少しばかり下ネタ…エロトラブルとでもいうんですかね…?
そんな部分が今回ありますが、嫌なお顔せず、暖かい眼でどうぞ見てください
かつて、私はある海軍基地の第一艦隊に所属していたわ
栄光ある第一艦隊
誉れある第一艦隊
主力艦隊である第一艦隊…
他所では私達神風型の艦娘は戦闘よりも遠征要員として使われることが多いらしいけど…
けれど、ここでは私達…というよりも"私"だけは違う
最前線で活躍できた
他の同型艦なんかとは違う
私は努力したから…
誰よりも訓練して、強くなって、誰よりも任務をこなして、だれよりも我慢した…
『司令官、第一艦隊無事任務を完了し、帰投致しました!』
遂に第一艦隊旗艦にもなれた
『ご苦労、神風』
ようやく司令官のお役に立てる…
『…だが』
私が誰よりも司令官を尊敬し、敬愛している
私は兵器
私は司令官のための道具であり、戦うための手段
『…他の僚艦を見殺しにして…それを無事としていいのかね…』
……?
司令官…何を言っているの…?
目的は敵の撃破でしょう?
敵海域を制圧するんでしょう?
どうして兵器である私達を心配するの?
私達は道具。
戦うための道具よ?
司令官、貴方は貴方の事だけを心配しなさい
私達は戦う者
戦いで勝って生き残れば次の戦いへ…
負ければ沈む、と決まっているものよ?
それ以外に運命はないのよ?
『 』
どうしてそんな辛そうな顔をするの?
『 』
何故そんな事を言うの?
『 』
その時の私には…司令官の言葉が理解できなかった
司令官だけじゃない…
基地の皆の言っていることがわからなかった
でもこれだけははっきりとわかる
私は間違っていない
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
播磨鎮守府 執務室
2100
「そんなの駄目に決まってんじゃん」
執務室の扉の外には漣…そして彼女の一歩後ろには親潮と山雲もいる
「…お前ら…」
田中が思い出すは初日の夜
鎮守府ホールの上階から自分達を指差してくすくすと笑っていた漣達の姿だった
「…さ、漣ちゃん!」
「…こんな時にそんなこと言うのはさすがにKY過ぎじゃないかしら~」
取り巻きの親潮と山雲も漣をなだめるように声をかけるも、漣は視線を変えない
「…金剛さんも赤城さんもみんなおかしいんじゃないの?…こんな奴らにいいように騙されてさ!…いつもみたいに利用されて捨てられるに決まってるし!」
声を震わせながら漣がそう訴えると、朧がきっと彼女を睨む
「漣!いい加減にしなよ!田中先生達がそんなことするわけがな「それだって!それそれ!何が先生だっての!朧、あんたも騙されてんだって!」
び、と漣は朧を指差す
「なんで今まで興味の湧かなかった存在にそんなに従順になれるわけ?なに?もしかして身体でもそいつらに触らせてあげたの?マジウケる」
漣の止まらない暴言に対して流石に親潮も山雲も眉間を寄せる
「漣ちゃん!言って良いことと悪いことがあるよ!」
「…あー…あのよ…」
流石に重くなった空気を変えようと、田中が何かを言おうとするが
「…あんたらの言葉なんて聞かないから!何が音楽活動だっての!そんなくだらないもので皆が釣れると思ったら大間違いなんだか
漣の言葉は最後まで続かなかった
代わりに乾いた音が執務室に木霊する
三隈が漣の頬を叩いたようだった
「…は…?」
漣は叩かれた頬に手を当てて自身を叩いてきた三隈へ視線を向けようとする
だが先に視界に入ったのは怒りの表情の三隈ではなく、その後ろに立つ涙を流した朧だった
「……くっ…」
叩かれた漣も目元に涙を浮かべ、すぐに踵を返すと一目散に廊下の奥へと走っていってしまった
「「漣ちゃん!」」
心配そうな表情で親潮も山雲も名前を呼ぶも漣は振り返らなかった
立ち尽くす二人の間を1人の少女が駆け抜ける
朧だった
「…ちっ…おいおめぇら」
田中がぶっきらぼうな言い方で親潮と山雲を呼ぶ
「…おめぇらあいつの…漣のダチじゃなかったのかよ…ダチが泣いてたら追いかけて肩組んでやんのがダチじゃねぇのか?」
田中がそう言うと、親潮も山雲も口を結んで俯いてしまった
二人の態度を見た田中は小さくため息し
「……あっそ…よくわかったわ…赤城!金剛!三隈!おめぇら手ぇ貸せ!」
突然呼ばれた赤城と金剛はびくりと跳ねあがる
「あ、は、はい!」
「も、勿論デス!」
「ええ、行きましょう!」
「…坂本!その他の奴へのフォロー頼むぞ!」
次いで坂本へそう指示を出すと、坂本はサムズアップ
「任せてください、落ち着いたらすぐに追いかけます!」
坂本の言葉を聞くと、頷いて漣と朧の後を追いかけ始める田中達
「「…」」
親潮と山雲もお互い顔をあわせて頷くと…
「…私も行きます!」
「漣ちゃん!」
田中達の後を追い始めた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
漣達を追うため廊下を走る田中、赤城、金剛、三隈の4人
「…おお、赤城もちゃんと体力ついてきてんだな。感心感心」
走りながらもいつもの調子で喋る田中に対して赤城は若干息があがっている
「はっ…はっ…しゃ…喋る…余裕……はっ…なっ…」
「…ところであいつらどこまで行ったんだよ…基地広すぎてわかんねーって…」
田中が足を止めると3人も止まる
確かに播磨鎮守府は敷地面積もそうだが建物内も広い
少女二人を探しだすのはなかなかに骨がおれる
「はっ…はっ…お、追いつい…おぇえ…」
息を切らせて走ってきたのは親潮だった
山雲も一緒だが、彼女の方は体力に余裕があるように見える。息が全く切れていない
「…漣ちゃん…多分あそこにいると思いますよ~」
「…あそこ?どこだ?」
山雲は窓の外を指差す
赤城や金剛もその指の指す先を見る
「……ありゃあ…ドックか?」
「…ドック跡、といった方がいいですね」
そう言うは市川だった
後ろには夢崎もいる
「…なんだよ…ついてきたのか?別に部屋で寝てても良いんだぜ?」
面倒くさそうにジト目で市川達を睨む田中
「…夢崎中尉が追いかけるぞって言い始めたんです。それに人探しなら大人数の方が良いですからね。普通に考えて」
「田中少佐の先程の指示はよぐねね。執務室にいだ者達で探せばまだ見づがる確率はたげぐであっただよ」
「…何言ってんのか……わかるけど聞こえねぇな…んで?跡っつーのは?」
田中の返答に市川が頷く
「…ドックだけではありません…播磨鎮守府事態、なかなかに歴史のある建物ですからね…既に使っていない施設だらけですよ」
首を傾げる金剛
「ならどうして漣ちゃんはドックの方へと行ったのデショウカ」
息を整えていた親潮が額の汗をぬぐう
「…あそこのドックは…私達の秘密の場所だったんです…天井から飛び出したクレーンの先端に座って…よくお喋りしてました」
親潮の言葉を聞いて親潮と山雲以外の面々の表情が曇る
「…え?…あ、あれ?」
困惑する親潮
山雲も頭を傾げる
「…マジか…おいおいおい…変なフラグ立ったぞ…これ…」
田中が呟くと、赤城も頬に手を当てて眉を下げる
「…立ち入り禁止の看板が掲げられていたのに…まさかあそこに侵入してる娘がいたとは…」
金剛も顎に手を当てて何かを考えるようにしている
「…古い建物…古いクレーン…これ…は…」
変わらず親潮と山雲は皆が何を考えているのかわかっていないようだった
「…ええとぉ…なにか良くない感じですか~?」
山雲の問いに夢崎が頷いてナイトキャップを外す
「…お前達が秘密基地代わりに使っていたクレーンも相当ガタがきている筈だ…」
うん、と三隈も頷く
「…折れますね…きっと」
「で、でも!私達が乗っていた時は何もなかったですし…あいたっ!」
田中が親潮の頭をかるくチョップ
「アホ。その時は何もなくても古いクレーンだ…いつ何が起きるかわかんねぇだろうが」
赤城からの「セクハラですよ」という視線を無視し、田中は唸る
「…あのアホピンク…クレーンに登ってる可能性がクソ高い…!…よし、赤城!夢崎中尉達とで布団でも毛布でもかき集めてきてくれ!万が一用のクッションの用意だ!三隈は行き先を坂本に伝えろ!金剛は古川さん達を呼んできてくれ!用意出来たらドックのクレーン下で集合!スーパー特急で行動開始!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
播磨鎮守府 ドック
2130
薄明かりの中、広いドックまでやってきた田中と親潮、山雲
水の抜かれた槽の上部に見えるのは大きなクレーンが三台
「…どれもサビサビじゃねぇか……お…あれは…」
クレーン三台のうちの一台が根本が落下した状態でドック内の壁を突き破って外…空へと伸びており、その付近には金髪の少女が外に向かって手を伸ばしている
「…ちっ…悪い予感ってマジで当たんのな…次から次へとぉ…クソフラグめ…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「漣!そんなところにいたら危ないよ!降りてきなよ!」
壁の穴から空へと伸びたクレーン
その先端にいる漣へ声をかける朧
しかし…
「うるさい!朧のバカ!脳筋!努力家!」
勝手に追い詰められた漣は涙目で朧に言い返していた
「…いや、最後のは文句じゃねぇだろ…」
「あ、田中先生…来てくれたんだ」
朧と並ぶように田中が現れると、漣は田中をきっと睨む
「うるさいっ!死ねっ!童貞っ!失せろっ!」
「…おま…女の子がなんちゅーこと言ってんだよ…っつかど、童貞じゃねぇし!」
漣の暴言を聞きながら、月明かりを頼りにクレーンの様子を眼を凝らしてよく見る田中
「(…あー…こりゃ確かにあぶねぇな…他のクレーンよりも錆びがひでぇ……潮風の影響か?…とっとと降りさせねぇとあぶねぇな…)」
「朧…ここ結構あぶねぇからよ…親潮達とちょっと下がってろ」
「で、でも…!」
「あのアホツインテは俺がどうにかすっから…な?」
「…う…う~…」
決して田中を信用していないわけではない
だが友人としてなんとか漣の力になりたい…
朧は葛藤して唸る
「私からもお願い!朧ちゃん!」
「私からも~」
親潮と山雲が朧の手を握ると、朧も観念する
「…わかった…二人とも…心配かけてごめんね」
「お友達じゃない…ね?」
困ったように笑う山雲
田中はそんな彼女の頭をぽん、と叩く
「…その言葉…次はあの桃色にも伝えてやれよ?」
「…セクハラですよ!」
「セクハラですね」
「セクハラです~」
「山雲にさわんな変態!ロリコン!」
全方向からの攻撃に、田中のハートには逆剥けができた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同じ頃、ドックの外には執務室にいた面々が揃ってクレーンの上で怒鳴る漣を心配そうに見つめていた
どうも坂本の指示を聞かずに元否定派の少女達が来てしまったようだ
「…漣…」
少女達の1人、鳥海も心配そうに彼女を見ている
漣は否定派の少女達の中でも少し浮いた存在だ
播磨に来たのがわりと遅めだったというのもあるが、漣自身が皆とあまり仲良くしようとしなかった
故に今までならば、彼女に対してそこまでは興味は湧かなかっただろう
だが田中達の影響を受け始めた今の鳥海達は既に考えを改めている
漣も大切な仲間だ、と
「皆さん!」
そこへ坂本の声が響く
皆振り返れば坂本と三隈…赤城や夢崎達、そして金剛や古川達が毛布やシーツ、座布団まで両手に抱えて息を切らしていた
「…な、なにするつも「そんなことは良いから早くこれをクレーンの下に敷きに行きましょう!早く!」
坂本の指示に少女達は動き始める
皆赤城達から布団や座布団を受け取ると、ドックの壁から突き抜けたクレーンの下まで走り出す
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…なぁ、漣ちゃんよ…まずは「うっさい!きえろきえろ!」
よし、ファーストコンタクトは最高だ
田中はそんなことを考えながら咳払い
田中がいる壁の穴から漣のいるクレーンの先までは約15メートル
自分が乗って、もしもクレーンが崩れたらそれこそ漣の命が危ない
「(……地上三階ってところか…?…高ぇなクソ…)」
田中は遠目に見える漣をじっと見つめ、上に着ていたジャージを脱ぐ
「…ほら、なーんも武器は持ってねぇ…お前に触れもしねぇからまず安心してくれ」
あくまで優しく語りかけているつもりの田中
「…そ、そんなこと言ったって漣は騙されないから!もう騙されないから!!」
「(…何があったか聞くのは野暮だな…っつーか俺なんかに言うわけねぇか…)」
「…騙しゃあしねぇよ…少しで良いから俺と話してほしいんだ」
がっ、と漣は足元のクレーンを蹴る
「……ワケわかんないし…!話なんてないし…!!」
叫びながらボロボロと涙を流す漣
「…」
田中は涙を流す少女を前に茶化すことはしない
次の言葉を待つように黙っている
「…どうせ…どうせ信じてもまた騙される…騙されて棄てられて…私はもうあんな思いしたくないの…!嫌なの!」
「…漣ちゃん…」
親潮が彼女の名を呟く
きっ、と田中を睨む漣
「…前の提督だって同じだった…最初は可愛がってくれた…漣の話も聞いてくれた…!…でもそれは最初だけ…すぐに別の娘に気移りして私なんて棄てられる…」
「……ん?」
ようやく話し始めた漣の言葉に違和感を感じる田中
「…最初に私を選んだのはアイツのくせに…あいつらのくせに…!すぐに私の相手をしなくなる…私の気持ちも知らないくせに!」
「…」
がん、と再び足元を蹴る漣
「…前の鎮守府じゃずっと一人ぼっちだった!誰にも構ってもらえなかった!…だからここに来て初めて話を聞いてくれた朧や…親潮や山雲には感謝しているの…金剛さんや鈴谷さんも同じ」
「…お前…」
「…それをお前達が壊した!…朧もいつもあんたの話をして…!鈴谷さんも金剛さんも手駒にして…!…今度は山雲達を丸め込もうとしてる!」
びしっと下方向にいる田中に向けて探偵が犯人を追い詰める時のように指を指す
田中は内心ため息
「(…ああ、なるほどな……そういうことか…)」
ちらりと横を見る
朧と親潮は漣を心配そうに見つめているが…
「(…げっ)」
山雲は漣を細目で睨んでいるように見える
「(……親潮と朧は気づいてねぇが…山雲はおおよそ理解したみてぇだな…)」
「私はっ!…私だけを見てくれる人を大切にしたいの!…だからあんたらみたいな存在は邪魔なんだよ!!」
田中はジト目で漣を見る
「(…言いきりやがった…なんつーアホ…スーパーアホだ)」
田中が考えていると、すすす、と山雲が田中に近づき
「…あんな娘でも~…大切なお友達なんですよ~」
そう小声で困ったように笑う山雲を見て、田中はため息
「だから出ていって!播磨からすぐに「だぁあっ!わぁったよ!」
漣の言葉を遮って田中が怒鳴る
びくりと肩を震わせる漣、親潮、朧
「…な、何がわかったっていうのさ!」
今度は田中がクレーンの先に立つ漣にびしりと指を指す
「お前が拗らせたただのスーパー構ってちゃんだってことがだよ!」
「んなっ!?」
初めて指摘された言葉に顔を赤くする漣
「間違ってねぇだろうが!私だけ見て私だけ愛しての構ってちゃんだろうが!いや、もうメンヘラレベルじゃねぇのか?このアホが!」
「んなっ…なっ…なっ…なぁんですってぇ!?」
ずん、ずん、と田中の方へと数歩歩き出す漣
田中との距離12メートルへ
「私は!私の幸せのために「だぁからそれがメンヘラっぽいんだよ!お前愛されたいくせにそいつのこと愛したことあんのかよ!」
「はぁ!?………意味…わか……」
キン、キン、キン…とクレーンのどこかがしなる音が聞こえる
「!?」
「は?…な、なに…今の音…」
漣は不思議そうな顔で足元のクレーンを見つめる
「漣ちゃん!早くこっち来て!」
「そうだよ!漣!危ないから!」
親潮と朧が叫ぶも、漣は苦笑い
「え…なん……だってここはいつも漣達が…」
ガゴン、とクレーンのなにかが外れた音がすると、クレーンのワイヤー…ガイラインがバチンという音を立てて一本切れる
「きゃっ!」
ガクンとクレーンが傾く
クレーン本体からすればたかだか数センチ傾いただけだろう
だがその上に乗っていた少女からしたら経験のない大きな振動となって足元をぐらつかせる
「漣!」
「漣ちゃん!」
足元を踏み外し、バランスを崩した漣はクレーンから落ちそうになる
「ばっ…!漣っ!」
危機一髪、漣はクレーンの中間アーム部分にしがみつき、腕から下が宙ぶらりんの状態になる
「…ちっ!作戦変更だ!…山雲!親潮と朧連れて下がれ!今すぐにだ!」
「は、はいっ!」
田中の指示に背筋を伸ばし返事する山雲
親潮と朧は山雲に手を引かれてクレーンから離れる
「漣!先生!漣が「わぁってる!離れてろ朧!」
意を決した田中はアーム部分に片足を乗せ、クレーンの上に乗り上げる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ガコン、と音を鳴らしてクレーンが傾くと、ドックの外にいた者達から悲鳴があがる
「皆さん!毛布を敷いたらすぐに離れてください!危ないから離れて!」
「坂本先生!私もお手伝い「赤城さんも離れて!ここは僕たちに任せて!」
なんとか手伝おうとした赤城は坂本の一喝で離れさせられる
毛布やシーツなどが敷かれたクレーンの真下には坂本、夢崎、市川と、呼ばれてやってきた古川、揖保川が警戒
「夢崎中尉!市川少尉!これを!」
「ぬ!」
「…これは…了解!」
坂本が夢崎達に渡したのは四重に折り畳まれたブルーシートだった
「古川さん達もお願いします!」
「さ、坂本少佐!ブルーシートで何を!?」
ブルーシートの端を持った古川が焦りながら問いかける
「万一落ちた時、この足元の毛布だけでは漣さん達は助かりません!即席のクッションを作るんです!各自隅を掴んで貰ったら僕の合図と共に皆さんの立つ外側に全力で引っ張ってください!いいですね!?」
ブルーシートの端を持った市川が上階を見ながら呟く
「…よく思い付きましたね…こんなこと…」
同じくクレーンを見上げたままの坂本は苦笑い
「…全くです…自分でも驚いています…」
ドックから伸びたクレーンのアーム
必死に捕まる漣の方へと田中がじりじりと一歩ずつ近づいていた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…漣!手ぇ離すなよ!」
一歩ずつ漣に近づく田中は腕を伸ばそうとするも、まだ足りない
『ギ…ギギィィ…』
「…う…やばいやばい…マジヤバい…」
アームのしなる音を聞きながらすぐに漣を救出して戻らなければ、と焦る田中だが、その足はガクガクと震える
「…ん…んん…も…む…り……」
「諦めんな!…あともう少しだ!がんばれ!」
顔を真っ赤にしてアームから垂れ下がる漣
その手も既に限界に近いのか、指先を真っ赤にして震えていた
「(あとちょっと…!あと少し!)」
漣との距離まで残り4メートル
焦りと恐怖で緊張した田中は漣との距離感がバグっていた
漣くらいの少女からすれば幅の広いクレーンに見えるが、一般的な大人サイズの田中からすればまさに気分は電流鉄骨渡り
テイアイに借金もしていないはずなのにと内心自嘲する
「…んっ…ぁあっ「っしゃぁあっらぁっ!!」
ずるりと漣の手が離れ、落ちた瞬間、ヘッドスライディングの要領で漣のいる場所へジャンプした田中は間一髪で漣の片手首を握る
「…せ、せ、セェエフ…ひゃぁあ…」
安堵する田中は地面に足を向ける漣を見る
「…よし…引き上げるぞ…漣…お説教はこのイベントが終わってからだ…」
「…ぅ…ぐぅっ…ぐしゅっ…ひゅんっ!」
手を捕まれた漣は、田中に手首を捕まれつつ涙と鼻水を垂れ流しながら力強く頷く
『ギィ…ギギギィィ……バギンッ』
「…あー…嫌な音がす
クレーンのアーム、その中の一本の太い鉄の棒が無慈悲に折れる
田中と漣が乗っていた部分だった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
あ
落ちる…
ああ、これで死ぬんだなぁ…
…構ってちゃんだってさ…
…言われちったー…
そんなこと……私が一番わかってるっつ「にゅぅおぼっ!!」
漣の思考を止めさせたのは田中の腕だった
クレーンから落ちた瞬間、田中はすぐに漣を抱き寄せたのだ
「(ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!)」
すぐに漣を抱き寄せたのはいいものの、落下という恐怖で田中の思考も止まりつつあった
下を見れば真っ暗な地面だ
地面と追突すればひとたまりもない
「(頭を上に!頭を上に!)」
本能的に漣を強く抱きしめ、自分が地面側になるよう背中を地面側に向ける
人間、落下すれば一番重い頭部が下を向く
そうならないようにコンマ数秒の中で田中は無意識に踵から背中が下に向くように体をよじる
「…ぁっ…ぁぁあああああ!!!」
地上約三階の高さからの落下
それは数秒の出来「今だ!開けぇっ!!!」
坂本の合図と共にばんっ、という張った音が響く
地面にいた坂本、夢崎、市川、古川がブルーシートを勢いよく広げたのだ
そして丁度その真ん中に田中と、田中が抱き抱える漣が落下してきた
落下した田中達はブルーシートの中心に深く沈むもとリバウンド
その高さは夢崎や坂本達の胸元の高さ態度
そのリバウンドの拍子で漣を抱き抱えていた手が一瞬緩み、彼女の身体は180度近く回転する
「…ぐえっ…」
田中、先に敷かれていた毛布へ背中から着地
田中達が落ちてきた力でブルーシートは破れ、坂本達も毛布の敷かれた地面へと倒れる
「…んぼっ!?」
先に背中から着地した田中の顔に、なにやらこんもりしたなま暖かいなにかが覆い被さってくる
「…んばっ…んもぉあっ!?」
まるでパイルドライバーの様に、田中の顔面に漣が座り込むように落ちてきたのだ
「…む…ん…んむ…!」
田中の口元には真っ白な生地にいくつもの苺の柄がプリントされた布が押し付けられ、まともにしゃべることが出来ない
落下してきた田中を見ていた少女達が田中達の方へと駆け寄ってくる
「漣!」
「漣ちゃん!」
「漣ー!」
「…ぷはっ…なーにが一人ぼっちだ…お前を心配してくれる奴は沢山……あ…」
苺柄の布の圧が少し柔らぎ、首だけで起き上がろうとした田中は、自分の顔を覆っていたものの正体を知り…
「………苺…パンツ……うん、とりあえず…気絶しとくか…」
少女達が駆け寄ってきている光景を見て、このままでは間違いなく自分は変態や痴漢扱いされるなと理解した田中は、そのままがくりと身体の力を抜き、目をつぶる
「…ナイスです…中尉…少尉…古川さん…」
田中と漣が上に乗った状態で倒れた姿勢の坂本は、同じく田中達の下敷きとなったブルーシートクッションを成功させた3人を労う
「…なかなか…濃い初日でしたね…」
「…わっきゃ一体何すちゅんだ…」
「…こ、腰が…」
夢崎達も各々返答しながらも、田中達が生きていることを安堵する
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
その後、騒動を聞き他の少女達も合流、漣に大きな怪我はなく、代わりに田中は右腕を負傷
千草の指示により救急車が呼ばれ、田中と漣、そしてブルーシートクッションを行った坂本以下3人は精密検査を受けるために市内の病院へと向かった
なお救急車に運ばれる際、担架に乗せられた田中は寮の窓から一部始終様子を見ていた初月に笑顔で一言こう言われた
"苺は美味しかったかい?"
…と
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
「…お?」
目が覚めると、そこは知らない天井だった
「…あー…いっつ…」
右腕に痛みを感じた田中は顔を歪ませる
寝たまま部屋を見渡す
真っ白な天井、壁、風が緩やかに吹き、なびく窓の白カーテン
「…あ、そうか…検査入院で…」
痛みに耐えながらゆっくりと起き上がる
右腕はギプスで固定されている
「…今日何日だ?…」
田中は左手でナースコールを手に取り、スイッチを押した
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ハリマ病院 午前10時
数十分後、田中の病室を訪れたのは見知った顔だった
「田中君!」
到着して院内を急いできたのか、少し息を切らした坂本だった
いつものように上下播磨指定のジャージを着ている
「よ。来てもらって悪いな」
「…いえ。病院から連絡があって驚きました……目が覚めたようでよかったです」
ベッドでのんびりくつろぐ田中を見て安堵した坂本は、ハンカチで汗を拭う
「…よぉ、お前もいたのか」
坂本と共に病室に入ってきたのは漣だった
浮かない顔の彼女は珍しいことに坂本と同じ播磨指定のジャージを上下に着ている
「……ぁ…はい…」
手をもじもじとさせながらか細い声で拙くそう返す漣
「…怪我…大丈夫か?」
漣の姿を見て、ふ、と笑った田中は再度問いかけると、漣は我慢していたものが決壊するようにぼろぼろと涙を流しはじめた
「…は…はい……ご…ごめんなざい…ごめんなざぁい…さ、ざざなみのぜいで……」
ぶじゅっ、と漣の鼻から鼻水が噴射
彼女は気にすることなく深く頭を下げ、田中へ謝罪する
「おいおい…はは…漣、こっちこい」
とぼとぼと田中のベッドの横に近づく漣
田中はぼろぼろと泣く彼女の頭に左手をぽん、と乗せる
「…俺こそ怖がらせて悪かった…お前に怪我がなくてよかった…もう泣き止めって」
「うんっ…うんっ…!!」
じゅるじゅると漣は鼻水と涙を田中のベッドに撒き散らす
そんな二人を温かく見守っていた坂本は口元が緩む
田中は漣を慰めながら坂本を見上げる
「…俺ぁどんぐらい寝てたんだ?一週間か?一ヶ月か?」
「恐らく3日ですね…僕たちは一昨日退院したので…」
「…達?夢崎中尉達もか?」
「ええ。夢崎中尉も市川少尉も古川さんも怪我はありません」
ふぅ、と田中はため息
「…みんな怪我がなくてよかった…ああ、坂本もあん時ありがとうな。ブルーシートクッションなんて……いや、流石に初めてだわ…マジビビった」
「…みんな…ですか…若干一名僕の目の前に大怪我人がいるわけですが……とにかく。全治1ヶ月とのことなので、最低でも2週間は入院してくださいね?田中少佐。あとクレーンは至急撤去してもらえるよう夢崎中尉が動いてくれるそうです」
「…おう。…って、はぁ?2週間!?いやいや…こんなところで無駄な時間を過ごすなんて「田中君は僕に馬鹿と言われるのと罵られるのどちらがいいんですか?」
自分が金剛に言ったことを言われてしまう田中
確かにギプスをつけた自分が播磨へ戻っても正直あまり役にはたたない
納得をしていないだけで理解はしている
「…実は音楽隊に出演依頼が入ったんですよ」
今日だけで何度驚けばいいのか…
田中は目を丸くする
「…マジか…どっからだ?」
田中に問われると、坂本はポケットから何かの用紙を取り出す
「…播磨商店街というところです。古川さんが我々を紹介してくださったようですね…再来週に商店街で出店をやるみたいで、商店街を盛り上げるために播磨鎮守府の音楽隊に出てもらいたい、と…」
がばっとベッドから起き上がる田中
「んだそりゃあ!?こうしちゃいらんねぇ!まだ曲も決めてねぇし衣装も「落ち着いてください田中君」
坂本は田中を落ち着かせ、優しくベッドに寝かす
漣は田中のベッド横に置かれたティッシュで鼻をかんでいる
「…お気持ちはわかりますが、そちらは上手く機能しているので、まずは話を聞いてください」
「お、おう…」
「まず夢崎中尉が彼女達の体力作り、それとマーチングのスタイル…歩き方や姿勢等を指導してくれています」
「夢崎?…あいつマーチングやったことあんのかよ…」
思い出すはナイトキャップを被って肌のケアをしていたマッチョ士官
音楽とは無縁のように見えたが…
「…元々頭は良い方なんでしょうね…指導書を渡したら数時間で覚えたそうです…まぁ、M連メインの動きなのでそこまで覚えることは多くないのもあるんでしょうけど…」
「すげぇな夢崎…できるマッチョメンだったか…」
うん、と坂本は頷く
「市川少尉に関しては音の作りをメインに見てもらっています。多分僕よりも丁寧で繊細なので…はい、非常に助かっていますよ」
「…へぇ…あ、いや…俺まだ市川とはあんま絡んでねぇからなんとも言えねぇけど…お前がそう言うなら良いんじゃねぇか?」
ええ、と坂本は続ける
「…なにより一番驚いたのが金剛さん達ですね…あの日執務室に来た金剛さんや鳥海さん達のやる気というか…この2日間皆を引っ張っていってる感が凄くて…有明さんが赤城さんのフォローをしている光景は…はい、なかなかに見物でした」
「…そうか…」
田中はふふ、と笑い、顔をぐしぐしと拭く漣を見ている
「…ただ、2つばかり問題が…」
「ん…?問題?」
坂本は顔に手を当てて悩ましくも苦笑い
「…そこにいる漣さんなんですが…」
びく、と漣の肩が震える
「?」
「いえ…親潮さんと山雲さんは無事管楽器でやっていけそうなんですが…漣さんだけはその………なんといえばいいのか…」
「…なんだよ…本人いる前で話し始めたんだ。はっきり言えって」
漣はベッド横の椅子にちょこんと座る
「…楽器のセンスが壊滅的で…金管楽器も吹けず、木管も無理そうでした…太鼓もやらせたんですが…」
坂本はちらりと漣の方を見る
漣は恥ずかしそうに、申し訳なさそうに項垂れ…
「…そ、その…スティックが手からすっぽぬけて霰の鼻の穴へと…飛んでいきました…」
漣の残念な告白で田中は言葉を失う
同時に霰への哀悼の意を込める
「…あー…そりゃー…なんだ……うん…うん?」
視線を泳がせながら、自分のギプスを見つめる田中
ここでなにかを思い付く
「…じゃあさ。お前ドラムメジャーやったらどうだ?」
「…どらむ…めじゃー?」
漣はオウム返しに坂本の方を見上げる
「…バンドの指揮者の事ですよ」
「ぅぇえっ!?わ、さ、私にはそんな重要なこと出来ません!?無理です!」
涙が引っ込み、両手をわたつかせる漣を見て田中はくくくと笑う
「…いいじゃねぇか。俺もこんな腕じゃ指揮棒は振れねぇし…少なくとも俺よりも華がある奴の方が…うん。そっちの方がいい」
「ふぇぇええ!?」
漣は顔を青ざめさせながら再び項垂れる
本来の彼女はこうなのだろう
感情豊かで非常に様々な表情を見せてくれる
そんな漣を見て田中はああ、と思い出す
「…そういやぁ朧達と仲直りしたのか?播磨で虐められてねぇか?」
「あ、はい…大丈夫…です…朧達とも…うん。朧や親潮達にはちゃんと謝って…許してもらえました」
かしこまってそう報告する漣
その顔はとても穏やかだ
「……そっか…そりゃよかった…」
ぱん、と坂本が手をたたく
「…と、言う訳でですね。漣さん。貴女はこれからドラムメジャーとして任命します。指揮者として田中君から色々教わってください」
「…はぁ?…んだそりゃ…」
坂本はそそくさと帰り支度をする
「お手伝い兼、彼女を置いていくので沢山御指導願います田中少佐。僕はまだ播磨で仕事があるので」
「ぅえっ!?坂本先生!?」
「おい!坂本先生!」
坂本は病室の扉を開ける
「…因みに明日は朧さんと三隈さん…どちらに来て欲しいですか?」
「三隈はいいや。クレーンから飛んだことすげー怒られそうだし」
田中がそう言うと漣は「あー」と納得
「…わかりました。では僕はこれで…お大事になさってください」
しゅび、と右手を上げた坂本は外に出ていってしまった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…あー…どうすっか…」
ベッドに仰向けになりながら音量小さめでテレビを見る田中はつい呟く
坂本が去ってから1時間
漣は病室の窓で目を輝かせながら播磨の町を見ている
「…お前…外出たことなかったのか?」
「あ、そうですね…播磨に来てからは鎮守府の表に出たことはないです。物資とかは基本古川さん達を介してやってましたし…皆も外に出ようとしなかったですし」
「ふーん…」
「…」
「…」
会話が終わる
漣とはクレーンから飛ぶ前にちょちょいと話した程度のため、どんな会話を振ればいいのかよくわからないのだ
「…ええと…」
少しだけ気まずそうにする田中を見て、漣はジャージのポケットをごそごそと漁る
出てきたのは手のひらサイズの小さなウサギの人形だった
「…?」
漣は田中のベッドの方へ近づき、ウサギの人形を両手で持って人形遊びのようにわさわさと動かす
『…先生ぇー早く元気になってウサー』
「………」
ちらりと漣の方を見ると、顔を赤くした彼女が目線をそらす
「…ああ。ありがとうな、うさぎ」
ふふ、と笑った田中は左手の人差し指で人形の頭を撫でる
「…あ、うさちゃんですよ?うさぎ、じゃありませんから!」
「…はいはい。わかったよ、うさぎ」
「もー!」
病室にはゆっくりで穏やかな時間が流れる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
3日後 ハリマ病院屋上
午後2時
「…あー…暇だ…」
病院の屋上で隠れてたばこを吸う田中は、暇な時間を外の景色を見ながらぼうっとして過ごしていた
「…昨日は朧…一昨日は三隈…退院するまで一人ずつ来るつもりかよ…」
田中が目を覚ましてから毎日…それこそ日替わりで見舞いに来ていた少女達
なお、足として坂本と夢崎が運転して少女達を連れてきている
「…つか、いいよ…こんなんやんなくてもさー…なんか俺女たらしみてぇじゃねぇか…」
田中は手すりに項垂れるように腕を乗せ、だらける
「……あー…そういやあの山でけぇな…」
病院の屋上から北西の方を見れば、町の向こうに山が見える
「……あれが恐山「あれは鶏籠山という山ですよ」うぉあっ!?」
突然背後から声をかけられ、足を滑らせ、危うくたばこを落としそうになる田中
振り返ると上下ジャージ姿の赤城が立っていた
「あ、赤城か…!ビビった…」
はぁ、とため息を吐きながら立ち上がる田中
「…っつーかお前が来てくれるとは思わなかったな…練習出来てるか?」
「…久しぶりに会って第一声がそれですか…ええ。お陰さまで…田中先…少佐のお怪我の具合は如何ですか?」
つん、とした態度で問い返す赤城
「…ああ。もう治った」
「嘘」
「…早く治って欲しい…」
田中はむすっとしながらそう返す
やはり、どうも赤城は苦手だな、と田中は強く感じる
田中に対しては割とストレートな物言いのくせに坂本には気持ち柔らかい言い方をする
「…今日はどうしたんだ?…嫌味でも言いに来たのか?」
視線を山へと向けたままの田中がそう問うと、赤城もむっとした表情になる
「…そんな事でここまで来ませんよ…ただ…田中少佐の様子はどうかな、と…あ…べ、別に田中少佐を心配して坂本先生に無理言って来たわけじゃありませんから!」
腕を組んでぷいっと顔を背ける赤城のそれは満点と言える程のツンデレっぷりだった
「…むしろ追加点がつけられるくらいだと思うがな…」
「…はい?なんですか?」
いや、と田中は返して再び山の方へと視界を向ける
「…あー…その、なんだっけ?…なんとか山?「鶏籠山です」そう、そのけいろーさん…お前よく知ってんな…朧もそうだったけど、播磨の奴等は地理に詳しいのか?」
「…いえ、知っているのは流石に鎮守府周辺だけですけど…」
じ、と赤城も田中の見る山を見つめる
「…あの山には昔からお城があって…今も観光地の名物として存在しているみたいです」
「へー…熊本城みたいな?」
赤城は照れくさそうに頬に手を当てる
「…あ、えっと…熊本城がよくはわかりませんが……はい。恐らく同等のものかと…」
「…へー…」
そろそろ病室へ戻ろうかな、と煙草の火を消して携帯灰皿へとしまう
そんな時に屋上へと誰かが上がってきた
「…お?田中君とちゃうか。われも一服か?」
そう声をかけてきたのは恰幅のいい中年男性だった
病衣を着て点滴スタンドを持っているところを見ると、この病院の入院患者のようだ
田中は携帯灰皿を見せる
「うっす…スギさんじゃねっすか…いやー…もう吸い終わりましたよ俺」
「なんやでー…もう一本吸うていこうど?…って…こっちの美人さんは?」
スギさんと呼ばれた男性は赤城を見て驚く
「…あー…俺…の…まぁ…生徒っすね…ええ」
「…赤城です。田中し…先生がお世話になっています」
礼儀正しく頭を下げる赤城に対しては男性は楽しそうに笑顔で煙草を一本咥える
「あらら…ええ娘じゃあらへんか…おう、お嬢ちゃんから先生に言うてやりな?煙草は体にようねぇってや」
「…スギさんに言われたくねーっすよ…あ、そういやぁあの山に城あるってほんとっすか?」
そう言って田中は鶏籠山を指差すと、男性はじ、と目を細めて山を見ると、ああ、と思い出す
「おーおー。あるわい。あれやわな…戦国時代の武将のー…えーっと…政秀!赤松政秀って武将の城、龍野城な!子供の頃よう見に行ったなぁ…」
「…マジだったのか」
田中の一言に赤城はむむ、と田中を睨む
「…信じてなかったんですか?」
「…や…信じてなかった訳じゃねぇんだけどさ…怒るなって…」
ふぃー、と男性は煙草の煙を空へと吐き出す
「ここらじゃ有名やで。呪われた豪族たっつってな」
「…へー…そうなんすね」
「もう少し興味持ちましょうよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
更に2日後
ハリマ病院 午前9時
「あ、おはようございます先生!」
田中の病室にやってきたのは朧と曙だった
相変わらずジャージ姿だ
田中は病衣のまま窓の前に立っている
「よ。今日の担当は曙と朧か…ん?朧最初の方にも来なかったか?」
田中がそう指摘すると、朧は手に持っていたトートバッグで顔を隠すように恥ずかしがる
「えっと…あ、腕の調「譜面で読めないところがあるんだってさ。あたしのついでよ」
ほら、と言って朧の背中を叩く曙
とんとん、と朧は叩かれた勢いで二歩程田中へ近づく
「…あ、はい…よかったら教えてもらえないかな…って思いまして…」
「ああいいよ。っつーか商店街の演奏って曲は何やんだ?」
「あ、えと…」
朧はバッグからごそごそと厚めのファイルを取り出すと、とあるページを開いて田中へと見せる
「…宝島と…マツケンサンバ……お…これもやんのか?」
田中の目についたのはある曲
楽譜のタイトルにはこう書かれている
"月への12秒"
タイトルの書かれた楽譜をじっと見つめる田中に対して朧は頷く
「…この曲…田中先生がやりたがってたって坂本先生が言ってたんです…だから今回の演目に入れたんですよ」
「…そっか…」
心なしか嬉しそうに笑う田中
腰に手を当てている曙が首をかしげる
「…この曲に思い入れでもあるの?…確かに音源で聞いた時にはカッコいい曲だったけど」
「…ああ。俺、個人的にロバート・スミスが好きでな…ああ、この曲の作曲者な?で……特にこの曲が一番好きなんだ」
朧と曙は意外そうに顔を見合わせる
「…月への12秒…この12秒が何を意味するかわかるか?」
田中の問いかけに二人は首を横に振る
「…人類初の有人飛行…あのライト兄弟の作った飛行機が初めて飛んだ秒数だ…だがその最初の発明は長い時間、試行錯誤もあって遂に今では月にまで行けるようになった。そのライト兄弟の閃き、苦悩や挫折…成功や失敗…それら諸々を経て大空へと翔る……なんかあれだ…そういうのだ」
「…あー…」
「最後の最後でグダグダじゃないの…」
せっかく途中までかっこよく説明していたが、うろ覚えな事を思い出しながらうろ覚えな説明したせいで田中の言葉が詰まってしまった
でも、と曙が手をたたく
「…まぁでも概ねわかったわ…だからタイトルが月への12秒ってことなのね」
全てを理解したようにどことなくどや顔の曙はそう決定づける
少しだけ嬉しそうにそう話す曙の姿を見た田中はうん、と頷く
「…俺もこんなところで寝てらんねぇな…よし!明日俺退院するから!」
謎の決意と告白を聞いて二人はぎょっとする
「…だ、駄目ですって!2週間入院なんですよね!?怒られちゃいます!」
「そ、そうよ!こっちはこっちでやるからアンタは休んでなさいよ!」
「動かなきゃ平気だろ」
呑気に田中が言うと、朧と曙は田中を強制的にベッドに押さえつけ…
「「駄目っ!」」
完璧なユニゾンで叱られたその言葉
田中にはしっかりとステレオで聞こえた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
その後田中の入院生活は続く
翌日には神風が来た
しっかりと身の回りのお世話をしてもらった
その更に翌日には早潮と黒潮が来た
夢崎の使っていたクリームが高級品だったことを教えてもらった
またその次には鈴谷が来た
恥ずかしそうにしながらも献身的なお世話で逆に申し訳なくなった田中
…そして
入院生活10日目
「ふぅあぅあぅあぅあぅ!!!!」
病室に泣きながら入ってきたのは宗谷だった
「……ぅ…」
ベッドに座って入口に立つ彼女の手に持つものを見て顔をしかめる田中
宗谷は大事そうに溲瓶を抱えて泣いているのだ
「……お前はトトロのメイちゃんかよ…なんだそりゃあ…」
「うぇっうぇぇえっ!!…ぐすっ…し、溲瓶…ですぅ!」
ぼろぼろと涙をこぼす宗谷は溲瓶を持ったまま袖で涙を拭う
「…や…そりゃあわかるけど…っつか久しぶりだな」
「田中せぇんせぇぇえええ!!お久しゅうございますぅっ!不肖宗谷!クジで外れたとは言え田中先生のお見舞いに遅れて馳せ参じました!!」
び、と溲瓶を田中へ付き出す宗谷
「いざ!排尿ならばこの宗谷にお任せを!!尿だけとは言いません!違うものも出してもら「いらねぇし使わねぇよ!っつか俺の見舞いはクジ引きで決められてたのかよ!」
顔を赤くした田中がツッコむと、宗谷は驚きを隠せない
「…なんと!…ではこの宗谷の手で…直で!ということでよろしいですか!?」
宗谷の、まるで久しぶりに飼い主に会えた犬のような嬉しそうなテンションに田中は頭を抱え、いつかの坂本と初月との絡みを思い出す
「…俺の話を……くそっ…坂本…たった今お前の気持ちがちょっとわかったぜ…」
頭を抱える田中とは対称的に、嬉しそうに、気恥ずかしそうにもじもじと溲瓶を抱き締める宗谷
「…た、田中先生の御要望とならばこの宗谷、喜んで処理させていただきます…え?手だけでは不満ですか?…はい!経験はありませんが、あちらでも喜んでご奉「いや、いらねぇ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
「…お待たせしてすみません」
「…あ、いえ…お迎えありがとうございます」
ハリマ病院入口
午後4時
ロータリーで待つジャージ少女、宗谷の前に黒塗りの車が止まる
運転席には坂本の姿があり、宗谷が助手席へ乗車すると、車は出発する
「…坂本先生…」
ハリマ病院から出発して数分、助手席の窓から播磨の町を眺めていた宗谷がぼそりと坂本の名を呼ぶ
「…ええ、なんでしょう」
坂本は視線を正面から変えずに聞き返すと、宗谷はぎゅっと助手席の上で膝を抱える
「…私…田中先生に嫌われているのでしょうか…?」
「……え…」
膝を抱えて泣きだしそうな顔になる宗谷の姿をちらりと見て焦る坂本
「…え、や…そ、そんなことないとは思いますけど…田中君となにかあったんですか?」
「私の…献身的な看護を否定…うっ…ぐすっ…されました…」
「…献身的…というと…?」
片手でハンドルを握りながら、ペットボトルのスポーツドリンクをくいっと一口飲む坂本
「…右腕が使えなくなった今、田中先生は厠も自慰も困難と判断しました…なので私は田中先生のためをと思い、溲瓶を「ぶふっ!…げほっげほっ!!」
宗谷の話を聞いた坂本は盛大にスポーツドリンクを吹き出す
「…げほっげほっ……う、うん…溲瓶は看護婦さんが使うものかと思うので、宗谷さんが許可なく使っていいものではないかと…」
坂本、突っ込むべき箇所がずれている
「うっ…ううう!!坂本先生までそんなっ!…」
「…あー…えっと……」
なんと元気づければいいのかわからず、ぼろぼろと泣く宗谷を横に坂本は車を走らせる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
入院から14日目
無事退院した田中は夢崎の運転する車の後部座席に座っていた
「いやー…助かったぜ中尉!感謝感謝!」
運転する夢崎に向けてまだとれていない右腕のギプスをふりふりと振る田中に対して、夢崎はむすっとしている
「田中少佐…貴方まだ完全さ治った訳でねんだはんで、もっと怪我人らすく大人すくすてもらっていが?」
「……んぁ?…ああ、わかったわかった!…よーし!商店街までぶっ飛ばしてこーぜ!」
暇な入院生活に飽き飽きしていたのか、テンションの高い田中は右腕をぶんぶんと振る
「…?……っつかなんかこの車ポカリ臭くねぇか?…特に運転席側…」
田中を乗せた車は播磨町へと向かう
はい
遂に播磨鎮守府の少女達とほぼ和解(?)した田中君達
ここまで青春モノっぽい、ハートフルなお話が展開していますが、ご安心ください。今ご覧になられているのは大本営の資料室で間違いありませんよ
長く続いた今回の章ですが、次のお話で一度締めとなります。
はい。次回もどうぞよろしくお願いします
もしよろしければ評価などしていただければと思います
そちらもどうぞよろしくお願いします