マグル学教室へようこそ   作:BellE

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6月4日クィリナス・クィレル教授の命日に寄せて。


幕間1 --- and mine are the same.

——マーガレット・マノックがまだホグワーツの学生であった頃の話である。

 

「せんせ~! クィレル先生!」

 

 その声の主は空に向かって伸ばした右手を千切れんばかりに振っていた。気づいた合図にクィレルが軽く会釈をすれば、青い瞳の少女はパッと笑顔の花を咲かせる。

 

「待たせてしまいましたね」

「いえ! わたしもさっきまで買い物をしていましたので」

 

 マーガレットの腕に下がるバスケットの中には蛙チョコレートの五角形の箱やかぼちゃジュースの瓶が詰められていた。まだ休日は始まったばかりだというのにハニーデュークスで今後一か月のお菓子を買い集めたマーガレットはすでに満足そうな顔をしている。

 

「目的の場所はここから少し離れています。早速ですが向かいましょう」

「はい、先生!」

 

 二人はホグズミード村の外の雄大な荒野へと足を踏み出す。ここはイギリス北部のハイランド地方。この水と緑が豊かな国において最も厳しく、ゆえに最も美しい自然を有する。

 とくにこの辺りは道も比較的なだらかでハイキングにはうってつけ。澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込めば自然と足も進む。

 だが、この日のクィレルは普段よりもゆっくりと歩いていた。

 

「ミス・マノック、急がなくても大丈夫ですよ。花は逃げたりしませんから」

 

 彼の隣を歩くマーガレットはまだ少女といっても過言ではない歳である。クィレルよりも背が低く、ゆえに歩幅も小さいことなどはわざわざ言うまでもない。

 

「ありがとうございます、先生。でも、いったいどんな景色が見られるのかと思うとわくわくしてしまって——」

 

 マーガレットはふと空を見上げた。彼女の視線の先で一羽の大鴉(レイブン)が飛んでいる。

 

「——はあ、わたしもネモみたいに空が飛べたらいいのに。ネモ! 勝手に先に行っちゃだめだからね!」

 

 飼い主の声が届いたのか、ネモは地上を歩く二人の影を見下ろしながら「カアカア」と鳴いた。

 

「ですが、本当によかったのですか? 生徒にとって今日は貴重なホグズミードの日だというのに……。その、私と花を見にいくことにして」

「だって、わたしが先生について行きたいと言ったのですよ。でも、ご迷惑ではありませんでしたか? あの、先生のお気に入りの場所をわたしにも教えてほしいだなんて」

 

 クィレルが首を横に振るとマーガレットはほっとした様子で笑う。クィレルも、それから本人も気づかぬうちに足取りが軽くなっていった。

 

「もとは一人になれる——落ち着ける場所はないかと探していたときに見つけた場所です。だから、今まで人に紹介したことはありません。ですが、あの景色は一人で楽しむにはもったいない。それに花だって一人でも多くの人間に美しいと思ってもらいたいものでしょうから」

 

 気づけば村の賑わいがずいぶんと遠くから聞こえる。小川を流れとともに坂を下れば、村の色とりどりの屋根が視界から消えていった。

 

「クィレル先生、それはどんな花なのですか?」

「そういえば、まだ伝えていませんでしたね。この辺りには——いえ、それはもう少し先の楽しみにしておきましょう。ですが、一つだけヒントを。ミス・マノック、これから君に見せるのは私の一番好きな花です」

「先生の好きな花ですか!」

 

 恩師は花が好きということはマーガレットもとうに知っていたが、なんの花が好きかということは意外にも聞いたことがない。

 

「このあたりは……アザミが有名、ですよね? でも、今まだ季節ではないから。もしかして、わたしがまだ知らない魔法界の植物でしょうか!」

 

 クィレルがどちらともとれるような曖昧な顔をするものだから、マーガレットはさらに頭を悩ませる。

 

「そう悩まずとも時期にわかりますよ。では、わたしからも聞きましょうか。ミス・マノック、君が一番好き花はなんですか?」

「それはもちろん『マーガレット(Marguerite)』です!」

 

 マーガレットが答えたのは己と同じ名前の花。そういえば、クィレルが最初に彼女に贈った押し花もマーガレットだったか。

 

「それと『ネモフィラ(Nemophila)』も好きです」

「ネモフィラも?」

 

 マーガレットは悪戯っぽく笑いながら自身と頭上を交互に指さす。

 

「マーガレットはわたしで、ネモフィラはネモ(Nemo)の花です」

 

 青い目の大鴉(レイブン)が再び「カアカア」と鳴いた。

 

「なるほど。たしかに君たちにぴったりの花ですね」

「先生もそう思ってくださいますか!」

 

 小川にかかる石造りの橋をマーガレットは小気味よい足音とともに渡る。一方、白い雲に覆われた空と黒い大地の狭間を自由に羽ばたくネモはその速度を上げた。

 

「ネモはもう見つけたようですね。ミス・マノック、この丘の向こうが目的地です」

 

 マーガレットはネモに負けじと緩やかな丘を駆けのぼる。ここまでずいぶんと歩いたはずだが、足はまだまだ軽かった。

 マーガレットは丘の上に、ネモは彼女の肩上に立つ。そして、彼女たちはその青い瞳を大きく見開いた。

 白と黒の世界に突然として現れたもう一つの色彩——一面に広がる薄紫の花をまだ春が訪れる前の冷たい風が揺らす。

 

「これが私の好きな花。エリカという花ですが、ことこの国においては——」

「——『ヒース』、ですね。老王が彷徨い、恋人たちの亡霊が眠る荒野(ヒース)の花」

 

 マーガレットの瞳からは一粒の涙が零れていた。初めて来るはずなのにどこか懐かしさを覚える風景に、瞬きをすることすら忘れていたらしい。鴉はそんな飼い主の頬にぴったりと顔を寄せ、一緒になってヒースの咲き誇る荒野を見つめている。

 

「君がマーガレットを自分の花だとするのなら、ヒースは私の花です」

「ヒースが、先生の花……」

 

 マーガレットとクィレルの間を嵐のように強い風が吹き荒んだ。

 

「……風が強い。天気が荒れないうちに戻りましょう」

「クィレル先生、わたしを連れてきてくださって本当にありがとうございます。あの、わたしも好きです。この場所もヒースの花も」

 

 それから先生のことも——なんて言葉、この頃の少女が思いつくはずもなく。

 

「だから、いつか()()クィレル先生とここに来たいです!」

 

 この日の約束が果たされるのは、まだもう少し先のこと——。




マーガレットの花言葉:『信頼』『わたしを忘れないで』
ネモフィラの花言葉:『成功』『あなたを許す』
ヒースの花言葉:『孤独』

投稿日時が日本時間で6月5日となっておりますが、イギリス時間では6月4日です。
ここは一つ滑り込みセーフということにしておいてください。
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