「【フレイヤ・ファミリア】に……ですか?」
「えぇ、そうよ。悪い話ではないと思うのだけど……」
そう言われて考える。
普通なら、大派閥に入ることによるデメリットは殆ど無い。資金人員資産どれも揃っている派閥であれば、日々の生活で切羽詰まるなんてことも無いだろうし、何より最大派閥であることの恩恵は大きい。
だが、俺の場合は致命的なデメリットがある。関わる人が増えれば増える程、喰種であることがバレる危険性は高まるのだ。しかも、それが“最大派閥の新人”ともなれば大きな注目を浴びることになるだろう。
だから最初から大きな派閥は候補として挙げもしていなかったのだが……。
「貴方の懸念は最もだと思うけれど、問題無いわ」
俺の考えを見透かしたかのように、フレイヤ様が口を開く。
「貴方の事は公表しないつもりだし、万が一バレたとしてもウチならある程度の融通は効くわ。それに、貴方には貴方の役割を与えるからファミリアの子達と特段関わる必要も無い」
(……なるほど)
公表しないと言うのであれば注目を浴びる事はないだろう。
最大派閥と名高いファミリアにどれだけの権力があるのか知らないが、ある程度の融通が効くというのは嘘では無いのだろう。バレた場合に庇護下に置いてくれるかも知れない。
“役割”というのは不明だが、これ以上関わる人間が増えない事は喜ばしい事なのだろう。
つらつらと特典を連ねられたが、一見飛びつかない理由が無いほどの好物件に思える。
だがしかし、メリットが大きければ大きい程その代償である“役割”とやらが気になる。
「……その“役割”というのは?」
「先に答えを聞かせて貰おうかしら」
………まぁ、そうだわな。
対等な取引とかでは無いし、その上あちらに生殺与奪の権利がある。完全に不利な状況なのだから、悪い条件を先に聞いてから選べるなんて訳もない。
………あれ?というかそもそもーー
「…これ、断ったとして俺……じゃなくて、私の命あります?」
「…………」
ただただ微笑を返してくるフレイヤ様。
「あ、そうですか……」
薄々そんな気はしてたが、やっぱり断るという選択肢はハナから無かったようだ。
(……でも、まぁ良いか)
どんな事をやらされるのか知らないが、死にさえしないなら許容範囲だ。とは言え、愛玩動物とかそういうのは是非とも勘弁して頂きたいが。
「……分かりましたよ。入りましょう、【フレイヤ・ファミリア】に」
「そう…。良かったわ。勧誘が成功して」
「勧誘……ね……」
ほんと良く言うよ。どこからどうみても勧誘どころかただの脅迫じゃないか。
「何か?」
「いいえ、何にも」
結局入る決め手になったのは脅されたからだが、実際のところは殆ど入る気になっていた。
誰にも喰種である事を知られない……というのは不可能だし、その点主神であるフレイヤ様が知っていてくれるなら色々と手を回したり出来るかも知れない。バレた際の口利きも期待出来るなど、メリットは多い。それこそ“役割”とやら以外にはデメリットなどほぼ皆無だと言えるからだ。
「では、その“役割”とやらをお聞きしても?」
もう入ると口にしたのだし、聞いても良いだろう。
そう思って聞いたのだが、フレイヤ様は立ち上がり、窓の外を眺める。
それに釣られて俺も外を見たのだが、遠く見える地平線と僅かに見える市壁で、ようやくこの部屋がかなり高い位置ーーおそらくはバベルーーにある事に気が付いた。
「………好きになさい」
「………は??」
言われた意味が分からなかった。
「好きに動いて構わないわ。冒険者として名を上げるも良し、ダンジョンに篭って人を襲い続けるも良し、ダンジョンに潜らず市民として暮らすも良し」
とにかく何をしていようが、ある程度は根回しをしといてやる……と、そう言った。
そして、こう付け加えた。
「ただし、ベル・クラネルの近くでね」
「………ベルの?」
「貴方は貴方の思うやり方でベル・クラネルと関わり続ければ良いわ。元々ヘスティアのところで冒険者になるつもりだったんでしょう?」
……つまり、冒険者としてベルとダンジョンに潜るという事を勧めているわけだ。
なんでも良いと言いながら、俺がそれを選ぶのを分かり切っているようだ。
まぁ、実際そうするのが一番丸い手だろう。ダンジョンに篭り切りになるのは流石に危険だし、身分の保証すらない俺が市民として暮らせるのかと言うと難しいだろうし。
「そう…ですね」
「定期的に私の所に来て色々な事を報告なさい」
「……“色々”と言うと?」
「あの子の様子や……そうね、貴方が食べた人間なんかを教えてくれれば上手く根回しして挙げられるかもしれないわね」
「……………」
(旨すぎる。余りにも話が旨すぎる)
本当にそんな事で良いのだろうか。
確かにフレイヤ様の言う通り、ベルがいる【ヘスティア・ファミリア】に入って冒険者になろうと考えていただけに、入ったファミリアは違えど、当初と大筋は変わらず冒険者として生きていくことになるだろう。
実質全くデメリットが無い。それどころか、最大派閥の庇護下という巨大なメリットを得られている。
「……他にはどんな条件があるんですか?」
そう言うと、一瞬キョトンとした(風に見えた)顔をして、またクスリと微笑を作る。
「そんなに警戒しないでも大丈夫よ。貴方は普通に冒険者として過ごしていれば良いわ。……でも、そうね………強いて言うなら……」
そこで言葉を切り、此方に視線を向ける。
「……あの子には手を出さないでね?」
ゾクリ。
「………はい」
およそ人とは思えない、身の毛もよだつ存在感に、思わず跪いてしまった。
(これが……“神”か…!)
そんな俺の様子を見て満足したように笑みを深めたフレイヤ様は、もう一度窓の外ーー眼下の迷宮都市ーーを見やる。
「一応聞いておきたいんですけど……」
「何かしら?」
「彼が死にそうな場合は
ダンジョンに潜っていれば、少なからず命の危機というものも訪れるはず。そしてそれがベルに降りかかった際、俺は全力でベルを助けなければいけないのだろうか。ここでの全力というのは、赫子などの喰種の力を使用してでも…という意味だ。
顎に手を持っていき、少し考える素振りを見せる。
「そうね………自分で考えなさい」
「ぇぇぇ………リョウカイデス」
(嘘でしょ……?)
一番嫌な答え。『見捨てろ』よりも、『なんとしてでも助けろ』よりも、最も難解で困難な返答。
明確に『助けろ』ではないのが特に悩ましく、理解出来ない。
「質問はもう良いかしら?」
「あ、はい」
質問はなくも無いが、どれも踏み入った質問で地雷であるような気がしてならない。
「じゃあ、恩恵を刻みましょうか。こっちに来て背中を向けなさい」
(ふぅ…いよいよか)
別に今か今かと待ち望んでいたというわけでも無いが、多少の緊張と興奮は隠し切れない。新しい事というのはいつだって心が躍るものだ。
フレイヤ様が言った通りに背中を向ける。
「背中に直接刻まないといけないから、服を脱いでちょうだい」
「はい」
言われた通り服を脱いでいく。オッタル……さんが此方に背を向けており、何故かと思ったのだが……。
(そうか。俺、今は女の体なのか)
それは流石に背中向けるか。
「では恩恵を刻むけれど、いくつか注意しておく事があるわ」
「……はい」
(…まだなんかあるのか……)
ツーー…と、指が背中をなぞっていく。
「【フレイヤ・ファミリア】である事は誰にも言わないこと」
「誰にも…ですか?」
「えぇ。ベルにも、ヘスティアにも、ギルドにもね。だから残念だけど、冒険者登録は出来ないわね」
「わかりました」
冒険者登録にどれだけの価値があるのかは知らないが、確かに【フレイヤ・ファミリア】であることがバレるのは避けたい。至極真っ当な注意だ。
背中がだんだんと熱くなってくる。
「それと、神に嘘をつかないこと」
「なんでですか?」
「神は下界の子供達の嘘が分かるのよ。魂の揺らぎからね」
「へー……」
初耳だ。嘘はバレるのか……気をつけないといけないな。
……ってことは、さっき『質問はもう良いかしら?』って聞かれた時もバレてたのか。
(嘘をついて誤魔化す癖は早めに直さないとな……)
日常的に嘘をつくのは人間であっても変わらないだろうが、喰種は特に嘘をつく必要に強いられる。喰種であるという疑いを掛けられない為に日常的に騙し欺し瞞しているだけに、咄嗟に出てくる言葉が嘘ばかり…なんてこともザラにある。
嘘が通じないというのが本当であれば、下手な嘘は逆に真実をバラしてしまう可能性がある。
なるだけ嘘を使わずに切り抜けられるようにならないといけない。
「最後にもう一度言うけれど、あの子には手を出さないこと。良いわね?」
「はい」
“手を出す”というのはどういう意味を孕んでいるのだろうか。性的な意味か、暴力を加える的な意味か、はたまた喰ってしまうという意味か……全部な気がする。
ガワが女かだけで中身は男だからそもそもそんな気は無いが、ベルの方が俺に惚れるという可能性は十分にあり得る。
控えめに見て美人でしかも強い(確定事項)のだから、魅力的な要素は兼ね備えてしまっている。もし惚れられちゃったらどうしようかなぁ?
…念のために重ねて言うが、俺に男と恋愛する気は無い。
羊皮紙と思われる紙が背中に当てられ、それを剥がすと背中の熱が消えていく。
「……これで恩恵は刻み終わったわ。で、これがステータス。初期値だから何の面白みも無いけれど、一応渡しておくわ」
そう言って羊皮紙を渡してくる。神はこうして羊皮紙に写して俺達にも見られるようにしてくれるらしい。
渡された紙を眺める。
オガミ・サクヤ
Lv.1
力:I0
耐久:I0
器用:I0
敏捷:I0
魔力:I0
《魔法》
【】
《スキル》
【】
……確かに、何の面白みも無いステータスだ。初期値の0は当然として、スキルも魔法も無い。まぁ、無いのが当然らしいのだが。いかんせん面白みに欠けて、つまらないと思ってしまう。
「それじゃ、帰って結構よ。最初のうちは伸びるのが早いから、一週間ぐらいたったら来てみなさい」
「あ、はい」
「出口はあっちよ」
「……はい」
(素っ気無………いや、名残惜しくされるのも嫌なんだけどもさ)
こう、いい具合に送り出してくれたりはしないのだろうか。
「では、失礼しました」
もう用は済んだとばかりのフレイヤ様に見送られ、サクヤは部屋を去ったのだった。
「………不服?」
サクヤが出て行った扉が閉まったのを見送ったところで、フレイヤはオッタルに問い掛ける。
「いえ、滅相もありません」
「フフ……」
ゆっくりと立ち上がり、また迷宮都市を見下ろす。
そしてサクヤがバベルを出たのを見届けた所で、フレイヤは口を開く。
「確かに、魂の色自体にはそれほど惹かれるものは無かった…」
「……?」
「けれど、魂の形そのものは歪んではいないのに凄く歪だった。まるで和室にあるコーヒーカップにワインが入っているかのような、そういう歪さ」
そこで一度言葉を切り、サクヤから廃教会ーーベルの本拠ーーに視線を移す。
「あの子ほどじゃないけれど、興味をそそられるわ」
オッタルはそんな女神の言葉を仏頂面で聞いている。
「あの子達はどんな物語を見せてくれるのかしら?」
女神は、ショー開始前の子供のように無邪気に笑っていた。