グレーシャの視線の先に立つ青年は皮肉げに笑っている。
おそらく、ブリタニア人とは折り合いの悪い人間なのだろう。
彼が言ったブリキの兵隊、とは日本人がブリタニア軍人を呼ぶ際に使う呼称だ。
「俺に何か用事かよ?」
不満げに見える青年の口から出てきた言葉も友好的ではない。
にもかかわらずグレーシャは世間話をするかのように微笑みながら続ける。
「ほんとに
「はぁ?」
青年は赤毛が目立つものの、明らかな日本人の顔だ。
整った顔立ちは鋭利な刃物のような表情をたたえている。
「思ったことを言っただけだけどね」
自分のペースを崩さずに語るグレーシャに青年の相貌は苛立ちが積み重なっていく。
「…………用がねぇなら俺はもう行くぞ」
「助けようとしてくれたんでしょう?
一応なんだろうけどね」
踵を返した青年の歩みは止まらない。
「ありがとう、またね」
その背中に向けてグレーシャはもうそれ以上語りつづけようとはしなかった。
仮定、というよりも推測はある。
そして予感もある。
あの青年とはまた出会うことになる気がする、そんな予感が。
グレーシャは紅に染まる廃墟を後にした。
新居に届いた荷物の整理でもしなければ、と。
平然と、だが内心冷や汗を流しながら青年―――紅月ナオトはあの
建物の陰に入り、遠目から灰色の髪をたなびく背中を見てやっと安堵することが出来た。
最初はただ助けるつもりだった。
馬鹿なブリタニア人の女が夕刻のゲットーで暴漢に襲われた、もしくは行方不明になったとあってはここいら一帯がそれを理由に「大掃除」されるやもしれない。
そうなっては仲間の身だって危なくなるしアジトだって見つかってしまう恐れがある。
「また、ってなんだよあいつ」
反ブリタニアを掲げる小規模テロリスト、紅月グループの長である紅月ナオトは嫌な予感に顔を歪ませた。
夜、ゲットーから戻ってきたグレーシャはトーキョー租界の中でも屈指の高級住宅街にいた。
彼女の眼前には3メートルほどの巨大な門が立ちふさがっている。
中を覗けば都市にあるには巨大な庭―――駐車スペースのようだ―――を挟んだ先に屋敷が見える。
現代の貴族が好むようなな装飾に包まれた建物とは真反対の質素な、しかし力強さを感じさせる造り。
日本語で例えるならば質実剛健、無駄のない屋敷だ。
ノネットがグレーシャのため用意したものだという。
遠目に見ても新築といった風ではなく何処からか移築してきたようだ。
「ここで1人暮らしかー」
建物の間取り等はノネットから聞いていたが実際に見てみるのとでは大きく違った。
ごう、と一際強い風が吹いた。
まだ春だとは言えどもすでに日は落ちており街灯が煌々と灯っており肌寒くなっている。
外で考えなしで立っているのは得策ではないようだ。
セキュリティを解除し、グレーシャは敷地内へと足を踏み入れた。
駐車スペースは砂利が敷き詰められておりその広さは大型のトラックが2台ほど停まってもまだ余裕があるようなサイズだ。
その広すぎる駐車スペースを過ぎた先にある玄関の扉をあけてみれば案の定真っ暗だ。
まずは光源を探すことから始めなければならないらしい。
「そーだ、セシルさんに連絡もとらなくちゃいけないんだっけね」
やるべきことは大量にあるようだ。
二日後。
支給されていたオレンジに近い色をした軍服を着こんだグレーシャの姿は特派の研究室にあった。
現在特派が開発をしている新型兵器の達成目標と兵装プランの書かれた資料が彼女の机の上に広がっている。
グレーシャにはサクラダイト研究者として、大まかに実現可能か否かの精査を任されていた。
とはいえ、初日と言うこともあり実際は
「グレーシャちゃんちょっといいかしら?」
セシルに声をかけられ窓の外をみれば日が中天にあった。
「ええと、どうかしましたか?」
「お昼一緒にどうかしら、と思って」
見れば彼女の手元にはお手製の弁当が見える。
資料の確認途中ではあったがちょうどいい息抜きにもなるかもしれない。
特に断る理由はなかった。
「ええ、喜んで」
「良かった!
断られたらどうしようかと思ってたのよ?」
そう言ってはにかむセシルは同性ながら魅力的で、彼女の人間性がよく出ているように感じた。
もっとも、演技でここまでの反応を示す強者も少なからずいたりするが。
他愛のない雑談を交わしながら二人は軍部の食堂へとやってきた。
食堂は広く数多くの人間で溢れかえっていた。
グレーシャのみランチセットを注文し二人は席に着いた。
「セシルさんはいつもここでお食事を?」
「いいえ、いつもは研究室の方で食べることが多いわね。
でもたまにはこうして食堂にきたりするのよ」
「まさかいつもご自分で作ってきているのですか?」
「毎日作ってるわけじゃないのよ。
こう見えて私だって忙しいんだから」
そういってえへん、と小芝居をセシルはおそらくグレーシャに気を使っているのだろう。
「それはそれは失礼したね……っと申し訳ありません」
少し油断して口調が砕けてしまった。
今は自分が部下なのだ、と咄嗟に思いグレーシャは謝罪をいれた。
「ふふふ、気にしないでいいわよ。
なんとなく
主任がロイドさんなのよ?」
「ですよねー、なんて言えませんよね」
「そうかしら?」
「そうですよ」
どちらからともなく笑い声がこぼれた。
ピーク時を過ぎたのか食堂にいる人の数は2人が来た頃よりは減ったものの、やはり騒がしさはあまり衰えていない。
「もうそろそろ戻りますかね?」
「そうね
あら?」
セシルの視線の先ををグレーシャは何気なく見た。
視線の先に居たのは20人ほどの若者だ。
年はグレーシャと変わらないような者がほとんど。
しかし彼らは
おそらく
彼らはブリタニア人の視線を逃れるように食事を受け取るとそそくさと食堂を出て行った。
その姿を見つけたブリタニア軍人たちのほとんどは何の反応を示さなかった。
だが、例外はいたようだ。
「久しぶりにこちらで食事をとってみようと思ってみれば元日本人を見ることになるとはな」
周りの男たちも吐き捨てるように言った男に同調して言葉を重ねる。
「まったくだ……キューエル卿、申し訳ありませんでした。
私共が無理にとお願いしたばかりに」
「いいや、気にすることはないさセレッソ。
君の純血派への思いはよくわかっているつもりだ」
「キューエル卿……!」
元日本人への侮蔑を隠しもしないリーダー格の男はキューエルというらしい。
「セシルさん、彼らは?」
少し声を落としてグレーシャはセシルに尋ねた。
「ど、どっちのことかしら?」
「あのナルシストかぶれのブリタニア人では無い方です。
いつも彼らは同じ時間に食堂を利用してるんですかね?」
「グレーシャちゃん結構辛らつね……。
名誉外人部隊の子たちはいつも私たちとは違う時間を見計らってここにきているわね。
やっぱり同じ時間だと今みたいな摩擦が起きてしまうでしょうし」
「じゃあ今日はどうしたんですかねー」
名誉外人部隊の少年たちはどんどん姿を消していった。
しかしそのうちの少年の1人は立ち去ることなく食堂内に残るようだ。
人影で顔を良く見ることは出来ず、どこに座っていたのかも分からなくなった。
「1人残りましたね」
「……ならやっぱりあの子かしら」
セシルの目は悲しそうに歪んでいた。
「何が―――」
グレーシャがセシルに問いかけ用とした時、食器の落ちる音がした。
カァン、と叩きつけられるような大きな音に食堂は静まり返った。
「貴様、元日本人のくせにどうしてここに残っている?」
見失った名誉外人部隊の少年のもとには先程のナルシストの取り巻きらしき男―――セレッソと呼ばれていた―――が仁王立ちしていた。
グレーシャ達からは顔を見ることが出来ず、癖の強い茶髪の後頭部しか見えなかった。
およそその男が少年の食器をはたき落としでもしたのだろう。
「なっ、軍規ではそのような―――」
「貴様らのような卑屈な民族とともに食事をさせられるこちらの身にでもなってみろ!」
あぁ、あの男は弱者を踏みつぶすことに快感を覚える最低の手合いだ。
少年の反論を意に介することはなく男は侮蔑を投げ続ける。
「なぁ?
裏切り者、枢木スザクよぉ!?」
枢木スザク。
その名を聞いてグレーシャは一瞬、自分が聞いた言葉を信じられなかった。
頭が理解をする前にグレーシャの体は動いていた。
「グレーシャちゃんっ!?」
驚くセシルを置いてグレーシャは騒動の渦中へと人混みを押しのけて進んでいく。
「なんだおんがぁ!?」
「セレッソ!?」
突如割り込んできたグレーシャをいぶかしむ男の発言を最後まで聞くこともなく押しのける。
そうしてグレーシャは名誉ブリタニア人の前に立った。
「スザク!?」
「君は……グレイ!?」
!?祭り。