独りで生きる少女(完結)   作:紀野感無

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覚悟

「……」

 

「何辛気臭い顔してるのよ里見君」

 

「木更さん……」

 

病院の外でナギサを待っていると、幼馴染の木更さんがやってきた。

どうやら相当参っているように見えるらしい。

 

「話は聞いてるわ。……大丈夫?」

 

「ああ、それに俺が蒔いた種だ。俺が始末をつけなきゃいけない」

 

けれど、手の震えは一切取れそうにない。

 

……他人を手にかけるのは、これで2度目。

だけれど、前よりもとんでもない重圧がのしかかる。

 

「木更さん、夏世って子、覚えてるか?蛭子影胤事件の時の伊熊将監とペアを組んでた、モデル・ドルフィンのイニシエーター」

 

「ええ、忘れるわけがないわ。あの裏の救世主を」

 

「ああ、救世主であり、俺が、手にかけた、子だ」

 

東京エリアを絶望に落とし、戦争を起こさせようとしていた蛭子影胤。

その討伐の最中、一匹たりともガストレアを作戦エリアへ侵入させなかった、救世主。

 

そして、ガストレアの体液を過度に注入され、ガストレア化一歩手前まで来ており、化け物になる前に、俺が介錯をした、優しい子だった。

 

「でも、判断は何も間違ってなかったわ。貴方は、東京エリアの将来と、あの子の願いも、両方を叶えてあげたのよ」

 

「ああ、だけれど今でもたまに夢を見るんだ。……人を殺すのは、何度やっても、慣れないもんだな」

 

「里見君……」

 

でもまずは、無垢な子供に、説明をして、命を奪う俺を許してくれと、謝らなきゃいけない。

 

裏切り者と罵られても構わない。その覚悟はできている。

 

 

けれど脳裏に浮かぶのは、昨日までのナギサの顔。よく笑い、よく驚き、よく動き、よく遊んでいた、ただの女の子。

 

 

(ボクはお兄さんを信用しています。

……上手く言えませんが、お母さんと、同じ雰囲気を感じますので)

 

 

「……お母さん?ちょっと待て。なあ木更さん。呪われた子供達の母親って、全員発狂して死んじまうんだよな?」

 

「え?ええ、そうよ。ガストレア因子が原因とか、生命力を子供が全部吸い取っちゃうとか、色々言われてるけど、みんな死んでしまうらしいわ」

 

「木更さん。昨日ナギサはこう言ったんだ。『お母さんを目の前で警察に殺された』って。で、いつぐらいなのかを聞いたら大体5歳くらいだったらしい」

 

「何ですって?……考えにくいけど、ナギサちゃんを産んだ後、育てた人がいる、って事?お母さんの代わりにずっと?」

 

「そういう事になるよな。……その辺も先生が調べてくれる、と思うけど」

 

また伝えなきゃいけないことが増えたと、直感だが確信した。

 

……本当に、この世界は彼女らに恨みでもあるのだろうか。

 

「伝えることも、やることも、全部俺が責任を持って最後までやり切る。だから木更さんは……」

 

「何言ってるの。私も付き添うわよ。大事な社員にそんな大きなこと、1人で背負わせるもんですか」

 

「……。ありがとう」

 

本当は、心細かった。心苦しかった。

けれど木更さんが来てくれただけで、少し楽になった気がする。

 

 

キィ……

 

 

すぐ横の入り口が、弱々しく開いた。

出てきたのは予想通りナギサだった。手には一つの封筒を持っている。

 

「おかえりナギサ。どうだった?」

 

「こわかったです……」

 

「はは、そりゃそうだ。俺でもあの先生たまーに怖いんだよな」

 

「そ、それで、先生は『どうせ黒い服の女も来てるだろうから、これを2人に渡せ』って。中身を見ても構わないとは言われましたが、見ても何とあるのか全然わからなくて……」

 

「ん、ありがとう。じゃあ見てみるよ」

「ナギサちゃん。初めまして。私は天童木更です。里見君の飼い主です」

「かいぬし……?」

「そう、里見君に首輪をつけて飼ってるの。目に見えない首輪でね」

「オイ……」

 

否定できないのが辛いが、子供にその説明はないだろ。

 

「どれどれ。えーと、身長体重に3サイズ……って1枚目から何ぶっ込んでんだ!」

「……」

「待ってくれ木更さん俺のせいじゃないだから殺そうとしないでくれ。ナギサも!眺めてないで何か言ってくれ!でないと俺が死んじまう!」

 

「3サイズって……なんですか?」

 

「だよなわかってた!説明は木更さんに後で聞いてくれ!」

「天童式抜刀術……」

 

頭を下げた瞬間、背もたれにしていた石の柱が斬れた。うん、斬れた。

ズドンと大きな音を立てて倒れた。

 

「い、一枚目は、捨てといてくれ。大丈夫、何も見てないから。2枚目……」

 

2枚目から書いてあったのは、ナギサの家族について。

 

「おにーさん?」

「里見君?」

 

「次に書かれてるのは、ナギサ。お前の家族についてだ」

 

「家族……」

 

「ああ。ここじゃなんだ。帰りながらゆっくり話そう。木更さんもそれでいいか?」

「ダメって言っても聞かないでしょ、もう…」

 

この時に3枚目にちらっとだけ見えた、『長く見積もり2日』という文字を、俺は見逃さなかった。

 

見逃せなかった。

 

 

 

 

「え?じゃあ、ボクがお母さんと思っていたのって……」

 

「正確には、お前のお母さんのお姉さんらしい。お前のお母さんは……お前を産んだ時に、運悪く、亡くなったらしい。その後、お前を引き取って、育ててくれたのが……この人」

 

「……はい。お母さん……じゃない、けど、ボクを育ててくれたのは、この人です」

 

入っていた一枚の写真、それがナギサを育ててくれた人。

 

「でも、名付けたのはお前のお母さんらしい。唯一の思い出にあった景色の渚……つまりは海だな。こんな感じの」

「わぁ……綺麗ですね」

 

数年前の、まだガストレアがいない頃の綺麗な海辺の写真をナギサに見せると、目を輝かせていた。やっぱり幾ら死と隣り合わせで生きてきたとはいえ、こういうところは子供なのだろう。

 

「おにーさん、次はなんです?その3つ目に書かれてあること、って」

 

「……これは、また後でな。特に大したことは書かれてない。それよりもナギサ。お前の好物って何だ?」

 

「こうぶつ?」

 

「好きな食べ物って事だ。何かないか?今日は特別に何でも食べさせてやるぞ」

 

「……」

 

ナギサは考え込んで、少し経ってからゆっくりと口を開く。

 

「お母さん……じゃなくて、そのお姉さんが食べさせてくれた、えーと……オレンジの小さいものが、黄色いもので包まれて、赤いドロっとした液体がかけられてるやつ、が好きです。一回しか……食べた事ないですけど」

 

「黄色いので包まれたオレンジ色の小さなもの……赤い液体がかけられてる……」

「オムライス、じゃないかしら?」

「ああ、なるほど」

 

「おむらいす?」

 

「ナギサが今言ってたやつさ。材料は……買い揃えれるな。痛い出費だ…。木更さん、これ……」

「もちろん実費よ。貴方の」

「だよな……」

 

知ってた。俺の家計がちょっと大変になるだけだ。うん。泣いてなんかない。

 

「木更さん、明日は……ナギサと2人でいたい。いいか?」

 

「……」

 

木更さんは苦い顔をしている。

当たり前だ、こんな事。木更さんは優しいからきっと、一緒に背負いたいのだろう。

 

 

けど、これは俺が始めた事だ。俺がケジメをつけなければならない。

 

それだけは、誰にも譲ることは許されない。

 

 

「わかったわ。けど、もしもの時のために監視はつけるわよ。これで失敗して東京エリアが滅びました、だと目も当てられないからね」

 

「ああ、ありがとう。木更さん」

 

「いえ、ごめんなさい里見君。こんな辛いこと、里見君1人に背負わせて……」

 

「大丈夫だよ。木更さんはいつもみたいに、構えててくれ。あの傲岸不遜で、わがままな社長さんで」

「どういう意味よ!」

 

「あのー?これからどこに……」

 

「すまねぇ。今から買い出しだ。世界一うまいオムライス作ってやるよナギサ。覚悟しとけよ?他のものが食べれなくなるぜ?」

 

「き、昨日の『モヤシふるこーす』よりも……ですか?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

 

 

 

「卵にケチャップに、ニンニク……たっか。えーとそれと……鶏肉……」

 

最終的な値段は、まあ簡単にいうと一月分の食費程度は簡単に消し飛んだ。

多少貯蓄はあるが、俺は節約生活するしかないな。

 

「あ、あの……本当に、大丈夫なんですか?おにーさん、すごい顔が……暗いです」

 

「大丈夫、今後の食事が全てモヤシになることが決定しただけだ」

 

「そう……ですか?」

 

そうだ。この少女に、僅かな、ほんの僅かな一瞬でもいいから幸せを感じてもらえるならこの程度の出費、安いものだ。

 

「よし、粗方揃ったな。帰るか」

「はい。あ、それ持ちますよ」

「いいよこのくらい」

 

買ったものを自転車のカゴに入れ、後部座席にナギサと延珠を乗せる。

2人では少し狭いがしっかり捕まっていれば大丈夫だろう。

 

「んじゃ、帰るぞー」

「わかったのだ!」

「わかりました」

 

 

 

 

 

「……?」

 

おにーさんのポケットから、風に煽られたのか何かの衝撃でもあったのか一枚の紙が出掛かっていた。そこには『2』という数字が書かれてあることだけはわかった。

 

「あの、延珠さん」

 

「どうしたのだ?」

 

「この、おにーさんの紙……2の前って、何で書いてあるんですか?」

 

「んーー?ちょっと見づらいな…。蓮太郎、この紙見せてもらってもいいか?」

 

「ん?ああ、これ……は、だめだ!」

 

突然おにーさんが叫んで、ボクも延珠さんも思わずビクッと固まってしまった。

……何かまずい事でも書いているのだろうか。

 

「っ、悪い。でも今はダメだ。……今日は、延珠には、見せてやるから、今はダメだ。ナギサにも、ちゃんと見せるから」

「う、うむ。わかったのだ」

「わ、わかりました」

 

絶対に、隠したりはしないと約束をしてくれ、今はおむらいすを楽しみにすることにした。

 

 

 

 

「……」

 

「何よ」

 

「なんで木更さんまできたんだ?」

 

「里見君みたいな不埒者を女の子、しかも小学生2人と一緒に同衾させるとでも思って?あの子達に何かあったら首を刎ねるだけじゃ済まないわよ?」

 

「出すわけねぇだろ!」

 

「あとそれとオムライスを私にもつくりなさい!」

 

「結局はそれが目的か!」

 

堂々と、威張りながら飯をたかられ、内心ため息をつきながら木更さんを家にあげる。というか上げないとこの家を斬られる。

 

「それに、延珠ちゃん達に説明するのに、1人でも理解者多い方がいいでしょ?」

 

「っ、ああ。そうだな」

 

「じゃあまずは、ナギサちゃんの書類、見せなさい。ああ3枚目だけでいいわよ」

 

「ほら、これだ。俺は作ってるから、必要事項だけ教えてくれ」

 

ポケットで、少しシワになった診断結果の紙を木更さんに渡す。

そのままの流れで買った食料を台所に運び、作る準備をする。

 

その最中、木更さんから、息が詰まったような、声にならない声が俺の耳に届いた。

 

「木更さん、覚悟はできてる。言ってくれ」

 

「……」

 

「大丈夫だ。俺は嫌われようが、罵られようが、全てを受け入れるさ」

 

「わ……かった、わ」

 

何度か深呼吸をしたあと、ゆっくりと言ってくれた。

 

「ナギサの体内侵食率は朝の時点で49%。ガストレアウイルス抑制剤を投与しなければ早くて今日、遅くても二日後には必ず、ガストレア化する。ポストに入れておく抑制剤を、2本、少し無茶だが必ず投与すること。そうすれば少なくとも明日1日は保つ。

 

やるべき事をやれ。里見蓮太郎。東京エリアの命運は君にかかっていると言っても過言では無い」

 

「……」

 

「過言だった。君よりも強いペアは沢山いたな」

 

「なんでそこで落とすかなぁ先生!」

 

「最後に。君を信じている、だって」

 

「……わかった。ほっ。これで完成っと」

 

途中多少手元は狂ったがナギサや延珠の分は比較的綺麗にできた。

 

「延珠ー!運ぶの手伝ってくれー!」

「わかったのだ!」

「あ……ボクも……」

「ナギサは座ってな。すぐ終わるから」

「は、はい」

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

夜になっても俺はなかなか寝付くことができなかった。

 

明日になれば俺は、ナギサを手にかける事になる。

恨まれるのもわかっている。

 

だけど、そうしないとさらに罪もない人々が大勢死ぬ。

 

 

前のモデル・ドルフィンのイニシエーターの千寿夏世という子は、すでに体内侵食率が50を超え、それを本人も自覚していた。

 

人のまま死なせてほしいと、彼女も願った。

 

だがナギサはどうだ。

生きる為にここまで来て、俺から一時的な救いを与えられ、終いには俺に殺される。

 

生きる事を諦めるなと言った俺が、ナギサに生きる事を諦めさせる。

 

つくづく俺はクソ野郎だと、自分自身に嫌悪する。

 

 

「……」

 

何度も寝ようとしても、明日のことを考えてしまい、寝ることは叶わなかった




おにーさんが、寝れていないのがわかった。

それに気づいた理由は単純で、ボクも寝ることができなかったから。



本当は、全部知っている。


今日けんさと言うのをしてくれたせんせいに、全部聞いたから。

おにーさんには内緒、と言われたので言ってない。
本当は言いたかったけどおにーさんを困らせると言われ、それは嫌だったからやめた。

死ぬ事は怖くない。

だってずっと死ぬかどうかの中で生きてきたから。

ボクはおにーさんに出会えて幸せだと思った。
お母さんたちのことが知れてよかった。
延珠さんと出会えてよかった。


だから、最期くらい、おにーさんたちをお手伝いしたい、生きるための助けになりたい。


そう思った。
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