マグル学教室へようこそ   作:BellE

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切りが良いところで分けてしまいましたが、当初は前回の第3話と今回の第4話が一つのお話になるつもりで書いていました。
ですので、今回は短めです。


第4話 ギルデロイ・ロックハートという作家

 その午後、マーガレットはロンドンの実家から送ってもらったタブロイド紙を読んでいた。普段ならば手に取らないような大衆紙だが、今日はどうしてもこういった新聞で探したい記事があったのだ。

 

「ロンドン上空に未確認飛行物体。目撃者は語る——車が空を飛んでいた!」

 

 マーガレットのお目当ての記事は、嘘か本当かわからないようなゴシップばかりを集めたタブロイド判の新聞に載っていた。タイムズやデイリー・テレグラフのような高級紙ならば、まず扱わないようなニュースだ。

 

 この未確認飛行物体の一件は、ネス湖の怪獣——世にいうネッシーというのはマグルがつけた名前で、実際には世界最大のケルピーだそうだ——が再び目撃された()()()という記事の下に数行程度でまとめられていた。

 その扱いを見るに、この記事を書いた記者はまさか本当にフォード・アングリアが空を飛んでいたとは思ってもいないようだ。

 

「夕刊預言者新聞にはマグルに目撃されたとあったけど、これなら心配いらないか。UFOの目撃談なんて、それこそよくある話だし」

 

 未確認飛行物体がどうとか、宇宙人がどうとか。そういった話題はいつでも、どこでも尽きないもの。マーガレットだって、クィレルと出会うまでは魔法使いの実在よりも宇宙人の存在の方を信じていたくらいだ。

 つまり、マグルにとっては今回の一件もそれくらいにありふれた出来事。いったいどれだけの人間がこの事件を本気にするというのか。

 

 新聞と一緒に届けられた祖父からの手紙には、「この新聞社が真実を報じるのは初めてではないか」と書かれていた。いくらなんでもそこまで信用のない新聞もあるものなのか。

 だが、マーガレットよりもよっぽど長くマグルの社会で生活している彼がそう言っているのだから、きっとそういうものなのだろう。

 

 マーガレットは新聞を閉じ、ほっと一息つく。

 頭も使ったことだし、なにか甘いものが食べたい。時計を見れば、午後のティータイムにはちょうどいい時間だ。

 淹れたての紅茶をカップに注ぐと、ベルガモットの華やかな香りが研究室いっぱいに広がった。今日のおやつはバターの風味が濃厚なショートブレッドなのだが、これがまた紅茶とよく合う。

 ついつい手が止まらなくなった。赤いタータンチェックの柄の箱をもう一つ取り出し、紅茶をもう一杯淹れる。

 だが、ショートブレッドを摘み上げて口に運ぼうとしたまさにその時、コンコンという扉をノックする音が聞こえた。

 

「開いてます。どうぞ——」

 

 「——お入りください」とマーガレットが言い終わらぬうちに、来訪者はずかずかと部屋の中に入ってくる。やってきたのは波打つようなブロンドヘアの男。

 

「私です。ギルデロイ・ロックハートです!」

 

 ロックハートはマーガレットの目の前まで来ると、ひらりとローブの裾を翻した。

 

「ロックハート教授? その、どうかなさいましたか?」

 

 ロックハートの突然の来訪にマーガレットは驚きを隠せない。ネモと一緒に青い瞳を丸くしている。

 

「喜ばしいことでしょう。こうして日に二度も私に会えたのですから! その熱い視線を見ればわかりますとも。あなたも私のファンだということが」

 

 そう言ってロックハートはウィンクした。彼の言動は自分自身への絶対的な自信に満ちている。

 

「マノック教授は幸運の持ち主ですね。なにせ、私に会いたがっているファンは多くいますから。今朝、ふくろうが運んできたものは『吼えメール』だけではないのですよ。私宛のファンレターも多く届けられました。私の教師としての輝かしい功績を早く読みたい。次のサイン会が楽しみだ、と。この私を待っているファンはごまんといます。しかし、マノック教授はいつでも——もちろんプライベートな時間は除きますが——私に会える。これもあなたが私と同じく、ホグワーツの教師だからこそ。ですから、そんな同僚であるマノック教授に少々手伝っていただきたいことがあるのですよ。実は困ったことになりまして……」

 

 ロックハートが考えているほどマーガレットは彼の熱烈なファンではない。だが、ともにホグワーツ魔法魔術学校で働く教師ではある。

 

「困ったこと、ですか。わたしでよければお手伝いしますよ。少しはお力になれるかと思います」

「ありがとう。では、防衛術の教室に来てください!」

 

 肝心の用件についてはなにも言わないまま、ロックハートはその身を翻した。そして、振り返ることなく、つかつかと歩き出す。

 マーガレットは持ったままだったショートブレッドを口に詰め込むと、杖を一振りしてティーセットを片付けた。

 そして、作家のマシンガントークにあてられてポカンとしているネモを小脇に抱え、彼のことを追いかけた。

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

「これは……。いったい、どうしてこんなことに?」

 

 防衛術の教室でマーガレットたちのことを待っていたのは、まさに惨状とでも呼ぶべき光景だった。

 何枚もの窓ガラスが割れ、破片があちこちに飛び散っている。それに壁や床には黒いインクが振りまかれ、破られたノートの切れ端まで散らばっていた。

 そして、天井にぶら下がっていたはずのシャンデリアがなぜか床に落ちている。

 

「ピクシー小妖精の取り扱い方を教えようとしましたら、ちょっとしたパニックになってしまいましてね。たかがピクシーですが、生徒たちには刺激が強かったようで」

 

 そう言いながら、ロックハートは籠の中のピクシーを指差した。甲高いキーキー声がマーガレットの鼓膜を震わせる。

 

「なるほど、ピクシーが原因でしたか」

「えぇ、そうなのです! やつらは上へ下へと縦横無尽に飛び回りました。窓が割れてガラスの雨が降り注ぎ、本やノートの引き裂かれたページがあちこちで舞い上がる。もちろん私はピクシーを捕まえようとしましたが、その矢先に頭上からシャンデリアが落ちてきたのです! ですが、今まで数々の偉業を成し遂げた私にはどうということはありません。咄嗟の判断で机の下に潜り込み、事なきを得ましたとも。しかし、私がほんの少し気を取られている隙に、この小悪魔たちは悪戯を続けたのです。おかげで私一人ではどうしようもないほど物は壊され、教室も荒らされてしまいました」

 

 たしかにピクシー妖精はその小さな見た目とは裏腹に、MOM分類もXXXと有能な魔法使いのみが対処するべきで決して無害な生き物ではない。

 とはいえ、ギルデロイ・ロックハートはトロールとともに旅をしたこともあるような腕利きの魔法使い——であるはず——だ。その彼がピクシー相手にここまで苦戦するとは。

 

「こういった魔法生物の扱いは、ロックハート教授ならお手のものだと思っていました。ピクシーも意外と侮れない生き物なんですね」

「ええ、普段の私ならば一切れのケーキ(Piece of cake)を食べながらでも、ピクシー妖精を一匹残らず捕まえることができますとも。ですが、今の私にはある問題が……」

 

 ロックハートは額に手を当て、大袈裟にため息をついた。そして、たっぷりと間を取ってから彼は再び口を開く。

 

「杖がないのです!」

「杖が? ですか?」

「そう、杖がないのです! なんと一匹の恐れ知らずなピクシーが私の手から杖を奪い去り、窓の外へと投げてしまったのです! ですから、私は自分の杖を——ちなみに私の杖は桜の木で、芯はドラゴンの心臓の琴線のわずかに曲がるものですが——探しに行かなければなりません。しかし、教室はこの有り様。明日も授業はあるというのに、これは由々しき事態です。ですので、初めは管理人のフィルチさんに教室を片付けておいてくれと頼みました。しかし、彼は『お前は魔法を使えるだろう』と話を聞いてはくれません。今は杖がないから、魔法が使えないというのに! そこで、マノック教授に一つ頼み事が」

 

 輝くブルーの瞳をマーガレットに向け、ロックハートはふっと笑った。唇の隙間からは白い光が溢れる。

 これが週間魔女のチャーミングスマイル賞を五度も取った男の、魔女すら魅了する笑み。

 

「マノック教授には私の代わりに、この教室を元に戻しておいてほしいのです!」

「杖はすぐにでも見つけに行かないとですよね。わかりました。修理やお掃除は得意ですからお任せください」

「ありがとう。お礼に私がサインした『私はマジックだ』を差し上げましょう」

「あ、その本はもう……」

 

 マーガレットはロックハートの著作をすでに集めているし、『私はマジックだ』に関してはサイン入りのものを持っている。

 とはいえ、作家先生は教卓の上に置かれたままだった本——幸いにもその本はピクシーの被害を受けていなかった——を開くと、とてつもなく大きな孔雀の羽根ペンを取り出した。

 

「今朝の貴方の働きぶりを思い出し、私はこう考えました。マノック教授ならばこの教室を元通りにしてくれるだろうと。それに、この教室の片づけは前にもしたことがあるそうですね」

「たしかにそうですが……。あの、どこでその話を?」

 

 闇の魔術に対する防衛術が新しい教授を迎えるにあたり、彼女が知らないうちにホグワーツを去ってしまった前任者の荷物を片づけたのは他でもないマーガレットだ。

 だが、ロックハートは少し前にホグワーツに来たばかり。だから、彼はその一件も、あの噂話も知らない——はずなのだが。

 

「マノック教授が前任の防衛術の教授と特別親しかったと耳にしたものですから。なんでも自ら志願したそうですね。いえ、未練がましいなどとは思いませんよ。忘れられない思いとは、なんとも感動的ではありませんか。もし私が恋愛についての話を書くことがあれば、一つ参考にさせていただきましょう」

 

 マーガレットは自分の顔が熱くなるのを感じた。きっと鏡を見れば、そこには熟したリンゴのように真っ赤な顔をした自分がいたことだろう。

 あの噂の有用さもわかってはいるが、ここまで広まっていてはさすがに訂正もしたくなる。

 

「ロックハート教授は少々誤解なさっています! たしかにクィレル先生にはとてもお世話になりましたが、それは皆さんが考えているような——」

「隠す必要はありませんとも。私は作家です! ですから、人から話を聞き出すのは得意なのですよ。そして、それこそがベストセラーを生み出す秘訣ですとも」

 

 マーガレットへなかば押し付けるように本を渡すと、ロックハートはさっさと教室から出て行ってしまった。

 

「作家には変わった人が多いって聞いたことがあるけど、ロックハート教授もそうみたい。ネモもそう思うよね?」

 

 飼い主の腕の中で青い目の鴉も頷く。

 人から話を聞きだすのは得意だと言っていたが、人の話をあまり聞いてはいないのではないか。ロックハートに対し、マーガレットはそう思った。




ありがたいことに、評価の投票を100件もいただくことができました。
まさかこれほど多くの方に読んでいただけるとは、おまけにこれほど多くの高評価をいただけるようになるとは思ってもいませんでした。
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