独りで生きる少女(完結)   作:紀野感無

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大好きな人へ、サヨナラを

「お兄さんお兄さん。朝ですよ」

「ん……」

「お寝坊さんなんですね」

「よくある事だ。もう慣れた」

「でも寝不足は良くないって聞きましたよ」

「……。あれ、延珠や木更さんは?」

「お兄さんが起きる前にどこかへ出かけました。延珠さんからは、これを貰いました」

 

ナギサの手首には延珠がよく見ているアニメのブレスレットがつけられていて、手の中には一枚の紙があった。

 

(それ)は?」

「あの、その、中に文字が書いてあるらしいんですけど、読むのは明日とかにして欲しい……です」

「?わかった」

 

ナギサからもらった紙の中身を見ないようにしながらポケットの中に入れる。

 

「ナギサ、今日はな、お前の服を買いに行こうと思ってるんだ」

「服、ですか?」

「ああ。俺の知り合いがな、ナギサに似合う服を用意してくれるってさ」「でも延珠さんのこれ……」

 

ナギサが着ている延珠の服を見ながら何かを心配している。何を心配しているんだろうか。

 

「どうしたんだ?」

 

「あの、延珠さんからもらったこの服が、良いと言うか……」

 

少し恥ずかしそうにしながら言うナギサの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

「え?あ、あの」

「大丈夫だ。ナギサがそれが良いってなら、それでいい。誰も怒らないよ。それじゃあ……美味いもんでも食いに行こう。他にもお前に見せたいところが沢山あるんだ」

「はい……!」

 

 

 

 

俺は、この子を今日、この手で殺さなければならない。

 

俺が背負うべき罪。

 

そうだ、俺がやらなければいけない事だ。

 

逃げるな。里見蓮太郎。

 

 

 

覚悟を決めろ。

 

 

 

「そんじゃ改めてな、今日は買い物がてら散歩をしに行こうと思ってるんだ。ナギサにまだまだ見せたいところがあるからな。それに、外周区の方にも少し用事があるから、その時ナギサに案内をしてもらおうと思ってるんだ」

「はいっ。まかせてください」

 

 

 

 

 

 

 

「ここが俺がよく使ってる商店街だ。特にここの店のもやしは格別だ。安くて量も多い」

「これは……」

「大豆って言ってな。ただの豆と侮るなかれ。こいつは肉に化けることもできちまう恐ろしい豆だ」

「お肉に……」

 

 

 

 

「このでかい建物はデパートって言ってな。いろんなもんが置いてあるんだ。服に食べ物に玩具に家具。よりどりみどりだ。……金があればな」

「あ、これ延珠さんが着てる服……」

「アイツの服は自分の給料で出してるからまたすげぇ話だよな。ちなみに天誅ガールズとやらのグッズも全部実費だ」

「あれが全部延珠さんのお金⁉︎」

「そうだ。アイツは俺なんかと違って高待遇だからな。どうだ?ナギサも何か欲しいのがあれば言えよ。俺の買える範囲で買ってやる」

「え、でも……」

「いいから」

「じゃ、じゃあ……これを」

「ブレスレット?値段は……ギリギリ大丈夫そうだけど、これでいいのか?こっちの指輪とかじゃなくて」

「はい。これがいいんです。名前を入れれる、これが……」

「わかった。じゃあ買ってくるから待っててくれ。ほれ、これでジュースでも買ってな」

「ありがとうございますお兄さん」

 

 

 

「……」

 

お兄さんが今日連れてきてくれた場所は、全部とても楽しかった。けれどそれ以上に、とても怖くなった。

 

 

 

覚悟はしていたのに、急に死ぬのが怖くなってしまった。

 

「……美味しかったなぁ、おむらいす。それにもやしのふるこーすも。お兄さんの作ってくれた食べ物、全部美味しかった…。また……食べたいな。延珠さんともまた、遊びたいな。お兄さんともっと、居たかったな」

 

けれど、彼処のみんなみたいな化け物になってお兄さん達を困らせるのはもっと嫌だった。

 

それなら死ぬのを選ぶって、昨日決めたばかりなのに、心が揺らいでしまう。

 

「……だめだ。しっかり、()()()もお兄さんに伝えて、お兄さんの手で、ボクを……」

 

「おい」

「?」

 

突如話しかけられたかと思ったらバァン!と大きな音が耳元で鳴り、首に激痛が走った。

 

「カ……ハッ」

 

「おっ、どうやら本物らしい。本当に再生が阻害されてら。ほらお前ら散れ散れ。見せもんじゃねぇんだよ。それ以上この場に(たむろ)するなら公務執行妨害にするぞ?」

 

激しい痛みが走る首を何とか抑えながら声のする方を見ると、見たことのある顔の人が2人いた。

 

それも片方はボクが忘れたくても忘れられない顔だった。

 

「おっ、やっぱりな。特徴を聞いてもしやと思ったが。ヨォ久しぶりだなバケモノ」

「おやっさん、知ってんですか?」

「ああ、7年くらい前だったか。外周区付近で化け物を育ててる人間がいるってタレコミがあったんだよ。その時に化け物を匿ってた人間は殺したが、こっちのバケモノには逃げられてな。それ以来報告も上がらなかったからの垂れ死んだとばかり思ってたが……会えて嬉しいぜ?なんせ、あの時()り逃がしたバケモノを自分の手で始末できるんだからな」

「俺は毎度のごとく盗まれた恨みだガキ」

 

何かを言いながら頭やお腹、足を蹴り付けられる。

 

「おい後にしとけ。コイツを連れて歩いてた民警が帰ってきちまう」

「へいへい」

 

首を押さえないと痛みで何も動けなかった。そんなボクを2人は乗り物に乱暴に投げ入れた。

 

首の傷が全然塞がらない。いつもなら、すぐに塞がるのに。蹴られたりしたところの傷はもう治ってるのに。

 

首のずっと血が止まらない。それに全身が痺れるような感覚もする。

 

「んじゃ行くぞ」

「聞きそびれたんですが、どこへ?」

「外周区。モノリスに近ければ近いほどバケモノ共は動きが鈍くなるからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コヒューコヒュー

 

あたたかい。

 

なんとも言えないけれど、濡れているのに、暖かい、奇妙な感覚だった。

 

「カフ…ゲホッ」

 

喉から溢れてくる何かでうまく息ができない。

苦しいのに、とても暖かい

けれど、指ひとつ動かすことができない。

 

「……」

 

そんなもの理由なんて分かりきってる。

とめどなく溢れ出るボク自身の血のせいだと。

 

ボクはもうすぐ死ぬのだと。

 

よくて死、最悪なのはバケモノになってしまうことだと、

 

(ああ、こんな形で、お兄さんとお別れ……嫌だなぁ)

 

ほんの少し前のボクからしたらあり得ないような考えが浮かぶ。

きっと前のボクなら、目の前で笑っているケイサツを、すぐに殺そうとしていた。

 

 

でも、お兄さんとの約束を守りたいという気持ちが勝った。勝ってしまった。

 

 

(でも、延珠さんとのお揃いを、壊したくなかったなぁ)

 

延珠さんのくれた服が穴だらけ、血だらけになってしまって、ちょっと、悲しくなった。

 

 

(あともう一度だけ、お兄さんに会いたいなぁ……)

 

 

そんな願いも虚しく、ケイサツはボクの頭へ銃を向けてきた。

 

ばらにうむ、というものがボクを殺すことのできる唯一の武器がもう無くなったから、普通のでどこまでやったら殺せるのか試す。

そんなことを言っていた。

 

けれど、それがどういうことなのかもう何も考えれない。

 

もう全てを諦めて、目を閉じて来るであろう衝撃を待つ。

 

けれど幾ら待とうとも衝撃は来ない

 

「ふざけ…なんで!この周辺には現れないって」

「知らねえよ!早く逃げ……」

 

よく耳を澄ますと聞こえてきたのは2つの悲鳴と一つの鳴き声のようなもの。

 

悲鳴は聞き間違えようもない。ボクを連れてきたケイサツと、もう1人の男。

 

そしてもう一つは……

 

「カロロロロ……」

「……」

 

虫なのか動物なのか鳥なのか、はたまた全てなのか、色々な顔が混じった化け物が、ボクの顔を覗き込む。

 

どうやらボクの最後は化け物に食い殺されるらしい。

 

でも、それでも

 

お兄さんと会えてよかったと、そう思う。

 

それに、お兄さんの心に深い傷をつけずに済んだ。

 

 

あんなに優しい人に、ボクを殺させずに済んだ。

 

 

それだけが何よりも、嬉しいと感じていた。

 

「……やっぱり、最期に、会いたいな……」

 

延珠さんにも、お兄さんにも、最期に会って、ありがとうと、言いたい。

 

「カロロ……」

 

けれどそんな思いはもう無駄だと言うように、バケモノが目の前まで迫ってきていた。

 

品定めをしているのか、それとも嘲笑っているのかすぐにボクを食べず舐め回すようにボクを見ていた。

 

「……タダで、しんで、たまるか」

 

感覚の無くなってきた体を無理矢理起こして、バケモノと向き合う。

 

けれど立つだけで精一杯で、動くこともできなければもう殆ど見えない。

暗くて、あったかかった体がだんだんと寒くなっていく様子を感じた。

 

「イタ……」

 

精一杯踏ん張っていたのに、倒れ込んでしまった。

頑張って再度立とうとしても、何回やっても立てずに、転んでしまう。

 

「え……なにが……」

 

訳がわからなくても、お兄さん達を危険にするかもしれないバケモノを放ってはおけなくて、立ち上がろうと何度も試みる。けれど、今度は体を起き上がらせることすら出来ない。

 

もう、体を動かすことすら、できなくなってきた。

 

結局ボクは何も出来ずに死ぬのだと、その瞬間悟った

 

 

 

「天童式戦闘術壱の型五番【焔火扇(ほむらかせん)】!」

 

 

 

……お兄さんの声?そんなまさか……きっとボクの聞き間違い……だよ、ね……。

 

 

 

 

 

「ナギサ!目を開けてくれ!」

 

「……おにい……さ……」

 

「っ!気が付いたか!よかっ……」

 

'よかった'と言いかけて、思わず口を紡ぐ。

 

そんな事をこの子に言う資格なんて俺にはない。

 

「嬉しい……最期にお兄さんに会えるなんて……。お兄さんに、伝えなきゃ、いけないことがたくさんあったんです

 

「……っ、ああ、ああ。ここにいるぞ。ナギサ」

 

どんな小さな声でも聞き逃すまいと全神経を傾ける。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 

 

 

聞こえてきたのは罵倒でも恨言でもなく、ごめんなさいと言う一言。

 

「何……言って……」

 

「知ってたんです。ボク、今日が最期の日だって。昨日会ったお医者さんに、教えてもらってたんです。それに……何度も何度もボクは、バケモノになりかけて殺されていった人を、知ってました。だから、次はボクの番が来ただけなんだと、そう思ってました」

 

ナギサの体は、どんどん修復されて行く。

人としても、イニシエーターの子達としても異常な速度で。

 

それが物語っていることはたった一つだけ。

 

「お医者さんに言われました。バケモノとなって殺されるか、ナギサとしてお兄さんの手で死ぬか。

 

ボクはお兄さんに殺されるのを選びました。すぐに答えたことにお医者さん、すっごい驚いてました。

 

でも元々知ってたんです。ボクはもうすぐ死ぬって。

いつ死ぬのかは分からなかったけど、ボクの中の何かが暴れていって、日に日に暴れる力がだんだんと強くなっていって、身体中が痛かったんです。

 

だから……せめてボクのお母さんを殺したあのケイサツを殺そうと思ってここまで来たんです」

 

「ナギサ!もういい、喋るな……」

 

「ふふ……わかってるんですよね?ボク、もうどう足掻いてもすぐに死んでしまうって。バケモノになってしまうか、なる前にお兄さんの手で死ぬか。

 

だから、こんなに傷だらけになっても、痛みも何もなくて、こんなにもはっきりお兄さんの顔が見えて声が聞けるんだって、ボクにも分かります。

 

 

 

……ボクは、嫌いで嫌いで、仕方なかったんです。なんで生まれてきたのか、こんな世界、大嫌いでした。

 

何もしていないのに、なんであんなに辛い思いをしなきゃいけないんだろうって。

 

こんなに辛い思いをするくらいなら、死んだ方がマシだって思ってました。

 

こんな事なら生まれてこなければよかったと、何度も何度も思いました。

ボクを産んだお母さんを恨んだりもしました。

 

でも……」

 

 

小さく言葉を紡ぐナギサの目から、一筋の涙が流れる。

 

 

「でも、そんなことがどうでも良くなってしまうくらい、最近嬉しいことが起こったんです。

 

生きてて良かったって、心の底から思える事が」

 

ナギサは精一杯腕を持ち上げ、俺の頬を触り、言葉を続ける。

 

 

 

「お兄さん、貴方に出会えたことが何よりも、嬉しかった。

 

たった数日ですが、それでも貴方がボクにしてくれた事は、本当に嬉しかった。美味しいご飯を食べさせてくれて、いろいろなものを見せてくれて、延珠さんと会えて、本当に楽しかった。嬉しかった。

 

 

……死ぬのが怖くなってしまうくらいに。

 

 

でも、分かってるんです。ボクは死ななきゃお兄さんに迷惑をかけてしまう。

 

それだけは嫌なんです。

だからお兄さん。

 

お兄さんの手で、ボクを」

 

 

殺してください。

 

 

最後の方はもう声がほとんど聞き取れなかった。

しかし何を言ったのか、彼女が何を願っているのかは俺にも痛いほど理解できる。

 

 

「……ああ。できるだけ、苦しまないように、するよ」

 

「あ……りが……」

 

俺は銃口をナギサの側頭部に、ゆっくりと当てる。

 

 

手が震えているのがわかる。

2回目とはいえ、慣れるようなものではない。

 

心臓が爆音で鳴り響いている。

 

呼吸が出来なくなる。

それでも、やらなければ。

 

 

この子の最後の願いくらいは、叶えてあげなければ。

 

 

何度も、何度も深い深呼吸をして、落ち着かせる。

 

きっとそれでも、俺の顔は涙でぐちゃぐちゃだろう。

なんとか振り絞ってナギサに笑顔を見せる。

 

「さようなら、お兄さん。本当に、ありがとうございました」

「ああ。俺こそありがとうナギサ。生まれてきてくれて。俺と出会ってくれて。俺はお前のことを、一生忘れない」

 

 

 

 

 

荒野に一発の銃声が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

〜数日後〜

 

「発生源は呪われた子供達の死体だよ。警官が家族を殺された恨みとやらを建前に、快楽のために脳天を貫いていた子達の中に、息を吹き返した子がいたんだろうな。己の体を修復するためのエネルギーを、すぐそばにあった死体を喰うことで補充したんだろうよ。その結果ステージ1のガストレアが発生した。つまり、呪われた子供達のお陰でもしかしたらパンデミックが起こっていたかもしれないということだ。蓮太郎君」

 

「……」

 

「君にとっちゃ愚問だろうが、今一度問いただそう。里見蓮太郎。それでも君は呪われた子供達のために戦えるかい?」

 

先生からの問いに、一回だけ長い深呼吸をして返答をする。

 

「ええ、もちろんですよ先生。その為に俺は強くなってみせる。延珠を、木更さんを、呪われた子供達も、東京に住む皆を、守れるほど強くなってみせます。

 

それに……ここで諦めたらそれこそナギサが化けて出てきて延珠に背骨蹴り折られて木更さんには斬り飛ばされちまう」

 

「ふっ……それでこそだ。最近不幸顔からちょい不幸顔になりつつあるぞ」

「褒めてんのそれ⁉︎」

「冗談さ。ほら、君のイニシエーターが外で待ってるぞ。早く行ってこい」

「へいへい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【大好きなお兄さんへ

 

ボクは、ボクを見つけて守ってくれたお兄さんが、優しくしてくれたお兄さんが、お母さん達のことを教えてくれたお兄さんが、大好きでした。

延珠さんも、刀を持ったお姉さんも、みんな大好きでした。

 

ありがとう

 

さようなら」

 




ナギサの物語を見てくださった方、ありがとうございました

また、今回の作品を書くにあたってモデルとすることを了承してくださった渚さん(Twitter:@Aoneko_nagisa) ありがとうございました。

かなり不定期更新で待たせに待たせてしまいましたが、納得のいく形で終われました

もともと死別ネタorナギサのガストレア化(意識あり)のどちらかにしようか悩みに悩んでこう言った形になりました

元々は闇堕ちで描こうとしてたはずなんですけどね


改めて、読んでくださった方々、ありがとうございました。
貴方の暇を少しでも潰せたら幸いです
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