…言い訳はしません。
投稿遅れました…
お詫びに少し長めとなっています。
それではどうぞ
「…おや…おやおやおや…まさか自ら進んで戦場に行こうと仰るとは…これはまた意外ですが…善い心がけですねぇ」
予想だにしていなかった…そんな風に、ほんの少しだけ驚いた表情の妖狐の様な雰囲気の男が、座る椅子を軋ませて彼女達にそう答える
播磨鎮守府会議室
田中違がまだ執務室で夢崎達と相談している頃
先程まで田中と坂本に艦娘を出撃させるか否かを問うた同じ場所で、いつものジャージではなく艦娘らしく各々の制服姿に着直した播磨の少女達は、赤城を筆頭に吉津根の元へとやってきていた
小高、河野も少女達がやってきたことに驚き、鴛渕も目を大きくしている
「…人工艤装とはいえ、戦える手段があるのならば、私達は戦います…」
「…ふむ。それは結構な「但し!」
吉津根の言葉を遮る赤城
その大声に会議室内で通信装置の操作をする通信士達の手が止まり、彼等の視線が赤城に集中する
「…但し田中少佐。坂本少佐の両名からの命令でしか動くつもりはありません。あくまで私達の上官は彼等です」
少しだけ息を乱した赤城は、力強く吉津根の目を見つめる
吉津根は赤城だけでなく、彼女の背後に立つ38名の少女達の顔を見渡す
皆決意した表情
不安と恐怖が入り交じった、だが大切なものを守るためにもう前へ進むしかないと決意した、そんな表情
吉津根はふむ、と頷き
「…良いでしょう…作戦は我々が考えはしますが、その判断。貴女達への指示は彼等にやらせましょう…それでいいですね?」
条件を聞いた赤城は少女らと確認するように頷き合う
そんな少女達の中で一人、一歩前へ出る
初月だった
腕を組んだ初月は、吉津根の頭の先から足元へじろりと警戒するように見回す
「……約束だぞ?…これは絶対条件だ…少佐達の命令でなければ…声が聞こえなかったら海に出たとしても僕達は直ぐに降りる」
「…勿論。約束は必ずお守りしますよ。こう見えて東海支部では誠実で通っていますから…では、お時間もありません。皆さんには直ぐに準備に入っていただきます」
吉津根が指示を出すと、別の士官がやってきて少女達を案内する
続々と会議室から出ていく少女達
一人だけ最後に残った神風は振り返り、吉津根をじっと見つめる
「…」
悔しそうにぐっと拳を握った神風は、なにも言うことなく諦めたように目を伏せ、他の少女達についていく
少女達が会議室から出ていくと、河野が焦った様子で吉津根の元へと身を乗り出す
「き、吉津根先生!…よろしかったんですか!?あんな約束を…!」
河野の言葉に小高もあわあわとしながら頷くも、吉津根は余裕ありげに笑う
まるで自分の勝利が揺るがないと自信があるように
「…くひゅひゅひゅ…あんな約束なんて守るはずないでしょう…義務もない」
「なっ!?」
がたん、と音を立て、吉津根の言葉に驚いた鴛渕は立ち上がる
「…ん?どうかしたのか?少尉」
「…いえ…」
小高に問われ、口を結んだ鴛渕はゆっくりと椅子に座り直すと、深呼吸
「…吉津根中将…恐れながら質問が……彼女達との約束は守らないというのは…」
少し俯く鴛渕を小馬鹿にしたように笑う吉津根
「…なに。言葉の通りです…モノとの約束を守るだなんて馬鹿げたことを私がするはずないでしょう…新人の提督もどき達に作戦指揮を?…あぁ~りえませんよ。鴛渕少尉」
吉津根に言われた鴛渕は膝の上でぐっと拳を握り、歯を食い縛る
"まるでペテン。腐りきっている"
…とでも言いたげではあるが、ぐっと堪えている
しかしその姿は、想いは鴛渕の背に立つ大井にだけは伝わった
「…ふひゅひゅ…さぁて…あとは数人の厄介者を落とすだけ…そろそろ仕上げですねぇ…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
「…直ぐにドックへ…!急げばまだ間に合うかと!」
先ほどまでの会議室での吉津根と少女達とのやり取りを思い出しながら、田中と坂本を先導する鴛渕
吉津根より営倉行きを命じられた田中と坂本は、鴛渕の機転により解放された
しかし状況事態が好転したわけではなく。まだまだ油断は許されない
「…急げ…って、お前は俺達の敵だろうが!どの口が言ってんだよ!」
「…田中君…」
田中に指摘され、痛いところを突かれたように視線を落とす鴛渕は脚を止めると田中達の方へ向き直り、頭を深く下げる
「…申し訳ありません!…私が臆したばかりに…っ!……大佐方の艦娘を行かせてしまいました…!」
「…は?…お、おいおい…」
「…」
まさか頭を下げられるとは思っていなかった二人は、必死に頭を下げる鴛渕を見て言い淀む
少しだけ考えた坂本はうん、と頷く
「…それは過ぎてしまったこと…今悔やんでも始まりません。それよりも今回の作戦。作戦概要はどうなっていますか?…もし僕達が知らない情報があるのなら教えてください」
「…!も、勿論!……ぇえと…」
坂本に問われ、緊張した鴛渕が自身の記憶を辿ろうとする
「…先陣として播磨艦隊による敵状視察…偵察任務から、ですね」
思い出そうとしていた鴛渕よりも先に答えたのは秘書艦、大井だった
「偵察部隊は1000より出撃。土佐沖に待機している呉艦隊、豊後艦隊、伊予艦隊の迎撃主力連合艦隊はその一時間後に出撃。偵察部隊の現地到着は作戦開始後約18時間後予定となっています。その後敵群編成及び敵群位置情報を迎撃主力艦隊と共有しつつ主力艦隊と合流しての敵艦隊への支援攻撃…」
「…です」
大井の説明に鴛渕が頷く
「…ヒトマルマ…って…もう時間ねぇじゃんか!直ぐにドックへ行くぞ!坂本!」
「…ええ!…鴛渕少尉、大井さん。助けてくれたこと感謝します」
鴛渕達に礼を言い、走り出そうとしたその時だった
「逃がさねぇぞ…悪党どもが!」
4人が声のした方に一斉に振り返る
そこにいたのはやっぱりの柴山だった
小飼二匹を連れて通路の真ん中に腕を組み田中達をにらむ柴山。
その額には血管が浮き出ている
鴛渕は悔しそうにぐっと歯を食い縛る
「…いやぁーな予感がしたから跡を追ってきたわけだが…やっぱてめぇも裏切る気だな?大隅ィ」
「…柴山大佐!貴方は先程の吉津根中将と田中大佐達とのやり取りを見ておかしいと思わないのですか!こんなもの軍事作戦なものか!いや、作戦ですらない!」
鴛渕の問いに答えるように通路の壁を拳で強く叩く柴山
「…知ったこっちゃねぇよ…今回の作戦は悪者を退治する…言わば正義の行いだ…正義のためなら播磨の艦娘がどうなろうと俺には関係ねぇし、どうなろうとも播磨の艦娘は作戦をやり遂げるべきだ…へっ…前の大隅の提督だったらこんなバカなこたぁしなかったのになぁ…いや。前の大隅もバカ男だったらしいが…」
柴山の言葉に表情を強張らせた大井が鴛渕の前に壁のように立つ
「…あん?…どけよ軽巡。そこにいる悪党3人は俺の鉄拳制裁で正義とはなんたるかを教えてやる」
凄む柴山に対し、大井はふぅ、とひとつ息を吐いて冷静に返す
「いいえ。退きません…柴山大佐。貴方の勝手でなんでも好き放題できると思われない方が良いかと思いますが?…世の中には「うっさいんだよぉ!」
大井の言葉を遮り、白露が大井の胸ぐらを片手で掴み、壁に押し当てる
「…大井っ!……貴様ァ!」
鴛渕も怒鳴るが白露はその手を緩めない
むしろ田中達は白露の姿を見て驚く
彼女は基地内で艤装を展開していたのだ
「…!柴山大佐!基地内での許可のない艤装展開は軍規違反です!」
声を荒げる坂本
しかし柴山は怪しく笑う
「…へっ!…こりゃあ悪党をこらしめるための正義ある判断だ!…違反なんて関係ねぇ!俺が全て許す!!」
「(…なんなんだよこいつ…!本当に海軍の人間かよ…日本語全然通じねぇねぇか!めちゃくちゃだ!!)」
そう思うも田中は言えず、唇を噛み締める
抵抗しなくなった大井を白露が床に放ると、すぐに鴛渕が倒れている大井に駆け寄る
「大丈夫か!大井!」
「…げほっ…は、はい…なんとか…」
咳き込む大井
今の彼女の脈拍の状態では集中力を使う艤装展開は不可能
万事休すか、と鴛渕はがくっと項垂れる
「…白露。村雨…このアホ軽巡と三馬鹿を営倉にぶちこんどけ」
「了ー解っ!」
「はいはーい!まっかせて!」
柴山の命令に元気良く答える白露と村雨
白露は田中のギプスと坂本の腕を掴み、村雨は大井を肩に担いで鴛渕の腕を掴む
「…っめぇ!はなせっ!くそ!」
田中はなんとか抵抗しようともがくが、既に艤装を展開させた艦娘に力で敵うはずもなくずるずると引きずられていく
「…おいおい…怪我人の怪我した場所掴んだらいてぇじゃあねぇか……へっ…なーに、安心しろよ…なにも殺す訳じゃあねぇ…今はな」
自分の台詞に酔っているかのように笑う柴山のことを田中は強く睨みながら、白露達に連れていかれる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
播磨鎮守府 ドック
0950
先日事故を起こした巨大クレーンが撤去されたドック。クレーンが突き出た建物の壁には大きな穴が空いており、外側には青いビニールが見える
恐らく雨の被害を減らすため、仮施工として外からビニールシートが掛けられているのだろう
赤城はそんな考えを頭を振って払拭する
そう、今はそんなことを考えている場合ではない
ドックに集まった39人の少女達は、20名ほどいる工兵達によって人工艤装を装着させられていた
「じゃあ次これね。はい、脚前に出して」
「あ、はい」
「はい、じゃあこれもつけるからね。背中こっち向けて」
「は、はい」
厚みのある正方形の鉄の箱をランドセルのように背負わされ、太ももにも革製のベルトが締められる。サイドに付いている鉄製の筒は魚雷発射管の様に見える。右手首に巻かれるベルトには小さな高角砲が付いている
「…これが…人工艤装…?」
工兵に装備一式を用意してもらった朧も手首に付いた高角砲を見て呟く
朧はきょろきょろと手の空いた工兵がいないか周りを見回すと、作業を一通り終えた1人の工兵に声をかける
「…あ、すいません…これって映像で見た艤装と違「ああ、それは自動で展開されるから…今は主砲も魚雷もその箱の中に収納されてるんだよ」
妙に早口な工兵の説明に少し心配になりながらも朧は頷く
ガチャガチャと人工艤装を少女達の身体に装着する音と、工兵達の各少女へ装着の説明する声だけが響くドック内
朧もそうだが、他の少女達も皆不安そうな顔だ
「…」
こんな状況に朧はなにも言えずにぐっと拳を握る
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…田中…先生……」
彼の名を呟くのは鈴谷だった
人工艤装を装備した彼女は目を伏せ、田中の姿を思い描く
打楽器ではなかったため、これまで直接田中からの楽器の指導はなかった
だが鈴谷は他の打楽器メンバーに指導している田中の姿、その空気感が好きだった
指導しているときは事細かく神経質な癖に休憩時間となればバカな話をして打楽器のメンバーと一緒になって大笑いをする
その空気を横目で見ることが好きだったのだ
だがもうそんな光景を見ることが出来ない…
いや、きっと生きて帰れればもう一度…
そんなことを考えていると、自分の横に立つ者の存在に気づくのが遅くなった
「…あ…え?…」
「はろー」
あっけらかんとした雰囲気の自分と同じ髪色の女性が鈴谷の横に立ち、手をあげていた
「…す、鈴谷…?」
「そ、鈴谷だよー…そっちも鈴谷でしょ?」
初めて見た同型艦の3番艦
播磨の艦娘じゃない…
鈴谷は周りを見渡す
他の少女達は人工艤装の方に集中し、工兵達も鈴谷達に目もくれていない
鈴谷は驚き、口をぱくぱくとさせていると、目の前に立つもう一人の鈴谷はくすくすと笑う
よく見ると、自分よりも目つきが鋭く、着ている制服の胸元のボタンが第二まで開いており、チラリと見える胸元に入れ墨のようなものが入っているように見える
「あはは…なんかさー…播磨にも鈴谷がいるっつーから見に来たんだよね…あ、あたし淡路基地の鈴谷。よろしくー」
「…あ、そ、そうなんだ…えっと…貴女も出撃をするの?」
どきどきとしながら鈴谷は目の前のもう一人の鈴谷に問うと、彼女はけらけらと笑う
「あははは。んなわけないじゃーん…播磨の鈴谷がどんなアホ面か興味あってねー…っつーかさ…」
淡路の鈴谷は鋭い目つきをより鋭くして鈴谷を睨む
「…んなオモチャ手に入れた程度で艦娘にでもなったつもり?…ってゆーか誰に向かってタメ語使ってんだテメー」
強く、しかし小声で耳打ちされた鈴谷はぞくりと背筋が凍る
「…あ…ぅ…あ…」
「…喧嘩一つ買えんなんてマジゴミやん。艤装も出せん平和ボケしたゴミ女…生きとったって男に股開くぐれーしか出来ねーんやからとっとと死ねや」
そう吐き捨てるように言って、鈴谷から離れてにこりと笑う淡路の鈴谷
放心状態となった鈴谷は眼を泳がせ、ガタガタと膝を震えさせる
「…じゃ、作戦頑張ってねー」
手をひらひらと振りながら淡路の鈴谷は離れていく
鈴谷は両肘を抱き、身体を震わせる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最後の1人に艤装が装着されると、少女達は赤塗装の施されたハイカットシューズのような靴をガチャガチャとならしながらドック内の槽に着水する…否、着水させられる
恐る恐る一歩なんて時間はなかった。少女達はほぼ無理矢理着水させられる
少女達の履いたスクリュー付きの靴から高音のモーター音を鳴らしながら、彼女達の身体を水の上に浮せている
「…凄い…」
「…浮かんでる…」
この世に建造されて初めての着水
海面に浮かぶ少女達は初めての体験
摩訶不思議な状況に驚き、本当に戦えるのかもという期待。そして怪我をするかもしれない、死ぬかもしれないといった不安と心配が各々の表情に現れる
少女達が全員着水したことを確認すると、工兵達は海に続くドックの大扉を開ける
扉が開くと太陽の光がドックの槽に差し込まれ、海面がキラキラと煌めく
『総員、抜錨。作戦開始』
ハンドメガホンを手にした士官が抑揚のない声でそう指示をすると、少女達がなにをするでもなく勝手に水上移動をし始めた
「わっ…」
「きゃっ!?」
不思議な感覚に驚きつつも、バランスをとりながらドックの外を目指して少女達は進む
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
播磨鎮守府 営倉
壁も天井もアイボリーカラーのコンクリートで囲まれた明るめの営倉、その一室の檻が開かれる
「いって!」
「うわっ!」
その床に倒れこむ田中と坂本
白露によって投げ捨てられるように檻に入れられたのだ
「…ったくさー…抵抗しなけりゃもっと早く丁寧に入れてやったっつーのにさ」
白露はため息を吐きながら、面倒くさそうに檻の外でぼやく
「…てめぇっ!…こちとら怪我人だぞ!マジでもっと丁寧に扱えっつーんだよ!」
「…田中大佐、気にするところはそこではありません…」
床に座り込む田中達を見下すように笑う白露
彼女の背後に鴛渕の腕を掴む村雨が立つ
「白露。そこどいてー」
「ああ、はいはい」
白露が一歩横に移動すると、田中と坂本のいる場所に向かって鴛渕の腕を引っ張り、投げつけるように営倉に放り込む村雨
「ぐぅっ!」
田中達がうまくクッションになるように鴛渕の身体を受け取ると、白露を睨む
「…おい…てめぇら…それで正義の味方かよ…」
田中の嫌味を涼しげな顔で受け流した白露がくすくすと笑う
「…はいはい。とりあえずこの作戦が終わるまではここで大人しくしてなきゃだめだよ。じゃあね」
無情にもがらがらと音を立てて檻が閉められ、白露と村雨は営倉の外へと出ていく
「…くそっ!」
邪魔ばかり入る現状にイラついた田中は床を拳で叩く
「…申し訳ありません…田中大佐。坂本大佐」
「いえ…少尉のせいではありません…頭を上げてください……さて、これからどうしましょうか…」
坂本は自分の腕時計に視線を送る
時刻はとうに10時を回っている
「…鴛渕…お前大井は?」
「…別の房へ…艤装制御装置付きの部屋だそうです…」
鴛渕の返答を聞き、眉間にしわをよせる
「…くっ…!」
もうなにも出来ない…
田中達、ここにきて万事休すか
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…よぉ狭霧…」
「はい、提督」
播磨鎮守府本館屋上
退屈な会議室から外の空気を吸いに来ていたのは武大佐だった
播磨の人工艤装艦隊がドックから出撃する姿を武と狭霧はじっと見つめている
「…全滅するな。ありゃあ…」
「はい。間違いなく全員帰れませんね」
「ひゃははは…あの吉津根っつー将校もとんだ悪党じゃねぇか…救えねぇな」
「…そうですね」
淡々と会話をする二人
見れば播磨の少女達の影は段々と遠くなっていく
「…狭霧。第一、第二艦隊の準備は?」
「…上からの命令通り待機しています」
ふんふんと頷く武
「…第三と第四艦隊は?」
「今回の作戦で出撃する予定だったのは第一、第二艦隊だけでしたので、残り二艦隊の面々は敷島で待機しています」
そう言ってドック横に停泊する自分達の乗ってきた対深海棲艦艦艇に視線を向ける狭霧
武ははぁ、と大きくため息
「…まぁ仕方ねぇよなぁ…うん、仕方ねぇ…」
うんうんと自分に言い聞かせるように頷き、呟く武
凛とした態度の狭霧は眼を瞑って次の言葉を待つ
「…よっしゃ。ボクチンは若者達のところへ行ってくるから狭霧は第三、第四艦隊引き連れて播磨の残念達をうまく連れ返してこい。もちろん内緒でな」
「はい。提督」
武の指示に即答する狭霧
うん、と武も頷いて屋上の手すりを掴む
「んで播磨の嬢ちゃん達連れたまま、そのまま西野の親父さんところ行きな…あの人なら上手くやってくれるさ」
「…いえ…あの…私も「狭霧。こいつは命令だ…何度も話し合ったろう?」
言葉を遮られた狭霧はここで初めて辛そうな表情になる
包帯越しだが、武が少し申し訳なさそうな表情になっているのが狭霧にはわかる
「…はい」
ぐっと拳を握り、狭霧は武に改めて敬礼
「…武提督……御武運をっ!!」
「…ああ、お前もな」
敬礼を解いた狭霧は踵を返し、階段のほうへ走り出す
屋上に一人となった武は更に遠くなった播磨艦隊の影をじっと見つめる
「…とっとと終わらせてやろうかねぇ…このくだらない…とんだ茶番をさ……ひ、いひひひ…ひゃははははは!」
武の高笑いが屋上に木霊する
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
1100
播磨鎮守府 営倉
「あぁっくそ!」
がつん、と牢の壁に拳を打つは田中
「…落ち着いてください。田中くん…」
壁に背を付いて座る坂本は荒れる田中にそう一言掛ける
しかしその言葉はどことなく田中に対してではなく自分に対して言い聞かせているようにも聞こえる
「…これからどうすれば…」
ぼそりと鴛渕が呟いたときだった
「よぉ。ここは人間のペットショップか?それか見世物小屋かぁ?」
冗談交じりに現れたのは包帯男、武だった
「…武大佐…!」
「…んだよ…またあんたか…」
「田中くん…」
檻の中からぶっきらぼうに田中が返すと、武は楽しそうに肩を震えさせて笑いだす
「ひゃははははは…ハロー、ボクチンだよぉ」
「…こんなところにいて良いんですか?…作戦本部にいなくては吉津根中将達に、我々の仲間かと怪しまれるのでは?」
「だぁいじょうぶさ。新米眼鏡提督くん…ちゃぁーんと影武者は置いてきたから」
坂本が眉を歪ませる
「…影武者…」
武は子供のように牢を両手で掴み、ぶら下がるように遊ぶ
「なぁに…背の高いうちの士官の顔を俺みたいに包帯で巻いときゃあ誰も気づかねぇさ。ひゃははは」
そんなことで…、と3人は苦笑いも出ない
3人の空気を呼んで武は鼻でため息
「…デデンッ!…さて、じゃあここで問題だ…この世界でもっとも大事なものとはなんだ?」
3人に突然問いかける武
その声色はこれまで見た彼のふざけた、狂気の含まれたそれとは違う
「…はぁ?こんな時にふざけてん「いいから答えろ」
武に遮られ、むぅ、と考える3人
仕方ないといった風に眉間にしわを寄せた坂本が手を上げ
「…あ、愛……愛こそ大事です。愛があればなんとでもいきます」
うむ、と武は頷く
「…真顔ですげぇこと答えんなぁ……うん、ロマンチストだな…だがまぁ確かに愛も大事…お前さんは?新人提督くん」
「え?…あ…はい…仲間…信頼できる仲間かと…」
くくく、と武は引き笑い
「なるほどなるほど…確かに背中を預けられる存在は大事…最後にお前は?」
けっ、と田中は吐き捨てるように
「いや、普通に食いもんだろ…金と迷ったが…人間食わなきゃ死んじまう……って、いやっ!いやいや!っつかお前ら真面目かよ…こんな時にこんな訳のわからねぇ質問に答えてんじゃねーって…」
田中のツッコミにはっとする坂本と鴛渕
焦りと緊張、そして普段入ることのない営倉の中ということもあり、思考、判断が少しおかしくなっていたようだ
それを知ってか知らずか武も二人の反応を見てひゃはは、と大笑い
「ひゃははは…確かに生命維持のために食うことは大事だな…ひひひひ…だがぁ…3人ともハズレだ」
柵の並んだ扉の隙間からだらりと腕を垂らした武は人差し指を立てる
「…答えは情報だ…食い物だってそれが食えるか食えないか…毒があるか、食ったら身体が痺れるかもしれねぇ…食えるって情報がなきゃそれを口に運びゃあしねぇだろ?」
詭弁…
田中はムッとする
次に鴛渕の方を見る武
「そいつに背中を預けられるのはそいつを信じられるって確かな確信…裏切りる理由がないって間違いない情報があるからだろう?それがなきゃ背中なんて預けられねぇどすからなぁ」
まぁ…と、渋りながら鴛渕は頷くも、イラついた田中は立ち上がり、牢を蹴る
「…っんなんだよ!…さっきからごちゃごちゃ言いやがって!いきなり現れて何が言いてぇんだあん「俺には情報がある」
田中の言葉を遮り、はっきりと言いきる武
その高い長身をゆらりと仰け反らせ、包帯に描かれた真っ赤なむき出しの歯が不気味さを醸し出される
「…いや、正確には情報"しか"ない、だが…うん、タッチの差でようやく必要な情報が揃いきってな…これでやぁっとおいらも動けるってもんさ…なぁ、おバカ三兄弟?」
理解不能な武の言葉に疑問しか湧かない3人は困惑する
「…お、おばか…」
そう呟く坂本は目に見えてがっくりと項垂れ、鴛渕も鼻でため息を吐き、田中は更にイラつく
「ひゃははは…ああ、焦らしすぎたなぁ…まぁ説明は移動しながらとして、とりあえずチミ等ここから出すから」
まるで世間話でもするかのような軽さでけらけらと笑う武
そんな態度の武を警戒しながら、田中は武から牢の鍵を受けとる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数分後、がらがらと重い音を立てて営倉の檻が閉められる
武によって外に出ることができた田中、坂本、鴛渕に大井
「…武大佐。助けていただきありがとうございます。ですが本当によかったんですか?こんなことを勝手に…」
頭を下げる坂本は武に問うも、武はとくに動揺している様子はない
「んん?…べつにぃ?…んじゃ、あんた等助けたし。ぼくちんは他にもやること出来たから、もう行くわ」
そう言い残し、武は営倉の入口扉のドアノブに手を掛けると、田中が待ったをかける
「…移動しながら説明してくれんじゃなかったのかよ…なんで俺等を助けたんだ?」
「…リアルタイムで状況が色々変わったんだよ…説明する時間がなくなった。そんだけ…っていうか助かったんだからさっさと艦娘達助けてきたらぁ?」
振り返ることなくそう返す武は、扉を開けて出ていってしまった
「…今は時間がありません…武大佐のことはひとまず置いておきましょう。お二方」
「…そう、ですね…田中くん!」
坂本に呼ばれ、モヤモヤしながらも頭をぶるぶると振る田中
「…っああっ!くそ!わかったよ!」
次の行動のため、4人は営倉から出ていった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
営倉から出た4人はドックを目指して早足に通路を進む
何故か本館内は作戦遂行時にも関わらず、警備のための下士官や警備隊の姿がほとんど見えない
念のためにと大きい部屋の前は通らないようにして通路を進んでいると、医務室のある通路までやってくる
「…ん?」
田中は不意に後ろを歩く大井に視線を向ける
「…?…なんですか?」
先程駆逐艦である白露にやられたことにイラついていたのか、大井が不機嫌な眼差しで田中を睨み返す
「…あ、いや…なんか女の声が聞こえたから…大井…じゃあねぇよな…」
「私なにも言っていませんが…」
『うっ…ぐす…ぐす…』
再び声を聞いてはっとする田中と坂本
見れば少し先にある医務室の扉が開いていた
「…坂本!」
「はいっ!」
鴛渕と大井を置いて走り出した田中と坂本は医務室へと急いで向かう
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
聞こえてきたなぞの声と、千草に今の状況を説明しようと急いで医務室に入ってきた田中と坂本は部屋の惨状を見て言葉を失う
これまで千草の方から執務室へほぼ毎晩晩酌に来てはいたが、田中や坂本もちょくちょくとは医務室に来ることがあった
口や態度が荒っぽい割には整理整頓された医務室
よく医療器具を興味本位で触ろうとして叱られたものだった
だが今の医務室には整理整頓という言葉が全く似つかわしくない程に医療器具や薬品ビンが散らかり、窓ガラスも割れ、床や壁には血が飛び散っている
「…うっ…ううっ…ぐすっ…」
少女の声がしたのはやはり医務室だった
見れば医療用ベッドの足元に背中を預け、床に座り込むように倒れた白衣を着た男性
その腹部には桃色の髪の少女が泣きながら顔を埋めている
「…漣!」
「漣さん!」
二人が駆け寄り見れば、漣は顔を赤くし、荒く短かい呼吸でボロボロと泣いていた
「じぇ…じぇんじぇえ…千草じぇんじぇえが…ぐすっ…」
すぐに漣を抱き寄せる坂本
田中は千草の肩に触れる
「せっ…先生!千草先生!」
ゆさゆさと揺らされる千草の身体
腹から大量に出血しているのがわかる
「…田中君!…すぐに止血を!訓練でやったでしょう!「わかってんよ!」
ばたばたと慌ただしく動く田中。鴛渕も包帯やガーゼ等を荒らされた医務室から探している
「…うっ…ごほっ…な…だ…」
血を吐きながら弱々しく声を出したのは千草だった
「先生!」
鴛渕から受け取った消毒液や包帯を手に田中は名を呼ぶ
千草はふるふると震えながら顔を上げ、田中の顔を見て力なく笑う
「…は…はは…なぁんだ…げほっ…げほっ…来てくれて…たんかよ…」
「…ああ!助けに来た!…千草先生!止血を「艦長よぉ…」
時間が止まったかのようだった
目も虚ろな千草が田中を見て言い放った一言…
坂本も鴛渕も田中を見る
田中はごくりと唾を飲み込み…
「あ、ああ…そうだよ!か、艦長…だ!だから死ぬんじゃあねぇ!しっかりしろって!千草先生!」
なんとか千草の意識を途切れさせないように嘘をついた田中
千草は血を吐きながらくくく、と笑う
「…はは…よ、うやく…あんたと…会……あん……子は……」
そこまでかすれた声で喋り終えると、千草はがくりと頭を垂らす
「…お、おい…先生!…千草先生!!」
田中が彼の身体を揺さぶるが、千草は何の反応もしない
漣を空いているベッドに寝かせた坂本は千草の首に手を触れる
「…くっ…」
脈がない
坂本はすぐに千草を仰向けにさせ心臓マッサージを行おうとするも、腹から胸にかけてつけられた銃創を見て顔を強張らせる
「…この…傷は…」
坂本の呟きに、ベッドで意識が朦朧としている漣が答える
「…突然…黒い格好した人たちが…私を探すためにやってきて…私を守ろうとした千草先生を…撃ったんです…」
漣の言葉を聞いた田中は強く歯を食いしばる
「…ざっけんじゃ……くそぉ…っ!!」
ぼろぼろと漣は涙を流し、顔を手で覆う
「…わ、私のせいで…私のせいで…!」
「違う!漣のせいじゃねぇ!」
「そうです!貴女のせいではありません!」
田中と坂本が声を上げると、鴛渕が千草の元へ座り込み、心臓マッサージを始める
「…気道確保!……いちっ!…にっ!…さんっ!…しっ!…ごっ!…いちっ!…にっ!…さんっ!…しっ!…ごっ!…」
鴛渕の突然の行動に驚いて立ち尽くす大井
「お、おい…鴛渕「何をしているのですか!…この方はあなた方の大切な方なのでしょう…!まだっ…まだ助かるかもしれない!」
ぐっぐっ、と千草の胸を押しながら鴛渕は田中達に怒鳴る
「いちっ!…にっ!…さんっ!…しっ!…ごっ!…いちっ!…にっ!…さんっ!…しっ!…ごっ!……」
鴛渕の心臓マッサージも虚しく、千草の息が吹き返す素振りはない
田中と坂本はわかっていた
服を脱がせて初めて見えた銃創は胸…心臓のあたりまでついている。そして床に流れる大量の血…
むしろ数秒前までまだ生きていたことが奇跡だった
もう助からない
だが鴛渕は額に汗を流しながら必死に心臓マッサージを行う
「いちっ!…にっ!…う…うう…駄目だ…駄目だ駄目だ駄目だ!軍医殿!死んでは駄目だ!!」
涙目で必死に心臓マッサージをする鴛渕の背中を大井がそっと手を当てる
「…提督…もう…もう止めてください…」
秘書艦に言われ、ようやく千草の胸から手を離す鴛渕
「…ぐっ…また…また助けられなかった…なんて…無力…!!」
座り込み、悔しそうに涙を流す鴛渕を見て、田中と坂本を目を合わせて頷く
「…鴛渕…大井…お前らに頼みがある…」
田中に言われてはっと顔を上げる鴛渕
「…俺と坂本はドックへ行く…だがこんな状況だ。今の漣は連れていけねぇ…わかるよな?」
田中が説明すると、医療用ベッドに寝かされた漣がぐねぐねと身をよじる
「…ぅあ…私…いげます…げほっ…げほっ…」
そんな漣を見て田中はふ、と笑う
「…ばーか…んなイモムシみてぇな奴いたら足手まといだ…」
「大丈夫ですよ。漣さん…必ず戻りますから」
坂本も優しい声で漣に笑顔を向ける
「…鴛渕。頼む」
「…は、はい!…お任せください!…1人…1人だけ信頼できる方がいます!…彼女を連れてその方のところへすぐに向かいます!」
「…はは…まるでオスカーシンドラーだな……ああ。頼むぜ、鴛渕…大井。お前も二人を守ってくれ…こいつは艤装が出せねぇ」
大井も頷く
よし、と頷いた田中と坂本は、床に伏す千草の身体を二人で持ち上げ、空いている医療用ベッドに寝かせると、千草の身体に毛布を被せ、四人で合掌
田中はギプスのため、左手だけで手を合わせる
「……と…悪ぃな。千草先生…今は花も飾ってやれねぇ…落ち着いたら全部やっからよ…今はちっと我慢しててくれ」
千草に手を合わせ終えた田中は鴛渕の方を見る
「…じゃあ、漣のこと頼むぜ」
「…お任せください。命に代えても彼女をお守りします!」
胸を張って田中に答える鴛渕
だが後ろに立つ大井はため息混じりに…
「…まずはもう誰にも捕まらずにここから出ましょう?提督」
「あ、うむ…そうだな…」
千草の顔に白い布を被せた坂本が外を警戒しながら窓の外を眺める
「…行くなら今ですね…そういえば信頼できる人がいると言っていましたが…」
大井と一緒に漣を毛布で巻きながら鴛渕はええ、と頷く
毛布にくるまれた漣は顔だけ出して『ひゃあぁ』、とおかしな声を出している
「…私の教育担当官、東海支部の鈴木中将です」
意外な名前に田中と坂本は驚く
「…はっ!?…す……はっ!?」
「…東海支部の…って…え、でも鴛渕少尉は西海支部所属では…?」
田中と坂本の師、鈴木中将は東海支部所属の将校。
吉津根と小高達のような関係がない限り鴛渕と鈴木が師弟関係になることはほぼあり得ない
2人の考えを察したのか、鴛渕が咳払い
「…以前、まぁ、色々ありまして一時期鈴木先生に付かせていただいているんです…今回の迎撃作戦も鈴木先生より海軍を学ぶために、と参加を進められまして…」
「…へぇ…いや…まさかの兄弟弟子だったとは…」
「ええ…僕も驚きました…」
なら、と坂本
「…ええと…今回の作戦には鈴木先生は…」
「ええ。迎撃主力…今は土佐沖の艦隊で指揮を執っているかと…大井」
名前を呼ばれた大井は首を横に振る
「…先ほどから通信を行っていますが…まだ何も…」
田中はため息しながらもやれやれと首を振り
「…ま、なんにせよ先生の教え子なら信用できるな…じゃあ改めて漣のこと頼むぜ」
ええ、と鴛渕は頷く
「鈴木先生と連絡が繋がれば我々含めて保護してもらえる可能性が高いのですが…お二人は…」
田中は鴛渕に待ったと手向け、サムズアップに変える
「…さっき言ったろ?…俺らはあいつらを止めに行く…考えは変わらねぇよ」
このまま鴛渕達と共に鈴木に保護されれば少なくとも身の危険性がある現状から脱することができる可能性が著しく高い
だが田中と坂本は自分達だけが助かることなんて考えてはいない
全ては自分達の生徒を守るためだった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
土佐湾沖の海上には対深海棲艦艦艇と見られる4隻の大型艦艇が輪陣形のまま、太平洋を向いて留まっている
そしてその4隻の艦艇を護衛するように各艦艇に6名から8名の艦娘が護衛として配置されている
大型艦艇の1隻、対深海棲艦艦艇、戦艦近江の艦橋では迎撃主力艦隊司令官、鈴木中将が周りにいる将校や士官の視線を気にすることなく、海域地図や作戦書の乗った台に拳を振り下ろす
「…バカなっ!?もう一度言えっ!!」
「はっ…はい!」
どうやら通信士からの報告を聞いて、鈴木は荒れているようだ
通信士は緊張し、声を震わせて敬礼
「…ひ、1000に播磨鎮守府より偵察部隊の出撃を確認!その数39隻で更に航路も本来の方角より東側にずれていま「だからそれがどういうことだと聞いているんだ!」
青筋を立たせ、肩を震わせる鈴木
背後に立っていた若葉が鈴木の背を擦る
「…落ち着くんだ。提督」
「これが落ち着いていられるか…39隻もだぞ!?皆で手を繋いでピクニックにでも行くつもりか吉津根のバカは!…偵察なんて二式水戦を積んだ数隻の巡洋艦隊で十分間に合うだろうが!39隻も出撃させてわざわざ目立つ意味がない!それに航路も勝手に変更されて……くそっ!」
怒り心頭の鈴木。通信士はええと、と言葉を濁らせる
「…し、出撃したのは淡路基地、河野少佐の艦隊20隻と志摩鎮守府、小高大尉の艦隊19隻の…「そんな内訳どうでもいい!」
引き続き鈴木が荒れていると、その様子を見ていた1人の男性士官が鈴木に近づく
「…ふむ…本来あちらの作戦部隊はあくまで少数艦隊で偵察と報告…敵の発見後、我々と合流し攻撃支援が任務…しかしこれでは確かに予定していた作戦内容から大きく外れますね…」
落ち着いた喋り方、そしてその喋り方に合った雰囲気の男性士官はそう頷き、困ったように笑う
「…ああ。だがこれは迎撃作戦…侵攻作戦ならば一時作戦中止も可能だが、敵さんは待ってはくれない…」
鈴木がそう返すと、男性士官は播磨のある方角をじっと見つめる
「…面倒な事になりましたね…」
「全くだ…くそっ…」
この数日、鈴木はさんざんだった
二週間ほど前、肥後海軍飛行訓練基地から戻った鈴木は播磨鎮守府に連絡を取ろうとした
しかし播磨には繋がらず、山陽支部に問いただしたところ、播磨鎮守府とは山陽支部からも連絡が取れず、現在原因を調査中だと返されてしまった
これに嫌な予感を感じた鈴木は独自に播磨鎮守府の事を調べた
そもそも東海支部ではない他支部管轄の鎮守府である播磨鎮守府
東海支部に籍を置く鈴木は播磨鎮守府の事にそこまで詳しくはなかったが、色々と調べていくうちに播磨鎮守府が日本国軍海軍の一部の将校達にとってどういった扱いの施設かを知った
「(…播磨にいるのはただの問題児扱いの艦娘ではない…彼女らは知っているんだ…知ってしまっているんだ…日本国軍海軍の闇を…)」
鈴木は眉間に皺を寄せる
「(…39隻…普通に考えて淡路と志摩が一度に20隻も出撃させるか?…まさか播磨の艦娘を……いや、だが播磨の艦娘は艤装を展開することは出来ないと調査書には書かれていた…うむ…だが…)」
どのような扱いの鎮守府かを知りはしたが、その更に奥深くの根元までは鈴木も調べきることはできなかった
播磨の事を調べているうちに今回の騒動が起きてしまったのだ
まるでタイミングを見計らったかのように起きた深海棲艦群の出現
そして何の因果か鈴木中将、吉津根中将が今回の迎撃作戦の指揮を執ることとなった
「(…あちらの指揮系統の頭は吉津根だ…俺の教え子を無理矢理引き抜いた何を考えているかわからない男…艦隊指揮なんぞしたことがあるのかどうかもわからん…「鈴木中将」
物思いに耽っていた鈴木を呼び戻したのは男性士官
「…心中御察ししますが、敵は待ってはくれません。中将」
「…ああ…そうだな。すまん」
暗に指示をくれ、と聞こえた鈴木は一つ深呼吸
「(…田中…坂本…二人とも大丈夫だろうな…)」
官帽を被り直した鈴木は咳払いし、鈴木に視線を向ける士官達の顔を見る
「…多少のイレギュラーがあったが、我々の目標は変わらない……伏見大佐。早急に二式水戦を積んだ巡洋艦の艦隊を編成。準備が整い次第出撃。敵深海棲艦群のある海域を偵察せよ」
鈴木が指示を下すと、扉の近くに立っていた中年男性士官が敬礼
「は。直ぐに」
伏見大佐が艦橋から出ていくと、次に鈴木は女性士官の方を向く
「角谷少佐。第一戦隊出撃中止。代わりに駆逐隊を再編成し例の39隻の元へ向かわせろ。あちらがなんの作戦を行う気か知らないがこれは全くもって予定外の行動だ。直ぐに行動中止させろ」
女性士官、角谷少佐も敬礼をし、ハッキリとした声で答える
「は!了解しました!」
伏見と角谷が艦橋から出ていくと、鈴木はため息を吐いて3人目の男性士官に視線を向ける
「…有馬少佐…迎撃主力の数が減る分戦力がかなり落ちてしまうと思うが…出現した深海棲艦群の打撃を君の水雷戦隊に頼みたい」
少しだけ申し訳なさそうに男性士官にそう言葉を掛ける
だが男性士官はふ、と口元を吊り上げ、敬礼
「…了解。…いえ、むしろこれはこれで燃える展開ですね…伏見大佐と連携し、必ずや不埒な敵を殲滅致しましょう」
そう言い、敬礼していた右手を自分の胸に当て少しだけ頭を下げる
それはまるでどこぞの貴族の館にいる執事のような振る舞いだった
男性士官は頭を下げたまま自信満々なのがわかる程にはっきりとした声色で続ける
「…横須賀鎮守府や越後工廠基地ほどの打撃力はありませんが、練度の高さと敵を確実に仕留める戦闘技術ならば右に出るものはありません…」
"ですので"と言い、頭を上げる男性士官
「呉鎮守府名物…有馬水激隊のショーをどうぞ御観覧ください」
男性士官、呉鎮守府提督有馬桐斗少佐は妖しく笑う
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
土佐湾南東沖の海域
出撃から1時間過ぎた頃、金剛を筆頭に陣形など関係なしの並びで播磨の少女達39名は海を滑っていた
いつもなら楽しそうな少女達もこの時ばかりは緊張で皆顔が強張っていた
"あの時"とは違う緊張
今回はお客さんの前で演奏するわけではない
文字通り命を懸けて戦うのだ
皆の表情を見回した赤城が息を大きく吸う
「…皆さん!しっかり!…これが終わればまたいつもの平穏に戻れるはずです!…皆を…自分を信じて!」
赤城の言葉に海を滑る少女達は顔を上げる
「…そ、そうよ…そう。き、今日だけ…今日だけ頑張ればいい…!」
「先生の為に…!また皆で音楽をやるために!」
少女達は皆自分を奮い起たせるために自分に、そして周りの皆を鼓舞させる
そんな少女達の1人、少女達の群の中央を滑る神風は自分の身体に装着された艤装に違和感を感じる
「(…艤装が軽すぎる…のくせに動きにくいし自分で操作出来ないのは辛いわね…でも…)」
1人だけ自分の艤装を展開するわけにはいかない…今は皆との足並みを乱すわけにはいかない
「(…もしも…万一の時は……ううん…万一なんてない…大丈夫…大丈夫よ…神風)」
神風は静かに頭を横に振る
何をしているんだろう、と隣の鈴谷が神風に声をかけようとした時だった
『…る…えるか…』
インカムをつけた少女達は突然入ってきた無線越しの男性の声に驚く
そして同時に期待する
"先生かもしれない"と…
「…せっ…先『…態、りょーこぉーう』
応答しようとした初月は遮られた者の声で自身の言葉を止める
心臓を掴まれたような衝撃
身体中が凍りつく
その聞こえてきた声は田中でも坂本でも、ましてや夢崎でも市川でもない
「…お前…っ!」
『…海ィ~の香りはァ…如何ァですかぁー?』
吉津根だった
こめかみに青筋を立てた鳥海が着けていたインカムを手で掴む
「…ざっけんな!…テメっ…くそっ…先生達はどォしたっつぅんだ!!ゴラァ!!」
『ほひょほほほー!のーほほほほぉ!…なんという言葉遣いの悪さですかねぇ…全く…大佐達がキチンと躾を施さなかったんですねぇ?』
ぎちぎちと歯を食いしばらせる鳥海をよそに、焦燥しきった表情の赤城が自分のインカムに手を添える
「…吉津根中将。話が違います…!私達に指示を出すのは田中大佐達だった約束です!」
『ほひゅひゅひゅ…なぁにをおバカなことを…そんなこと約束する訳がないじゃあないですか』
吉津根の薄気味悪い引き笑い混じりの言葉を聞いて少女達は頭の中が真っ白になる
はめられた
皆がそう思った
「…そんな……くっ…」
特に赤城はショックが大きかった
今回の事、最終的には赤城が決めたことだ
皆の顔を見れずに顔を俯かせている
『ほっひょっほぉー!今回の作戦は貴女達を沈めるために組んだもの!年貢の納め時ってぇやつですよぉー!?』
勝利を確信し、喜びに満ち溢れた吉津根の声はもう皆には届かない
少女達は何も出来ずにただただ前方へ航行するしか出来ないのだ
そんな中、1人の少女がため息を吐く
「…聞きたいんデスけど、深海棲艦の出現は本当なんデスよね?」
金剛だった
平静を装っているが、その口元は震えている
『…ええ。出現は本当です。貴女達の航行する先には"彼女ら"がいることでしょう』
金剛の眉間にしわがよせられる
「…なら…この艤装…艤装は本当に戦闘で使えるのデスか?」
金剛の言葉で少女達は背中に背負った正四角形の鉄のランドセルの重みを強く感じる
『…あー…その前に一つ、よろしいですか?』
まさかの吉津根からのインターバル
少女達はお互いの顔を見合う
『…太平洋戦争末期…旧日本軍は航空機を使ったとある攻撃手段を編み出しました…それが何か…わかりますか?』
突然のクイズ
少しだけ悩んだ金剛
「…イエ…わかり…まセン…」
『栄えある日本人の偉案…神風特別攻撃隊ですよ』
神風…
それだけならば聞いたことはあるし、ある程度はわかる
吉津根が何を言いたいのか、1人を除いて少女達は理解出来なかった
『航空隊員の質も数も落ちてきた末期。米軍に勝てる戦法は何か、となりましてね…爆撃機に隊員を乗せて、爆撃機と共にそのまま敵艦に突っ込めば良いのではないか、となったんですよ』
「…何が…言いたいんデスか…」
金剛はもうわかった
わかってしまった
ほかの少女達も吉津根のこの説明でようやく理解した
『…かみかぜ…いえ。当初の名称は"しんぷう"特別攻撃隊らしいですよ?いやはや…偶然ですかな?…貴女達の装備する人工艤装の名も真風(しんぷう)なんですよねぇ…いやぁ…不思議ですよねぇ…』
『…ぷっ…ふひょ…ほひょっ…ほひひひひゃはははははは!!!』
薄気味悪い吉津根の笑い声
だがこれで少女達は全てを理解した
この背中に背負ったものは恐らく爆弾だ
そして戦うための兵器もなく、進路の先には深海棲艦群…
吉津根は自分達にただの特攻をさせようとしているのだ、と…
少女達は絶望した
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
播磨鎮守府 ドック
「…どぉいうことだテメェ!!」
左腕を使って職員を壁に押し付ける田中
「…やっ…だ、だからもう出撃しましたし!…ここにはもう我々工兵しかいませんって…!」
鴛渕達と別れた後、田中と坂本はドックへとやってきた
だが既に少女達に艤装を着けた者はなく、残ったのは連れてこられたどこかの鎮守府の数人の工兵達だけだった
モップや箒を手に持つ彼らを見ると、後片付けをさせられているのがわかる
「…落ち着いてください田中大佐…君、播磨の…艦娘達に人工艤装を装着させて、出撃は既にしたんですよね?」
田中に押し付けられた工兵は坂本に問われ、何度も頷く
「…では、その人工艤装を着けた艦娘の制御装置もあるはずですよね?それはどちらに?」
「せ、制御?…あ、ああ…コントロールパネルなら作戦本部…えっと…し、本館の作戦本部にあるはずですぅ!」
半泣きの工兵がそう答えると、彼を押し付けていた田中は苦い顔をする
「…いきなり本丸かよ…くそっ!」
「…仕方ありません…田中君、行きましょう!吉津根中将の元へ」
坂本に言われ、押し付けていた工兵を解放する田中
次の目的地は作戦本部の展開される会議室…
教え子達を救うため、二人は再び走り出す
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
とある海上
水平線の広がる静かな海
そこには3つの人影があった
[…なぁ、本当に来るのか?]
艶のある黒髪を2つのお団子にした深海棲艦、軽巡棲鬼がつまらなさそうに呟く
[…ああ。間違いなく来るさ…私達はそれを沈めれば良い]
[…]
黒フードの深海棲艦、戦艦レ級は自分達の敵がやってくるであろう方角を見ながら軽巡棲鬼に返す
二人の後ろに立つ長身の深海棲艦、港湾棲姫は何も言わずにレ級と同じ方向を見ている
[…ちっ…私は私達の基地を破壊しやがったあの忌々しい佐世保のクソを殺せると聞いたから来たっつぅのに…!くそっ!]
イラついている軽巡棲鬼はガツンと自分の艤装を叩くと、息を大きく吐く
[…まぁいいや…とりあえずやってくるゴミを殺して少しでもストレス解消してやる…!]
[…おやおや…基地も破壊されて…愛犬も居なくなった奴は怖いねぇ…さて…]
レ級の電探に何か反応が起きる
それを確認すると、レ級はその口元をまるで耳元まで裂けるように開き嬉しそうに笑う
[…遊びの時間だ…沢山殺して沢山沈めようじゃあないか…]
レ級は眼を真っ赤に光らせ、まだ見ぬ獲物を想像して高揚していた
はい
お疲れ様でした
とりあえず私から言えることは…
外から帰ったら手洗いうがいしましょうね
はい
次回もどうぞよろしくお願いします
あ、もしよろしければ評価など頂けると嬉しいです。そちらもどうぞよろしくお願いします