マグル学教室へようこそ   作:BellE

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幕間4 誰でもない【後編】

 マグル学教授で別れを告げてから、クィレルは徹底的にマーガレットを避けるようになった。日々の講義が終われば部屋にこもり、食事の席にも顔を出さないようにした。

 ヴォルデモートはクィレルがマーガレットを追及しないことが面白くなかったようで、事あるごとに罰を与えた。だが、その身体の痛みはかつての教え子に手を上げてしまったことへの心の痛みに比べればどうということはない。

 

 とはいえ、クィレルの精神は着実にすり減っていた。それに、命を長らえさせるユニコーンの血も口にすることもできていない。

 クィレルは自分の限界が近いことを悟っていた。だから、ヴォルデモートが「今度こそ『賢者の石』を手に入れろ」と命令を下したときには、失敗すれば自分に先はないことも気づいていた。

 

 

 

 禁じられた廊下に向かって、クィレルは夜の校舎を歩く。この日のため、偽の知らせでダンブルドアをホグワーツから追い出した。それに、他の教授たちも今頃は試験の採点に追われているか、眠っているような時間だ。

 彼の邪魔をするものはいない。少なくとも、禁じられた廊下にたどり着くまではすべて順調に進んでいた。そう、あの黒い影を見るまでは。

 

「今度はなんのつもりですか?」

 

 青い目の鴉はクィレルがやって来るのをじっと待っていた。

 

「いや、聞いたところで答えられないか」

 

 禁じられた森での一件もあるため、ネモの行動は気になる。だが、近くに飼い主がいる様子もないし、一羽の鴉にできることなど限られている。

 それに、今は一刻も早く賢者の石にたどり着かなければならない。だから、クィレルにはネモにかまっている余裕などなかった。

 

「君が言葉を話せたら、最後に一つ伝言でも頼めましたが……。あぁ、これで君と会うことももうないでしょう」

 

 解錠呪文で扉を開け、三頭犬の待つ部屋へと足を踏み出す。そして、もう一度だけ背後を見た。

 ネモは飼い主とよく似た青い目でクィレルのことを見つめている。

 

「さようなら、——」

 

 クィレルの言葉を打ち消すように、ネモは力強く鳴いた。

 

「誰を呼ぶつもりですか? 君のご主人様も今頃は夢の中でしょう?」

 

 クィレルは杖を構える。だが、ネモは逃げようともしない。

 

「ネモ、私の邪魔をしないでくれ。今更だということはわかっている。でも、もう君たちのことを傷つけたくはない」

 

 クィレルの頼みを聞いてもなお、ネモは「カーカー」と鳴き続ける。

 

「クィレル、とっと片づけろ」

 

 ヴォルデモートの怒気をはらんだ声が頭に響いた。

 

「許してほしいとは言いません」

 

 クィレルは足元に向けて失神呪文を放つ。しかし、ネモはその赤い閃光を軽い動作でかわし、もう一度「カーカー」と鳴いた。

 「行くな」と「戻れ」と言われているような気がする。

 

「私にはもう戻れる場所など……」

 

 青い目の鴉はぺたんと床に座り込んだ。そして、クィレルのローブの裾をくちばしで咥えたまま放さない。

 

 もしかして、この大鴉(レイブン)は飼い主の思いを伝えようとしているのだろうか。そんな考えがクィレルの頭をよぎる。

 

「愚か者め、たかが鴉になにをぐずぐずしている。早くしろ」

「申し訳ございません、ご主人様。すぐに」

 

 いや、そんな都合のいい話があるわけない。

 

「——麻痺せよ(ステューピファイ)!」

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 クィレルがハリーに向けて放った赤い閃光はマーガレットの胸を射た。青い瞳から一筋の涙を流し、彼女は冷たい床に崩れ落ちる。

 

「先生! マノック先生!」

 

 ハリーが駆け寄るが、マグル学教授は完全に意識を失っていた。体をどんなに揺すっても彼女は目を覚さない。

 最愛のペットの声もマーガレットにはもう届いていなかった。初めは何度も飼い主への呼びかけをしてたネモも今は口を閉ざし、ただ彼女の顔だけを見つめている。

 

 一方、マーガレットに失神呪文をかけた張本人であるクィレルはひどく動揺していた。

 彼女の右肩を裂き、杖を握れなくしたのは、かつての教え子に無駄な抵抗をさせないため。いわば、これ以上は傷つけないためであった。

 

「クィレル、おまえも死の呪いの使い方はわかっているであろう?」

「……はい」

 

 だが、マーガレットは自らを犠牲にすることを厭わなかった。

 

「申し訳ありません。ご主人様、お許しください」

「さっさと殺してしまえばいいものを」

 

 逃げることも、抵抗することもできないマーガレットを殺すのは容易いことだろう。

 きっとご主人様の気分ひとつで自分は彼女を殺さなければなくなる。クィレルはそう思った。

 

「まあいい。小僧、あとはお前だけだ。もうおまえを守ってくれる先生はいないぞ」

 

 だが、幸いにもヴォルデモートの関心は賢者の石にある。ならば、あの石さえ手に入れればご主人様は少しでも気をよくしてくれるかもしれない。

 

「さあ、『賢者の石』を俺様に渡せ」

「やるもんか!」

「捕まえろ!」

 

 クィレルは武装解除呪文でハリーの杖を奪い、賢者の石に手を伸ばした。絶対にあの石を奪わなければならない。その一心だっだ。

 だが、ハリーも石を取られてはなるものか、必死の抵抗でクィレルを押し退けようとする。

 

 そうして揉み合っていると、クィレルは自分の左手にひりひりとした痛みを感じた。痛みはどんどんと強くなり、あっという間に左のてのひらが真っ赤に焼けただれる。

 

「手が……私の手が!」

 

 クィレルは混乱していた。いったい、自分の身に何が起きたのかなどさっぱりわからない。なにやら頭の後ろから騒がしい声が聞こえるが、今は構ってなどいられなかった。

 

 それに対し、ハリーは冷静だった。理由はわからないが、彼は敵が自分に触れることができないのだと気づく。そして、この力を使えば敵を退けることができるとも考えた。

 この手で触れればすべてを終わらせることができる。そう思い、一歩二歩と前に踏み出したハリーの肩に白い手がかけられた。

 

「ハリーくん、ここはわたしに任せて」

 

 その声はクィレルにもはっきりと聞こえた。顔を上げれば、少年の背後には“青い瞳の魔女”が立っている。

 

 ありえない。クィレルは真っ先にそう思った。どうして彼女が立っている? 己が放った赤い閃光(失神呪文)はたしかに彼女の胸を射た。だから、彼女だって一度は倒れたのだ。

 なのに、なぜ彼女は立ち上がったのか。なぜあの青い瞳が自分のことを見つめているのか。

 クィレルの明晰な頭脳をもってしても、その謎の答えは見つからない。

 

「もう大丈夫です。ほら、その手も下ろして」

 

 “青い瞳の魔女”は白い歯をのぞかせ、にっこりと微笑む。それはクィレルが今までに何度も見てきたはずの笑顔。

 だが、彼はなにかがいつもと違うように、そして、それが今回ばかりは自分の思い込みではないように感じた。

 

 焼けただれた左手の痛みも、「生き残った男の子」が再び生き残るために抱いた決意(殺意)も、あの“青い瞳の魔女”への違和感に比べたらちっとも気にならない。

 

「わたしはまだ死なないよ」

 

 ()()()の鴉を肩にのせ、“青い瞳の魔女”ははっきりとそう言った。

 

「わたしには守らなくちゃいけないものがある。だから、まだ死ねない。それに……」

 

 “青い瞳の魔女”はしゃがみ、ハリーの顔をのぞき込む。それから、彼女はなにか語りかけていた——クィレルには聞こえなかった——が、しばらくするとハリーの頭を撫でて立ち上がった。

 

「ハリーくん、わたしもあのヴォルデモートが許せない。人の命をなんとも思わず、誰かの大切なものを奪おうとする。だから、わたしはあの男が許せない」

 

 “青い瞳の魔女”は白い杖を握った()()をクィレルたちに向けてまっすぐ伸ばす。

 

「それから、()()()を泣かせる男も許せない。ハリーくん、ここはわたしに託してくれませんか」

 

 そう言って、彼女はまだ涙の筋が残る左頬を拭った。青い瞳の奥で怒りの炎が静かに燃えている。

 それは、クィレルが今まで一度も見たことがないマーガレットの表情だった。

 

「逃がすな!」

 

 ヴォルデモートの声で我に返る。疑念もともに振り払うかのように、杖を大きく振った。

 赤い閃光が逃げるハリーの背中に向かって伸びる。けれど、盾の呪文がそれを阻んだ。

 

「こうして杖を握るのは久しぶりだけど、やればできるものですね」

 

 左手で杖を弄びながら“青い瞳の魔女”はそう嘯く。一方、クィレルはその姿にさらなる違和感を覚えた。

 見間違いか? それとも記憶違いか? いや、そんなはずはない。たしか、マーガレット・マノックの利き腕は——。

 

「小娘、よくも俺様の邪魔をしてくれたな」

「あなた()邪魔? わたしはただクィレル先生とお話がしたいだけなんです。だから、あなた()邪魔の間違いですよ」

 

 “青い瞳の魔女”は白い歯を見せて笑う。しかし、その目は笑っておらず、氷のように冷たい視線をクィレルの背後にある鏡に向けていた。

 “青い瞳の魔女”は表情をコロコロと変える。けれど、そのどれもがクィレルが見たことはないものだった。そして、そのどれもができることなら見たくはないようなものだった。

 

「……クィレル、あの女を殺せ」

「しかし、賢者の石を取り戻さなければ」

「それよりも、だ。俺様を愚弄したことを後悔させてやる」

「しかし——」

 

 クィレルの意思とは裏腹に杖を握る手に力がこもる。彼に取り憑いているご主人様はかなり腹を立てているようだ。

 

「クィレル、これはあの小娘が自ら選んだ道だ。ならば、それに応えてやろう。お前がためらう必要はない。さあ、嬲り殺せ」

 

 もう怒りの感情になど飲み込まれたくない。けれど、クィレルにはそれに抗うための気力も体力も残されていなかった。ご主人様に命じられるまま、“青い瞳の魔女”に杖を向ける。

 かつての教え子を自らの手で殺してしまうかもしれないことへの恐怖で彼の身体は震えていた。けれど、杖を構えた利腕だけは標的にしっかりと狙いを定めている。

 

「クィレル先生、大丈夫ですよ」

 

 その声は異様に大人びていた。

 

「わたしは絶対に先生に殺されません。それに、()()()は先生がいなくなったら、とっても悲しむんです。だから、わたしは絶対に先生のことも助けます」

 

 そう言って、彼女はふっと笑う。クィレルのことを見つめる青い瞳は自信に満ち溢れていた。

 

「このクィレルを助けるだと? 笑わせるな、小娘。この男がなにをしたのかもう忘れたのか」

 

 ヴォルデモートの挑発にも、“青い瞳の魔女”は毅然とした態度を崩さない。自身への攻撃を盾の呪文で弾き返しながら、淡々とマーガレットの身にあったことを振り返る。

 

「……忘れるわけはないですよ。馬車の中で()()()の手をはたいたこと、クィディッチの試合中に()()()に眠り薬入りのチョコレートを食べさせたこと。禁じられた森で()()()を襲ったこと、そのあと()()()を避けるようになって、寂しい思いをさせたこと。それから、こんな怪我を負わせたこと!」

 

 マーガレットの利き腕(彼女の右腕)はだらりと垂れたままだった。

 

「それでも、わたしはクィレル先生のことを許します。先生が『許してほしい』と言わなくたって許しますよ。だって、()()()がそれを望んでますから」

 

 なぜ自分自身のことを()()()というのか。“青い目の魔女”は姿も声もマーガレットその人であるはずなのに、決定的に何かが違う。

 

 ならば、彼女はいったい誰なのか?

 

「クィレル先生、()()()がずっと先生に言いたかったのに、言えなかったことをわたしが代わりに言いますね。——先生、マグル学教室に戻ってきてくれませんか?」

 

——“青い瞳の魔女”は誰よりもマーガレット・マノックを理解している。

 

「でも、私にはもう戻れる場所など……」

「ありますよ。だって、()()()には先生が必要です」

 

——“青い瞳の魔女”は誰よりもマーガレット・マノックを大切に思っている。

 

 あともう少しで彼女の正体がわかりそうだという時に、クィレルは切断呪文によって()()()()と同じ色をした髪が切り落とされるのを見た。

 

「クィレル、なぜ止められない!」

 

 ヴォルデモートの声など、もうクィレルには届いていない。自分の目の前にいる人物のことで彼の頭はいっぱいだった。

 

「君は、いえ、あなたは誰だ!」

「……さすがはクィレル先生。()()()のこと、よく見ていらっしゃるんですね」

 

 “青い瞳の魔女”は嬉しそうに笑っている。その大きく口を開ける仕草はあの大鴉(レイブン)とよく似ていた。

 

「もちろん、()()()のことを一番近くで見ているのはわたしですけど」

 

 海のように深く、空のように澄んだ青い瞳が——マーガレットが何度もマイケル・マノック()と同じだと言われてきた青い瞳がきらりと輝く。

 

「マノック、あなたはマ——」

 

——マイケル・マノック。

 

 クィレルはマーガレットの父の名を口にしようとしたが、青い目の魔女は嗜めるかのように彼の唇に人差し指を当てた。

 

「その名前はもうわたしのものではないです。わたしは“誰でもない”。クィレル先生、それならいつものように“誰でもない(ネモ)”と呼んでください」

 

 “青い瞳の魔女(ネモ)”は口元から指を離し、いたずらっぽい笑みを浮かべる。その笑顔はマーガレットのものとよく似ていた。

 

 死んだはずの人間が元の身体を失ってもなお生きているなど。ましてや、その魂が他者に取り憑き、生者のように振る舞うなどまずありえない。

 けれど、クィレルにはそうとしか思えなかった。そして、こうして目の前で起きていることを信じられるのは自分だけだとも思った。

 例のあの人が生きているという噂話を信じなかったせいで、闇の帝王の手に落ちた哀れで愚かな男など自分一人しかいないのだから。

 

「クィレル先生、あの子には先生が必要です。だって、あの子(マーガレット)は先生のことを——」

 

 そのとき、クィレルの体がぐらりと揺れた。膝をつき、倒れそうになったところをなんとか支えられる。

 クィレルの体からは黒い靄のようなものが立ち上っていた。それが自分を支配していたヴォルデモートの魂であることに彼は気づく。

 だが、解放されたからといって、体の自由は戻ってこない。ずいぶんと長い間、闇の帝王を身に宿していた彼はもう精も根も尽き果てていた。

 

「——先生、しっかりしてください! 目を開けて——」

 

 先生と自分のことを呼ぶ声が遠くに聞こえる。頭が軽くなり、体の芯が冷えていくのをクィレルは他人事のように感じていた。

 もう目を開ける力も、口を動かす力も残っていない。最期になにも残すことができないなど、実に呆気のない終わり方だ。

 だが、それがきっとあの子を疑い、傷つけた自分への罰なのだとクィレルは思った。

 

「先生、逝かないでください! 先生までいなくなったらあの子は……」

 

 薄れゆく意識の中、クィレルは青い目の魔女に強く抱きしめられることをはっきりと認識した。

 

 

▽ △ ▽

 

 

 クィレルは夢を見ていた。

 

 鮮やかな夕焼け空の下、一人の少女が立っている。その後ろ姿はクィレルにも見覚えがあった。

 

「——、迎えに来てくれたんだね。さあ、帰ろう」

 

 黒髪の少女は振り向くと腕を前に伸ばし、誰かを待っている。青い目の鴉はそんな彼女の胸元に飛び込んだ。

 

「ねえ、ネモ。魔法ってすごいんだね。わたしも先生みたいな、それからお父さんみたいな魔法使いになりたいな」

 

 マーガレット・マノックはきらきらと輝く青い瞳で空を見上げている。

 ネモは そして、クィレルはそんな少女の姿を静かに見つめていた。

 

 

▽ △ ▽

 

 

 クィレルは目を覚ました。明るく、幸福な記憶が頭に流れ込み、心は温かい感情で満たされている。

 およそ一年前、アルバニアの森でヴォルデモートに取り憑かれたときと似た、何かが入り込んで来るような感覚があった。が、自然と不快感はない。

 それはヴォルデモートのようにクィレルを支配するのではなく、弱りきった彼の心と身体に力を分け与えていた。

 

「先生! クィレル先生!」

 

 自分の名を呼ぶ声が今ははっきりと聞こえる。あの記憶の持ち主(ネモ)はきらきらと輝く青い瞳をクィレルに向けていた。

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

「これが私の知るこの一年のすべてです」

 

 クィレルの話をダンブルドアは黙って聞いていた。

 

「……校長はいつから私が裏切り者だと気づいていましたか? もしや、初めから?」

「なにも最初からすべてわかっていたわけではない。……今となっては、もっともっと早くに君の苦しみに気づいていればと思うばかりじゃよ」

 

 医務室を重い空気が包み込んだ。衝立の向こう側から規則正しい寝息が聞こえてくる。

 

「……じゃが、わしにはもう一つ気づけなかったことがある。気がつくまでにずいぶんと時間がかかってしまったが、マーガレットとネモのことじゃ」

 

 ダンブルドアは視線を衝立に——隣のベッドで今もなお眠り続けるマーガレットたちの方に向けた。

 

「クィリナス、今回のことでわしは皆にいくつか秘密にしなければならぬことがある。そのなかでも、とくに隠さなければならぬのがマーガレットのことじゃ。このことを知っているのはわしと君。そして、ヴォルデモートだけ」

 

 今世紀もっとも偉大な魔法使いと闇の帝王。その両名と自分だけが知っている秘密。

 だが、その重大な秘密もそう遠くないうちに忘れてしまうのだろうとクィレルは思った。

 

「アルバス・ダンブルドア。それなら、アズカバンに行く前に一つ教えてくれませんか。あのネモはいったい何者——。いえ、どうして魂だけの存在となってもなお、生き続けることができるのです? それに、例のあの人も——」

「それがどのような手段でということを聞きたいのならば、その質問には答えられぬ」

 

 ダンブルドアはピシャリと言った。

 

「しかしじゃな、君も勘づいているのだろうが、ネモが生まれた原因とヴォルデモートが不死を手に入れたからくりは同じじゃろう」

 

 ダンブルドアは大きなため息をついた。

 

「魔法の中で最も邪悪なる発明。あれらは本来この世に存在してはならぬもの。じゃから、わしはすぐにでもあの大鴉(レイブン)を排除するべきじゃと思っておる」

「そんな。それではミス・マノックが悲しみます。()()彼女に大切なものを失う辛さを味あわせなければならないと?」

「そのとおり。それはわしも望まぬことじゃ。それに、ネモとマーガレットとの繋がりはあまりにも強い。それを断ち切ってしまってはマーガレットにも悪い影響を与えてしまう」

 

 言葉を選びながら話すダンブルドアの姿を、クィレルは黙って見つめていた。

 

「たしかにネモは邪悪な存在ではある。じゃが、その力をマーガレットと彼女の大切なものを守るために使おうとしている。自らのために使うヴォルデモートとは違ってのう。……じゃから、わしは決断を先延ばしにした。今はまだマーガレットたちのことを見守ろうと思う」

 

 ダンブルドアのブルーの瞳が今度はクィレルに向けられる。

 

「そのためにも、マーガレットにはホグワーツに残り、マグル学の教師を続けてもらう。じゃが、いつも彼女たちのことを見ていられるわけではない。とくに、マーガレットがこの城にいないときにはのう。……クィリナス、ゆえにその役目を君に任せたい」

「わ、私がですか? 私はこのままアズカバンに送られるのではなかったのでは?」

「クィリナス、少々気が早いのう。わしはまだ君のことをどうするとも言ってなかったはずじゃが」

 

 きょとんとした顔のクィレルを見て、ダンブルドアはくつくつと笑っていた。

 

「なにも罪の償い方は一つしかないわけではなかろう。それに、これは君にしか任せられぬ。マーガレットには己を導いてくれる()()の存在がまだまだ必要じゃ。だから、彼女が父のように慕っているクィリナス、君が適任なのじゃよ」

 

 ダンブルドアの口調は穏やかである。だが、クィレルが否と言えるような雰囲気ではなかった。

 

「おや、起こしてしまったかのう。ちょうど、君の話をしていたのじゃ」

 

 ダンブルドアにつられて視線を上げれば、衝立の上に青い目の鴉が立っている。

 ネモはじっとクィレルを見下ろしていたが、やがて彼のベッドの上に降り立った。

 灰色の瞳と青い目。二つの視線が交錯し、妙な緊張が生まれる。

 

「あ、あ、あなたは——」

 

 クィレルがなんと声をかけるべきか悩んでいると、もう一方が先に行動を起こした。

 ネモは翼を広げ、深々と頭を下げる。鴉は人の言葉を発さないが、それでもなにを伝えたいのかはクィレルにもわかった。

 

——あの子をよろしく。

 

 きっとそう言っているのだ。

 

 クィレルは思う。この人物にマーガレット・マノックのことを頼まれてしまった以上、決して断ることはできない。

 

「あなたがそれを望むのなら。その役目、謹んでお受けいたします」




これにて第一章「賢者の石」編は本当に終幕です。
自分の筆の遅さに呆れつつも、ここまで書き続けることができたのは読者の皆様のお気に入り登録や評価、温かい感想のおかげです。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。そして、まだしばらくはお付き合いいただけると幸いです。

さて、ではあとがきで色々と語らせていただければと思います。
以前のあとがき(第1章14話)でも書かせていただきましたが、本作はクィレル教授を救済したい! という思いから始まっています。
ですので、みぞの鏡を前にしたクィレル&ヴォルデモートVSハリーのシーンに主人公を乱入させることは最初から決めていたのですが、どのように救済するのかはかなり悩みまして……。
映画版だと灰となってしまうクィレル教授ですが、原作だと火傷が原因で命を落としたように読める。本作での設定はどうしようかとポッターモアの記述(エッセイ集『権力と政治と悪戯好きのポルターガイスト』参照)を読んでいると、ヴォルデモートに憑りつかれていたことによる精神的、肉体的な負担が原因で衰弱死したようにも……。
ん? これはつかえるのでは? 憑りついていたヴォルデモートの魂が抜けたことで弱ってしまうのなら、もう一度別の誰かが憑りつけば生かすこともできるのでは?
それなら、主人公に『分霊箱』でも持たせるか!!!

……と、こうして生まれたのが主人公「マーガレット・マノック」とそのペットの鴉、もとい置き土産代わりの分霊箱「ネモ」というわけです。
分霊箱は所有していたり、それに対して感情を持ったりしてしまうとその中の魂に入り込まれてしまいます。だから、クィレル教授にはマーガレットにクソデカ感情を向けてもらう必要があったんですね。
分霊箱周りの解釈はかなり無理やりなところもあるかとは思いますが、ここはひとつあったかもしれない都合のいい物語ということで。

長々としたあとがきにまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
では、また第2章「秘密の部屋」編でお会いしましょう。
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