先生との話を終え、数回、自分の中で覚悟を決め直す。
これは、俺がやるべきことなんだから。
2度、3度深呼吸をし、頬をペチペチと叩きいつも通りの顔にする。
「ん、ただいま」
「おかえりなのだ!」
出迎えてくれたのは家族の延珠。
相変わらず思う。
俺はこいつの笑顔に救われている。
「ナギサは?」
「お腹いっぱいになったのか、そのまま眠ってしまったぞ」
「そうか」
延珠が指さした方を見ると、ナギサはソファの上で横になっていた。
「……流石に寝てる時にいきなり注射はダメだよな。ナギサ、ちょっと起きてくれ」
「ん……」
ナギサは半目でゆっくりと、体を起こした。そして半目のまま俺を見て喋る。
「……おにーさん、よばい、ですか?」
「誰がするか!てかその言葉誰にならったオイ!」
「延珠さん……」
「おい……」
「レンタローが妾を求めてくれないのが悪いのだ!」
プンスカと怒りながら再度延珠が喚く。ああうっさいぞ近所迷惑だ。
「ナギサ、お前の体に……」
「え、やっぱりボクの体が……」
「だからちげぇわ!」
また再度、思わず叫んでしまう。
その様子がおかしかった(てか実際おかしかったと俺も思う)のかナギサは堪え切れずにクスクスと笑い出していた。
「冗談です。ボクはお兄さんを信用しています。
……上手く言えませんが、お母さんと、同じ雰囲気を感じますので」
「……そうか」
「それで、ボクの体……というよりは化け物の血の事ですか?」
化け物、その言葉だけで俺も延珠も、一気に緊張を強めた。
「……ああ」
「わかってます。いつか、化け物になるっていうことも。そして、そうなった際は退治され殺される、というのも」
ナギサは、全てを悟っているかのように語る。
「でも……」
「?」
「お兄さんに殺されるなら、ボクはそれで構いません」
「ふざけるな!」
まるで死を悟って、死を受け入れて、生きることをやめたように言うナギサに、心の底からの怒りで、叫ぶ。
そんな理由なんて、分かりきってるのに。
そんな状態の『呪われた子供たち』はたくさん見てきているはずなのに。
覚悟も決めていた筈なのに、俺がそんなこと言える資格なんてないのも分かっているのに、言わずにはいられなかった。
「っ、すまねえ。……でも、お願いだナギサ。そんな風に、言わないでくれ。
死ぬのを是とするなんて、やめてくれ。
俺は……」
曽て、敗けたら東京を滅ぼしかねない戦いに、1匹たりとも邪魔が入らないよう、尽力してくれ、自分たちを助けてくれた少女を。
自分が手にかけた少女を、目の前の少女に重ねてしまった。
「なんでボクみたいな化け物をそんなに気にかけるのか不思議です。ボクは、いずれ化け物になって皆さんを
……そんな子は、外周区でたくさん見てきましたから。アレを見ると嫌でも身に沁みます。
ボクたちは、この世界にとっての敵にしかなり得ないんだって」
ナギサの言葉を、俺は否定ができなかった。
ナギサのいう事は、今の現状では何一つ間違っていない。そしてきっと見てきた中には仲のいい子もいたのだろう。
「……ッ」
生きるのを諦めないでくれ
その言葉を俺は強引に喉の奥に押し込んだ。
あまりにも無責任で残酷すぎたから。
「それはそうと、どうしたんですか?」
「っと、ああ。そうだった。これ、注射……ってわかるか?」
「?」
いつも延珠に使っているガストレア抑制のための注射を見せるもナギサは何かわかっていなかった。
「これはガストレア因子……お前達の中の化け物の血が暴れないようにするためのものだ。延珠も、他のイニシエーターの子たちもみんな、これでガストレアにならないようにしてるんだ。それで……」
「ああ、なるほど。その中身を、先端の針のようなものを刺して中身をボクの中に入れると。だから注射ですか。……痛いんです?」
「聞いてる限りだとほとんど痛くない……んだよな?」
「うむ。最初だけちょびっと痛いけどな」
「だそうだ」
「わかりました。はい、どうぞ」
ナギサは疑うこともなく、自らの腕を俺に差し出してくれた。
「怖く……ないのか?俺がだましてたり……」
「お兄さんはそんなことはしないって、信じてますから」
「あ、ああ。ありがとう。すぐ終わるからな」
いつも延珠にしているようにナギサの腕にガストレア抑制のための注射をしてやる。
ほんの少し痛みを感じてるような顔を見せていたが、一切苦痛の声を漏らすことなくナギサは我慢していた。
本当に、強い子だ。
「ほい。終わったよ」
「ありがとうございます」
「それともう一つ用事がある。ナギサ、明日は時間あるか?」
「ええ、時間なんてものはいくらでも。本当なら明日生きれるかどうかだったんです。そんなボクを救ってくれたお兄さんには感謝してもしきれません。ですので……お兄さんが望むことならできる限りはしますよ?」
「おいやめろ人をそういう目的の人間みたいに言うことを。そして延珠しれっと蹴り入れようとすんなよ?」
俺は間違っても手は出さねえ。だしたら物理的にも社会的にも殺される。
「実は医者の先生がお前に会いたいって言っててな。あやしい…‥人なんだが、信用はできる。それにお前のことについても何かわかる可能性があるらしいんだが……どうだ?一緒に来ないか?」
「ボクについて?例えば?」
「お前の名前の由来とか、お前の家族とかについてだな。お前の母親とか父親、他の家族についても何か知れるかもしれないぜ?」
「お母さんやボクの名前のゆらい?」
「由来ってのは、名前の意味って言った方がいいかな。何でナギサの母親がナギサってつけたのか」
「ボク自身について……。
わかりました。ついていきます」
しばらく悩んだ後、ナギサは意を結したのか神妙な面持ちで頷いた。
「延珠は……」
「もちろん行くぞ!」
「だよな。じゃあ明日の朝に出発だ」
「それはそうだがその前に蓮太郎、やる事があるのではないか?」
「?」
「ほら、おやすみの前の…‥」
「ああお休み。ナギサも早く寝ろよ。起きれなくなるぞ」
「……」
その後蹴り起こされたのは言うまでもない。
流石に小学生に手を出すほど落ちぶれてねえよ俺は。
「…‥眠気マックス。体調、絶不調。いつも通り」
寝癖を直しながら的確に自分の体調を分析していく。
うん、いつも通り。延珠が暴れた後はいつもこう。
そして夜に延珠が暴れなかった日は無い。
つまりはそういう事だ。
一度でいいから安眠してみたいものだ。
「おはようございます。お兄さん。よく眠れ……てなさそうですね。昨晩は激しい運動でしたものね」
「やめろその言い方。語弊を生みかねない」
確かに激しい運動という名の一方的な暴力だったけどな。
「ナギサは準備できてるか?」
「はい、すぐにでも」
「そうか。それじゃあ行こう。……変質者の元へ」
「変質者?昨日も言ってましたけどそんなに怖い人なんですか?」
「ああ、やばいぞ。死体が恋人だからな」
「え?」
嘘はついていない。行くたびに恋人は変わっているが。
「説明は実際に会ったほうが速い。覚悟しとけよ。お前が思ってる数倍変……変態だからな」
「なんで言い換えるのをやめたんです?」
「なんか馬鹿馬鹿しくなったからだ。おい延珠、行けるか?」
「うむ!」
はい、元気のいい返事ももらえた事なので行くとするか。
しばらく自転車を走らせる到着したのは大学病院。そしてその中で向かったのは
あいも変わらず禍々しい雰囲気だ。つか、また扉変わったか?今度は悪魔っぽいものを象った扉になってやがる。
延珠はもう慣れているぽいがここを初見のナギサは案の定怯えてる。
「お、お兄さん……」
「大丈夫だ。俺の後ろにいな。そしたら……多分大丈夫だ」
「そこは絶対じゃないんですか⁉︎」
軽く涙目で腕を揺さぶってくる。
流石に外周区で屈強な生存意欲を持っていたとしてもこの手のものは年相応の少女らしく無理そうだ。
なんなら俺もいまだに躊躇う。
「スゥーーーー。よし」
意を決して扉をノックし、どうせ来ないので返事を待たずに開ける。
医療施設と理科室を合わせたような部屋で人体模型や実験器具、治療器具に薬瓶のようなものまで様々だ。今初めて気づいたが手術道具のようなものもある。
「先生ー?来たぞー。先生ー?」
いつものモニター付近にいなかったので周りを見渡しながら近づいてく。
「あ……」
「シィーー」
一通り見渡すも先生らしき姿は見えない。
まだ来てないのか?
いや、あの人はここが家だから出ることはめったにないはず……。
「連太郎くん、ここだここだ」
「お、先生、そこに……」
「バァ!」
「うおおおおおおお!?」
「きゃぁぁぁぁぁぁ!?」
声がした方向を振り返った瞬間に俺もナギサも大声で悲鳴を上げた。
なんせ振り返ったら超リアルな死体(なんなら実物)、しかも超怖いお化け屋敷にあるかのようなゾンビメイクまで施されていた代物が、目の前にあったのだから。
冗談抜きでガストレアのほうがマシなくらい怖かった。
ナギサに至っては小動物みたいに震えながら涙している。
「あっはははは!相変わらず、何度やっても君のその反応は面白い」
「脅かさないでくれよ先生……」
「やあ、
そういいながら先生はさっきのゾンビ風の死体を指さしながら紹介する。
「ナギサ、この人が例の」
「変態さんですか?」
「誰が変態だ。否定はせんがね」
白衣の裾を引きずり、伸び放題の髪はまるでお化けの様な風貌をしている目の前の人間が室戸菫。一応、医者なはずだ。
重度の引きこもり、の癖に元が超美人だという。
「……にしても、前はチャーリーって男じゃなかったか?」
「彼はもういない。今の彼が恋人さ。死体はいいぞ。無駄口をきかないし。わかってくれるのは彼らだけだ。さあ君も、死体愛好家になろうじゃないか」
「子供をあんたの趣味に巻き込むな」
ナギサは未だ涙目で俺の後ろにいる。
「あはは、聞いていた様子とずいぶん違うじゃないか。私は攻撃的でだれも信用していないかのような、と聞いていたが。一体どういう手を使ってたぶらかしたんだい?」
「たぶらかしてねえよ。人聞きの悪いこと言うな」
先生はケラケラと笑いながらナギサに近づく。
思わず手を前にやり触らせないようにしてしまった。
「まるで保護者だな。いや、保護した者だから保護者に変わりはないか?それはそうと、だ。君はなぜこうもイザコザを持ち込むかね」
「……すまん」
「勘違いするなよ、今回の場合だと持ち込んでくれる方が正解だ。どれ、時間が惜しい。早く始めるとするか」
「ナギサ、怖いのは分かるがあ、今から検査を、させてくれ。お前用の薬を作るために」
「私の……?」
「ああ、呪われた子供たちのための薬は全員一緒ってわけじゃない。個人に合わせた、その人だけの薬がある。だがそれはその辺のしみったれた病院が作れる代物じゃない。だがこの君を連れ去った変なお兄さんに私ほどの頭脳を持つ医者および関係者の知り合いはいない。なんせ友達も一人もいない。彼女もいない。彼にこの世に救いはないのさ」
「酷え言われようだな」
相変わらずの俺への評価のひどさに心が痛みながらも未だに先生を怖がっているナギサの頭に手をやる。
「大丈夫だ。信じてくれナギサ」
「わ、わか、りま、した」
「じゃあ先生。あとのことは任せるよ。終わったら迎えに来る」
「ああ、精々頑張らせてもらうさ。なにせ、滅ぶかどうかがかかっているからな」
最悪の結果の場合自分の手で始末をつける筈なのに。つけなければならないのに。
その相手が死ぬのを。ほぼ確定しているというのに。
死んでほしくないと言うのは傲慢だ。
とても身勝手で、我が儘だ。
俺もそう思う。
それでも俺は……
「ナギサに死んでほしくない」
最悪の結末しか待っていないのも分かりきっているのに、俺はそう呟いた。
それでも彼女は死ぬしかない。
それは寿命なんかでの死ではなく、誰かの手による死。
自殺か、他殺か。
それだけの違いだ
そして彼女が誰にも殺されずに生きることはこの世界を殺すことになる。
この世界は、ほんの小さな、極々僅かな希望すら少女一人に抱かせてやれない。
ガストレアになって自我もなく死ぬか
それとも人のまま死ぬか
その二つなら俺は後者を取る。
きっと誰もがそう思うと俺は信じている。
「……」
手の中にある拳銃を見る。
もしも彼女が望んだ時、それをするのは俺の役目だ。責任だ。
苦しい、手放したい。この場から逃げ出したい。
だがそれはしてはならない
これは俺が招いたことだ
逃げるのは、許されない。
「……ナギサ、許してくれるかな」