隣の杖店を見るなり、和葉は顔を顰めた。何十枚ものお札がびっしりと貼られていたからだ。
「うわぁ。陰気くさっ」
身震いしながら呟く。なんとなく1人で入るのは怖くて、和葉は恐る恐るドアノブに手をかけた。扉は思ったより軽く、いざ入ろうとすると押し返されるような感じがしたが、すぐにそれはなくなった。
店の中の棚には古い本が大量に並べられていて、本当にここであっているのか不安になる。
「うわぁっ!」
三脚並べられた椅子に金髪の少女が座っている。
金髪はゆるくウェーブし、形の良い眉毛の間から鼻筋がすっと通っている。鼻は高く唇が薄いので、俗に言うEラインがきれいにでていた。眠っていて目は閉じているものの、一目で美人と分かるほどの美貌だ。目をつぶっていることで、まつ毛が長いことがよくわかる。誰もいないと思っていた和葉は、思わず声を出してしまった。幸い、少女は眠ったままだ。安心する間もなく、鳥籠に入っている和葉の新しいお友達が騒ぎ始めた。和葉は鳥籠の中に手を突っ込み、必死で鳥を宥めた。
その後和葉は少女の座っている席から一席開けて椅子に腰を下ろした。
店主は留守なのか、なかなか出てこない。
待っている間、和葉は何度も横目で少女を見てしまったが、
それが当たり前と思える程に、少女は美しかった。
**
5分ほど経っただろうか。レジの奥から気の良さそうな男性が出て来た。慌てた様子でカウンターに立ちながらずり落ちた眼鏡を直した。
「待たせて悪かったね。杖をお求めで?」
どうやら和葉に話しかけているようだ。
「こ、この子が先に......」
和葉は隣を見て言った。いくら寝ているからといっても横入りは良くない。
「ああ、その子は杖のメンテナンスに来てるんだ。君は新しく買うんだろう?きっとぴったりのが見つかるさ」
なんでもお見通しとでも言いたいかのように、眉毛を上げて、微笑んだ。その拍子に低い鼻を眼鏡が滑る。
和葉は椅子から立ち上がり、おずおずと前に出た。
「じゃ、始めよう。生年月日は?」
店主はメモとペンを取り出す。
「七月七日です……」
「七夕か__」
ペンをすらすら動かしながら呟く。
「杖腕はどちらで?」
店主の手の上でペンがくるくる回っている。
「み、右です。」
「右っと......。」
さらにいくつかの質問を終えると、店主はあの棚に近づき、本を一冊抜き取った。本は分厚く、何十年も放って置かれたかのように埃かぶっていた。
「216番ってとこかな......。よいしょっ」
開かれたページには、一本の杖が描かれていた。店主がそのページを2度杖で叩くと、杖が本から出てきた。絵と全く同じデザインの杖だ。
「感覚で選ぶ杖作りもいるみたいだが、この店では先々々代がこの本を作ってからはずっとこの方法でやってる。統計に沿って選んだ方が確実だからな」
聞いてもいないのに店主は自慢気に説明した。
「芯材はドラゴンの琴線で長さは24.5cmでリンゴ。しなりやすい。ほれ、振ってみな」
店主は和葉に杖を渡しながら言った。杖は和葉の手にぴったり収まった。__私を選んで__そう言いたいかのようだ。
もう主人はこの子しかいないと。
しかし和葉は、何かが違うと感じていた。何かが違うのだ。
「どうした?ほら、振ってみなよ」
店主に言われ、和葉は杖を勢いよく振った。その刹那__バリンッ‼︎__店の奥から何かが弾けるような、割れるような音がした。驚いた和葉は手に持っていた鞄を落としてしまった。店主はその音を聞いた瞬間、血相を変えて音がした方へと駆けて行ってしまう。その際、また眼鏡がずり落ちていた。何かを壊してしまったのかもしれない。和葉は震える手で杖を本の上に置いた。杖は逃げるように、本に吸い込まれていった。
「ねぇ、何があったの⁉︎」
あたふたと荷物を拾っていると後ろから元気の良い声が聞こえてきた。振り向くと先程の美少女がくりっとした、宝石のような青い目でこちらを見ていた。破裂音で目覚めてしまったらしい。目を開けていると一層綺麗に見える。和葉はこんな綺麗で可愛い子を見たことがなかった。
「わ、私何かこ、壊しちゃったみたいで……」
ところどころつかえながら言う。少女はその言葉を聞くと、なーんだ__と伸びをしながら言った。
「大丈夫大丈夫。私なんか5個も花瓶割っちゃったんだから!」
少女はケタケタと笑いだした。和葉はどうしたらいいのか分からない。少なくともそれが胸を張って言えることではないということだけは分かった。
「あ、あの……」
笑い続ける少女をただ凝視することしかできない。
「はぁ……。疲れた〜!__私は
「え、あ、うん」
和葉は戸惑いながらも頷いた。
「よろしく」
有珠が手を差し出す。
和葉はおずおずと手を取った。
「__か、和葉って言います。」
「今⁉︎面白いね、あなた!」
「はぁ......。」
有珠のテンションについていけない和葉はされるがままになっていたが、それが嫌なわけではなかったので戸惑いながらも手を握り返した。この子とは仲良くなれそうだし、そうなったらいいと思った。
__そのとき、ガタンッという音を立てて建て付けの悪い戸が勢いよく開いた。
「ちょっと君、これが君の杖だ。」
息を荒くして入ってきた店主の手には1本の杖が握られている。眼鏡はまだずり落ちたままだ。
差し出された杖は不思議なことに、2色だった。2種類の木材が使われているようで2本のツルが絡み合っているようなデザインだ。
「綺麗……」
杖を受け取りながら呟く。店主は暗記したように淡々と早口に述べた。
「30.2cm、セコイアとナシ。芯は
杖をまじまじと眺める和葉を、店主は不安そうに見つめた。
「その杖は……」
言いにくそうに口籠もる。
「その杖は?」
「いや。なんでもない。お嬢さん、気をつけて使いなさい」
真剣な目で諭すように言われると頷かないわけにはいかないので、和葉はゆっくりと首を縦に振った。何故気をつけて使わなければならないのかを聞こうと口を開いたとき、店の扉が開いた。入って来たのは和葉が待っていた人だ。
「あ、光」
光は手の上にヤモリを大事そうに乗せていた。後ろに亜樹もいる。光は和葉を見るなり食い気味に話し始める。
「見ろよ、すごくかっこいいだろ?ツクヨミって言うんだ。神族の月読命から取った名前で夜行性のコイツにぴったりなんだ。なんてったって月読命は夜を統べる神さまだからな。しかもヤモリは縁起が良くて『富』を象徴してる」
光は得意気に捲し立てたが和葉は何を言われているのかさっぱり分からなかった。何より顔を真っ赤にした有珠がしつこく聞いてくるのだ。
「__ねぇ、この人誰?」
「光。私の従兄弟なの」
「嘘__チョーイケ……なんでもない。あー、この人もマホウトコロ?」
「そうだよ。光はね、めっちゃ頭いいの」
「え__最高……ところで彼はどういうタイプが……あ、今のは聞かなかったことにして。」
聞かなかったも何も、和葉は前後から話しかけられて混乱していた。この2人は確実に、混ぜるな危険タイプだ。
「時間押してるんだから早くしなさい!」
亜樹が長々と話をする光を急かした。
「ハイハイ」
「『はい』は1回!」
「ハイハイ分かってる」
「まったく……」
有珠はまだ顔を赤くしている。
「つっけんどんなところも素敵……」
**
「27.8cm、ブナノキ。芯は麒麟の角で堅実」
光の杖は和葉のときよりずっとスムーズに決まった。
「用事は全部済んだし帰ろっか」
亜樹にそう言われて和葉が床に置いていた鞄と鳥籠に手をかけたとき、店に黒髪の若い女性が入ってきた。その髪はとても長く、床につくギリギリで止まり、絹糸のようにしなやかでまっすぐだ。一重で切れ長の茶色い目は色素が薄く澄んでいる。肌はしみ1つなく、真っ白。その面持ちは平安貴族を思わせる。
「日本国魔法界の繁栄と神の御加護があらんことを」
亜樹がその女性に会釈をして言った。
「そのような硬い挨拶をせんでもよい。妾もそなたと同じただの魔女じゃ。有珠、杖は受け取ったのか?」
亜樹に軽く挨拶した後、有珠を見て言った。見た目からは想像できない、低く落ち着いた声だ。
「__光、この人誰?知り合い?」
和葉が光に耳打ちする。
「え……」
ありえない、というように和葉を見る。
「そんな異物を見るような目で見ないでよ!」
「異物を見てるんだから仕方ない」
「ちょっと!」
「お前ほんとに知らねーの?」
光は和葉の耳に口を寄せ、小声で言った。
「あの人は、現魔法大臣だよ!」
その言葉を聞いた瞬間、和葉は目を丸くした。
「えぇーーーー‼︎」
「ほんと馬鹿だなお前」
光が呆れたように首を振った。
「失礼ね!」
2人がそんなやりとりをしている間、有珠と魔法大臣は親しげに話していた。いくら絶世の美少女だからといってもたったの11歳の子どもだ。普通に考えて、これは不自然なことだ。
「ねぇ、アリスと大臣さんって知り合いなの?」
「んなこと知るかよ。」
光が頭をぽりぽり掻きながら言った。
「気になるなら聞いてくればいいじゃん。あの子と友達なんだろ?」
__友達__と言われ和葉は顔を赤くした。先程会ったばかりだし、あんなに可愛い子と友達なんて恐れ多い。たしかに気が合いそうだとは思ったが、こんな自分が友達なんて呼んでいいものなのか……。
「でもさっき会ったばっかだし……」
しかしそんな心配はする必要がなかったとすぐに思うこととなった。
大臣と話し終わった有珠が振り向いて言った。
「和葉、紹介するね!私の
「ママ……ええぇぇぇーーーーーー⁉︎」
光は和葉が叫んだので急いで耳を塞いだ。和葉は驚きを隠せず、鯉のように口をぱくぱくさせている。魔法大臣はそのとき、和葉の握っている杖を見つめていた。茶色い目が、段々と色を変える。しかしそのことに気づく者はいなかった。ついに目は金色に変わった。
「掟を破った者、敵現れんことを知る。敵となる者、又それを庇う者、気をつけよ、白き者は側に……」
先程の落ち着いた声とは違う、おどろおどろしい声だった。有珠を問い詰めていた和葉も、有珠も光も亜樹も店主も一斉に声の主の方を見た。その場にいた誰もが、背筋が凍るような感覚を味わった。
いい終わると大臣はその場に倒れた。
「ママ!」
有珠が慌てて支える。
「__心配ない」
茶色の目に戻った彼女は、杖を一振りして言った。その場に巻物のようなものが出現する。大臣がそれに触れると、先程言い放った文が刻まれる。
「不味いな……。そなた……まだ11歳の子どもだというのに……。しかし妾にはどうすることもできぬようじゃ。くれぐれも無理するでない」
和葉を射るように見つめる。
「私……?」
「そうじゃ」
何がどうなっているのか分からないが、重大なことを言われているのだということは分かった。
「事を全て話すにはまだ早い。とにかく、用心して過ごせ」
「は、はい」
今日はなにかと振り回されてばかりだ。
「大臣、助言に感謝します。光、和葉ちゃん、帰るよ」
亜樹はあの言葉を聞いてからから無表情だ。
「うん、じゃアリス、学校でね。大臣さん、ありがとうございました」
「バイバイ和葉!」
3人は店を出た。
「大臣の予言は絶対当たる。だとしたら……」
亜樹は駅までの帰り道、その一言しか喋らなかった。和葉も光も、喋る気分にはなれなかった。財布の中にはもう8ガリオン4シックルしか残っていない。
**
駅には仕事を終えた葵が迎えに来ていた。和葉のテンションが低いことに多少驚いていたものの、疲れているのかと思っているようだ。
「__姉さん、話すことがあるの、和葉ちゃんのことで……。今夜魔法石で話せる?」
と、亜樹が葵に小声で言っているのを和葉は聞いてしまった。
さらっと光が話していた神族については後ほど書こうと思っています。