——マーガレットは夢を見ていた。
宙に浮かぶ何千ものろうそく、きらきらと金色に輝く皿とゴブレット。それから天井に広がる満点の星空。
忘れるわけがない。これは入学式の日、つまり少女が初めてホグワーツに足を踏み入れた日に見た景色だ。少女は青い瞳を大きく開き、その神秘的で感動的な光景を目に焼きつけていた。彼女が胸に抱いた鴉も飼い主と同じようにどこまでも続いていそうな夜空を見上げている。
いったいなにが始まるのだろうと少女が胸を高鳴らせていると、エメラルド色のローブを身につけた魔女が四本脚のスツールと継ぎ接ぎだらけのとんがり帽を新入生たちの前に置いた。
先ほどまでは少女と鴉のことをジロジロと見ていた同級生たちも、今はそのおんぼろ帽子に好奇の視線を向けている。それに、上級生も先生も、広間にいる誰もがその帽子のことを見つめている。
少女がごくりと唾を飲み込むと、帽子が突然歌い始めた。比喩でもなんでもなく、本当に帽子が歌い始めたのだ。少女は驚き、まるで人間の口のように動いている帽子の破れ目を凝視していた。
歌う帽子は自らのことを「組分け帽子」と名乗り、その考える帽子を被ることで君の行くべき寮を教えようと歌い上げる。帽子が歌い終わると、大広間にいる誰もが拍手喝采した。もちろん少女も手が赤くなるまで拍手をしていた。
拍手がまばらになってくると、エメラルド色のローブの魔女が長い羊皮紙の巻紙を手に、一歩前に進み出る。
「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子を被って椅子に座り、組分けを受けてください」
いよいよ組分けの儀式が始まろうとしていた。
エメラルド色のローブの魔女が一人目の生徒の名前を大きな声で読み上げる。すると、眼鏡をかけた少年がロボットのように手と足を同時に動かしながら前に出てきた。彼は椅子に座り、帽子を目が隠れるほど深く被る。すると、一瞬の沈黙の後に帽子は「レイブンクロー!」と叫んだ。
レイブンクローのテーブルから拍手と歓声が上がる。緊張気味だった少年は青いローブの一団に迎えられほっとした様子で彼らと同じテーブルに着いた。
Aが終わればB、Bが終わればCと次々に名前が呼ばれ、ハッフルパフ、スリザリン、グリフィンドールと生徒たちは続々と組分けされる。
そのように儀式が着実に進むなか、少女はある人物を探していた。
この大広間には組分けの儀式を見届けるためにホグワーツの生徒と教職員たちが集まっている。ということは、少女に入学証を渡しに来たり、ダイアゴン横丁で一緒に入学の準備をしたりしてくれたあの青年もこの場にいるはずだ。
そして、少女の予想どおり新任のマグル学助手も上座の教職員テーブルに座っていた。彼はテーブルの一番端から組分けの様子を見ていたが、少女の視線に気がつくと少々ぎこちない笑みを浮かべ、小さく手を振ってくれた。少女は彼が自分のことを憶えていてくれたのだと嬉しくなる。
「マノック、マーガレット!」
ついに少女の名前が呼ばれた。少女はぎゅっと鴉を抱きしめ、小走りで前に出る。椅子に腰掛けると、エメラルド色のローブを着た魔女によって帽子を深く被せられた。目の前が真っ暗になる。
「これは、これは」
低い声が少女の耳の中で聞こえた。少女は直感的にこれが帽子の声だと気づく。
「なんと、なるほど。いや、これは面白い。こんなのは初めてだ! 君には記憶がない、なにも憶えていない。言うなれば、君は空っぽになってしまったのか。だから、それを埋めようと貪欲なまでに知識を求める。そんな君には、あの知識の塔こそがふさわしい!」
「あの知識の塔こそがふさわしい」と言われ、少女は嬉しくなった。帽子が「レイブンクロー!」と叫ぶ瞬間を今か今かと待つ。
「ゆえに君は——。いや、しかし——」
急に帽子が唸り出した。少女は急に不安になって、鴉ごと自分の体を強く抱きしめる。
「君には勇気がある。それは自分を犠牲にしてでも大切なものを守り抜こうとする勇気だ。だからこそ、君をグリフィンドールに入れるべきなのかもしれない。しかし、君ほど意欲的な者をレイブンクローに入れられないのは……」
帽子は迷っていた。この少女をレイブンクローに入れるべきか、グリフィンドールに入れるべきか。
一方、少女も悩んでいた。たしかにレイブンクローの生徒にはなりたい。だが、グリフィンドールも悪くないとは思うのだ。
少女は母の言葉を思い出す。母は「あなたのパパはとっても勇気のある人だった」と言った。そう、少女の父親は
しかし、行きの汽車の中でロウェナ・レイブンクローのカードを手にしたときの興奮を少女は忘れることができなかった。
「君はどうしたい? 君はどうなりたい?」
帽子が問いかける。君はどんな人物になりたいのか、と。
少女のなりたいものは決まっている。それは、父のような人だ。父のように賢くて、父のように優しくて、そして自分の命を守ってくれた父のように勇敢な魔法使い。
しかし、少女は父のことを憶えていない。だからこそ、その父のような人というのがよくわからない。どんなふうに賢くて、どんなふうに優しくて、どんなふうに自分の命を守ってくれたのか。
——わたしは……。わたしは——。
そして、少女は思い出した。自分の知らないことをなんでも教えてくれるくらい賢くて、記憶がないことをいつかきっと思い出せると励ましてくれるくらい優しくて、自分がこけて頭をぶつけそうな時に魔法で守ってくれた頼れる大人のことを。
少女は思う。わたしがなりたいのはあの魔法使いのような人なのだ、と。
——わたしはレイブンクローがいい。クィレル先生と同じレイブンクローがいい。
少女は確信を持って帽子に思いを伝える。
「よろしい。それならば君は——レイブンクロー!」
少女は帽子が最後の言葉を広間全体に向かって叫ぶのを聞いた。彼女が帽子を脱ぐと、拍手が巻き起こる。青いローブをまとった一団は大歓声を上げ、少女を自分たちのテーブルに招く。
少女が席に着くと、「あんなに長い組分けは初めて!」とか「おしい、あと少しで君も
ずっと抱きかかえていたネモを膝に下ろし、少女は上座のテーブル——の一番端の席を見た。どうやら彼も少女のことを見ていたようで二人はすぐに目が合った。彼も少女がレイブンクローに組分けられたことを喜んでくれているようで、少女の顔を見るとふっと微笑む。
その笑顔が写真の中でしか見たことがない父の表情とどこか似ているような気がした。
——
この日、少女は魔法界で新たな夢を見つけた。
長い眠りから目覚め、マーガレットが最初に見たものは自身のことを凝視している一対の青い瞳だった。彼女は記憶の糸を手繰り寄せ、それが誰のものであるのかを思い出す。
「……ネモ?」
マーガレットが名前を呼ぶと、ネモは彼女の顔に頭をすり寄せた。飼い主の頬に何度も触れながら、ときおり嬉しそうに喉を鳴らす。それはマーガレットの無事を確かめているかのようでもあった。
「おはよう。今日は甘えん坊さんだね。あれ? この匂い……」
マーガレットは微か消毒液の香りが漂っていることに気がつく。どういうわけか、私室ではなくて医務室のベッドの上で眠っていたようだ。起き上がろうとするが、右肩に包帯がきつく巻かれていて思うように体を動かせなかった。
彼女は枕に頭を沈めたまま、どうして自分がここにいるのかを考える。寝起きで思考はぼやけていたが、それでも彼女は意識を失う前になにがあったのかをすぐに思い出した。
幸か不幸か、今度の彼女は記憶を失っていなかった。
「わたし、あの時……。そうだ。わたしには、まだ——」
まだ伝えられてない言葉がある。マーガレットは飛び起きた。身体にかかっていたブランケットがベッドからずり落ちる。
だが、片足を下ろしたところでマーガレットは動きを止めた。視線を感じ、ゆっくりと後ろを振り返る。彼女の目線の先には立派なひげを蓄えた老魔法使いがいた。
「おはよう、マーガレット」
「……ダンブルドア校長?」
「ずいぶんとよく眠っていたのう」
ダンブルドアは柔和な笑みを浮かべている。
「その顔はあまりぴんときていないようじゃな。君は一週間ほど眠っていたのじゃよ」
「一週間も?」
「そのとおり、一週間じゃ。おぉ、そうじゃ。長く眠っていたのじゃから、君もお腹が空いているのでは? 一ついかがかな?」
そう言って、ダンブルドアは五角形の箱を差し出した。一度しか買ったことがないが、マーガレットもその特徴的な箱には見覚えがある。
「これはハリーが君のお見舞いで来た際に置いていったものじゃ。わしもロンドンまで行っていたのじゃから、君が前に教えてくれたビスケットでも買ってこれたらよかったのじゃが」
「あの、校長はどうしてここに? その、私が目を覚ますのをわざわざ待っていらっしゃったんですか?」
「あぁ、それはじゃな——」
ダンブルドアは蛙チョコレートの箱をサイドテーブルに置いた。そして、彼は腰かけていた椅子を一歩前に引き、真剣な顔をする。
「君が目を覚ましたあと、誰よりも先に話がしたかったのじゃ」
「話、ですか?」
マーガレットの表情が曇る。
「あぁ、でも——。あの、少し待っていただけませんか?」
ダンブルドアの答えを聞くことなく、マーガレットは彼に背を向けた。ネモを抱きかかえ、ベッドから立ち上がる。
一週間も眠ってしまっていたのだ。だから、なおさら急がなければならないと彼女は思っていた。
「その、先にどうしても行かないといけないところが——」
「マーガレット、そう急ぐこともなかろう」
「ですが……」
「君はクィリナスに会いたいのじゃろうが、それはできぬ」
マーガレットは静止する。
「……どうしてですか?」
「もうここにクィリナスはおらんのじゃよ」
彼女は以前にもそのような言葉を聞いたことがあった。あれはたしか、今日のように病院のベッドで横たわっていた時だ。「あなたのパパはもういないの」と口にする母の目は赤く腫れていた。
「もういない? わたし、
マーガレットは目の前が真っ暗になるような思いだった。ひどい虚脱感に襲われ、前に進むことも立ち続けることもできなくなる。
「あの、クィレル先生は……。その、まさか——」
ベッドに腰を下ろし、マーガレットは言葉を詰まらせた。顔もすっかり青ざめている。
「……そうか。やはり
マーガレットはネモを抱いたまま、不安そうに頷いた。すべてではないものの
だが、不安を募らせるマーガレットとは対照的にダンブルドアは非常に落ち着いた様子だった。椅子から立ち上がり、ゆったりとした動作で床に落ちたブランケットを拾い上げる。そして、それを折りたたみ、マーガレットの膝の上にかけると彼は静かに口を開いた。
「わしの言い方がよくなかったようじゃ。マーガレット、よく聞いてほしい。クィリナスは生きておる」
マーガレットはゆっくりと顔を上げる。虚ろな青い瞳に再び光が灯った。
「本当、ですか?」
期待と不安の入り混じった視線を浴びながら、ダンブルドアは首を縦に振る。
「よかった……。その、よかったです……」
マーガレットの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「生きているなら、
「そうじゃな……。今はもうホグワーツにはいないとしか伝えることができぬのう」
「それは……」
「クィリナスはもうホグワーツの教師ではない」
ダンブルドアを見上げるマーガレットの顔にかげりが差す。
「一年前、彼はアルバニアの森の中でヴォルデモートと出会い、その強大な力に飲み込まれてしまった。そして、ヴォルデモートのために『賢者の石』を手に入れようとし、その過程で生徒たちや君のことを傷つけた。クィリナスは……許されざることをした」
マーガレットは黙って聞いていた。彼女の頭の中であの夜の出来事が走馬灯のようによみがえる。
「あのようなことがあった以上、クィリナスにホグワーツの教師を続けてもらうわけにはいかないのじゃ。そのことは君もわかってくれるかのう」
自分はともかく、ハリーのような生徒にまで危害を加えようとしたことは、あるべき教師としての姿と真っ向から反していた。それがずっと慕っていた恩師だったとしても、その過ちを見過ごしてはいけないことは彼女だってわかっている。だが、彼女は頷くことができなかった。
「マーガレット?」
「それなら……クィレル先生だけでなく、わたしも教師を続けるにはふさわしくない人間だと思います。あの夜、わたしが未熟な魔法使いであったばかりにミスター・ポッターを危険にさらしてしまいました。それに、あれだけ先生のおそばにいようとしながら、わたしは先生の身に起こっていたことになにも気づきませんでした。ホグワーツに危機を招いた一因はわたしにもあると思うんです」
マーガレットは静かに目を閉じ、審判の時を待つ。だが、ダンブルドアは険しい表情でマグル学教授のことを見つめていた。
「マーガレット、君の生真面目さや正義感の強さというのはわしも評価しているつもりじゃ。しかし、その意見は本当に君のそういった部分からきているものかのう? それは
その言葉がマーガレットの胸にぐさりと突き刺さる。思えば、彼女はいつも
「わたしはただ……。その、わたしは
マーガレットの瞳が揺れる。
どうしてレイブンクロー生になることを望んだのか、どうしてマグル学の教師になることを選んだのか。それは父のようになりたかったから? それとも、恩師のようになりたかったのか?
それがもう自分自身でもわからないほど、彼女は父への憧れと恩師への尊敬を重ね合わせていた。
「どうやら、わしらは少々思い違いをしていたようじゃ」
「その、ごめんなさい。あの、わたし……」
「君が謝ることではない。君の真意に誰も、それこそ君自身も気づけなかっただけじゃ」
そう言って、ダンブルドアは自慢の白髭を撫でた。
「実はじゃな、わしは君がクィリナスに好意を抱いているものじゃとつい最近まで思っておった」
「……好意ですか?」
マーガレットは困惑の表情を浮かべる。好きか嫌いといえば、クィレルのことはもちろん好きだ。マーガレットはかの教師のことを敬愛している。
「その、わたしは先生のことをお慕いしています。だから、わたしが先生に好意を持っているのというのは思い違いではないのでは……」
「たしかにそのとおりなのじゃが、わしが言いたかったのは……君とクィリナスが恋愛関係にあるということじゃ」
「わたしと先生がその、恋愛関係?」
マーガレットは口をぽかんと開けていた。彼女の腕の中でネモも同じように口を開けている。
「君はクィリナスによく懐いておったからのう。君にそういう考えはなかったのじゃろうが、周りからはそう見えていたのじゃ」
「あの、ダンブルドア校長以外にもそう考えていた方がいらっしゃるんですか?」
「そうじゃな、少なくともミネルバやフィリウスはそう思っていたようじゃ。おぉ、そうじゃ。それから、この手の噂話はわしら教員よりも生徒たちの方がよく知っているのじゃった。……その驚きようだと、君の耳にまでは届いてなかったようじゃがな」
「あの、その、まさか生徒たちにはわたしと先生が恋人同士だと思われていたんですか!」
ダンブルドアは頷いた。その瞬間、マーガレットの顔が赤く染まる。
「君たちに関する噂はずいぶんと前からあってじゃな。噂されている君にとっては不愉快かもしれぬが、そのおかげで『秘密』を守ることができてのう」
ダンブルドアは声を落とした。この医務室にはマーガレットとネモとダンブルドアしかいないのだが、それでもこの話を他人に聞かせるつもりはないらしい。
「ヴォルデモートの手先であったクィリナスが『賢者の石』を狙い、その野望をハリーと君が打ち砕いたというのがあの夜のできごとじゃ。わしはこのことを『秘密』にしておきたのじゃが、マーガレットも知ってのとおり、このホグワーツで秘密ということはつまり、学校中に知られてしまうということじゃ。じゃから、
ダンブルドアは右手の人差し指を立てた。
「一つ目はハリーが『賢者の石』を守ったという噂。『石』を奪うため、何者かがホグワーツを狙っていた。ハリーはその計画にいち早く気づき、友人とともに立ち上がった。その結果、
今度は中指を立て、ダンブルドアは話を続ける。
「二つ目の噂じゃが、これはハリーたちの活躍の同日同時刻にあったこととされている。ある一組のカップルがずいぶんとひどい喧嘩をしてのう。二人とも医務室送りとなり、先に目を覚ました方がホグワーツから去ることを決めたそうじゃ。生徒たちはその喧嘩の理由を女教諭が大事にしていた菓子を彼氏の方が勝手に食べたからだの、にんにくの臭いに耐えられなくなっただの好き勝手言っておるが……。マーガレット、君はなにか知っておるかね?」
「いえ……。その、考えておきます。ですが、本当にそんな
「人というのは適当なもので、より楽しく、より面白いのならばそれが偽りの物語であっても満足してしまうのじゃよ。とくに心躍るような英雄譚と他人事の悲恋はいつの時代も受けがよくてのう。この噂話の真実を知っているのは当事者たちと一部の教員くらいのものじゃ」
マーガレットはマグル学の講義で噂話の有用性についても触れたことがあったが、まさか自身の秘密を隠すために使うことになるとは思ってもみなかった。
「とはいえ、クィリナスの罪が消えるわけではない。彼は自分の犯した罪と向き合う必要がある。だから、君に彼がどこにいるのかを教えることはできない。理解してくれるかな?」
マーガレットはネモのことをぎゅっと抱きしめて頷いた。
「ホグワーツを離れる前、クィリナスはすべてを話してくれた。じゃから、彼の身になにがあったのか、なにを思ったのかをわしが君に話すこともできる。じゃが、それらのことは彼自身が伝えるべきだとわしは思う」
「それは、つまり……」
「つまりはそういうことじゃ。いずれは君たちを会わせたいと思っておる。マーガレット、クィリナスは生きている。死んでなどおらん。
マイケル・マノックのようにクィリナス・クィレルもマーガレットの前から姿を消した。しかし、彼は生きている。死によって二度と会えなくなってしまった父とは違う。
そんな単純なことにマーガレットはようやく気がついた。
「時間はかかるかもしれないが、クィリナスは必ず帰ってくる。だから、どうかその時がくるまで待っていてくれんかのう」
その時がすぐに訪れるのか、それともうんと先になるのかなど、マーガレットにはわからない。けれど、いつかまた会えるのならば待てない理由などなかった。
父のように死に別れてしまったわけでも、記憶のようにいつになっても戻らないわけでもない。だって、あのアルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアが「必ず帰ってくる」と言ったのだ。
「待つのは、なれています。だって、もう十年以上は記憶が戻るのを待っているんですから。それに比べたら、きっと先生を待っているのだなんてあっという間です」
光を取り戻した青い瞳がきらりと輝く。その様子を同じ色の瞳がじっと見上げていた。
「だから、もうしばらくマグル学の教授を続けさせてください。その昔、クィレル先生が戻ってきてくださるその日までマグル学教室で待っているとお約束したんです」
——「賢者の石」編、閉幕。
大変お待たせいたしました。前回の投稿から二ヵ月近く過ぎ、ようやく「賢者の石」編を完結させることができました。遅筆家の私ですが、まずはここまで書くことができたのはひとえに感想や評価など読者の皆様の温かい反応があったからだと思います。本当にありがとうございます。そして、これからも応援していただけると嬉しいです。
さて、今回のあとがきでは主人公(マーガレット)について語らせていただければと思います。
所々匂わせていたので気づいた方もいらっしゃるかもしれませんが、彼女のモデルはゲーテの『ファウスト』に登場する「マルガレーテ(グレートヒェン)」です。名前もドイツ語の「マルガレーテ」を英語の「マーガレット」に変えただけという案直っぷり。オリジナルのマグル学教授とか、魔法使いの親を亡くした“マグル育ち”の魔女といった設定よりも一番最初に決まったのが彼女の名前でした。
というのも、本作は原作一巻で早々に退場してしまうクィレル教授を救済したいと思いから始まりました。そのため、どうすれば彼を生かすことができるだろうかと頭を悩ませていましたが、そのなかでクィレル教授はファウスト的な人物であるのだと思うようになりました。果てしない知識を求め、自身の魂を引き換えに悪魔(卿は悪魔ではないのですが)と契約を交わし、最終的には破滅してしまうところとか。
なら、ゲーテ版『ファウスト』にならって「永遠に女性なるもの」をぶつければよいのでは? と思ったのが主人公マーガレット誕生のきっかけです。そのため、マルガレーテ(グレートヒェン)をベースに、年上の賢い男性を恋い(?)慕う女性キャラクターという主人公像ができあがりました。もっとも、マーガレットには兄妹がいなかったり、恋仲になって云々といったことがなかったり、子殺しはしていなかったりと元ネタとは異なる部分の方が多いのですが……。
マーガレットは物語においても、また作者にとっても都合のいいキャラクターではありますが、それもまた自身が破滅に導かれてもなお、かの博士を許し、愛し続けた少女のオマージュだと思っていただけるとありがたいです。
長々と語らせていただきましたが、これにて今回のあとがきは終了です。冒頭でも書いたように「賢者の石」編は完結、次話からは「秘密の部屋」編! といきたいところなのですが、その前に幕間の物語として前日譚を書こうと思っています。本編はずっと主人公視点でしたので今度は——。
なかなか進まない本作ですが、原作二年目開幕までもうしばらくお付き合いいただけると幸いです。それでは、また。