マグル学教室へようこそ   作:BellE

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Cat has nine lives.


第7話 Curiosity Killed the Cat

 静かなクリスマス休暇が終わり、新学期が始まった。また、マグル学の授業や自身の研究とマーガレットは忙しい日々を送っている。

 だが、彼女はあいかわらず医務室に通っていた。今日は外の雪景色を思わせるようなスノードロップの花束が見舞いの品である。

 

 それにしても、この場所の風景もミセス・ノリスのお見舞いを始めたときに比べるとずいぶんと変わっていた。衝立で囲まれたベッドが決闘クラブの翌日に一台、クリスマスのあとに一台増えている。また、「秘密の部屋」の怪物の被害者が出たのだ。

 あの決闘クラブの翌日、新たに二人が冷たい石となって発見された。一人はハッフルパフの2年生ジャスティン・フィンチ‐フレッチリー。ちょうど前日の決闘クラブでヘビに襲われかけていたマグル生まれの少年だ。彼は今、コリン・クリービーの隣のベッドで横たわっている。

 そして、もう一人の被害者が「ほとんど首なしニック」ことニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿。彼もまた黒く煤けた姿となって発見された。石となってもなお、彼にはゴーストの宙に浮かぶ性質が残っていた。そのため、彼は医務室のベッドの上ではなく、誰の邪魔にもならないような階段の一番上まであおぎ上げられたのであった。

 

 では、衝立で目隠しされた三台目のベッドは使っているのは誰か? それはハーマイオニー・グレンジャーであった。

 彼女はずいぶんと長いこと医務室にいる。それはクリスマス休暇が終わり、他の生徒が戻ってきてからも変わらずで、彼女も襲われたのだ——なにせ、彼女はマグル生まれである——という噂も流れていた。

 だが、その噂が真実ではないことは確かである。マーガレットも彼女の顔を見て直接お見舞いを伝えられたわけではないが、気慰めにでもと差し入れた本が翌日には長い感想文とともに返ってきたこともあったし、今は彼女の級友が日々の宿題を届けている。

 

「マダム・ポンフリー、ミス・グレンジャーに一つお渡ししていただきたいものが」

 

 マーガレットはマダム・ポンフリーに封筒を手渡した。

 

「今年もまたペットパーティーをするんです。次の週末の予定なのですが、ミス・グレンジャーの体調が良いのなら、ぜひ遊びに来てもらいたいのです」

「まだ少し難しいかもしれませんが……。ですが、あとで本人には伝えておきます」

「ありがとうございます!」

 

 そう、今年もペットパーティーを開催することにしたのである。そのために、屋敷しもべ妖精たちに食事の手配をお願いしたり、ケトルバーン教授とも連れてくる魔法生物の打ち合わせをしたりと休暇の間も準備を進めてきたのである。

 

 だがしかし、昨年までとは一点違うことがあった。今年は会場の準備をすべて一人で進めなければならないのである。

 小言や嫌味を言いつつも、フィルチは毎年ペットパーティーの準備に手を貸してくれていた。そして、当日になると普段よりもほんの少し機嫌がいいフィルチといつもよりも丁寧にブラッシングされたミセス・ノリスが姿を現す。

 これは学生時代から毎年のようにこのパーティーに参加していたマーガレットだから知っていることである。

 

 だが、今年もペットパーティーをすると知ったフィルチは、たいそう腹を立てた様子でマーガレットのもとに乗り込んできた。曰く、「石になったミセス・ノリスを見世物にでもして楽しむのだろう」と。

 マーガレットはもちろん、誰にもそのようなつもりはないのだが、フィルチは頑なであった。彼はこの数か月でさらに疑い深く、ますます人を信じなくなっている。

 結局は「このようなときだからこそ、子供たちには楽しいパーティーが必要じゃろう」というダンブルドア校長の一声で例年通りペットパーティーを開催できることなった。けれど、マーガレットとフィルチの間には新たに溝が生まれたのである。

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 そして迎えたペットパーティー当日。寒空の下、多くの生徒たちがパフスケインを撫でまわしたり、甘いお菓子を食べながら談笑したりと思い思いにパーティーを楽しんでいた。

 首に青いはマフラーを巻いたマーガレットはその様子を遠くから眺めている。彼女の左肩にのるネモもお揃いの白いマフラーを巻いていた。

 

「これほど冷えているのなら、火蟹も連れてくればよかったかのう。それとも、アッシュワインダーの方が——」

「ケトルバーン教授、アッシュワインダーだけはやめてください」

 

 ケトルバーン教授がアッシュワインダーに呪文をかけ、「豊かな幸運の泉」の芝居でイモムシを演じさせて大広間を火事にする惨事を引き起こしたことは今でも語り草となっている。

 

「おう、マーガレット。遅れてすまんかったな。ハリーたちも連れてきたぞ」

 

 ファングを連れたハグリッドとともに、ハリーとロンの兄妹たちがやってきた。どうやらハーマイオニーはまだ医務室から出ることができなかったようだ。

 だからだろうか。マーガレットが声をかけても、ハリーとロンの二人はどこか元気がない様子だった。

 

「ハグリッド、ちょうどいいところに。火蟹を連れてくるのを手伝ってくれんかのう」

「はい、ケトルバーン教授。ほら、お前さんたちは先にパーティーを楽しんどれ」

 

 ハグリッドはファングのリードをハリーに預け、ケトルバーンとともに訓練場を離れる。

 

「今年も来てくれたのですね。たくさん遊んで、たくさん食べて帰ってください。もちろん、ミス・グレンジャーへのお土産も持っていってくださいね」

 

 屋敷しもべ妖精たちの働きのおかげで、ケーキやクッキーなどがところせましと並べられている。ネモも早く食べたくてたまらなかったのか、飼い主よりも先にお菓子を取りに行っていた。

 

「マノック教授、紹介します。僕たちの妹のジニーです」

 

 パーシーの紹介に合わせて、兄たちの後ろに隠れていた赤毛の少女が小さく頭を下げる。

 

「マーガレット・マノックです。どうぞよろしくお願いしますね。ミス・ウィーズリー」

「よろしく、お願いします」

 

 ハリーとロンばかりに気を取られていたが、彼女もまた元気がない様子だ。

 

「ジニーは入学してから色々なことがあったから、ひどく落ち込んでいるんです。クリービーとは隣の席で授業を受けたりもしていましたから……。なので、このパーティーで少しでも励ませればと。ほら、あっちには猫がたくさんいるぞ」

 

 けれど、赤毛の少女はその場を動こうとしない。

 

「しかたない。ロン、ジニーを頼む。『甘いものを食べると元気がでる』とマノック教授がよくおっしゃっているから」

 

 パーシーは妹たちの分のお菓子を取りに向かった。残ったのはマーガレットとどこか暗い顔をした子供が三人。

 

「その、ミス・グレンジャーとお会いできなくて残念です」

「ハーマイオニーも行きたがっていました。けれど、まだ外に出るのは……」

「そう。あれじゃあね……」

 

 そう口にするハリーとロンはなぜか毛づくろいする猫の方を向いていた。

 

「あぁ、そうだ! ジニーは無類の猫好きなんです。だから、パーシーがペットパーティーなら楽しめるんじゃないかって!」

「そうでしたか。なら、きっとこのパーティーが気に入りますよ。実は今日は猫だけではなくて、ケトルバーン教授にニーズルも連れてきていただきました。ニーズルはとても賢くて素敵な魔法生物ですよね」

 

 そんなことを話していると、マーガレットは頭をこつんとつつかれた。いつの間にかネモが戻ってきたようで、どうやら自分の方が「賢い」だろうとでも主張したいようだ。

 

「いい子いい子。ネモが賢いことはよくわかっているから。そういえば、このペットパーティーの始まりにも猫がかかわっているのですよ。そこにいるファングと今日はこの場にいないミセス・ノリスのために——」

 

 そのとき、ジニーが小さく悲鳴を上げた。顔を真っ青にして、小刻みに震えている。

 

「あたし、寮に戻るわ。部屋で休むから」

 

 そう言い残し、赤毛の少女は走り去っていった。

 

「ジニー、ミセス・ノリスが襲われたことにもショックを受けてるみたいなんだ」

「ごめんなさい。わたしが不用意なことを……」

「先生は気にしないで。最近、ずっとあんな調子だから」

 

 ロンはさらに浮かない顔つきになった。娯楽よりも勉強や監督生の仕事の方が大好きなパーフェクト・パーシーがわざわざ連れてきたのだから、あの末妹は彼ら兄弟にそうとう大切にされているのであろう。

 

「そういえば、ヘドウィグはどうしたのですか? 今日は連れてきていないのですね」

「ほら、ペットパーティーって交流の場でしょ? でも、僕とわざわざ関係を持とうとする人なんて今はいないから」

「それは……」

 

 その時、皿いっぱいにカップケーキをのせたパーシーが帰ってきた。が、彼は妹が寮に戻ったことを知ると、皿を弟に渡してグリフィンドール塔へと足早に向かった。

 

「ミスター・ポッター、あなたがスリザリンの継承者かもしれないという噂のことですね」

 

 結論から言ってしまえば、あの決闘クラブはハリーにかけられていたスリザリンの継承者なのではないかという疑いをさらに深めることとなった。

 一つ目に彼がパーセルタングであったこと。二つ目に「秘密の部屋」の怪物の三度目の被害者が前日の決闘クラブでヘビに襲われかけたジャスティンであったこと。

 事実だけを並べてみれば、ハリーが疑われてしまうのもしかたがない。

 

「マノック先生は僕がスリザリンの継承者だと思いますか?」

 

 マーガレットははっきりと首を横に振った。ハリーにサラザール・スリザリンの血が流れているのかということも、ハリーがヘビ語でなんと叫んでいたのかも彼女にはわからない。

 けれど、あの時のハリーの行動はマーガレットの目には勇気ある(グリフィンドールらしい)行動として映っていた。

 それに——。

 

「あなたがもしスリザリンの継承者なら——誰よりも純血主義を理想として掲げるものであったのなら、『賢者の石』を守って『例のあの人』の復活を阻もうとするわけがないじゃないですか。だから、わたしはミスター・ポッターを信じます。絶対に」

 

 マーガレットがそう告げるとハリーはほっとしたような顔をした。

 

「先生がそう思っていてくれてよかった。あのあと、マノック先生のことも『継承者の敵』って呼ぶ奴らがいたから……」

「ネモのことですね……」

 

 ハリーたちを助けるためであったのか、それともヘビを逃がしてやるつもりだったのか。実はその両方かもしれないが、ネモはあの黒いヘビを連れ去ると何事もなかったかのように飼い主のもとまで帰ってきた。

 だが、大鴉(レイブン)のこの行動が少々物議を醸していた。スリザリンの象徴であるヘビを喰ったのではないか、と。

 もちろん、飼い主本人はそんなはずがないということはよくわかっているのだが。

 

「ネモがあのヘビを食べたという噂ですが、まずありえないことなのです。あの、ネモはこのように——あれ、またいない。あっちのお菓子でも取りにでもいっているのかな? ともかく、ネモがヘビを食べるわけがないです」

 

 マーガレットはロンの持つ皿からカップケーキを一つ手に取った。ミックスベリーの、いかにもネモが好きそうなものだ。

 

「ネモはこういったものしか——その、わたしと同じものしか食べません。えっと、わたしがそういうものしか与えていないわけではありませんよ。生まれたときからずっとそうで、虫を食べさせようしてみても絶対にくちばしを開けませんでした。肉や魚も焼かないと食べませんから、ヘビやネズミを丸呑みなんてまずありえないんです」

 

 つまり、あの青い目の鴉はずいぶんと美食家であり、ずいぶんな偏食家なのでもある。

 

「ですから、ネモがヘビを食べたというのはでたらめ。なのに、『継承者の敵』だなんて……。でも、この一年の噂だとかで、人から色々と言われることにも慣れてしまいした。ですから、わたしは大丈夫です」

 

 隠し事をしなくてよいということだけあり、ハリーとロン相手にはマーガレットもずいぶんと話がしやすい。

 

「とはいえ、この騒動がいち早く収まってくれることが一番ですが……。でも、ミスター・ポッターにミスター・ウィーズリー、去年のように自分たちで解決しようとしてはいけませんからね」

 

 マーガレットが軽く釘をさすと、彼らは顔を見合わせる。

 ちょうどその頃、ハグリッドとケトルバーン教授が火蟹を連れて帰ってきた。飼い主の姿を見つけたファングが一直線に走り出す。それに引っ張られて、ハリーたちは自然に人の輪の中へと入っていった。

 

「あの火蟹、わたしが学生だった頃よりも一段と大きくなってる」

 

 きらきらと輝く甲羅の宝石を眺めながら、マーガレットは手にしていたカップケーキを頬張る。人もペットもおいしく食べられるスイーツという難しい注文にも、ホグワーツの屋敷しもべ妖精たちはよく応えてくれた。

 

 それにしてもまだネモが帰ってこない。ふらりとどこかにいなくなるのはいつものことだが、それでもそばにいないと心配に思うのが飼い主心。

 そこで、マーガレットは会場を回りながらネモの姿を探すことにした。

 

 

 

 例年のごとく、一番人気なのはパフスケインだ。魔法族出身の子供も、非魔法族出身の子供もその愛らしさに骨抜きにされていた。

 それから、火蟹のコーナーではケトルバーン教授による臨時授業が開催されている。火傷をしない世話の仕方などはふくろう試験で出題されることもあるからか、とくに五年生の生徒が真剣な表情で話を聞いていた。

 そして、マーガレットは去年のペットパーティーで出会ったネビルとも再会した。今日は蛙のトレバーも彼のそばにいる。

 

 パーティーはおおむね盛り上がっているようである。

 だが、マーガレットはそのなかで一人気になる生徒を見つけた。生き物と触れ合うでもなく、お菓子を食べるでも、他寮の生徒と交流するでもない。ただ、ベンチに腰かけ本——その判型からしてタブロイド紙だろうか——を読んでいるブロンドヘアの女生徒。

 去年までのパーティーで顔を見かけたことがないのだから、おそらくは一年生なのだろう。試しにマーガレットはその青い裏地のローブを見にまとう少女に声をかけてみることにした。

 

「パーティー、楽しんでくれていますか?」

 

 少女はびっくりしたような顔をしている。

 

「このペットパーティーには初めての参加ですよね? はじめまして、わたしはマーガレット・マノック」

「知ってるもン、マグル学の先生」

 

 レイブンクロー寮の少女は再び雑誌に目線を落とした。彼女が読んでいるのは「ザ・クィブラー」というタブロイド紙のようだ。

 これはマーガレットも知らない雑誌である。魔法界にはまだまだ知らないことが多くあるものだ。

 

「『しわしわ角スノーカック』はいないの? ペットパーティーにはめずらしい生き物もいるって聞いたから来たんだよ」

「『しわしわ角スノーカック』ですか?」

 

 これまたマーガレットの知らない魔法生物だ。『幻の動物とその生息地』など、今までに読んだ魔法生物学の本の記憶を片っ端から思い出すが、そのような名前の生き物には憶えがない。

 

「ここにはいないですね……。その、しわしわ角スノーカックという生き物は初めて知りました。その、どんな生き物なんですか?」

「しわしわ角スノーカックはスウェーデンにいるの」

「なるほど。それから、どのような見た目なんですか? しわしわ()……。それならユニコーンのような姿でしょうか? それとも鹿のように角が二本も? そういえば、サイにも角がありますね」

 

 マーガレットは想像力を働かせた。「しわしわ角スノーカック」、名前だけでもその姿がいくらだって思い描ける。

 だが、ブロンドの少女が告げたのは意外な一言だった。

 

「しわしわ角スノーカックは誰も見たことがないんだ」

 

 誰も——あのニュート・スキャマンダーでさえも——見たことがない。それはつまり、しわしわ角スノーカックという魔法生物は()()()()()ということだろうか?

 

「でも、しわしわ角スノーカックはいるんだもン。ただ、今は誰も信じていないだけ」

 

 少女は読んでいた雑誌から視線を上げ、マーガレットのことをじっと見つめていた。

 

「……しわしわ角スノーカックのことをあたしが信じていても、先生は笑わないんだ」

「どうして? だって、シュリーマンは——えっと、あるマグルの考古学者は誰もが実在すると思っていなかった古代の遺跡を掘り当てました。彼は幼き日に心を奪われた一つの物語を信じていたのです。信じ続けることでなにかが変わる。わたしの知るマグルの歴史というのはそういうものですよ」

 

 少女はその銀色の瞳を見開く。

 

「なら、先生もなにか信じているの?」

「はい。わたしは自分の記憶がいつか戻ってくると信じています。事故で記憶喪失になったせいで、わたしには7歳までの記憶がありません。だから、たくさんのことを忘れてしまいました。ずっと信じているのに、ずっと思い出せないまま」

 

 マーガレットは物悲しげに微笑んだ。だが、彼女の青い瞳がきらりと輝く。

 

「でも、わたしが憶えていなくても、知らなくても、7歳まで(あの頃)の思い出が()()()()()()にはならない。そう信じたい、わたしは」

 

 マーガレットの言葉をレイブンクロー生の少女はじっと聞いていた。

 

「『人間が想像できることは、人が必ず実現できる』。やっぱり、いい言葉。だから、わたしは夢を見ること、信じることをやめてしまいたくはないんです」

「しわしわ角スノーカックは想像じゃないもン」

 

 少女は再び「ザ・クィブラー」に目を落とす。

 

「そうですね。……あの、あなたの名前をうかがっても?」

「ルーナ。ルーナ・ラブグッド」

「ミス・ラブグッド。よかったら、来年もこのペットパーティーに遊びにきてください。わたしもしわしわ角スノーカックのことをもっと知りたいですから、調べてみますね」

 

 ルーナは一瞬、ちらりとマーガレットのことを見た。そして、またすぐに視線を下げる。

 わずかな動作ではあったが、それがマーガレットには頷いたようにも見えた。

 

「では——」

 

 その時、金縛りにかかったかのように体が動かなくなった。ぞくぞくという寒気が全身を襲う。立っていられなくなって、思わず地面に膝をついた。

 

「先生?」

 

 ルーナがマーガレットの異変に気づく。しかし、その声はもうマーガレットに届いていなかった。

 呼吸すらままならなくなり、意識が遠のく。そして、マーガレットの視界はブラックアウトした。

 

 

▽ △ ▽

 

 

——マーガレットは夢を見ていた。

 

 足元に広がるは冷たく、大きな水溜まり。顔を上げれば、石造りの手洗い台と割れた鏡。ここは——三階の女子トイレだ。

 「嘆きのマートル」は不在なのだろうか。彼女の泣き声は聞こえない。けれど、その代わりに忍び寄る誰かの足音が聞こえた。

 音の主はぴったり背後までくると足を止める。

 

あなた(お前)あたし()をつけてきたの()?」

 

 それは少女の声だった。それもまだ幼さを残した少女の声。けれど、その声はとても冷たく、邪悪だった。

 

あなた(お前)、あのマグル学の先生()の……。ちょうどいい」

 

 なにかが這い寄ってくる。気配だけでもそれがとてつもなく大きいことがわかる。

 いったいなんなのだろうか。その正体を確かめたい。けれど、恐怖で体が動かない。割れた鏡を見つめたまま、立ちすくむ。

 

「——」

 

 その瞬間、黄色いなにかが視界に映り込んだ。

 

 

▽ △ ▽

 

 

「はあ、はあ……」

 

 マーガレットはベッドから飛び起きる。久しぶりに悪い夢を見た。目が覚めてからも、体がガクガクと震えている

 

「そうだ、ネモ。ネモ、おいで」

 

 マーガレットは最愛のペットの名を呼んだ。幼い頃から今まで、こうして悪夢を見たときはネモを抱きしめて心を落ち着けている。

 けれど、今はベッドサイドにネモの姿がない。

 

「ネモ? どこにいるの?」

「ミス・マノック、目を覚ましましたね。具合はいかがですか?」

 

 声の方を向けば、マクゴナガル教授がいた。どうやら、自分は医務室のベッドの上にいるようだ。

 まだ頭がぼんやりとしているが、マーガレットは自分がペットパーティーの会場で突然倒れたことを思い出した。

 

「すみません。立ち眩みでしょうか、急に息苦しくなってしまって……。今は落ち着いたかと思います」

「そうですか……」

 

 マクゴナガル教授によると、意識を失ったマーガレットのことをハグリッドたちがここまで運んできたそうで、それから数時間は眠ったままだったそうだ。

 

「あの、あの子は——ネモはどこにいるかご存じありませんか?」

「そのことですが……。ミス・マノック、これから話すことは落ち着いて聞いてくださいね」

 

 マクゴナガル教授が目くばせをすると、マダム・ポンフリーがワゴンを押してきた。その上には——。

 

「ネモ?」

 

 石になった大鴉(レイブン)の姿。

 

「そんな……。えっと、そんなはずは……。ネモが、襲われただなんて……」

「『嘆きのマートル』が三階の女子トイレであなたの鴉が倒れていると知らせにきてくれました。ミス・マノック、このマフラーには見覚えがありますね」

 

 マーガレットに水にぐっしょりと濡れて重たいマフラーが手渡された。青いネモフィラの花がデザインされた白いマフラー。これは間違いなくネモのものだ。

 

「これ、ネモのものです。その、今日もわたしが巻いてあげました」

 

 マーガレットの青い瞳から涙がぼろぼろと零れ落ちる。彼女がこうして泣いていると、頬に黒い体をすり寄せて慰めてくれる存在がいつもはいる。

 けれど、その鴉は今や冷たい石に。

 

「どうして……。ネモがいなかったら、わたしはどうなっちゃうの……」

 

 健やかなるときも、病めるときも。喜びのときも、悲しみのときも。マーガレットとネモはいつも一緒にいた。

 だから、これがマーガレットにとっては初めてのネモのいない日常の始まりだった。




次回で「秘密の部屋」編完結です。
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