アーマードコア~空のない世界で~   作:PlusⅨ

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第3話 突入

 自分の街を出て、再びトンネルに入る。

 

 今度はトレーラーごと移動だった。目指す東部マイシャン街第四層は、東部地下都市内でも指折りのプラント集合地帯だ。

 

 ちなみに、此処のプラントの三割近くが、ムラクモの管理下にある。

 

 私は運転しながら個人端末をマネージャーに繋いだ。

 

 数回の呼び出し音の後、映像端末に見慣れた女性の顔が映し出された。

 

『ムラクモとの確認は済んだかしら? アリス』

 

 開口一番、マネージャーのルーユエはにこやかな笑みをたたえながら切り出した。

 

 きっと彼女を見つめる私の顔は、不機嫌な仏頂面だろう。あの男のせいだ。

 

「今、現場に向かっているわ。十五分で到着する。現場の状況は?」

 

『今は目立った動きは無いけれど、一触即発といったところね。仲裁役にキサラギ社のMT(マウントトレーラー)部隊が出動しているから、現場では彼らのサポートにまわって』

 

 プラント労働者による暴動などさして珍しくない。下請け会社が本社に向けて待遇改善を訴える労働争議の発展のようなモノだ。

 

 普通はスト、サボタージュ、デモと組合せ、プラントの老朽化した備品の幾つかをおざなりに、しかし目立つようにデモンストレーションとして破壊してみせるだけで終わる。プラントの設備は彼らにとっても命綱なのだ。

 

 もっとも、それだけなら私の出る幕もないのだが。

 

「仲裁にMT部隊を投入しているの? 本格的な鎮圧行動もありえるという事ね」

 

 私の言葉に、ルーユエは頷いた。

 

『いつもなら威嚇行動で終わるところだけど、今回ばかりはそうも行かないわね。争議の対象地区である第四層だけでなく、周辺プラントも同調の兆しを見せているわ。東部時間18:30に本社との協定期間が切れるけど、プラント側もムラクモ側も譲る気はないみたい。最終退去勧告が無視されれば突入もやむなし、といったところね』

 

「実力制圧を行った場合の追加手当は?」

 

『安心して、ちゃんと契約書に記載してあるわ。それより、ACの装備は大丈夫? 弾切れでブレード一本なんて洒落にならないわよ』

 

「いつもの軽量二足人型。20ミリ機関砲500発に追加弾倉2ケース。作業用MT相手ならお釣りが来るわよ。じゃ、後は現場で会いましょう」

 

 端末が切れた。

 

 私の運転するトレーラーは張り巡らされた下層ハイウェイを抜け、スモッグの密度の濃いプラント集合地域に辿り着いた。

 

 スモッグが無ければ、一辺が数百mはある巨大立方体の建築物が、それぞれ触手のように伸ばした道路や高架、足場や太い骨組みで互いに支え合いながら、三次元空間に密集している様子が見えるだろう。

 

 巨大建造物によるシナプス空間。

 

 だが、プラント自体から絶え間なく吐き出されるスモッグは決して晴れることなく、時折、雲の割れ目からプラントの一部が見て取れるだけだった。

 

 プラントとプラントを繋ぐ、主要道路の橋が一つ、通行止めになっていた。

 

 キサラギ社の警備用多脚MT、巨大な蜘蛛のような形をしたマシンが二機、通行規制をかけている。

 

 その向こうに、キサラギ警備会社の部隊が展開しているのだろう。スモッグの彼方にMTの発するライトが幾つか見えた。

 

 私は端末に呼びかけた。

 

「こちらコードレッド。レイヴンよ。通行の許可を申請する。ムラクモから話は聞いているわね」

 

 MT部隊から返信が来た。

 

『了解、コードレッドを確認した。通行を許可する。こちらキサラギ社所属ガード第五機動小隊、隊長のナカガワだ』

 

 目の前のMTが道を空け、私のトレーラーを招き入れた。

 

 それにしても珍しい男も居たものである。レイヴン相手に自分の所属を名乗るなんて。

 

 自己紹介のつもりだろうが、レイヴンに社交辞令などという習慣は存在しない。

 

 警備部隊が展開している近くでトレーラーを止めた。MTのセンサーがこちらを見つめている。

 

 そんな中、見覚えのある車が、トレーラーの側に走り寄ってきた。

 

 黄色のミニ。レトロな外見の小型車だ。私がトレーラーを降りると同時に、ミニの運転手も姿を現した。

 

「ハロー、アリス。思ってたより、雲が濃いのね。ここは」

 

 愛車から降り立ち、ルーユエはそう言った。

 

「ここより下層は、もっと濃いわ。いやなら無理してくることもないのに」

 

「そうもいかないわよ。現場でのサポートも、マネージャーの責務なんだから」

 

 レイヴンのマネージャーの仕事は多岐に渡る。仕事の斡旋に企業との仲裁、時には今回のように任務のサポートを行う。

 

 だが、任務サポートに関しては、遠方から中継を介してモニタリングするだけで充分役目を果たせる場合が多い。現に大半のレイヴンは自分のマネージャーと直に顔を合わせる事など滅多にない。

 

「変わり者なんだから」

 

 私がそう言うと、ルーユエは

 

「現場が好きなのよ」

 

 そう言って、私のトレーラーに乗り込んだ。

 

「そろそろ時間よ。ACを起こしましょ」

 

 ルーユエに促されて、私は後部コンテナの脇にある操作盤に手を触れた。操作盤のセンサーが私の手の平から情報を読みとり、ロックを解除する。

 

 コンテナが左右に分かれ、内部から横たわった紅色の巨人が姿を現した。

 

 私の愛機、ルシフィル。全長7m、華奢な手足を持った細見の人型ACだ。

 

「ハロー、ルシフィル」

 

 ルーユエがトレーラーの運転席から身を乗り出し、背後のACに向かって手を振る。ACの鋭角的な頭部が傾き、一つ目のセンサーが輝いた。

 

 驚いたのは当のルーユエだ。

 

「あら、返事した?」

 

 そんな馬鹿なことはない。私がルシフィルの中枢システムにアクセスして、遠隔操作したのだ。

 

 ACは既に起動していた。私は操作盤から手を放し、タラップを駆け上がった。

 

 ACのコア:胴体にあたる部分の装甲が開き、狭苦しい操縦席が露わになる。

 

 そこに潜り込み、ハッチを閉じた。あたりは暗闇に包まれる。だが、それにももう慣れた。シートに背を預けると、ジェネレーターの鼓動を感じた。

 

 声が告げた。

 

――システム起動、パイロット確認、通常モードへ移行します。

 

 音として聞こえたわけではない。ACのコンピュータから、私の脳内へネットを通して<聞こえた>のだ。

 

 暗闇の中、徐々に外界の様子が見えてくる。

 

 レイヴンの資格を得る前は、ヘッドギアを装着せねばならなかったが、いまでは必要ない。レイヴン特権を使用すれば、ネットによってACの中枢システムと直接リンクすることが出来るのだ。

 

 両脇の操縦桿を握る。基本動作はこれを操作し行う。

 

 ルシフィルの身を起こしトレーラーから立ち上がる。

 

 通信が入った。

 

『レイヴン、争議の状況を知る必要はないか?』

 

 ナカガワとかいうMT部隊の隊長からだった。

 

「別に必要ないわ。暴動は、ただそれを鎮圧する。知るべきは、そのための情報よ」

 

『事情など知る必要なし、立ち塞がるものは全て撃つ、か。なるほど、レイヴンとは噂通りのものなんだな』

 

 ルシフィルの右腕を動かし、コンテナ内の武器庫からAC用のマシンガンを取り出す。両肩の弾倉庫から弾倉を一本引き抜き、マシンガンに装填した。

 

 警備隊の近くへ移動すると、そこには装甲車が一台と、二台の人型MTが佇んでいた。

 

 ナカガワは続けた。

 

『俺達も同じだよ。この街の治安を維持する、それが請け負った仕事だ。どんな相手であれ、暴動が起きたら鎮圧するだけだ』

 

 装甲車を見ると、開いたハッチから一人の男が身を乗り出していた。その男の口が動く。

 

『だけど、今回みたいな事はめったにないんだ。大企業と本格的に武力衝突を起こせば、自分たちのプラントだってただじゃすまない。それだけのリスクを犯す意味が、アイツらにはあるのか?』

 

 変な男だ、私と世間話でもしようと言うのか。

 

「知らないわよ」

 

 そう答えると、ルーユエが割り込んできた。

 

『ナカガワさんと仰いましたね。アナタは何故、そのようなことを私たちに聞くのですか?』

 

『俺はこの街を守りたいと思っている。そして、あの連中も守ってやりたい。それがガードの使命だ。だからこそ、連中とドンパチやり合うことは極力避けたい。アンタ達レイヴンが関われば死人が出ることは間違い無いからな』

 

 私は答えた。

 

「殲滅せよ、との依頼ではないわ。抵抗しなければ撃ちはしない。それとも、あなた達ガードに任せれば一人の犠牲者も出すことなく、この暴動を納めてみせるとでも?」

 

『まさか、そんな力が無いことは俺が一番良く知っている。俺が言いたいのは、何が連中をそこまで追い込んだのかと言うことだ。ただの一般人だぞ。余程のことがなければ命を張るまい』

 

「アナタは部隊の隊長でしょう? 部下の目の前で、よく敵に同情できるわね」

 

 私は周囲に展開しているMT部隊を見やった。この会話は彼らにも聞こえているだろう。

 

『気にすることもないさ』

 

 装甲車の傍らでナカガワが首を振っていた。

 

『俺の部下達は優秀だからな。余計なことに気を取られる事も無く、無駄口一つ叩きゃしない』

 

 MTの無機質な赤いセンサーが、私を見つめている。

 

『俺の話し相手にもなってくれない。だからこうしてアンタ等に話しかけているんだ』

 

 それで、ようやく判った。無人機によって構成された警備部隊だ。人間はナカガワただ一人。

 

 任務に対するプレッシャーを分かち合う仲間が欲しかったのだろう。孤独が彼を饒舌にしていた。

 

「寂しい男ね、アナタ」

 

『突き放した言い方をしてくれるな。だが仕方ないか。同じ任務とは言え、互いの立場が違いすぎる。結局、俺も企業に遣われる身だ。今回の暴動が企業に追い込まれた故のことなら、俺だって何時同じ状況になるかもしらん』

 

 ナカガワは私―ルシフェル―に向かって、自嘲気味に笑って見せた。

 

『レイヴンに会ったら、一度訊いてみたいことがあったんだ。良いか?』

 

「そうね、聞くだけ聞くわ。返答はこちらの勝手よ」

 

『聞くも勝手なら喋るも勝手。別に構わんさ』

 

 この男は何処か面白い。私は声を出さずに笑った。ルシフェルのセンサーも輝いただろうか。

 

『レイヴンであるとは、企業に属さないとは、どんな気分だ?』

 

「………」

 

 少し考え、答えた。

 

「アナタの思うほど、気楽なものではないわよ。今この瞬間は、お互い同じ立場じゃないかしら」

 

『企業の保護を外れて生きることに、不安はないのか?』

 

「自分の身一つ守れなければ、レイヴン失格よ。……レイヴンにでもなる気?」

 

『そうだな、それを考えたこともあったが、やはり止めにしよう。アンタと話してそう思った』

 

「どういう意味?」

 

 まるで自分が二流のレイヴンと言われたような気がした。

 

 私の口調で気付いたのか、ナカガワは苦笑して言った。

 

『別にアンタを見てレイヴンに幻滅した訳じゃないさ。ただ、アンタは俺を寂しい男と言っただろ? その通りだなと思ったんだ。自分の部下が無人機に取って代わって、たった一人きりで現場に出て、それが分かった。レイヴンになって一人で生きていける程、俺は強くはない』

 

「そうね、賢明な判断かもしれないわ」

 

 私はそう言って、ルーユエがこの会話をどう聞いているのかが、ふと気になった。

 

 彼女はマネージャーだが、友人でもあると思っている。少なくとも自分が孤独であるとは考えたこともなかった。

 

 そう思ったときルーユエから通信が入ったので、内心ドキリとした。

 

『お話中に悪いけど、アリス。時間よ、協定期間が過ぎたわ』

 

 ナカガワの所にも同様の通信が入ったのだろう、彼も装甲車の中に姿を消した。

 

『プラント側に退く構えは無し。たった今、ムラクモから武力行使やむなしの通達が来たわ。プラントの実力制圧よ』

 

「了解。作戦区域の状況と戦力情報を」

 

 そう言うと、すぐに情報が送られてきた。

 

 プラントは完全に占拠されているようだった。他の区域につながる扉や通路は全て閉鎖されている。制御システムもネットワークから遮断され、占拠者の管轄下にあるようだ。

 

 事前の情報に寄れば、制圧の障害になりかねないMTは六機。いずれも銃器による武装はしていないはずだが、プラント内での作業用にレーザー式溶接装置を搭載しているタイプだ。接近戦では充分に武器となる。

 

「要所にバリケードが築かれている可能性があるわね」

 

『たぶんね。排除の際はプラントへの被害に気をつけて』

 

「制御システムの掌握には何分かかりそう?」

 

『一分もあれば出来るわよ』

 

「それじゃシステムを制圧次第、突入を開始する。ガードも聞こえているわね?」

 

 仕事上、共同戦線を張る相手だ。通信はガードと繋げてある。

 

『判った。だが、少し待ってくれ。これから一般回線と拡声器による最終警告を行う』

 

 そんなことは、もう企業側が散々言った筈だ。今更聞き入れはしないだろうに。

 

私がそう言うと、

 

『建前だとは判っちゃいるが、ガードとして武力行使する際の最低限守るべきルールだ』

 

「金で戦う傭兵とは違う、と言いたいのね」

 

『ガードは社会正義の番人だ、おいそれと武器は振り回せないさ』

 

「社会正義の番人とは笑わせるわね。所詮、企業の番犬じゃない」

 

 言い返して、自分が随分と感情的になっていることに気付いた。

 

 企業に属していないだけでレイヴンも同じだ。企業から金をもらい、仕事を引き受ける。彼らガードが番犬なら、私達レイヴンは何だと言うのだ。

 

『番犬でも飼い犬でも、何とでも言うがいいさ。犬であることを自覚しなければ、こうやって任務を遂行することも出来ない人間だからな』

 

 ナカガワはそう言うと、装甲車の拡声器を通して最後の呼びかけを開始した。

 

 返答は聞くまでもなかった。ルーユエからの通信。

 

『こちらのシステムに侵入者。プラントからね』

 

 声はひどく冷静だった。

 

『好都合よ。逆に仕事がやりやすくなったわ………三十秒後に正面の隔壁が開くから、そこから突入。内部状況を把握次第、そっちに情報をまわすわ』

 

「了解」

 

 きっちり三十秒後に目前のプラントの壁の一部が開き始めた。同時に脳裏に拡がっていたプラント内部の地図に新たな情報が書き込まれていく。

 

 突入開始。

 

 ルシフィルのジェネレーターが唸りを上げ、痩身の赤い機体はそのしなやかな両脚で路面を蹴った。

 

 プラント内部の通路を進む。目指すは最深部の中央制御室だ。

 

 ルーユエのハッキングによってシステムを制圧し、加えて私のACによる物理的占拠により、プラントを完全に制圧する。

 

 今のところ抵抗は無い。人影も見えなかった。やがて前方に作業用エレベーターが見えてきた。

 

「エレベーターに到達、ここから下りるわ。セキュリティは?」

 

『こちらが掌握したわ、安心して。もう少しでこっちは制圧完了よ』

 

 エレベーターが下降を始める。一瞬、私の身体を浮遊感が包み込む。

 

 番犬、飼い犬。先程の言葉が頭をよぎった。

 

(うるさい)

 

 今は考えないでおこう。余計なことを考える時間は後でいくらでも在る。

 

 ルーユエからの通信。

 

『システム制圧完了、隔壁を全て解放するよ』

 

 エレベーターが止まった。

 

 一本の通路が延び、その先に隔壁が閉まっている。その向こうはまた狭い一本道の通路だ。ルーユエが掌握した情報によると、ここにも敵は居ない。

 

 低音を響かせながら、隔壁がゆっくりと開放されていく。

 

 その先で、無機質に赤く光るセンサーがこちらを見つめていた。

 

 そこにいたのは、ひょろ長い二本の足の上に戦車の砲塔がそのまま乗っかった外見の無人移動砲台、シュトルヒ。

 

 その姿を認めた瞬間、私は反射的にルシフィルを全力で突進させていた。

 

 シュトルヒが発砲。目前に眩いばかりのマズルフラッシュが拡がり、私の身体を激しい衝撃が襲う。左右に避けるスペースも無い一本道だ。放たれた数十発の弾丸がルシフィルの装甲を穿っていく。

 

 私はルシフィルの左腕を前方に繰り出し、全体重をかけて押しつぶすくらいの勢いで、目の前のそれに体当たりをかけた。

 

 確かな手応えを感じた。

 

 左腕に装備されたプラズマブレードの炎の刀身が、シュトルヒのど真ん中を貫いていた。

 

 左腕を引き抜くと、シュトルヒは一歩、二歩と後ずさり、黒煙を吹き上げながら崩れるように倒れ伏した。

 

「……ルーユエ、聞こえる?」

 

『聞こえているよっ、アリス!?』

 

 泡を食ったような声だった。

 

「マップに反応は?」

 

『無いよっ。マップには障害物の反応だって無いのに……アリスは無事なの? 何があったの?』

 

「実弾武装したシュトルヒよ。撃破したわ。ルシフィルの損害は…装甲38%減、駆動系には異常なし。自己診断プログラムチェック。作戦続行可能」

 

 ルーユエとは対照的に、私自身の声は自分でも驚くくらいに冷静だった。

 

『ハッキングされた? 私たちが?』

 

「恐らく、そうね」

 

 ルーユエの呟きに、私は同意する。

 

 私の脳裏に浮かぶマップには、ルーユエがハッキングして手に入れたプラント内の情報のほかに、ルシフィル自身が装備する各種センサーの情報も加えられている。

 

 プラント側に敵の情報が無くとも、ルシフィル自身で索敵すれば問題ないはずだったのだが、目の前のシュトルヒは撃破するその瞬間まで視覚以外のセンサーには引っかからなかった。

 

「ACそのものにも侵入されたわ。今のところセンサー関係だけみたいだけど」

 

『と、言うことは相手側にもレイヴンがついているってこと?』

 

 レイヴン相手にここまで見事にハッキングできる相手など、同業者ぐらいだ。

 

「システムを制圧したと見せかけて、ダミー掴まされたわね」

 

 私は破壊したシュトルヒの向こう側を眺めた。

 

 一本道の先にあったのは、闇の広がる巨大な工場内のような空間。

 

 鋼鉄の柱が均等に立ち並び、無機質な天井が頭上に広がっている。高さはおよそ30mといったところか。似たような景色が奥まで続いている。

 

 明かりは少なく、とても暗い。

 

 既視感(デジャヴュ)。

 

「チッ……」

 

 私は小さく舌打ちした。

 

『アリス?』

 

「気分悪いわ」

 

『えっ?』

 

 私の受け答えに、ルーユエが不安そうな声を返した。

 

『そんなに“奥”まで侵入されたの?』

 

「ちがうわよ。景色のこと……相変わらず好きになれない」

 

『あぁ、そういうこと』

 

 ルーユエの納得した声。彼女には話してある。私がレイヴン試験で死にかけたことを。

 

 しかしルーユエは続ける。

 

『でもいっそ“奥”まで侵入してくれたほうが良かったかもね。そうすればコッチの防御プログラムで返り討ちにできたのに』

 

「悪い冗談はよして。踏み込まれるのは私の脳なのよ。そしらぬ顔して迎え入れるほど、私の懐はそんなに広くないの」

 

 この二、三の会話の間に自己診断プログラムが調査を終了した。どうやらハッキングされていたのは確かにセンサー類だけのようだ。

 

「相手にもレイヴンがいるって判った以上、躊躇してもいられないわね。少し荒っぽく行くわ。いいわね、ルーユエ?」

 

『やっぱり、レイヴンがいると判っても続けるんだ?』

 

「ここで退いたら完全に信用失うわよ。こういうところが、駆け出しの辛いとこね。相手のACが重武装じゃないことを祈っていて」

 

『オッケー、アリス。お祈りと一緒にハッキングガードもガッチリ固めておくから、ガンガン突っ込んじゃって』

 

 プラント内の情報はもはや役に立たないと判った以上、ここからはACの視覚のみを頼りにするしかない。そうなると、プラント内への被害を抑えながら戦うといった悠長な真似はしていられなかった。

 

 暗闇の中を走りぬけ、次の区画への扉まで辿りつく。

 

 ルーユエのハッキングにより、既に扉は開いており、脳裏のマップに敵情報はない。

 

 ルシフィルを扉の脇に身を潜めさせ、マシンガンだけを扉の向こうの暗闇に差し向け、狙いもつけずに二、三発を撃ち込んだ。

 

 泡を食ったように、暗闇の向こうから銃撃が返ってきた。

 

 曳光弾の帯が私の脇をすり抜けていく。銃撃から察するにあいては二機、この入り口で射線が交差するよう、区画の両脇に分かれ布陣している。事前情報では銃器で武装はしていないはずだったが……まあ、シュトルヒが居た時点でそんなものはもうアテにならない訳だけど。

 

 それはともかく、

 

「素人ね」

 

 戦術は悪くないが、こちらの挑発に乗ってあっさり自分の位置をばらしてしまっては意味がない。

 

 銃撃がやんだ一瞬の隙を突いて区画に飛び込んだ。入り口を抜け、すぐにバーニア全開で左斜めに跳ぶ。

 

 予想通り、区画の左隅にMTがいた。

 

 作業用MTに重火器を無理やり取り付けたタイプだ。操縦席の窓ガラスの向こうに、凍りついた表情の運転手がハッキリと見て取れた。

 

 私は引き金を押し込む。右側に向かって。

 

 MTの反対側、区画の右隅にも同じようにMTが布陣しており、飛び込んできた私に対し銃口を向けていたが、私が乱射したマシンガンの銃弾に慌てて銃口を逸らして逃げ始めた。

 

 私は右のMTをマシンガンで牽制しつつ、最初の勢いのまま目の前のMTに突っ込み、体当たりをかけた。

 

 衝撃と共に横倒しになるMT。

 

 倒れた相手に向け、私はルシフィルの左腕を振り下ろした。プラズマブレードがMTに不恰好に取り付けられた重火器を破壊する。

 

 これで一機撃破。

 

 もう一機のMTは、こちらに背を向けて逃げようとしていた。

 

 ドタドタと動く二本の脚部めがけ、マシンガンを一斉射する。足元で派手に火花が上がり、MTは前のめりに無様に倒れ伏した。

 

 私は外部音声装置に切り替えた。

 

「抵抗をやめてMTから降車しなさい。さもないと丸ごと粉々にするわよ」

 

 前のめりに倒れたMTの背面にあるハッチが開き、運転手が這いずり出てきた。

 

「MTから離れなさい」

 

 その言葉に運転手が慌ててMTから遠ざかる。

 

 十分に離れたことを確認して、私はマシンガンの引き金を引いた。銃弾が開けっ放しのハッチから内部に飛び込み、操縦席をスクラップに変える。

 

 黒煙を上げるMTを前に、運転手は腰を抜かしていた。

 

 私はもう一機のMTにも、

 

「アナタもよ、早く降りなさい」

 

 そう言って振り返ろうとしたが、

 

「!?っ」

 

 MTが立ち上がり、機械剥き出しの腕を振り上げていた。

 

 その先端から溶接用レーザーが眩い光を放っている。

 

 私の身体が――ルシフィルが――私が考えるよりも早く行動を移していた。

 

 マシンガンが火を噴き、銃声と共に操縦席を至近距離から粉々に撃ち砕いた。

 

 MTが制御を失い、ガックリと膝をついて機能を停止した。至近距離から数十発の弾丸を浴び、運転手は原形も留めていなかった。

 

 だが、私の脳裏にはハッキリと残っていた。撃たれる寸前の、運転手の驚愕した表情が。

 

 あれは撃たれるから怯えたんじゃない。MTが勝手に動き出したことに、驚いていたのだ。

 

 その証拠に、彼は操縦桿を握っていなかった。

 

(外部からの強制介入……)

 

 MTの制御プログラムにハッキングした者がいる。考えるまでも無い、そんな奴はレイヴンしかいない。

 

『アリス?』

 

「ルーユエ、MT二機と戦闘、これを制圧。戦闘不能一、破壊一………ひとり殺したわ」

 

『了解。例のレイヴンが相変わらずハッキングを仕掛けているわ。防壁はまだ大丈夫だけど、なるべく急いでね』

 

 ルーユエは私のハッキングガードで手一杯のようだ。とても相手のMTにまで気がまわらないだろう。

 

 私は込み上げてくる吐き気を必死に飲み下し、何とか冷静を保ちつつ、言った。

 

「突入を続行するわ」

 

『気をつけてね』

 

 私とルシフィルは再び走り出した。

 

 プラントの最深部を目指して。

 

 

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