コクピットはグレーシャが潜りこんだのと同時に閉じた。
そのまま起動キーを差し込み認証番号を打ち込むと画面に辺りの映像が映し出される。
彼女が騎乗する《サザーランド》はぼろぼろになった倉庫のような建物の中心に立っていた。
崩壊した壁の隙間から見えるのは廃墟と化したビルの森。
「ここは新宿……?」
『ええ、良く分かったわね。
いったことあるの?』
グレーシャの呟きにセシルが反応した。
彼女は今グレーシャのオペレーターとして作戦の伝達支援の役割についているのだ。
「ええと、まあ。
ところでこの《サザーランド》武装は何もついてないんですね」
『武装は両腕のスタントンファと内蔵式対人機銃、加えて左右のスラッシュハーケ ンよ』
「ほとんど装備なしってことですね」
そういって挙動を確かめるようにしてグレーシャはフットペダルを踏み込んだ。
彼女の分身である紫色の巨人はその動きに合わせ、ランドスピナーを回転させる。
「うわ!感度よすぎませんかねっ?」
あわててブレーキを踏み込んだグレーシャだったが危うく壁面に突撃してしまうところだった。
『あはー、教えるのわすれてたよー』
「あっぶないとこでしたよまったく……」
セシルのものとは別にロイドからも音声通信が入った。
どうやらこの機体の反応速度をギリギリまで高めたのは彼自身だったようだ。
『もう!ロイドさんそういう大事なことは先に言ってください!』
『えーでもボクたちが作ってるKMFの最低想定スペックでも これの何倍もピーキーになるんだよ?
グレーシャくんにはこれくらい乗りこなしてもらわないと』
『その前にまずグレーシャちゃんのパイロットとしての腕を見ることが先決だと思いますけど……』
『ざーんねんでした!
グレーシャちゃんの操縦者としてのデータはシュナイゼル殿下を通じてノネット卿からもらいましたー』
シュナイゼル・エル・ブリタニア。
この特別派遣嚮導技術部のトップでもありブリタニアの第二位皇位継承者。
そして最も皇帝の座に近いと目されている男だ。
「あのー、私は現状のままで構わないので始めませんかね?」
上司同士の会話ということで口を挟まず黙っているべきかと思ったがこのままだといつになっても二人の痴話喧嘩が終わるともしれない。
『 本当に大丈夫?』
あはー、と間の抜けたような声で笑うロイドとの通信チャンネルがセシルによって遮断された。
「大丈夫ですよ。
今ので大体はつかめましたしね」
『えっ?本当に?』
「本当に。
アクセルとブレーキに関してはですけど。
もしかしてロイドさん他にも何かいじってます?」
『いーや、何もいじってないよー』
セシルのマイクが彼の発言を拾ったようだ。
「じゃあ何も問題はありませんね。
お願いしますねセシルさん」
『わかったわ』
こほん、とセシルは一息つく。
『ではこれより模擬訓練を始めます。
目標地点への到達、またそれまでの時間の計測が目的です。
周囲に敵対勢力は存在しないので気にせずにどうぞ』
目標地点を示すマーカ ーは現地点よりも10キロほど離れている。
たいした距離ではないがおそらく障害物が数多く存在するのだろう。
「了解しました。
いきますね、っと!」
画面上に映し出される風景と地図を頼りにグレーシャは少し加減をしてペダルを踏み込んだ。
倉庫の影をから飛び出した〈サザーランド〉はまず最短距離で目標地点進んでいく。
廃車や倒壊したビルの破片など障害物には事欠かない道のりではあるがそれを感じさせない動きだ。
その整備されていない道を少し進むと崩壊した高速道路で道が途絶えている。
『うわー、凝った地形ですこと……。
オペレーター、この高速道路のダメージ状態とかわかりますかね?』
グレーシャからの通信に対してセシルは少し考える。
今回の訓練には2つお手本とも呼べるルートが存在する。
1つは地形データを見た上で少し遠回りをするもの。
ここシンジュクにおいては崩壊の可能性がある高速道路などの巨大建造物を避けて安全確実に大通りを進むことによって遠回りではあるがスムーズに目的地へと到着することができるのだ。遊びこそないが確実な手段である。
「……ギリギリいけます。
ただしKMFが激しい機動をとれば更に崩落の危険があります」
グレーシャがとっているものはそのもう1つ。
ただただ最短距離を、障害物を気にせず踏破するというものだ。
もちろん順調にいけば前者よりも圧倒的に早く目的地へと到着可能なのだがやはりそう簡単には進ませまい、というわけである。
『なんかひっかけくさいですね……』
グレーシャの判断はもっともだ。
もしここでなにも迷わずハーケンを崩壊した高速道路に打ち込んでいれば、その衝撃で更なる崩壊がおき、作戦続行不能となっていたであろう。
「……止まっていれば結果が悪くなりますよ」
あえて質問からそらすようにしてグレーシャを急かす。
『了解です』
事務的に返事をすると《サザーランド》は高速道路にハーケンを打ち込み上昇を開始した。
「うまいねぇ彼女。
この短時間で崩壊の危険性がない場所にあたりをつけるなんて」
横にたち画面を眺めるロイドの表情は明るい。
「なかなかいいもの見つけたかもねぇ、ボク」
「ロイドさん、グレーシャちゃんは物じゃありませんよ」
たしなめるようにロイドに言う。
「んふー、でも今は大事な部品だよ」
「もう……」
ロイドはこのようにあえて非人間的な物言いを好む。
それがロイド・アスプルンドという、自らを壊れていると自称する人間のクセだ。
本当は優しい人なのに、わざと自分を追い込んで。
―――これでも感謝しているんですよ?
「もうオペレーターの役割は終わりかな?」
「どうでしょうね」
グレーシャの上昇が終わり前進を開始すると共に散りかけていた集中をもう一度あつめなおす。
しかしその必要は結果的にはなかった。
一歩間違えれば崩壊する道を《サザーランド》は進む。
その動きはKMFの四肢を巧みに操り無駄がない。
時に片足のランドスピナーを地面ではなく壁に当て、崩壊ポイントを回避する。
また急な障害物があれば止まることなくハーケンを駆使して強制的に方向転換をとる。
それはまさしく舞踏のようだ。
定められた動きではなく即興曲にのった感情のままの動き。
「綺麗ね……」
戦場を駆ける
「…………」
呟くセシルに対してロイドは何も言わない。
この時、セシルからはロイドの表情は伺えなかった。
「到着ー。
どんなかんじですかね?」
『えっ?
あ、ええとタイムねっ?』
何故かグレーシャの問いかけに対し少し慌てるようにセシルは答えた。
オペレータとして情報を教えてくれる際にもどこか心ここにあらず、といった体だったが。
『すごいわ!』
セシルが告げたタイムはグレーシャとってはあまりピンとこない。
―――比較相手自体いないわけだしねー。
『じゃあ続いて対KMF戦の模擬訓練いけるかしら?』
「いつでもどこでも」
『じゃあ地形データを変更するわね』
続いて《サザーランド》が立っていたのは森のなかだった。
「武装は追加されてるんですかね?」
『今回は先程のものに加えてアサルトライフル一丁が追加されています』
「了解です。
……ないよりましかねー」
『仮想敵はテロリスト、日本解放戦線で使用される《無頼》8機です』
いくら性能面では《サザーランド》が圧倒的に上回っているとはいっても1対8って……、とか思ったりもした。
「いくらなんでも1対8って……」
口に出していた。
『全騎撃破しろとは言わないわ。
ベストを尽くしてちょうだい』
「はいでーす」
うん、ふざけて誤魔化そう。
別に上司に食らいつきたい訳でもないグレーシャはそう決心した。
結果、模擬訓練は直ぐに終わった。
グレーシャの圧勝で。
戦いは数だよなどと少数側であるグレーシャが言う余裕があるほどにKMFの性能も、またそれ以上に騎乗者の腕前に差があったのだ。
恐らく敵《無頼》のパイロットデータは教科書的な基礎AIか、と思うほどに単純だった。
グレーシャはコクピットから降り、借りたタオルで汗を拭いつつ自分の中でそう評した。
「お疲れ様、疲れたでしょう」
「これくらいじゃ疲れませんて。
でも労いのお言葉はありがたく頂戴しますね」
あら、と微笑むセシルの声は優しい。オペレーターとしての際とは全く声音が違う。
「いやー期待以上だねー」
ロイドは上機嫌に笑っている。
「ありがとうございますね」
「これで今日は終了ね。
シャワーを浴びたかったらそのまま帰ってもいいわよ?
待ち合わせだってあるんでしょ?」
「そうですね。
お言葉に甘えさせてもらいますかね」
「ええ、がんばってね!」
何をだ、と突っ込みたかったが必死に堪えた。
ロイドはそんなやり取りなど意に介さずいつの間にやら既にパソコンに向かっている。
荷物をまとめてグレーシャは個性的な職場を後にしたのだった。
その後グレーシャの姿は軍部の近くの公園にあるベンチにあった。
時間に余裕があったので1度帰宅はすませてある。
私服で座る彼女のことを軍人だと見抜けるものはそうはいまい。
約束の時間まであと15分ほど。
さて何をして暇を潰そうか、と思案を巡らしていた彼女に近づく足音があった。
なんともなしに振り向いた先にはコートを羽織った少年がいる。
手を振りつつ笑う彼の名は枢木スザク。
グレーシャにとって大切な友達。
そして
彼女が救済を願う人である。
キングクリムゾン!×2