マグル学教室へようこそ   作:BellE

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まだまだ拙い部分もありますが、少しでも読んで面白かったと思っていただけるように頑張っていきたいです。


第3話 魔法界へようこそ【後編】

 マーガレットとネモとクィレルは昔からの建物が立ち並ぶ横丁のなかでも一際歴史を感じさせる店の前にいた。

 

——オリバンダーの店 紀元前382年創業 高級杖メーカー

 

 扉に書かれた剥がれかかった金色の文字を読み、マーガレットは胸を弾ませた。ここは魔法使いの必需品である魔法の杖を取り扱っている店である。つまり、ここに来たということは自分の杖を手にする瞬間がついにやって来たということであった。

 一週間前からこの時を最も楽しみにしていたマーガレットは落ち着かない様子で踵を上げたり下げたりしている。バスケットの中のネモは飼い主が動き続けているせいで少し居心地が悪そうだった。

 

「こ、ここはオリバンダーの店といって、魔法界にその名を知らない者はいない杖の名店です。杖を買うなら、ここに限ります」

「先生もここで杖を買ったんですか?」

「も、もちろん。君と同じように、ほ、ホグワーツ入学に合わせて買いに来ました」

 

 クィレルは自分の杖を取り出すと、ペン回しの要領でくるりと回してみせた。それは持ち手から杖先に向かって蔓が巻き付いているようなデザインをした黄褐色の杖だった。

 

「先生の杖、とっても素敵ですね。どうして、この杖にしたんですか?」

「それは、こ、この杖が私を選んだのですよ」

 

 予想とは違った答えが返ってきたため、マーガレットは首を傾げた。クィレルはそんなマーガレットの姿を見て、「実際に体験してみればわかりますよ」と扉を開けた。

 

 

 

 チリンチリンと店の奥の方でベルが鳴った。小さな店内のいたる所に棚が置かれ、そこを埋め尽くすように細長い箱が収められている。なかには棚に入りきらず、床から天井まで積み上げられている箱の山もあった。

 何百、いや、もしかしたら何千もの杖がここにはあるのだろうかとマーガレットは考える。このなかに将来の自分の杖があると思うとその出会いが楽しみな反面、マーガレットは本当に自分の杖が見つかるのだろうかと緊張もしていた。店内が図書館のように静かなのもその緊張を高める原因となっていた。

 マーガレットは足元にバスケットを下ろすと両手を握り合わせ、ごくりと唾を飲み込む。そんな彼女のことをネモは下から見上げていた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 いつの間にか、柔らかい声の老人が目の前に立っていた。店の薄明かりの中でも光る銀色の瞳が特徴的だ。

 

「こんにちは」

「こ、こんにちは、オリバンダーさん。き、き、今日はこの子の杖を見つけに来ました」

「それは、それは。きっとあなたを気に入る杖が見つかることじゃろう」

「わたし()()気に入る?」

 

 マーガレットが問いかけると老人の目はさらに輝きを増した。

 

「そう、杖の方が持ち主の魔法使いを選ぶのじゃ。例えば、あなたをここに連れ来たクィリナス・クィレルさんの杖は23センチのハンノキでよく曲がる。そして、芯はユニコーン」

 

 クィレルは老人が自分の杖を憶えていることに感心しきっていた。

 

「ハンノキは硬くて曲がりにくい木材じゃが、思いやりがあって親切な者を選ぶ。このように杖自身が最も親しみを感じる持ち主を選んでこそ、それは最高の杖になるのじゃ」

 

 この老人が言うとおり、マーガレットもクィレルのことをなんでも教えてくれて、自分を助けてくれる親切で優しい先生だと感じていた。だからこそ、ハンノキの杖が彼を選んだことにも納得がいく。

 杖が使い手のことを選ぶということは、杖に気に入られるということはこういうことなのかとマーガレットは理解した。

 

「では、お嬢さんの杖を探そうか」

 

 オリバンダー老人はポケットから巻き尺を取り出したが、不意になにかを思い出し動きを止めた。

 

「おお、そうじゃ。お嬢さんの名前を伺ってもよいかな」

「マーガレット・マノックといいます」

「マノック……。では、マイケル・マノックさんの娘さんか。道理で同じ目をしていなさるわけじゃ」

 

 老人の口から父の名前が出たことに、マーガレットはひどく驚いた様子だった。父のことをよく聞くため、老人の話に一層耳を傾ける。

 

「わしは自分の売った杖はすべて憶えておる。あなたのお父さんが買われたのは27センチの長さで芯はドラゴンの心臓の琴線。カシノキで出来た堅実な杖じゃった。カシノキは真実と知恵を象徴し、内面の強さと深い知識の井戸を持つ者を好む。あなたのお父さんはそんな杖に選ばれた方じゃ」

 

 オリバンダー老人が語る父の人物評は、マーガレットが()()を通して知った父の姿に重なるところがあった。少女はまた一歩、父に近づけた気がした。

 

「さて、それではマノックさん。拝見しましょうか。杖腕はどちらかな」

「杖腕?」

「き、利き腕のことですよ、ミス・マノック」

 

 マーガレットが聞きなれない単語を耳にして混乱していると、クィレルが優しく教えてくれた。なるほど魔法界では利き手をそう表現するのかと理解したマーガレットは右腕を持ち上げる。オリバンダー老人は腕の長さや指の長さ、また手の甲の幅などを測ると棚からいくつかの箱を取り出した。

 

「では、マノックさん。まずはこれをお試しください。ブドウの木にユニコーンのたてがみ。32センチでややしなる。手に取って、どうぞ試してください」

 

 マーガレットは杖を取り、以前クィレルがやっていたように軽く振ってみる。その瞬間、指先に温かさを感じた。これがわたしの杖——と思った瞬間にはオリバンダー老人によってその杖はもぎ取られていた。

 

「少し、違うのう。次はレッドオークにドラゴンの心臓の琴線。22センチ、曲がらない。さあ、どうぞ」

 

 マーガレットは再び杖を構えた。しかし、杖を振り下ろすと今度は店内にあった箱の山が崩れ落ちる。これは自分には合わない杖だとマーガレット自身も直感的に気づいた。

 それは老人も同じ意見だったようでマーガレットから早々に杖を回収し、それから自身の杖を一振りして箱を積みなおした。

 

「ごめんなさい」

「お気になさるな、誰もがこうやって自分に合う杖を見つけるのじゃ。さて、次は……。おお、これじゃ。マツの木にユニコーンのたてがみ。27センチ、驚くほど振りやすい」

 

 それは白っぽい色をしていて、まっすぐとした木目が特徴的な美しい杖だった。優しく杖を握ると、指先だけでなく体の奥底から温かくなる感覚を覚えた。

 

「さあ、振ってごらんなさい」

 

 マーガレットはすうっと息を吸い込み、杖を掲げた。その様子をクィレルたちは固唾を呑んで見守っている。

 少女は優美に杖を振るう。すると、杖の先から金色の光の粒子が溢れ出してきた。光の粒は渦を巻くようにして宙へと舞い上がり、やがてゆらゆらと漂いながらマーガレットに降り注ぐ。

 まるで、「ピーターパン」に出てくる妖精の粉みたいだとマーガレットは思った。物語のように体は浮かび上がらなかったが、それでも心は天にも昇るような気持ちだ。

 クィレルは小さく「おー」と感嘆の声を上げ、オリバンダー老人は「ブラボー!」と叫んでいた。ネモは床を跳ね回り、光の粒を黒い羽根にまとわせている。

 

「マツの杖は独創的な使い方を喜ぶ。きっと、マノックさんの好奇心と探求心に応えてくれるはずじゃ。それから、そうじゃ、マツの杖は長生きする者と相性が良い。あなたのこれからの長い人生をともに歩み、ともに学び続けるものとして、この杖は友となるじゃろう」

 

 マーガレットはますますこの杖のことが好きになった。その美しい見た目も手に持った時の馴染むような感触も気に入った。そして、なによりもこの杖が自分を認めてくれたということが嬉しかった。

 

 マーガレットは杖が箱に戻され、紙で包まれていくのをずっと見つめていた。そうして丁寧に包装された箱がマーガレットに手渡される。直接杖を手にしているわけでもないのに、また体の奥底が温かくなったように感じた。

 クィレルが杖の代金を支払い、オリバンダー老人のお辞儀に送られて二人と一羽は店を出た。その時のマーガレットは数十分前までよりも少し大人っぽい顔をしていた。

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 これにてダイアゴン横丁でのすべての買い物が終わった。あとはマッカーデン商店へと帰るだけなのだが、初めての魔法界に圧倒されて少し疲れていたマーガレットを気遣って、一息いれてから発つことをクィレルが提案してくれた。

 

 一行はフローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラーにいた。ショーケースの中ではバニラ、チョコレート、ストロベリー……と馴染みのあるフレーバーが冷やされている。バタービール味という初めて聞く名前のフレーバーもあったが、見た目はいたって普通のアイスクリームだった。マーガレットはいくら魔法界といえども、食べ物は自分が知っているものと同じなのだと——少なくともこの時は——思った。

 

 マーガレットはなにを食べるか迷っていた。彼女が一番好きなのはバニラ味のアイスクリームだ。しかし、せっかく魔法界に来たのだからバタービールのような初めて出会う味も食べてみたかった。それに他のアイスもなんとも美味しそうで、簡単には決められない。

 

「ま、迷いますか。一つに絞らなくてもいいですよ」

「本当ですか! その、本当にいいんですか!」

 

 クィレルが頷くと、マーガレットはごくりと喉を鳴らした。目がギラギラと輝いている。それを見て、クィレルはなぜだか寒気を感じた。

 

「先生、ありがとうございます! えっと、すみません。バニラとストロベリーとかぼちゃ、それからバタービールをください!」

「わ、私はチョコレートを」

 

 寒くなったのはクィレルの財布だった。

 

 

 

「甘くて、冷たくて、とってもおいしいです!」

 

 マーガレットとクィレルは通りに面したテラス席に座っていた。ネモは飼い主の膝の上で日向ぼっこをしている。

 マーガレットはアイスクリームを一口食べるごとにうんうんと頷き、その味を堪能していた。口角がみるみるうちに緩み、幸せそうな顔をしている。

 一方、クィレルは甘ったるいチョコレートアイスをちびちびと口に運んでいた。これは食べる量の違いを考えた彼なりの気遣いであった。

 

「み、ミス・マノックはアイスクリームがお好きなのですか?」

「はい! アイスも、ケーキも、それからチョコレートも。甘いお菓子はなんでも大好きです!」

 

 マーガレットは満面の笑みを浮かべながら、再びアイスクリームに口をつけた。いつの間にか、彼女のグラスの中身は半分まで減っている。クィレルは彼女の旺盛な食欲に驚きつつ、スプーンを口に運ぶペースを少し速めた。

 

「そうだ、先生」

 

 不意にマーガレットはスプーンの動きを止め、クィレルの顔をのぞき込んだ。

 

「な、なんでしょうか」

「先生、魔法界には忘れてしまったものを思い出す魔法や道具というのはないんでしょうか?」

「忘れてしまったものを、ですか?」

 

 今日一日だけでもマーガレットはかなりの量の質問をしてきたが、今度のそれはそれまでのものとは性質が異なるように思われた。その質問は彼女が目にしたものについてでも、ホグワーツに関することでもない。頭の中に突然浮かんできた疑問をぶつけてきたようにクィレルには感じられた。

 

 しかし、彼はすぐにその考えを改めることとなった。青い双眸が自分に対して期待のまなざしを向けている。ふと思いついた質問の答えにこれほどの期待を寄せる人間はそうそういないだろう。突拍子のないように思えた少女の疑問が、実はずっと彼女の心の奥底にしまってあったものだったことに気づく。

 マーガレットが何故「忘れてしまったものを思い出す方法」を知りたがっているのかクィレルは興味を抱いたが、まずは自身の先達としての役割を果たすことに集中した。

 

「お、思い出し玉というなにか忘れ事をしているときに忘れ事があるということを教えてくれる道具ならあります」

「なるほど。そんなこともわかるだなんて、やっぱり魔法ってすごいですね。……でも、その思い出し玉では忘れている事の中身まではわからない、ということですか?」

「はい、そのとおりです。き、記憶を消す忘却術はありますが、記憶を元に戻す魔法というのはま、まだ見つかっていません」

「そう、ですか……」

 

 マーガレットはクィレルから視線を外した。期待に満ちていた瞳には、今や落胆の色が広がっている。

 

「み、ミス・マノック、ど、どうしてそのような魔法があるかを知りたかったのですか?」

 

 マーガレットはまばたきを何度も繰り返していた。まさか自分が質問をされる側になるとは思ってもいなかったようだ。

 

「それは、わたしが……」

 

 マーガレットはなにか言いかけて口籠った。唇を噛み、じっとなにか考えている様子だった。ネモはそんな飼い主のことを心配そうに見上げている。

 

「わ、わ、私がふと気になって聞いてしまっただけですから、む、無理に答える必要は——」

「いえ。先生はわたしの質問に何度も答えてくださいましたから、今度はわたしの番です」

 

 マーガレットは視線を落とし、ネモのことを見た。一人と一羽の視線が交錯する。クィレルには俯いた少女がどんな表情をしていたのかはよく見えなかった。

 

「あの、わたし、お父さんのことをなにも憶えてないんです。その、わたしは7歳になる前に事故に遭いました。お父さんは、わたしをかばってその時に……。わたしは、お父さんに助けられたんです。でも、その時にそれまでの記憶を全部失ってしまって……。えっと、今でもお父さんのことを思い出せないんです。だから、魔法でなら思い出せるかなと思って……」

 

 一週間前にマーガレットが口にした「なにも憶えていない」という言葉はそのままの意味だった。つまるところ、マーガレットはいわゆる“記憶喪失”である。彼女には事故に遭うまでの記憶が一切ない。そのため、事故で命を落とした父親のことも憶えていない。そして、失われた記憶を今も取り戻せずにいるのだ。

 

 マーガレットがふと顔を上げると、自分のことを見つめるグレーの瞳と目が合った。

 

「……! あの、でも、いつかきっと思い出せるって信じてるんです! その、お母さんもおじいちゃんたちもお父さんのことをたくさん教えてくれました。写真だって見せてくれました。それでも、まだ思い出せていないけど、でも魔法界で、ホグワーツでお父さんと同じものを見て、聞いて、学べば、お父さんにもっと近づくことができれば、お父さんみたいな魔法使いになれれば、なにか思い出せるんじゃないかなって——」

 

 マーガレットは自分がずいぶんと早口で喋っていたことに気づき、口元を押さえ頬を赤らめていた。

 

「父への思い、でしたか……」

 

 クィレルは誰に聞かせるわけでもなく呟いた。だから、彼女は父親のことと彼に関係すること、つまりは魔法界やホグワーツについて人一倍知りたがっていたのかと合点がいった。

 

「その、ごめんなさい。あの、おかしなことを言っていましたよね」

「い、いえ、おかしくないですよ。こ、こちらこそ君が話しづらいことを聞いてしまい、すみませんでした。それから君の記憶についてですが……、たしかに今はまだ取り戻せるような術はありません。しかしホグワーツでなら、なにか別の方法やきっかけが見つかるかもしれない」

 

 クィレルはふと、あるマグルの作家が残したとされる言葉を思い出した。

 

「ミス・マノック、こ、この言葉を知っていますか? 『人間が想像できることは、人間が必ず実現できる』」

「ジュール・ヴェルヌ、ですよね? 『海底二万里』の」

 

 マーガレットは“ネモ”のことをちょんちょんとつついた。

 

「そのとおり。よく知っていますね。これはマグルの持つ際限ない想像力と日々進歩し続ける科学技術をたたえるような言葉ですが、ま、魔法族にも当てはまるものだと私は考えます。ま、魔法というものも、ああしたい、こうしたいという想像が大切なものです。た、例えば、動物が杯に変わった姿。例えば、と、遠くにあるものが手元まで引き寄せられる様子。思いを強く持つほど、魔法は成功しやすくなる。魔法はそ、想像を形にするものです。だからこそ、き、君がお父様のことを思い出すという夢を持ち続ければ、いつか魔法は応えてくれるのではないでしょうか」

 

 マーガレットはクィレルの言葉を聞くと表情を和ませた。潤んだ青い瞳がきらりと輝く。

 

「そうですよね! わたしが魔法使いだったのも、きっとそのためなんですよね。あの、先生に聞いてもらえてよかったです。まだまだ時間はかかるかもしれないけど、わたしの記憶もいつかは思い出せるんだって思えました」

「そうです。ぜ、絶対に思い出せますよ」

 

 ネモもマーガレットを元気づけようとしたのか、彼女の肩にのると頬に体を寄せた。日向ぼっこをしていたせいか、黒い羽が暖かくて気持ちがよい。マーガレットはお礼代わりにネモの頭を撫でてやると、ネモはそっと目を閉じた。

 

「み、ミス・マノック、アイスが溶けてしまいますよ」

「あっ、本当だ。……うん、少し溶けていてもおいしいアイスです」

 

 マーガレットはぬるくなったアイスクリームを口にすると、再び幸せそうな顔になった。一口、また一口と口に運んでいく。彼女が完食するまで、そう時間はかからなかった。

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 目を輝かせたり、白い歯を見せたり、頬を赤らめたりと今日一日で様々な表情を見せてきたマーガレットであったが、今この時は真っ青な顔をしていた。ネモもふらふらとした足取りで彼女の周りを歩いている。

 

「……だ、大丈夫ですか?」

 

 行きと同じように地下鉄に乗って帰ってくればよかったのだが、荷物が多かったこと——それからクィレルがマーガレットにまた魔法を見せたかったということ——もあり、一行は姿現しであの行き止まりの路地まで帰ってきた。

 

 自分も魔法を体験できるということで、姿をくらますまでのマーガレットはとても楽しそうに笑っていたが、初めての姿現しを経験した後は血の気のない顔で遠くの空を眺めていた。

 

「すみません。その、ちょっと、気持ち悪くなっちゃって……。魔法って大変ですね……」

「す、姿現しは慣れるまでが大変ですから」

「でも、こんな魔法も使えるだなんて、やっぱり先生はすごいですね」

 

 具合が悪そうではあったが、それでも新たな魔法を体験したマーガレットはどこか嬉しそうな様子だった。

 彼女は何度か深呼吸を繰り返し、ようやく吐き気を感じないようになるまで落ち着くと、再び口を開いた。ネモも調子を取り戻したようで、自らバスケットの中に戻っていった。

 

「先生、ご心配おかけしました。もう大丈夫です」

「では、行きましょうか」

 

 狭い路地を抜け、大きな通りに出ると二人は並んで歩いた。マッカーデン商店までは二、三分もかからない距離だが、その僅かな時間にも9月1日の出発時刻やホグワーツ特急への乗り方といった多くのことを確認していた。

 

 そして、あっという間に二人と一羽はマッカーデン商店の前まで来ていた。店の中ではメアリーがちょうど閉店の準備をしているところだ。

 

「先生、本当に色々とありがとうございました。今日もとっても楽しかったです。次にお会いする時はホグワーツですね」

 

 マーガレットは名残惜しそうに右手を差し出した。しかし、クィレルはすぐには彼女の手を取らず、自身の鞄の中から一つの包みを取り出した。

 

「わ、別れの前に。ミス・マノック、き、君にこれを……」

 

 マーガレットは手渡された包みをしげしげと見ていた。

 

「あの、開けてもいいですか?」

「も、もちろん。……気にいってもらえれば嬉しいです」

 

 マーガレットは包装紙を丁寧に開け始めた。緊張のせいか、それとも興奮のせいか手元が震えている。

 赤色の包装紙を開けると、茶色い木箱が姿を現した。そして、その木箱の中には金色に輝く懐中時計が収められていた。蓋には鴉のシルエットが彫られている。なんてお洒落で美しい時計なのだろうとマーガレットは思わず感嘆の声を漏らした。

 

「わ、私からの入学祝いです。ミス・マノック、き、君がホグワーツで多くのことを学べるよう、応援しています」

「ありがとうございます、先生。」

 

 マーガレットはこの時計のことも杖と同じくらい気に入った。彼女は懐中時計を胸に抱き寄せ、白い歯を見せて笑う。その反応を見てクィレルは満足げな表情を浮かべた。

 

「では、ミス・マノック。またホグワーツで会いましょう」

「はい! 必ず会いに行きますね!」

 

 少女にとっては()()()()()()、青年にとっては()()()()()()。とはいえ、お互いこれから出会う多くの教師の、そして多くの学生の一人でしかない。でも、この時のマーガレットにとってクィレルは()()()()()であったし、クィレルにとってもマーガットは()()()()()であった。

 だからこそ、この交流が少しでも長く続くことを願い、二人は固い握手を交わしたのだった。

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 1983年9月1日、マーガレットはメアリーとともにキングズ・クロス駅の九番線と十番線のプラットホーム上にいた。ホーム上にも時計はあるのだが、マーガレットはわざわざポケットから懐中時計を取り出して今が10時半であることを確認する。

 

「マーガレット、本当にここであっているの?」

「うん。九と四分の三番線への行き方は先生と何度も確認したから大丈夫だよ」

 

 マーガレットは自信満々に答えた。周りを見渡してみれば、彼女と同じように大荷物を手にした家族連れの子供たちが何組もいる。自分と同世代の魔法使いたちの姿を見つけて、マーガレットは嬉しくなった。今すぐにでも九番線と十番線の間の柵に向かって歩き出したかったが、はやる気持ちを抑えて母の方に体を向けた。

 メアリーはマーガレットの両肩に手を置き、しっかりと目線を合わせる。

 

「マーガレット、忘れ物はない? アイスと時計のお礼はちゃんと持った?」

「トランクに教科書も学用品も服も入れました。それから先生へのお礼もちゃんと持ったよ」

「よくできました。それと、次に帰って来るのはクリスマス休暇ね。それまではあなたと会えない。だから、ちゃんと手紙を書いてね。もちろんお母さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんもあなたに手紙を書くから」

「うん! さっそく今晩もお手紙を書くね! 出せるのは、明日になっちゃうかもしれないけど……」

「それで大丈夫よ。あなたが元気で、楽しく生活していることがわかればいいの。それから……」

 

 メアリーは一度言葉を切った。目の前にいるはずの娘の姿がぼやけてよく見えなくなっていた。

 

「つらくて、苦しくて、どうしようもない時は……帰っておいで。学校なんて飛び出して、家に戻ってくればいい。お母さんたちはいつでもあなたのことを待っているから」

「でも、そんなことしたら怒られちゃうよ」

「うふふ、たしかにそうね。でも、大丈夫よ。どんなに怖い先生が、どんなに恐ろしい魔法使いがあなたを連れ戻しに来たとしても、必ずあなたを守るから」

 

 メアリーは気丈に笑った。娘を安心させるためにも、自分が今ここで涙を流す訳にはいかない、と。

 

「ありがとう、お母さん。大好きだよ」

 

 マーガレットは母に抱き着いた。メアリーも娘のことを強く抱きしめた。次に娘と会う時、彼女はどれくらい成長しているのだろうと考えると楽しみでもあり、少し寂しくもある。

 本当はこのままずっと抱きしめて、マーガレットをホグワーツになんて行かせたくなかった。それでも、メアリーは娘の背を優しくさすり、ゆっくりと彼女から離れる。

 

 メアリーはマーガレットが自分との別れもほどほどに早く九と四分の三番線へ行きたかがっているとばかり思っていた。しかし、その娘の青い瞳にも溢れんばかりの涙が溜まっていた。

 

「ほら、マーガレット。笑顔で行っておいで」

「……うん。お母さん、行ってきます。おじいちゃんとおばあちゃんにもよろしくね」

 

 マーガレットは袖口で涙を拭うと、悪戯っぽい笑顔を見せた。彼女は右手に祖父から譲り受けた大きなトランクを持ち、左手にはネモの入ったバスケットを提げた。まだこのプラットホームがマグル側の世界だからか、ネモはバスケットの中で息を潜めている。

 

 マーガレットは母に背を向けると九番線と十番線の間の柵の真正面に立った。

 

「そうだ……」

 

 マーガレットは顔だけメアリーの方に向けた。希望に満ちた青い瞳の下で赤い唇が弧を描いている。

 

「たくさん勉強して、たくさん魔法を覚えて、わたし、お父さんみたいな魔法使いになる! だから、行ってきます!」

 

 マーガレット・マノックは九と四分の三番線に向かって一直線に駆け出した。メアリーは彼女が柵にぶつかると思って、思わずその後ろ姿から目をそらしてしまった。

 しかし、メアリーが再び正面を向いた時には、娘の姿はどこにもいなくなっていた。

 

「……行ってらっしゃい、マーガレット。きっと、お父さんがあなたのことをいつまでも見守っていてくれるわ」

 

 言いそびれてしまった見送りの言葉を呟き、メアリーはキングズ・クロス駅を後にした。




マーガレットの夢:記憶を取り戻す・父親のことを思い出す

次回、マーガレットとホグワーツ入学卒業の日
(序章最終話、そして1991年「賢者の石」編に繋がるお話となります)
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