マグル学教室へようこそ   作:BellE

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Back to Hogwartsの日に帰ってこれました。


第5話 「継承者の敵よ、気をつけよ」

——眠れるドラゴンをくすぐるべからず。

 

 いわずと知れたホグワーツ魔法魔術学校のモットーである。そして、マグル学の教授にも代々似たような言葉が伝わっていた。

 

——管理人を怒らすべからず。

 

 マグル学を教える者としてホグワーツ城で悠々と働きたいのならば、真っ先にうかがうべきは校長の意向でも、理事会の顔色でもない。ホグワーツ魔法魔術学校の管理人——アーガス・フィルチ氏の機嫌である。

 いつ、誰が言い始めた言葉なのかはわからない。だが、いたずら仕掛け人(マローダーズ)の伝説を見ていたシカンダー元教授もニンファドーラ・トンクスとその友人たちの活躍を聞いていたクィレル前教授もその教えの意味を知っていた。

 だが、この言葉の重要性を一番よく理解しているのは現マグル学教授のマーガレットだろう。

 

 

 

 その日、マーガレットはフィルチの事務室にいた。部屋の中は彼がホグワーツの生徒たちから没収した品々で溢れている。ゾンコの「いたずら専門店」で売っているような悪戯道具もあれば、マグルの生徒が持ち込んだのであろう玩具もあった。

 学生時代には幸いなことにまったくといってもいいほど縁がなかった場所である。だが、教師となってからは何度ここを訪れたことだろうか。マーガレットの記憶力をもってしても正直あいまいである。

 

「くそっ、これをあいつらに貸しただと……」

 

 そうぶつぶつと呟きながら、フィルチは黒い羽根ペンを動かしていた。そして、ときおりマーガレットのことを憎らしげに眺めるのである。

 今日の管理人は非常に機嫌が悪い。薄汚い部屋の中で唯一ピカピカに磨き上げている手枷や鎖にいつ手をかけてもおかしくないくらいに機嫌が悪かった。

 

——管理人を怒らすべからず。言うは易く行うは難し。

 

「どうして教授はこんなものをあいつらに渡したので?」

 

 マーガレットは気まずそうに視線を下げる。フィルチの机の上には二足のローラースケートが置かれていた。これこそが管理人の機嫌を損ねてしまった原因だ。

 

 このローラースケートはマーガレットがマグル学の教室で管理しているものである。そして、つい数日前にウィーズリー家の双子に貸していたものであった。

 それが今この場所にあるということは、つまりはあの双子がフィルチの怒りを買って結果として没収されてしまったということだ。

 

「彼らに貸してほしいと頼まれてしまいまして……」

「あいつらがなにか企んでいるとは考えなかったのか?」

「その、考えていなかったんです。その時は……」

 

 管理人殿のご指摘はごもっともである。かの兄弟の悪戯好きを知っていれば迂闊としかいいようがない。

 だが、あの時のマーガレットはこれっぽっちも疑っていなかった。それどころか、喜んでこの二足のローラースケートを貸したのである。

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 ことの発端は一週間ほど前にさかのぼる。その日の授業を終え、独り教室の片づけをしているときに彼らは現れた。

 

「よう、マノック先生」

「お邪魔するよ」

 

 ときおり、フレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーはこうしてマグル学教室にやってくる。彼らはマグルの道具に興味があるらしく、ふらりと教室に現れてはあれこれ手にとって遊んでいた。

 おそらくは彼らの父、アーサー・ウィーズリー氏の影響なのだろう。ある時ふと兄弟が教えてくれたのだが、ハリーとロンが乗ってきた例の空飛ぶフォード・アングリアの持ち主はウィーズリー氏で、あれが空を飛ぶように改造したのも彼の手によるものだそうだ。

 

「先生、しばらくこれを貸してくれない?」

 

 フレッドとジョージはローラースケートを手にしていた。悪戯が多いからと棚の奥にしまっていたはずだが、彼らはいつの間にか見つけてしまったようだ。

 

「この教室の中で遊ぶのは構いませんが、その、外に持ち出すのは……」

 

 量産品のなんの変哲もないようなローラースケートとはいえ、歴代のマグル学教授たちが集めた貴重なコレクションのひとつである。生徒たちを信頼していないわけではないが、万が一紛失ということがあっては前任者たちに顔向けができない。

 

「そこをなんとか!」

「実はクィディッチの練習に使おうと思っているんだ」

「クィディッチの練習にですか?」

 

 クィディッチといえば箒にまたがり、空を飛んで行うスポーツだ。だから、陸を滑って遊ぶローラースケートがどのように練習へと生かされるのか。

 マーガレットにはいまいちピンとこない。

 

「クィディッチが好きなマノック先生なら聞いただろ。スリザリンの奴ら、マルフォイの父親にお揃いのニンバス2001を買ってもらったんだぜ。悔しいけれど、僕たちの箒よりも性能がいいのはたしか」

「だからこそ、練習でその差を詰めないといけないのにピッチも使われてばっかり」

 

 スリザリン・チームが最新型の箒を揃えたというのはすでによく知られた話だ。それに、練習場所を巡ってグリフィンドールとスリザリンの間でいざこざが起きているとも聞く。

 グリフィンドール・チームは二年連続のクィディッチ杯を目指しているし、スリザリンは昨年度の雪辱を果たすことに躍起になっている。例年以上にこの二寮の間では熱い火花が散らされていた。

 

「だから、これを貸してもらいたいんだ。これならピッチが使えなくても練習ができるから」

 

 そんなことを話しながら、双子は靴紐を固く結ぶ。そして、慣れた様子で教室の机と机の間を縫うように滑っていた。

 

「ビーターは息を合わせることが重要。だから、例えばこうやって。いくぞ、ジョージ!」

 

 フレッドは飾ってあったバスケットボールを滑りながら手に取ると、ジョージに向かって投げた。すると、ジョージが持ち込んだクラブでボールを打ち返す。

 そうやって、二人はしばらくラリーを続けていた。初めはボールがどこに飛んでいくのかを冷や冷やとしながら見守っていたマーガレットであったが、次第に双子の息の合ったプレーに魅了されていた。

 

 なるほど、これならばローラースケートでもクィディッチの練習ができるだろう。様々な悪戯をやってきたというだけあり、彼らの創造力や行動力には目を見張らされる。

 

「たしかにいいアイデアです。それに、クィディッチの練習にもマグルの玩具が使えるだなんて素敵ですね」

「先生もそう思うだろう? だからさ、グリフィンドールの優勝のためにも力を貸してくれよ」

「スリザリンの奴らをあっと言わせてやりたいんだ」

 

 こうしてマーガレットはあのウィーズリーの双子に二足のローラースケートを貸してしまったのであった。

 それから一週間もたたないうちに、ローラースケートにロケット花火を取りつけて校内を暴走する二人の姿を見ることになるとは、まさかこの時は思っていなかったのである。

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

「それで、あなたがあの管理人の代わりに掃除をやっているってわけ」

 

 デッキブラシ片手に黙々と床の掃除を続けるマーガレットを見下ろし、「嘆きのマートル」はにやりと笑う。ホグワーツの教授ともあろう者がこうして罰則を受けているのが面白くてたまらないのだろう。

 

「わたしもこのホグワーツ城には長くいるけど、フィルチの言いなりになっている教授を見るのは初めてね」

「これも没収品を返してもらうためです」

 

 二度と同じような悪戯をされないよう、フィルチは没収したローラースケートをマーガレットに返したがらなかった。彼の怒りはもっともだし、その責任の一端はマーガレットにもあるのだから仕方がないことだろう。

 とはいえ、マグル学の貴重な教材をあの薄汚れた管理人室で埃をかぶらせておくわけにはいかない。

 そこで、フィルチに何度も頭を下げ、彼の仕事を手伝う代わりに例のローラースケートを返してもらえることになった。

 

「でも、わざわざハロウィーンの日に罰則を行うだなんて。あの管理人って本当に性格が悪いわね。甘いお菓子が大好きなマノック教授、急がないとパーティーに遅れちゃうわよ」

 

 三階の女子トイレを水浸しにした犯人はまるで他人事のようにマーガレットをからかう。思わず何か言い返してしまいそうになるが、マートルの言うようにこのままではパーティーの始まる時間にぎりぎり間に合うかといったところ。

 ここはぐっと堪え、マーガレットはブラシをモップに持ち替えた。そして、今度は床に広がった水を吸い取っていく。

 

「マーガレット、あなたももう先生なんだから魔法でさっさと片づければいいんじゃない?」

「いえ。フィルチさんとの約束は魔法を使わずに、でしたから」

 

 アーガス・フィルチがいかなる罰則でも魔法を使わせないのは有名な話だ。彼は魔法を嫌っている。恐らく、それは彼が——。

 

「フィルチさんとはなるべく友好な関係を築いておきたいので、そのためならばこれくらいの手間は惜しみません。もし、また今回のことのようなことがあったとき、交渉もできないとなると困ってしまいますから」

 

 だからこその管理人を怒らすべからず。今回はなんとか返してもらえることになったが、没収されたままの物だってたくさんあるのだ。

 

「さて、あとは……。ネモ、水遊びはもうおしまい」

 

 飼い主がせっせと働いているのを横目に、洗面台で沐浴を楽しんでいた大鴉(レイブン)は体を大きく震わせた。そのせいで飛び散った水滴をマーガレットはさっとふき取る。

 懐中時計を開けば、ハロウィーン・パーティーはこれから始まるといったところだった。マートルが絶命日パーティーに行くからと先に姿を消したときには間に合わないかとも思ったが、今から向かってでも遅くはない。

 

 洗面台の割れた鏡をのぞき込み、マーガレットは髪を整える。そして、魔法でローブの汚れを取り払ってから大広間へと向かった。

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 かぼちゃのランタンで飾りつけられた大広間に生徒たちが続々と流れ込んでいく。だが、その入り口に猫を抱きかかえた一人の男性が立っていた。

 マーガレットに罰則を科したその人、アーガス・フィルチだ。

 

「マノック教授、掃除は終わりましたかな」

「もちろんです。かなりきれいになったと思いますよ。……マートルが泣きださない限りは」

 

 フィルチはふんと鼻を鳴らした。彼の腕の中のミセス・ノリスはじとっとした目でマーガレットのことを見ている。これは——疑いの目だ。

 ミセス・ノリスはするりと飼い主の腕を抜け出すと、マーガレットの脇をすり抜けて人混みに紛れていった。

 

「教授がちゃんと働いてくだすったかは、ミセス・ノリスが見てくるさ」

 

 ミセス・ノリスが審査官とはずいぶんと厳しいジャッジになりそうだ。けれど、ちょうどマートルは絶命日パーティーに出席していて、あのトイレにはいない。

 ということで、ミセス・ノリスにも今日のマーガレットの仕事ぶりは満足していただけることだろう。

 

「あのマグルのくだらない玩具はわたしの部屋にある。パーティーのあとにお返ししよう」

「ありがとうございます! フィルチさん」

 

 ホグワーツの管理人殿と多少は友好な関係を築けているのだろうか、とマーガレットは思った。

 

 

 

「ホグワーツのハロウィーン・パーティーは今年も最高です!」

 

 心配事が解決したからか、または一仕事終えたあとだからか。この日のマーガレットの食欲はいつも以上に旺盛だった。

 パンプキンパイをぺろりと平らげたのを皮切りに、次はタルトにアイスにプリンと彼女が手にしたフォークとスプーンは一向に止まる気配がない。

 そして、その飼い主と同じ量を青い目の鴉も一緒になって食べているのである。

 

「マノック教授は……よく食べられるのですね」

「はい、甘いものは大好きですから!」

 

 あのロックハートもさすがにマーガレットの食べっぷりには張り合えないようだった。

 

「ミス・マノック、それでは余計に失恋の悲しみを食で癒しているように見えますぞ」

 

 スネイプ教授のちくりとした物言いがマーガレットはどうも苦手である。けれど、彼はあの決闘騒動の真相を知っているうちの一人だ。

 その忠告がただの嫌味ではないことは十分に伝わった。

 

「そうですね。これ以上あれこれと噂されたくないですから、わたしも気をつけます。でも、そんなふうに言われてしまうと、かえって去年のことを思い出してしまいますよ」

 

 ちょうど一年前はあのトロールの一件があった日だ。城中が大騒ぎとなった去年に比べれば、今年のハロウィーンは和やかで、パーティーもしめやかに終わろうとしていた。

 

 満腹になった子供たちが寮へと帰ろうとする。談笑する教師たちもそのあとに続く。誰もかれもが、この楽しいハロウィーンの夜を過ごしていた。

 誰かが「継承者の敵よ、気をつけよ!」と叫ぶその時までは——。

 

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