マグル学教室へようこそ   作:BellE

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第6話 No Smoke Without Fire

 そして迎えた土曜日の朝、マーガレットは「日刊預言者新聞」を読みながら大きな欠伸をした。レポート採点のために昨夜は遅くまで起きていたので、今朝は少し寝不足なのだ。また、彼女の夜更かしに付き合ってしまったネモも、まだ眠たいのかデスクの上で丸くなっていた。

 マーガレットはまだ温かい紅茶を飲み、ページをめくる。ベルガモットの風味が口いっぱいに広がった。

 

 事件や政治、文化、社会情勢にゴシップまがいのものまでこの新聞には様々な記事が載っているが、マーガレットはこの日、とある記事に目を止めた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

記憶を失いし男

 

 十一月五日、自身の名前すら忘れている男性が聖マンゴ魔法疾患障害病院に搬送された。男は名前の他に住所や年齢、また自身が魔法使いであることも忘れているもよう。診察した癒者によると、何者かが忘却術をかけたのではないかとのこと。

現在、治療が進められているが回復の見込みは低いとのことで、病院は彼に関する情報を集めている。心当たりがある方は聖マンゴ魔法疾患障害病院にご一報を。

 

◆ ◆ ◆

 

 

 記事に目を通し、マーガレットは紅茶を啜った。普段ならアールグレイのすっきりとした香りが心を軽くしてくれるが、今はそんな気分になれなかった。

 

「この人も……」

 

 マーガレットは顔も名前もわからないその男性に同情を禁じえなかった。なぜなら、彼も自分と同じ記憶喪失だからだ。大切なことを憶えていないことの悲しみ、思い出せないことの苦しみは彼女もよく知っている。

 そして、その失われた記憶を取り戻すことの難しさをマーガレットは身をもって知っていた。

 

「忘却術、ですか……」

 

 忘却術(オブリビエイト)——それは、マグルから魔法界を守るためになくてはならない呪文で、マグル学を教えるマーガレットも授業で何度も紹介したことがある。

 忘却術は人の記憶を操作することで彼らがなにも知らない(憶えていない)状況を作り出すことができる。しかし、一度消してしまった記憶は戻らないとされていて、この呪文を正確に使いこなすにはそれなりの技量が必要とされている。だからこそ、忘却術師というその道のエリートたちがいるのだ。

 

「ネモ。わたしが記憶喪失になった原因も忘却術だと思う?」

 

 マーガレットは新聞からネモに視線を移す。しかし、眠たいからかネモは無反応だった。

 

「ネモもわからないよね……」

 

 記憶喪失の原因は様々あるとされている。例えば、強いストレスといった心理的な原因、脳の損傷といった身体的な原因。そして——忘却術。

 マーガレットは自分がなぜ記憶を失ったのかということを知らない。しかし、たくさんの本を読み、尊敬する恩師からたくさんの話を聞くうちに自身の記憶喪失の原因は忘却術なのではないだろうかと考えるようになった。

 

 とはいえ、そう考える理由は一つしかない。それは、自分の記憶が一切戻らないという点だ。

 事故のあと、医者は「父親を亡くしたことがショックだったのだろう」と言った。だから、父の死を乗り越えていけば、そのうち記憶が戻るだろうと。しかし、一年経っても、五年経っても、そして十年以上に月日が流れても記憶が戻ってくることはなかった。

 だからこそ、記憶を二度と戻せなくなる危険な呪文(忘却術)を学んだ時、これが原因なのではないかとマーガレットは思ったのだ。

 

「ネモ。いつか、この聖マンゴにも行ってみようか。癒者の方からお話を聞いたりしたら、なにかわかるかもしれないもんね」

 

 今度はネモも頷いた。それを見て、マーガレットは安堵の表情を浮かべる。そして、ネモの頭を何度も撫でていた。

 

 

 

 さて、研究室でゆったりとしてマーガレットだが、この日の彼女は記憶喪失など関係なく、なにか重要なことを忘れていた。

 トントンというノックの音が静かな部屋に響く。マーガレットが「どうぞ」と声をかけると扉はゆっくりと開いた。そして、大きなターバンを頭に巻いた男が姿を現す。

 

「おはようございます、先生」

「お、おはよう。ミス・マノック、そ、そ、そろそろ、時間です」

 

 ゆったりと紅茶を飲んでいたマーガレットは「あっ!」と声を上げた。飼い主につられ、ネモも「カッ!」と素っ頓狂な声を出す。

 

「すみません、ゆっくりしてしまっていました。急いで準備しますね!」

 

 マーガレットはカップを片付けると、大慌てでコートに袖を通した。それから、学生時代から使っている青いマフラーを首に巻き、姿見で自分の姿を確かめる。

 クィレルはその様子をぼんやりと眺めながら、時折左手につけた腕時計を見ていた。 

 

「お待たせしました。……あの、まだ時間は大丈夫ですよね?」

 

 ミトンの手袋をポケットにつっこみながら、マーガレットは問いかけた。

 

「し、試合まで……あ、あと30分です」

「それなら、急がないとですね。ごめんなさい、待っていただいて」

 

 「いえ」と呟き、クィレルは小さく首を横に振った。彼もローブの上から厚手のコートをまとい、紫色のマフラーを巻いている。二人ともクィディッチ観戦の準備は万端といったところだ。

 マーガレットは未だにデスクの上にいるネモを抱きかかえた。トクトクという心臓の動きとじんわりとした温かさが指先に伝わる。寒空の下では、きっとこの温かさをありがたく感じることだろう。

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 クィディッチ競技場は城から少し離れたところにある。そのため、移動にはそれなりに時間がかかるのだが、今のマーガレットにはそれが嬉しかった。なにしろ、久しぶりに恩師とゆっくり会話を交わすことができているのだ。

 

「それにしても、今日はいい天気ですね。絶好のクィディッチ日和です!」

 

 マーガレットは澄んだ空を見上げていた。彼女の瞳はその空の色と同じくらい青く透き通っている。

 

「き、君はく、く、クィディッチが好きですね」

「はい! スカイ・パーキンとオリオン・アマーリの息のあった連携やエリカ・ラスの力強いプレーを観ていたら、すっかりクィディッチに魅せられてしまいました」

 

 極々単純に説明してしまえば、クィディッチとは魔法使いたちが空飛ぶ箒にまたがってするスポーツである。そんなファンタジー小説や児童文学の中で出てきそうな、いかにも魔法界らしいゲームをマーガレットが面白く感じないわけがなかった。

 それに、彼女がホグワーツに学生としていた頃は、スカイ・パーキンといったスター選手たちが活躍していた時代である。だからか、クィディッチ・シーズンは今にも増して盛り上がっていた。マーガレットもその空気に当てられた一人なのだ。

 

「それに、父もクィディッチが好きだったそうですから」

 

 ネモの体を撫でながら、マーガレットは呟いた。

 

「以前、マクゴナガル教授から聞きました。父はクィディッチの熱心なファンだったようで、レイブンクローの試合のときにはフェイスペイントまでしていたそうですよ。わたしはそこまでしたことはないのですけどね」

 

 マーガレットは声を立てて笑った。父がどのようなフェイスペイントをしていたのかを想像すると、じわじわとおかしさがこみ上げてくる。

 

「試合そのものが面白いのはもちろんですが、クィディッチを観ていると、父のことをほんの少しでも知ることができたような気になれます」

「そうでしたか……。ミス・マノック、わ、私がいない間になにかお、思い出しましたか?」

 

 黙って首を振るマーガレットのことを、クィレルは黙ったまま見つめていた。

 

「……あいかわらずです。でも、『夢を持ち続けていれば、いつか魔法は応えてくれる』ですから」

 

 そう言って、マーガレットは白い歯を見せて笑った。その笑顔は今日の空のように晴れ晴れとしている。

 

「まだ読めていない図書館の本もありますし、まだ使いこなせない呪文もあります。このホグワーツはまだまだ知らないものばかりです。その知らないもののなかに、わたしの記憶を取り戻せる方法もきっとある。だから、夢を持ち続けられるんです! ……あぁ、すみません。わたしばっかり喋っていましたね」

「い、いえ、かまいませんよ。い、今は、こうしてき、き、君の話を聞く方が好きですから」

 

 マーガレットはクィレルのことをまじまじと見つめていた。

 

「あの、わたしも先生のお話を聞くのが好きです。先生のお話は、わたしにたくさんのことを教えてくれますから」

「そ、そうですか」

 

 クィレルは一瞬だけ口元を歪めた。それはぎこちない笑顔にも、苦しそうな表情にも見えるものだった。

 

「先生?」

「な、なんでもありません」

 

 その時、どこからか歓声が聞こえてきた。視線を前に戻せば、そこはクィディッチ競技場である。試合はまだ始まっていないが、ゲームの開始を待つ生徒たちの興奮が競技場の外にいても伝わってくる。

 

「つ、着きましたね。い、行きましょうか」

 

 そう言って、クィレルは歩みを速めた。マーガレットも少し歩幅を広げ、彼の後を追う。

 

 

 

 二人は長い階段を上り、空中高くに設けられた観客席に座った。マーガレットはネモを膝の上に下ろすと、懐中時計で今の時刻を確認する。

 

「もうすぐ11時ですね」

 

 マーガレットは時計をポケットの奥深くにしまい込み、大きな欠伸をした。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「あぁ、すみません。昨日のうちに仕事を片付けてしまおうと思って、少し遅くまで起きていたんです。ほら、クィディッチはいつ終わるのかわからないですから」

 

 もう一度出そうになった欠伸を噛み殺し、マーガレットは気恥ずかしそうに笑った。

 

「せ、せっかくの休日ですから、い、いい気分転換になるといいですね。そ、そ、そうだ。君にこ、これを」

 

 クィレルはコートのポケットから小さな箱を取り出した。鮮やかなピンク色の箱には濃い緑色の文字で「ハニーデュークス」と書かれている。マーガレットにも馴染みのある店の名だ。

 

「こ、こ、この前のチョコレートのお、お礼です」

 

 クィレルは箱を開け、中身をマーガレットに見せた。箱の中は四つに区切られ、その一つ一つに大鍋チョコレートが詰められている。

 

「大鍋チョコレートですね! 先生、ありがとうございます!」

 

 マーガレットは箱を受け取り、満面の笑みでチョコレートを眺めていた。

 

「あの、さっそく一ついただいてもいいですか?」

「も、もちろん。さあ、ど、どうぞ」

 

 マーガレットは大鍋型のチョコレートを一つ、口の中に放り込んだ。それを舌の上で転がし、風味を楽しんでから噛み砕く。すると、とろりとした甘いソースが口いっぱいに広がった。

 

「とってもおいしいです! これはキャラメルですね」

「く、口に合いましたか?」

「もちろんです。とっても甘くて、心も身体もぽかぽかとしてきました」

 

 マーガレットはチョコレートを食べると、また大きな欠伸をした。大好物のチョコレートを食べて心が和らいだのか、急に眠気が強くなってきたのだ。

 

「……そ、それはよかった」

 

 マーガレットがもう一度欠伸をしていると、ちょうど選手たちがグラウンドに入場してくるところだった。競技場中で歓声が湧き上がり、真紅と深緑のローブを身にまとった勇士たちを迎え入れる。

 しかし、今のマーガレットにはその大歓声すら、どこか遠くに聞こえていた。

 

「ミス・マノック、ど、どこか具合が悪いのですか?」

 

 ぼーっとしてしまっていたからか、クィレルが心配そうに話しかけてきた。

 

「大丈夫、です。なんだか、眠たくなって……」

 

 そう話している間にもマーガレットの瞼は下がり始めていた。

 

「今日の試合、とても、楽しみ、でしたのに……」

 

 選手たちは箒に跨り、空へと舞い上がる。もう間もなく試合が始まろうとしているのに、マーガレットは今にも眠り込んでしまいそうだった。

 

「ミス・マノック。寝ていいのですよ」

「いい、ですか?」

 

 

 クィレルはマーガレットの耳元で「はい」と囁いた。その返答を聞き、マーガレットは軽く微笑む。

 

「ありがとうございます、先生……」

 

 マーガレットは首をカックンと揺らし、恩師の肩に寄りかかった。驚いたクィレルは肩を跳ね上げかけたが、それをぐっと堪える。

 マーガレットはチョコレートの箱を大切そうに持ったまま、深い眠りへと落ちていた。

 

 

 

 クィレルはマーガレットの顔をのぞき込み、彼女がよく眠っていることを確かめた。そして、うっすらと笑みを浮かべる。

 ちょうどその時、マダム・フーチが試合開始の笛を鳴らした。競技場がまた一段と大きな歓声に包まれる。その大歓声の中、クィレルは自分たちにしか聞こえないように言った。

 

「ご主人様、これで手筈どおりに事がなせるかと」

 

 

▽ △ ▽

 

 

——マーガレットは夢を見ていた。

 

 少女は一人、車窓からの風景を眺めていた。ロンドン、キングズ・クロス駅の九と四分の三番線を出発した蒸気機関車はスコットランド、ホグズミード駅に向けて走り続ける。

 つい先ほどまではこのコンパートメントにも他の生徒たちがいたのだが、皆どこかに行ってしまい、気づいたときには少女とそのペットだけになっていた。今は人目を気にしなくてもいいので、少女はバスケットから大鴉(レイブン)を出し、自分の膝の上にのせていた。

 

「ネモ、『組分けの儀式』ってどういうふうにするんだろうね」

 

 少女の問いかけに対し、鴉は「カー」と鳴いた。ご丁寧に首まで傾げているのだから、わからないとでも言いたいのだろう。

 

「わたし、どこの寮になるのかな……」

 

 黒一色のローブをまとった少女は、どこまでも続く青い空を見つめていた。

 

「車内販売よ。なにかいりませんか?」

 

 えくぼのおばさんがニコニコ顔で、ぼんやりと窓の外を眺めていた少女に声をかけた。車内販売、つまりはお菓子が買えることに気がついた少女は鴉を腕に抱きかかえてワゴンに駆け寄る。

 そこには、バーティー・ボッツの百味ビーンズやドーブルの風船ガム、砂糖羽根ペンに杖型甘草あめなど、彼女が初めて見るような魔法界のお菓子がたくさんあった。

 なにを食べるのか迷いに迷った結果、少女は大鍋ケーキと蛙チョコレートを買うことにした。ニコニコと笑っているおばさんに銀貨を渡し、彼女は再び元の席に腰を掛けた。

 

 まず少女は蛙チョコレートの箱を手に取った。彼女がこの世でもっとも好きな食べ物であるチョコレート、それも初めて食べる魔法界のチョコレートである。

 少女が慎重に箱を開けると、やけにリアルな蛙の形をしたチョコレートと一枚のカードが現れた。彼女の興味はもちろんチョコレート——ではなく、意外にもカードの方にあった。

 

「これ、なんだろう?」

 

 少女が手に取ったカードには一人の女性の肖像が描かれていた。黒の長髪に黒い目の厳しそうな顔つきをした美しい女性。肖像の下には「ロウェナ・レイブンクロー」と書かれている。

 

「ネモ! ロウェナ・レイブンクローのカードだよ! あのレイブンクローだよ!」

 

 少女は青い瞳をきらきらと輝かせながら、レイブンクローの肖像を見つめていた。

 

「レイブンクロー寮! クィレル先生がいらっしゃったレイブンクロー寮のレイブンクローだよ!」

 

 ホグワーツへと向かう汽車の中で創設者のカードを手に入れたことを、少女はただの偶然ではないように感じた。知識のレイブンクロー、もしかしたら自分もその寮の生徒になれるのではないか。少女は組分けへの期待を膨らませる。

 

「もしかして、わたしもレイブンクローの生徒になれるのかな」

 

 カードをじっと見つめながら、少女は嬉しそうに笑った。一方、彼女のペットの大鴉(レイブン)は彼女の膝の上で、なぜか「カアカア」と鳴いている。

 

「ネモ、どうしたの? あ、チョコレートは食べちゃダメだからね。ネモが食べると死んじゃうんだから」

 

 膝の上の鴉を適当に撫で、少女はカードの裏を読み始めた。飼い主がこっちを見てくれないからか、大鴉(レイブン)は「ガアガア」とより大きな声で鳴き始める。

 

「ロウェナ・レイブンクローがホグワーツの場所と名前を決めたんだって……。ネモ、だからチョコレートは食べちゃダメだよ。あとで一緒にケーキを食べようね……」

 

 少女は魔法使いカードに夢中だったが、なにかを思い出してふと顔を上げた。

 

「そっか! ネモのお母さん(ロウェナ)の名前の由来って、このロウェナ・()()()()クローだったんだ! ネモ、これはお母さんたちにも教えてあげないとだね。——あれ?」

 

 少女はようやく膝の上に視線を向けた。しかし、そこにいるはずの鴉の姿がない。それに、よく見れば蛙チョコレートもなくなっている。

 もしかして、大鴉(レイブン)が食べてしまったのだろうか。少女は血の気が引いていくのを感じた。

 

——はやく、わたしの大切なネモを探さないと。

 

 少女は再び顔を上げた。そして、黒い翼を大きく広げ、今まさに少女の頭に飛びかかろうとしている鴉の姿を見た。

 

 

▽ △ ▽

 

 

  ネモに額を蹴られ、マーガレットは目を覚ました。別に蹴り自体は大したものでもないのだが、蹴られたことで変な方向に動かしてしまったのか首がじんわりと痛い。

 

「痛い……。ネモ、どうしたの?」

 

 危ないから頭を蹴るのはなるべくやめて欲しいのだが、こういうときはネモがなにかを伝えたがっていることをマーガレットは経験から知っていた。ネモがくちばしを向けている方角に視線を動かし、なにを伝えたがっているのかを探る。

 ネモのくちばしの先、そして観客たちの視線の先には、空高くまで上がった箒から振り落とされそうになっている選手がいた。ユニフォームの色を見るにグリフィンドールの選手のようだ。このグリフィンドール対スリザリンの試合でなにかが起きていて、ネモは飼い主を叩き起こしてでもそれを伝えたかったらしい。

 

「あれは……。先生、いったいなにがあったんですか?」

 

 自分が眠っている間のことを聞こうと、マーガレットは隣に座るクィレルのことを見た。しかし、彼はなぜか目を押さえて試合の様子など見ていなかった。

 

「先生、どうかなさいましたか?」

「ネモの翼がめ、目に当たりました」

「すみません。ネモがわたしを蹴った時、先生にも当たってしまったんですね……。ごめんなさい。痛みはないですか?」

 

 マーガレットの謝罪をクィレルは黙って聞いていた。彼は顔を伏せたまま、大きな溜め息を吐く。その様子をマーガレットとネモはじっと見つめている。

 

「先生?」

 

 その時、観客たちがより一層騒がしくなった。なにか動きがあったのかとグラウンドに目を向けるが、マーガレットが目にしたのは天へと昇る白い煙だった。

 

「煙?」

 

 火のないところに煙は立たない。そこに煙があるのなら、そこには必ず炎もある。

 

「火事だ!」

「燃えてる! 燃えてるぞ!」

 

 観客たちも炎の存在に気づき、観客席はとたんに混乱に陥る。そうこうしている間にも煙はどんどん高くまで昇っていく。

 

「きゃあ!」

 

 その混乱の最中、マーガレットも前の席の観客に体を押された。体勢が崩れ、椅子から落ちる。手にしていた箱の中身が宙を舞い、地面に落ちていった。

 仰向けに倒れたマーガレットは一瞬なにが起きたのかがわからず、目をパチクリさせていた。そんな彼女のことを青い目の鴉とグレーの瞳の男がのぞきき込む。

 

「み、ミス・マノック、だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫です。あの、火事は?」

「も、もう火は消えました。ど、どういうわけか、せ、セブルスのコートが燃えていたようです。……あぁ、起き上がれますか?」

 

 クィレルの差し出した手を掴み、マーガレットは体を起こした。それから、地面に散らばったチョコレートを箱に戻す。もったいないが、こうなってしまってはもう食べることができない。

 

「ごめんなさい。せっかく先生からいただいたものなのに……」

「し、仕方のないことです。き、き、君が気にする必要はありません。わ、私が捨てておきましょうか」

 

 マーガレットの答えを聞く前に、クィレルは箱を手に取った。そして、コートの内ポケットにしまいこむ。

 

「あの……、本当にすみません」

「い、いえ。それに、た、た、たかがチョコレートですよ」

「はい、そうですよね……。そうだ、試合はどうなったのでしょうか?」

 

 思い出したように二人はグラウンドを見るが、ちょうどその時に試合の終了を告げる笛が鳴った。

 

「グリフィンドール、170対60で勝ちました!」

 

 実況が興奮した様子で試合結果を叫び続けている。観客たちの熱気も冷めやらず、最年少シーカーの奮闘を——スリザリン以外は——たたえている。

 

「わたし、すっかり試合を見逃してしまいました」

 

 マーガレットは悲しそうに呟いた。今日の観戦を楽しめるようにと昨夜は仕事を頑張ったのだが、そのせいで試合中に眠ってしまっては元も子もない。

 

「み、ミス・マノック。今日の試合のことなら、わ、わ、私が話しましょうか? も、もちろん、()()()を教えられるわけではありませんが」

 

 クィレルの言葉を聞き、マーガレットは途端に嬉しそうな顔をした。

 

「本当ですか! 先生、ぜひお願いします!」

 

 幸い、仕事はすべて昨日のうちに片づけてある。クィディッチは観れなかったが、そのぶん他の楽しみが増えたことにマーガレットは心を躍らせていた。




ホグミス、ありがとう。始めててよかった。

いつか登場したらいいなとは思っていたものの、まさか本当にお会いできるとは(しかも、こんなに早く!)思っていなかったクィレル“マグル学”教授。
そして、ついに入れたマグル学の教室。
驚きやワクワクの詰まった素敵なシナリオでした。

というわけで、新しく設定が明かされたことを受けて一部書き直しをします。
今現在、考えているところとしましては、「第1章第3話」でのホグミス主人公たちとクィレル先生の接点。それから、「第1章第5話」のマグル学教室の描写や授業の進め方です。
教室に色々な道具がある様子とか、プロジェクターを使う授業といった面白い設定を無視してしまうのはもったいないので。
今後マグル学の教室に呪われた部屋の入口があった! といった設定が明かされたらどうしようもないのですが……。

どう書き換えたかだとか、どう解釈して取り入れたかといったことは、また次回以降のあとがきでご報告させていただければと思います。それでは、また。

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