投稿遅くなったので、少しだけ長めになっています
どうぞ
ガキの頃
テレビで視た戦隊ものの虜となった俺の夢はやはり正義のヒーローだった
弱気を助け悪を挫く
ヒロインのピンチに颯爽と駆けつけて救う
そんなかっこいい正義の味方に俺はなりたかった…
だから、そうだな…物心つく頃には俺の将来の夢は憲兵察だった
家はまあまあ金持ちだったしな…
勉強しなくても簡単に憲兵察学校に入れたぜ…
…けど…パパ…あ、いや…親父の勘違いっつーか…ちゃんと俺の話を理解してなかったみたいでな…海軍士官学校に入ることになっちまった…
まぁ…手続きとかなんやかんやも全部任せてたしな…それに海軍だって正義の味方っぽいし…
それで海軍士官学校に入ったわけだ
親父のコネもあって無事卒業
なんの下積みもなく佐世保鎮守府の士官として着任した
…正義の味方に下積みなんていらねぇしな
だがその佐世保鎮守府にはクソッタレな提督がいやがったんだ…
『山野提督!…なんなんだよあの作戦!…正義の海軍なら正々堂々と真っ正面からガツンと切り込むべきだろ!』
『…それも戦術かもしれんね。だが情報が足りない海域にむやみやたらに艦隊を突撃させるのはどうかと思うがね』
『…ぐ…』
『山野提督!どうして俺に作戦を立てさせてくれない!俺ならもっといい作戦を立てられる!』
『…そうか。なら次の作戦立案書を提出してくれるか?』
『…はぁ!?その場で直接口で伝えた方が楽だろうが!』
『……ははは』
『…おい!山野提督!どうして作戦会議をすることを教えてくれない!』
『…ノックをしたまえ…そしてその言葉遣いもいつになったら直すのかね…正義だの作戦だのと言うが、まずは見直すべきところがあるだろう。柴山少尉補佐』
『…くっ…!』
正義のせのじもないクソッタレジジイがよっ!
あんなクソッタレなのに、他の士官から慕われて…俺にゃあ理解できないな…!
…だから時雨を使って…時雨の力を使ってあのクソッタレを提督の座から引退させた…ああ、簡単だったぜ?…閉じ込められている時雨を外に出してやってよ…
ちょっと甘い言葉をかけたらイチコロよ
…山野のクソジジイは時雨の力が危険すぎるっつってたけど、正義のために使うんだ!
危険なわけがあるか!
そう。俺はヒーロー…
正義のヒーローなんだ!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…んぉお~んん??」
播磨鎮守府 グラウンド
作戦本部にいた士官や通信兵達が避難し、グラウンドで列を作る中、基地本館をじーっと見つめる吉津根が唸る
「…小高大尉?…どぉこで火事が起きているんですかぁ?…全く燃えている様子はありませんが?」
基地に視線を向けたまま吉津根が問うと、列に並んだ小高が一歩前へ足を出す
「…あ、ええと…その…ひ、非常ベルは誤作動かと…」
「なんですとぉ!?…そんな馬鹿な!栄えある海軍施設の設備に不備があると!?そう言いたいのですか!?」
勢いよく振り返る吉津根は小高を睨む
すると小高はあわあわと挙動不審になりながら両手をわたつかせる
「あ、いえっ…は、ははっ…まさか…そのようなこと思ってもいません!」
「ならっ!何故!?…何故何故ですかぁ!?小高大「吉津根中将!」
吉津根の言葉を遮り1人の士官が手を上げる
「勝手ながら意見具申させていただきます!恐らく何者かの手によって非常警報装置を鳴らされたものかと!」
「…」
勇気を出して意見した士官をじっと見つめる吉津根
吉津根から見つめられる士官は恐怖のためか、僅かに身体が震えている
「…ふぅむ…なぁるほど…」
吉津根は士官に対して何かするわけでもなく口元に手を持ってきて思案する
「…つまり…我々は騙された…そういうことですね…?」
吉津根が士官に問うと、士官は背筋を伸ばす
「…い、いえ…その…」
瞬間、渇いた音がグラウンドに響く
銃声だった
「…ぐぁっ…」
発砲したのは吉津根だった
その手には拳銃が握られており、硝煙のあがる銃口は士官の方を向いていた
「…いっ…だっ…ぁぁあ!」
太ももを撃たれ、地面に倒れこむ士官
吉津根は倒れた士官を見て、つまらなさそうに顔をしかめる
「…総員、早急に作戦本部へ戻りますよ…列を揃えてェーー!!出発!!」
撃たれた足を押さえて倒れこむ士官を皆無視し、列を成した者達は基地本館へと向かう
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…あーあ…やっちまってくれたよなぁ…」
紀伊海軍航空基地提督、武が呟く
しゃがみこむ彼の胸には両腕のない血だらけの少女、秘書艦狭霧が抱き抱えられている
そして武と狭霧の目の前に立つはパワードスーツを着た佐世保鎮守府の提督、柴山
柴山の腕に装備された機関銃の砲身からは硝煙があがっている
「…ったくよぉ…俺の命令通りに動いてりゃあここで死ぬこたぁなかったのによぉ…ひゃははは…」
ちからなく、諦めるように笑う武
彼が抱き抱える少女は目を開けることなく反応もない
そんな彼を気にすることなく、息を荒くした柴山は武に機関銃を向ける
『…はぁ…はぁ…くっ…くくく…悪の手先となったからには正義の制裁からは逃げられねぇ…!…ぁあっ!!…その馬鹿女と共に地獄へ送ってやるぜ!』
「……地獄、か…それも悪くねぇなぁ……だがその前に…」
冷たく、魂が凍り付くような鋭い目付きで柴山を睨む武
「…大事な大事な時雨ちゃんをよォ…助けに行かなくて良いのか?」
『…ぁあ!?いきなり何を「今頃火だるまになってるかもなぁ」
柴山の言葉を遮った武はにやりと笑う
武の笑顔を見てはっとした柴山は隣で艤装を展開する白露の方に勢いよく振り向く
同時に白露も何かに気付き、焦りの表情になった
『…白露!すぐに船に連絡「提督!駄目!!」
柴山の言葉を無理矢理止めた白露
しかし時既に遅し
「……バーカ………おう、テメェ等聞こえたな?…あたいからの最後の命令だ。全員で佐世保のクソ船にパイぶつけてやれ」
狭霧を抱き抱えてしゃがみこみ、柴山に機銃を向けられたままの武がにやりと笑って自分の着ている制服の襟に向かってそう呟く
その姿、言葉を聞いて柴山よりも先に顔色を青くさせた白露は理解する
「(…まずった!……コイツ…自分の艦娘達と連絡取り合ってたんだ!)」
しかし白露の主、柴山は気がついていないようだった
『…っめぇ!!時雨になぁにしやがっ
柴山が吠えると同時に外から砲撃の音が何発も聞こえ、どこかで爆発するような音も聞こえる
『…!?』
「…っ!」
柴山も白露も反射的に窓の外に視線を向ける
しかし執務室からでは自分達の乗ってきた艦の様子は見えない
だが音と衝撃により、いくら鈍感な柴山でも流石にここまでわかりやすい流れを身を持って体験したことで"誰"が"何"を攻撃したのか理解した
『…あ、ああ…あああ!!!』
「て、提督!落ち着いて!!」
パワードスーツのまま、癇癪を起こした子供のようにその場でじたばたとする柴山
その様子を見た武は狭霧を床に寝かせ、ゆっくりと立ち上がる
「…テメェは…テメェこそが悪だろうが…柴山」
"悪"という単語を聞いてじたばたしていた柴山の動きが止まる
『…なぁん…だとぉ?』
ゆっくりと武の方を向く柴山
「…お前は俺と同じ…いや、俺もずっとずっと悪党だ…どうしようもない程に救い様のない…『うるっせぇあ!』
武の言葉を遮り、彼の胸ぐらをつかみ上げる柴山
「…ぐ…くっ…ひゃははは…ああ、救い様のない、深淵よりも深く…ぐっ…や、闇よりもただっ広い…テメェはど悪党だっ…!」
締め上げられる武はその言葉を止めない
パワードスーツで顔は見えないが、武の言葉で柴山が憤怒しているのがわかる
『だまれだまれだまれ!!!お、おっれは…あ、悪じゃねぇ!!正義だ!俺こそ「ぃいいやっ!!テメェは純粋で純朴な悪だ!」
『うっせぇええあっ!!』
武に押し負けた柴山は彼を壁に投げつける
「がはぁっ!…げほっ…げほっ…ああ、ああ…正義のヒーロー様よォ…」
身体中の痛みに耐えながら、武は声を絞り出すも、言葉は続かない
「(…俺の俺達の死を対価に…テメェは何を差し出す…?)」
武が咳き込むと、床に血が滴り落ちる
「…さ、最後に…この悪党めに教えてくれや…」
息を絶え絶えに、壁に背を預けて柴山を見上げる武
『…ああ…最後だ』
武はゆっくりと、震えながら柴山に指を指す
「…デ…デ~ン……問題ィ……正義の反対…は…なんでしょう~…か…?」
がしゃ、と機関銃の照準を武に向けて柴山が鼻で笑う
『…んなモン…悪に決まってんだろうが…このっ…悪党がぁっ!!』
柴山、武に向けて機関銃を放射
けたたましい炸裂音を鳴らしながら武の左足太ももから腹部へ力の限り発砲
『…ぅぉぉおおおおおお!!!!』
まるで往年のアクション映画の主人公が、敵に向けて重機関銃を撃ちまくる様に、柴山は吼えながら武に銃弾を叩き込む
「(…あーあ…やーっぱこの馬鹿…やりづれぇなぁ…やっぱりやられちまった…)」
熱さと痛みで意識が薄くなっていく武は床に寝かせた狭霧の姿をその眼に映す
「(…悪かったなぁ…狭霧……結局俺は…)」
至近距離で機関銃から発射される銃弾の雨を受ける武は人形のようにビクビクと身体を震わせ、血や臓物を飛び散らせる
時間でいえば数秒
しかし体感では1時間程撃ち続けたように柴山は感じた
『…はぁ…はぁ…はぁ…』
未だ硝煙のあがる機関銃を下げ、息を切らす柴山
「…く…く…ふ、ひゃ…は…は…は……」
銃撃で腹部が穴だらけに、まさにぼろ雑巾のような状態でもまだ息のある武は血を吐きながら笑う
『…て…テメェ…!!』
「…ふ…不正……解……」
たった一言それだけを残し、武は力尽きる
肩で息をする柴山
窓の外では未だに砲撃音、そして爆発音が聞こえる
『…不正解…だと…?…おい…テメェ…もういっぺん言ってみろよ…』
柴山は声を震わせて武の頭を鷲掴み、自身の目線に会わせて持ち上げる
「…はっ…て、提督!そんなことしてる場合じゃあ…!」
『…武ェ!!もいっぺん言ってみろォオ!!』
柴山はパワードスーツの頭部から蒸気でも出すのではないかと思われる程に声を荒げ、武の亡骸に問うも、当然武からの反応はない
「…提督!!」
何度呼ばれたのか、ようやく白露の呼び掛けにはっとする柴山はすぐにパワードスーツ頭部側面に付いているダイヤルを操作しだす
『…おい!おい!聞こえるか!?時雨!』
自分達が乗ってきた船にいると思われる少女へと通信を送る柴山
『…やぁ。今朝ぶりだね。提督』
落ち着いた雰囲気の少しだけ低めな少女の声が聞こえたことに安堵する柴山
だが外から聞こえてくる砲撃音は止まない
『…時雨!今そっちはどんな状況だ!』
『…うん?…どうやら砲撃を受けているみたいだね…船内も傾いてるから多分沈むかもしれないね』
自分の乗る船が砲撃され沈みそうになっているというのに、彼女は淡々と答える
『…どうする?提督』
『…分かってんだろう?…遠慮せずに"使え"!』
『…良いのかい?』
『当然だ!お前の命の方が大事だ!』
『…』
沈黙が流れる
柴山を心配そうに見つめる白露
『…うん…わかった……じゃあ遠慮なく使うね…』
時雨の返答を聞いて柴山はよし、と頷き
『…白露!すぐに佐世保の面々で応戦させろ!ウチの船を攻撃してる…紀伊の…悪党の残りカス共を正義の鉄槌でぶっ殺せ!』
柴山の指示に白露は敬礼し、すぐに仲間へ通信を送る
柴山は床に伏せる武と狭霧の亡骸をぎっと強く睨む
『…テメェの思いどおりには…させねぇからな…!クソ悪党が!!』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
「クソッタレが!今度ァ誰だってんだよ!」
会議室
怒鳴るように叫ぶ田中
部屋の扉の前には艤装を展開させた淡路基地の鈴谷が怪しく笑っている
「あははは!誰だって良いじゃん!…とりあえず…」
鈴谷はそう言って自分の近くにあったパイプ椅子を片手で掴み、田中と坂本めがけて思いきり投げつける
「…死んどけやぁっ!!」
豪速球で投げられたパイプ椅子は僅かに田中達から外れ、壁に激突
パイプ椅子は曲がり、会議室の壁にめり込んだ
「…冗談じゃあねぇって…」
「…流石、馬力が違いますね…」
田中と坂本は壁にめり込んだパイプ椅子を見て唖然とする
人間では到底出来ない力技
艤装を展開させた艦娘だからこそ出来ること…
二人は鈴谷の方を見る
二人との距離、およそ20メートル
捕まればどうなるかは壁にめり込んだパイプ椅子を見ればわかる
「…あーあ。外しちゃったし…マジクソ」
手首を振りながらゆっくりと田中達に近づく鈴谷
そんな鈴谷は視線を感じてふと窓側の方をみる
窓の横にある柱に隠れている人影が1つ
黒田だった
「ひっ…あ、あはは…」
黒田を守るように戦艦イタリアが前に出る
「…はぁ?…土佐の根暗提督じゃん……あー?…そおいやなんでここにいるわけ?全員避難つってたじゃん」
ずいっとイタリアを威嚇するように近づく鈴谷
イタリアは臆している様には見えないが、その後ろに隠れる黒田はびくびくしている
「あ、ええへへ…その…あの…や、い、付いていくのに遅れてしまって…えへへ…」
へりくだるように苦笑いの黒田を睨む鈴谷
「…行き遅れてんのは婚期だけにしたらぁ?あははは!」
小馬鹿にするように鈴谷が笑うと、黒田はぎゅっと唇を噛む
妙齢の女性としてはやはりデリケートなことらしい
黒田の反応を見て鈴谷は鼻で笑う
「…はんっ…あんたら大人しくそこで見てな。邪魔しないんだったら私だってあんたらにゃあ手ぇ出さないからさ」
震える黒田を見下すように吐き捨て、鈴谷は近くにあった折り畳みの長テーブルを片手で掴む
「…ほぉらっ!!」
鈴谷が長テーブルを田中達へ投げると、空気を切るような音がして長テーブルがミサイルのように田中達の方へと飛んでいく
「…うぉわっ!」
田中と坂本もぎりぎりでそれを躱し、先程まで操作していたパソコンデスクの陰に隠れる
そんな二人を呆れるように見て鈴谷は笑う
「…情けないじゃーん。大事な大事な艦娘助けるためにここまで来たんじゃん?なら鈴谷と真っ向から戦わなきゃ~」
煽る鈴谷だが、パソコンデスク裏に隠れている田中と坂本は全くそんな気にはならず、二人で小声で話している
「…クソッタレ…!ならその艤装解けっつーんだよ!」
「…ええ。あれでは彼女に掴まれただけで腕が引きちぎられますよ…」
「…マジでここで終わりかよ…クソっ…!」
「…くっ…」
「…あーもー…マジやる気削がれるっつーの…ん?」
田中達への煽りに失敗した鈴谷は散乱したデスクの上に置かれたあるリモコンスイッチに気づき、にやりと笑う
「…いーもん見っけ…さぁてさて…腑抜けな提督達に現地の声を聞かせてあげようかね、っと…」
そう言い、鈴谷はリモコンスイッチを手に取ると、スイッチに付いているダイヤルを回し始める
「…なにするつもりだあの野郎…」
「…」
田中と坂本も彼女が行っていることが理解できないでいると、会議室隅に設置されたスピーカーからブツリと何かに接続された音がし
『いやぁぁああああ!!』
『助けてっ!…先生っ!助けてっ!!』
ノイズ混じりに少女達の声が会議室中に聞こえてくる
その音の背後では爆発音や破裂音も聞こえる
「…これ…」
『先生ぇえっ!先っ…ぎゃあっ!』
唖然とする田中と坂本
この声を聞き、すぐに理解する
海にいる赤城達が襲われている
誰かから砲撃を、攻撃を受けている
「…あはははははっ!ウケる!…さいっこーのタイミングじゃーん!!」
鈴谷が操作したのは、現在海に出ている播磨の少女達が装備する艤装に取り付けられた小型マイクの音を拾う装置だった
鈴谷はにやにやと笑い、田中と坂本を見下ろす
「…逃亡防止用の盗聴器…こんな風にも使えんだねぇ~…あいつらの断末魔をこーんな安全な場所で聞けるってンだからさぁ…あたしらも楽しもうよ!」
「てめぇえええっ!!!」
思わずデスクから身を乗り出す田中
坂本がすぐに田中の身体を押さえる
「離せっ!坂本!くそっ!クソアマぁぁああ!!」
「あはははははははは!!!」
鈴谷達のやり取りを遠目に見ていた黒田とイタリア
少女達の断末魔を聞きながら、イタリアは表情を変えないまま唇を噛み締める
「…悪趣味だわ…」
ぽつりと呟いた秘書艦の言葉を黒田は聞き逃さない
黒田は自分の制服の裾を強く握る
今まで自分は人に、環境に流され続けてきた
今回の作戦もそうだ
上から命令された迎撃作戦参加
今までのように目立つことなく無難に、どこかの艦隊の陰に隠れて作戦参加できれば良いと考えていた
だからこそ吉津根の起こした今回の騒動に驚いた
なにか企んでいるなとは感じていたが、まさか播磨の艦娘達を囮にするような作戦を立てるとは思わなかったのだ
「(…ただ…見ているだけの私とは違う…)」
目の前で吼えている若者
田中と坂本は自分の命を懸けてまで、一度は捕まったのに、危険を承知で牢を抜けてここまで来た
きっとかけがえのない大切な存在だったのだろう
会議室に流れる播磨の少女達の断末魔を聞いて彼の…彼らの怒りや悔しさ、悲しみの大きさは黒田には予想すら出来ない
「…イ、イタリア…」
だがそんな黒田にもやれることはある
あるはずだと確信し、秘書艦に声をかける
「あははははは!ほぉらほら!早くしないとみーんな死んじゃうよぉ!?あははははは!」
鈴谷が楽しそうに笑う
デスクの陰に再び隠れる田中は苦虫を潰したような表情で床を叩く
「…っくそっ!!」
「…落ち着いてください田中くん!…ただ突っ込むだけでは殺されます!」
「んなこと分かってんよ!…だから今考えてるじゃねぇ…か……?」
言い返そうとした田中がなにか大切なことを思い出したかのように表情が一気に変わる
「…なんか……ん……あれ?…」
なにかを確認するかのように一人頷く田中
坂本はそんな彼の様子を心配そうに見ている
「……………………うん。坂本…もしかしてだけど…あいつらの艤装止められるかもしれねぇ」
「え?」
さも当たり前かのようにあっけらかんと答える田中
「…や…は?…な、何を…え?」
「落ち着け坂本君…とりあえず試してみるわ」
驚きたじろぐ坂本
だが田中は寧ろ先程までの怒りがさっぱりと消えてしまったかのように振る舞う
首をこきこきと鳴らしながら手首を回してストレッチをする田中
「…ちょ…何をするつもりですか!?田中「いや、実は気にはなってたんだわ」…え?」
デスクから少し頭を出して鈴谷の方を見る田中
鈴谷は距離を詰めることなく相変わらずニタニタと笑い、田中達が出てくるのを待っている
むしろ指をくいっくいっとさせて煽っている
「なになにぃ~?チラ見してんじゃねぇし~?鈴谷のパンツでも見たいわけ~?」
「…あいつ……いや、ほら…あのクソアマ…最初こそ扉を砲撃しやがったけどよ…そのあともう撃ってこようとしてこなかったじゃんか」
「…ええ、まぁ…」
確かに鈴谷が会議室に入ってくる時は砲撃で扉は破壊された
だがそれ以降はテーブルや椅子を投げてくるだけの攻撃をしてきている
田中はその行為に違和感を感じていた
「…それにあいつ言ってたじゃねぇか…『砲撃しちゃだめなんだっけ』…ってな…それって、ここにあるものに被害を出さないようにするつもりだったからじゃねぇか?」
「……人工艤装の制御装置…!?」
「…もしかして、だけどな…」
田中の推理に坂本はうむ、と唸る
「…田中君って…キレてる時の方が案外冷静かもしれませんね…」
「…言うなって…俺も思ったっつの…」
「では早速パソコンを操作して電源を「んなことしてる時間はねぇよ。それより手っ取り早い方法あんじゃん」…手っ取り早い方法?」
田中はポケットからタバコを取り出して口に咥え、火をつける
「…坂本。あとは頼んだぜ」
「…え?」
一口だけタバコの煙を吸った田中はぷっ、と床にタバコを吹き捨て、立ち上がる
「田中く…っ!」
坂本が呼ぶも既に田中はデスクから飛び出し、壁の方へと走る
「…はぁ?」
予想外の田中の動きに鈴谷は眉を片方つり上げて奇っ怪そうな表情になる
「…テメェのなんざいらねぇよ!…パンチラならあいつらので十分間に合ってんだよ!!」
そう言いながら田中は壁に設置されたある箇所に左腕を伸ばす
その先にあるのは鉄製のボックス、配電盤だった
「……!…こぉの粗チン野郎がぁっ!」
ようやく田中のやろうとしていることを理解した鈴谷は艤装の主砲を田中へと向けるが
「…ちっ…!」
躊躇する
配電盤に被弾すれば会議室のパソコン関係全てに影響が出るし、意図せずとも間違いなく被弾させる自信が鈴谷にはあった
「(あいつら…避難すんならパソコンも持ってけっつの!壊したら鈴谷のせいになんじゃん! )」
その隙をチャンスとし、田中は配電盤の扉を開ける
中を開ければ配線だらけで、各機器と繋げられていると思われる太いコード類も確認
「…ガキの頃思い出すぜ…よく姉ちゃんにゲームの線抜かれたっけか…」
そう言いながら田中は接続され、束になったコード類を左手で力強く握り、配電盤の下、壁に右足の靴の裏を当て、力む体勢に入る
「…ぉらぁぁあああああっ!!!」
坂本、黒田、イタリアが見ているなか、田中は思いきりコードを引っ張った
それは大きなかぶを抜くように
繋がれたコード類は金属の金具が外れる音や、ゴムが引きちぎられる音、ばちんと放電される音も聞こえた
「…テメェぇぇえええ!!!」
鈴谷が走り出すと同時に、田中の行いによって会議室の中にあるパソコン、モニター、はては今回の作戦で運び込まれた大きなサーバーラック等の電源が全て落ちた
「…ぐぁっ!?」
遂に鈴谷によって首を掴まれ、身体を持ち上げられる田中
「テメェ!この…っ!ビチグソがあっ!!」
「…う…げへっ……は、はは…ざまあ…見ろってんだよ…クソアマ…!」
田中が悪態をつくと、鈴谷の額に青筋が浮き出てくる
「…てめぇ…!テメェ!テメェ!テメ「ついでに…俺からのサービスだ……!」
首が締まるなか、田中は最後の一撃としてとあるものを鈴谷の顔めがけて投げつけた
「…っ!?」
田中の右腕から放たれたもの…
それは今までずっと右腕に付けていたギプスだった
ギプスの腕が入れられていた部分が鈴谷の口と鼻にジャストフィットする
「ぎゃっ!くっせぇな!!」
自身の口と鼻を覆ったギプスを払いのけ、壁に田中を投げつける鈴谷
「げほっ!げほっ!…うぉぉえぇっ!!」
涙目でむせる鈴谷を見て、床に倒れた田中はへっ、と笑う
「げほっ…げほっ……ははっ…どうだよ…一度も洗ってねぇ熟成モンだぜ?…たまんねぇだろ…」
「…うぉぇえっ!…くそっ…テメェ!殺す!ぶっ殺す!!」
既に各装置の電源が落ちたことによってもう我慢する必要はない
鈴谷は展開していた艤装の主砲を倒れる田中に全て向ける
「粉微塵にしてやるらるれや!!」
舌が回らないほどにトサカに、怒髪天に、鬼のように憤怒する鈴谷はもう止まらない
「(…ってー…ここまでか…くそっ)」
後の事は坂本に…
そう思い田中は諦めるように笑う
「田中くん!!」
坂本も田中の方へ駆け寄ろうとするが、既に鈴谷の照準は田中を狙い、砲撃寸前
「死ねやくそがぁぁぁああああ!!」
「あの、鈴谷さん?」
砲撃をする直前、声をかけられた鈴谷はピタリと動きを止め…
「…はぁぁあああ…」
田中に主砲を向けたまま大きくため息を吐く鈴谷
声の主は分かっている
「…もしかしてとは思ったけどさぁ…この
タイミングで止められるとは思わなかったし~…」
「海軍基地施設内及び敷地内での許可のない艤装展開は軍規違反ですよ?」
淡々と聞こえてくる声
鈴谷は振り返らない
あの根暗提督の秘書艦、イタリアだ
「…だからなんだっつの…鈴谷さっき言ったよね?…邪魔しなければあんたらには手を出さないってさ…っつかなに?鈴谷を止めるってどういうことかわかってんの?…もうあんたとあたしだけの問題じゃないよ?河野提督を…淡路を敵に回すっつーことじゃん?それってつまりは吉津根中将を敵に回すことになんだって分かってないっしょ?…これって最悪あの根暗女が軍法会議にかけられる可能性もあるんだけどー」
「…鈴谷さん。軍規違反ですよ?」
イタリアの返答は冷静な一言だった
その声の落ち着いた雰囲気に更にいらっとする鈴谷
その声はだんだんと強くなっていく
「…軍法会議にかけられたら海軍になんていられらんないよねぇ。そうしたら新しい仕事探さなきゃだよねぇ。なになに?ハロワでも行くの?ああ、無理だよねぇ。あーんな根暗女じゃあどこに行ってもまともに仕事なんかできないよねぇ。っつか折角これからが良いところなんだから邪魔すんじゃねぇよパスタクソ女がよぉ…いっぺん死なねぇとわかんねぇのかぁ?」
そこまで言って鈴谷は艤装の主砲を背後に向けながら振り返る
「…ありぇ?」
振り返ると、確かにそこには予想していた人物がいた。戦艦イタリアだ
だが鈴谷の想像していた姿とは少し違っていた
「(…え。なんでこのアホパスタ艤装展開してんの…?え…なんで右腕振りかぶってんの?…これって……あれ。もしかして…鈴谷、ヤバく「ちゃんと忠告も警告しましたからね?」
ものすっごい衝撃を顔面に受けた鈴谷
彼女の意識はそこで途切れた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その時、田中は"風"を感じた
つい数秒前まで田中を足蹴にし、夜叉のような顔で高笑いをしていた緑髪の少女は、パスタの国の戦艦による右ストレートにより物理的に顔を歪ませられて会議室の壁へとふき飛ばされた
ふき飛ばされた少女と壁の間、その線上には田中がおり、少女が飛んでいく際には風を切る音を肌とその耳で感じることができた
少女が壁に激突、そして壁が崩れる音がし、一拍遅れてそちらを確認すると、何故か人一人分大と思われる大穴が壁に空いており、緑髪の少女は会議室から忽然といなくなってしまった
「…あー………うん。助けてくれ…たんだよな?…」
座り込んだ田中は鈴谷が立っていたはずの場所に右腕を突き出した状態で固まっているパスタ少女に問う
戦艦少女はふぅ、と一つ息を吐くと姿勢を正し、肩についた埃をぽんぽんとはたくと、田中に微笑みかける
「…提督の御命令でしたので♪」
「…」
戦艦イタリア
微笑む彼女の笑顔はそれはそれはスッキリとした良い表情だった
「…って、そんなことやってる場合じゃねぇ!あいつらどうなったんだ!?ああ!…えーっと…なんとか中佐?助けてくれてありがとう!今忙しいから後で落ち着いたら改めて礼を言わせてくれ!」
慌ただしく動き回る田中、そしてそんな彼に対して坂本の方は唖然とする黒田に向けて一礼し、敬礼
「…ありがとうございます。黒田少佐!僕からも感謝致します!」
礼を言うと坂本もさっさと無線機器の接続作業を始める
「…え。あ…あ、あはは…どういたしまして…」
改めて感じたイタリアの戦艦としてのパワー
そして諦めない田中達の行動力を目の当たりにした黒田はぎこちなく笑う
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
鈴谷が殴り飛ばされる数分前
土佐沖海上
"死地へ向かう恐怖"の次にやってきたのは"殺される恐怖"だった
播磨鎮守府の少女達を襲う謎の砲撃、機銃の雨あられ
既に何人か海の藻屑となった者もいる
「…いゃぁぁああ!!助けて!助けて!助けて!」
「死にたくない!死にたくない!!」
泣き叫ぶ少女達の速度は変わらない
彼女達が意図せずとも、艤装は無情にも攻撃者のいるであろう方角へと走り続ける
「…くそ…くそっ…くそ…!!」
そんな少女達の一人、顔を青くした初月も震えながら正面を見つめる
「…嫌だ…こんな死に方なんて…僕は戦って…あの人のために戦って死にたい…嫌だ…嫌だ嫌「初月!しっかりするデス!気をしっかり持つネ!!」
ぶつぶつと呟く初月に声をかけるは頭を両腕で守るように海を滑る金剛
別の列では吹雪と満潮がお互いの名を呼び合いながら海を滑っている
「ふーちゃん!いやぁあっ!」
「みっちゃん!大丈夫!私がいるからっ!みっちゃん!」
銃弾と砲撃の雨が降り注ぐなか、2人だけはお互いを想い、決して繋がることのない手を伸ばしあっている
「…先生…!先生!先生!!」
朧も頭を抱えながら海を滑る
強く想うは田中
彼が、彼らがここまで来れないことは頭では分かっている
分かってはいるが、朧はやはり彼の存在を信じ、祈っていたその時だった
すぐ近くで何かが爆発
爆音と共に絹が裂ける音と、何かが破裂する音がする
「いゃぁぁああああ!!!」
すぐに聞こえたのは女性の声
否、朧はこの声の主を知っている
愛宕だ
すぐにそちらの方に視線を向ける朧
「……!?…あ…あ…っ…!!」
頭から腰まで血塗れの愛宕が声にならない声で叫び、泣いている
その隣には高雄がいたはずだが今はいない
代わりに血の霧と布切れが宙に浮いていたが、風によってすぐに流されていく
「…ぁ、ああ…いやぁぁあああ!!!」
朧は理解した
高雄は爆散したのだ…
攻撃者の砲撃によって…
艦娘としての身体ならばまだ耐えられることはできただろうが今の朧達は人の身体のそれと同じ
簡単に壊れ、簡単に崩れ、そしてすぐに死ぬ
少女達は改めて今いる状況がどれ程理不尽で不条理で絶望的な状況かを思い知らされる
「高雄さん!高雄さん!!」
皆の声を聞き、状況を理解した赤城も高雄の名を呼ぶが時既に遅し
「…くっ…どうすれば…!!」
「あははははは!!」
悔しがる赤城の横で突然高笑いをしだしたのは宗谷だった
「…宗谷…さん?」
「大丈夫です皆さん!我々も応戦致しましょう!」
涙を流しながら笑う宗谷は人差し指と親指を立て、指鉄砲をつくり、攻撃者のいる方角に向ける
「ばぁん!ばんっ!ばんっ!ほら!ほらほら!こぉんな簡単に銃は撃てるんですよぉ!?ばん!ばんっ!」
宗谷は前の鎮守府では銃器を手に他の海兵と共に戦っていた
否、戦えていたのは宗谷が戦える条件が揃っていたからだ
自分を含め、海兵を乗せた艦艇
その艦艇を護衛する艦娘達
敵と戦うための武器
その全てが今の宗谷には何一つない
武器も持たずに戦場の真っ只中に丸裸同然で立っている
そんな狂った状況で宗谷は自我を保つことができなかったのだ
けたけたと笑う宗谷をぞっとしながら見つめる播磨の少女達
「宗谷!しっかりしてよ!」
「もういやぁぁぁあ!」
「誰かぁ!!たすけてぇ!」
更に混乱しだす少女達
しかしそれで攻撃者が攻撃をやめるわけがない
「…くそっ…くそっ…出てよ…お願いよ…」
皆が混乱する中、祈るように頭をさげる神風
「…私は馬鹿だ…悩んで…迷っている場合じゃなかった…今こそ、すぐにでもみんなを助けないと…だからお願いよ…出てよ…」
何年も展開することのなかった艤装
神風はすぐに出せるものだと高をくくっていた
展開したらみんなから嫌われるかもしれない、と無駄に悩んでしまった
だがそんな悩みは仲間達の死を見て些細なものと理解する。どれだけ狭い世界で物事を考えていたと改める
神風は心に強く祈る
今こそ戦わなければ、と…
その時、神風の隣を航行する霰と鈴谷に違和感が襲い掛かる
二人の視界が一瞬、ほんの一瞬だけ砂嵐のような、バグのようなものがものがちらついた
「…えっ」
「…あ、れ…?」
まるでそれまでの世界が終わり、新たに自分以外の世界が創り直されるような感覚
80年過ごしてきた時間を一瞬で感じる様な、何かの、誰かの記憶、想い、意志が自分の中へ入って融合するような感覚
歪だった、絡まった糸がほどかれ、一本の線が出来上がる
霰と鈴谷、2人の身体がふわりと軽くなる
否、背中を押されたような感覚
顔を伏せていた神風は「来た」、と呟き口元を吊り上げる
霰と鈴谷は押された
だが"誰か"に、ではない
それは"動力"に、である
ブシューッと勢いよく蒸気が吐かれる
それは彼女達の口からではない
彼女達の背負う"それ"からであった
「…あ…これ…って…」
鈴谷はここでようやく気づく
自分の背中にある"それ"を…
先程までの玩具のような鉄の箱とは違う本物の艤装
両太腿に突如現れたベルト付きの連装砲
更に右手に持った主砲
「…え、に…なになになに!?なにこれ!?」
驚き、混乱する鈴谷
見れば神風と霰にも吉津根の用意した人工艤装ではない本物の艤装を背負っている
「…鈴谷さん…霰ちゃん…ごめんなさい…多分私のせいで二人の周波数が変わっちゃったのかも…」
主砲を両手でその存在を確認するように持つ神風が呟く
周りは砲撃によって水しぶきや爆風が巻き起こり、先程までだったらお互い叫ばなければ声も聞こえないような状況にもかかわず、神風の呟きは鈴谷と霰の耳にははっきりと聞こえる
「…2人とも。戦おうだなんて決して考えないでね…とにかくこの状況から脱すること…逃げることが最優先だから…」
「…リ、リーダー…」
慣れない本物の艤装でのバランスを整えながら他のみんなに合わせて航行する霰が心配そうに神風を呼ぶ
呼ばれた神風は霰の顔をじっと真顔で見つめる
「(…多分二人は初めての艤装展開…なら悪いけれども戦力として考えては駄目ね…あまりにも練度が無さすぎる…なら…!)」
ぴゅん、と銃弾が神風の頬を掠める
「霰ちゃん。鈴谷さん…二人はとにかくみんなを助けてあげて!二人ならみんなの足につけられている艤装も壊せるはずだから!」
霰と同じ様にまだ慣れない動きで航行する焦る鈴谷が周りをキョロキョロしながら
「…えっ…ちょっ…でも神風ちゃんは!?」
「…私は前方の攻撃者…恐らくあの中将の用意した者の陽動に向かうわ…少しでも攻撃をさせないようにしてくるから…皆を頼んだわよ。二人とも」
「…霰も行く…!」
必死になってバランスをとる霰がそう声をかけるが、神風は首を横に振る
「…全員で沈むか、少しでも誰かが生き残れる可能性をとるか…二人ならもう分かるでしょ?」
「「…」」
神風に言われ、黙ってしまう霰と鈴谷
二人の様子を見た神風はふ、と笑う
「…ありがとう。改めて、みんなを助けてあげてね…」
そう言い残し、速度を上げ、隊列から一人抜け出す神風
「リーダー!」
「神風ちゃん!」
霰と鈴谷が叫ぶも神風は振り返ることなく銃弾、砲弾が飛んでくる方角へと一人進む
そこでようやく赤城や朧も神風の姿に気がつく
「…!神風さん!」
「リーダー!!…ぐぁっ!」
神風の後ろ姿が小さくなっていくと、急に少女達の航行速度が緩やかに落ちてくる
「…これは…!?」
「速度が…!」
どうやら田中の行いは正解だったようだ
半自立装置である人工艤装は、常に作戦本部にあるコントロールパネルからのプログラム信号で動いている
故に信号を送ってくる装置の電源を落としてしまえば人工艤装の動作プログラムは止まる
「…や、やった!…止まった…」
艤装が止まったことで安堵した松
だがその瞬間を悪魔は見逃さなかった
攻撃者の砲撃によって松は炎に飲み込まれる
「…松!!…シィット!!」
松の最期を見た金剛は正面に向かって片手を突き出す
「…ファック…この…!!…クソッタレがぁっ!!」
叫ぶ金剛の突き出した手の指から肩、そして胸まで火花と共に肉が裂け、鮮血が飛ぶ
「金剛さん!!!」
横にいた赤城は背中から海へ倒れる金剛に手を伸ばすが届かない
バランスを崩し、赤城も海に倒れこむように落ちる
「ぶはっ!…がっ…がぼっ!」
海に落ちた赤城は着ている胴着と背中で背負う人工艤装の重さのせいで上手く泳げずにもがく
「(うそっ…嘘!…折角艤装が止まったというのに…くそっ!…くそっ!くそっ!)」
必死にもがきながら赤城は思考を巡らせる
確かに艤装は止まった
きっと田中達が上手くやってくれたのだろう
だが攻撃者との距離がこれ以上縮まないということを除けば、残念ながら状況が大きく変わることはなかった
「(…こんな…ところで……私は…まだっ……)」
"死ぬ前にあの子にもう一度逢いたい"
かつて生き別れた最愛の人との間に産まれた子に…
そう思う赤城だったが、自然の力には敵わなず、段々と意識が遠くなっていく
『…ぁぁぁぁぁああああああ!!』
赤城の耳に入ってくる誰かの声は近づいてくる
急に左腕が掴まれる
「(…誰…)」
ざばぁ、と勢いよく腕を引かれて海上に戻ってくる赤城
頭から血を流しながら、左腕で三隈を抱き抱えた鈴谷が赤城の左腕を掴んでいた
「…す……谷…」
そのまま赤城は気を失う
「…赤城さん!しっかり!」
鈴谷が叫ぶも、赤城は反応がない
三隈の身体を左腕に抱え、赤城の身体を右腕に寄せながら周りの状況を見る鈴谷
まさに地獄絵図だった
砲弾と銃弾が飛んでくるなか、40人近くいた播磨の少女達は半分程にまで減り、ほとんどの者が泣き叫びながら身体のどこかを怪我し、皮膚が焼けながらもバランスをとりながら海面に浮かんでいる
「…どうしよう…どうしようどうしようどうしよう…」
頭からだらだらと血を流しながら鈴谷は考える
何をすればいいか
何からすればいいか
誰をどこに避難させればいいか…
鈴谷は考える
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…悪ぃ…霰…」
「…喋っちゃ駄目…」
混乱の中、霰は有明に肩を貸し、砲撃の中をさ迷う
有明は顔と足を火傷しながらもまだ生きている
「…すぐ……助けるから…!」
「…い…た…いてぇ…」
有明を連れて砲撃の中から抜け出そうとしたとき、爆発音と共に大量の水飛沫が霰を襲う
「っ!…だ、大丈…!!」
水飛沫が飛んできた方を見ると、有明の身体はなく自分の肩に乗せていた有明の左腕だけが残っていた
艦娘としての霰はそこまでダメージはなかったが、人間の身体の有明では直撃でなくともその爆風のダメージは凄まじく、砲撃の爆風によってその身体は吹き飛んでしまった
「…あ、あ…ああっ……」
思わず有明の左腕を振り払うように海へ投げてしまった霰は顔を青くして吐き気に襲われ…
「…うげえっ…げぇっ…けほっ…けほっ…」
ぼちゃぼちゃと海に吐いてしまう
「…はぁ…はぁ…」
虚ろな眼で周りを見渡す霰
まだ攻撃者からの攻撃は続いている
非情だが死んだ者の事を悲しんでいる暇はない
まだ生きている者、助けられそうな者を水柱が上がる中、砲弾が降り注ぐ中、霰は探す
「……!」
ばしゃん、と水飛沫と共に真っ赤な鮮血が霰の視界内に散布された
また誰かの身体が吹き飛んだようだ
「……!」
霰の向く方角、5メートル先の海面に一人溺れている
金髪に近い頭髪の少女
それはスネアドラムの仲間、朧だった
砲弾が飛んでくるなか、霰はすぐに朧が溺れているところまで進む
機銃の銃弾が身体に食い込もうとも、霰は我慢し朧へ手を差し出し…
「…お、朧ちゃん…!」
朧の腕を掴み、海から引き上げる
霰は意識がなくなりかけている朧の下半身を見て眼を開く
朧は両足…右足は足首から先が、左足は膝から先が無くなり、焦げて引きちぎられたような傷口からは血が垂れるように流れ落ちていた
人工艤装は人の手では解除は出来ない
おそらく攻撃者の砲撃が朧の足元で破裂したのだろう、と霰は考える
風を切り裂く音がしたと思った直後、霰の背中で爆発
攻撃者の砲撃が霰の背中に直撃してしまったのだ
「……っ!!…がっ…あ…が…!…ぐぐっ……!」
霰の背中の艤装から黒煙があがり、小さな爆発を何度か起こす
艤装のダメージが直接霰にも行ったのか、霰自身も口と鼻から血を滴すものの、今度こそ傷つけさせまいと朧を抱き締めるように守る
「…はぁっ…!はぁっ……!だ…大丈夫……」
朧に向けての言葉なのか、自分に向けての鼓舞なのか、霰はそう一言呟き、朧を抱き上げようとした時だった
ぶちぶちぶち、と鈍い音が聞こえる
朧を抱き上げるバランスがどうも左寄りになる
「……っ!?」
見れば自分の左腕が肩から引きちぎれ、海に落ちていった
攻撃者からの砲撃はここまでのものなのか、と霰は意外にも冷静に感じた
霰は気を失っている朧の顔を見てぐ、と唇を噛む
「…時間がない…」
霰は知っている
艤装展開時の怪我は例え手足が吹き飛ぼうともドックで治すことができる
だが今の朧の状態では足が元に戻ることはない
むしろ彼女の出血の酷さ…このままでは朧の命も危ない
判断を決めた霰は右腕を使って朧を自分の右肩に乗せる
「…霰ちゃん!…早く!!」
先程よりも攻撃者からの弾幕が薄くなると、三隈と赤城を抱き抱えている鈴谷が遠目で霰を呼んでいるのに気づく
まだ生きている者はいる
だが今の霰と鈴谷では明らかに手が足りない上、このままこの場にいれば自分達も含めて全滅する可能性もある
「……っ…!」
助けられないもどかしさ、悔しさを噛み締めるように霰は強く眼をつむる
「…行って!…早く行ってください!!」
叫びのようなその言葉に霰ははっとする
自分達より30メートル程離れた海上
特に攻撃者からの攻撃が酷かった場所に宗谷がバランスをとりながら浮いていた
見た限り怪我をしている様子はない
「…私達のことは良いから…!!早く行って!霰さん!!」
正気に戻ったと見られる宗谷は霰に向かって叫ぶ
早く逃げろ、と…
「…で、でもっ!!」
「…いいからっ!……赤城さん達を安全な場所へ避難させたら…今度は私たちのことも頼みましたよ!」
そう言って笑う宗谷
霰は朧を担いだままぐっ、と拳を握り宗谷に向けて頷くと、踵を返す
「…絶対…助けるから…!」
手を振る鈴谷の方へ向かう霰
2人は播磨鎮守府のある方角へと急いで向かう
そんな鈴谷達を見つめる宗谷は力なく笑う
「…死なないでくださいね…皆さん…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
[あははははは!!いやーっ!…こりゃあいいね!!]
土佐沖より更に南東の海上
深海棲艦が使用する艤装とはタイプの違う、艦娘が使うような無機質な鉄の塊のような艤装を展開した軽巡棲鬼が笑いながら主砲を構え、砲撃
更に主砲と共に機関銃も掃射
軽巡棲鬼の隣には港湾棲姫も腰部分に連装主砲、背中に大きな鉄製の冷蔵庫のような艤装を2つ展開し、軽巡棲鬼と同じ方角へ砲撃する
二人の背後にいる戦艦レ級も嬉しそうに頷く
[…ああ、喜んでもらえてなによりだ]
[…勝手にあちらから近づいてきてくれて…武器や装備もないってんだから、私達からすれば本当にただの肉の的だねぇ]
にやにやしながらも軽巡棲鬼は砲撃を続ける
[…ああ~相変わらず…どこに行っても艦娘ちゃんは可哀想だねぇ~あははははは!!ほらぁ…死ねっ死ねぇー!!]
楽しそうに砲撃する軽巡棲鬼とは違い、港湾棲姫は特になにも言うことなく不満そうに眉間にシワを寄せる
レ級はああ、と頷く
[…お前は砲撃するよりも自分の手で直接殺したい派だからな…これでは物足りないか……ん?]
不意にレ級は前方。播磨の少女達がいる方角をじっと見る
[…電探に感あり…こいつは驚いたねぇ…]
[…肉的共は誰も艤装持ってないっつってなかったっけ?]
軽巡棲鬼が頭を傾げてレ級に問うも、レ級はくっくっと笑う
[…艤装を持っていない艦娘なんていやしないさ…羅患者の奴らは魂と心の周波数が合っていないだけ…言うなれば、命を持たない生き物なんていやしないだろう?それと同じさ]
レ級の返しに軽巡棲鬼はため息し、砲撃を続ける
[…お前の言い方はたまに訳が分からない…まるで人間みたいな言い方をする…]
[…くくく…さぁて…来たぞ来たぞ?…"健常者"が…くくく]
普通の人間の眼では見えないが、彼女達には遠目だがはっきり見える
長く深い桜色の髪の毛をなびかせてこちらに向かってくる少女、駆逐艦神風の姿を
[…砲撃開始だ!]
軽巡棲鬼とレ級が彼女へ砲撃を行うが、神風は簡単にそれを避けた
[…ぬぉっ!?]
突然軽巡棲鬼の顔面が爆発
どうやら神風はレ級達の攻撃を避けながらも砲撃してきたようだった
[…くっ…くっそ!!]
[…あっはははは!!凄いな!あの距離で当ててくるか!…凄い腕だな!]
悔しそうに睨む軽巡棲鬼と、大笑いするレ級
港湾棲姫は首をかしげじっと神風を見つめる
「…攻撃をやめなさい!でないと本当に沈めるわよ!」
距離でいえばまだまだ遠い
だがその大きな声はレ級達にはっきりと聞こえた
「…ヤッテミロ!艦娘ガ!」
吼えたのは軽巡棲鬼だった
彼女の返答を聞いた神風は再び海を滑り始め、大きく弧を描きながらレ級達の側面へと廻ろうとする
[こざかしい!ぶっ殺す!!]
軽巡棲鬼とレ級は再び神風へ向けて砲撃し、機銃掃射を行う
だが神風には掠りもしない
「…舐めないでよ!」
神風も拳銃型艤装をレ級に向け、狙う
[…ぐっ!…]
先程顔面に攻撃を受けた軽巡棲鬼は移動を始め、レ級もそれに続く
「…馬鹿ね!」
神風が呟くと同時に軽巡棲鬼は違和感に気づく
[…っ!?…これ…!]
気づいた時には遅かった
軽巡棲鬼の足元が爆発し、水柱が上がる
[…くそぅ…魚雷!…いつの間に!]
悔しがる軽巡棲鬼
神風は構えていた主砲を下ろし、速度を上げる
[…おい、熱くなるなよ]
[…うるっせぇ!!あのクソガキぶっ殺す!!]
レ級の制止も聞かずに飛び出そうとした時
軽巡棲鬼は襟を掴まれ勢いよく後方へ投げられる
[…ぎょっ!?」
港湾棲姫の背中が見えた
どうやら彼女によって軽巡棲鬼は後ろへ下げさせられたようだった
[…っつぅ!…アンタ!なにすん…っ!?]
海上に尻餅をついた軽巡棲鬼は港湾棲姫に文句を言おうとしたが、その言葉は途中で止まる
[…]
鬼のような睨みで軽巡棲鬼を黙らせる港湾棲姫
二人の光景を見たレ級はこれまた楽しそうに笑う
[…くくく…ああ、なんだ…やる気になったのなら私からはなにもない…あの駆逐艦は任せたぞ?]
レ級に言われると港湾棲姫は頷き、神風の方をじっと見据える
対する神風も港湾棲姫を見て思案していた
「…あれは…確かスリランカでも見た深海棲艦…」
神風の記憶の中では、深海棲艦として珍しくは戦いを好まない者だったと記憶している
しかし彼女の眼を見て神風は考えを改める
「(…殺る気満々…といったところね…あんなに殺意のこもった目つきをされるのなんて初めて…)」
主砲の残弾数を確認しながら息を整える神風
「…やっぱり時間稼ぎがやっと…かしら…本当は首ひとつは取っておきたいところね…」
速度をさらに上げ、港湾棲姫の側面に近づこうとする神風
すると港湾棲姫の背中に背負う箱状の艤装の天井部分の小さなハッチが開いた
「(…なにあれ…あんな艤装見たこともない…)」
神風が思考した瞬間、港湾棲姫の背中からボシュッ、と煙を吐きながら3本の鉄の棒のようなものが空に向け打ち上げられる
「…なによあれ…!くそっ!」
高射砲のように打ち上げられたそれは空で急な弧を描き下方向へ向きが変わり、神風に方へ一気に飛んでくる
「…だめっ!避けきれない!」
避けなければ、と思った瞬間には神風の足元へ着弾。大きな爆発を起こす
「…がっ!?」
吹き飛ばされ、海面に叩きつけられる神風
「(なに!?…今の…なになになに!?動きがわからない…!なんで…)」
海面に倒れる神風は、謎の攻撃により戦闘続行は困難になる
神風の艤装は火災を起こし、主砲も曲がり、魚雷も発車不可
神風は手を震えさせながら立ち上がろうとする
「(…主砲はこちらを向いてなかった…!いえ…ならあの攻撃はなに!?…まさか魚雷!?…わからない!)」
困惑する神風に近づくレ級
「アハハハ…正体不明ノ攻撃ハ怖イヨナァ…」
「…くぅっ…!」
大破状態の神風には立ち上がる力すらなく、再び海面に倒れてしまう
全身の痛みに耐えながら顔を上げる神風はレ級を睨む
「…マァ…オ前ガドウヤッテ艤装ヲ出セタノカ…ソノ点ハ気ニハナルガ…ン?」
レ級の身体をずいっ、と押し退けて神風の目の前にやってきた港湾棲姫
「…」
港湾棲姫は倒れる神風を強く睨む
穴が空きそうな程に睨む
「…はぁ…はぁ…ぐっ…」
なにも言葉を発することなく港湾棲姫は神風の頭を両手で掴み、その身体を持ち上げる
「…はっ…放しなさい!」
港湾棲姫の目線と同じ高さまで持ち上げられる神風は血を吐きながら叫ぶ
「…このっ…クソっ…化け物っ!!」
頭を掴まれながらも港湾棲姫の腹部、腰を蹴りつける神風
しかし港湾棲姫の目つきは変わらず、神風の頭を掴むその手の締め付けが段々と強くなってくる
「…ぐっ…ぎゃっ…や、やめで…」
みしみしと頭蓋がきしむ
眼の端から血が流れ始める
「(痛い!…痛い痛い痛い!先生!先生!助けて先生!!)」
きしみは収まることなく更に強くなっていく
心なしか港湾棲姫の息が荒くなっているのがわかる
「…ぎ…ぎぎ…や…ぎゅっ…や…ぐじゅ…!」
真っ白だった神風の頬が赤く、赤黒く変色していく
眼からだけでなく、鼻、耳からも血が溢れ、垂れてくる
あまりの痛みに宙吊りとなった神風の袴の裾からは糞尿が滴り落ちる
可愛らしく若干丸みのあった神風の整った顔はラグビーボールの様に歪み始め、きしみも更に耐えきれない様な音を発し始め…
「…きょ…きょきょきょきょ……っ!」
神風の頭からコンクリートブロックが割れたような音がすると、港湾棲姫の掴む神風の頬が一瞬だけぶりゅん、とゼリーの様にひしゃげ、頭が握り潰される
[…相変わらず好きだねぇ…]
[くくくく…]
港湾棲姫の行いを見ていた軽巡棲鬼とレ級はくすくすと笑う
「…ハ…アハ…アハハハハハハハハ!!!ハハッ…ハハハハハ!!」
神風の血を頭から浴びた港湾棲姫は眼を輝かせ、楽しそうに大笑いをすると、神風の遺体の両腕を掴み、力任せに左右に引っ張る
ぶちぶちぶちっと音を立てて服ごと皮が破れ、更に肉片が海に飛び散る
「アハハハハハ!!!」
ひとしきり神風の遺体を引きちぎり、臓物を引きずり出し、肉片を海にばらまくと、それに飽きたのか、神風のぼろぼろになった遺体を海に投げ捨てた
[…そろそろゴミ共も集まり始めたな…"アレ"を放っておこうか…]
レ級が指示を出すと、港湾棲姫は頷き背中の艤装の小さなハッチを全て空ける
[…地対艦ミサイル全弾発射]
港湾棲姫の背中の艤装から全てのミサイルが発射された
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
霰と鈴谷が撤退した海域では播磨の生き残った少女達を別の艦娘が救出していた
「…た、助かりました…ええっと…」
二人の艦娘に手を掴まれて助けられる宗谷は助けてくれた少女達に礼を言うと、明るい茶髪の艦娘は申し訳なさそうに笑う
「…ああ。紀伊海軍基地の…夕霧だ…悪かったな…あたいらが遅くなったせいであんたらの仲間を全て助けられなかった…」
夕霧がそう返し、もう一人のショートヘアの金髪の少女も申し訳なさそうに眼を伏せる
「…私は伊予艦隊、駆逐艦スミス…私達が彼女達を敵と見間違えたのが大きなミスデス…ごめんなさいデス…」
「…仕方ねぇさ。お互い予定外の出撃だったんだ…むしろ味方っぽくて安心したぜ」
武の命令により播磨の少女達を助けるために出撃した夕霧達紀伊艦隊は、途中鈴木中将からの命令で動いていた伊予艦隊と遭遇
だがお互い急な出撃のため確認が取れず、危うく伊予艦隊と紀伊艦隊で戦闘になるところだった
幸いにもすぐに確認が取れたものの、かなり時間をロスしてしまい、鈴谷と霰がこの戦闘海域から抜けた頃に宗谷達の元へと到着した
夕霧がうん、と頷く
「…とにかく。まだここは安全とは言えねぇかんな…直ぐに海域から脱出すんぞ」
先に向かった神風のお陰でレ級達からの砲撃が弱くなったものの、いつまた砲撃が再開するかはわからない
ならばとっとと播磨の少女達を連れて逃げ出そうと夕霧は皆を急かそうとする
「…Hey、stop!…あれは何!?」
伊予駆逐隊の一人、駆逐艦フラッサーが空を指差すと、皆がつられて空を見上げる
「…おいおいおい…ありゃあ…なんだっつぅん
同じく空を見上げた夕霧が呟き終わる前に"それら"は海上に浮かぶ少女達に着弾
いくつもの爆発を起こし、少女達を炎で包み込み海へと沈めた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
さっきまで私達のいた方角からものすごい大きな音がした…
でもそんなことどうでもいい…
とにかく早く安全なところに逃げなきゃ…
…三隈姉…ああ…やっぱり何度見ても…これ…死んでる…よね…
赤城さんも息してない…
でも…2人とも見捨てられるわけなんてない…
私よりも小さな霰ちゃんだって頑張ってるのに…
弱音なんて吐いてられない…
…あー…頭いった…
…あ…血ぃ流れてたんだ…はは…全然気にしてなかったし…
……くそ…
くそくそくそっ!
…私にもっと力があれば…
もっと早く艤装が出せていたら…
みんなを救えたかもしれないのに…
もう一度みんなと…先生と…音楽やりたかった…
これも…
これも私が正義の心がないから…?
…あ…れ…?
なんか…身体重くなってきた…
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
背後から聞こえた爆発音で霰は後ろを振り返る
「…鈴谷さんっ…!」
気を失った朧を抱き抱えた霰は後ろからついてきていた鈴谷の艤装から炎と煙が上がっていることに驚く
三隈と赤城の亡骸を抱いた鈴谷はあはは、と霰に必死の笑顔を向ける
「…ごめん…先、行って…私たち…少し休んでから必ず追い付くからさ」
鈴谷の願いに対して霰は首を横に振る
「…駄目…一緒に行「いいから!!早く!」
鈴谷の声にびくりと肩を震えさせる霰
先程よりも鈴谷の足元が海面に沈んでいる
「…お願いよ…」
「……!」
霰は強く感じる
これは鈴谷の意地であり、覚悟だ
鈴谷を曳航するにも大破直前状態の霰には荷が重すぎる
下手をすれば二人とも沈む可能性もある
…だが、今ならば霰だけすぐに戻り、田中達に救援を頼んで鈴谷達を助けることが出来るかもしれない
田中達に何かあったのは理解している
だが、彼等なら何があろうともきっと助けてくれる
霰はその僅かな希望を信じ、鈴谷に頷く
「…絶対助けます…だから…だから待っていてください…絶対沈んだりしないでください…!」
目元に涙を浮かべて小さく、しかしはっきりと言いきる霰を見て、鈴谷は少しだけ驚くも、にこりと笑う
「……うん。ありがとう…霰ちゃん」
霰は進路を変えつつすぐに出発
播磨鎮守府へと向かっていった
「…」
小さくなっていく霰の背中を見ながら鈴谷はよし、と頷く
「…せめて…せめてもう少しだけもってね…私の身体…」
自らの腕に抱く姉と友人の亡骸
果てるならせめて陸の近くで、2人のことを誰かに発見される確率が高い場所がいい、と鈴谷は考え、黒煙を上げる艤装にムチをうち、航行を再開する
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
「…ぬぁーんと…これはこれはこれはこれは…やはりあなた達の行いでしたかぁ…田中大佐ぁ…坂本大佐ぁ…」
外から戻った吉津根とその取り巻きの士官達が会議室入り口で田中達と対峙する
だが今回田中達には協力な助っ人がいる
「…き、吉津根中将…これ…こんなこと…ゆ、許されませんよ?」
声を震わせながら秘書艦イタリアの背後に隠れる黒田
凛とした佇まいのイタリアは吉津根をきっと睨む
「…迎撃作戦のどさくさな紛れて播磨の艦娘達を亡き者にしようなどと…それでも栄えある日本国軍海軍の将官ですか…?」
「だぁあまらっしゃいですよぉお!?艦娘ぅう!!これは正義の行いです!謂わば運命!必然です!」
吉津根が声を荒げるなか、隣では河野がこそこそと吉津根に耳打ちをする
「…あ、あの…吉津根先生…うちの鈴谷がどこにも見当たらないんで「知りませんよ!んなこたぁ!!」はい!申し訳ありません!」
吉津根と河野のやり取りを見ていた小高がくくく、と笑いながら一歩前へ出る
「…ここは私が彼等を捕らえましょうか……榛名!」
ざわつく会議室前の通路
小高が秘書艦の名を呼ぶと、士官達で埋まっていた通路に道ができる
士官達で作られた道、その先には小高の秘書艦、戦艦榛名が通路の壁に背を預け、疎まし気に小高を睨む
「…」
榛名は返事をすることなくゆっくりと会議室入り口の方へ近づいてくる
その姿を見て坂本と田中は苦しそうに笑い、黒田は震える
「…重巡洋艦の次は戦艦ですか…嫌になりますね…」
「……こっちも戦艦がいるじゃねぇか…ピザの国の大戦艦様がよ…」
「…ひ…い、い、イイイイイタリハさん!…ど、だ、大丈夫…!?」
肝心のイタリアはゆっくりと歩いてくる榛名の姿を前に、冷や汗をかいていた
「…第二改装を受けた高速戦艦…本音でいえば、あまり戦いたい相手じゃあありませんね…」
身構えるイタリアに対して榛名はゆらりと揺れながら、会議室に入ることなく小高の目の前に立つ
「…てぇとくぅ…」
「…ん?…あ?」
幽鬼のように揺れながら小高の両肩を掴む榛名
「いたっ…え?…なに?なに?…なん「話が違いますよぉ?…榛名はぁ…いるだけでいいとぉ…てぇとくは言いましたよねぇ?」
小高に絡み付くように抱きつく榛名
彼女の香水とも言えるような甘ったるい匂いで小高は顔を背けようとすると、榛名はがっしりと小高の両頬を手で挟む
「…嘘ですか?…まぁた嘘ですかぁ!?いつもいつもいつもいつも榛名を煙たがって…嘘をついて榛名を撒こうとして…嘘嘘嘘嘘嘘!!榛名はこんなにも提督の事を想っているのに!何故いつも別の女ばかり見て!こんな時だけ私に頼って!…榛名は提督の都合のいい女じゃあありません!!」
「ちよっ…おちつい…いててててっ…は、榛名ぁ!」
誰がどう見てもドラマのような、泥沼な小高と榛名とのやりとりにこの場にいる全員が顔をしかめる
「…!」
そんな中、イタリアは自身の電探に何者かの反応があることに気づく
「…田中大佐!坂本大佐!沖の方から2つの影がこちらに向かってきています!」
「…は!?…ふた…ふたつって!?」
驚き、声を裏返させる田中
イタリアは主砲を動かしながら続ける
「…深海棲艦のものではありません…!…ここに来て感じたこともない信号……艦娘…十中八九播磨の艦娘かと思います!」
主砲を会議室入り口方面、吉津根達に向けるイタリア
砲撃態勢を整えるイタリアを見て黒田も頷き、イタリアの横に並ぶ
「…い…行ってくださいお二人とも!…こ、こここ…ここは私と…主にイタリアさんで食い止めますから!!」
黒田に言われ、驚いたままの田中は会議室の入り口側にいる吉津根達に眼を向ける
「…い、行ってくれ…って…どうやって…」
イタリアは田中達を見てにこりと笑う
「…道は私が作りますから…!」
イタリアの本気度を理解した吉津根達はあわてふためく
「なっ!?…や、ややや止めなさい!!こんな事をしていいと思っているんですか!?許されるわけ「一番、二番主砲狙え…今よ、撃て!!」
吉津根の言葉を有意義に無視し、会議室の入り口めがけてイタリアは砲撃
陸の上にいる以上、海上の時よりも艤装の力は弱体化するが、今の場面では問題はない
イタリアの放った砲弾は通路にいた吉津根達の頭上を高速で抜け、会議室の向かいの壁に大穴を空けた
「ひ!ひぃぃぃぃいい!!」
イタリアの砲撃に皆驚き、腰を抜かす者、気を失う者などを出したものの、誰の命も奪うことはなかった
「道は出来ました。今のうちに!」
イタリアがそう言うと、田中と坂本は頷き会議室の扉に向かって走り出す
「んまっ!…ん待ちなさいぃぃ!!田中大佐ぁぁあああ!!」
「さ、させませんよぉっ!」
腰を抜かしたままの吉津根は走って会議室を抜けていく田中達に手を伸ばすが、黒田のフライングボディプレスで止められる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
通路を走りながら窓から見た
沖から小さい人影が海の上を滑りながらこっちに向かっているのを…
あのちっこさ…間違いねぇ…
霰だ…
霰が帰ってきやがった!
誰かを抱き抱えてる…
…朧か!?
っつかあの方角はドックか!
…あー…脇腹いてぇし、頭打ったところもいてぇし…なに?もう満身創痍っつーの?
…けど俺なんかが弱音なんて吐けるわけねぇだろ
危険覚悟で助けてくれた鴛渕や何だかんだで助けてくれた武大佐…
文字通り命張って漣を守って死んだ千草先生…
みんなの想いを無駄になんかしやしねぇ!
…でも…
どうして戻ってきたのが霰と朧だけなんだ?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
…どうやってここまで帰ってきたのかな…
開いていたドックの扉から、霰はそのまま入ってきた
…朧ちゃんの顔が青い…
このままじゃ…
ううん…
絶対助けなきゃ…
霰がドックに入ると同時に…
先生達もドックの方へ入ってきてた…
やっと…会えた…
…でも。先生達は霰の方を見て驚いてた…
うん。
霰…怪我だらけで…汚れちゃったし…
…先生達は霰の…
無くなった腕を見て泣いてた…
坂本先生が朧ちゃんを毛布でくるんで抱き抱えてくれて…
田中先生は…霰を抱き締めてくれた…
つよく…
つよく…
…男の人の泣くところ…初めて見た…かも…
…言わなきゃ…
鈴谷さん達を助けて…って
「 」
言わなきゃ…霰は大丈夫だから鈴谷さん達を助けてって…
口が…上手く動かない…
…あ
なんでだろう…涙…
涙が止まらない…
溢れて…
あ…声…出る……
「…先生……ごめん…なさい…」
霰はそう、一言だけ田中先生に伝えた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…な、なにを…言ってんだよ…!なんで…な…どういう…おい…霰…」
崩れそうになる霰を抱き抱えながら、田中は声を震わせる
「…田中君!それよりも霰さんを入渠槽へ!…朧さんも早く病院へ行かなければまずいです!!」
「…な…なんで…!!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった田中は歯をくいしばる
霰が、朧が戻ってきてくれたことは喜ばしいことだ
だが同時に他の少女達がいないことに田中は心が砕けそうになっているのだ
"霰と朧以外は死んだ"
そんなことは今の霰と朧を見て坂本も田中も十中八九予想している
だからこそ現実を受け入れられないのだ
だが霰を入渠槽、朧を病院へ連れていくのにも同時に行くわけにはいかない
ただでさえ現状敵だらけの播磨鎮守府で単独の行動は危険すぎる
崩れ落ちそうになる田中とは対称的に、まだ冷静な坂本は脳をフル回転させる
「…朧さんには時間がない…けれども霰さんをこのままにしておくのも……くっ…」
「私に任せろ」
どうすれば良いかと頭を悩ませていた田中達に声がかけられた
聞いたことのない少女の声だった
見ればドック内のコンテナの陰から小柄な少女がひょっこりと現れた
霰を抱き抱えた田中は眉を歪ませ、朧を抱き抱えた坂本も謎の少女を警戒する
「…君は…?」
「私は若葉。駆逐艦若葉だ…詳しく説明している時間はない。だがお前達の味方だ」
自分を駆逐艦若葉と自称する少女
ここまできて既に坂本と田中は見知らぬ艦娘への信用がなかった
「…残念ですが貴女を信用できません…先程も艦娘に襲われました」
「…そうか…それは大変だったな…そんなことよりもそこの綾波型を私が病院へ連れていってやる…多分お前達よりも早く行ける」
若葉の淡々とした言葉に坂本は更に眉をひそめる
「…ですから。貴女を信「私は鈴木中将の秘書艦だ」
田中と坂本はまさかの自分の師の名前が出てきて驚く
少女は申し訳なさそうに一瞬だけ眼を背ける
「…提督の秘書艦という証拠は……ない、だが提督からの命令で動いていることは間違えようもない事実だ」
鈴木の名を出された坂本と田中はここで迷ってしまう。心が揺らいでしまう
確かに時間はない
霰や朧の体力もいつまで持つかわからなく、またすぐに吉津根達が追ってくるかもしれない…
そんな二人の考えを察知したのか、霰が自分を抱き抱える田中の頬に手を当てる
「…多分…その人嘘ついてません…」
「あ、霰…!」
抱き抱えられた霰はゆっくりと若葉の方に顔を向け
「…朧…ちゃんを…お願いします…」
霰に言われ、若葉はまっすぐな瞳で霰を見て、頷く
「…ああ、心得た…お前もよくここまで頑張ったな」
こころなしか、いつもは無表情な霰が若葉へ微笑んだように見えた田中と坂本
「…坂本…」
「…ええ……では、彼女をどうかよろしくお願いします…」
そう言って未だ血が滴る足元を毛布で巻かれた朧を若葉に差し出す坂本
若葉も頷き朧の身体を丁寧に受けとる
彼女を抱き抱えた若葉はよし、と呟くと、艤装を展開してドックの槽に着水する
「…では私はすぐに向かおう…」
「…よろしくお願いします」
「…朧のことよろしくな」
「…ああ。任された」
短い会話を終わらせ、若葉はドックから海に続く大扉から朧を抱えて外へと出ていく
「…では田中君。霰さんもすぐに入渠槽へ運びましょう!」
「…ああ!」
若葉を見送り、意識を変えて移動しようとした時だった
「…どこへもっ…行かせませんっよぉー!!!」
田中は大きくため息
若葉が去ったと思うと、次にドックに入ってきたのは吉津根達だった
「…ご、ごめん、なさい…」
黒田と艤装が解けたイタリアが榛名に捕まっている
「……田中大佐ぁ…その死に損ないをこちらに寄越しなさ「うるせぇ!!」
霰を抱き抱えたまま吉津根に吼える田中
「…せん…せい…?」
「どいつもこいつも…次から次へとよぉ……なんなんだよテメェらはよぉ!!…なんで…!…どうしてこんなひどいことができんだよ!!…こいつらがテメェらになにしたっつぅんだよ!!」
想いを吉津根にぶつけるも、吉津根は涼しい顔のまま拳銃を取り出す
「…田中大佐ぁ…なんですかぁその態度はぁ?…誰のお陰でその階級にいられるのか…まだ理解していないようですねぇ…チンピラ同然の君と…特出した才もない真面目なだけの平凡な眼鏡青年…何年何十年掛かっても尉官止まりの君達が大佐に昇格出来たのは他でもない私のお陰なんですよぉ?」
嫌らしく笑う吉津根をきっ、と睨む田中
「…誰も頼んじゃいねぇよクソッタレが!!」
「ヒュー…そうですか」
そう一言だけ返し、吉津根は狙いを田中へ向け、引き金に指をかける
「…!…先…生っ!!」
田中に抱き抱えられていた霰は最後の力を振り絞り、田中の胸を押す
それを反動に田中と吉津根との間に飛び込んでいく霰
「…あられ…!!」
田中が叫ぶが、無情にもドック内に渇いた発砲音が木霊する
吉津根の発砲した銃弾は霰の顎に直撃し、後頭部から鮮血があがる
霰は撃たれた衝撃で仰け反り、頭から地面へ落下
そのまま事切れた
「…霰!霰ぇえ!!!」
押されたことによって後ろに転んだ田中はすぐに霰に駆け寄る
抱き起こしても全く反応はなく、霰の後頭部からはだらだらと血や砕けた骨、脳の一部が地面へと流れていく
「…なんで!?…おいっ!霰!お前艤装…!どうして!?」
錯乱する田中
それを見て吉津根は跳び跳ねながら喜ぶ
「ふっほぅひゃっほぅっほぉーう!!!ほっひゃーー!!あっははははは!!死んだぁ!死んだぁっ!!」
謎の腰振りダンスを行いながら吉津根は得意気な顔で田中を両人指し指で指差す
「どぉっですかぁ!?手負いの艦娘程度ならかんったんに仕留められる特殊コーティングの銃弾ですよぉー!?…ンナイスゥ!!ひゅー!!」
ばつん、と田中の中で何かが弾ける
亡骸となった霰の遺体を後ろに寝かせ…
「…ぅぉぉぉおおあああああああああ!!!!」
殴り掛かろうと立ち上がり、吉津根のいる方へと走り出す田中
吉津根はとっさに両手で顔を守る
「…ひぃっいいい!!」
吉津根を殴れる距離まで近づいた田中は右腕を大きく振りかぶるが、誰かが側面からタックルするように田中を押さえつける
「…あっ…?」
坂本だった
「…めぇっ!…坂本ぉお!!放せっ!くらぁっ!!」
吉津根の目の前で坂本に押さえられ、じたばたする田中
「…放せよ!…放せ!そいつぁぶっ殺さなきゃ駄目だ!殺っ…ぶち殺して地獄に叩き落としてやるぁ!!!」
「だめです!田中君!落ち着いて!!」
「うるせえぇ!!!殺す!殺す!!」
坂本が倒れる田中の上に跨がり、馬乗りのような態勢になる
吉津根は田中を煽るようにけらけらと笑っている
「だめです!そんなことをすれば君だってただじゃ済みませんよ!」
暴れる田中の両手首を押さえる坂本
田中は涙と鼻水をを流しながら坂本を睨む
「んなこたぁ知らねぇ!!…あいつらは…赤城達はあのクソッタレのせいで死んだかもしれねぇんだ!…なら俺らが野郎を殺して仇取ってやんなきゃじゃあねぇのか!?」
「…!……っ…」
「こんなことされて…坂本!テメェは悔しくねぇ「悔しいに決まってるだろう!!」
ドックに響く坂本の怒鳴り声
クレーンから漣を救出する際にも坂本の大きな声は一度聞いている
だが今のような想いを込めた強く、荒く、しかし今にも崩れそうな悲しい怒鳴り声を聞いたのは初めてだった
いつも優しく微笑み、初月や宗谷が下ネタを連発しても困ったように笑うだけ…
そんな坂本が大粒の涙を目元に滲ませ、悔しそうに歯を食いしばっている
「…悔しいに…決まっています…!やるせない…!情けない…!不甲斐ない…!!なにも出来ない…誰も助けられない自分を殴りたいくらいだ…!!」
「…坂本…」
田中を押さえつけたまま背後に立つ吉津根を睨む坂本
「…出来るのであれば…今すぐにでもこの男を殴ってやりたい…殺してやりたい……ええ。僕も強く思います…」
掴んでいた田中の手首をゆっくりと放すと、坂本は立ち上がる
田中も手首を擦りながら起き上がる
「……必ず復讐はします…絶対に許しはしません……けれども今じゃあない…ここで感情に任せれば僕たちを助けてくれた人達の想いを踏みにじることになる…!なによりも彼等と同類になってしまう…!」
田中は坂本の右手に視線を向ける
彼の右手はふるふると震え、いつ目の前の吉津根に殴り掛かってもおかしくはない
「…坂本…」
「…だからこそ…今は我慢して…力をつけましょう……必ずそのタイミングの時は訪れます…!」
「…くひゅひゅひゅ…当人を目の前に言いますかぁ?…大物なのかお馬鹿さんなのか…けれどもお二人はここで終わりです…私を侮辱したこと…作戦の邪魔をしたことをこちらこそ許しませんよぉ?大佐に昇格してあげた恩さえも仇で返して…」
吉津根の醜悪な笑顔を前に坂本は怯まない
座り込んでいた田中は息を震わせながら大きくため息し、ゆっくりと立ち上がる
「…うるっせぇんだよ…さっきからごちゃごちゃごちゃごちゃ…」
イラつきながら、田中はおもむろに士官服の上着を脱ぎ始める
「…た、田中君…?」
「…大佐にしてやった?…んなもん誰がいつ頼んだっつーんだよ…」
脱いだ上着…階級章のついた上着を地面に思い切り叩きつける田中
「…ああ!…ならこんなもん返してやるよ!クソッタレの大馬鹿野郎がぁっ!!」
そう怒鳴り、上着を踏みつける田中
彼の行動を見た吉津根は眼を見開き…
「…この愚かな二人を捕まえなさい!!!」
吉津根の怒号でドック入口近くにいた士官達は走り出し、抵抗するも空しく、田中と坂本は捕まってしまった
「はなせっ!このっ…!!くそがぁあっ!!」
「放しなさい!…くっ!…うぁぁああ!!」
士官達に取り押さえられた田中達を見て吉津根はくすくすと笑う
「…ほひゃふひゃほひゃ…何度も捕まるとは…本っ当に学習しない方達ですねぇ…まぁいい…彼らの身柄をすぐに東海支部へ送りなさい。後に私の方で直接尋問します」
吉津根の指示に田中と坂本を取り押さえる士官達は敬礼をする
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
霰と田中が再開して数十分後
播磨鎮守府より南の海岸公園
コンクリートの堤防から、ばしゃんと一部水飛沫があがった
「がはぅ…げほっげほっ…!」
重巡洋艦鈴谷だった
霰と別れた後、なんとか岸ぎりぎり手前で沈みかけたが、すぐに艤装を解除
奇跡的に三隈と赤城の遺体を抱えてこの海岸公園まで泳ぎ、たどり着いたのだ
「…はぁ…はぁ…帰って…これた…いっつ…」
髪も制服もびしょ濡れの鈴谷は背中の痛みに顔を歪ませる
レ級達の攻撃により負傷した身体
艤装を展開していた時も痛みはあったが、解除すると更に痛みは激しくなる
「…は…はは…やっば…これ…早く病院……いかなきゃ…」
そう呟きながら地面に倒れる三隈の遺体の腕を掴む
「…う…」
海を泳いでいた時や艤装展開時では特に何も感じはしなかったが、改めて人の身で感じる陸での人間の重さ
中高生くらいの背丈の三隈が石のように重たい
「(…重い、なんて言ったら三隈姉怒るよね…あはは……でも…)」
脚を震えさせながら三隈の腕を引っ張り、背中におぶるように持ち上げる
「…ぎ…ぎぎ…こんな…とこに…置いておけない…し…」
まずは三隈から病院に連れていこう。そして連れていったらすぐに赤城も連れていこう
鈴谷がそう考えていると、正面に誰かが立っていた
「……ぁ…?」
滲む視界
鈴谷は眼をつむり頭をふるふると横にふる
「………あ…」
「…よぉ。やっぱりテメェだったか…鈴谷」
海岸公園の堤防
その5メートル程先に待ち受けていたのは佐世保鎮守府提督
柴山大佐だった
今はパワードスーツは着ておらず、隣には艤装を展開していない白露も立っている
「…て、提と……う、ううん…柴山…大佐…」
「はんっ…んだよ…もう提督って呼んでくれねぇんだな…まぁ俺もお前にゃあ提督だなんて呼ばれたくねぇ…」
三隈を背中におぶろうとしたままぺたん、と地面に座り込む鈴谷
「…し、柴山…大佐…」
鈴谷は声を震わせながら三隈を地面に寝かし、自分の両手を地面につける
鈴谷を見下ろす柴山はつまらなさそうに鈴谷を見つめる
「…そりゃあ、なんのつもりだ…鈴谷」
「…ど、どうかお願いします…私はどうなっても構いません…だから…」
所謂土下座の姿勢で柴山に頭を下げる鈴谷
「三隈姉と…赤城さんを病院に連れていってあげてください!…もしかしたらまだ助かるかもしれません!」
「…はっ?…んだテメェ…それ、俺にお願いしてんのか?」
「…はい…どうか!…どうか!!」
万にひとつの希望
戦って勝てるわけでもない、逃げて逃げ切れるものでもない…
ならば、と…
友である赤城のために、姉妹である三隈のために鈴谷は頭を下げる
「…ダメだよ、提督」
意外にも先に口を開いたのは柴山の隣に立つ白露だった
鈴谷は驚いて眼を見開く
白露もゴミでも見るかのような目付きで土下座する鈴谷の後頭部を踏みつける
「…こいつは…こいつらは村雨を殺した奴らの仲間だよ…助ける必要なんてないよ!」
「……ああ。そうだな…こいつらは仲間であり家族である村雨を殺した奴の仲間だ…」
踏みつけられたまま鈴谷は心臓の鼓動が早くなるのを感じる
「(…少しでも期待した私が馬鹿だった…やっぱり…この人たちは…こういう人達なんだ…狂ってる…!)」
「…ああ。テメェは…テメェらは…悪だ!!」
「そう!お前達は悪だ!!」
白露が土下座する鈴谷の後頭部を強く蹴ると、その勢いで地面に鼻を強く打つ鈴谷
「…つっ…」
鼻を押さえながら頭を上げる鈴谷
柴山は腰のホルダーから拳銃を取り出し、ゆっくり構える
「…俺ぁ今しゅうしん中なんだよ…せっかく良い出逢いがあったっつーのにな…そいつは死んじまった…」
「…しゅう…?…何…を…?」
鈴谷に銃口を向けたまま鼻で笑う柴山
「…はんっ…悪さする悪党がいなくなったヒーローの気持ちがわかるか?……今、俺の気持ちはそんな状態さ…」
柴山の言っていることが全く理解出来ない鈴谷は眉を歪ませる
「…意味…わかんない…」
鼻から血が流れ落ちた鈴谷はそれを袖で拭う
柴山は大きく、わざとらしくため息をはいた
「…ああ…あーあ…そっかそっか……播磨に入れれば多少は正義のなんたるかを学んでんだろうなって思ってたけどよ…大失敗だわ…」
鈴谷を睨むその眼は、正義を名乗る者の眼ではなかった
柴山は銃口を鈴谷の頭に向け…
「特院ぶちこんで…一生出れないようにするべきだったな…鈴谷…正義の名のもとに…テメェに判決を言い渡すぜ…テメェは悪。悪は…死刑だ」
引き金を引くと、発砲音が堤防に響く
柴山の撃った銃弾は鈴谷の右足の太ももを貫通
「…ぎゃあっ!!」
艤装を解き、人の身体の鈴谷には十分な痛みだった
鈴谷は倒れこみ、撃たれた太ももを強く押さえる
柴山はちっ、と舌打ちをする
「…んだよこれ…銃身曲がってんじゃあねぇか?」
再び鈴谷の頭に銃口を向け
2発発砲
「…があっ!!」
一発は鈴谷の腹部に被弾し、もう一発は外れて地面にあたる
「…はぁっ…はぁっ…い…いっつ……あ、あはは…」
極限の絶望状態で鈴谷は笑う
それは狂気のようにではなく呆れるように、諦めるように
「(…なんだろ…なんか…この人と関わっていると…馬鹿馬鹿しくなっちゃった…)」
「…なぁに笑ってやがる!!」
怒りの表情で柴山は鈴谷の頭目掛け3発発砲
うち1発が鈴谷の腕と足に被弾、1発が頬を掠める
全身に痛みが走る
だが鈴谷は疲れ果てた笑顔のまま柴山を見上げる
鼻から、頬から、口から血を流す満身創痍の鈴谷の笑顔を見て、柴山と白露は背筋が凍る感覚に陥る
「…てっ…テメェ!!」
鈴谷は震える手で指鉄砲を作り、柴山に向ける
「…なんなんだよ…テメェら揃いも揃って俺を馬鹿にしやがって!!」
柴山は焦りながら拳銃のマガジンを交換し、再び鈴谷に銃口を向ける
鈴谷ははんっ、た柴山を鼻で笑い
「…ヒーローごっこ…1人で…いつまでもやってろよ…クソ野郎…」
そう呟きながら指拳銃から、柴山に向けて中指をつき立てる
「…すぅずぅやあぁぁぁあああああああ!!!!!」
怒りで我を忘れた柴山は鈴谷に銃口を向け発砲
続けて段々と近づきながら柴山は何発も発砲する
放たれた銃弾は鈴谷の身体を撃ち抜き、血を噴き出させ、彼女を地面に再び倒れさせる
マガジンが空になれば再び装填し、倒れる鈴谷に向けて何発も銃弾を撃ち込む
「…死ねっ…死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!テメェら!くそっ!死ねぇぇええええ!!!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…はぁ…はぁ…」
柴山が肩で息をするなか、鈴谷が絶命したことを確認する白露
「…うん。ちゃんと死んでる!…任務完了だよ!提督」
明るくそう報告する白露に対して柴山の表情は暗い
柴山は手に持った拳銃を見つめ、ため息
「…なぁ…白露…」
「ん?なぁに?提督」
「…俺達は…いや、俺は…間違ったことをしているのか?…鈴谷を殺した時…武を殺した時…どっちも…なんだか気持ち悪い…」
「…」
眼を伏せる柴山に対して白露は無表情だった
だがすぐに笑顔を作り
「…ふふ…提督は正義のヒーローだよ!」
「……そう…か……」
白露の返しに違和感を感じつつも、小さく笑い返す柴山
「…よし…仕事も終わったし…そろそろ本部へ戻るか」
「うん!戻ろう!」
踵を返し、少しだけ重たい足取りで播磨鎮守府の方へと歩き出す柴山
白露は鈴谷の亡骸をちらりと見てほくそ笑む
「…馬鹿だね…大人しくしてりゃあ苦しまないで死ねたのに…」
血溜まりに倒れ、全身に穴が空いた鈴谷の亡骸は大空を見つめていた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
播磨鎮守府 正面口
「…おら!ちゃんと進め!」
腕を縛られ、士官達に囲まれたまま正面口に止められた護送車に連れられている田中、坂本、黒田
イタリアは既に別に用意された人間以外を収容できる特殊な護送車に乗せられている
「ってぇな…押すんじゃ「うるさい黙れ!」
自分を押してくる士官を睨もうとすると、士官は手に持っていた拳銃のグリップで田中の背中を殴る
「…っつー……くそっ…」
「…おい!お前はこっちだ!」
田中よりも後ろを歩いていた坂本は別に士官に捕まれてもう一台の護送車の方へと連れていかれる
「坂本!…おい!テメェら!」
「黙れ!貴様はそっちだ!」
殴ってきた士官に背を押され、無理矢理護送車に乗せられる田中と黒田
「ぐあっ!」
田中と黒田は護送車の後部に乗せられ、すぐに扉を閉められる
「…田中先生!」
「先生!」
護送車の外から聞こえた田中を呼ぶ声、護送車の金網の設置された窓の外には見知った男性が窓を叩いていた
「…!?…古川さん!…揖保川さん!」
播磨鎮守府の民間警備会社の2人だった
見れば揖保川は顔にアザが、古川は頭に包帯が巻かれている
「…田中先生!…申し訳ない…我々も抵抗したんだが…!」
「…ああ!…すまない先生!…力になれずすまない…!」
古川と揖保川は泣きながら外から田中に謝罪
吉津根達が鎮守府に入れないよう色々と協力してくれたのだろう
古川達の怪我を見て、彼等がいかに身体を張って播磨の少女達を守ろうとしていたかを理解した田中
「…いや、いいんだ…いいんだ…!俺の方こそ…なにもできなかった…!すまねぇ…すまねぇ!!」
金網に額を当てて謝罪する田中
気がつけばいつの間にか涙が流れていた
「みんなは…!みんなは無事なんですか!?田中先生!」
古川の問いに田中は口を固く結ぶ
そのタイミングで護送車のエンジンがかかる
「…あ…う……その……」
無力感と絶望感…そして申し訳無さに声を震わせたまま田中はなにも返答できずに、無情にも護送車は出発してしまった
「田中先生!!」
「先生!!」
田中と黒田を乗せた護送車、そして坂本を乗せた護送車は播磨鎮守府の正門から出て、東海支部目指して進みはじめる
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
夕刻 播磨鎮守府会議室
淡路基地の鈴谷の手によって機材が壊され、散らかった会議室
吉津根は壊されたモニターを見ながら椅子に腰かける
「…ふぅう…ようやく作戦終了…あとは報告書だけ書いて長かった私の役目は終わり、ですねぇ…」
会議室内では士官達が後片付けをしている
そんな中小高と河野は吉津根に敬礼
「お疲れ様でした!吉津根先生!」
「見事な指揮ぶりでした!吉津根先生!」
「んん~…ふふふ…ええ。貴方達も御苦労様でした」
機嫌の良くなった吉津根を見て、河野が手を揉みながら恐る恐る問うてくる
「…それで…あの…ウチの鈴谷がどこにいるか…「おーい!見つかったぞ!淡路基地の秘書艦だ!」
背後から士官達の声が聞こえ、河野がそちらをみると、崩れた壁から改最上型の制服を着た、顔が殴られたように潰れた少女が発見され、担架で運ばれていく
幸いにも息があるようで、「すいません、すいません」と小声でぶつぶつ繰り返している
「……ええと…見つかりました。はい…」
「…くひゅひゅひゅ…早くドックへ連れていってあげなさい…」
慌てながら鈴谷の元へ向かう河野を横目に、吉津根は嬉しそうに椅子から立ち上がり、窓の方へと近づく
そんな吉津根の背を見て小高が眉を歪ませる
「吉津根先生…何故田中大…いえ、彼等を拘束されたのでしょうか…あの程度の奴らなら「ええ。銃口を向けて引き金を引くだけで簡単に殺せますからねぇ…それでは、それだけでは駄目なんですよ」…はぁ…」
吉津根は振り返ることなく窓から外の景色を眺めている
「…今回の作戦では主力艦隊に相談することなく我々は勝手な出撃をしてしまいました…ならば、その責任を誰かが負わなければならない…私は私で勿論負いましょう…作戦本部の総司令官として当然です…ですが、小高大尉や河野少佐の艦隊を他所に勝手に直接命令したと思われる者には別の責任を負ってもらわなければ…ね」
「…なるほど!それを彼等に…!…流石です!」
わざとらしく拍手する小高
その時、会議室に置かれていた黒電話が突然鳴った
「ですが鈴木中将はそれを許すでしょうか……あの方達はどちらかといえば田中大佐…いえ…彼等を擁護していると思われるので…信じてくれはしないかと…」
「ええ。その点も問題ありません…そのためにわざわざ柴山大佐をこちら側に呼び寄せたのですから…」
吉津根の返答に驚く小高
「…は…そ、それは一体…「吉津根中将!」
小高が聞き返そうとした時、黒電話を取った士官が受話器を押さえながら吉津根の名を呼ぶ
「…何か?」
「吉津根中将にお電話が!」
顔をしかめる吉津根
「…ですから…誰からですか?そんなこともわからないのですか?」
「…あ、いえ…その…とにかく変わってくれ、と…」
誰から来た電話かもわからないのに、と吉津根は顔をしかめたまま士官の元へ行き、受話器を受けとる
「……はい。吉津根です…どちら様ですか?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
夕日が沈みきる頃
播磨鎮守府、秘書艦室の扉が勢い良く開かれた
「こんなとこにいやがったか!…おい!吉津根!!テメェなぁにやってんだゴラァ!!」
鬼のような形相で入ってきたのは迎撃作戦主力として海上に出ていた鈴木中将だった
その後ろには伏見大佐と角谷少佐も一緒だった
三人を迎えるは吉津根と柴山
「おやおやおやおや…これはこれは主力艦隊の皆様じゃあありませんか…確か拠点は土佐ですよねぇ?なぜここにぅぇえっ!?」
吉津根が喋り終わる前に鈴木が吉津根の胸ぐらを掴む
「テメェのくだらねぇ能書きは飽き飽きだ!なんで勝手に播磨の艦娘を出撃させた!そんな命令俺ぁしてねぇし事前に聞いてもいねぇ!!」
「ちょ…お、落ち着いてください…これから説明しますから…」
唇を震えさせる吉津根はあわあわしながら鈴木の手をポンポンと宥めるように叩く
鈴木の後ろに立つ角谷が鋭い目付きで吉津根を睨む
「…これは命令違反だなんて軽いものではありません!!指揮監督責任違反に繋がる行為ですよ!鈴木中将!即刻吉津根中将を拘束するべきです!」
角谷の言葉に伏見も頷く
「到底許される行いではありません!鈴木中将!吉津根中将を軍法会議にかけるべきです!」
鈴木を筆頭に角谷も伏見も徐々にヒートアップするなか、吉津根はへらへらと笑っている
「…吉津根…テメェどういうつもりだ…全て吐け!…さもねぇと「ああっ!!うるっせぇな!」
鈴木を制するように大声をあげる者が一人
柴山だった
角谷がきっ、と柴山を睨む
「…なんですか…!その言い方は!…柴山大佐!!」
「…うるせぇっつったんだよ…テメェらよくそんなわざとらしい演技出来るよなぁ…」
鈴木も吉津根の胸ぐらを掴んだまま、うんざりするような表情で柴山を見る
「…演技だと…?」
柴山は鈴木に向かってびしりと指を指す
「俺たちゃあ知ってんだよ!!特ハ号作戦!!…作戦名…播磨水上特攻作戦を企てたのはアンタだ!!鈴木中将!」
「……は…?」
突然言われた言葉をすぐには理解できなかった鈴木だが、数秒して意味を理解するとわなわなとその手が震え出した
「…す…水上…特攻…だと……き、ききき…吉津根ぇぇええええ!テメェ!!」
「ひゃあっ!」
吉津根の胸ぐらから彼の首を両手で締め上げる鈴木
流石に角谷と伏見も殺す勢いの鈴木を見て不味いと判断し、鈴木を止めようとする
「て…てめっ……だから…!だから田中と坂本を播磨に着任…!!…このっ…この人でなしがぁぁあっ!!!」
「鈴木中将!駄目です!」
「落ち着いてください!中将!!」
首を掴まれ、ぶんぶんと揺らされる吉津根はひいひい言いながら柴山の方を見る
「しっ…柴山っ…柴山大佐ぁっ!!早く!早くぅっ!!」
吉津根の必死な願いをする様を見て、柴山はふっ、と笑い、秘書艦室の扉の外へ眼を向ける
「……さぁ…頼むぜ…?」
鈴木達が暴れるなか、静かにゆっくりと少女が1人部屋の中へ入ってきた
鈴木は少女の存在に気づかずに吉津根の首を絞め、吉津根は若干白目を向きはじめる
角谷と伏見も鈴木を止めようとしている
少女はふぅ、と一つ息を吐き…
『…播磨水上特攻作戦を提案、実行したのは鈴木中将だよね』
宝石が淡く光るような、静かで線の細い声でそう一言呟くと、秘書艦室内にいた者達の視界が一瞬だけ、コンマ数秒だけバグが起きたように歪む
「……あ…」
意識がリセットされたような感覚に陥った鈴木達
吉津根はぶくぶくと口から泡を吹いている
「…はっ?…あ…?」
不意に吉津根の首を絞めていた手の力が抜けると、吉津根は床にべしゃりと座り込む
「げほっ!…げはっ!…がはっがはぅ!…はぁ…はぁ…ええ……」
絞められた首を擦りながらゆっくりと立ち上がり、口元の泡を拭い、深呼吸をする吉津根
角谷と伏見も何故鈴木を押さえていたのかわからないといった風に慌てはじめ、鈴木の身体から離れる
「…はぁ…ふぅ……と、というわけで…鈴木中将…とても素晴らしい指揮でしたよ」
歪んだ自分の制服の襟をなおしながら鈴木ににこやかに笑顔を向ける吉津根
キョトンとする鈴木は首をかしげる
「…え…?」
「はい。今回の作戦…播磨水上特攻作戦…まさか作戦開始直前に特攻作戦に切り替えて、ご自分の教え子を使って遂行させるとは…うう…この吉津根…とても感動致しました!!」
「…は…り……そう…か…?」
「…ええ!!深海棲艦も追い払えて…これで貴方も昇格間違いなしですね!…これからは鈴木大将とお呼びしましょう!」
吉津根は呆ける鈴木の手を握り、熱く握手する
「…ああ。角谷少佐も伏見大佐も…鈴木中将…いえ、鈴木大将のサポート完璧でした!!いやはや…私もまだまだ学ぶべきことが多くて…あははは…」
鈴木と同じように呆けている角谷と伏見もぎこちなく頷く
「…え…あ、ああ…はい…」
「…それ…は…いえ…はい…」
3人の現状がよくわかっていないといった表情を見て吉津根はにんまりと、満足そうに笑う
「…皆さん。大変お疲れ様でした」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇
日が沈み、海と空の境界すら真っ暗になる頃
播磨鎮守府ドック外の港に停泊する日本国軍海軍、対深海棲艦艦艇戦艦榛名の甲板にて、2つの人影が播磨鎮守府本館を見つめている
「…これで…良かったのかな?」
呉鎮守府提督、通話を終えた有馬少佐が手にしていたスマートフォンをポケットにしまい、隣に立つ士官服の女性に訪ねると、女性士官は官帽をとり、頷く
「…ええ。ありがとうございます。提督」
ウェーブのかかった彼女の赤茶色の髪が風になびく
女性は播磨鎮守府を見つめながらふぅ、とため息
有馬はバウレールに腰かけ、ポケットからタバコを取り出すと、口に咥える
それを見た女性士官がライターを取り出し、有馬の咥えるタバコに火をつける
「……ふぅー………まーさか弟さんが関係していたとはねぇ…彼の艦隊。助けてあげれれば良かったんだけどねぇ…」
「…ええ。知っていれば私もすぐにでも助けてあげられたんですけど…」
女性士官は困ったように笑う
タバコの煙を空へ向け吐く有馬
「……とりあえず、弟さん達はすぐに殺されることはないと思うよ?…まぁ…東海支部?…だっけ…向こうにいってからどうなるかはわからないけど、さ…」
「いえ。ここまで協力して頂きましたから…十分ですよ。提督」
タバコの煙を深く吸い、再び空へ向け吐く有馬
「…行くのかい?…東海支部に…」
有馬の問いに女性士官はにこりと笑う
「ええ。弟のためですから!」
「…あーあ…勿体無いなぁ…なかなかいないよぉ?…船下ろしした艦娘で…士官と両立してる人ってさ…」
「またまた…提督には素晴らしい水激隊があるじゃないですか?…私1人居なくなったところでなにも困りませんよ」
笑いあう二人
有馬は諦めたかのようにため息する
「…今までありがとう…田中中尉……いや、アクィラ」
「…グラッツェ、アンミラーリオ…こちらこそ今までありがとうございました…またいつかお逢いできればと思います」
有馬にそう返し、正規空母アクィラはにこりと笑う
「…まぁ、手続き済ますまでまだしばらくは呉鎮守府の籍だけどね?」
「…あれ?…そうなんですか?」
「そりゃあそうでしょ…」
はい
お疲れ様でした
プレリュードから長かったですね
…いや、本当に長かった…
播磨の艦娘達を亡き者にしようと企んでいた吉津根
その取り巻きの悪党ムーヴの小高と河野
終始滅茶苦茶で鈴木達の意識改変を行った柴山
チート能力持ちの佐世保の時雨
狂気に駆られた鈴谷等々
今回も陰謀臭くて悪い人ばかりでしたね
日本国軍海軍の未来は明るい(笑
次のお話ですが、エピローグといいますか、迎撃作戦後のお話で今回の長編本編をしめようと思います。
次の投稿までお待ちください
次回もよろしくお願いします