地下空間という特殊な環境において、人間が生活するに耐えうる環境を整えるという事は並大抵の事ではあるまい。
現在でこそ、広大な地下空間(ジオフロント)内には高層ビルが建ち並び、三千万市民を養うだけの、各種生産プラントがあちらこちらで稼働している。
地熱を利用した大規模発電所。鉱脈を掘り進み拡大を続ける地下鉱山。その蟻の巣穴のごとく伸びてゆくトンネルには新たな街が生まれ、それを支えるために企業が新たな施設を拡大していく。
地下空間に新鮮な空気と水と食料を提供するために、人工的に作られた広大な森林すら存在する。それは遺伝子改良された菌糸類が光もささぬ地下空間で土壌を形成し、それを苗床にコケが生え、さらに人工的なか弱い光源でも光合成可能な人工樹木が辺りを覆いつくす人工ジャングルだ。
さらに地下空間の下層には膨大な地下水をため込んだ地底湖さえ存在する。それはかつて存在した古き地下都市空間が水没した後とも言われているが、その真相は誰も知らない。
そんな地下空間が、西に、東に、北に、南にと、四つ存在する。
それぞれは互いに根を張り巡らすかのように、無数の地下トンネルによって密接に繋がっている。
一体誰がこれほどまでの地下都市を創りだしたのだろうか。
それは人間である。
人間が地上で謳歌していた頃の、科学力が頂点にあった時代に生み出された、まさに科学の結晶である。
エジプトのピラミッド、中国の万里の長城、ナスカの地上絵に匹敵する、人類史に残る大事業であった。
つまりは最高の芸術品であった。
芸術とは時代を超越して存在するモノだ。
芸術家は死んでも、作品は生き続ける。
芸術こそが文化であり、芸術があってこそ人間は生きてゆける。
人間を人間たらしめているのは、まさに芸術である、それも、時代を超越して生き続ける、真の芸術である。
その意味では地下都市は、全くそのとおりの芸術品だった。
地上から人間が抹消された後も、今に至るまで存在し続けた。
地下都市があってこそ、人間は生きていけた。
人間が地下で、今だ人間として社会が築けるのも地下都市あってこそだ。
芸術家というのは、往々にして無名なものだ。人の記憶に残るのはいつも作品だけであり、芸術家は忘れ去られる。
なぜか。
芸術品の本当の価値が世間に認められるのは、いつも遙かな時を得てからだ。人の一生では短すぎる。
人間が大切なモノに気づく時、それはいつも遅すぎる。
地下都市で生き延びた人々が、この地下都市だけが人類に残された最後の世界だと自覚しとき、かつて地下都市を造り上げた文明社会は既に、きれいさっぱり地上から消え去った後だった。