地下空間は人間により造られた巨大空間である。
それは内部環境に於いてもまたしかり。
地下空間に営まれている人間社会は、いや、この空間内の環境のほぼ九割が人工物により成り立っている。
と、いうことは残りの一割は天然(自然)環境であるが、その正体は地下空間の境界、すなわち地面・岩盤・天井のことである。
残りの全ては人工物による環境だった。
生命活動に不可欠な水・食料・空気の生成から、昼夜の区別、天候・気候の変化、人間を含む地下空間内部の生態系までが、全て人間の手で成されている。
これは地上世界ならば当然のように存在している環境である。
だが地下空間では人間が生きていくための環境の一切合切を自給自足で賄わなければならない。
水も空気も食料も、限られた資源の中で。
このような環境を管理しつつ、限られた資源の中で、かつての地上での生活水準を地下空間で営むために産み出されたシステムが「企業」という存在であった。
環境と資源の管理を細分化し、それぞれの管理者に企業を設置し、管理する環境と資源の売買の権利を認めたこのシステム。
地下都市の市民はいずれかの企業に属し、企業は管理する環境・資源を他企業に売り、得た利益で自企業に属する社員の生活に必要な環境・資源を他企業から購入するのだ。
当然、企業は財産である環境・資源の管理に力を注ぎ、より利益を得るために効率や機能・性能の向上が常に図られるのである。
結果、地下空間内には都市が発達し、三千万もの人間の生活が可能となったのだ。
だが、一般市民にとって生きるも死ぬも属する企業次第であった。
企業の力次第で生活水準が大きく変わってしまうことがあった。
必然的に弱い企業は強い企業に吸収もしくは強い企業の子会社としての立場を余儀なくされ、やがて多くの企業の頂点に君臨する巨大企業と呼ばれるものが誕生した。
東西南北の四つの都市はそれぞれに巨大企業が君臨した。
地下都市はすべてが人の手で作られ、管理された世界である。ならばそこに君臨する企業が、強大な権力をもって市民を支配し、管理するのはある意味当然の帰結であった。
巨大企業はかつての国家と同じく強大な権力を持ち、支配下にあるもの全てを強力に支配した。
それは財力や領地、施設と言った物質的なものに限らず、暦や時間といった概念的なモノ、果ては思想に至るまで管理しようとした。
かつて人類がユートピアを目指し作り上げた地下都市は、人類最後の砦となった。しかしそこで成立したのは、かつて地上の人々が危惧していたディストピアそのままの世界であった……