その日、というかグレーシャがノネットに相談をしてから三日後。
彼女は軍部の中でも一際暗い廊下を先を行く少年とともに歩いていた。
そこは名誉ブリタニア人のうち、旧日本人向けに作られた棟であった。
三階建てのコンクリート建造物は他の建物に比べいささか以上に簡素で、物々しい。
しかも入り口付近には兵士用の宿舎であるにも関わらず
分かりやすいほどの抑圧された環境だ。
また周囲を管制設備やブリタニア人用の宿舎が囲み、この建物に差し込む光が遮られている。
まだ午前中だというのに灯る蛍光灯が陰鬱な雰囲気を助長していた。
「こんなところがおうちだなんて気が滅入りそうになるね」
「それはそうだね。
洗濯物なんて全然乾かないよ」
「そういう意味じゃないんだけど」
「それくらいわかってる。
僕にだから言ってるんだろうけど他の人にはそういうこと言わないほうがいいよ?」
「当然だね。
スザクは特別なんだから」
「ありがとう」
先を行く少年、枢木スザクは困ったように笑うばかりだ。
この薄気味悪い廊下も親友とならば楽しい、とグレーシャは思えた。
いいや、例えどんな場所でどんな状況であってもそう思えると断ずることができる。
「そうだ、少し聞いておきたいんだけどね?」
「何かな?
会議室につくまででよければ答えるよ」
「うん。
スザクから見た名誉外人部隊の指揮官ってどんな男?」
ロイドに寄こしてもらった資料を見る限り名誉外人部隊の指揮官であり、クロヴィスの親衛隊長でもある男は典型的な差別的なブリタニア人であった。
弱さは悪で、敗者は罪人。
強さを是とする現皇帝の暴力性を信奉しているような。
過去の名誉外人部隊を率いた戦いの情報を見る限りでもスザク達のような名誉ブリタニア人のことを消耗品としか見ていない風であった。
KMFが闊歩する戦場に武器の所持が認められていない彼らを投入することは当然。
テロリストの掃討後の死体除去や清掃などを率先してさせる始末である。
……とはいえ、それはあくまで書類上からみてとれた内容だ。
その指揮官の男だって苦渋の選択の上で名誉ブリタニア人を人と見ないような策をとっているのかもしれないのだ。
「僕から見ての中佐か……典型的なブリタニア軍人だよ」
一瞬だがスザクの表情が歪んだことをグレーシャは見逃さなかった。
「嘘は言ってないけど、って感じだね。
じゃあスザク以外の部隊の人からはどんな感じかね?」
「……あまり評判は良くないね。
中佐がいないほうがこの部隊の生存率が上がる、なんて言う人がいたっておかしくない程度には嫌われていると思う」
結局資料の内容のままの人物だったようだ。
「おかしくない程度には、ね。
わかったよありがとう」
「どういたしまして。
会議室は次の角を曲がったところだよ」
「りょーかい。
……感謝する枢木二等兵」
扉の前に到着すると二人の間に和やかな雰囲気はなくなっていた。
会議室とブリタニア語で書かれた案内板のついた扉をスザクがノックするとその向こうからどうぞ、と簡潔に言葉が返ってきた。
扉のむこうからは声の主以外の人の息遣いが自然と漏れてくる。
「……」
「少尉?」
スザクが気を遣って話しかけてきたがそれを無視してグレーシャは戸を開けた。
建てつけが悪いらしい戸は少し力を込めると一気に開ききった。
室内には一様に緊張した面持ちの男たちが三人が横並びで敬礼を行っている。
「お待ちしておりました!少尉殿!」
その左端、少年というにはやや大人びた男が声を張り上げ出迎えの言葉を口にする。
「あーっと、楽にしてね」
「「「はっ!」」」
グレーシャがそう言うと敬礼から休めの姿勢へと移行するものの彼らに緊張の糸がほどけた様子はない。
「少尉、中へ」
後ろに立つスザクに小声で言われグレーシャは室内に足を踏み入れた。
グレーシャが彼らの前に立ったのを確認するとスザクもその列に並び日本人の数は四名。
彼らは休めの体制のままグレーシャの挙動をうかがっている。
なんだか、かなりびびられてるよね。
『はじめまして、この部隊の隊長をさせていただくグレーシャ・E・ピースリー少尉です。
歳は今年で一六。 研究者を自称させてもらってるけどKMFの操縦も自信あり。
それと日本語もかな』
まるで親しい友人にでも話しかけるような気軽な体で日本語を喋り出したグレーシャにスザク以外の三人は目を丸くしている。
親しみを込めてのつもりで日本語で自己紹介してみたんだけど失敗かね?
「え、ええと」
まさか日本語を話すとは思わなかったのだろう。
「とりあえずあなたから自己紹介してくれる?」
左端の男に問いかける。
資料には目を通しているためグレーシャ自身は彼らの名前と顔を知っている。
でも人間関係はそれだけではないよね。
「イエス・マイ・ロード!
自分は
矢名城は彫りの深い顔立ちをした男だ。
どことなく日本人離れした精悍な容姿はきっと平時は穏やかに微笑んでいるのだろう。
筋骨隆々といった風ではないが鋭く引きしまった体つきをしている。
身長は一八〇センチをゆうに超えておりグレーシャからしたら見上げるかたちになる。
資料曰く歳は二二でこのなかで唯一の妻子持ちだったね。
「えー、自分は
と、矢名城に続くようにして隣の男が言った。
彼は姿勢をのばし、短髪ではあるもののどこか陰鬱さを感じさせる表情をしていた。
地下にこもった根暗研究者的ルックスと健康的に焼けた肌がちぐはぐな印象をもたせる。
隣の矢名城に比べ身長もガタイもそこまでいいほうではない、がグレーシャにとっては同様に見上げることになる。
秋葉の年齢は一八。
彼もグレーシャより年上だ。
「じぶん
好物は牛肉と牛乳です!
それと山登りとか木登りが得意です!」
緊張しながらも良く分からない情報を教えてくれた彼の歳は一六。
グレーシャやスザクと同年齢だ。
良く言ってシンプルな、悪く言うならばバカっぽい雰囲気だ。
しかしながら容姿だけならばこの中で一番の美男子とグレーシャは感じた。
なんにせよ好感が持てるタイプの男のようだ。
「枢木スザク一等兵であります」
そして最後はわれらがスザクだね。
「じゃー自己紹介も済んだことだし座ろうかね」
ここは会議室だ。 座る場所には困らない。
「ざっくり説明するとね、私たちの部隊は来月に行われるブリタニア軍の演習にむけて創設されるものだね。
あなたたちの所属は私と同じ特別派遣嚮導技術部になります、と。
ご家族の方々への待遇とかが悪化することはないんで安心してね。
質問ある人いますかね?」
「よろしいでしょうか?」
一番の年上である矢名城が軽く手をあげたのに対し頷きを返す。
「自分たち名誉ブリタニア人がなぜ武装を、しかもKMFなどという兵器をもちいることが許されたのでしょうか?」
正直なところ予想がいくつかはあるが正確な答えはない。
すなわちグレーシャ自身もこの問いの答えはもっていない。
「ごめんね、それには答えられないね」
「了解しました」
肩をすくめるグレーシャに対し矢名城は追及をすることはなかった。
「他はどうかね?
とはいってもいつでも受け付けるからね」
いまだ飄々とした風のグレーシャに戸惑っているのか即座に質問の声は上がらなかった。
グレーシャがちらり、と手元の時計を見ると時刻は午前十一時すぎを指していた。
「……それじゃあさ、私からの最初の命令をさせてもらうね」
そう言うとスザクを除く三人にまた緊張が走った。
いったい何をさせられるのか、と。
「私のうちでお昼ご飯でも食べましょうかね」
そう言ってウインクするグレーシャに対してスザクを除く三人は理解できないようだった。
『(なぁ、”私のうち”と”お昼ご飯”って何かの隠喩かよ)』
『(もしかしてその通りの意味なのか?)』
グレーシャに気付かれないように相談しているつもりであろう矢名城と秋葉の会話にスザクは表情がニヤケてしまうのを必死にこらえていた。
『きこえてますよお二人さん』
そうグレーシャが日本語で突っ込むとスザクは我慢ならず明後日の方向を向いた。
きっと声を出さないように笑っているのだろう。
「言葉通りの意味でなんだけどね。
同じ隊なら私たちは命を預けあう家族なんだからね」
「イエス・マイ・ロード!」
この後、本当にグレーシャの自宅に行くまでスザクはプルプルと震えをこらえるのに必死だったという。
ちなみにお昼ご飯はカレーだった。
「ねーぇセシル君。 エリア11につくまでまだ時間かかるのぉ?」
つかの間の眠りから目を覚ましたロイドが開口一番に発した言葉がそれだった。
「何を仰っているんですかロイドさん。 まだこの飛行機は出発すらしていませんよ」
二人が乗る飛行機の内装は華美と言って差し支えのないものであり、二人がいる一室には広々とした空間があった。
いわゆるファーストクラスであり乗った人を楽しませる娯楽が大量にある一部屋である。
「はぁーあ。 こんなことならあっちのラボでもっと遊んでたかったよ。
アヴァロンが完成してたらきっとひとっ飛びなのに」
残念ながらそこでくつろぐロイドにとってはそんなことはどうでもよかったりする。
同乗するセシルは内心ドキドキしているなんてことは更にどうでもいいかもしれない。
「肝心要のフロートシステムが形になっていないのにアヴァロンが動くわけないじゃないですか」
「そのとーりだねー。
それに関する研究はどうなの? 帝都に居る時にどこかの研究所に行ったんでしょ」
「どっかのって……。
シュタイナー・コンツェルンのウィルバー・ミルビル卿ですよ」
「どこのどちら様かな?」
いかにも他人に興味のなさそうなロイドらしい言い草だった。
というか「どこ」の「どちら様」かを言ったというのにこの男は……!
「”天空騎士団構想”はご存じですよね?」
「それは聞いたことあるねぇ」
「その提唱者ですよ。 フロートシステムに関しては共同研究体制をとってるって言ってましたよね?」
「そういえばそんなことを聞いたような」
「……そうなんです!
直に会って私も疑問がいくつか解決しましたしそれに関してはまとめてからお渡しします!」
「それはそれは。 とっても楽しみにしてるね」
とそこに関しては感情をこめて答えるロイドだったがKMF関連の話題が一段落つくとまた暇そうにし始めた。
まったくこの人は。
「ごはんにでもしますか?
本当ならもっと後にする予定でしたけど……」
「……今日のは自信作?」
「残念ながら時間がなかったので一般的なものばっかりですよ」
「じゃあいただきます」
せっかくだからエリア11で使われていたらしいブタミソとブルーベリージャムのコラボレーションオニギリを作りたかったというのに。
ひき肉の粒々感とブルーベリーのそれはきっとマッチするわね。
エリア11にもどったら暇な時にでも作ってみようかしら。
きっと刺激的なものになるし、ロイドさんに食べさせてあげなきゃ。
刺激的といえばワサビもいいわね。うん。
「……なんだか寒気が」
「何か?」
「……いいえなんでもありません」
手渡した弁当があらかた片付いたのを見てロイドに話しかける。
まだ、飛行機のエンジンは動き出していない。
「それでロイドさん」
「なーに?」
問いかけるのはグレーシャにKMFの部隊長を任命した件についてだ。
いままではよその人間がいたりでじっくりと問い詰める機会がなかったが今なら聞けるはず。
「グレーシャちゃんのことですよ。
いったいなぜ隊長に? よりにもよって名誉外人部隊にKMFを教えるなんて」
これは名誉ブリタニア人を卑下する意図ではなく純粋に疑問に思ったからだ。
名誉ブリタニア人の兵士には武器の携帯は認められていない。
ましてやKMFなんて、とは電話口でグレーシャちゃんがロイドさんになげかけていた質問だ。
「こんどの演習って出来レースなんだ。
ブリタニア軍対テロリストを想定した戦闘でさ。
やっぱり
で、グレーシャくんが配属されるのはテロリスト役のほうなんだよ」
「は」
こともなげに言うロイドの発言にセシルは絶句した。
いや、それでは理由になっていないではないか。
「簡単に言ってしまえばやられ役。
ブリタニア人種がいかに優良であるかをアピールするためのさ」
「そんなのって、」
あんまりじゃないか、とつなげる前にロイドは言葉を続ける。
「うんひどいよね。
でもこの件は総統のクロヴィス殿下どころじゃない、皇帝陛下も承知のことなんだよ。
あと当然ながらシュナイゼル殿下も」
「そんな状況なのにどうしてグレーシャちゃんを!?」
「うんうんそうだねぇ。
圧倒的不利! 負け戦決定だね、ざーんね」
「ロイドさん!!」
へらへらと笑うロイドに居てもたってもいられなくなりセシルは叫んでいた。
いかに訓練とはいえども戦い、ましてやKMFに騎乗。
グレーシャが死んでしまう可能性は決して低いものではない。
あの気さくに話しかける後輩の少女をそんなくだらないことで万一にでも失ってしまったら……。
「今回の件の真相、デキレースってことを現場で知ってるのは指揮官クラスだけなんだよね。
だからだけど戦略的にはグレーシャちゃんの敗北は決しているね。
でもボクが作った
おっそーくなりました。GW中に完成させたかったんですが。
何度もですが評価してくださった方々、お気に入りしてくださった方々、ありがとうございます。励みになります。
では、また。