その世界に空は無かった。
頭上に低くたちこめた雲の上には広い天井があった。
その世界に地平線は無かった。
視界を遮るスモッグの向こうには堅い壁があった。
その世界に海は無かった。
雨の様に滴る水は全て天井から流れ、足下へ消えていった。
その世界に自然は無かった。
目に見えるもの全てが人工物であった。
ただ、その世界に街があった。
その世界に都市があった。
その世界に社会があった。
その世界に文明があった。
つまり、その世界に人間がいた。
それ以外は何もなかった。
空も海も地平線も、すべてその世界の頭上にあった。
つまり、その世界は地下にあった。
地上には何でもあった。
太陽があって星があった。
大地があって海があった。
空気があって自然があった。
ただ、人間だけがいなかった。
地上は楽園だった。
全ての水が波に輝き、
全ての植物が風に歌い、
全ての動物が光と闇に踊った。
ただ、人間だけがそこに加わることが出来なかった。
人間は地下で生き続けた。
人間がいつ地上から追放されたか、誰も知る者はいない。
それ以前の世界は漠然としたことしか分からない。
地下に生きる人々は自分たちが何時からここにいるのか、知らない。
人々に残っていたのは蜃気楼のような、つかみ所のない記憶のみであった。
その過去が今からどれほどの昔かは定かではないが、過去において、地上に発展した文明世界は、ある転換期に差し掛かった。
それは世界が東西両陣営に分かれ対立していた時代が終わった頃。
俗に言う冷戦が終結した後の世界だった。
この国家イデオロギーの違いに端を発した戦争は、地球上に乱立する全ての国家を巻き込み、東側陣営と西側陣営に二分した。
この戦争は、それぞれの陣営を代表する二つの超大国の持つ圧倒的破壊力を持つ兵器、すなわち核兵器の存在によって、互いに身動きができないまま、五十年に渡ってにらみ合いが続いた。
戦争の時代は発展の時代でもあった。
両陣営とも対外的に共通の敵を持ったことにより、陣営内の国家同士の結びつきを強固にし、同時に軍事・科学の発展を精力的に努めた。
五十年がたち、戦争を終結させたのは、国家イデオロギーの下で行われた経済運営の結果だった。東側の代表国は経済運営に失敗し、自滅した。
冷戦の終わりによって、本格的なグローバル化が始まった。
世界を東と西に分けた構造は既に無く、有象無象の国家が己の発展を目指し競い始めた。
かつての陣営内で築かれたネットワークは全世界規模で広がった。
あらゆるものが国境を越え行き交い始めた。
ヒト・モノ・そして情報。
大量の情報が世界に出回った。
世界の全てが身近になった。
現実の距離は意味を成さなくなった。
国家同士の距離は近くなり、そこに属する国民同士の距離もさらに近くなった。
富める国家のことを、そうではない国家が知ることができた。
富める人のことを、そうでない人が知ることが出来た。
幸福な国家・国民の暮らしを、不幸な国家・国民が知ることが出来た。
文明の勝利者である少数者の暮らしを、大勢の敗北者たちが眺めた。
冷戦終結から十数年、あらゆる者が隣人となった。
人はその気になれば数百㎞離れた場所にいる他人のことを、いとも簡単に知ることが出来た。だれもが隣人の様子をうかがうように、世界を眺める事が出来た。
貧しき者は、富める者を。富める者は、さらに富める者を目指した。
世界は競争の世界となった。
世界の全てが敵となった。
自分以外は全て利用する対象でしかなくなった。
持てる力は全て己の利益にのみ使われた。
世界は混沌となった。
富めることに成功した国家は、己の利益を守るため、また増やすため、貧しき者を攻撃した。
それは、もはや戦争とは言えなかった。
富める国家は圧倒的軍事力をもって貧しき者を制圧した。
そこに協調は無かった。
ただ、弱肉強食の原理だけがあった。
弱き国家は喰われた。
だが国家は喰われてもそこに暮らす人は残った。
国家を奪われ、仕事を奪われ、帰るところを奪われた人たちが残った。
彼らは世界規模で広がった。
ヒト・モノ・情報・そしてテロリズム。
貧しき者達は富める者達を憎んだ。
敗北者達は勝利者達に復讐を始めた。
国家と国家の戦争は消えた。
かわりに国家と個人の戦争が始まった。
世界規模のネットワークは、個人に国家と渡り合うだけの力を与えた。
国家間の国境はネットワークの前では無力だった。
復讐者は、世界中を行き交うヒトやモノの流れに紛れ込み、富める国家の喉元に爆弾を置く事が出来た。
爆弾は大抵、無防備な人混みの中で炸裂した。
この世は平和で、何の危険もない幸福な世界だと考えていた人々が吹き飛ばされた。
戦争などと縁が無いと思っていた人々が死んだ。
標的になるのは大抵、国家には直接的に影響を及ぼさない無力な人々だった。
被害を受けた国家は報復に出たが、個人に報復を加えることは出来なかった。
なぜなら、こういった戦いにおいて実行者は大抵、死を迎えるか雲隠れするかのどちらかであり二度と姿を現さないからである。
したがって報復は実行犯と同じ思想の持ち主達に向けられた。
それは必然的に見せしめの刑罰となり、ここでも標的になるのは無力な人々だった。
生き延びた無力な人々は、ネットワークの力を借りて復讐者としてよみがえるのだった。
それはまさに泥沼だった。
国境を越え、発達したグローバリズムは世界の統合ではなく、世界の細分化をもたらした。
グローバリズム・ネットワークの発達と共に細分化はさらに進んだ。
国境が消え、全てが自由に行き来した。
戦争だけは消えなかった。
新しい戦争は全てが戦場だった。
港湾施設・公共施設・宿泊施設・娯楽施設・住宅地。
人の集まるところ全てが戦場となった。
民族の概念が消え、誰もが伝道師となりえた。
世界中どこにいても、あらゆる文化・思想に触れることができ、共感することが出来た。
新しい戦争では誰もが兵士たりえた。
世界各地を問わず、老若男女を問わず、武器を手に入れ、攻撃指令を聞くことが出来た。
やがて国家の概念が消えた。
ネットワークはあらゆる個人に力を与えた。
全ての人々は世界に対し、己の思想・欲求を示すことが出来た。
新しい戦争では誰もが一つの軍隊であり国家であった。
この新しい戦争の時代もまた、発展の時代であった。
そして、これまでの人類社会始まって以来の急速な発展だった。
有りとあらゆる分野が急速に発展した。
なぜならこの戦争に終わりはないから。
生き残るために、勝利するために、幸福になるために、永劫の高見に向かっての発展だった。
全ての変化は加速した。
軍事・科学・文化・人口、そして自然環境。
かつては数百年単位で変化していたものが、数十年単位で変化するようになり、やがて数年単位・数ヶ月単位の速度で変化した。
何もかもが高速化した。
発展した科学力は、急速な人口増と環境の激変に従い、地上の他、海上・海底・地下・宇宙と生活範囲を拡大させていった。
それは人間という種を越えた発展の仕方だった。
あまりに急激な変化に、人間自身が追いつかなくなっていった。
ブレーキの壊れた車が坂道を下るように、いつかは壁に衝突し、砕け散って終わる宿命だった。
加速し続ける車の窓の外の景色は、あまりに早く通りすぎて誰も認識できず、後を振り返る余裕もない。
誰もかれもがその変化のスピードについていけず、前を見ることすら恐れて、ただ下を向いていた。
ついにその時が来たとき、果たして文明の終末を認識した人間がどれほどいただろうか。
一つだけ言えることは、地下世界を残して、人間社会は崩壊したと言うことだけだった。