石になったミセス・ノリスとともに見つけられたこの言葉は、たちまちホグワーツの話題の中心となった。どうしてフィルチの飼い猫が襲われたのか、誰が——どうやら第一発見者のハリー・ポッターが疑われている——犯人なのか。今日も廊下で、図書室で、大広間で生徒たちのひそひそと噂し合う声が聞こえる。
そのようなこともあり、あのハロウィーンのあとのアーガス・フィルチはますます気難しく、ますます怒りっぽくなっていた。件の現場を行ったり来たりしては壁の血文字を落とそうと血眼になり、そうでないときは校内の廊下を隅々まで徘徊し、生徒にいちゃもんをつけては処罰に持ち込もうとする始末である。
そして、マーガレットもまだ例のローラースケートを返してもらえずにいた。ハロウィーン・パーティーのあとはそれどころではなかったし、今声をかけたところで彼の機嫌を損ねることは目に見えている。
管理人を怒らすべからず。わざわざ眠れるドラゴンを起こしにいくこともないだろう。
それに、マーガレットにはフィルチがあそこまで追い込まれてしまう気持ちというのも少しわかるのだ。ホグワーツのありとあらゆるものを嫌い、そしてありとあらゆるものに嫌われた管理人であるが、そんな彼が唯一心から愛しているのがミセス・ノリスなのである。
もし、己の半身のような存在の
石像のように医務室のベッドに鎮座するミセス・ノリスの姿を見ると、マーガレットはそんなことを考えずにはいられない。左肩にのるネモの頭をそっと撫で、杖を片手にゆっくりと立ち上がる。
「——
色とりどりの花束をサイドテーブルに置かれた花瓶にさす。これが誰かの慰めにならないことも、結局は自己満足でしかないこともマーガレットもわかっている。けれど、ミセス・ノリスの少しでも早い回復をこうして願わずにはいられなかった。
「また元のミセス・ノリスにお会いできる日を楽しみにしています」
マーガレットはミセス・ノリスの冷たい体を撫でる。飼い主以外にはまず懐かないこの猫に触れられる日がくるとは。
特別にお見舞いを許してくれたマダム・ポンフリーに挨拶をし、マーガレットは医務室をあとにする。元のミセス・ノリスと再会するまでに、何度も花を生けることになるだろう。
というのも、ミセス・ノリスを蘇生させるための薬を作るにはマンドレイクの成長を待たなければならない。そして、現状それ以外に蘇生できる方法がないというのだ。
石になったミセス・ノリスが発見されたあと、ホグワーツの教授たちはそれぞれの知恵を出し合い、なにが起きたのかを突き止めようとした。
だが、今まで多くの呪い破りを送り出してきた数占い学のベクトル教授もこの現象にはお手上げであったし、変身術のマクゴナガル教授からはこれが呪文によるものだとすれば、学生が扱えるようなものではないとの意見だった。マーガレットもマグル学の立場から見た者を石に変える能力があったというメデューサの神話を紹介したが、魔法生物飼育学のケトルバーン教授によるとそれと関連するような魔法生物は思いつかないとのことだ。
また、闇の魔術に対する防衛術のロックハート教授も色々と自身の経験について語ってはいたが、「マンドレイク回復薬」以外にこの騒動を収めるすべを知っているようではなかった。
これがただの悪戯であるわけがない。あの夜、職員室に集まった誰もがそう思ったはずだ。
となると、気になることは一つ。
——秘密の部屋は開かれた
会議が終わったあと、マーガレットは足早に自室へと帰った。そして、本棚から一冊の本——ホグワーツの歴史を引っ張り出す。
恩師とともに訪れた初めての魔法界で買った本。入学前に何度も何度も読み返していた思い出の一冊だ。
すでに眠そうなネモを膝にのせ、マーガレットはページを繰る。もうずいぶんと夜も更けていたが、それでもあの「秘密の部屋」の伝説を確かめずにはいられなかった。
ホグワーツ魔法魔術学校は偉大なる四人の魔女と魔法使いによって創設された。勇猛なるゴドリック・グリフィンドール、慈愛深きヘルガ・ハッフルパフ、聡明にして沈着なロウェナ・レイブンクロー。そして、残る一人がサラザール・スリザリン。
始めの数年間、創設者は和気藹々と若き魔法使いたちの教育にあたっていたそうだ。だが、学び舎の門戸が広く開かれていくと、彼らの中で意見の相違が生まれた。ホグワーツには選ばれた生徒のみが入るべきだと、魔法教育は純粋に魔法族の家系にのみ与えられるべきだとスリザリンが主張したのだ。
これによりスリザリンと他三人の創設者との溝は深まる。とくに、彼と親友であったグリフィンドールとの仲は修復できないまでとなり、その結果としてスリザリンはホグワーツを去ることとなった。
そのスリザリンが人知れずホグワーツに残したとされるのが「秘密の部屋」。どこにあるのかも一切不明。歴代の校長ですらもその秘密の場所を突き止めることができずにいる。
伝説によれば、「秘密の部屋」には恐怖——なんらかの怪物だと信じられている——が封じられていて、その扉を開くことができるのはスリザリンの真の継承者だけ。
——継承者の敵よ、気をつけよ
こうしてミセス・ノリスが襲われた今、恐るべき脅威がホグワーツに解き放たれたということだろうか。しかし、「秘密の部屋」の存在は伝説とされている。
この魔法界の長い歴史を知るビンズ教授ですら、これは神話であって作り話なのだと一蹴することだろう。それくらいに「秘密の部屋」というのは実態のないものなのだ。
だが、マーガレットは思う。ドラゴンがいて、アーサー王伝説の大魔法使いマーリンも実在し、空飛ぶ車まであるような魔法界でなぜ「秘密の部屋」だけはあるはずがないといえるのだろうか。
そして、再び事件が起きる。
グリフィンドールとスリザリンのクィディッチがあった翌日の朝、職員室に集められた教授たちを前にダンブルドアは「『秘密の部屋』が再び開かれた」と言った。
今度の被害者はグリフィンドールの一年生。コリン・クリービーというマグル出身の少年だ。彼がカメラ片手に、ハリーの追っかけをしている姿はマーガレットも見かけたことがある。
「あの文章にあった『継承者の敵』というのは、サラザール・スリザリンがこのホグワーツにいるべきではないとした者たちのこと。つまり、そのように解釈しろと?」
バスシバ・バブリング古代ルーン文字学教授の確認に、ダンブルドアはしかりと答えた。薄々勘づいていた理由とはいえ、なぜあの少年が石にならなければなかったのかと思うとマーガレットは悔しさを感じる。
スリザリンはマグル生まれの魔法使いがホグワーツに入学することをよしとしなかった。そして、コリンはその非魔法界の出身である。だから、彼は「継承者の敵」として狙われた。
それに、ミセス・ノリスもそうである。ミセス・ノリスは
その疑問の答えこそがハロウィーンの夜にマーガレットが目にしたものなのだ。
管理人の飼い猫に続き、一人の生徒が襲われたというニュースは瞬く間に学校中に広まった。一年生は塊となって校内を移動するようになり、一人になれば襲われてしまうのではないかと怯えている。
とくにマグル出身の子供たちが感じているのであろう恐怖というのは計り知れないもので、彼らのことを思うとマーガレットは胸が痛んだ。つい数か月前までは初めて体験する魔法の世界に目を輝かせていた彼らだが、今ではその顔に暗い影を落としている。
なにか生徒たちを元気づけるようなことができないだろうか。例えば、毎年行っているペットパーティーを今年は時期を早めて実施してみるとか。愛らしい魔法生物たちと甘いお菓子があれば彼らも少しは笑顔を取り戻してくれるだろう。
だが、マーガレットが計画を立て始めたのと時を同じくして、ある男が動き出していた。
「ですから、『決闘クラブ』を開催いたしましょう!」
休み時間の職員室でギルデロイ・ロックハートは高らかに宣言する。
「生徒たちに自らを護る術を伝授するのです。闇の力に対する防衛術連盟名誉会員の私から決闘の極意を直に学べる。これは大いに役に立ちますとも」
大仰な身振りを交えながら、いかに自分の主催する決闘クラブが素晴らしいのかについて語るロックハートの姿をマーガレットは遠巻きに眺めていた。
「決闘クラブですか……。そういえば、フリットウィック教授は決闘チャンピオンでしたよね」
「それは昔の話ですとも。もうすっかり腕もなまってしまいましたよ」
この生徒思いの人がいい寮監がかつて決闘チャンピオンだったと聞いたときには、マーガレットもずいぶんと驚かされた。だが、彼の今でも無駄のない杖捌きや呪文選びの正確さを知れば、それも納得である。
「ダンブルドア校長先生、ぜひとも決闘クラブ開催の許可を」
「ギルデロイ、それは面白そうな案じゃな」
ダンブルドアはそのブルーの瞳を三日月形に細めた。
「ホグワーツ魔法魔術学校の校長として、わしは決闘クラブの開催を認めよう。じゃが、ギルデロイだけではクラブに集まった生徒全員に指導してやるのは難しいじゃろう。そこで、助手を立てることをわしはすすめようと思う」
「助手ですか! たしかにそれはよいアイデアですね!」
どうやらロックハートが熱弁したかいもあり、決闘クラブの話はうまくまとまったようだ。あとは助手が必要とのことだが、それなら適任がここにいるのではないか。
マーガレットは先ほどまで会話していたフリットウィック教授の方を向いた——のだがいない。いつの間に、と小首を傾げる。
「マノック教授、私の話は聞いていらっしゃいましたか? この度、決闘クラブを開催することとなったのです」
「はい。その、ロックハート教授の声はよく聞こえますから。えっと、とても面白そうですね」
ロックハートに突然話しかけられ、マーガレットは驚く。まさか、自分に声をかけにくるとは考えてもいなかった。
そして、なんとなく嫌な予感がする。
「そうでしょうとも、そうでしょうとも! 私の数々の冒険の中であった戦いについて知る読者は多くいますが、私が杖を取り勇敢に戦う姿を見た者はいないのです。ですから、生徒たちは実に幸運でしょう。英雄たる私と優秀な魔女であるマノック教授の決闘を目撃することができるのですから」
「ロックハート教授と? わたしが? 決闘?」
普段の聡明さはどこへやら。話についていけないマーガレットはネモとともに、ぽかんと口を開けていた。
「あなたは前任の防衛術教授と決闘をし、見事勝ったと聞きました。ですから、私の相手役に相応しいと。では、決闘クラブの助手は頼みましたよ」
「あの、待ってください! その、わたしは決闘なんてしたことありません! たしかに、去年は色々とありましたが……。ですが、あれは噂になっているようなこととは違って!」
マーガレットがいくら訴えようと、ロックハートの背中は遠ざかっていく。
以前、マーガレットは彼があまり人の話を聞いていないのではと感じたが、その評価を改めざるをえなかった。ギルデロイ・ロックハートは人の話をまったく聞いていない。
「では、助手のマノック教授をご紹介しましょう」
生徒たちの顔が一斉にマーガレットの方を向いた。どうしてこうなってしまったのかは未だにわからないが、こうなってしまった以上は与えられた仕事をまっとうするしかない。
愛想のよい笑みを浮かべ、軽く会釈する。
「マノック教授はみなさんご存知のとおり、前任の闇の魔術に対する防衛術の教授と決闘をされています。ゆえに、みなさんのよきお手本となってくれるでしょう。そして、もう一人もご紹介しましょう」
ロックハートはマーガレットの隣に立つ黒装束の男性の紹介を始めた。
「スネイプ教授です。スネイプ教授がおっしゃるには、決闘についてごくわずか、ご存知らしい。訓練を始めるにあたり、このお二人には短い模範演技の手伝いをしていただきます。では、まずは私とマノック教授の手合わせをお見せいたしましょう!」
マーガレットは金色の舞台の中央に歩み出る。宙に浮かぶ何千本もの蝋燭に照らされた彼女の後ろ姿を青い目の鴉が見送る。
「マノック教授、この私に手加減は無用ですとも」
両者は向かい合って一礼。マーガレットはスカートの裾をちょこんとつまみ上げ、ロックハートは深紫のローブを翻して大げさに頭を下げた。
そして、今度は互いに杖を突き出す。
「ご覧のように、私たちは作法に従って杖を構えています」
この時、マーガレットは緊張していた。相手はあのギルデロイ・ロックハート。ときには山トロールや雪男とも一戦交えた——と彼の著書にはかいてある——魔法使いだ。
彼はこのような戦闘にも慣れているはずだが、マーガレットは違う。
「1——2——」
とはいえ、マーガレットとクィレルにまつわる例の噂話を多くの生徒が信じてくれている以上は、あまりふがいない姿も見せられない。
「3——」
ならば、覚悟を決めて正々堂々と真っ向から挑むべし。
マーガレットは左足を踏み込み、右手を高く上げた。そして、勢いのまま杖を振り下ろす。
「——
白くしなやかな杖先から、紅い閃光が走った。光線を真正面から受け、ロックハートの体と彼の手を離れた杖が宙を舞う。その様を見て、彼のファンであろう女子生徒たちが悲鳴を上げた。
マーガレットはもう一度杖を振る。
「——
一度は床にしりもちをついたロックハートであったが、彼はまた何事もなかったかのように舞台上へと戻ってきた。
「もちろんですとも。生徒たちに見せた方が、教育的によいと思いましてね。あれが、『武装解除の術』です。——ご覧のとおり、私は杖を失ったわけです。——あぁミス・ブラウン、ありがとう。——
「ロックハート教授。せっかくマノック教授をお呼びしたというのに、我々は彼女の決闘の腕前をほんの少ししか拝見していないではないか。ミス・マノック、次は吾輩と手合わせ願おう。あなたなら多少はまともな見本になるはずだ」
「わたしですか?」
その決闘の腕前というのをマーガレットはもう見せたくはないのだが、スネイプは普段よりもさらに不機嫌な様子で否とは言えそうにない雰囲気だ。
「わかりました。その、お手柔らかにお願いしますね」
マーガレットは再び舞台の中央に立った。そして、その真正面にスネイプも立つ。
彼らの寮監が杖を手にすると、スリザリンの生徒たちは大いに盛り上がった。こういったときのスリザリン生の団結力というのは強い。「スネイプ先生負けるな」、「マグル学の教授なんてやっつけろ」という声が聞こえてくる。
だが、マーガレットに対してもレイブンクロー、ハッフルパフ、グリフィンドールの三つの寮の生徒たちから「マノック先生負けるな」、「スネイプなんてやっつけろ」といった声援が送られていた。
「では、作法に従い杖を構えて」
ロックハートの掛け声で、大広間はしんと静まり返る。一礼、そして杖を構えた。
「1——2——3——」
「っ、——
漆黒の杖から放たれた白い光弾が盾の呪文によって弾かれる。今この場で起きたのはただそれだけのこと。
しかし、多くの生徒は目を白黒させるばかり。だが、無言呪文と盾の呪文の難しさを知る上級生たちは声を呑んだ。
「ミス・マノックは無言呪文の対処にも慣れているようで。さしずめクィレルに教わったのでしょうな」
「えぇ、そうですね」
マーガレットは呼吸を整える。杖の動きをよく見ていたからよかったものの、盾の呪文が遅れていたら自分は
スネイプがまた杖を振る。マーガレットもとっさに盾の呪文を唱えようとしたが、なにかがおかしいことに気がついた。杖先が自分のいる真正面を向いてないのである。
スネイプ教授はいったいなにを? マーガレットの視界の端でなにかが動き、思わずそちらを見てしまった。
大広間のビロードのような黒と金色の舞台の間の宙に深い紫色が浮いている。あれは——ギルデロイ・ロックハートだ。
「——
マーガレットのマツの杖はスネイプ教授の手の中に。スリザリンの生徒が歓声を上げる。
「ロックハート教授、これは失礼を。どうやら手元が狂ってしまったようだ。もっとも、あなたならいとも簡単に止められるかと思っていましたが」
壁に激突するまで吹き飛ばされたロックハートは床に大の字になって伸びていた。女子生徒たちが悲痛な声を上げている。
「ミス・マノック、吾輩の寮には魔法省への就職を考えている者が数名いる。先ほどのあなたの技量を見たあとならば、彼らも喜んで教えを受け入れるだろう」
「なるほど、そういうことでしたか。わかりました。この決闘クラブの場を借りて、できる限りのことを教えてみます」
マーガレットは杖を受け取り、舞台から降りた。すると、まずはネモが彼女の左肩に飛び乗り、それから十数人の生徒がぞろぞろと周りに集まってくる。
おそらくはスネイプ教授が前もって話をしていたのであろう。ぱっと見でもスリザリンの生徒が多い。マグル学の授業とは様子が違い、マーガレットはなんだか新鮮な気持ちになった。
「では、いつも教えているようなこととは違うことをなので、上手に説明できないところもあるかもしれませんが……。どうぞ、よろしくお願いしますね」
マーガレットは上級生たちを相手に呪文の練習をしていたが、それ以外の生徒たちはロックハートとスネイプのもとで決闘を行っていた。マーガレットがときおり見た限り、決闘と呼ぶよりも戦闘、むしろ喧嘩といった方がいいような気もしたのだが。
そのため、ロックハートはモデルとして選んだペアを代表にし、決闘させることにしたようだ。
そして、そのモデルに選ばれた組み合わせがハリー・ポッターとドラコ・マルフォイ。一人はいわずと知れた「生き残った男の子」、もう一人は純血一族出身のスリザリン期待の新星。
それまで盾の呪文を何度も唱え、杖を振るい続けていた生徒たちも次第に手を止め、その一騎打ちを見届けようとしていた。
「構えて。1——2——3——それ!」
「——
ロックハートの号令のあと、すばやく杖を振り上げたのはドラコ。彼の杖の先から黒いヘビが姿を現し、二人の少年の間にドスンと落ちた。まわりの生徒が悲鳴を上げてあとずさりしたものだから、そこだけ広くあいていて少し離れた場所にいるマーガレットにも様子がよく見える。
ヘビは鎌首をもたげていて、いつ襲いかかってもおかしくはない雰囲気だった。そんな怒ったヘビを前に、ハリーは身動きができない。
「動くな、ポッター。吾輩が追いはらってやろう……」
「私におまかせあれ!」
バーンという大きな音とともに、ヘビは二、三メートルも宙を飛んだ。そして、再び床に落ちてきたヘビは怒り狂い、近くにいたハッフルパフ生に滑り寄り、牙をむき出しにする。その彼をかばおうとしたのか、今度はハリーが前に進み出でなにか叫んだ。
このままでは彼らが危険だ。マーガレットはヘビに向かって杖を構える。しかし、この離れた場所から狙おうとすると的が小さい。
そのとき、ふいに左肩が軽くなった。黒い影が黒いヘビに向かって一直線に飛んでいく。
「ネモ?」
ネモはいつの間にか大人しくなったヘビの首を咥えると、床を強く蹴って大きく羽ばたいた。まさかの乱入に誰もが唖然としている。
鴉はヘビを咥えたまま蝋燭の灯すらも届かない天井の黒に姿を消した。次第に広間のざわめきが大きくなる。
「ミス・マノック、これはどういうつもりか」
「いえ、わたしにも……。ネモ、戻ってきて!」
マーガレットが叫ぶと、はるか頭上から「カアカア」という声が聞こえた。そして、ネモは何事もなかったかのようにマーガレットのもとまで帰ってくる。
しかし、咥えていたはずのヘビがどこにもいない。魔法で現れたものだから消えたのか、あの漆黒の中に置き去りにしてきたのか。それとも——。
「ネモ、まさか食べちゃったりはしてないよね?」
青い目の鴉ははっきり「カー」とだけ鳴いた。