男の首を跳ね飛ばしこの場で生き残っているのは自分だけとなったサクヤは、まずは一番新鮮な先程殺したばかりの男の肉にかぶりつく。
ほんのつい先程まで生きていただけあって、新鮮で美味い。
特に眼球なんかはまだ神経が生きていることもあり、プリプリとした食感と口の中で弾ける感覚は形容し難い美味しさだ。
優雅にゆっくりと食事を取っていたのだが、ここはダンジョン。
ゆっくり食事を取る暇など与える筈もなく、数匹のモンスターが肉を横取りせんとやって来た。
(あれは確か……コボルトって言ったっけか)
二足歩行するオオカミのようなモンスターがよだれを垂らしながらこちらに向かってくる。数は5。
「………他人の獲物を奪うつもりか?」
ピクリとコボルトの群れは歩みを止めた。
それは単に気まぐれだったのか、サクヤを警戒したのか、はたまた全身血塗れになりながら食い殺さんばかりの怒気と殺気をぶつけられているからだろうか。
当然ながら、自然界においては横取りなど日常茶飯事だ。
それは
故に、喰種は喰い場と称した自らの縄張りのようなものを主張する。そしてその喰い場で好き勝手に狩りを行おうものなら喰い場の主に殺されてしまう。
そして今、狩人が狩った肉に群がる烏合の衆。
結末は決まっていた。
全身を血で染め上げたその体が、禍々しく光る赫眼が赫い一閃を作り上げる。
人一人分の肉を喰い、エネルギーを摂取した喰種の身体能力は常人を遥かに凌ぐ。レベル1の身体能力が常人の2倍だとすれば、喰種はそのさらに倍、4倍以上の身体能力を持っているのだ。
間合いを詰めたサクヤは肩甲骨の辺りから赫子を展開する。
手に沿って形作られたそれは、例えるなら死神の鎌。
身の丈ほどある鎌を振り回し、先程の男達と同じように真っ二つ切り裂いた。
丁度胸の辺りを真っ二つにしたせいで魔石が砕けたのか、コボルトの体は灰になって消える。
(すげぇな……ホントに灰になった)
冒険者が倒した時にも灰になってはいたが、やはり自分の手で経験するとまた違った感覚だ。
灰の他には砕けなかった魔石が数個転がっており、これを換金して冒険者は稼ぎを得るのだそうだ。まあ、上層で取れる魔石の金額なんてたかが知れてるそうだが。
閑話休題。
邪魔者も排除したところで、改めて食事を再開する。
3人分もの肉を食べ切れば、流石に腹は満たされた。
彼らの持ち物を根こそぎ奪い去って、サクヤはその場を去った。
「ありがとうございましたー」
店員の声を背に店を出る少女ーー言うまでもなく、拝サクヤである。
ダンジョンで腹ごしらえを済ませたサクヤはまずシャワーを浴びて血を洗い落とした。シャワー室に辿り着くまで馬鹿みたいに注目を浴びてしまったのは失態だったなと反省。
その後何をするのか考えたが、まずは服を買うことにした。
あんな服とも呼べないボロ布では街を歩くにも注目を浴びて目立ってしまうからだ。
そんなわけで、こうして服屋で服を買ったというわけだ。
買ったのは黒のホットパンツと赫のインナーシャツ、黒のジャケットを2セットほど。
………いや、言い訳をさせてくれ。スカートなんて履けないに決まっているだろう?俺が着られる服となると派手なのは無理だし、露出度の高いのも無理。となればボーイッシュな服装になる。これがまた意外と様になっており、結構気に入っている。
腹を満たして身嗜みを整えたら、後は住処。
そしてそれに関連してだが、俺はファミリアに入り、冒険者になりたいと思っている。
今日のように毎度毎度上手くレベル1が釣れるとは思えないし、この手をずっと使っていれば必然俺の噂も立ち始めるだろう。
だがファミリアに入り冒険者になれば、一人でも何の違和感も無くダンジョンに入りやすくなる。さらに、冒険者としてレベルを上げることが出来たら、もっと高いレベルの冒険者を狩ることも出来るようになるはずだ。
一先ず腹は満たされたし、少なくとも一ヶ月は何も食わずとも生活出来るのだから、その間にファミリアを見つけるとしよう。
何、このオラリオには数えきれない程ファミリアがある。すぐに見つかるだろう。
(やべえ……流石に舐めてた)
ぜんっっっぜん見つからない。
行くところ行くところ、全部俺を門前払いにしやがる。
マジで意味わかんねぇふざけんな……と言いたいのは山々だが、そりゃそうだわなと思わなくも無い。
こんな獣欲の捌け口にしか使え無さそうな弱っちい女を冒険者として入れてくれるような危篤なファミリアは無かったようだ。勿論条件付きで入れてくれるという所もあったのだが、揃いも揃って足元を見ており、ただでさえ厄介な事情を抱え込んでいる上にそんな
もちろん、俺が弱小ファミリアの門しか叩いていないというのも理由の一つなのだろうが、それにも事情があった。
前提として、俺が最も危惧しなければならないのは正体がバレることだ。そして関わる人が増えれば増えるほど、正体がバレる危険も大きくなる。ファミリアに入ればそれだけ関わりも深くなるだろうし、その危険はますます大きくなる。
そのため、俺はなるだけ人が少ない小さなファミリアに入りたがっているのだ。
(しっかし………まさかファミリアに入るのがこんなに難しいとは……)
完全に大誤算だ。
3日ぐらいあれば見つけられるだろうと思っていたのが、すでに一週間と少しが経過し、完全に手詰まり状態になっていた。
とは言っても幸いと言うべきか、金には余裕がある。
この前釣り上げた3人組の所持金や装備、その時稼いだ魔石を交換して、一ヶ月を宿で暮らすには十分過ぎる程の貯金があるのは、喜ぶべき点だ。
それに、喰種だから食事に金がかからないということも大きいのかも知れない。人間のように毎日食事を取らずとも問題無いのは喰種の利点の一つと言える。
閑話休題。
まだオラリオで過ごして一週間程の身ではあるものの、今日の街は少し違うように思えた。
どこか慌ただしく、忙しないような印象だ。
「すいませーん」
「ん?なんだ、嬢ちゃん」
野菜を売っているおっちゃんに声を掛けた。
「なんか街が慌ただしいんですけど、なんかあるんですか?」
「もしかして嬢ちゃん、最近オラリオに来たって感じか?」
「えぇ、まぁ」
「そうかそうか。んじゃあ知らねぇのも無理ねぇな。明日『
「モンスター……フィリア?」
(モンスターフィリア………怪物愛者?)
些か闇の深そうな名前の祭りだ。
「どんな祭りなんですか?」
「あそこに闘技場があるだろ?」
そう言って指を指す先には円形競技場がある。
「あそこの一日貸し切って、【ガネーシャ・ファミリア】がダンジョンから連れてきたモンスターを調教するんだよ」
【ガネーシャ・ファミリア】といえば、オラリオでも屈指の規模を誇る巨大なファミリアだ。
「はぁ……。つまり、ショーみたいな感じですか?」
「そうそう」
ははーん。イメージは掴めた。
ここでのフィリアってのは愛とかの意味では無いらしい。
「でもそれで、なんでこんなに街全体が慌ただしく?」
「年に一度の祭りだからな。露店なんかも沢山出るんだよ」
「へぇ……」
なるほどなるほど。要は明日でっかい祭りがあるって訳ね。
折角だし、明日は見に行ってみるか…?
「ありがとう、おっちゃん」
ファミリアを探すのは大事だが、今すぐにしなければ死ぬということもない。怪物祭とやらを楽しんだ所で精々一日潰れるだけなのだから大差無いだろう。
「おう、気にすんな。ついでになんか買っていかねぇか?安くしとくぜ?」
「え!ほんとですか!ではお言葉に甘えて…」
店頭に並ぶ野菜を観察する。どれも不味そうだが、人間からすればそんな事はないのだろう。
態々食べもしない買う必要は無いと思うかも知れないが、これにだって思惑がある。単純に、他人との友好的な関わりは人間社会を生き抜く上で必要だ。さらに、こういう人間の食べ物を購入したという過去があるだけで喰種であるという容疑からは外れやすくなる。
「毎度。また来てくれよ」
「はい!」
適当に見繕ってもらい、数個の野菜を購入した。
以前はそのままゴミとして捨てていたのだが、折角こんな世界に来たのだから活用している。
来たのは貧民街。
そこで野菜を配り歩くことで、善性の人間であることをアピールするのだ。
そうすることによって、殺人の容疑をかけられにくくなる。よく例え話として、殺人事件の容疑者が例に挙げられる。前科持ちの男か、今まで真っ当に生きてきた男か、どちらが犯人かという話だ。当然、大半の人間は前者を犯人と考える。
つまり、それまでの印象によって左右されるのだ。善行を積めばそれだけ善人と認識され、容疑者からは外される。
そうやって喰種は人間社会に溶け込んでいるのだ。
だから、俺は今日も善行を積むのだ。
そして次の日、俺は昨日の予定通り怪物祭を楽しんでいた。
昨日話しかけたおっちゃんが言っていた通り沢山の露店が出ており、人の数も多い。まあ残念ながら、露店の食い物なんて食えないんだが。
思っていたよりも規模が大きいようで少し驚いた。
唯一の誤算はと言えば、人が多過ぎて思うように動けないという点だろうか。人混みに流され流され、思うように闘技場に辿りつけない。ここまで人が多いと辟易してきて、もうショーなんて見なくても良い気がして来た。
と、俺が人混みに四苦八苦していると、ふと人の動きが止まった。そして全員がある一点を見つめ始める。
何が……と近場の人に聞こうと思ったのだが、それに目を奪われているらしく、声を掛けても反応が無い。
そして俺もその方向を見てーーー。
(うわ、すげぇ綺麗な人だ………)
目を奪われた。
ローブを全身に見に纏い、透き通る白い肌はローブに包まれていない顔しか見えないにも関わらず、ローブでは隠しきれない美しさが人の目を奪っている。
(……いや、違うな。『神』か)
美しさに気を取られたが、喰種としての本能は彼女を人間では無いと教えてくれた。
なるほど神であればこの魔法染みた魅力にも納得がいくというものだ。
誰もが彼女に目を奪われて口をつぐみ、その通り道を自然と空けてしまっている。
彼女が通り過ぎるまで、長い沈黙が続く。
(……?)
俺の近くを通る時、俺に視線を向けたような気がするが出来ることなら気のせいだと思いたい。