私の目の前でMTが崩れ落ちる。一気に近づき、ブレードを振るって脚部と腕部を粉砕した。
これで六機めだ。
事前情報が正しければ、障害となるMTはもう存在しない。もっとも、事前情報の信用など既に地に墜ちている訳だが。
『ずいぶんと念入りに手間をかけるわね?』
「ハッキング喰らって不意打ちなんて二度とゴメンよ」
『……ねぇ、なんか怒ってない?』
「怒ってないわよ」
『……ひょっとして、一人殺しちゃったことを気にしてる?』
「怒ってないってば!」
『……そういえば、初めてだったよね』
「うるさい……」
『……さっきは聞き流しちゃって、ゴメンね』
「………」
崩れ落ちたMTから、運転手が這い出し、慌てて逃げ出していった。私はそれを無視して次の区画へと進む。
目指している中央制御室まで、もうすぐのはずだった。
やがて、目前に硬く閉ざされた扉が現れた。
マップによれば、この扉の奥を更に進んだ先に中央制御室があるはずだった。
「ルーユエ?」
『ハッキング不可能よ。……開閉機構そのものが物理的に破壊されてるみたいだから』
「そのようね。だとしたら……」
私はもう一度マップを確認してみた。
この扉の向こうは400メートルほど直線の通路が延びており、その突き当りに制御室がある。他に道は無い。
「……確実に、居るわ」
400メートルの直線の通路。
身を隠せる場所は200メートル先に設置された壁の窪みのみ。恐らく駐車スペースだろう。ちょうどMT一台分が身を隠せるスペースがある。
これは厄介な地形だ。ACでもMTでもどちらでも良い。なんなら、この通路の奥に重火器を一つでも装備した装甲車両を一台でも配しておくだけで、ここの守りは鉄壁となる。
『護るに易し、攻め難し。典型的で、しかも一番イヤなパターンよね。MTですら厄介なのに、ACが布陣していた場合、無傷で突破するのは不可能よ。……どうしようっか?』
「そうね。まずは定石通り、プランAから行くわ」
私の言葉に、ルーユエが情報を回す。
脳内マップに、キサラギ社のMT部隊の情報が描き込まれた。プラント各所は既に確保したようだ。あのナカガワと言う男、なかなか手際がいい。
「行くわ」
ルーユエにそう告げ、私は閉鎖された扉にマシンガンを向けた。
20ミリ弾の嵐が、開閉機構を吹き飛ばす。
歪んだ扉を、ルシフィルの脚部で力いっぱい蹴り付けた。
扉が音を立てて倒れ、暗い通路が露わになる。その途端、奥から轟音と共に眩いばかりの光の渦が放たれてきた。
「よりによって、プラズマ砲とはね」
超高熱のガスを高圧高速で撃ち出す対AC用兵器だ。扉を蹴り放つと同時に、区画の脇に隠れた私の真横をプラズマの衝撃が突き抜けていった。
ルーユエが呆れたように呟く。
『プラントに損害大。……壁に大穴が開いたわよ。細かいことは気にしないタイプなのかしらね』
「だとしたら、拙い相手よ」
脳裏に、ルシフィルのカメラが一瞬前に捉えた映像を再生させた。それは通路の奥の景色。
予想通り、そこにACが居た。
ルシフィルのような二足歩行ではない、無限軌道を備えたタンク型の脚部。その上に堅牢な装甲を纏ったコアが砲搭のように搭載されている。
両側の腕部には、汎用マニピュレータではなく上下二連式の機関砲が装備されていた。左右あわせて四連装だ。
そしてコアの肩部には大口径プラズマ砲。
機動力を犠牲にする代わりに、タンク型脚部の利点でもある膨大な積載量を最大限に活かして、前面に火力と防御力を集中したACだ。初めから拠点防御を目的としてセッティングしていたのだろう。
私は外部音声に切り替え、言った。
「………そこのレイヴン、プラント内の抵抗勢力はすべて排除した。勝負はもう付いたわよ」
プランA。すなわち降伏勧告だ。状況が有利に働いているなら、無理押しすることも無い。
だが、プラント内で容赦なく重火器をぶっ放してきた相手だ。果たして、話の通じる相手か、どうか。
『生憎だが、まだ勝負は付いてないよ』
相手からの応答は、悪い意味で予想どおりだった。
「往生際が悪いわよ。このプラントは既に制圧済み。そちらのプラント防衛という依頼は失敗しているのよ。現状を把握したらどう?」
『ははは』
通路に笑い声が響き渡った。
『どうやら、君は交渉が苦手なようだ。相手を懐柔しようと思うなら、言葉と時期をもっと慎重に選んだ方が良いよ』
「何をっ!?」
相手のそのぬけぬけとした、余裕たっぷりな言い草に私は思わず声を荒げていた。
『忠告その一。交渉するなら、まずは自分を相手に対し、絶対的に有利な状況に置くことだよ』
『そんな事は、あなたに言われるまでも無いことです』
割り込んできたのはルーユエだった。
『……ふむ。わざわざプラント内の情報を回してくれて感謝するよ。確かに、僕の味方はもういないようだね』
「自分の状況が判った?」
『完全制圧とはソフトとハードの両面にわたって行われて初めて成り立つものだよ。中央制御室は僕の背後にある。そして、僕のACはまだ無傷。この現状ではとても君の有利とは言えないね。せいぜいがイーブン。いや、まだ僕の方が有利だよ』
有利と言うのか、この状況で。
……実はその通りだと、自分でも判っていたのだが。
「確かに、認めるわ。この通路に陣取っている、その重量級ACを無傷で突破することは不可能に近い。まさに鉄壁の防御よ。……でもね、私は無理にその防御ラインを超える必要は無い。このまま持久戦に持ち込んでもいいのよ」
そう、どんなに強固な防御をしこうとも、選択権は常に攻撃側にあるのだ。それが特定の状況下においてのみ全力を発揮できるような局地戦に特化した相手であらば尚更だ。
「そこから動きたくなければ、動かなくてもいいのよ。何日でも居ると良いわ」
『うーむ、それは遠慮するよ。居心地の良い操縦席など在った試しは無いからね。いつまでも棺桶にいる気なんか無いさ』
随分と軽い口調だ。へらへらと笑っている様子すら目に浮かぶ。
「だったらどうする気? その鈍重な機体で脱出を試みるならやってみると良いわ。その装甲なら命ぐらいは助かるかもしれないわね。確実に無事じゃすまないでしょうけど。依頼は失敗して、もう報酬も出ない。残るのは巨額のAC修理費だけよ。せっかく繋ぎとめた人生をローン返済に費やしたいわけ?」
『何だか生々しいね。もしかして君の実体験かな』
私は片腕だけを扉の脇から突き出して、狙いも定めずにマシンガンを通路に向けてぶっ放した。
弾倉が空になるまで引き金を引き続ける。命中したかどうかなぞ知ったことか。奴が黙ればそれで良い。
だが、奴は黙らずに言葉を続けてきた。
『忠告その二。感情的な行動は慎むこと。相手の挑発に乗ったらお終いだ』
いっそ、プラントごと破壊してやろうか。思わず、そう叫びそうになった。
『そして忠告その三。相手の目的を決め付けないこと。僕はまだ自分の依頼が失敗したとは思っていないし、そして君は恐らく、僕の依頼内容も依頼主も間違って理解している』
「…?」
それは一体、どういう意味なのだろうか。一瞬、考えあぐねている内に奴が言葉を続けた。
『君は恐らくこう思っているのだろう。このレイヴンはプラント労働者からプラント防衛の依頼を受けている、と』
「違うというの?」
『まったく違う。依頼主も、請け負った依頼もね』
「………」
私の中で、一つだけ疑問が氷解した。
奴の依頼主が労働者でないのならば、MTに強制介入して私を襲ったことも納得できる。奴にとってプラント労働者は報酬にかかわりの無い、ただの利用対象でしかないわけだ。
『ついでにもう一つ言っておくと、この状況下において選択権は僕の方にこそ在る。攻撃側は僕の方だよ。君ではなくてね』
またもや不可解な言葉だった。
「何を戯言を――」
そう言いかけた瞬間だった。
辺りに悲鳴のような警報音が鳴り響き渡り、私の脳内マップ一面に危険信号が表示された。
「ルーユエ!?」
『アリス!? プラント内全域に緊急避難警告が発令されたわ。各区画がそれぞれ強制パージされるって――』
何処からとも無く、地響きのような振動が伝わってきて、同時に脳内マップからプラントの区画の一部が消失した。
強制パージ。
その区画を支えていた構造物が爆破され、このプラント集合地帯のシナプス空間から落脱したのだ。そこに配置されていたガードのMTごと。
『中央制御室からプラント内全域に、災害情報を流させてもらった。勿論、偽情報だよ。もっとも、ハザードレベルAだけどね。人員の避難の有無に関わらず、十分後には全てのプラントが強制パージされて奈落の底へと落ちていく』
「正気なのっ!?」
『それは僕の依頼主に言ってくれないかな。そういう依頼なんだ。……で、この後だが、僕は君にあえて三つの選択肢を提示しようと思う。一つ目は、君はこれから尻尾を巻いてプラント内から撤退すること』
「それは却下よ。依頼放棄は出来ない」
『ふむん、それでは僕の脱出が難しいものとなるな。……二つ目だ。そこに居座り続けて、プラントごと奈落の底に落ちていくか』
「私が却下するまでも無いわ。あんた自身がそれを望む訳が無い」
『ははは、脱出は難しいと言っているんだよ。不可能と言ってはいない。命の保障は当然として、報酬にも最低限黒字が出るだけの保険はかけているさ。もっとも、苦労に見合わない額だけどね。だから、これはあくまで最後の手段だ』
警報は鳴り続けている。マップ上では、ナカガワがMT部隊を率いて既に撤退を始めていた。
『最後の選択肢だ。だが、これは一番お勧めしないよ』
完全に奴のペースに巻き込まれていた。
「その選択肢は、聞くまでもないっ!」
『アリス』
ルーユエからサインが送られてきた。
プランB発動。
障害となるACを実力で排除。十分以内に中央制御室を制圧し、強制パージを阻止する。
「一分よ、持ち堪えてくれる?」
『了解。アリス、準備完了』
「こちらも完了。……突撃!」
私の言葉と同時に、ルシフィルがマシンガンを構えて通路に飛び込んだ。
『君たち、“バンザイアタック”って言葉を知っているかな』
通路の奥に陣取るACの、コア両脇の四連装機関砲が轟然と火を吹いた。たちまちの内に通路内が大量の弾丸に埋め尽くされる。
その中を私はひた走りに走った。
ルシフィルの全身に盛大に火花が散った。激しい衝撃にルシフィルの体勢が崩れそうになる。
それでもルシフィルは脚部のバーニアをフルに吹かし、何とか200メートル先にある壁の窪みに身を滑り込ませることに成功した。
『選択肢を間違えているよ。次はどうする気だい。攻めるにも退くにも、その装甲じゃもう耐えられないだろう?』
確かに、ルシフィルの装甲は既にボロボロに見えた。だが、まだ駆動系は無事のようだ。
ルシフィルは両肩の弾倉庫の片方を取り外した。
『忠告その四だ。勇気と無謀は履き違えるものじゃないよ。まあ、君をこのまま撃破してしまえば、僕は悠然とプラントを去ることが出来るから良いんだけどね』
「ベラベラと、よく喋る男ね。私の好みじゃないわ」
『それは残念。でもね、出来れば無用な戦いは避けたかったんだよ。だって、このACの弾代も洒落にならなくてね』
「よかったら、プレゼントするわよ」
ルシフィルは片手に持っていた弾倉庫を通路の奥に向かって放り投げた。
同時に通路へ半身を乗り出し、マシンガンを放つ。
弾丸が宙を舞う弾倉庫に命中し、けたたましく破裂した。激しい光と硝煙が通路を覆い尽くす。
私は再び通路上を駆け出した。
重ACがすかさず撃ち返してきた。通路内に銃弾が満ちる。
奴が視界を奪われた程度で目標を見失うことなど、まず無いだろう。判っていた。狭い通路だ。狙いが付けられずとも数を撃ちゃ当たる。
一瞬銃撃が止んだ。
重ACの四連装の砲身から激しく水蒸気が上がっていた。恐らくその激しすぎる連射速度に冷却が間に合わないのだろう。
『やれやれ、弾代だけでなく砲身交換も必要かも』
ルシフィルが窪みから横跳びに飛び出す。その手のマシンガンが火を吹いた。
20ミリ弾が重ACの装甲に命中して火花を上げる。だが、その装甲にダメージがあるようには見えない。
ルシフィルと奴とでは防御力も攻撃力も天と地ほどの差があるのだ。ルシフィルが勝っている点は、その機動力のみ。
重ACの肩でプラズマ砲が強烈な光を放った。
ルシフィルは咄嗟に身をよじる。
高温・高圧のプラズマガスが一丈の筋となってルシフィルを掠めた。マシンガンを持った右腕が溶解する。
高熱にマシンガンが暴発する寸前、ルシフィルは自ら右腕をコアから強制パージした。そしてそのまま、まったく躊躇うことなく突撃を続けた。
私も通路をひた走る。
残り100メートル。
ルシフィルが左腕のプラズマブレードを振り上げた。
重ACの四連装機関砲が再び息を吹き返す。
ルシフィルの左腕が吹き飛んだ。それでもルシフィルは前進する。
残り50メートル。
ルシフィルが重ACに体当たりをかけた。
その時、私はようやく中央制御室の扉の前に辿り着いていた。
「ゴメンね、ルシフィル」
目の前の扉の開閉機構を、手にした拳銃で破壊する。
そして私は、全体重をかけて重ACを通路の奥に押し付けているルシフィルの満身創痍の姿を横目で見ながら、中央制御室の内部へ飛び込んだ。
コンソールとモニターが並ぶ薄暗い部屋の中、一人の男のシルエットが浮かび上がっていた。
「まさかACを囮に、生身で通路を走っていたとはね。大した度胸だよ」
私は男に銃口を向け、引き金を引く。
銃弾はコンソールの一つに命中して火花を上げ、男は慌ててそのコンソールの影に身を伏せた。
私は更に二~三発を撃ちながら、コンソールに走り寄った。
その影に隠れているはずの男に向かって銃を突きつける。
「動けば撃つ――」
そこに、男の影は無かった。
「動けば、撃つよ」
声は、私の背後から聞こえてきた。
「僕の銃が君の後頭部を狙っている。忠告するよ。動かない方が良い」
「ほんと、忠告が好きね。あんた」
私の背を、汗が流れ落ちた。
いつの間に回りこまれた? まったく気配が読めなかった。
「銃を捨ててくれないかな」
私は言われた通り、拳銃を足元に置いた。
「うん、それで良い。そのまま、振り向くのも禁止だよ」
「それで、私をどうする気?」
「まだ時間はある。少し、話をしないか」
「は?」
私は思わず耳を疑った。
部屋のモニターの一つに、全区画強制パージ開始までの時間がカウントされているのが目に入った。
カウントは既に残り七分を切っていた。
「気は確かなの?」
「僕のことを正気じゃないと言ったのは君だよ。まぁ、でも安心してよ。自分自身は正気のつもりでいるし、勿論、長話をするつもりは無い」
「………」
「単刀直入に言うと、君に興味が湧いた。見たところ新人のようだけど、その大胆な行動力に敬意を表するよ」
「人の頭に拳銃突きつけておいて、敬意も何もあったもんじゃないわ」
「ははは、手厳しい。あのさ、一つ質問なんだけど。君が走っていたあいだ、無人のACを操作していたのは誰だい? 君じゃないよね。だって、ただ突撃するだけならともかく、放り投げた弾倉を空中で打ち落とすなんてマネ、自動操縦で出来る筈が無い」
「そんな質問に答える必要があるの?」
「撃つよ?」
怖いことをさらりと言う。
「……私のマネージャーよ。一時的に機体の所有権を渡したの」
「へぇ、所有権を!」
理解できない、と言う感じの声だ。
「いまどき大した信頼だね。僕にはとても無理だ。多分、大抵のレイヴンにも無理だと思うよ。僕自身に至っては遠隔だって怖くて出来ない。まったくすごいね。嫌味でも皮肉でも何でもなく、素直に感心するよ」
「あ、そう」
男の言葉を聞き流しながら、私の目はモニターのカウントダウンに釘付けとなっていた。
どうにかして、こいつの銃口から逃れないと。
ルシフィルに搭乗していない今、私はルーユエとの通信もままならない状態だ。しかし例えルーユエに援護を要請することができても、正直、ルーユエもあの重ACを押さえつけるので精一杯だろう。
「質問にはもう答えたわよ。話はもう終わり?」
「いやいや、さっきのは只のついでだよ。訊きたいのはもっと別のこと。……君はさ、なぜレイヴンになったの」
「えっ?」
意外な質問だった。まさか同業者から尋ねられるとは。
「……そういうアンタは、どうなのよ」
「質問に質問で答えるのは反則だよ。まぁ話しても良いけど、けっこう長くなるよ。なにせ涙あり、笑いあり、複雑に絡み合った因縁と宿命の果てに選ばざるを得なかった非業の生き様だからね。さて、それじゃ何処から話そうか。そう、あれはまだ僕が少年だった時代のこと―――」
アホらしい。
「自由に生きたい。それだけよ」
「それだけ。それだけで、あのレイヴン選定試験を潜り抜けたんだ?」
男の声に、冷笑にも似た響きが含まれていた。
「高額の代償を支払い、その命まで危機にさらして。それで、君は自由になれたかい?」
「だったら……苦労は無いわね」
大量にあるモニターの、その一つが目に入った。
区画が…ある?
「それでもさ。この世でもっとも自由な存在だよ、レイヴンは。きっと、この地下世界では一番地上に近いところにいると思う。企業というくびきから逃れ、己自身の力でこの世界を自由に飛びまわりたいなら、この道しかないのだろうね」
私は自分の足元に目を落とした。そこに相変わらず私の拳銃が落ちている。
何故だ? 何故このままにしてある?
「企業から企業へ飛び回る渡り烏たち。誰もがその姿に憧れ、そしてその多くは夢かなわずに潰えていく。……だけど、たとえ翼を得たとして、世界を飛んでみたとして、結局は気付いてしまうんだよね。レイヴンを名乗ったところで、僕たちはいまだ地べたを這いずり回っている、いや、地中を蠢いているだけのちっぽけな存在に過ぎないって」
男のお喋りが続くあいだに、カウントダウンはもう残り二分を切っていた。
「この世界には空なんて無いんだよ。僕たちが烏だというのなら、きっとこの世界は巨大な鳥かごだ。レイヴンなんて鳥かごの中で企業から出された生ゴミをあさるカラスそのものさ」
カウントダウンは続く。しかし男の声に焦りは聞こえない。
そうか。
ああ、そうだったのか畜生。
「無駄話はもう終わりよ」
私は足元の拳銃に手を伸ばした。
「撃つよ?」
「撃てないわよ」
私は拳銃を拾い上げた。しかし、予想どおり男は撃たなかった。
「だって、アンタはここに居ないのだから」
振り返った私の視界の先、そこには誰も居なかった。
ただ、壁に内蔵されたスピーカーが一つだけ。そこから男の声が響き渡った。
『ははは、バレたか。でもまぁ、時間は稼げたよ』
「黙れッ!」
銃声と共にスピーカーは沈黙した。
私はすぐにコンソールの一つに飛びつく。タッチパネルを見つけ出すと、すぐさまそれに手を触れた。
残り一分。
カウントダウンは、あっさり解除された。
「畜生ッ、私の馬鹿ッ!」
解除が容易だったのも当然だ。初めから災害情報なんて流されていなかったのだ。
そんなものが流されたのは、この制御室のモニターと私とルーユエの監視するマップだけだ。
当然、最初にパージされたと思われた区画も、何事も無く存在していた。
このプラントに突入した最初から今まで、全て奴のダミー情報に振り回され続けられた。制御室で見た人影なんぞ、私自身にハッキングして見せつけた出来損ないの幻だ。
この瞬間になってようやく気づく。
あの男、自分で“遠隔なんて怖くて出来ない”と言っていたじゃないか。聞き流した自分の迂闊さに腹が立つ。
私は中央制御室の外に飛び出した。
「ルシフィル!?」
私の目の前に、轟音を立ててルシフィルが倒れこんできた。その姿はもう、スクラップ一歩手前だった。
その脇を、あの重ACが地響きを立てながら通り過ぎようとしていた。
私はすぐさまルシフィルに駆け寄り、その外部に設置されたタッチパネルに手を触れた。
「ルーユエ、奴が逃げる。ガードに連絡して包囲を!」
『ごめん、無理かも』
ルシフィルの外部スピーカーから、ルーユエの声が答えた。
『ナカガワさん、もうプラントの外に退避完了しちゃったから、今からじゃ間に合わない』
手際が良いのも考え物だ。
「だったら、全隔壁を緊急閉鎖して。早く」
『了解』
ルーユエが答えた瞬間、耳を劈くような轟音が通路一帯に響き渡った。
重ACがその四連装機関砲を撃ち出したのだ。
「な、何を!?」
重ACは通路の奥に向かって撃ち続けていた。
その通路を塞いでいた扉は、私がルシフィルで蹴り倒してしまっている。大量の弾丸はそこを通り抜け、更に奥の隔壁を貫いた。
その奥の隔壁は、度重なる戦闘の流れ弾と二度にわたるプラズマ砲のダメージを受け、さらにこの大量の弾丸を浴びたことにより、一瞬にしてズタボロに引き裂かれ大穴を開けた。
そう、それこそAC一機が悠然と通り抜けられるだけの。
まさか、区画毎に隔壁を撃ち抜いて脱出する気か。だが、ここはプラントの最深部だ。外に出るまで、一体どれだけの隔壁があると思って――
「……やられた」
穴の向こうの光景を目にして、私は呻いた。
最深部だというのに、穴の向こうに外の光が見えていた。
この区画からプラント外縁部にいたる幾つもの区画の、その隔壁が爆破されたように破壊され、外へ通じる一直線の道が出来上がっていた。
奴が私に、区画を強制パージすると脅したあの時、私の脳内マップから区画の一つが地響きと共に消え去った。あの時の地響きは、この脱出ルートを確保するために隔壁を爆破したものだった訳だ。区画パージの偽データは、それを隠蔽するためのものだったのだ。
初めから全てペテン。良いように掌の上で遊ばされた。
『やぁ、新人レイヴン』
重ACから、男の声がする。
『迎えが来るまえに、まさか君が制御室に達するとは思わなかった。君との会話は時間稼ぎのつもりだったけど、意外と楽しめた時間だったよ』
重ACのコアの背面で、装甲が展開を始めていた。
『私の依頼はこれで完了だ。後はここを去るだけ。プラントは君たちに明け渡すよ。これで君の依頼も完了だね』
展開した装甲の下から、巨大なスラスターノズルが姿を覗かせていた。
私は悔しさに歯を食い縛りながら、弾倉が空になるまで銃を撃ち続けた。
『その負けん気は好きだよ。だから最後に面白いことを教えてあげよう。プラントの強制パージが依頼だというのは真っ赤な嘘。あれは私が脱出するための只のブラフで、本当はなるだけプラントを傷つけず労働者の暴動を支援すること。勝ち負けは問題じゃない。むしろ負けてくれなきゃ困るんだ。だから君には感謝しているよ』
スラスターノズルが轟然と火を吹き上げ、通路一帯が熱とガスに包まれた。
「うっ!?」
私は慌ててルシフィルの影に隠れ、その噴煙から身を守った。
あの重ACはブーストダッシュ機能を持っていたのか。ロケットエンジンによって一時的に急加速を行う機能だ。
ルシフィルの影から身を乗り出したとき、重ACは既にプラントの外へ飛び出した後のようだった。
「ルーユエ……奴が外に出たわ」
『今、私がいる場所の近くをヘリが飛び去っていったわ。AC輸送用の大型ヘリよ』
ヘリは恐らく、奴の言っていた“迎え”だろう。
「追尾は?」
『……無理。でも、その必要も無いよ。だって、プラントの制圧は完了したから……』
ルーユエが言葉を切った。判っているんだ、彼女も。
「敗けたわ。良いように弄ばれた」
任務は、終了した。