大丈夫かよ…愛宕ちゃんも勝手に抜け出したら駄目だろうがよ…」
「…う、うう…」
千草に叱られた愛宕は両手で顔を覆い、泣き出してしまった
「…ぇあっ!?あ、愛宕ちゃん!?」
「…ううう…ご、ごめんなざい…ご、ごめんなざい…わだし…私…う、うう…」
田中と坂本はぴんときた
あ、これ嘘泣きだな、と…
そうとは知らずにあたふたしだす千草
「や、いや…なんだ、ほら…な、泣くなって…わかったわかったからよ…あれだ…ここ居て良いからよっ…」
「……ホントですか!?ありがとうございまーす!」
千草の許しが出ると、愛宕はけろっとした笑顔で礼を言う
「……はぁ…愛宕ちゃんよぉ……まぁなんだ…居ても良いけどおめさんは椅子かなんかに座って見学でもしてろ?…絶対に走ったりすんじゃあねぇよ?」
「っはーい!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
0700
「…ぐへぇ…ぐひぃ…」
ランニングでは颯爽と走っていた宗谷
彼女は筋トレになると、少女としては他人に見せてはいけない程の吐きそうな顔で腕立て伏せを行う
「…凄い顔…」
宗谷の近くで同じく腕立てをする摩耶は宗谷の顔を見てついぽつりと言葉を溢す
「…こっちも凄いデスよ…」
摩耶の隣で腕立てをする金剛も宗谷とは別の少女を見て退いている
「う…ふふ…ああ…気持ちいいぃ…」
…もはや紹介はいらないだろう
「最高だぁ…僕の大胸筋がびくんびくん脈打ってるよぉ…う…い、イキそうかも…う、うふふ…」
「…」
「…」
…彼女の隣で同じように腕立て伏せをするルームメイトの満潮と、今回トレーニング初参加の吹雪は口を閉ざし、眼からハイライトを無くして腕立て伏せに励んでいる
「…みんなー!がーんばってー!」
満身創痍の面々
そんな彼女らを応援するのは田中達の方でパイプに座って応援する愛宕だった
それはそれはいい笑顔だった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
0800
食堂
昨日よりも多い人数
しかし昨日と同じくお通夜のような静寂のなか、数人が箸を動かしており、食器と箸の音が食堂にこだまする
「…う…キツイ…」
そう呟いて口元を押さえるのは鳥海だった
初日の宗谷達と同じく急なトレーニングに食欲が減退したようだ
隣に座る摩耶が心配そうに鳥海の背中を擦る
「…無理しちゃだめよ?鳥海」
「…やめてくれ摩耶…擦られた方が出るから…」
別のテーブルでは金剛と赤城がテーブルを挟んで向かい合って食事をしている
「…金剛さん…お元気なんですね…」
青白い顔で向かいの金剛に言うと、金剛はいつもと変わらない雰囲気で白米を口にする
「…むぐむぐ……逆に赤城サンがこんなに体力ないとは思わなかったデス」
「…う…お恥ずかしい…」
赤城が恥ずかしそうに手で顔を隠すと、そんな彼女を見て金剛はくすりと口元を吊り上げる
「……ぁ…」
と、同時にはっとした金剛は吊り上げた口元を下げ、再び箸を口へ運びはじめる
会話はそこで終わる
金剛と赤城は特別仲が良いわけではない
むしろ逆、海軍を否定する者と現状維持をする者として意見のぶつかり合いも何度もあった
そんな2人が全く関係のないくだらない話題を交わしている
疲れのせいなのか、赤城はそのことに気づかずに顔は青白いままもそもそと食事をしている
金剛は少し気まずそうに食事を進めている
そんな二人を別のテーブルに座った霰がじっと見ていた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
1200
執務室
午前のトレーニングが終わり、田中と坂本は執務室にてトレーニングスケジュールを確認していた
なお赤城は例のごとく身体を(筋肉痛)痛めて自室へと閉じ籠っている
代わりに愛宕が監視というなの名目で田中の隣に立っている
「…あーと…お前…着替えなくて良いのか?」
田中は隣に立つジャージ姿の愛宕に問う
「はいっ!この格好の方が色々と動きやすいので!」
笑顔の愛宕は元気一杯に答える
ソファーに座ってそれを聞いていた坂本は苦笑い
「…一応怪我人なので動くのはどうかと…」
「全くだぜ…お前さんが無理すると俺らが怒られんだっつーの…」
そう言って田中は楽譜の束を見はじめる
すると、執務室の黒電話がベル音を奏ではじめる
びくりと肩を震わせる田中は受話器をとり…
「……はい、播磨鎮守府です」
誰からの電話かなんてわかりきっている
『吉津根です』
「(…だよな)」
出来れば二度と聞きたくなかった声を聞いて、執務椅子に深く座る田中
田中のリアクションを見て坂本も誰からの電話か理解
なにも知らない愛宕は相変わらずにこにこと笑っている
『…どうも数日前から山陽支部の方で通信機器のトラブルが起きているようでしてね…この通話も特殊な通信機器で連絡させていただいているんですよ』
「…ああ…そうでしたか」
特殊、トラブル…
便利な言葉だなと田中は内心ため息
『…先日のお話…決めていただけましたか?』
「…ええ。バッチリですよ。吉津根中将」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
東海支部 吉津根の執務室
「…音楽隊?」
真昼なのに明かりも付けずに執務室のカーテンは締め切られている
薄明かりの中、吉津根のいる執務机の上にはホールケーキやもなか等の様々な洋菓子、和菓子がところ狭しと並ぶ
指に付いたもなかの餡をしゃぶりながら吉津根は奇怪な顔で返す
「…つまり……解体もせずにこのままの体制で音楽隊をつくる、と…?」
『私には不当解体は出来ません。ならばこのまま現籍の艦娘達で音楽隊を編成し、軍楽隊として運用します』
田中の返答を聞いた吉津根はホールケーキの中心にその右手を突っ込む
「(…音楽隊……まぁそれぐらいなら特に問題はない…ですかねぇ…)」
ぐりぐりとケーキ中心部をえぐり取り、そのまま口へと持ってくる
吉津根の口元はクリームでべちょべちょになる
「…話はわかりました…しかし本当に構わないのですか?…あなた方は…田中少佐と坂本少佐は深海棲艦から日本国民を守るために海軍を志願したのではないのですか?戦うために士官学校で学んだのではないですか?」
頬張ったケーキをぐちゃぐちゃと咀嚼しながら眼を広げて諭しはじめる吉津根
「戦地で戦う仲間のためにも今ある障害を取り除いて前へ進むべきではありませんか?あなた方には海軍精神というものがないのですか?」
執務室扉付近にいた夢崎とは違う若い士官が吉津根にナプキンを渡す
ナプキンを受け取った吉津根はそれで口元をふく
『構いません。今成すべきことを成すだけです』
電話口の田中の返答を聞き、片方の眉をぴくりと動く吉津根
「……なるほど…わかりました。ただ播磨への予算はこれ以上上げることはできません。それにもし、万が一に播磨の艦娘達とコミュニケーションが取れ、音楽隊が出来たとしてもこれは海軍の活動…いわば機密事項扱いとなります…他の方々には活動内容の情報を漏らさないようにしてくださいね」
『…は、了解です』
「ええ…では……音楽隊、応援していますよ」
朗らかな声とは裏腹に、無表情の吉津根はそれだけ言うと、受話器をそっと本体に戻す
「…市川少尉」
「は」
ナプキンを持ってきた男性士官、市川が返事をし、吉津根の横に立つ
「…新たな任務ですよ。夢崎中尉が戻り次第彼と共に播磨へ向かいなさい…転属です」
吉津根がそう指示をすると、市川は一瞬戸惑うも敬礼
「…は、了解致しました」
市川は再度敬礼し、執務室から出ていく
「…ふぅ……」
吉津根一人となった執務室
ホールケーキ横に並んだフォークを掴み、ゆっくりとフォークを持った腕を上に上げ…
『ガッ』
テーブルに勢いよくフォークを突き立てる
「…ふん…どうせ上手くなんていきませんよ…あの二人が播磨の艦娘とコミュニケーションを取れるわけが絶対にありませんからね…」
吉津根は自信満々にそう言い、笑う
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
「…ぶひぇあっ…ぶぁあぅはっ…!」
1700
トレーニング終了と共に宗谷他20数名は息絶え絶えでグラウンドに倒れる
「…んじゃあ今日のトレーニングはここまでな!みんな寝る前にはストレッチしろよー」
西日を背に、田中が良い笑顔でそう指示すると艦娘達は力を振り絞ってか細く返事
「…宗谷、大丈夫?」
「…ふ、ふひぇあ…お、朧ひゃん…しゅいましぇん…」
まだ元気が残っている朧が宗谷に肩を貸そうと起こそうとする
「…よい…しょっ……あ…」
朧1人で立たせるには意外と重かった宗谷、そんな彼女の腕を持って立たせてくれたのは金剛だった
どうやら金剛もまだ元気な様子
「…あ、ありがとうございます…金剛さん」
「…いえ…気にしないでくだサイ…1人で運べマスか?」
少し緊張した様子の金剛が問うと、宗谷の肩を支えた朧はにこりと笑う
「はい、大丈夫ですよ!お気遣いありがとうございます」
そんなやりとりを遠目で見ていた愛宕は嬉しそうにくすくすと笑う
「…?愛宕、どうかした?」
「ううん、何でもないわ~、高雄もお疲れ様!」
愛宕の座っていたパイプ椅子を片付ける高雄へ笑顔を向ける愛宕
生まれた地が違うとはいえ、こうして妹の笑顔を見ることで、1日のトレーニングの疲れなど吹き飛ぶ気持ちになる高雄だった
そんな高雄姉妹と別に、グラウンドの片隅で顔を青白くして座り込む一航戦が1人
「…ぅぇえ…」
基本、普段は運動のしない播磨の艦娘
特に赤城(と扶桑)は人一倍体力がなく、トレーニングは他の皆に付いていくのに精一杯だ…むしろ付いていけていない
そんな死にそうな、魂の抜けそうな顔の赤城を見て、1人の女性が近づいてくる
「…大丈夫ですか?」
霰だった
皆と同じく日焼けで少し赤くなった肌の霰は赤城へと手を差し出す
「…あ、ありがとう…ございます…」
気遣ってくれた霰の手を握りつつ、自分の手をも使って立ち上がる赤城
運動着(体操着)に短パン姿の霰はどっからどう見ても女子小学生の姿であり、そんな見た目の少女に手助けをしてもらったことにより、赤城は自分の不甲斐なさ、体力のなさを強く感じて若干の自己嫌悪に陥る
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2030
播磨鎮守府 グラウンド
もう誰もいなくなったグラウンド
鎮守府敷地内の屋街灯に照されながら1人の少女が走っている
朧だった
「…はっ…はっ…はっ…はっ…」
夕食を終え、1人走りにきた朧
実は田中達が播磨へ来る前から、夜になると朧は1人走りに来ることが多かった
疲れているとはいえ、これもライフワーク
習慣を壊さないよう、短時間でも自分1人でのランニングをこなしに来ていた
「…はっ…はー…はー…」
約20分ほど走り、それを終えてグラウンドの朝礼台に腰掛ける
息を調えながら薄暗いグラウンドを見渡してくすりと笑う
「……へんなの…」
そう呟きながら思い出すはこの2日間の光景
皆で同じ格好でランニングし、筋力トレーニングをする…
今までの播磨では見たことのなかった光景
「何が変なんだ?」ひゃぁあぅ!?」
不意に掛けられた声でびくりと跳ねあがる朧
振り返れば30センチ程度のダンボール箱を小脇に抱えた田中が立っていた
「た、田中少佐!?…あぁ…びっくりした…」
「お?悪い悪い…驚かせるつもりはなかったんだけどな…んで変って?」
田中が不思議そうな顔で聞き返すと、朧はわたわたと両手をバタつかせる
「え、や、な、なんでもっ…そ、それよりも少佐はなんでここに?」
「おん?…いやぁ…俺ぁアレだよ…執務室の窓から外見てたらグラウンドを走るかわいこちゃんがいたからよ…気になってな」
初日に殴られた怪我はすっかり治り、金剛達とのことは置いておいて、赤城や三隈達とも特に大きなトラブルはなく友好的な関係を築き上げれている
かつ、自身の得意な分野に播磨の艦娘達を誘導出来たことでほんの少しだけ心に余裕の出来た田中は特に他意もなく、なんとなくな軽い気持ちでそんな冗談を言う
「…!!?」
だが異性からのそんな冗談を言われたことがなかった朧には効果抜群だった
みるみるうちに彼女の顔は赤くなっていき、照れた顔を隠すように両手を自身の頬当てる
「か、かか、かかわ…っ!?…や…そ、そんな…」
「…???」
しかし例のごとく鈍感な田中は熱暴走気味な朧のリアクションに首をかしげる
「…あ、ええと……あ!その…その箱なんですか!?運びますか!?」
恥ずかしそうにする朧は話題を変えようと、田中の持っていたダンボールを指差す
すると田中はふっふっふ、と怪しく笑う
「よく聞いてくれた…こいつぁとあるDVDだ」
「…でぃーぶぃでぃ?」
田中はダンボールを両手で持ち、頭より高く掲げる
「ディスク!ビデオ!!ディスク!!!」
「…あたし英語よくわかりませんけど…多分間違ってますよね?それ……ディスクって二回言ってますし…」
「…まぁ…うん。俺もなんの略かは知らん」
けど、と言ってダンボールを再び小脇に抱える田中
「…きっとお前ら見たらビックリするぜ?…アメリカ産の良いやつだからよ…あ、洋ピンじゃねぇぞ?」
「…ようぴん?」
聞きなれない単語
しかしなんとなくイヤらしい言葉の意味に感じた朧は眉を寄せる
「…ま、とにかくこいつの御披露目は明日だな…それまではお楽しみにってことで」
「…はい」
落ち着いた朧がそう返事をすると、田中は本館の方へ戻ろうとするが、ああ、と何かを思い出したかのように足を止める
「…そうだ…朧はなんかやりたいパート…楽器の希望とかあるか?」
「…希望…ですか?」
田中の問いに対して朧は楽器知識のレパートリーは少ない
だがひとつだけ、興味のある楽器はある
「…スネア…でしたっけ…あの太鼓…やりたいです」
「…ああ、わかった。んじゃあ早く寝ろよ?おやすみさん」
それだけ言うと、田中は本館の方へと歩いていってしまった
「…ぇえ…」
なんの説明もされず、それだけ言われた朧は少しだけ明日が心配になった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2050
「…お前ら…まだやってんのかよ…」
執務室へ戻った田中は、執務室内を見てため息を吐く
何故かファイルを盾のように構えた坂本と、真っ黒で色々なところがすけすけなネグリジェを装着した初月が、執務室のソファーを中心に対峙していたのだ
「…何故だ!何故僕と寝ようとしない!こんなにも美少女でテクニシャンな僕と身体をひとつにすることによってお前の性欲も満たされるのに!僕の何が気に入らないと言うんだ!!」
「ちょっ…や、止めさせてくださいよ田中君!」
追い回す初月、追い回される坂本
田中は気にすることなく坂本と初月の間を通ってソファーに座る
ソファーに座った田中は何かを懐かしむように眼を瞑る
数十分前、執務室にて明日のトレーニング内容を坂本と話していたところ、初月が突然強襲を掛けてきた
『坂本少佐!僕と子作りするんだ!…今すぐ!』
…等と、とんでもない事を叫び坂本に襲いかかる初月を見て、"こりゃいかん"と判断した田中は坂本を残して執務室から撤退
朧へ言った窓からのうんぬんは適当に思い付いたことを言っただけだった
事実は修羅と化した初月のとばっちりから逃げるためだったのだ
「た、たた、田中君!夕雲さんを呼んでください!夕雲さん!」
「なにおう!?僕というものがありながら他の女の名を叫ぶとはとんでもないタラシだな少佐!だが悪くない!決して悪くないぞ!僕は興奮している!他の女の名を呼ぶことでより興奮したぞ!焦らすのがなかなかうまいじゃあないか!少佐!」
田中の座るソファーの周りをぐるぐる回る坂本と初月
田中は目の前のテーブルの上でダンボールの封を開けて中のものを取り出す
「…いや、疲れてんだろうしもう夕雲も寝てんだろ…っつーか初月の体力すげーな…大した「大したものだろう!田中少佐!なんだお前もわかるやつじゃあないか!よし、坂本少佐のおまけでお前の相手も後でしてやろう!だから今は股間を握って指を咥えてそこで見ているが良い!僕と坂本少佐との愛の営みを!さあ!少佐!イクぞ「初月さん?部屋へ戻りなさい?」
はっとする初月
振り返ると執務室の扉の前には顔色の悪い赤城が壁に手をついて立っている
「…お、おいおい…大丈夫かよ赤城さんよ…」
ふふふ、と幽鬼のようにふらつきながら田中のいるソファーの方へ近づいてくる赤城
「…なんの…これしき…ふぁあ…」
「おっと」
倒れそうになる赤城の肩を支える田中
「お、お二人のお仕事のお手伝…いえ…監視を…」
筋肉痛で動かない身体を震えさせてそう話す赤城
最早監視等する気のないところがバレバレであるが、田中も坂本も突っ込まない
「むしろ物理的に突っ込んで欲しいのは僕なんだが…」
田中、初月の謎の発言を無視
「…いや、手伝いはもう良いからお前はもう休め…あ、ちゃんと身体を伸ばしてからな?」
「…うぅ…」
赤城を支える事によって初めて彼女の顔を間近で見た田中は、"あ、マジで美人だなこの人"と頭で考えはするが、それを口にすることはなかった
まさかこんな状況でそんなくだらないことを言えるわけがない
「…初月、悪いけど赤城を寮まで送ってやってくれないか?」
「ん?ああ…わかった」
意外にも素直な初月
それもそのはず、上がりきった初月の性欲ボルテージは赤城の登場で地下深くまで下がりきり、結果、初月の心は鎮まりいつもの自称クールな彼女へと戻ったのだ
「…初月さん…これ、よかったらどうぞ」
「む」
そう言って坂本は恐る恐る初月の肩にタオルケットを掛ける
「…いまきゅんときた。おい、坂本少佐、今すぐヤる「それはいいから赤城を送ってやれって」…ああ、そうだな…」
諦めた初月はタオルケットを羽織り、赤城の肩を支えて執務室から出ていく
「坂本少佐ぁ…すみませぇん…』
赤城の弱々しい言葉を最後まで聞くことなく扉は閉められた
田中と坂本は二人してため息
「…お前な…あんだけ好かれてんなら1度くらい相手してやったらどうだよ…別に俺ぁなんも見てねぇことにするぜ?」
「…止めてくださいよ田中君…彼女に対して特別な感情はありませんから…」
「…にしてはタオルケットとか掛けてやってたじゃんか」
「…いや…あの格好で鎮守府内歩かれても我々が勘違いされてしまいますよ…」
「…勘違いって……っつーか赤城の野郎、お前には謝罪しておいて俺には何もなかったぞ?ちゃんと教育してやれし」
「…うーん…理不尽です田中君…」
嵐の過ぎ去った執務室
田中と坂本は軽口を言い合うと、再び譜面や編成表を取り出し、話し合う
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2100
艦娘寮 とある一室
トレーニングの疲れもあり、吹雪と満潮は二人して自分のベッドにうつむせになった姿勢で寝ていた
「…うう…まさかこんな辛いものだったなんて…」
筋肉痛を吹雪がぼやくと、満潮が鼻で笑う
「…これを私達はあんた達よりも1日早く経験したんだからね…?」
「…キッツぅ…」
二人してため息を吐いていると、部屋の扉が勢いよく開く
「さあ!戻ったぞ!二人とも!」
ネグリジェ姿の初月だった
「「…」」
ジト目で睨む吹雪と満潮は突っ込むことができない
そんな二人の姿を見て、初月は腕を組む
「…なんだなんだ…二人ともだらしないな…」
初月の言葉にむっとする満潮と吹雪
「…初月ちゃんが体力お化けなんだよ…」
「…そうよ…私達が普通なのよ」
顔を枕に埋めたまま二人がそう返すと、初月はあ、と何かを思いついたように眼を大きくさせる
「…なるほど!そうか、お前達も僕のようになりたいんだな!?そうなんだな!?いやー!そうか、そうか、これは済まなかったな、気がつかなくて!」
初月の謎の発言に、吹雪と満潮は筋肉痛も忘れて飛び起きる
がばっ、と羽織っていたタオルケットを捨て、吹雪に覆い被さる初月
「ちょっやっ…はぁ!?な、なになになに!?って、いでででで!!き、筋肉痛がっ!」
くねくねと身体を捻らせながら初月から逃げようとする吹雪を初月はお姫様抱っこし、満潮の寝ていた向かいのベッドへと近づく
「…はっ!?」
ベッドに座る満潮は何かを察して顔を上げる
そこには吹雪をお姫様抱っこする初月が妖しく笑い、満潮を見下ろしていた
「…な、何するつもりなの!?」
「…さあ、吹雪、満潮…なにも男とするだけがコトじゃあない…同性同士でもとっても気持ちいいということを教えてあげよう…なに、遠慮はいらないぞ。体力もついて3人の仲もとっても良くなる…それに……ああ、とてもとても良いものだからな…」
「…や、やめひぇ…」
「…ひぃぃいいい…」
この日を境に、吹雪と満潮はお互いをふーちゃん、みっちゃんと呼び合うような間柄になることになる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
吹雪と満潮が初月に襲わ…もとい3人で仲良くしている頃、談話室のソファーに座って真っ暗な外を眺める女性が1人
「…はぁ…」
金剛だった
他の艦娘と違って普段から自主的に運動をしている彼女は筋肉痛もそれほど苦ではなく、こうして静かになった談話室で物思いにふけっている
「…どうしよう…」
普段気丈に振る舞っている彼女とは思えない弱々しい声
彼女はある事を悩んでいた
「…何がどうしようなんですか?」
か細い声を掛けられる
"しまった、聞かれた!?"と金剛は声のする方へ眼を向ける
そこにいたのはじょうろを持った少女、霰だった
「……貴女、身体は大丈夫なんデスか?」
「…まだ筋肉痛はあります…でも平気です」
霰はじょうろを片手に持ったまま両腕を上げてフロントダブルバイセップスのポーズをとると、むん、と小さく鼻息を吹く
華奢で小さな少女がフロントダブルバイセップスのポーズ…これだけで癒され案件ではある
金剛はふ、と鼻で笑う
「…なんデスか…そのポーズ…」
「…ふろんとだぶるばいせっぷすです」
「…?…そう…デスか…」
「坂本少佐が教えてくれました」
「…そうデスか」
霰はソファーに座る金剛の隣に腰掛ける
「…何か悩みがあればお聞きしますよ」
「…」
霰に問われると、金剛は申し訳なさそうな、苦しそうな表情になる
「…霰に話しにくいのであれば…田中少佐や坂本少佐も聞いてくれると思いますよ」
田中達の名を出すと、金剛は眼を強く瞑る
このリアクションでああ、と霰は理解する
田中達の事で悩んでいるんだな、と
霰はソファーから降り、金剛に背中を向けて再度両腕を上げる
金剛は目を開けて霰の背中を見つめる
「……?…それは…?」
「…ばっくだふるばいせっぷす」
「…」
霰、ポーズを変える
「…さいどとらいせっぷず…」
「………」
続いてのポーズをとろうとした時、金剛が霰にストップをかける
「…もうわかりましたカラ…心配かけてごめんなサイ」
「…元気、出ました?」
アブドミナルアンドサイのポーズでそう問う霰
ここで金剛は霰が自分を元気づけてくれてると認識する
「…坂本…少佐はボディビルが好きなんデスかね…?」
金剛がそう言うと、霰は頭を傾げる
「…ぼでぃ…?」
どうやらポーズの名前は知っていてもボディビル事態はよくわかっていない霰
金剛はくすりと笑う
「ふふ…多分貴女には縁のないものデスよ」
さて、と金剛はソファーから立ち上がる
「…私もそろそろ寝マス…貴女も早く寝た方がいいデスよ」
「…はい」
おやすみなさい、と言うと金剛は談話室を出ていく
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
部屋に戻るまで、金剛はある少女の事を思い出していた
「…鈴谷…」
否定派だった鈴谷
田中達が着任した最初の夜、金剛達と一緒になって田中達へ暴力を働いたメンツの1人だった
後日、三隈に連れられて田中達へ謝罪に行ったらしいと金剛は聞いた
暴力を行った事実は消えない
だが彼女はその事をきちんと反省し、謝罪した
今はどうだ?
その彼女は田中の隣に立ち、緊張しながらも笑っているではないか
自分はどうだ?
謝罪も反省も見せない、見せようとも行おうともしない自分は「うるさいなぁ…」
次々に頭の中に思い浮かぶ感情を、頭をふって払拭する金剛
はぁ、とため息をついて廊下の壁に手をつける
「…私は……」
苦痛の表情を浮かべ、金剛は自分の部屋へと向かう
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
「おいっ!ざっけんなよ!これのどこが音楽活動だっつーんだよ!走って筋トレしかしてねぇじゃねぇか!何の意味があんだよ!?」
翌朝 0600
トレーニングを開始しようとすると、本日3日目の否定派の艦娘、鳥海が田中に向かって怒鳴りあげる
ざわつくグラウンド
「……あぁ…ハズレちまったか…」
ぼそりと呟く田中はぽりぽりと頭をかく
当初、田中は先に参加した肯定派、中立派の艦娘達なら"3日"で根を上げると予想していた
だが彼女達は意外にも忍耐強く、良い意味で田中の予想を裏切った
そしてまさかの否定派からの声が上がる
「…はぁ?」
顔をしかめた鳥海が田中に詰め寄ろうとする
しかしそこは抜かりなく三隈と宗谷がさりげなく田中の前へと出てくるも、田中は二人を止める
「…いや、わかった…皆付いてきてくれ」
「…田中君?」
「ああ、坂本…少佐も付いてきてくれ」
そう言って田中は否定派の艦娘達を先頭に皆を率いて基地本館の方へと歩きはじめる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
0615
基地本館 音楽室
「…なんだっけ…この部屋…」
田中に連れてこられた艦娘の誰かがそう呟く
あの赤城でさえ用途のわからなかった部屋だ
他の艦娘が知るわけがない
「…おい、なんだってこんなところ連れてきたんだよ」
鳥海の態度は変わらない
隣に立つ摩耶が止めようとするも、鳥海はその手を払う
田中は鳥海になにも返すことなく楽器倉庫へと入っていくと、数十秒後、枕大サイズのハードケースを持ってくる
「?」
田中が持ってきたケースを見て艦娘達は皆不思議そうな顔をする
「…な、なんだよそれ…」
何が入っているかわからない鳥海は警戒しながら問うも、田中はケースを床に置き、ロックを外す
「んー?…何って…楽器さ」
そう言って取り出したのはトランペットの様な金管楽器だった
しかしその大きさはトランペットのふた回りもさん回りも大きい
周りの艦娘達も珍しいものを見るように食い気味に楽器を見つめる
田中はマウスピースを楽器にはめて鳥海へ楽器を渡す
「…ほれ、丁寧にな?…吹き方わかるか?」
田中の問いに鳥海は少し恥ずかしそうにがばっと田中から楽器を受けとる
「…は!?知ってるっつうの!…ばーか!」
しかしその楽器を構える見た目は素人そのもの
「(…こんなんあれだろ?…ここに口付けて息吐けば良いんだろ?)」
鳥海はマウスピースに口を付け、鼻で大きく息を吸い…
『…フーッ!』
一同息を飲んで鳥海の空気音を聞く
「…あ、あれ…?」
鳥海、首をかしげながら再びマウスピースに口を付けて息を吸い…
『フーッ!』
再び奏でるは鳥海のエアー…
金管の吹き方を知らない鳥海はただただ空気を吹くことしか出来なかった
「…あー…唾を吹くみたいに唇を震わせてだな「うるひぇえ!わぁってるっつの!ブッ飛ばすぞ!」
息を吐きすぎたせいなのか、楽器の事を知らないことがばれたのが恥ずかしいのか、鳥海は顔を赤くして田中へ怒鳴る
「(…ブッ飛ばしたじゃねぇか…初日に…)」
と、田中は内心突っ込むが決して声には出さない
一同鳥海を注目
三度目の正直
鳥海は小さくぶーぶーと唇を震わせながらマウスピースに口を付け…
『…ブ…ブ、ブゥ~……ブ…シュー…』
途切れ途切れに、最後にはエアーになってしまったが確かに楽器を鳴らすことに成功
「……ぷぁっ…」
顔を真っ赤にした鳥海はマウスピースから唇を離す
同時にどっと冷や汗が彼女の背を濡らす
「(…やっば…これ…こんな疲れんのかよ…息続かねーし…楽器重いし…う…腕ぷるってやがる…)」
初めて持った楽器の重さ
初めて吹いたマウスピース
何故田中と坂本が走り込みや筋トレをやらせたのかようやく理解した鳥海
「……」
皆が注目するなか、楽器を下ろした鳥海は口を閉ざす
赤城も金剛も鳥海のリアクションを見て理解する
「…楽器、重いだろ?」
田中から掛けられた言葉に鳥海はぴくりと肩を震わせながらも小さく頷く
「…ああ…めちゃ重い…」
「…息、続かねぇだろ?」
再び問われ、彼女は頷く
「…ああ、全然息が足りねぇ…」
鳥海の素直な返答を聞いて、彼女から楽器を受けとると、楽器倉庫前に立って様子を見ていた坂本へ渡す
「…これ、お前吹けるよな?」
「…ええ…問題ありませんよ」
そう言って坂本は楽器を構える
右手人差し指、中指、薬指をピストン先端に乗せ、小指は指掛けに…
左手は親指と小指をトリガーに掛け、残りの指でピストンバルブを握る
両腕の肘は左右外側に水平よりもやや角度を落とし、ベルは目線よりも少し高めに向ける
マウスピースに唇を付け、口の端から息を吸う
『ーーーーー』
吹かれた音色は先ほどの鳥海の吹いたその音よりも丁寧で、とても柔らかい音だった
坂本は音階、簡単なアルペジオを吹く
「…すげぇ…」
初めてとはいえ、同じ楽器を吹いた鳥海は坂本の音に圧倒、呆気にとられ、同時に坂本の楽器を吹く能力の高さに驚く
「(…どんだけ体力あんだっつの…でも…)」
坂本の吹く姿を見て鳥海はある1つの思いを持つ
"カッコいいな…あんな風に吹きたいな"…と
「…ふぅ」
楽器を吹き終えた坂本はマウスピースから口を離し、持っていたハンカチでマウスピースと自分の口を拭くと、鳥海へ楽器を渡す
「…あ…」
楽器を受け取った鳥海は大事そうに楽器を抱き抱える
「…それは、ユーフォニアムという楽器です」
「…ユーファニアン…」
フロントベル・ユーフォニアム…
男性奏者でも持つのになかなかの筋力が必要な中低音の皇帝である
楽器の名を教えてもらった鳥海は目を輝かせてユーフォニアムを見つめ…
「……ぐ…」
マウスピースを外して、悔しそうに楽器ケースにしまう
その行為に驚く一同
摩耶が心配そうに鳥海の名を呼ぶが…
「…おい!とっとと走り行くぞ!…今のあたしじゃ……全然…全然足りねぇ!」
鳥海はそう声を上げて、音楽室から走って出ていってしまう。そんな彼女の姿を見て他の艦娘達も何人か音楽室から出ていってしまった
口で説明よりも見て理解した艦娘達は、自分の足りないものに気づいたらしい
音楽室に残ったのは田中、坂本、赤城、三隈、朧、初月
そのメンツを見て金剛も音楽室から出ていく
「…うし、うまく行ったな」
田中のどや顔を赤城がジト目で睨む
「…きちんと説明すればよかったのでは?…やり方がやらしいですよ。田中少佐」
「…赤城みたいに話がわかるやつだけならそれで良いけどよ。少なくとも鳥海みたいな奴らじゃこの方が良いんだよ。っつか悪かったな坂本…無理やらせて」
坂本は口を指でほぐしながら笑う
「いえいえ…ユーフォ吹いたのは随分久しぶりでしたが…やはり吹かないと腕は落ちますね…」
苦笑いする坂本に初月が近づく
「いや!とても良かったぞ少佐!あんな凛々しい姿をみたお陰で僕ももう濡れてしまったよ!」
あっはっは!、と高笑いする初月
朧は三隈に小声で問う
「…あの…濡れるってなに「気にしたらダメよ。忘れなさいな」…はい」
坂本と初月のいちゃつき( )を無視し、田中は赤城へ束になった用紙を渡す
「はいこれ」
「…これは…編成表…?」
渡されたのは音楽隊の編成表だった
誰がどの楽器をやるか、等表記してある
赤城がさりげなく自分の名前を見ると、これまた良くわからない名称の楽器担当だった
「…ああ、午前中のトレーニングが終わったらこいつを皆に渡してくれ…こういうのは赤城からの方がいいだろ…」
「…はぁ…」
「で、午後からその楽器での練習に入ってもらうからさ…ああ、その編成表は仮決定だ。楽器との相性もあるからな…とりあえずはその書いてある楽器をしばらく担当して、様子を見て他の楽器もやりたいってなったらまた相談っつー事でさ」
「……はぁ…まぁ、なんとなく理解しました」
よし、と田中は頷く
「…俺らも午後からは大忙しだな…頼むぜ?相棒」
田中、坂本へサムザアップを向けるも坂本は少し不安そうだ
「…金管はともかく…木管はあまり経験がないので…教えるのに正直不安です…」
あはは、と苦笑いをする坂本の肩をバンバンとたたく初月
「心配するな!僕がいるじゃあないか!」
む、とした赤城が初月に問う
「…楽器経験があるんですか?初月さん…というか叩くのは止めて上げてください。坂本少佐が困っていますよ」
「いや、ない!だがきっと大丈夫さ!あっはっはっ!」
元気一杯な初月の返答を聞いてがくりと肩を落とす坂本と赤城
ぱんぱんと手をたたく田中
「はいはい…んじゃあお前らも行った行った!しっかり体力付けてこいよー!」
田中がそう言うと、赤城達も音楽室から出ていきグラウンドの方へと向かう
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
1300
午前のトレーニングを終え、昼食をとってから艦娘達は音楽室へと向かう
音楽室に入ると、先程は無かった様々な楽器ケースが部屋に並べられていた
黒板の前に立つ田中が編成表を手に咳払い
「よーし…んじゃあ名前呼ぶから、呼ばれたらその楽器の所行ってくれ」
編成表はすでに艦娘達に渡してある
しかし楽器など殆ど触ったことのない少女達では何がどの楽器なのかちんぷんかんぷん
…という意見を三隈と鈴谷から受け、急遽田中と坂本で楽器とその担当者を仕分けすることにした
「まずフルート…夕雲、有明、宗谷」
「はい」
「…ん」
「はい!田中少佐!宗谷、フルート全力でやります!」
名前を呼ばれた夕雲が返事をし、有明はぶっきらぼうに…そして宗谷はびしりと敬礼して坂本に誘導されてフルートのケースが並んだ所へ向かう
「…うん、んじゃ次、ピッコロ、三隈」
「はい」
「次、ソプラノサックス…鈴谷、松」
「は、はいぃ!」
「…はい」
田中にを呼ばれて緊張する鈴谷と、少し不貞腐れたような返事をする松
松はソプラノサックスのケースから楽器を出し
「…あの…これ、どうやって吹くんですか?」
「…いや、そりゃちゃんと説明するから待っててくれよ…あと勝手に楽器出さないでくれよ?デリケートなもんなんだからさ」
松の問いを軽く流して、再び編成表に目を向ける田中
「…次、アルトサックス…敷波」
「あ、はい…」
少し背の低い彼女がアルトサックスのケースを持つと、むむ、と坂本が唸る
「…田中少佐…どうして彼女をアルトサックスに?」
「…ん?…あー…なんでだろ……なんか…なんとなくアルトサックスは敷波がやらなきゃいけない気がしたんだ…」
そう話し、田中と坂本はお互い頭を傾げる
その後もいくつかのパートと、担当者を呼び…
「…次、トロンボーン…赤城、高雄」
「…はい」
「はい!」
不安そうな赤城に、元気一杯返事をする高雄
「…そんな不安そうな顔するなよ赤城…トロンボーンはタッパあるやつの方がやりやすいからさ…多分二人とも似合うと思うぜ?」
「…」
ジト目で田中を睨む赤城
それを見た坂本が苦笑い
「…あはは…あ、ちゃんと使い方は教えますから…」
「はい、お願いしますね。坂本少佐」
「……はい、次…ん?」
編成表を見ていた田中はとある人物からの視線に気づく
鳥海だった
彼女がどの楽器をやりたいかはもうわかっているし、編成表の名簿も既に見ているだろう…
きっと鳥海は田中に"正式に"名を呼ばれたかったのだろう
「…待たせたな…ユーフォニアム…鳥海、伊19」
「…っしゃあっ!!」
「はいなのー!」
ガッツポーズの鳥海と、こちらも元気一杯なイク
鳥海のガッツポーズは何かの決意のように田中には見えた
「…ああ、頑張れよ…んじゃあ次、チューバ。摩耶、電」
「は、はい!」
「なのです!」
摩耶と電がチューバケースの方へ向かう
ここで音楽室にいる艦娘の約半数が楽器ケースのある所に立ち、まだ約半数は音楽室の扉前で待機している
「以上が管楽器で、次がパーカッション…打楽器な」
んん、と再び咳払い
「スネアドラム、朧、霰、神風」
「は、はい!」
「はい」
「…はい」
緊張顔の朧に、頷く霰
神風はどんな楽器か理解していないのか、疑問顔である
「…テナードラムはとりあえず置いておいて…ベースドラム。満潮、曙、初月「いやぁぁあああ!!」
名前を呼び終わった直後、とある少女が叫ぶ
びくりと肩を震わせる面々
「…は?…え?…なんだよ…」
「いやぁっ!いやぁぁぁあ!!」
吹雪だった
吹雪は泣きじゃくりながら満潮の手を握る
「私はいや!みっちゃんと離れたくなんてない!!いやだぁ!」
「ちょ…ふー…吹雪!」
周りの目を気にしているのか、満潮は顔を赤くしてわたわたとする
全てを知る初月はにやにやと二人を見ている
「…ヤン…いや、メンヘラ系か…」
ぼそりと呟く田中は頭を抱える
そんな田中の肩をどや顔でぽん、と叩く初月
まるで"僕に任せろ"と言っているようだった
「…吹雪…もう今生の別れじゃあない…吹雪もマリゾンとかいう打楽器だろう?…なら同じ打楽器仲間じゃあないか…一緒に練習をする時間もきっとあるさ…というか、むしろ障害がある方が恋は燃えるものだと僕は思うんだ」
初月に諭され、吹雪は黙る
「…そ、そうよ!別れる訳じゃないわ!…ま、また今夜一緒に寝てあげるから…ね?わがまま言わないの」
「みっぢゃん…うん…わかった…我慢する…」
満潮の言葉でようやく頷く吹雪
気を取り直し…
「…えーと…じゃ、次な…打楽器小物…扶桑」
「はい」
「次、マリンバ…吹雪」
「はい!」
名前を呼ばれた吹雪はマリンバの方ではなく何故か満潮の隣に立ち、手を握る
「(…恋人握りだ…)」
「(…恋人握り…)」
「(ガッチリ掴んでる…)」
吹雪と満潮の一方的なラブラブっぷりからさっと目をそらす艦娘達
「…次、ビブラフォン…香取」
「はい」
名前を呼ばれた香取がビブラフォンの方へと向かう
そして最後に残ったのは…
「…んじゃ、最後にティンパニ…金剛」
「…」
名前を呼ばれた金剛は一瞬だけ唇を開くが、返事をすることなく頷く
「…っつー訳で、今いるメンバーの楽器は以上…まぁあれだ。俺の独断と偏見の編成だから気に入らなかったら後ででも俺に言ってくれ!」
皆自分の楽器ケースを手にわくわくしていたり、不安そうにしていたりと様々な反応を示す
そんななか、一人の少女が手を上げる
「…おう、どうした宗谷」
「少佐!頂いた編成表ですが、何ヵ所か空白があるのですが…」
編成表を見れば、確かに担当楽器の下にいくつかの空白欄がある
宗谷の問いに坂本が頷く
「…今よりも人が増える可能性がありますので、もし誰かが新しく入ってもすぐにそのパー…楽器担当の演者として参加出来るように空欄を作っているんですよ」
つまり予備欄である
皆誰も気にしてはいないが、肯定派と中立派は全員参加、しかし否定派はまだ3 名ほどこの場にはいない
とはいえ参加していない3名が編成に入っても欄が埋まるわけではないが…
「…それと播磨には定期的に人がやってくるとお聞きしました。その人達の分でもありますね」
…宗谷達のように棄てられた者達の事である
「なるほど!宗谷、理解しました!」
相も変わらず腕の角度がびしりと決まった敬礼を坂本へ向ける宗谷
「…他になんか質問とかある奴いるかー?」
田中が少女達に問うと、宗谷とは別にもう一人手を上げる
「…はい…えーと…カミタカ」
「…え、あ…神鷹…です。はい…」
おどおどしながらそう返すは金髪の少女。バリトン担当、神鷹
ちなみに先ほどの名前が呼ばれたときも田中は読み方を間違えていた
田中は頭を下げて謝罪
「…あ、ごめん…ええと…神鷹、どうした?」
「…あ、はい…その…演奏形態…というか音楽ジャンルってなんですか?…オーケストラとは思えにくいんですが…」
ここに来て初めて音楽的な用語を返された田中と坂本は、播磨の艦娘の中にも音楽を知っている者がいたことに驚く
「…あー…そっか…言わなかったな、そういやぁ…」
ううん、と田中は咳払いし、黒板の前に再び立つとチョークを探す
「…今回、お前達がやるのはオーケストラじゃあない」
喋りながらチョーク入れの箱を開くが、チョークはない
「……ましてや吹奏楽でもビックバンドでもない…海自…いや、海軍といえば……あれ…チョークないな…」
「…」
チョーク探しを諦めた田中は両手を腰に当て、皆の方を向くと息を吸い…
「…マーチングバンド!播磨音楽隊マーチングバンドだ!」
自信満々にそう言い放ち、にやりと笑う田中
今ここに播磨音楽隊が設立
…されようとしていた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
同時刻 東海支部
吉津根中将の部下、市川少尉がどこかへと電話を掛けていた
『…吉津根先生が…?』
「…は、夢崎中尉と共に播磨へ……転属とのことです」
『…なるほど…それ以外に何か言っていたか?』
「…いえ…特には…」
『…くくく…なるほど…つまり播磨の二人に変わり、戦えないゴミ共を解体しろ、ということだな…?』
「…」
『お国の為に戦えない堕落したガキどもだ…解体されてこの世から消えようとも誰も困らないだろうよ…』
「…そう、ですね…」
『明日には支部に到着する…吉津根先生への報告が終わり次第播磨へ向かうぞ』
「…は!」
『…くくく…だらけきった馬鹿共め…俺が直々に折檻してやる…くくくく…』
はい
お疲れ様でした
最初は多少のトラブルはありましたが、ここまでなんと誰も死んでいません!
平和そのものですね、はい
…ようやく次のお話から本格的に音楽活動行われます
しかし夢崎中尉と市川少尉というトラブルの種になりそうな方々も播磨に来そう…
果たして播磨鎮守府はどうなるのか
次回更新をご期待ください