食事を終えたアリンキン教授は立ち上がると「これからブルツェフ氏の事務所に行く」と告げた。
私の服装は御世辞にも身綺麗とはいいがたく、日を改めてからの訪問を提案したが、教授は「こういう話は早いほうがいい」と私を頻りに急き立てた。
「紹介する以上、私にも立場というものがある」
「わかっております」
「いや、君はわかっておらん」
口をつぐむ私の前を、アリンキン教授は先導するでもなく足早に進む。
水害の爪痕が残るペテログラード市街地の泥濘を慎重に避け、流されずに残った石畳や敷設工事の足場を選びながら、アリンキン教授は何度も私のほうを振り返りつつ念を押した。
「政治に疎い君に、私と同じ感覚を持てといっても無理だろうがね。相手がとんでもない大物だということはわかるだろう。それを忘れてもらっては困るよ」
「教授はブルツェフ氏とは親しいのですか?」
「親しいだなんて、とんでもない!相手は君、
大きく首を左右にする恩師の態度は芝居じみており、それが私の癇に障った。
それほどに畏れ多い相手だというのなら、アポイントメントも取らず相手の事務所に押し掛けてもよいものなのかという疑問が生じる。
「とにかく君から断ってもらっては困るのだが、断られたとしても私を恨まないでくれよ」
「断られた場合は仕方ありません。また別の相手を探すだけのことです」
「そうか。わかってくれるかね。それは良かった。うん、良かった」
意図的に物分かりのいい優等生としての回答をすると、アリンキン教授はあからさまに安堵のため息をこぼす。
発言と言動が一致しない、まるで
「先生。何か問題があるのでしょうか?」
「問題?!問題かね、そう、大問題なのだよ、これは!
何せ
確かに大問題だろう。「
個人的に同居人探しを引き受けたはいいものの、条件を満たす相手が見つからず困り果てていたというところか。
私のどこが条件に当てはまったのか、詳しい内容を聞かずに了承してしまった自分自身の不用意な決断に対する後悔が、私の胸中を支配し始めた。
「先生。先ほど申し上げましたように、駄目ならば仕方ありません。ですが私にも心の準備というものがあります。
何か問題があるのであれば、先にはっきりと教えて頂けないでしょうか」
「エゴロフ君。それがはっきりと言えるようなものならば、私はこれ程までに苦労していない」
語るに落ちるとはこのことで、暗に厄介ごとがあると認めたに等しい。
アリンキン教授は再び疲れ切ったため息をつくと、私の同居人になるかもしれない老人について、口ごもりながら話し始めた。
「私の目から見るところ、ブルツェフ先生は政治的な人間だ」
「教授よりも、ですか?」
「エゴロフ君。君のそうした率直さは望ましい美徳だ。
だが万人に歓迎される長所ではないことは覚えておきたまえ」
私は皮肉の意味も込め、敬礼と共に「
アリンキン教授は「軍隊では慇懃無礼な礼儀正しさだけを学んできたようだな」と顔を顰めた。
「君が不可解に思うのもわかる。私としてもはっきりと説明したいのだが、どうにも、こう……一言では難しい人物なのだよ」
濡れた工事現場の足場を年齢に似合わぬ*1若々しいしぐさで飛び越えたアリンキン教授は、私に一つの問いかけをした。
「君はウラジミール・ブルツェフの本業は何か、答えられるかね?」
「……政治家、でしょうか?」
「それは老人の一面ではあるが、全てではない」
当時の政情を知らない読者諸君には想像しがたいかもしれないので、説明しておこう。
ウラジーミル・リヴォヴィチ・ブルツェフは、アレクサンドル・ケレンスキー大統領直々に共和国英雄の栄誉称号を授与されたばかりであり、その知名度は頭ひとつ抜けていた。
コルチャーク大元帥のクーデター鎮圧を巡る「英雄」はブルツェフ老人以外にも多数存在していたが、知名度と人気を兼ね備えた婦人決死隊のヤーシカ女史*2が取材を苦手としており、他の高級将官もクーデターと水害の対処と収拾に追われていた。
かくして取材慣れしたブルツェフ老人に記者が集中した結果、老人の波瀾万丈の半生と手に汗握る体験談は連日紙面を賑わせ、ロシア国民であれば誰もが知る存在になっていた。
私も入院中には紙面に掲載された老人の写真(首をわずかに左に傾げ、腕組みをした例の姿勢)を幾度となく目にしたものである。
当時の紙面の表題を拾い上げてみよう。
「模範的な愛国者」である老人は「コルチャーク・クーデターの早期鎮圧を成功させた陰の立役者」であり「ケレンスキー大統領の政治顧問」である。
「反動主義に対する果敢な戦闘精神」の発露により「危険を顧みず反動勢力の蜂起という重要情報を入手」した結果、「共和制を反動主義者から防衛した第一の貢献」を評価された……
陸軍の某元帥*3が「口先だけの追従者」としてブルツェフ老人を蛇蝎のごとく嫌っていたというが、確かに記事だけを読んでいれば、まるでクーデターを一人で鎮圧したかのように思える内容だ。
そして何度記事を読み返してみても、老人の本職が何なのか、さっぱりわからない。
私はアリンキン教授に対して「ウラジミール・ブルツェフは政治家である」と回答したが、彼は
記事ではもっぱら「大統領の政治顧問」として紹介されることが多かったが、そのような公職は存在しない。
帝政時代は革命派の政治運動家として活動し、革命派の系譜を受け継ぐ最大政党
同じく帝政時代から、革命派ジャーナリストとして欧州を拠点に精力的に活動していたが、記者が本業というわけではない。
歴史学者としてアレクサンドル3世*4時代の警察行政に関する著作をいくつか発表していたが、歴史学者として正式な教育を受けたわけでもない。
共和国になると出版会社や新聞社を経営して財を成したが、資本家や経営者というわけでもない。
「紙は何にでも耐えられる*5とは言うが、限度というものがある。
本質に一切触れず、長く中身のない賞賛記事を書くのが新聞記者を自称する連中の仕事だとすれば、右に出る者はいないのだろうがな」
アリンキン教授は吐き捨てるように、実際に地面に唾を吐いて罵った。
先の大戦初頭にはドイツとの祖国防衛戦争を熱心に煽り、臨時政府が発足すれば反戦派としてふるまい、ボルシェビキ政権では口を噤み、そして今は自由主義と共和制ロシアの御意見番として振る舞う。
多かれ少なかれ各国の新聞社にも同様の傾向があったにしても、ロシア国民の新聞に対する印象はアリンキン教授のそれが極端なものであったというわけではない。
「ブルツェフ先生だが」
忌々しげに新聞に対する罵詈雑言を並べ立てたのち、アリンキン教授はようやく本題に戻った。
「政治的な人物であることに疑う余地はない。むしろ政治的に過ぎるといってもいい」
「理想に燃える革命家、ということでしょうか」
「革命家でもあり、政治家でもある。だが理想主義者なのは間違いないな。揺るぎのない理想主義者だ。行き過ぎたぐらいのな。
問題は、それが何のための……まぁ、それは自分で確かめたほうがいいだろうな。
ついたよ」
アリンキン教授はニコラエフスキー橋の前で突如立ち止まる。
戸惑った私であったが、教授が指し示した場所を確認して、持てる全ての言葉を失った。
教授はペテログラード市街地の中心部である
「……まさか、ここじゃありませんよね?」
「
ペテログラードのアドミラルテイスキー地区。
高級住宅街やホテルが立ち並び、私の年収を合算しても月の家賃はおろか一泊の料金すら支払えるかどうか疑わしい一等区画は、大水害の影響など微塵も感じさせない。
私の視線の先にはニコラエフスキー宮殿があり、その門前には完全武装のドイツ兵*6、が銃剣を装着したライフル銃を肩にかけ、周囲に下卑た、苛立ち交じりの視線を流している。
そのドイツ兵達の前を、毛皮で身を膨らませた貴婦人が、荷物も持たずに悠然と通り過ぎた。
メイドや従者が何人も連なりながら続き、その中心ではロシアン・ウルフハウンド*7が、まるで皇帝のように振る舞う。
数年前までボルシェビキ政権が支配していた国とは思えない*8。
後の歴史家に「最も専制的なドイツの軍事力を背景にした、最も民主的な共和国」と揶揄されたロシアの矛盾を象徴するかのような光景であったのだが、私はそれどころではなかった。
「え、えっと……教授……まさか、ここじゃありませんよね?」
「ここだよ、ここ。そして
古めかしく装飾過多な帝政時代からの建築が立ち並ぶ中、教授が改めて指さしたのは、アヴァンギャルド風*9の、単純かつ陳腐で面白みのない建築*10である。
その6階建てのビルディング全体がブルツェフの個人事務所兼住宅であり、ブルツェフ氏が同意すれば私が同居する予定の建物であると伝えられた私は、再び言葉を失った。
「こ、こんなところに、しかもあんな目立つ建物に住めと!?*11」
「結構なことではないか。軍隊の安月給では一生かかっても暮らせないような高級住宅街だぞ?
観光名所もたくさんある。ペトロパヴロフスキー大聖堂や血の上の救世主教会を巡るもよし、冬が終わればピョートル大帝広場で、ドイツ兵と一緒にピクニック*12してもいいのではないか?」
「教授、私の格好を見てください!こんな格好でうろうろしていたら、ドイツ兵に拘束されますよ!?」
「そうそう、まもなくエルミタージュコレクションの一般公開が再開*13されるそうだから、この機会にどうかね?」
「教授!」
私の悲痛な訴えが煩くなったのか、恩師はようやく心にもない気の毒そうな表情を浮かべると、肩をすくめて首を左右に振った。
「だから、あらかじめ伝えておいたではないか。
ブルツェフ先生に紹介する以上、私にも立場というものがあるとね」
「で、ですが、これはあんまりにも!」
断ることなど許さないという無言の圧力にも関わらず、私はなおも反駁を続けようとした。
するとアリンキン教授は口の両端だけを半月形に吊り上げ、いきなり私の両肩をがっしりと握りしめた。
左肩の古傷が疼き、顔をしかめた私に対して、恩師は丸眼鏡の下の笑わぬ視線でこちらを見据える。
そして、かつて私の博士論文を講評した際と同じように、まったく温かみのない口調で続けた。
「エゴロフ君。軍隊で何を学んだかは知らない。
だが、今の君に必要なのは、鞭で斧は砕けない*14という言葉の意味を知ることだな」
私は声にならない悲鳴を上げた。