「四人とも適性検査はこんなところかねー」
特派の研究室でグレーシャは呟いた。
白衣を着込み電子画面を眺める彼女は科学者というよりも学生のようだ。
画面には四つのウインドウが表示されておりぞれぞれが彼女の目の前にあるKMFのシュミレータとリンクしている。
シュミレータにはスザクをはじめとする名誉ブリタニア人の四人が騎乗している。
「みんなーもう出てきてもいいよ」
『りょ、う、かい』
『は……やっとかよ』
『了解でっす……』
『了解しました』
軽い言葉を通信で投げかけるグレーシャに返ってきたのはほとんど死に体のかすれ声だった。
それもそのはず。
途中で集中力を切らさないよう最低限の休憩をとっていたとはいえ朝からほぼぶっ続けで操縦訓練を行っているからである。
ちなみに現在の時刻は午後十時を過ぎあと少しで十一時になろうかというころ合いだ。
「こんな時間までやってるのってここくらいかね」
呟きに答える声の代わりとでもいうかのようにシュミレータがそれぞれを吐き出した。
少し離れたところに座るグレーシャからも開いたそれらから熱気が漏れてくるのを感じた。
汗臭くて蒸し暑いような、好意的に言ってスポーツ直後の達成感に包まれた雰囲気。
一言で言うならば男くさいだろうか。
「そのままで聞いてね。
今日はお疲れ様でした。
ポジションとかは明日の朝にでも伝えるから今日はシャワーでも浴びて帰っていいよ」
「うぇーい」
「おい秋葉」
疲れゆえか適当な返事をする秋葉に矢名城が声をかける。
矢名城本人も疲れ果てているためその声に張りはないが。
「いいよいいよ。
上官への不敬は明日の訓練にて晴らさせてもらいますね。
上下関係はそこで刻み込もうか」
「な……」
小悪魔的に微笑みながら言葉を返すグレーシャに秋葉は絶句する。
「馬鹿だなぁ秋葉っちー」
「さんをつけろよ浮座てめぇ」
今日の訓練はほとんどが初歩的な移動を主としたものだった。
あす以降は戦闘も織り込んでいかねばならない。
演習までは一月ほどしかない。
訓練はこの小隊規模のものだけをすればいいというのではないのだ、時間に余裕はない。
「とまあそれはともかくね。
今日はお疲れさまでした。
みんなが遅くなるのは宿舎には連絡済みだからご安心してね」
日本人気質ゆえか、(秋葉を除く他三名は申し訳なさそうに)挨拶をして特派を後にした。
「さて、と。
今晩は一人で徹夜かね?」
なにしろこれから四人の操作の癖を解析したりせねばならない。
無論、以前操縦訓練を行っていたとはいえ操作に関して慣れが生じていない今だからこそ発見できることもあるというものだ。
各人のシュミレータの履歴を解析するため特派には映像音声とキーボードを叩く音が流れる。
と、不意に特派の扉が開いた。
「まだやってたんだねグレイ」
「おーっす。
スザクはどうしたの?」
振り向かずに答える。
「これ、差し入れだよ」
「冷たあ!」
い、いきなしほっぺに冷えた飲み物をあてるなんてまるで昔のイタズラ坊主のころのスザクだねぇ!
変な声も出してしまったし……。
「ははは、ごめん。
それよりもまだ帰らないのかい?」
「もう……ありがとう。
今夜はここが寝室かな」
「それは、うん、お疲れ様。
僕が手伝えることはあるかい?」
「お気持ちだけだね」
「それは残念だ。 グレイの手助けを出来たらと思ったんだけど」
スザク達の仕事は終わった。
次は自分の番だよね、と。
「スザクがそうして笑っていてくれるだけで私としてはかなりの助けになるんだよね」
「なんというか男らしいね、グレイは。
まるで父親みたいなもの言いだ」
こぼすスザクにグレーシャは少し違和感を感じた。
「グレイ、君は僕の父さんのこと覚えてるかい?」
枢木スザクの父、枢木ゲンブ。
日本敗北の最大の原因となった最後の”サムライ”。
「うーん……あんまし覚えてないね。
厳しい人だった気がするけど」
嘘をついた。
グレーシャは覚えていた。
初めてゲンブに会った時、その底冷えのするような視線におびえた。
それでいて鉄火のような熱も感じさせるその矛盾に幼い彼女は恐れを得た。
当時に比べて人生経験を積んだ今だからわかる。
その矛盾をはらんだ色こそが野心とよばれる感情だということを。
「もうだいぶ前だしね。
これさ、父さんがくれたものなんだ」
スザクが懐から取り出したのは懐中時計だった。
頑丈そうなそれは見た目からずっしりとした存在感を放っている。
「僕はこれは父さんから託されたんだと思ってる。
だから僕は」
「託されたんじゃなくて背負ってるだけだよ」
グレーシャは我慢がならずスザクの話に割り込んだ。
今までは雑談をしながらも動いていた手の動きが止まり、特派に静寂が訪れた。
「どうしてスザクはそこまで自分を犠牲にするのかね?
君は何を背負わされたの?
日本侵攻の時に君に何があったの?」
自然と問い詰める口調になってしまう。
嫌だね、こんなの。
どうせならもっと楽しくお話したいんだけどね。
せっかく再会できた親友とこんな気まずい空気はご免なんだけど。
「ごめん、無理に答えなくてもいいんだけどね」
こういうとき、自分のことをとことん甘いと思う。
過去のことをつらそうに回想しているようなスザクを放っておけない。
「そーだスザク。
楽しい話をしよう」
「えーと……?」
無理やり話題を変える。
「じゃなくて楽しい話してくれないかね?」
「とんでもない無茶ぶりだよ、それ!」
さしもの天然男・スザクもグレーシャが話題を変えようとしていることを察したのであろう。
少しばかりテンション高めに返す彼は少しばかりやんちゃな少年のようだ。
「そういやスザクって初対面のころすごいガキ大将だったよね。
私のことを枢木軍団の団員にしようとしたり」
「……それは忘れてくれると嬉しいなぁ」
恥ずかしげに苦笑いするスザクと彼をからかうグレーシャの二人の時間はとても楽しい。
しかし楽しい楽しいそんな時間は長くは続かなかった。
二人の会話を遮るようにグレーシャが操作中の機器に着信が入ったためだ。
発信元に表示される名前はセシルのものだ。
おそらく以前ロイドの名前で送ってきたメールもセシルが書いたものだろう。
ロイドくんそういうこと面倒くさがるだろうしね。
「セシルさん、ってことはもう戻ってきたのかな?
こんばんわ、ピースリーです」
『あら、駄目もとでかけたんだけどまだいたの?』
セシルと映像通信がつながった。
画面の向こうは少し暗く、おそらく夜であることが見て取れた。
「今度の演習に向けてほんのちょこっとだけ残業ですね。
それでもしかしてお帰りですか」
『そうなのよ。
今軍部のトレーラー格納庫に着いたところでね』
トレーラーというとグレーシャの頭に思い当たる件がひとつだけあった。
確かKMFのメンテまだできるトレーラーをロイドさんが残りの予算で勝手に購入決定してセシルさんに絞られてたような。
ということは。
「まさか来てるんですかあの子……!」
『そのとおりよ。
本当なら明日お目見えのつもりだったんだけど……グレーシャちゃん見たい?』
「ええもちろん!」
グレーシャは車両を収容する区画で見張り中の警備兵に一言挨拶をしてトレーラーの格納庫に足を踏み入れた。
ついでにスザクも連れてきたために警備兵はあまり愛想がよくはなかったが新型KMFが来たと喜ぶグレーシャとそれに引っ張られるスザクには気にならなかった。
「こっちだね!?」
「あわてすぎだよ、グレイ」
とそんな調子で格納庫に来た二人を出迎える声があった。
見ればトレーラーの運転席からセシルが降りてくるところだ。
みれば助手席ではロイドが眠りこけている。
「こっちよ」
「セシルさん、おかえりなさいですね」
「そうね。
ただいま、で君はあの時の枢木スザク君だったかしら?」
セシルはスザクのことを以前食堂で会った少年だと気が付いていた。
職場でできたかわいい後輩が軍人の男をぶっとばして再会を喜んだ相手を忘れるというのも無理だったのかもしれないが。
加えて「枢木スザク」という人物を知らない人間はおそらくトーキョー租界内部に位置する
何せあの日本国のサムライ、枢木ゲンブの息子なのだから。
「はっ!
このたびピースリー准尉の部下に」
「あらあら。
グレーシャちゃんから聞かなかったかしら?
うちはそういうのあまり気にしないのよ」
上官であるセシルを前にして敬礼をとり挨拶をしようとするスザクだったがやんわりとセシルがそれを止めた。
「はじめましてじゃないわね、セシル・クルーミーです。
こうして自己紹介をするのは初めてだったかしら」
「そうですね、お久しぶりです。
枢木スザクです」
微笑むセシルに合わせるようにしてスザクが挨拶を返した。
「時間も遅いしさっそく本題に入りましょうか」
セシルがトレーラーの操縦席を操作するとトレーラーの後部が口を開けた。
開ききるのを確認してから三人は後部へと回る。
「暗くて中はほとんど見えないですね」
格納庫自体も夜間ということで照明が控えられていることもありトレーラー内部を正確に見ることはできない。
ただ、その暗闇に何か大質量の存在が見て取れた。
「おはよぅ!
グレーシャ君ー」
その暗闇からロイドの声が聞こえた。
いつの間に起きたのか助手席から直接トレーラー内部へと移っていたらしい。
ロイドの性格からして完成した
「これが」
ロイドがトレーラー内部の照明をつけた。
見るとKMF大の何かが移送固定用なのか全身に布をまとっている。
「ボクの」
荷物にかぶせられた布をロイドが一気に引いた。
その布がグレーシャとスザクの視界を遮るもそれは結局のところ一瞬だ。
「《ランスロット》だよ」
白い騎士の威容はすぐに二人を圧倒した。
ランスロット。
その名は彼のアーサー王と共に
曰く、「最高の騎士」。
人々は優れた武勇を持ち高潔な騎士道精神を持つ彼をそう評した。
この世で最も誉れ高い、と。
最高の名前を冠した
真っ白なボディに金色で縁取りしたそのKMFは従来のKMFとは「モノが違う」。
その製作に関わったグレーシャは実物をその目に見て、確信することが出来た。
「これが第七世代KMF《Z-01 ランスロット》……」
口からでた言葉にロイドは気を良くしたようでにんまりと笑った。
「そうだよそのとおりだよぉー!」
夜中だというのにそんなことを気にも留めずに大声だ。
まったく困ったもんだ、とばかりにセシルが溜息をついた。
「これで完成ですかね?」
「ざーんねんでした!
これからはグレーシャちゃんを組み込んでデータを収集させてもらうねぇ。
きゃっきゃとはしゃぐその姿に初対面のスザクもひき気味だ。
「なんなら今から乗ってみるかい!?」
「ロ・イ・ド・さ・ん?」
「…………」
「ロ・イ・ド・さ・ん」
「今日はもう遅いし明日にでもテストをしよー」
明らかに棒読みだがセシルの微笑はロイドにとって脅威と言って差し支えない。
この場に流れている空気はいつもの特派らしい和やかなものとなった。
部下が上司を笑顔で圧倒する職場が普通というのもおかしな話であるが。
ともあれ、これが後にブリタニアを揺るがす出会いとなる。
《ランスロット》とグレーシャ・E・ピースリー。
そして枢木スザク。
翌日、グレーシャ・E・ピースリーは《ランスロット》にデヴァイサーとして搭乗。
初回起動時の適合率は87%を叩きだし、正式な乗騎となった。
―――大規模演習「アサマ山作戦」が始まる。
ご覧頂いた方に感謝を。
もうしばらく本編(一期)に入るまで時間を必要とするかもしれませんが、よろしければお付き合いのほどを。
ではまたお会いできることを祈って。
一部前後がつながっていない部分があったので修正しました。