大本営の資料室   作:114

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播磨編仕上げに入ります

ではどうぞ


File90.不条理なフィナーレ

 

某所

 

 

 

 

部屋の明かりも消され、カーテンも締め切られた薄暗いこの部屋の中央に立つ男性士官が一人いた

 

 

吉津根中将である

 

 

その薄暗い部屋の奥、吉津根の目の前には7人ほどの人影が椅子に座って吉津根の方を向いているように見える

 

 

 

『…吉津根中将…話が違うんじゃないか?』

 

 

7人のうちの1人が話を切り出す

 

声からして若くはない。

5.60代だと思われる

 

 

「…は。…この度は…私の配慮不足により皆様に『ああ、謝罪はいらないんだ』

 

 

吉津根が謝罪をしようとした時、別の男性の声で遮られる

 

 

『…ゴミはゴミ箱へ…問題児をあそこへ入れておけば君が処理をすると…そういう話だったね。吉津根中将』

 

たらり、と吉津根の頬を一筋の汗が流れる

 

 

「…はっ」

 

 

『…国民に対しても、海外…いや、他の国の海軍に対しても日本国軍海軍には正義側の顔が…善い印象がなければならない…播磨のあれらは我々日本国軍海軍の負の面を知っている者達ばかりだ…そんな存在は世に出てはいけないということは理解しているね?』

 

『そうだ!我々の存在を脅かす癌だ!だから即刻解体すべきだったのだ!』

 

『あれだけの数を解体するのは不味い…国際軍事法に触れることがあればアメリカからの信用を失う…それだけはいかんでしょう』

 

 

 

「…は。」

 

 

 

彼等からの止まらない言葉を浴び、吉津根は頭を下げたまま肯定

 

 

『…そもそも元帥は何をしているのだ…こんな時にすら各支部に命令も出さずに…』

 

『…とにかく。我々のためにもあれらを排除。それこそが正義だ…それがゆくゆくは日本国軍海軍の未来に繋がる』

 

『そうだ!我々という存在が存続するためにも使えない荷物は処分せねばならない……今回その責任は君にあるぞ。吉津根中将』

 

 

一人が椅子から立ち上がり、ゆっくりと吉津根に近づき彼の横に立つと、その肩に手を乗せる

 

 

『…播磨への対応は君にしてもらう…これは成すべき事だ…そして…もし万が一の事があれば…国民の安全よりも先ずは我々の身の安全が第一優先だ…それこそを忘れないようにな。吉津根中将』

 

 

 

「…は。承知しています…播磨の件は既に手を打ってありますので…しばしお時間を頂きますが…皆様に御納得していただける結果にはなるかと存じます」

 

 

 

吉津根は彼等に向かって敬礼をすると、足早に部屋から出ていく

 

 

 

吉津根が出ていくと、一人の男性がため息を吐く

 

 

『…全く…播磨といい、出雲といい…問題ばかり起こすのはいつも若者だ…』

 

 

 

『…やはり若造に基地運用などやらせるものではないと思うのだが?』

 

『いや…"印象"は大切だ…国民には古臭い日本海軍のイメージは払拭してもらわなければならない…ある程度は若者にやらせてやっている所を世間に見せなければならん』

 

『…我々のためにも若者にはもっと働いてもらわないとですな』

 

『ええ。我々のような頂点に立つ者のために、底辺である若者が基盤を創るために身を粉にする…これぞ社会の本来あるべき姿ですからな。ははは』

 

 

『とりあえずは吉津根で様子を見ますか。もしそれで駄目なら次の者を動かせばいい。なに、あの程度の将官なぞいくらでもいる』

 

 

 

 

 

 

男性達は笑いながらぞろぞろと部屋を出ていく

 

その中、吉津根の肩に乗せていた男性が一人部屋に残り、椅子に座り直す

 

 

 

「…さて、吉津根中将…君はこちら側か…はたまたあちら側か……今回の件でハッキリするだろうな…」

 

 

怪しく笑う男性は官帽を被り直す

 

 

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

昭和93年 7月

 

 

播磨商店街の演奏から早くも2週間がたった

 

 

春の季節の残り香ををわずかに残していた時期は過ぎ、季節は初夏

 

今日も今日とて播磨音楽隊は楽曲、そして身体を使ったパフォーマンスの練習に明け暮れていた

 

 

夕日が播磨鎮守府を照らす時刻、音楽隊総責任者である田中少佐が指示を出す

 

 

「…よーし、今日の練習終了!みんなしっかり水分補給しろよー」

 

 

播磨鎮守府 グラウンド

 

 

上下ジャージで練習をしていた少女達だったが、月を跨いだ頃から上下ジャージでの練習には暑さにより不満の声が挙がっていた

 

 

流石に熱中症の心配もあったため、紺色の短パン…所謂半ジャージに、真っ白な運動着が練習で使われることとなった

 

 

疲れ、汗だらけの楽器を持った少女達は滲む暑さを我慢しながら元気良く返事をする

 

 

 

 

「田中先生」

 

「ん?」

 

 

全体練習が終わり、田中もタオルで汗を拭いながら基地の方へと戻ろうとしたとき、不意に少女に呼び止められる

 

スネアドラム担当、霰だった

 

体操服と短パン姿の少し日焼けした霰はまさに女子小学生と見間違えるような姿だった

 

 

ほんのりと忍び寄るなんともいえない犯罪臭を感じながら田中は問い返すと、小さくもはっきりとした声で霰が返事をする

 

 

「…霰も…練習を見てください」

 

「…ああ。構わないよ…俺ここで待ってるから先に水飲んでこいって」

 

「…はい」

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

数分後、水分補給をしてきた霰がグラウンド脇に走ってきた

 

見れば既に霰のスネアは楽器スタンドに立てられ、楽器の横では田中がスティックを持って、片手で手遊びをしている

 

 

「…飲んできました」 

 

 

ぺこりとお辞儀をする霰

 

田中もああ、と返すと、いつかの朧の時と同じようにスネアドラムを挟んで向かい合って二人は立つ

 

 

 

「…よし、んじゃあ今日のおさらいだな…1曲目のドラムブレイクからやっていこう」

 

「はい」

 

 

 

それから20分ほど田中の指導のもと、霰は叩き続ける

 

 

指導の最中はというと、前回の朧との事を配慮して、あまり指導に熱中しすぎないよう田中は心がけた

 

そのお陰か特に霰に触れることなく、最後の曲の指導に差し掛かろうとしている

 

 

…というよりも霰は朧に比べて演奏能力的にも大きな問題はなく、指導も滞ることなく進むため、田中としてもそこまで熱くはならなかった

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

霰に個人指導を行い始めてから気づけば夕日も落ちきっていた

 

 

見れば霰は少し眠そうな目をしている

 

確かに朝からトレーニングして、動き回り、演奏の合わせ等々、運動部顔負けの練習内容に加えて個人指導をも行っている

 

演奏プレイヤーとしての霰はもう既にクタクタだろう

 

 

 

「…あー…なんだ…そろそろ切り上げるか。霰」

 

「…先生」

 

「ん?」

 

 

スティックを下ろした霰はスネアドラムの向こう側に立つ田中の顔を見上げる

 

 

薄暗いグラウンド、彼女を照らす本館の照明。

 

その雰囲気と相成って小さな彼女がいつもよりミステリアスに見える

 

気持ち上目使いで自分のことを見つめてくる霰

 

一度だけ田中と合った目を霰は反らす

ほんのりと彼女の頬が赤い

 

 

「…あの…先生。好きです」

 

 

田中と霰

 

二人の間に風が吹く

きょとんとしていた田中だったが、ふ、と柔らかく笑い、霰の頭を撫でる

 

 

 

「……ああ、ありがとうな」

 

 

 

 

田中の返答に思わず目を見開く霰

 

スティックを持つ手のちからが抜けそうになる

 

 

「…あ…えっと…「ははっ…まぁ…うん。…俺からしたらお前らは大切な教え子だ…だから好きだ、なんて…そう言ってもらえて嬉しいよ」

 

 

「…」

 

 

霰の凍った気持ちも知らずに、田中は少し照れたようにそう話す

 

 

どうやら霰の"好き"と田中の"好き"は意味合いが違うようだった

 

 

 

 

田中から見れば霰はまだまだ小さい

 

見た目だけでいえば朧が中学生くらいならば霰は小学生

 

小さな彼女に好きと言われて、恋というルートに気がつかなかったのだろう

 

せいぜい親戚の小さな子に言われた程度だと認識しているに違いない

 

 

「…御指導、ありがとうございました」

 

上目使いからジト目へと変え、田中へ一礼

 

まさに百年の恋も…である

 

 

 

「…うん?…ああ…あ、楽器は俺の方でやっとくから霰はもう行って良いぞ」

 

「…失礼します」

 

 

踵を返し、グラウンドを突っ切って歩くその小さな背中を見て、クールに見えても見た目相応の可愛いところもあるんだなと思いながらも、別の意味をもふと考え…

 

 

 

 

 

「…………まさか、な……」

 

 

邪な考えを自分の頭から払う

 

 

 

 

その日の夕食、食堂では霰と宗谷が珍しく2人だけで皆から少しだけ離れて夕食を食べる姿があった

 

 

二人の食事風景はまるでお通夜のようだった、と後に初月は語る

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

「…休息日…ですか?」

 

 

数日後の土曜の午後

 

 

執務室にて執務椅子に座る坂本に赤城が聞き返すと、坂本は笑顔でええ、と頷く

 

 

播磨の少女達は先月からほぼ休みなく音楽隊の練習に時間を費やしている

 

これだけ聞けばブラック鎮守府のように聞こえるが、元々彼女達は海軍への不信から基地運用等に向き合うことなく、各々が好きなように過ごす…いわば自堕落な生活をしていた

 

それらを正す意味も込めて始めた音楽隊活動

 

 

 

「…勿論体力的にも精神的にも皆さんに無理させないよう指導は行ってきたつもりでしたが、最近は皆さんの生活態度も著しく改善が見られてきましたし…そうですね。たまの御褒美、ということでどうかなと田中少佐達と話しましてね」

 

 

「…そういうことでしたら…」

 

 

話していると執務室の扉が開き、田中と市川が入ってくる

 

 

「おお。来たか…坂本から話は聞いたよな?」

 

「…ええ」

 

「っつー訳でこれから毎週日曜日は休息日っつー事にしたからよ。訓練も練習も基本的には禁止だ。その日だけは寮の部屋で好きに過ごして良いし。外出許可申請も出してくれれば鎮守府の外に出ても構わないぜ?交際費っつー名目でお金も渡す」

 

 

ソファーに座りながら田中が説明すると、市川が頷く

 

 

「…ただ、先日の事があったので、外に出るときは最低3人組でお願いしますね」

 

「…はぁ…」

 

 

そこまで赤城は乗り気ではないように見える

 

指でくいっと眼鏡の位置を直した坂本は再び問いかける

 

 

「…どうかしましたか?何か気になることでも?」

 

「………恐らく…皆さんが外に出ることはほぼないと思います…なんというか…皆さん音楽隊の活動の方を楽しんでいる、といいますか…あ、いえ…決して誰も外出をしないと断言するわけではないのですが……あの……はい。休息日の件。承知しました」

 

 

赤城はそう言って坂本に会釈してから執務室から出ていく

 

 

赤城が出ていき田中、市川、坂本の3人になる

 

 

いつもなら田中と坂本で、市川と夢崎でのコンビで過ごしていたので、この三人だけで揃うとなんだかおかしな空気を感じる

 

そんな空気を変えようと田中が何かを思い出したかのように話し始める

 

 

「…ああ、そういやぁ吉津根中将の方はどうなんだ?なんか嫌味とか言ってきてねぇのか?」

 

 

田中に問われてあぁ、と市川も思い出すように返答する

 

「なんだか吉津根中将とは連絡が繋がりなくくなっているようで…夢崎中尉がぼやいていましたよ」

 

 

「…ふーん…そうなのか…中将も忙しいんかな?」

 

 

自分から振っておいて田中はその質問に興味がないのだろう。

 

意味もなく、なんとなくで市川に適当に返す

 

 

「…さぁ…恐らく工廠にでも入り浸っているのではないですかね…大本営の時はよく行かれていたので」

 

「…へぇー」

 

 

田中、やはりつまらなさそうに返答する

 

流石の市川も田中の態度にむっとしていた

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

翌日 休息日

 

1000

 

 

 

「はい。こちらどうぞ」

 

 

播磨鎮守府 食堂内厨房

 

 

 

朧から渡されたものを受けとる田中

 

それは綺麗に折り畳まれたエプロンと、白い三角巾だった

 

 

「…え…これ……は?」

 

 

驚きながら朧に問いかける田中、しかし朧はにこにこと笑顔だ

 

 

田中と朧とのやりとりを見ていた親潮が少しむっとしながら田中の持つエプロンを奪い、広げる

 

 

「エプロンですよ!知らないんですか?つけてあげましょうか?!」

 

「…や…そりゃわかるけど…なんで俺まで…って、いいって…自分でつけられるって…」

 

 

親潮に無理矢理つけられそうになったエプロンを受け取り、しぶしぶ自分でエプロンをつける

 

 

「…そりゃーお菓子作りのためですから!」

 

 

お腹に大きないちごがプリントされたエプロンをつけた漣が、ドヤ顔でポーズを決める

 

 

 

 

今から遡ること数時間前、午前9時頃に私室に田中が居たところ、突如として強襲してきた漣、親潮、山雲によって拉致された

 

 

そして気がつけば厨房に立たされている

 

 

漣から聞けば、以前援助物資として届いていたホットケーキミックスや粉砂糖等の洋菓子材料の消費期限が近いとの話、そこで暇そうにしていた田中を連れ出してのスイーツパーティーを開催しようとの事だった

 

 

「…いや、確かに暇だったけどよ…俺お菓子なんて作ったことねぇし…」

 

めんどくさそうにそうぼやく田中

厨房内を見渡すと10人程度の少女達が楽しそうに調理をしている

 

更に厨房から外へ続く扉、その覗き窓からは、いつもは厨房で鎮守府にいる人達のために食事を作っている調理のおばちゃん達がちらちらとこちらに視線を向けてきている

 

 

 

「…ってゆーか田中先生。こーゆー時って先生の超絶料理スキルとかで美味しい料理とかバンバン作れたりするものだと思うんですけど?」

 

疑問顔で漣が田中に問いかける

 

よくある物語の主人公ならば、ここでオムライスやカレー等を振舞い、それを食べた少女達があまりの美味しさに感動する、というのがセオリーではあるが、田中は渋い顔をする

 

 

「…いや…作ったことねぇな…炊飯器はおろか洗濯機もまともに使ったことねぇな…」

 

「悲惨」

 

「うるせぇな…やる機会がなかったんだよ」

 

 

小中学校時代は母親に料理を作ってもらい、士官学校では食堂を利用

 

訓練時では飯ごうなどを使ったサバイバル技術こそ習いはしたが、一般的な家電を使った料理方法は殆ど知らない田中だった

 

 

そこへ黄色いエプロンをつけ、天に向かってまっすぐ伸びた三角巾をつけた霰が、サイドトライセップスのポーズを田中へ向ける

 

 

「…霰、ご飯作るの得意です」

 

「…ん?…そうな…いや、お前三角巾の付け方おかしくねぇ?KKKみたいになってんじゃん」

 

謎の料理できますアピールをする霰の三角巾を直す田中、そこへ更に刺客が…

 

 

「お待ちください田中先生!!私!私も得意ですよ!あの……あれです!…秋刀魚漁とか!」

 

 

いつもの宗谷だった

 

 

いつの間に作ったのか、田中の顔写真が大きくプリントされたピンク生地のエプロンをつけた宗谷が小さな胸を張る

 

 

「…あ、そう…なに、網でも投げんのか?宗谷…っつかそのエプロンなに?やめて?」

 

 

若干退いている田中に対してドヤ顔な宗谷

 

 

「ちっちっち…甘いですね田中先生…北海道では網ではなく竿で秋刀魚を釣るんですよ?」

 

「ああ、そうなんだ…なぁ、そのエプロンやめてくんない?「はいはいはい!そんなこと良いから早く作りましょ!」

 

 

手を叩いて場を締めるは神風。

 

彼女もエプロンと三角巾をつけて準備万端といった様子

 

 

こうして少女達とのお菓子作りが始まった

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

「うぉっと…!」

 

 

調理中、手元が狂った田中は薄力粉をまな板の上に勢いよく溢してしまう

 

 

「あーもー…ほら!これ使って!ちょっ…!駄目よそんな持ち方したら…私がやってあげるから!」

 

「…あ…はい」

 

姉さん女房のように世話を焼いてくれる神風に対して、まるで借りてきた猫のように背中を丸めて謝る田中

 

田中が溢した薄力粉を片付け、田中のエプロンについた粉を叩いて落とす

 

そして結果、田中の仕事は神風に取られてしまった

 

 

そんな尻にしかれた旦那のような扱いをされる田中と神風を横目に朧は頬を膨らませる

 

 

「…!」

 

 

頬を膨らませる朧に気付き、はっとする神風

 

「…あ、そ、そういえばそのエプロン、朧ちゃんが田中先生のために作ってくれたものよ?ちゃんとお礼言えた?田中先生」

 

 

少しわざとらしさもあるが、なんとか朧をフォローする神風

 

「…え?あ、そうなのか?」

 

 

そんな彼女の違和感を感じられない田中は神風と反対側で作業をする朧に問う

 

突然の神風からのフォローに対して朧は驚きつつも頷く

 

 

「え、あ、はい…裁縫は…得意なので…」

 

田中はお腹に大きくひまわりがプリントされたエプロンを見て、嬉しそうに笑う

 

 

「…凄いじゃんか…俺のためにわざわざありがとうな。朧」

 

「は、はい!…えへへ…喜んでもらえて嬉しい…です」

 

 

朧も照れながらも笑顔で返す  

 

 

「…ふふ。私、ちょっとお花摘にいってくるわね」

 

 

田中と朧の仲良さげな姿を見ながらエプロンを外し、厨房から出ていく神風

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

食堂外の廊下に出て、普段は誰も使ってない食料備蓄庫の方へ足早に進む神風

 

その顔には冷や汗が流れている

 

 

 

「(馬鹿っ…馬鹿馬鹿馬鹿!…私の馬鹿!)」

 

 

備蓄庫に入り、扉を締める

 

薄暗い備蓄庫の壁に背を預けて座り込む神風

 

 

「…余計なことした…馬鹿…馬鹿っ!」

 

座り込む神風は左手の爪で右手首を力強く握る

 

 

「…駄目よ…私は…前に出ては駄目…駄目…落ち着いて…ふぅ…ふぅ……はぁ…」

 

 

 

 

 

 

神風は人一倍他人との距離に過敏だった

 

 

過去、彼女は元いた鎮守府で駆逐艦としては旧型でありながら他の艦娘達よりも高練度を誇り、数々の作戦、任務をこなしてきた

 

 

しかし一時の驕(おご)りでとある作戦では僚艦を自分以外全て沈ませてしまうこととなり、それまでは自分自身で努力して得た知識、知恵、経験が絶対であると信じてきた彼女は、最初こそ沈んだ仲間が弱かったのが悪い、と考えていたが、しばらくした頃から沈んだ仲間達への罪悪感に苛まれ、結果として罪の重さに耐え切れられなくなった彼女は、自らこの播磨鎮守府への異動を上官へ嘆願した

 

 

それからは、もう仲間を傷つけたくないと強く思うようになり、自分を、そして誰かを傷付けないために誰に対しても過度な干渉をしないよう心掛けていた。

 

 

だが彼女の元来の性格上、少々お節介なところがあり、ふとした瞬間…気が抜けた時などに誰かに対して世話を焼いてしまう時がある。

 

その都度に神風は自分の意思の弱さを情けなく感じ、こうして塞ぎ込んでいる

 

 

 

先程の事もそうである

 

 

普段は見られない田中の駄目っぷりを見て、神風はつい田中のお世話をしてしまった

 

 

しかし朧のむっとした表情を見て、自分のしたことに気づいた

 

常人ならば笑って過ごすことも神風からしたら心を握りつぶされる程の恐怖となる

 

田中も朧も神風に対して負の感情は全くない。神風の完全な思い込み、ネガティブだが、彼女からすれば再び疎まれるかもしれない、仲間から嫌われてしまうかもしれない。結果仲間を不幸にしてしまうかもしれないと考えてしまうのだ

 

 

 

「…朧ちゃん…怒ってるかな…」

 

 

今回、音楽隊にて神風はスネアセンターの座を田中から貰った

 

ひとつの音楽の核となるテンポをキープする重要なポジションだ。

 

故に一緒に演奏をする打楽器メンバーを引っ張っていかなければならない。人とコミュニケーションを取らなければならない役割がある

 

 

「…そう…そうよ…私はただお菓子を作っているだけ……一人で作ってる…うん…たまたま皆が集まった場所でお菓子を作るだけ…だから…」

 

 

いつの間にか濡れていた目元を拭い、立ち上がる神風

 

薄暗い備蓄庫の扉の前、震える手を擦って、拳を握るとうん、と頷く

 

 

「…大丈夫…大丈夫よ。神風…あなたはいつも通り…うん。いつも通りよ…」

 

 

奮い立たせるように、自身に自己暗示をかける少女は、ドアノブを捻る

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

カフェ

 

 

午前11時

 

 

播磨町市内にあるコーヒーチェーン店、この店内の窓際のカウンターには、扶桑と夢崎の二人が制服でもジャージでもない私服姿で並んでアイスコーヒーを飲んでいた

 

 

「…しかし…本当に良かったのか?…折角の休息日に俺なんかと一緒になんて…赤城や高雄達と出掛けた方が良かったんじゃないか?」

 

ブラックのアイスコーヒーを飲む夢崎は扶桑に問いかける。

見た目で言えば扶桑も大人の女性…若干おじさんの入った夢崎と一緒にいると、大人のカップルに見える

 

 

「…いえ。夢崎先生とが良かったので…ああ、コーヒーありがとうございます」

 

落ち着いた雰囲気の扶桑は優しく笑うと、コーヒーを一口飲む

 

「…そうか…だがそれならばもっといい店を選べば良かったかな?」

 

「いえ…こういったお店憧れてて…一度来てみたかったんです」

 

どうやら扶桑は以前寮のテレビで見たコーヒーチェーン店に憧れがあり、今日の休息日を利用して来ようと思ったとのこと

 

そして夢崎を誘ったのは…

 

 

 

「…夢崎先生に…お礼が言いたくて」

 

「…礼?」

 

静かに微笑む扶桑はゆっくりと頷く

 

 

「…私が以前在籍していた鎮守府では…その…艤装が出せないのをいいことに良い扱いをされることもなく…誰も私を見てくれる人がいませんでした…けれど夢崎先生は…いえ田中先生も坂本先生も市川先生も…皆さんきちんと私を見てくれた…なにもできない、なんの取り柄もない私を育ててくれた…だからこそ、改めてお礼を言いたいんです」

 

扶桑は座ったまま夢崎の方を向き、深く頭を下げる

 

 

「ありがとうございます。夢崎先生…最初にあなたが声をかけてくれたから…指導してくれたから、私を見てくれて、一緒に走ってくれたから私は頑張れるんです」

 

 

見た目は完全に大人の女性

 

だが恥ずかしそうに笑う彼女のはにかんだ笑顔は紛れもなく少女のそれだった

 

夢崎はぐいっと勢いよくコーヒーを飲み干す

 

 

「…馬鹿者め…次の本番は夏祭りだ…俺は音楽のことはてんでわかりはしないが…それ以外なら全力でサポートしてやる…勿論お前だけでなく音楽隊全員のだ。だから…お前は何も気にせずに前を見てろ…俺がお前達をひとりも見逃すことなく全員のケツをぶっ叩いてやる」

 

 

「ふふふ…ええ。どうぞよろしくお願いしますね」

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

播磨鎮守府 音楽室

 

 

 

扶桑と夢崎がカフェでデートをしている頃、市川は音楽室の教壇でイヤホンを耳につけ、なにやら数枚の譜面とにらめっこしていた

 

 

 

「…んー…」

 

 

どうやら夏祭りで演奏する曲に対して何かが納得できない様子

 

 

「…あの…」

 

そこへやってきたのは少女、松だった

手には自身の担当楽器、ソプラノサックスを手にしている

 

 

 

「…やっぱり変だな…ん……んー…」

 

 

彼女の存在に気づかずに作業をする市川は、変わらず譜面を見て唸っている

 

 

「…あの!市川先生!」

 

再び彼の名を呼ぶ松

 

一度目より大きく声を出したお陰で市川は松の存在に気づく

 

 

「…ああ、松さん…」

 

「…あ、すいません作業中に…なにかされていたんですか?」

 

 

松は市川が外したイヤホンを見ながら問いかけると、市川はええ、と頷く

 

 

「…どうも神鷹さんのバリトンの音に違和感を感じてましてね…譜面も間違っていないはずなんですが……松さんはどうかしましたか?」

 

「あ、はい…その…またサックスの調子が悪くて…市川先生に見て貰えたら、と…」

 

市川は松から楽器を受け取り、いくつかキーを押す

 

 

「…キーの調子が悪いですね…バネが劣化しているかもしれません」

 

そう話す市川を松は心配そうに見つめる

 

 

「…な、直りますか!?」

 

「…ええ多分…僕の方で直しておきますよ。しばらく預かっても?」

 

「は、はい!ありがとうございます!」

 

 

市川の返答に松は嬉しそうに返事をして頭を下げる

 

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

音楽室から松が出ていったあと、彼女の楽器をまじまじと観察する市川は、楽器の状態を見てふ、と笑みを溢す

 

見れば所々に細かい傷が付き、汗の染み跡と思われるものもうっすらついている。しかし楽器自体はちゃんとクロスで磨かれており、金具の部分は反射して光ってすら見える

 

 

「(…相当使い込んでるようですね…ふむ…)」

 

 

初対面時の松に対しての市川の評価はそこまで高くはなかったが、ここ最近の彼女の頑張りには目を見張るものがある、と市川は考えを改めつつあったが、手にした楽器を見て改めて確信した

 

”この娘達はまだまだ成長するな”と…

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

食堂 1300

 

田中は少女達に囲まれながら、自分達で作ったケーキやマフィンなどのスウィーツを食べる

 

 

「うん…洋菓子も悪くねぇな…」

 

もむもむと租借する田中を、斜向かいに座る宗谷がうっとりとした目で見つめている

 

 

「田中先生…男らしい食べっぷりですぅ」

 

「…宗谷、よだれでてるよ…」

 

宗谷のとなりに座る鈴谷が彼女の口許を紙ナプキンで拭いてあげる

 

 

「…田中先生は甘いものはあまり食べないんですか?」

 

田中の向こう隣に座る三隈が問うと、スコーンを頬張りながら田中が頷く

 

 

「ああ…昔姉ちゃ…姉貴からよく貰ってたんだけど、そのお菓子がどうも俺には合わなくてな…それがトラウマっぽくなって最近は殆ど食ってなかったな…」

 

田中に姉がいると知って少女達はテンションが上がる

 

 

「お姉さんいるんですか!?」

 

「お姉さんも海軍ですか!?」

 

「先生に似てるんですか!?」

 

「やっぱり口悪いんですか?」

 

 

「おい漣…最後どさくさに紛れてお前失礼だろ」

 

 

次々飛んで来る質問を有意義に無視する田中

 

「…や、でも洋菓子に対する考え方変わったかもな…あ、そういや…」

 

なにかを思い出したように田中はつけていたひまわりのエプロンに視線を落とす

 

 

「これ洗って返すな。朧」

 

不意に呼ばれた朧は食べていたマフィンの欠片をこぼしそうになる

 

 

「えっあ…いえ!それ差し上げます!田中先生にあげようと思って作ってたので!」

 

「そうなのか…うん……ああ、またケーキとか作るとき使うかもしれないからな…ありがたく頂くよ」

 

 

田中は少し離れて座る朧に笑顔を向ける

 

笑顔の田中という珍しいものを見た面々は驚き、宗谷だけは何故か息を荒くして獲物を狩る獣のような目で田中を見つめていた

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

播磨鎮守府 執務室

 

 

1900

 

 

ここ最近習慣になりつつある千草との晩酌

 

今日も今日とて焼酎の瓶を手にした千草が執務室へとやってきて田中と坂本に酌をする

 

 

「…へー…あの娘達とお菓子作りかぁ…そいつは楽しそうだなぁ」

 

田中のグラスへと焼酎を注ぐ千草

 

 

「…どもっす…や、なかなか悪くなかったっすよ?これも大事なコミュニケーションっすよ」

 

「へー…んで?あんたはどうだった?坂本少佐よぉ」

 

「ええ。僕は赤城さんと初月さんとで資料室の整理と、物資の在庫確認をしていました…これといって何かあったわけではありませんが…」

 

 

坂本の返答に田中は鼻で笑う

どうやらお酒が回ってきているようだ

 

 

「…相変わらず真面目だねぇ…お前…赤城といい感じじゃんか…提督と艦娘の恋愛なんて珍しいもんじゃねぇらしいぜ?」

 

 

この国での海軍基地、鎮守府での提督業を行うの男性率は多い。そしてそれに関係して女性である艦娘とカッコカリを抜きにして恋仲になる者も多い

 

千草が面白いものでも見るように笑う

 

 

「なんだなんだ…坂本少佐は赤城ちゃんといい感じなんかい?」

 

「いえいえ。そんなことはありませんよ…僕が仲良くしてもらっているだけですよ…特別な感情は特には…」

 

「へぁー…つまんないねぇ…じゃあ、なんだ…気になる娘もいねぇってぇのかい?」

 

千草の問いかけに坂本は少しだけ視線を落とし、流し目で焼酎を飲む田中を見つめる

 

坂本の頬がほんのり赤いのはきっとアルコールのせいだろう

 

 

 

「…気になる…人なら…まぁいます…けど…」

 

ちらちらと田中に視線を送る坂本

千草は上機嫌になる

 

「マァジかよ!おっ?言っちまえって!どうせ今ぁ野郎しかいねぇんだからよ!」

 

「あはは…まあ…そのうちに…」

 

 

坂本は濁しながらなんとか逃げ切る

次に千草は田中の方を見てふふんと得意気に笑う

 

 

「田中少佐は愛宕ちゃんだよな?」

 

 

田中、思わず口に含んだ焼酎を吹きそうになるも、我慢

 

 

「…げほっ…んなわきゃねーでしょ…あいつ…あいつらにそんな感情持ちませんって」

 

 

教え子なんだから、と呟く田中

 

田中と坂本の話を聞いた千草は、先程までの楽しそうな笑顔ではなく、どこか寂しげに笑い、グラスを手にしたままソファーからゆっくりと立ち上がる

 

 

「…千草先生?」

 

千草は義足の脚を少しだけ引きながら窓の方へと近づく

 

 

「俺ぁよ…最近思うんだ…播磨に来てくれたのが…あんたら二人で…まぁなんだ……本当に良かったってな…」

 

二人に背を向けたまま、外に視線を向けて言う。その声色はどこか優しい

 

 

 

「始めっからハードな環境でのあの娘達との対立…だがあんたらの人柄と行動力であの娘らの心は、環境は変わった……新しく来た市川も夢崎も最初こそスパイとしてここに配属…いや、異動か…まぁしてきたわけだが…今じゃ立派なあんたらの仲間…」

 

 

窓の縁にグラスを置き、ポケットからタバコを取り出して一本口に咥える

 

年期の入ったジッポライターでタバコの先端に火を点け、深く煙を吸う

 

 

 

「…あんたらじゃなきゃ成せなかったかもな…あの娘らの環境を変えてくれて…あんがとよ」

 

子を想う父のように、しわだらけの顔で笑顔を作り、2人に向ける

 

田中はグラスに残った焼酎をぐいっと飲み干す

 

 

「…ふぅー…いや、まだまださ…播磨はもっともっと面白いことになるぜ!…それは俺たちだけじゃない…赤城達や夢崎達…んでもって千草先生や古川さん達や食堂のおばちゃん達に播磨の人達の力が、協力があって出来ることなんだ…だか「だから、もっと面白くするためにも引き続き御協力お願いしますね。千草先生」

 

 

田中の台詞を取り、ソファーから立ち上がって深く頭を下げる坂本

 

田中と坂本のある意味息の合ったコンビを見て千草はくくく、と笑う

 

 

 

「ああ…こんな老いぼれでよけりゃあいくらでも使いやがれってんだよっ!…おっとと…」

 

酔ってふらついた千草は窓近くの本棚に手を当てる

 

 

「…おいおい…大丈夫っすか?」

 

「ああ…はは…まぁ、なんだ…今日は飲みすぎたな…俺ぁもう戻るよ」 

 

 

そう言って義足を少し引きながら扉の方へ向かう千草

 

「…手を貸しましょうか?千草先生」

 

坂本の申し出にいや、と千草は一言断り

執務室の扉を開ける

 

 

「…もののついでだ…1つ教えといてやるよ…」

 

 

田中達に背を向けたまま千草は続ける

 

 

 

「…絶望っつーのは希望を妬んでいやがる…だからその時が希望で一杯の幸せな絶頂だと感じたら絶対に注意しろ。隙をついて絶望が全てをなぎ倒しちまう。だからやれるべきことは小出しせずに後悔しないよう全力でやれ……ってな……まぁなんだ…俺の上官だった人の受け売りだ…だが大切なことだ。忘れないでくれよ?」

 

きっと千草という男も過去に色々な出来事を経験したのだろう。

彼の言葉と雰囲気からそう感じた田中と坂本は、執務室から出ていく千草に対し、ソファーから立ち上がり敬礼を贈る

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

播磨鎮守府 私室

 

2200

 

 

それは突然だった

 

ソファーで横になる田中は目をぎょっとさせて上半身を起こす

 

 

「…ごめん…よく聞こえなかった…なんて?」

 

ベッドに腰かける坂本に聞き返す田中

坂本はふふ、と笑っている

 

 

「…ですから…僕は田中くんの事が好きなんです。恋愛的感情で」

 

「まって…待って待って待って…なに?酔ってんの?お前…」

 

 

田中の掴むシーツにぎゅっと皺ができる

 

 

 

「…千草先生の言う通り、この環境は永遠ではありません…なら、僕も後悔しないよう自分の感情に正直になろうかと思いまして…」

 

「いや、その感情は嘘ついててほしかった…」

 

すすす、謎の高速スウェイで田中のいるソファーまで近づいてくる坂本

 

 

きっと坂本の言っていることは冗談などではなく本当だ

 

付き合いは短いが、彼から今までそんな悪趣味な冗談を聞いたことがない。

 

田中はそう考えると、ナニかからナニかを守るように無意識にお尻の穴に力が入る

 

 

田中の隣に坂本は静かに座る

 

男のくせにほんのりといい匂いがして、田中はイラっとした

 

 

「…お…ま…なんだよ…俺のケツでも狙うつもりか?」

 

「まさか?…あくまで僕の想いを知っておいてもらいたくて…田中君の恋路を邪魔するつもりはありません」

 

さらに坂本はにこりと笑い

 

 

「むしろ僕のお尻を狙ってほ「やめよう。うん。この話はおしまいだ」

 

 

 

 

 

 

その後、田中から赤城へ自分達の部屋を別々するように頼んだが、理由を問われてなんとも答えられずにいたところ、却下された

 

 

 

特に大きな問題はなく、田中は無事翌日の朝を迎えることができた

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

更に二日後

 

 

 

播磨鎮守府 医務室

 

 

0800

 

 

「…うぇあ~…」

 

 

医務室のベッドに真っ赤になった顔を布団から出した漣が寝かされている

 

付き添いに来たのは田中、朧、山雲、親潮の4人

 

 

 

 

朝のトレーニングに入り始めた時から漣の様子がおかしかった

 

 

おぼつかない足取りでふらふらと歩き出したり、咳や鼻水も出ている

 

 

診察を終えた千草は椅子に座り、カルテのような用紙にペンを走らせる

 

 

「…こりゃあ夏風邪だな…医務室4日間コースってところだな…水疱も潰瘍も無さそうだから治るのに1週間はかかんねぇだろうが……まぁなんだ…抗生物質もあっから心配はいらねぇよ。嬢ちゃん達」

 

 

安堵し、胸を撫で下ろす4人

 

朧は一歩前へ出て千草に頭を下げる

 

 

「漣を…どうかよろしくお願いします!」

 

それに倣い、山雲も親潮も頭を下げる

 

 

「「よろしくお願いします!」」

 

 

対して千草はいつものように口の端を吊り上げて笑う

 

「おう。任せなよ」

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

播磨鎮守府 通路

 

 

「ったくよ…どーせ夜遅くまで起きててお喋りでもしてたんだろ…しかたねぇな」

 

「…あはは…えっと…はい…漣ってば退院してから毎日あたし達とお喋りしてるから…あ、でもすごく楽しそうですよ!」

 

「気がついたら漣ちゃん寝落ちしてるんですよ~。お腹だして~」

 

「…一度毛布かけたんですけど…寝てるうちに蹴っちゃったみたいで…あはは…」

 

 

 

和気あいあいと話しながらしながら通路を歩く

 

実に絵に描いたような平和な光景である

 

 

ここ播磨の日常は確定されつつあった

 

 

 

 

朝は全員でトレーニング

 

朝起きられなくて遅刻してきた鳥海や田中が夢崎に叱られ

 

昼は全員で食堂

 

赤城の大食いっぷりにみんなが呆気に取られ、宗谷と霰が田中の隣の席を奪い合う

 

午後は音楽隊としてパート練習し、譜面の読み方や演奏方法を市川に見てもらう

 

夜も全員で夕食を食べ、その後の自由時間では皆思い思いに過ごす

 

 

毎日共にいればなかには当然誰かに対して、なにかに対して愚痴や不満のある者も出てくる…そんな時は執務室へいく

 

執務室では田中と坂本…時には千草がおり、相談をしたり、愚痴を肴に宴会…

 

 

 

最初の頃の険悪な状況は払拭され、平和な環境へとなりつつあった

 

 

しかしいつかの千草の忠告の通り、それは突如として現れた

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6月から7月に跨いで数日後の朝

 

少女達が朝のトレーニングに入る頃、田中は食堂で一人新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた

 

 

「…後期高齢者の医療費2割に引き上げ…か…ふぅん…」

 

「田中少佐!」

「ぶっ!」

 

ガタガタと扉にぶつかりながら食堂へ急いで入ってくるは市川だった

 

市川が大声で田中の名を呼ぶと、田中は口に含んでいたコーヒーを吹き出しそうになる

 

 

「…ぇほっ…げほっ…な、なんだよ突然…」

 

 

カウント用のスティックを手にした様子を見ると、今朝のトレーニング担当は彼だったようだ

 

 

 

 

「…き、緊急事態です…!コードレッドです!!」

 

「…はぁ?」

 

 

 

 

とにかくすぐに執務室へ来てほしい、と市川に言われた田中は、ジャージ姿のまま市川と執務室目指して走る

 

 

 

執務室

 

 

0800

 

 

ばん、と勢いよく執務室の扉を開けると、坂本、赤城、夢崎が真剣な表情でなにやら話し合っていた

 

 

「あ、田中少佐…」

 

「おう坂本…市川からコードレッドとか言われたんたが…何があった?」

 

 

田中がそう問いながらふと執務机の上にあるスマートフォンに目が向く

 

 

「…?」

 

ふぅ、と夢崎が深いため息を吐く

 

 

「…つい先程…吉津根中将から連絡がありました…紀伊南沖に深海棲艦群を発見…と」

 

田中は眉をひそめる

 

 

「…紀伊…?…沖?…それがなんだっつー「それに伴って播磨鎮守府に作戦本部を立てる…と」…はぁあっ!!?」

 

 

じとり、と冷や汗が田中の頬を流れる

 

 

「…や…なんっ……い、いつだ!…いつ中将は「今ですよ」

 

 

 

 

その声は背後から聞こえた

 

 

爬虫類のような、首もとに刃物を突き付けられたような緊張をさせる少し高めの声

 

 

電話口で何度も聞いた声…

 

 

恐る恐る執務扉の方を振り返る田中

 

 

既に扉側の方を向いていた坂本は目を大きくして固まり、赤城も突然現れた彼の姿を見て驚く

 

 

夢崎はぐ、と顔を伏せ、市川も居心地が悪そうに目を背けながら立っている

 

 

 

 

 

「…き、吉津根…中将…」

 

 

「…お久しぶりですね…田中少佐………いえ。ここでは田中先生、でしたか…?」

 

 

 

開かれた執務扉

 

その奥には東海支部中将、吉津根中将が取り巻きの士官数名を引き連れて立っていた

 

 

不適な笑みを浮かべながら

 

 

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

吉津根中将が播磨鎮守府に到着する少し前

 

 

太平洋から和歌山湾へ一隻の中型艦艇、そしてそれを護衛するように6名の艦娘が航行する

 

 

陣形の中央、三本の煙突から煙を吐くは対深海棲艦艦艇、戦艦敷島

 

 

 

その甲板にて播磨鎮守府があるであろう方角を見つめる2つが影があった

 

 

 

 

「…なぁ…これぇ間に合うのか…?」

 

「あはは…いえ…恐らく間に合いません…」

 

 

頭も両手も少し色あせた包帯でぐるぐる巻きにし、顔が完全に隠れた純白の士官服を着た背の高い男は、隣に立つ長い銀髪の線の細い少女に巻き舌混じりに問うと、少女は困ったように笑う

 

 

「……やっぱ敷島…遅ぇよなぁ…やっぱもっと速い船…どっかからぁ盗むしかねぇかなぁ…?」

 

「駄目ですよ。提督…」 

 

「……ちっ…相変わらずかてぇ女だな狭霧…冗談にいちいち怒るんじゃねぇよ…っつーかよぉ…」

 

 

包帯男が頭を傾げて小さくため息

 

 

 

 

 

 

「…俺様の縄張りにホシぁ現れたんだろぅ?なぁんでホシのいる方角と逆方角に行かなきゃあならねぇんだよ」

 

「…仕方ありませんよ。武提督…支部からの御命令ですから…」

 

 

武と呼ばれた包帯男はつまらなさそうにバウレールに片足をがん、と乗せる

 

 

 

 

 

 

 

「…集まった奴等がぁ…つまらねぇクソばっかじゃねぇといいがなぁ…」

 

 

 

南海支部直下、紀伊海軍航空基地提督、武幸一大佐は播磨鎮守府へと向かう

 

 

 

 

 





はい

遂に絶望への火蓋が切られました


調和が保てられ始められた播磨に深海棲艦の出現。そしてそれに対応するための作戦本部設立、現れた吉津根中将と、播磨へ向かう謎の提督…


これからどうなることか…

次回をお楽しみに

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