マグル学教室へようこそ   作:BellE

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少々長くなりましたので前編・後編に分割しました。

※一部、R-15に相当するような描写や残酷な描写があります。


第9話 禁じられた森の一夜【前編】

 季節は冬から春へと変わり、じきに夏が——つまり一年の終わりが訪れようとしていた。一年の終わりといえば学年度末のパーティーだが、今年はグリフィンドールとスリザリンの首位争いが激しく、近年まれに見る接戦が繰り広げられている。

 スリザリンが七年連続で寮杯をいただくのか、それともグリフィンドールがかっさらうのか。その結果は、クィディッチ最終戦のグリフィンドール対レイブンクローまでもつれ込もうとしていた。

 

 とはいえ、その前に立ちふさがるのが試験である。学年末の試験を来週に控え、教師も生徒もホグワーツにいる誰もが忙しそうにしている。マーガレットも試験問題自体はずいぶんと早くに作り上げたものの、一年の終わりに向けてやらなければならないことは多かった。

 

 

 

 その夜、マーガレットは手書きの原稿を横目で見ながら、タイプライターに向き合っていた。雑誌に掲載する論文をこうして清書しているのだ。

 魔法界には読み上げた内容を書き写してくれるような清書向けの羽根ペンもあるのだが、マーガレットもタイプライターのカタカタという音を聞きながら作業をするのが好きだった。それに、先代、先々代のマグル学教授も「マグル学を教える以上、少しでもマグルの生活を体験してみなければ」と活版印刷で書類を作ったり、タイプライターでレポート書いたりしていたので、マーガレットもその前例にならうことにした。

 数日間に分けて行っていた清書作業も残るは一行だ。作業を進めるうちにタイピングもずいぶんと速くなった。あっという間に最後のピリオドまで打ち込み、「できた!」と喜びの声を上げる。しかし、彼女と一緒になってその完成を喜んでくれるものはいなかった。

 

 マーガレットは部屋の中を見回し、ネモの姿を探す。だが、ネモはどこにもいなかった。ここ最近、飼い主が論文のことばかりに集中してかまってやれていないからか、ネモは勝手にどこかへと出かけていることが多かった。だが、マーガレットが作業を終え、眠るような時間になるといつの間にか戻っている。ゆえに、マーガレットもあまり深くは考えていなかった。

 しかし、今日は切りの良いところ——つまりは最後——まで作業していたからか、その普段なら眠っているような時間もゆうに過ぎている。なのに、ネモは帰ってこない。

 マーガレットはあまり良くないものを感じた。ネモになにかあってからでは遅い、と真夜中のホグワーツを探索することを決心する。彼女は半袖のブラウスの上からいつものローブを羽織り、研究室をあとにした。

 

 

 

 ネモの捜索は難航した。ネモが水浴びのために立ち寄りそうな中庭や二階の女子トイレものぞいてみたが鴉の姿はどこにも見当たらなかった。それに、女子トイレのゴーストも今夜は——正確には今夜だけでなく、ここ最近とのことだが—ネモを見ていないそうだ。

 マーガレットはホグワーツ城をさ迷っていた。水浴びをしているわけではないとなると、ネモがどこにいるのかなんて皆目見当もつかない。しらみつぶしに一部屋一部屋探しているとあっという間に朝になってしまいそうだ。どうしたものかと廊下で考え事をしているとある人物が声をかけてきた。

 

「これはミス・マノック。こんな夜中に出歩くとは。はあ、ミス・マノックがまだ学生だったのなら、これですぐにでも罰則が与えられたのに」

 

 マーガレットが振り返ると、そこには管理人のアーガス・フィルチと彼の飼い猫のミセス・ノリスがいた。

 

「フィルチさん! そうだ、フィルチさん。わたしのネモを見かけませんでしたか?」

「あの鴉か?」

「はい。その、ネモがどこかに行ったきり、帰ってこなくて……それであの子を探しているところなんです」

 

 ホグワーツの夜を見張る彼ならなにか知っているかもしれない、とマーガレットは期待を寄せる。

 

「あの子か……。少し前になるが、闇の魔術に対する防衛術の研究室の前で見かけたな」

「本当ですか! クィレル先生の研究室ですね。フィルチさん、ありがとうございます。助かりました!」

 

 フィルチへの礼もそこそこにマーガレットはホグワーツの長い廊下を駆け抜け、恩師のいるであろう部屋へと向かう。なお、残されたフィルチは教師が廊下を走った場合、その罰則はどうするべきなのかと一人考えていた。

 

 

 

 全速力で走っていたからか、マーガレットの息はすっかり上がっていた。呼吸を落ち着かせながらネモを探す。しかし、部屋の外にはいないようだった。

 ネモは研究室の中にいるのだろうか? クィレルはネモがマーガレットや彼女の家族の次によく懐いている人物だ。それは彼と過ごした時間の長さを考えれば当然のことである。だから、飼い主と遊べないことに拗ねた大鴉(レイブン)はクィレルのもとに遊びに来ていたのかもしれない。

 それなら先生にご迷惑をおかけしてしまったな、と考えながら、マーガレットは扉をノックした。しかし、一向に開く気配がない。

 

「あ、もう先生は寝ていらっしゃるのかな」

 

 ネモもだが、自分もまた迷惑なことをしてしまったとマーガレットは反省する。それに、クィレルがもう眠っているのならば、ネモもここにはいないだろう。マーガレットは扉に背を向け、次の探し場所を考えようとする。

 

 だが、マーガレットは廊下に落ちていた一枚の黒い羽根を見つけた。マーガレットはその羽根を拾い上げ、直感的にそれがネモのものだと判断する。たしかに、ネモはここにいたようだ。

 

「そうだ。——追跡せよ(アヴェンギジウム)!」

 

 マーガレットが呪文を唱えると、黒い羽根はふわりと宙に舞い上がった。そして、まるで風で運ばれているかのように廊下を漂いながら進んで行く。黒い羽根はもとあったところ——つまりは、ネモのもとに戻ろうとしている。

 マーガレットは杖を構えなおし、ネモの羽根の行方を追った。

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 黒い羽根のあとを追いかけ、マーガレットは禁じられた森にまで入り込んだ。羽根が森の中に入るのを見た際はマーガレットもさすがに引き返すべきかと考えた。しかし、ネモがこの危険な森の中にいるのなら、なおさら早く連れて帰らなければと思ったのだ。

 月明かりと杖先に灯した光のおかげでいくらか歩きやすい。マーガレットは足元と前を行く黒い羽根とを交互に見ながら木々の生い茂る森の中を進んでいた。

 

 しばらくすると、マーガレットは不思議なものを見つけた。木々の隙間から純白に光輝くものが見える。その光はまるで太陽の光ように強く輝いていて、この薄暗い森の中ではなおさらよく目立っていた。

 黒い羽根はまるで吸い寄せられているように白い光に向かっていった。マーガレットもその羽根を追っているのだから、自然とその光に近づいていく。

 そして、ようやく開けた平地に出たところで、マーガレットはその光るもの正体を知った。

 

 それはユニコーンだった。真珠色に輝くたてがみを持ったユニコーン。しかし、ユニコーンはひどい怪我をしていた。長くしなやかな足から銀色の血を垂れ流している。

 ユニコーンはマーガレットの姿を見つけると、悲痛な鳴き声を上げた。マーガレットには動物の言葉なんてわからない。しかし、それはユニコーンが「助けて」と言っているように感じた。

 

「大丈夫。わたしが治してあげるから」

 

 マーガレットはゆっくりとユニコーンに歩み寄った。ユニコーンは立ち上がることもできないのか、彼女が近づいてくるのを静かに見つめている。

 マーガレットはユニコーンの傍らに腰を下ろし、足の傷口に触れた。傷は彼女の想像よりも深かったようで左手に銀色の血がべっとりとついてしまったが、彼女は治療を優先するため杖先を傷口に向けた。

 

「——癒えよ(エピスキー)!」

 

 傷口が一瞬熱くなり、すぐに冷たくなった。この治癒魔法(エピスキー)は軽度の傷を癒すための呪文なのだから、ユニコーンに対してどこまで効果があったのかはわからない。

 しかし、力なく横たわっていたユニコーンがもう一度立ち上がれる程度の効果はあったようで、ユニコーンはふらふらと歩き始めてしていた。

 

「待って、また傷口が広がってしまったら大変だから。——巻け(フェルーラ)!」

 

 マーガレットの杖の先から包帯が現れ、ユニコーンの足に巻きつく。気慰め程度にしかならないかもしれないが、ないよりかはましだ。

 治療を終え、マーガレットが一安心していると、あの「カアカア」という鳴き声が聞こえてきた。マーガレットの背後にはいつの間にかネモがいた。

 

「ネモ! 探したんだよ」

 

 マーガレットはネモを抱きしめようとする。しかし、ネモはマーガレットの腕をすり抜け、彼女のローブを咥えて引っ張り始めた。

 

「ネモ、どうしたの?」

 

 鴉はなにも答えない。力の限りを尽くして飼い主のローブを引っ張るだけである。しかし、たった一羽の鴉には飼い主を動かせるほどの力などあるわけがなかった。

 

 月が雲で隠されたのか、急にあたりが暗くなる。ユニコーンは怯えたようにいななきを上げ、森の奥へと走っていってしまった。それに、ずっと自分のローブを咥えていたネモも今は「ガアガア!」と威嚇の声を上げている。

 マーガレットはようやくネモがなにをしようと、なにを伝えようとしていたのかを理解した。早くここから、この危険な森から逃げろと伝えていたのだ。

 

 マーガレットは杖を握りしめ、ネモの視線の先を見る。そして、全身をマントで包み隠した黒い影の姿を見つけた。

 

「なにをしているのですか!」

 

 マーガレットはゆらゆらと近いてくる黒い影に杖を向けた。影が一歩、また一歩と近づいてくるごとに周囲の空気が重く、冷たくなっていくのを感じる。マーガレットは体がこわばってしまい、蛇に睨まれた蛙のように身動き一つ取れずにいた。

 そんな飼い主を守るため、ネモが影に飛びかかった。地面を力いっぱい蹴り、黒い翼を大きく広げる。しかし、赤い閃光を胸に受け、ネモは地面に墜ちた。

 

「ネモ!」

 

 黒い影はいつの間にか杖を抜き、それをマーガレットに向けて突き出していた。影は杖を構えたまま、少しずつ間合いを詰めてくる。

 ネモを射抜いた赤い閃光。その見た目と効果から、あれはおそらく失神呪文だったのだろう。しかし、呪文のようなものは聞こえなかった。ということは無言呪文だろうか。

 マーガレットの恩師もよく使ってはいるが、あれはかなりの経験を積んだような魔法使いでなければ実戦で使いこなせないような技術。それを、目の前の黒い影はいとも簡単にこなしてみせた。

 

 マーガレットは恐怖を感じていた。まだ若く、経験も浅い彼女がたった一人で立ち向かっていい相手ではないと、早く逃げろと本能が警告を発する。しかし、ネモを置いていくことはできない。

 震える杖腕を左手で支えながら、マーガレットは影に杖を向けた。

 

「——武器よ……(エクスぺリ……)

 

 マーガレットが呪文を唱え終わるよりも早く、紅い閃光が飛んできた。腕に鈍い痛みを感じ、マーガレットをマツの杖を落としてしまう。いくら自分が魔法使いだと、戦うために(守るために)魔法を使うことができるといっても、それをコントロールするための杖がなければ元も子もない。

 マーガレットは地面に転がる杖に手を伸ばした。しかし、いつの間にか足縛りの呪いをかけられていたらしく、両足がぴったりとくっつき思うように動けない。バランスを崩し、マーガレットはそのまま地面に倒れ込んだ。

 

「どうして、こんなことを……」

 

 再び月が出てきた。しかし、影は目深にフードを被っていて、マーガレットを見下ろすその顔や表情はよくわからない。ただ、杖も奪われ、立ち上がることもできない無力な女に杖を突きつけるのみである。

 

 しかし、マーガレットはその杖に見覚えがあった。先ほどまでは薄暗くてよくわからなかったが、月明かりに照らされた今ならわかる。

 ツタが巻きついたようなデザインの黄褐色(ハンノキ)の杖——それはマーガレットが自分の杖の次に馴染みのある杖といっても過言ではない。その杖の動きを見て、彼女は杖の振り方を学んだ。そして、その杖の持ち主は——。

 

「……先生。先生、なんですか?」

 

 マーガレットは震える声で呟いた。

 

 どうか自分の見間違いであってほしい、勘違いであってほしい。これはなにかの間違いなのだ。これは悪い夢なのだ。心の中で何度も自分に言い聞かせる。

 しかし、彼女の願いは脆くも崩れ去った。

 

「気づかれましたか」

 

 それはマーガレットもよく聞き慣れた声だった。

 

「嘘……。そんな、噓ですよね」

「嘘?」

「だって、先生がこんなことするはずが……」

 

 男は呆れたようにため息をつく。

 

「ミス・マノック、君は私の声も思い出せないと?」

 

 マーガレットは必死に首を横に振った。彼女がずっと慕い続けていた人物とネモを昏倒させ、自分に呪いをかけたこの人物の声が同じことくらいわかっている。でも、だからこそ、その事実をマーガレットは認めたくないのだ。

 

「気づかれた以上、隠す必要もありませんか」

「そんな……。そんな……」

 

 影をゆっくりとフードを脱いだ。グレーの瞳が月明かりを受けて怪しく輝く。

 

「クィレル、先生……」

 

 絶望に染まったマーガレットの顔を見て、クィレルはわずかに口元を歪めた。ターバンを巻いていないからか、それともその軽薄な笑みのせいか、マーガレットにはこのクィレルが彼女の知るクィレルとはまるっきり別人のように見えていた。

 

「どうして、ですか?」

「どうして? どうして自分がこんな目にあわなければならないのか、と?」

 

 クィレルはマーガレットの杖を拾い、指でくるくると弄ぶ。杖を奪われ、ネモも意識を失っている以上、マーガレットはどうすることもできなかった。ただ、怯えた瞳でかつての恩師のことを見上げる。

 

「それは……君()()が私の邪魔をするからですよ」

 

 未だに動かないネモのことを一瞥し、クィレルはこう続けた。

 

「近頃はあの鴉にずっと監視されて、ずいぶんと動きにくかったよ。ご主人様もあれには大層腹を立てていらっしゃった。あぁ、そうか。ならば、今ここで殺してやってもいいのか。ユニコーンを殺すより、余程簡単だ」

「やめてください! ネモは、ネモは関係ありません!」

 

 クィレルはちょっとした冗談のつもりだった。しかし、マーガレットはそれを本気と受け取ってしまったらしく、すっかり顔を青くしていた。

 ネモはなによりも大切な彼女のペットだ。マーガレットが七歳になった日に生まれ、それからずっと同じ時を過ごしてきた妹のような、いや、もはや彼女の半身のような存在である。だからこそ、誰であろうと——それがかつての恩師であろうと——ネモを傷つけさせるわけにはいかないのだ。

 

「関係ないと? あの鴉は今夜も私のあとを追ってこの森までついて来た。その挙句、飼い主である君まで来た。マノック、君がそう命じたのでは? ダンブルドアかスネイプにでも頼まれたのかもしれませんが、そうやって私たちの動きをあの鴉に探らせていたのでしょう?」

 

 たしかに、ここ最近はネモが勝手にどこかに行っていることも多かった。しかし、そのネモがクィレルのもとにいたことも、それにクィレルがなにか企んでいるらしい——それも、校長たちをも敵に回すようなホグワーツにとって害ある企み——ということもマーガレットは今、知ったのだ。

 

「わたしは、わたしはただネモを探して……。ネモがどこでなにをしていたかなんて、わたしも初めて知ったんです」

「だから、自分はなにも知らないと? このことはすべて偶然だと?」

 

 マーガレットは小さく頷いた。だって、それが事実なのだから。

 しかし、クィレルは納得していなかった。杖をネモに向け、真実を吐けと脅す。

 

「そう信じろと? あの鴉が君の右腕のような存在だということは、私もよく知っている。それに、ずいぶんと利口に君の指示を聞くことも。君以外に、誰があの鴉に命令を出せる!」

「でも、本当に! 本当に知らないんです!」

「もういい」

 

 その時、マーガレットのものともクィレルのものとも違う声が聞こえた。そう遠くない、むしろかなり近くから聞こえたはずなのに声の主の姿はどこにも見当たらない。

 

「誰、誰ですか?」

「クィレル、その小娘を少し痛めつけてやれ。そうすれば、口を割るだろう。その方法は——お前もわかっているはずだ」

「しかし、ご主人様——」

 

 クィレルの顔に緊張が走った。しかし、謎の声は愉快そうに喉を鳴らして笑う。

 

「その小娘を負かしてやりやったのだろう。自分の方が強いと、自分の方が優れていると見せつけてやりたかったのだろう。ならば見せてやれ。闇の魔術でもって、お前の実力をしめしてみろ」

 

 クィレルは杖をぐっと握りしめた。そして、杖先をまっすぐマーガレットに向ける。

 

「そうでした。私は、彼女に勝ちたくて——」

「先生、わたしは——」

「——苦しめ(クルーシオ)!」

 

 刹那、マーガレットの全身に激痛が走った。華奢な女性のものと思えないような叫び声を上げ、彼女は地面に倒れ伏す。視界が歪み、まともに呼吸すらできない。一瞬だけだったとはいえ、それでも死んだ方がましだと思わせるには十分な痛みだ。

 

「ははは。なにが監督生だ、なにが首席だ、なにが最年少教授だ。こうして、私には手も足もでなかったのに!」

 

 苦しそうに喘ぐマーガレットの姿を見て、クィレルは高笑いした。より強い魔法使いは、より優れている魔法使いは彼女ではなく自分なのだとようやく証明できたのだ。

 しかし、そうやって笑えば笑うほど、なぜだか涙が頬を濡らしていた。

 

「あぁ、そうか。いくら君が優秀な魔女でも、この杖がなければなにもできないのは当たり前か」

 

 クィレルはマーガレットを抱き起こし、その右手にマツの杖を握らせる。これで反撃でもしてみろということなのだろうが、マーガレットの口からはヒューヒューと音がするばかりでとてもではないが呪文を唱えられるような状況ではなかった。

 

「あれだけで根をあげるとは。クィレル、おまえが妬み嫉んだ女は所詮この程度でしかなかったようだな」

「はい……」

「しかし、これでは話も聞けないな。まあ、よい。ここまで弱っているのなら、簡単に記憶をのぞき見ることもできるだろう。クィレル、わかっているな」

 

 クィレルは黙って頷いた。マーガレットの顎を持ち上げ、顔をのぞき込む。恐怖で見開かれた青い瞳に赤い目をした男の姿が映り込んだ。

 

「——開心(レジリメンス)!」

 

 マーガレットはあの心臓をぎゅっと掴まれるような感覚を再び覚えた。しかし、今回はそれだけでない。マーガレットの頭の中で数々の記憶が走馬灯のように浮かんでは消えていった。ネモを探し、森に足を踏み入れた瞬間のことや三頭犬を見た日のこと、それからクリスマスにチェスで負けてしまった時のことなど記憶はどんどん遡っていく。

 その間、マーガレットはされるがままであった。記憶を、心を読む魔法に抵抗するすべなど彼女は知らなかったのだ。

 

「……本当になにも知らなかったのか」

 

 開心術はマーガレットが本当になにも知らなかったということ——つまり、ネモに指示も出していなければ、ダンブルドアともスネイプとも繋がっていないこと——の証明にしかならなかった。

 膨大な量の記憶を見て疲れたのか、クィレルは軽く目を閉じて頭を休ませている。マーガレットは彼が自分を見ていないことを確かめ、視線だけを動かして地面に横たわるネモのことを見た。

 今なら、ネモだけでも逃がしてやることができる。そう確信し、マーガレットは杖を握りなおす。

「——蘇生せよ(リナベイト)!」

 

 少し声がかすれていたが、それでもマーガレットは呪文を唱えることができた。ネモは目を覚ますと一瞬だけ飼い主のことを見た。そして、次の瞬間には力強く地面を蹴り、黒い羽を大きく広げて空へと飛び立った。

 ネモが逃げたことに気づき、クィレルもすぐさま失神呪文を放つ。しかし、ネモはその追撃をすべてかわし、ホグワーツ城に向けて飛び去った。

 

「マノック……」

 

 クィレルはマーガレットを地面に押さえつけ、馬乗りになった。杖を首筋に当て、もう片方の手で相手の杖腕を押さえつける。男性と女性、体格の差も力の差も明らかであり、こうなってしまったらマーガレットにはなすすべもない。

 

「鴉だけを逃がして、君は逃げそびれたか」

「いいえ。ネモだけを逃がせればいいと思ってやりました」

 

 首筋に杖を押しつけられ、マーガレットは呻き声を上げた。

 

「たかが鴉のために、自分はどうなろうとかまわないと?」

「……はい」

「小娘、ならば貴様の望むとおりにしてやろう」

 

 謎の声が愉快そうに言う。

 

「クィレル、小娘に忘却術をかけろ。今夜のことはすべて忘れさせてしまえ」

 

 忘却術と聞き、マーガレットの顔に恐怖が広がった。

 

「先生、それだけは……それだけは、やめて」

 

 磔の呪いをかけられることも覚悟していた。この場で殺されることも覚悟していた。しかし、再び記憶を失う覚悟だけはできていなかった。

 

「お願いです。今夜のことは、絶対に、誰にも、言いませんから……」

 

 マーガレットの見開かれた目から涙があふれ落ちる。

 

「だから、わたしから、わたしから記憶を奪わないで……。もう、あんな思いは——」

「——忘れよ(オブリビエイト)!」

 

 

 

 青い目の鴉に導かれて禁じられた森へとやってきたホグワーツの森番が意識を失っている女を見つけたのは、それからしばらくしてからだった。




独自解釈、独自設定、独自展開となんでもありな本作ですが、最大の改変はクィレル先生の闇落ち理由を「みんなを見返してやりたい」から「たった一人のかつての教え子を見返してやりたい」に変えたところだと思います。
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