マグル学教室へようこそ   作:BellE

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——「アズカバンの囚人」編、開幕


第1話 再会

「クィレル先生! こうして()()お会いできる日をずっと、ずっと楽しみにしていました!」

 

 クィレルの手を包み込むように握りしめ、マーガレットは破顔する。

 その様子を見て、クィレルのふっと息を吐いた。張り詰めていた緊張の糸が切れる。

 

「君は……君は本当に変わらない」

 

 今まで何度か口にした言葉とともに、彼の目から一粒の涙がこぼれ落ちた。そして、そのことに気づいたマーガレットの表情が今度は困惑へと変わる。

 

「先生?」

「そういうところも君は変わらないのですね。……実はこうして再び君に会うことが不安でした。君が僕の姿を見たらどんな顔をするのか。もしかしたら、拒絶されるのではないかと」

「そんなこと——」

 

 クィレルは首を横に振った。それ以上は言うな、そう伝えたかったのだろう。

 

「ミス・マノック、君は私のことを怒っても、嫌ってもいいのですよ。わたしは許されないことをした。その事実は決してなくなりません。でも、こうしてもう一度君と話がしたかった……。君に会って、謝りたかった」

「先生、顔を上げてください」

 

 クィレルはゆっくりと顔を上げた。くもりなき青い瞳がきらきらと輝いている。

 

()()先生に会うことができた。わたしにはそれで充分です」

 

 クィレルは思った。こうして変わらぬマーガレットの様子を見るに、きっと彼女は自分のことを許してくれるのだろう。そして、再び先生と慕ってくれるのだろう、と。

 けれど、己の罪がそう簡単に許されていいものなのか。かつての教え子の優しさが今の彼には心苦しい。

 

「ですが、ミス・マノック——」

 

 その時、マーガレットの左肩にふわりと青い目の鴉が舞い降りた。そして、ネモは大きく左の翼を大きく広げると——。

 

「ネモ!」

 

 クィレルの頬をはたいた。ペットのまさかの行動にマーガレットは慌てふためく。

 

「先生、ごめんなさい! その、痛みはないですか? なにか冷やすものを持ってきますね!」

「いえ、大丈夫です。ネモもずいぶんと加減をしてくださったようなので」

 

 はたかれた瞬間、クィレルは思わず顔をそむけてしまった。が、痛みはまったくといいほど感じない。これは本気ではなく、形だけの仕草だったというわけだ。

 

「君が気にしていなくても、ネモはそういかないのでしょう。大切な君のことを私は危険な目に合わせたのですから」

 

 マーガレットの肩の上でネモはうんうんと首を縦に振っていた。だが、その青い目に怒りの炎は燃えていない。

 ネモは再び翼を広げた。そして、まっすぐ前へ——クィレルの顔の前に差し出す。

 

「……握手、でしょうか?」

 

 クィレルが尋ねれば、ネモは一声「カア!」と鳴いた。大鴉(レイブン)の黒い翼にクィレルはそっと手を伸ばす。

 

「あなたも私を許してくれますか?」

 

 クィレルの手が翼に触れると、ネモは深々と頭を下げた。一年前、クィレルに「あの子をよろしく」と伝えたときと同じ仕草だ。

 

「……必ず役目は果たします」

 

 ただ罪滅ぼしのためではない。自分(クィリナス・クィレル)は望まれてここにいるのだ。そう青い目の鴉に背中を押されたような気がした。

 

「あの、これで仲直りですね!」

 

 ほっとした様子でマーガレットは再び笑みを浮かべる。ネモもくちばしを鳴らして喜んでいた。それに釣られ、クィレルも口元を綻ばせる。

 

「そうだ、先生。ちょうど時間もいい頃合いですし、その、お茶はいかがですか?」

「では、お言葉に甘えて。ちょうど私も、君と話をする時間がほしかったので」

「本当ですか! ……嬉しいです」

 

 マーガレットは意気揚々と店の入り口にかけられた開店中(Open)の札をひっくり返した。そして、閉店中(Closed)の札が揺れる扉の鍵をかける。

 

「どうぞ二階に。一応、店内は飲食厳禁なので」

「店じまいにはまだ早いのでは?」

「きっと大丈夫です! そうそうお客さんも来ませんから」

 

 クィレルをリビングに通し、マーガレットはお茶の支度を始めた。お気に入りの白磁のティーセットと手作りのマドレーヌをテーブルに並べていく。

 

「久しぶりに母と焼いたんです。よろしければ、先生もお食べください」

 

 温めたティーカップに紅茶を注ぐと、華やかな香りが部屋いっぱいに広がった。マーガレットとクィレルは向かい合って座り、ネモは飼い主の肩の上からテーブルの上へと移る。

 

「今、お母さまは?」

「その、おじいさまたちと買い物に。おかげで話を聞かれることもありませんし、ちょうどよかったです」

 

 マーガレットは祖父が朝食の席で読んでいた新聞をテーブルの隅に寄せた。その一面には「凶悪犯脱獄」という言葉の下に長髪の男のマグショットが載っている。

 

「今の魔法界の状況を知ったら、心配されてなんと言われるかわかりませんし。それに、家族は『賢者の石』の一件も『秘密の部屋』の一件も知らないので……」

 

 ティーカップをつまみ上げ、マーガレットはそう呟いた。湯気とともに立ち上るアールグレイの香りが鼻腔をくすぐる。

 

「『秘密の部屋』のことはここに来る前にダンブルドアから聞きました」

「そうだったのですね」

「まさかバジリスクがあの校舎の中にいたとは……」

 

 紅茶を啜り、クィレルはため息をついた。

 

「ミス・マノック、大変でしたね。そして、君たちが無事で本当によかったです」

「あのときはネモが石のままだったらどうしようかと不安でした。ですが、スプラウト教授やスネイプ教授、それからミスター・ポッターたちのおかげで、またこうして一緒に」

 

 マーガレットは隣の大鴉(レイブン)の頭を撫でる。ネモはマドレーヌで頬をいっぱいに膨らませていた。

 

「あの、先生はこの一年をどのように過ごしていらっしゃったのですか?」

「そうですね。その話もしなければ……」

 

 軽い咳払いのあと、クィレルはこう続ける。

 

「実はダンブルドアの助言を受け、私は合衆国にいました」

「合衆国!」

「はい、アメリカで一番の大都市ニューヨークに。その間はダンブルドアの古い知人を頼り、ある魔法について学んでいました」

 

 クィレルのグレーの瞳がマーガレットの青い瞳を見据えた。

 

「……ミス・マノック、君は『開心術』を知っていますか?」

 

 軽く目を閉じ、マーガレットは小さく唸る。今までに受けた授業や読んだ本の知識をひねり出すが、「開心術」と聞いて思い当たるものは一つもない。

 

「えっと、わからないです。クィレル先生、その『開心術』について私に教えていただけませんか?」

 

 その言葉を聞き、クィレルはほっとしたように笑った。彼は懐かしく、楽しかった昔を思い出す。

 

「もちろん。では、さっそく始めましょうか」

 

 こうしてマッカーデン商店の二階にてクィレル教授による出張授業が始まった。

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 クィレルによる「開心術」の講義が終わるとマーガレットは大きく息を吐いた。いつの間にか窓の外には赤い夕空が広がっている。

 

「『開心術』にそれを防ぐ『閉心術』。そんな魔法があるだなんて、ちっとも知りませんでした!」

 

 勉強疲れした脳を癒そうとマドレーヌに手を伸ばした。しかし、皿の上にはなにも載っていない。宙を切る飼い主の手を見つめ、ネモは口元をせわしなく動かしていた。

 

「先生のお話を聞いていただけでも、頭がこんがらがってきてしまいました」

「ホグワーツで教えていないということもありますが、『開心術』も『閉心術』も扱える魔法使いの方が少ないです。ですから、それだけ難しいということ。しかし、いずれ君には習得してもらわねばならないのですが……」

 

 クィレルはマーガレットの表情を見る。口では混乱していると言っているものの、彼女の青い瞳はきらきらと輝いていた。

 

「……ミス・マノックなら大丈夫ですね」

 

 出会った頃よりもはるかに賢く、たくましくなった教え子に向けてそう呟く。彼女への焦りや嫉妬はもう過去のものだ。

 

「そうだ、先生。よく習うより慣れよ(Practice makes perfect)と言いますよね。だから、実際に『開心術』を体験してみたいです!」

「今日はまだ説明程度のつもりでしたが……。しかし、一度好奇心に火がついた君を止められないことは私もよく知っています」

 

 クィレルの言葉を聞き、マーガレットは嬉しそうに笑う。

 

「では——。『開心術』の基本は相手と目を合わせることです」

「目を?」

 

 マーガレットはクィレルの言うとおりに目を合わせた。かくして二人は見つめ合う形となる。

 

「熟練者はこれだけで心が読めるそうですが、私はまだ呪文を唱えねばなりません。ですので——」

「あー、お取り込み中失礼するよ」

 

 ごほんという咳払いが聞こえた。マーガレットが振り返ると、祖父のマッカーデン氏が立っている。

 

「ただいま。マーガレット。で、そちらは……」

 

 マッカーデン氏は口髭を撫でた。そして、鋭い視線をクィレルに向ける。

 だが、マッカーデン氏の後ろに立つマッカーデン夫人とマーガレットの母メアリーは微笑みをたたえ、温かい目でクィレルと娘の姿を見ていた。

 

「突然の訪問になってしまい申し訳ありません。ご無沙汰しております。ホグワーツで教師をしておりました、クィリナス・クィレルです」

「あら、クィレル教授。マーガレットがお世話になっております」

 

 メアリーは娘の恩師に愛想よく挨拶する。血色のいい唇の隙間から白い歯をのぞかせるその笑い方はマーガレットとそっくりであった。

 

「こうしてお会いするのはいつ以来でしょうか? でも、マーガレットからいつも話を聞いているものですから、あまりお久しぶりの気もしませんね」

 

 メアリーはくすくすと笑う。だが、なにかを思い着いたのかぽんと手を叩いた。

 

「そうです。教授、よろしければご一緒に夕食はいかがですか?」

「いえ、お気遣いなく。とても嬉しいお誘いですが、お茶までいただいた上に夕食までは……」

「気遣いだなんて! もちろん、教授にもご予定があるでしょうから無理にとはいいません。でも、マーガレットのことです。きっとまだ話し足りないこともあるでしょうから」

 

 そう言ってメアリーはマーガレットに目配せする。だが残念なことに、マーガレットは母の言動の真意に気づけなかった。

 とはいえ、マーガレットとしても母の提案はありがたいものだ。できる話は限られてしまうとはいえ、久しぶりの再会なのだから話し足りないことはいくらでもある。

 

「あの、ぜひご一緒にいかがですか? わたしも、もう少しだけ先生とお話しできると嬉しいです。例えば、アメリカでどこへ行ったかとか?」

「まあ! 教授はアメリカに行かれていたのね! アメリカ旅行の話はわたしも聞きたいわ」

 

 一人は無意識に、もう一人は意識的にクィレルから選択肢を奪う。だが、それに気づいているのは一組の老夫婦だけだった。

 

「そうですね……。では、お言葉に甘えて」

「ぜひ! 母と祖母の料理はとってもおいしいんですよ!」

 

 マーガレットの言葉に同意しているのかネモが「カア!」と鳴く。

 

「夕食までの間、さっそくアメリカでのことを聞かせていただいてもいいですか? 先生はディズニーランドには行かれました? 『地球上でもっとも魔法がある場所』だなんて素敵ですよね。わたしもいつかは行って——」

 

 突然、メアリーがマーガレットの肩に手を置いた。

 

「マーガレット。クィレル教授とお話したいのでしょうけど、料理を手伝ってくれるかしら?」

「でも……」

「せっかく教授が来てくださったのよ。あなたがおもてなしをしないと」

 

 メアリーはあいかわらず愛想のいい笑みを浮かべている。しかし、目つきだけは鷹の目のように鋭かった。

 

「クィレル教授、マーガレットも料理はとっても上手なんですよ。では、少々お待ちくださいね」

 

 母に腕を掴まれ、マーガレットはキッチンへと連行される。クィレルとネモは彼女たちを見送る事しかできなかった。

 今まで傍観していたマッカーデン氏は客人に向けてこう呟く。

 

「見苦しいところをお見せしてすまない。こういうときのメアリーは誰にも止められないものでね。だが、あんなに張り切っている娘を見るのは懐かしい。23年前を思い出すよ」

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 前菜にスープ、メインディッシュは牛肉の赤ワインソース添え(ボルドレーズ)。そして、デザートにはカヌレ。

 マーガレットが腕によりをかけた料理は前評判どおりの味であった。おいしい食事のおかげで会話も弾み、つい長話をしていれば夏の短い夜がいつの間にか始まっている。

 

「先生、今日は本当にありがとうございました。久しぶりに先生とお話ができて、とっても楽しかったです。その、またお会いできる日が楽しみです」

 

 クィレルを見送るため、マーガレットは表に出た。月明かりが二人の顔を照らし出す。

 

「別れの前に。ミス・マノック、君にこれを」

 

 クィレルはポケットから包みを取り出し、マーガレットに手渡した。

 

「あの、開けてもいいですか?」

「もちろん。……気に入ってももらえるといいのですが」

 

 マーガレットが丁寧に包みを解く。プレゼントの正体は銀の透かしに青い石を埋めこんだコンパクトミラーであった。

 

「ミス・マノック、『両面鏡』という道具は知っていますか?」

「名前を聞いたことはあります。でも、手にしたのは初めてです」

 

 一見するとなんの変哲もない鏡である。よく磨き上げられた鏡面に不思議そうな顔のマーガレットが映りこむ。

 

「たしか……この鏡を通して離れた相手とも会話ができる魔法具でしたよね?」

「そのとおり。では、使い方を説明しますね」

 

 クィレルは懐から金色のコンパクトミラーを取り出した。その中心には赤い石がはめこまれており、マーガレットのものと対になるようなデザインである。

 

「鏡に向かって相手の名前を呼ぶ。例えば——ミス・マノック。たったこれだけです。電話のように誰とでも通話できるわけではありませんが、対の鏡を持つ相手とならばこうして顔を見ながら話すことができます」

 

 説明のとおり、先ほどまでマーガレットの顔が映りこんでいた鏡面に今度はクィレルの顔が浮かんでいた。

 

「ミス・マノック、今後はおもにこれで連絡を取り合いましょう。ふくろう便よりも早いですし、電話とは違ってホグワーツの中でも使うことができます」

 

 クィレルがコンパクトを閉じると、マーガレットの両面鏡は再びなんの変哲もない鏡へと変わる。

 

「話は変わりますが、君はシリウス・ブラックのことは知っていますね」

「ピーター・ペティグリュー氏を殺し、その場に居合わせただけの13人の命も巻き込んだ『例のあの人』の信奉者、ですよね」

 

 マーガレットの解答にクィレルは頷いた。

 

「つい先日、そのブラックがアズカバンから脱走しました。魔法省はブラックがハリー・ポッターを襲うために脱獄したと考えています。もっとも、それは間違いではないでしょう。しかし、ダンブルドアは君の身にも危険が及ぶのではないかと考えているようです」

「わたし、ですか?」

 

 マーガレットはその凶悪な脱走犯がなぜ我が身を狙うのかが本気でわからない様子だ。

 

「ミス・マノック、君は私を救おうとして『例のあの人』と戦い、生き残った。図らずもハリー・ポッターと同じになってしまったのですよ。それをブラックが知ったとしたら、君にまで憎悪を向けかねない。ですから、この両面鏡を肌身離さず持っていてください。そして、君の身に危険が迫ったときはすぐに私を呼んでほしい」

「でも、それでは先生まで——」

「私は死にませんよ。私には守らなければならないものがある。だから、まだ死ねない。マーガレットのことは私が代わりに守る。そう約束しているので」

 

 ほんの一瞬、クィレルとネモの視線が交わった。

 

「……少々話しこんでしまいましたね。ですが、最後に一つだけ。私はダンブルドアからとあることを任されています。先ほど教えた『開心術』と『閉心術』、あれを——とくに後者の『閉心術』を君に覚えさせろ、と。いわば、もう一度君の先生になれということです。ですから……」

 

 クィレルが手を差し出す。

 

「ミス・マノック、これからもどうぞよろしく」

「クィレル先生! こちらこそよろしくお願いします」

 

 その大きな手を握り返し、マーガレットはとびきりの笑みを浮かべた。

 こんなに寂しくないお別れは、彼女にとってはいつ以来だっただろうか。




新章のスタートを記念いたしまして、主人公マーガレットとネモを描いていただきました!
依頼を受けてくださった「つつみぐさネコ」様に、この場を借りてお礼申し上げます。

【挿絵表示】

※掲載許可承諾済み

また、新たに表紙も設定いたしました。
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それでは、また。
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