初夏。
グレーシャがエリア11に来て、気が付いてみればもうそんな季節になっていた。
まだ早朝は涼しく感じられるものの、日が上るころにはじっとりと肌が汗ばんでいる。
ピッチリとした軍服はいささか不愉快に感じられた。
「おはようございます」
まだ気温が上がる前、薄暗い特派の研究室にグレーシャの声がむなしく響いた。
誰もいないのはわかってるんだけどねー、と誰にともなく言い訳じみた独り言を呟きつつ上着を脱ぐ。
そのかわりに少し大きめの白衣をはおった。
「んーん!
やっぱりらくちんだね」
西洋人形を思わせるグレーシャの容姿と「いかにも研究者です!」と言わんばかりの白衣はなかなかどうして様になっていた。
というのも当然だ。
彼女、グレーシャ=E=ピースリーにとっての本分は研究者なのだから。
エリア11に来て以降やっている試作KMFの
自分専用のワンオフ――現段階では量産する予定もないため後続騎な案は現状ない――というのに憧れはするもののどちらかといえばそれを乗りこなすよりも誰かに乗りこなしてもらいたい欲求のほうが強いのだ。
ただ、
きっと救いたい人を助けられると思ってきただけだのことだ。
(……いやちょっと訂正かね。
スザクのためってのが始まりだったのに気が付いたらノネットさんに憧れてたのもおおきいよねぇ)
ノネットは強いひとだから、きっとグレーシャの助けなんて必要とはしないだろうけれどもそんな彼女の力になりたいとも思っている。
二兎追うものは一兎をも得ずとはいうけども。
「……ん、メールだ」
特派のPCにはグレーシャ宛てにセシルとロイドからメールが一件ずつ届いていた。
セシルからのメールの内容は試作KMFの調整が一通り済んだこととロイド、セシル両名の戻る予定日が記載されていた。
メールが受信されたのは数時間前。
「もうそろそろ私の天下は終わりかー」
今現在、特派にグレーシャしかいないのは別に彼女が早く研究室に来ているからではない。
ロイドとセシルの両名がメールの通り試作KMFのロールアウトを目前に控えた調整のためブリタニア本土に一時帰国しているためだ。
グレーシャがエリア11に来たころには骨と心臓だけだった騎士が産声をあげようとしている。
携わり始めた時期こそ遅かったがパイロットとして、研究者として貢献したものが形になるというのはやはり何度味わっても感慨深いものがあった。
二人が戻ってくるのは来週末、KMFともどももどってくるらしい。
「はやく会いたいなぁ……」
とぼやきつつ次のメールを開いた。
「えーとなになに……ん?
これって正式な辞令だ」
その先に続く文字をグレーシャは三度ほど読み返した。
あいた口が塞がらない。
「ロイド君は何を考えてるんだ」
要約するとこう書かれていた。
来月、大規模な演習が行われる。
その際に特派としてもデータ収集のために参加すること。
そして、グレーシャ=E=ピースリー准尉を名誉外人部隊のKMFの教官兼隊長として任命する。
いやいやおかしいよねきっとみまちがいだよね、ともう三度ほど読んだ。
自らの右ほほをつねってからさぁ隣人よ左ほほもカモン!、とばかりにつねってみると当然痛みが来た。
「右側の時点で痛かったんだけどねー」
セルフで突っ込みをした後グレーシャはそのメールが幻ではないことを受け入れた。
「ありがとうございました」
「気にすんなよ嬢ちゃん。
お偉いさん方からの命令だ」
同日午後、常日頃はKMFとそれを取り巻く機器で埋め尽くされた空間はそれとは違った機械で埋め尽くされていた。
その機械―――四つの型落ちしたKMFのシュミレータを運んでくれた整備担当の男性職員は笑いながら作業用のKMFで持ち場へと帰って行った。
「さてと……配線はつないでもらったしあとはうちのと接続かぁ」
メールを何度も確認したのちロイドに電話してみるとあれよあれよという間にここまでことが進んでしまった。
それにしても今回の辞令の意図がグレーシャには読み取れなかった。
名誉外人部隊の隊長をやること自体には異論はないがそのもう一つ。
KMFの教官なんてそもそもな話からしておかしいのである。
適正がどうのこうのではなく、騎士になることの叶わない名誉ブリタニア人にKMF技術を教えるなんて。
ロイドに聞いてもこれ以上のことは演習が近づくまでは秘匿義務があると追及を躱されている。
追加で得られた情報はグレーシャのもとには四名の名誉ブリタニア人が配属されるとのこと。
これじゃあ
「うだうだ考えて立って仕方ないよね!
せめてセッティングくらいは今日中に終わらせようかね!」
ここ数日、ロイドとセシルがいなくなってから独り言が増えてしまっているグレーシャだった。
気がつくと午後九時を回っていた。
冷房が肌寒く感じると思っていたらもうこんな時間になっていたとは。
「へっへーん……なんとかおわったね」
一先ずどころか完璧にセッティングを終えたグレーシャはシャワーを浴びて帰ることにした。
グレーシャの住む高級住宅街は午後十時を過ぎたあたりから人気がほとんど失せてしまう。
遠くでどこかの家で行っているらしきパーティーの音だけが響いている。
とぼとぼと一人で街頭の下を歩くグレーシャはまるで幽霊とでも間違われそうだ。
ここ数週間はノネットが何らかの作戦活動中らしく連絡をとることができないため本格的にグレーシャは孤独街道まっしぐらである。
「最近はスザクも忙しいみたいだしね。
こうして一人さびしく青春が過ぎてくんだね」
そもそもスザクはしっかりご飯食べているのだろうか、とか愚痴りながら歩いていたグレーシャであったがその思考は寸断された。
あれってお隣のシュタットフェルトさんとこのご令嬢だったよね、とそんな彼女がこんな夜更けに一人で隠れるように歩いていたためだ。
明らかに猫かぶりをしていたので妙に記憶に残っている。
気にはなるがそれも彼女のプライベートだ。
何かしらのっぴらきならない事情があるのだろう。
グレーシャはそう思ってシュタットフェルト嬢を見送ろうとした。
だがそんな思いやりは彼女―――シュタットフェルト嬢―――自身によって砕かれた。
「「あ」」
視線が合う。
数瞬だけ迷ったような表情をしたシュタットフェルト嬢だったが意を決したようにグレーシャのほうへと歩み寄ってきた。
その手にはかわいらしいポーチがにぎられている。
近づくにつれてそれは歩みから疾駆へとかわり、一気に嬢が間合いを詰めてきた。
グレーシャはそれを見て、一歩も動かない。
何も反応を示さない。
「ふっ!」
グレーシャののど元にはポーチから突き出されたナイフが当たっていた。
刃渡りが短いものの立派な暗具だ。
「これは他言無用でよろしく」
そう言ってシュタットフェルト嬢は鋭い眼光でグレーシャを一瞥すると
そのままグレーシャに背を向けるとシュタットフェルト嬢は一目散に彼女の家とは反対方向へ駈け出して行った。
「なんで脅したほうがにげるんだろ」
グレーシャはやれやれと溜息をつきながらシュタットフェルト嬢の後ろ姿を見送った。
その背中はたった今彼女から放たれた言葉と態度と真逆のことを語っているように見える。
ごめんなさいと言っている気がした。
ありがとうございます。ちょろちょろとやっていこうかと思います。では。