(さて、これからどうするか……)
バベルから出たサクヤは、道が広く人通りの多いメインストリートを歩く。祭りの後片付けがあるのか、日はほぼ落ちかけているにも関わらず喧騒が止む様子は無かった。
何にせよ、一先ずベルに会う必要があるのだが、その点に関しては大きなアドバンテージを得ている。既に一度会っていることも勿論だが、何より彼の本拠を知っているということが大きい。
本拠が大々的に周知されているファミリアもあれば、誰にも知られない本拠だってある。弱小ファミリアの中でも貼り紙などで宣伝すらしてもいない本拠などは、探すだけでかなりの時間を食うだろう。だが幸運にも俺はベルの本拠を知っている。
まだ目覚めたてで周囲のマッピングなんかも頭の中でしていたこともあるし、記憶を辿って行けばすぐに着くだろう。
(着いた……が………人の気配がしないな)
ボロボロに廃れた教会に到着したが、全く人の気配がしない。
一瞬あのまま死んでしまったのかと思ったが、であれば俺にあんな命令を下したりはしないだろうと思い直す。
(ま、気長に待つか)
別に急いでいる訳でもないし、待ってさえいれば来るのだからそれまで待っておけば良い。
幸い喰種は毎日の食事を必要としないから、その気になれば後一週間ぐらいなら待てる。
しばらく待つ事にした俺は、改めて自身の事について考える。
特に気になっているのは、フレイヤ様の言っていた魂の話だ。器と中に入っている魂が別物……そういうニュアンスの言葉だったはず。つまり、中身が俺、器は……恐らく体の持ち主と思われる。
と、言うことは、女の体になってこの世界に来たのではなく、女の体に自身が憑依したということなのだろうが、そうなると気になる点がある。
この体の元の持ち主が誰なのかという話だ。体が違うどうして以前と変わらず赫子を出せるのか。なぜよりにもよって喰種の体に憑依したのか………いや、喰種だからこそ憑依したしたのか?
そして一番気になるのは、似ている点だ。
誰に…と言うと、他ならぬ、自分自身に。勿論、以前の男であった頃の自分にだ。だから、最初は女体化でもしたのかと考えていたのだが………。
「あれ?」
「君は……」
待ち始めて30分ほど経った辺りだろうか。家主である、ベルとヘスティアが帰ってきた。
「こんばんは」
「あ、あぁ。こんばんは。どうしたんだい?やっぱりアテが無かったのかい?」
(あぁ、話が進むのが早い……)
もっとゆっくりと状況の説明をしてからだと思ったんだが、俺が持って行きたい着地点の方の話題を先に出されてしまった。まだ二言三言しか話してないのに……。察しが良いのか悪いのか……。
まぁ、それならそれで問題無い。
「まぁ、そんな感じです。」
「そうか……。一先ず中に入ろう。話はそれからだ」
「さて。話を聞こうじゃないか」
「はい」
……よし。
まず気を付けないといけない事は、嘘を言わない事。
「改めて、この前は助けて頂いてありがとうございました」
座ったままだが一礼。
「気にしないでくれよ。君みたいな女の子を道端に見捨ててたら神の名折れだからね。それと、君を連れて来たのはベル君だ。礼ならそっちに」
「そうなんですか。ベルも、ありがとうございました」
「あぁ、いえ、気にしないで下さい」
「いえいえ、命の恩人ですから。放置されていたらきっと死んでたでしょうしね」
「そ、そんな大層な事は……!ただ当たり前の事をしただけで……」
(……薄々分かってたけど、コイツ良い奴だな)
これが演技という可能性も完全には捨て切れないが、多分根っ子から人が良いんだろう。人の多い東京ですら、倒れている人は喰種の餌になるか、十中八九厄介事の種になるので見捨てられることの方が多い。
「まぁまぁ、その件は置いておこう。僕らに話があるんだろう?その話を先にしようじゃないか」
脱線しかけた話をヘスティアが軌道修正する。
(話が早くて本当に助かる)
「えっと……実はですね。私、ファミリアに入ったんですよ」
「へー!良かったじゃないか!」
ツインテールはが揺れ、明るい声は此方を心から祝福しているように感じる。
で、問題はここからだ。いかに嘘を使わず切り抜けるかにかかっている。
「でも私、宿以外に泊まれる場所が無いんですよね……」
「え?」
「でも普通、本拠に部屋があったりしますよね?」
「うーん……ちょっと止むに止まれぬ事情がありまして、本拠には泊まれないんですよ」
「ふんふん。それで?」
「で、仕方なく宿を借りてるんですけど、いかんせん出費が嵩んでしまうんです」
「ふんふん」
「で、これからダンジョンに潜ってお金を稼ぐ事になるんですけど、一人だと流石に危険じゃないですか?」
「うんうん………ってちょっと待ってくれ。“ダンジョンに潜って”って……」
「あれ?言ってませんでしたっけ?冒険者になったんですよ」
あれ?言って無かったっけ?……言ってない気がして来た。
まぁ大丈夫だろう。
「そうか……うん。続けてくれ」
「それで、もし良ければ、そちらのベル君とパーティーを組ませてもらえませんか?」
「…!」
「なるほどね……」
ベルが驚いたように目を見開き、ヘスティアはうんうんと唸りながら考えている。
「同じファミリアの仲間はどうなんだい?」
「色々あって関わりも全く無いし、仲が良くないんですよね……」
関わりが無いのも本当だし、仲が良くないのも本当だ。
まぁ、そもそも知り合いですら無いんだが。
「うーん……」
「神様……」
「待て、ベル君」
ベルが何か言おうとしたのをヘスティアが遮る。
「ボクだって、ベル君が一人でダンジョンに潜っているのは心配だ。一緒に潜ってくれる仲間が増えるのは良い事なんだけど、それが他派閥ともなると色々と問題が出てくる事がある。その点はどうなんだい?」
「一応、主神様からは許可を得てるんです。というか、むしろそうするように勧められました」
「……その主神の名前は?」
「申し訳ないんですけど、主神様からは所属を隠すように言われてまして……」
「それは……うん。ちょっと待ってくれ。少し考える」
またツインテールをウネウネと揺らしながら考え込み始めるヘスティア。
それを尻目に、ベルが此方に質問を投げかける。
「どうして僕なんですか?」
まぁ、当然の疑問だろうな。
「一応知り合いですし、冒険者でファミリアのメンバーが一人って事は知ってたので、何と言うか、お買い得かな〜…と思っています」
「お買い得って……」
苦笑いをするベル。
「……という事は、主神の命令で此処に来た訳じゃないんだね?」
聞いていたらしいヘスティアが此方に質問をしてくる。
「はい。
ベルと関わるようには言っていたが、此処……つまりこの本拠に行くように、ベルの所に行くように命令された訳ではない。つまり嘘では無いのだ。
「ふう……分かった。許可しようじゃないか。態々ベル君の主神であるボクにまでお伺いを立てに来たんだしね」
「……ありがとうございます」
(ふぅ……一先ずクリア……かな?)
見ると、ベルは少し安心したような顔をしている。
パーティーが出来たことが嬉しいのだろうか。
「それじゃあ、ベル君。サクヤ君と少し話をしたいから、少し出て行ってくれないかい?」
「…?はい」
バタン。と扉が閉まり、ベルの足音が離れていく。
「さて…と。ベル君は居なくなったけど……それでも主神が誰か話せないかい?」
(そりゃそういう話になるよなぁ……)
人払いをするということは、そういうことだ。
「……本当に申し訳ないんですけど、誰にも話すなと言われているので……」
「……正直に言ってキナ臭いと思わなくも無い」
(そりゃそうだろうな)
でも、と続ける。
「嘘をついてるわけじゃないみたいだし、ベル君の仲間が増えるのはボクも望んでいたことだ。……ベル君を頼んだよ。サクヤ君」
「……はい。誠心誠意頑張ります」
差し出されたヘスティアの手を握る。
(あぁ……この神も良い奴だ……)
幼い外見に反して、瞳は強く、意思を物語っている。
俺に真っ直ぐに信頼を向けている。
(あぁ……もしフレイヤ様で無く、彼女のファミリアに入れていたら………何か変わったのだろうか……)
そんなたらればに意味は無いけれど、こんな風に腹に一物を抱えたままベルに関わる事は無かっただろうと断言できる。
「話、終わりました?」
「あぁ、ちょうど今終わった所だよ」
ひょこっと顔を出したベルで、僅かばかり張り詰めていた空気が霧散する。
「良かったじゃないか、ベル君!仲間が増えて!」
「はい!」
「ほら、改めて挨拶をしておきなよ!」
「拝・サクヤです。よろしくお願いします。ベルさん」
「ベル・クラネルです。よろしくお願いします。オガミさん」
互いに改めて名乗り、握手を交わそうと手を伸ばす。
「かたーーーい!!!」
が、その手はヘスティアによって叩かれる。
「固い、固いよ君達。これからは命を預ける仲間になるんだろ?もっと砕けても良いんだぜ?」
(む……まぁ、それもそうか)
「よろしく、ベル」
「…うん。よろしく。サクヤ」
今度こそ、しっかりと握手を交わす。
「た・だ・し!!」
が、今度は握手しているベルの腕を掴み抱き寄せる。腕を掴み豊かな胸を押し当てるヘスティア。
「ちょ!神様!?」
「ボクのベル君は渡さないからな!」
『ガルルル…』と聞こえて来そうなほど肉食獣を思わせる視線を俺に浴びせるヘスティア。
思わずクスリと笑ってしまいながらも言葉を返す。
「……別に取りませんよ」
「フン!良いかい?ベル君。油断は禁物だぞ!」
「は、はい?」
「こういうタイプは実は虎視眈々と狙っているんだ!命を預け合う中で次第に恋に落ちて……なんてのは絶対に!ぜっっったいに許さないからな!!」
「いや、だから別に狙ってないですって」
「分かったかい?ベル君!」
「わかりました!わかりましたから!離して下さい神様!」
「照れちゃって可愛いなぁホントにもぉ〜!」
「うわっ!ちょっ!やめ!」
「あー……私、帰りますねー……」
「ちょ!待ってサクヤ!助けて!!」
「………明日の朝迎えに来る」
「えっ…」
バタン。
「……嘘でしょ!?サクヤ!!??サクヤぁぁぁぁ!!!!!」
(ホント愉快な人達だなぁ……)
随分と久しぶりに、心の底から笑えた気がした一日だった。