操縦席に乗り込む前。ほんの、つい先程まで、私の心は興奮と未知への好奇心に打ち震え、同時に揺るぎない自信と決してくじけぬ勇気に満ちていたはずだった。
だが、いざ頭上のハッチが閉まり、闇の中に一人きりになったとたんに、そんなモノは一瞬にして何処かへ消え去ってしまった。
例えるなら、生きながら棺桶に放り込まれたようなものだ。いや、それでは例えにならない。事実、この操縦席は鉄の棺桶そのものだ。
目の前にあるディスプレイに光が灯る。
その下にある計器類にも続いて光が灯っていく。速度計、高度計、発動機の回転数、出力係数、それぞれが闇の中、青や赤色を伴って浮かび上がってきた。
私はわずかに残った、なけなしの勇気を振り絞って、狭い操縦室の中で座席に深く腰を下ろし、ベルトで身体を固定した。
シートの下から発動機の振動がわずかに感じられる。この操縦席はひどく狭い。身長160センチメートルの私がすっぽりと収まるだけのゆとりしかない、カプセル状の操縦席だ。
実に息苦しい。シートの脇にあるヘッドギアをかぶる。バイザーを下ろし、正面の計器類の近くにあるスイッチの一つを入れた。
とたんに目の前に外の景色が広がった。
巨大な工場内のような空間。鋼鉄の柱が均等に立ち並び、無機質な天井が頭上に広がっている。高さはおよそ30メートルといったところか。
似たような景色が奥まで続いている。明かりは少なく、とても暗い。それが外の景色にいっそうの広がりを与えていた。
これらの映像は全て、このカプセルの外部についているカメラが見ている景色だ。それがヘッドギアの内側に映し出されている。
シート両脇にある二本の操縦桿をつかむ。足下にある三つのペダルの内、一つを軽く踏み込んだ。腰の下で発動機の振動が大きくなったのを感じる。
操縦桿についている小さなスイッチの一つを入れると、耳元で電子音が静かにこう告げた。
――システム起動
同時に、目の前の景色に様々なシンボルが追加表示されていく。
画面下に各種計器類、右上にレーダー画面、そして右下に武装表示。口径60ミリの大型ライフルに弾丸50発装填。対戦車用小型ミサイル発射器に15発装填と表示されている。
私は操縦桿を、そっと手の中で撫で回した。指先が引き金に触れる。
この指先に少し力を加えるだけで、厚さ10数センチのコンクリート壁すら破壊する、強力な弾丸を発射することが出来る。
私が乗っているのは、小型自動車ほどの大きさのカプセルに、二本の腕と、二本の足がついた機動マシンだった。
背丈は8メートル程、だいたい二階建ての建物程の大きさで、外見は一見すると装甲服を着込んだ巨人といった感じだ。
だが動きは決して鈍重ではない。
その両足は、内蔵されているバーニアにより一蹴りで大地を駆けめぐり、その両腕は強力な火器を軽々と扱うことが出来る。
操縦席のあるカプセルは、単にカプセルと言ったが実際は堅牢な装甲をまとい、この巨体を支えるパワーを持つ高出力のエンジンを内蔵している、まさしくこの機動マシンの核(コア)となる存在だ。
そう、まさしく装甲をまとった核。
それ故、このマシンは一般に「アーマード・コア」と呼ばれていた。
眼前に広がる景色の向こう、暗闇の中から、ガシャン、ガシャンという規則正しい金属音が響いてきた。
無論この音も、外部についている集音マイクが捉えたモノだ。だが、その音は私の心をひどく掻き乱した。
金属音が一つ物音を立てる度に、私の心臓の鼓動が跳ね上がる。やがて音の正体が暗闇から姿を現した。
それは、無人移動砲台。
大きさは、やはり7~8メートルくらいだろうか、ひょろ長い二本の足の上に戦車の砲塔がそのまま乗っかった感じだ。
それが二体、きっちり歩調を合わせ、こちらにやってきた。
私の乗るマシンから、これまたきっちり200メートル向こうで二体は足を止めた。無機質に赤く光るセンサーが、こちらをじっと静かに見つめている。
見つめられて、全身が緊張と恐怖感の渦に包まれた。
理由はハッキリとしている。
今、目に見えている殺風景な風景が、私にとって生涯最後の景色になるかも知れないからだ。
そして、私の人生の幕を下ろしてくれるのが、目の前の、二体の無人砲台の役目というわけだ。
無人砲台の赤い視線に耐えかねて、私はあさっての方向へ頸をめぐらせた。私の頸の動きに同調して外部カメラも向きを変える。
どこを見回しても似たような風景だった。
つまりは、コンクリートの床と、鉄製の天井と、鋼鉄の柱と、後は暗闇だけだった。
正面を見やると、当然の事ながら無人砲台とまた目があった。
マシンの目線がそのまま自分の目線となるこのシステムは、確かに外部の状況認識能力を高めるのには役に立つ。
だが今の私にとってこのシステムは、まるで猛獣の前に素っ裸で放り出されたように感じさせるのだ。
なんで私はこんな所にいるのだろう?
なんでこんな思いをしているのだろう?
そんな疑念が頭の中を駆けめぐる。
心臓は激しく波打ち、脈拍が耳の中で木霊している。
喉はカラカラに乾き、全身は冷や汗をかき続け、緊張の為の不快感ばかり増し続ける。
バイザーを目の前から跳ね上げた。
無人砲台の姿が消え、周囲は暗闇に包まれる。
その暗闇の中で、思いっきり深呼吸をした。そして自分に言い聞かせた。
大丈夫、私は死にはしない。
私の周りは厚さ10センチの頑丈な装甲で守られている。
しかもこのマシンは、その気になれば地上を時速200キロで駆け回ることが出来る。
私の、手の平の中にある操縦桿の引き金を、ちょいと押し込んでやれば、口径60ミリのライフル銃が火を噴くのだ。
怖いモノなど何もない。
大丈夫、私はきっと生き延びる。
生きて、この試験に合格してみせる。
この命を賭けた、レイヴン選定試験に。
そう、私がいるこの場所は試験会場だ。
それも、この世で最も危険極まりない試験だ。
だが、それだけに合格したときの見返りは大きい。
レイヴン。
それは高額の報酬と引き替えに、どんな危険な依頼をも遂行する最強の傭兵達。
彼らはAC(アーマード・コア)を自在に操り、たった一人で一個機動大隊に匹敵する力を持つ。
それはこの世の中で、もっとも危険で強い存在。
そして何者にも束縛されない、誰よりも自由な存在に与えられる称号。
その内に、わずかながら気分も落ち着いてきた。
懐から懐中時計を取り出し見る。ちょうどその時、耳元で声がした。
『試験開始五分前だ。準備は出来ているかね』
試験官の声だ。それが通信機を通して聞こえてくる。
『先程も言ったが、念の為もう一度言っておく。このレイヴン選定試験の合格条件はただ一つ。目の前の無人移動砲台〈シュトルヒ〉と戦い、生還すること。無論、分かっていると思うが、不合格は死を意味する。何か質問はあるかね』
この言葉に、マシンに乗り込む前に署名した書類の文面を思い出した。
生命保険の受取人変更の書類。
私が死ぬときは、このACも失われることになる。その分の代償は、きちんと保険会社が支払うのだ。
この試験には、高額の代償が必要だった。
だが必ずしも現金である必要はなく、私のように生命保険でも良いし、換金できそうな代物ならば何でも良いらしい。
聞いた噂に寄れば、自分の臓器を担保に受験した者もいたそうだ。
その者が合格したかどうかは知らないが、もしも不合格だった場合は、どうやって臓器を回収したのだろうか。
爆発四散したACから、黒こげの死体を引っぱり出して解体する風景を思わず想像してしまった。
また気分が悪くなった。
凄惨な風景ということもあるが、何より、それが自分自身の未来のように思えてしまったからだ。
冗談じゃない。
必死でその風景を頭から追い払おうとした。だが、一度根付いた不安は、心にしつこく付きまとい続ける。荒療治とばかり、バイザーを下ろした。
とたんに目の前に無人砲台の姿が現れた。
不安の元凶だ。それを目の前にして気持ちを切り替えようと試みた。
要は、この二体さえ倒せばいいのだ。今は、その事だけに集中しよう。
『開始一分前だ。君の実力を見せてもらおう』
再び声が告げた。もう後戻りは出来ない。
生か死か、死ねばそれまで。
だが生き延びればレイヴンとなれる。
操縦桿のスイッチを入れる。電子音が告げた。
――戦闘システム起動
操縦桿を通して、ACの右腕が動くのを感じた。
目の前に十字カーソルが現れた。それが無人砲台に重なる。右腕に掲げる60ミリライフルが狙いを定めたのだ。
『戦闘開始』
試験官が静かにその時を告げた。