創星記ー異伝ー FFXV~冒険の果てに待つものは~   作:星野啓

2 / 15
物語は王子が出発する前から始まっています。


Chapter00 嵐の予兆

 

 

ーmorningー

 

 

 

 

 

真っ暗な闇の中、瓦礫が散乱している。あちこちから煙が上がり、シガイとも人ともつかない悲鳴が満ちていた。

 

「....ノクト」

 

ネヴィラムは歩き出す。あちこちが痛い。指先の感覚がない。魔力が暴走しているのが分かる。

 

「っく....痛...まだ、痛覚、あるな」

 

生きてる。ノクト、お前は?何処にいる。

 

突如、頭上が強烈な光に包まれる。まずい、と思った瞬間にはドサリと誰かに引き倒される。誰だ?俺は行かなきゃならない。テラフレアが世界を滅ぼす前に。どいてくれ!

 

「....!」

 

覆いかぶさったのは、冷たくなった、血塗れの愛しい弟。

 

 

 

 

 

 

 

「ノクト!!―――っ!!!はぁっ…は…はっ……!!」

 

喉が鳴っている。背中には汗が伝って冷たくなっている。

 

「ゆめ、か....」

 

蚊の鳴くような小さな声が、たった1人の部屋に響く。あれは夢。しかし今後“いつの日か必ず起こる”瞬間なのだ。最近この夢が頭を離れてくれない。もう思い出しているのか、“視せられている”のかわからなくなった。夢の中の、ノクティスの冷たい身体と生温い滑りが手の中に生々しく甦える。

 

冷汗が止まらず、インナーがへばり付く。そのせいか、未だ生々しい感覚のせいか、手の震えが止まらない。ネヴィラムは腕で自身を抱え込んだ。震えを止めたくて、寒さを和らげたくて。しかし、ネヴィラムを温めてくれる存在は此処にいない。

 

外は薄ら白み始め夜が終わったことを示していた。王城の外はいつも通り。瓦礫などひとかけらも落ちていない。

 

「あぁ、起きるか」

 

頭痛がする頭を抱え、ゆっくり寝床から足を下ろした。一瞬くらりとしたが、震えは止まっていた。

 

 

 

久々に帰ってきた我が家は、いつもと変わらぬ使用人たちが行き交い、見知らぬ顔の兵たちが忙しなく歩き回っていた。

 

(あれは王の剣か。俺の顔を見知っていなくても当然だな)やれやれと首を振りながら、朝食の席へ出向く。久々の息子の帰郷を祝い、父王が朝餉に招いていたのだ。

 

部屋に着くと扉の前に立っていた老執事が頭を下げる。この顔は知っている。スキエンティア、一族でルシス王家に支えてくれている。

 

「スキエンティア、朝からご苦労さん」

 

「ネヴィラム王子、おはようございます。申し訳ございません」

 

スキエンティアは申し訳なさそうに頭を下げる。ネヴィラムにはこれだけでわかった。

 

「父上は会議に出向かれたか?」

 

「はい。早朝から王の剣が帰還し、報告を受けておられ、その後すぐに緊急会議に出られています」

 

「....そうか。相変わらずお忙しい」

 

「ネヴィラム様、レギス様よりお手紙をお預かりしております」

 

「ありがとう。サンルームに置いておいてくれ。食べながら確認する」

 

はい、と礼をして静かに下がっていく。ネヴィラムは滅多に人を側に置かない。それを知っているスキエンティアは、気を利かせて下がったのだろう。

 

「....スキエンティア!」

 

俄かに思いついたネヴィラムは、少し遠ざかった老執事に急いで声をかける。

 

「なんでございましょうか、ネヴィラム様」

 

丁寧な仕草で近寄ってきた老執事に父王への言付けを頼む。そして届け物も。

 

「かしこまりました。確かにお伝えいたします」

 

「頼むな」

 

 

 

サンルームまでゆったり歩くと、いい匂いが香ってきた。温かなパンとスープ。昔、王城で過ごしていた頃気に入っていたクリームコーンスープが置かれている。料理人にオーダーしたのは勿論自分ではない誰か。ふっと口元が緩んだ。

 

「いつもの味だ」

 

ひどくホッとする。インソムニアの一歩外に出れば、平和に身をさらすことなどできない。ネヴィラム・ルシス・チェラムは絶えず二フルハイム帝国から付け狙われる存在だ。まっとうな生活などできはしない。ネヴィラムでなくても、安心できる場所など、どこにもなかったが。

 

 

 

「ネヴィラム王子、お戻りでしたか」

 

香りのいいコーヒーで一服していると、低く少し硬い声音が聞こえた。

 

「ドラットー将軍、顔を見るのは久々になるな」

 

「そうですね。第1皇子は王城にいらっしゃる事のほうが少ない」

 

「それは嫌味か?タイタス・ドラットー将軍?」

 

「そのようなつもりは決して。我ら王の剣も壁外にいる事が多ごさいますので」

 

ニヤリと笑いかけ、ネヴィラムはドラットーに席を促す。ドラットーはきっちり礼をして、正面に腰かけた。

 

「私のようなものに斯様なお心遣い、痛み入ります」

 

硬いドラットーの声に、ネヴィラムはにこやかな顔を崩さず、ドラットーのためにソーサーを持ち上げる。

 

「....時に将軍、警護隊とは仲良くしてるか?」

 

「仲良く、などと兵に仰るのは王子ぐらいなものです」

 

ふふぅんと鼻をならし、笑いを絶やさない顔で目をすがめ、鋭い視線を向ける。語調はいつの間にか槍のように鋭く、容易くドラットーを磔刑に掛ける。

 

「....で?どうなんだお前が煮え切らないことを言うときは大概厄介ごとを抱えている時だと思うんだが?タイタス・ドラットー?」

 

 

 

この男の目はいつもどこか遠い何かを見ている時があるとドラットーは思う。

 

ルシスには現在、二人の王子がいる。一人は国外で過ごすことが多い第1王子、ネヴィラム・ルシス・チェラム。風来坊のように見えて、優秀な外交官として、国内外問わず政務に就く者になら名が知れている。あまり、国内の礼典には出席することがないため、国民の認知度なら弟のノクティスのほうが高いだろう。その第2王子、ノクティス・ルシス・チェラムは幼少期から、国王レギスの考えで一般的な家庭の子どもと同じく、学校に通い、バイトをして、時には一人暮らしの家に友達を連れ込んで徹夜でゲームをする、実に国民に近い王子である。ルシス王家の伝統的な王位継承権の選定方法により、この第2王子が次の王に決まっている。この決定に、ドラットーは納得できないでいた。ドラットー自身、インソムニア出身でないこともあり、クリスタルに異常に執着する文化を持つルシス王家に疑問がないわけではなかった。軍事面に明るく、外交官として国外情勢をよく知っている第1王子のほうが、ルシス王国を真に守れる存在ではないか?そう考えざる得ない。それはドラットーが壁外に故郷があることに深く根差している。

 

 

 

「ネヴィラム様。これは先日の作戦での経緯ですので他言無用に願います」

 

「うん?まだ作戦書がこっちに回ってきてないからな。壁外戦の経緯か?」

 

「はい」

 

そういうとドラットーは静かに目線を落とし、その膝の上ではこぶしが固く握られた。

 

「隊の内少なくとも5名が犠牲になりました。私は故郷に帰してやることができなかったのです。その後敵は撤退。新型兵器を実践に投入し、性能を試すだけ試して撤退したのです。あの戦いは紛れもなくわが軍の敗北です」

 

そう語るドラットーの顔は怒りに満ちていた。

 

「私は無力です。我は故郷を守るために闘ってきた。しかし、このままでは故郷を守るばかりか、失うばかり。しかし陛下は魔法障壁の強化に徹しておられる。なぜその慈悲を壁外のものにもかけてくださらなのか!」

 

一息に言い切ったドラットーは、ハッとしたように

 

「...王子の御前で失礼いたしました。お許し下さい」

 

 

 

 

 

(これは、“アタリ”、か...)

 

ネヴィラムは、思わずため息がこぼれた。失意の中で頭を下げるこの哀れな将軍に対してではない。無論自分の父を侮辱されたからでもない。この男を作り出してしまった元凶に向けてだ。

 

「いや、いい。将軍の言う通りだ。我が国が、辺境を切り落とし、平和を得ようとしていることは紛れもない事実だ。陛下は、“何を守るか”を定めていらっしゃる。歴代のルシス王たちも、その使命を全うしてきた。けどお前が守りたいと思っているものを守れるとは限らないだろうな」

 

 

 

暖かな光に包まれたサンルームに似合わない、静かで冷たい声がドラットーの心を蝕んだ。この王子は何を言っている?もはや王は国民のことをお見捨てになったのか?自らは見捨てておきながら、我ら王の剣には死地に赴き国を守れという。とんだ暴君ではないか。

 

 

 

みるみる内に顔色が失せていく将軍をネヴィラムはただ静かに眺めていた。嘘偽りは一切述べていない。遠からずこの国は亡ぶ。神話の通りであるならば、それが真の王が生まれた時から定められた運命だ。シガイが増え続け、世界は闇に満ちる。二フルハイム帝国がこの国を亡ぼすまでもなく、多くの人が闇におびえて王が使命を果たすのを待つのだ。物を忘れることができないネヴィラムに去来する今朝の夢。あれはこの世界に起こる避けることができない未来なのである。

 

しかしこの星の命運など、知る人間など限られている。王であるレギスであっても、すべてを知るのは死して歴代王の列に加わる時だろう。ネヴィラムが物言わぬ星の命運を知っているのは、ネヴィラムに夢見の才があることに加え、余計なことを吹き込む存在がいるからに他ならない。

 

 

 

「...では、私は、我らは、何のために今まで王に仕えてきたのか。これなら、やはり..」

 

「...いずれ亡ぶことが決まった国を守るぐらいなら、生まれた国を見捨てて帝国側に下り、自身の力で故郷を救う方がいい、ってな?」

 

「....ネヴィラム様、それは」

 

「いや、言わなくていい。見捨てているのは俺も同罪だから」

 

「ネヴィラム様..」

 

「何も言わず、お前たち国民を放り出す王に、加担する王子もまた、お前の敵になるだろう。けどドラットー、覚えておいてくれねぇか?誰よりもその決定に悔いておられるのもまた、その王なんだと言うことを」

 

 

 

ドラットーは目の前の王子の顔が、寂しさに彩られるのを見た。その顔は、今朝方、敗北を伝えたときの王の面影によく似ていた。

 

次の瞬間、パッと明るい表情に変えた第1王子は、まるで友人を遊びに誘うような口調で未だ混乱の中にいるドラットーに言葉を投げる。

 

「父上をどう思うかは臣下の自由だよ、ドラットー将軍。俺がとやかく言うことじゃない。唯、これだけは言っておく」

 

“父上は決して臆病なだけの無力な人ではないよ”

 

 

 

何処か優しさの覗く声音に、全てを煙に巻く笑顔を貼りつけて王子は席を立つ。その手に手紙を携え、自室に引き上げるようだ。見送らねば、と腰を浮かすドラットーに手を振って孤独な背中が去っていく。あれだけ王を信じておきながら、クリスタルは第1王子を拒んだ。夢見の力がクリスタルに拒絶されたのだと専らの噂だ。クリスタルを信ずる国に生まれながら、クリスタルに拒絶され、心内を誰にも漏らさず壁外に生きる王子。何人たりとも王子と同じものを見ることは出来ない。ドラットーは、最後に王子が放った言葉を捉えきれず、悩むのだった。

 

 

 

 

 

ーThe Dayー

 

 

 

(疲れたぁ)

 

なんで実家に帰ってまで腹芸をしないといけないのだろうか?しかしながら、ネヴィラムにとってドラットーは防衛の要の一角を担うものだが、少し思うところもあった。決まっているのだからと言って命を切り捨てる。そのやり方がネヴィラムにとって最も嫌うものだったから、唯その一点に尽きる。

 

 

 

「人は、神の傀儡にはならない、か」

 

ほうっと息をつくネヴィラムの脳裏に道化面が蘇る。

 

「あんな格好しながら、一番道化から遠い人なんだよなぁ、あのヒト」

 

手の中には、父の置き手紙。帰ってきてくれて嬉しいこと、コルから旅の報告は聞いたこと、疲れているだろうから十分に休むこと、そのほか身体に気をつけるようにと、あらん限りの父の心がそこにあった。

 

 

 

ーコンコンコン

 

 

 

「?誰だ」

 

ークライレス です、ネヴィラム王子。遅ればせながら、ご挨拶に罷り越しました。

 

 

 

忙しい中来られない父を気遣って自分だけ会議を抜けてきたのだろう。大変優秀な副官だ。

 

「クレイラス。来てくれて嬉しいよ。元気か?」

 

厳しい相貌を崩し、大きな胸に抱きしめられる。前線を退いたとはいえ、まだまだ王の盾としての実力は失われているわけではないだろう。

 

「王子は少しお痩せになられた。辛い役割を押し付けて言えることではないですが、ご自愛なされよ」

 

「大丈夫だよ、俺は。父上はご息災だろうか?」

 

「っふ、ノクティス様も、ネヴィラム様も、侮られては困りますな、父王はそこまで老いぼれてはおりませんぞ、無論、この私も」

 

「ふふっ、そうか」

 

「そうですとも。ですから、ご心配には及びませんぞ」

 

「なら良かった。“ノクティスも”ってことはまたアイツ王都城に戻ってないのか?」

 

からかい半分に、クライレス と廊下を歩きながら問いただすと

 

「一人立ちとは、寂しいものですな」

 

と親の顔をするクライレス 。

 

「いつかイリスも嫁に行くしなぁ?」

 

ネヴィラムからの追い討ちに、

 

「まだ早いですよ」

 

と食い気味に反論する。

 

 

 

そこへ慌てた足音が聞こえてくる。

 

「クレイラス様!ここにいらっしゃいましたか!」

 

「何事だ。王子の御前で」

 

息をつく暇もなく喋り始めた側近を止めたクライレスに、ネヴィラムは「いいよ」と先を促した。

 

「っは!先程西ゲートより連絡があり、ニフルハイム帝国よりの使者が御目通りしたいとの事です」

 

「なんだと?して、陛下は?」

 

「お会いになるそうです。クライレス 様にも同席をと」

 

「わかった、すぐ行くと伝えろ。わかっていると思うが、身辺チェックを怠るな」

 

「っは!」

 

「よし、行け」

 

インカムに手を当てながら走っていく側近を目で見送りながら、クライレスは厳しい表情を崩さない。

 

「また急に、帝国の真意がわからん」

 

「使者、ねぇ?そんな情報は俺だって掴んじゃいない」

 

「ネヴィラム様、これにて失礼いたします。帝国の様子を探らねばなりません」

 

「あぁ。父上を....」

 

頼む、と言いかけた言葉は最後まで出ることはなかった。クライレス のインカムに、“使者は帝国の宰相である”と言う情報が入ったからだ。

 

「宰相?」

 

「そうらしい、益々わかりませんな」

 

「俺も行こう、時間を稼ぐから、父上と話し合ってくれ」

 

「申し訳ございません」

 

悔しげなクライレス に、気にするなと言い置いて着替えに今し方出てきた自室の扉を潜った。

 

 

 

 

 

応接室へ入室したネヴィラムを、胡散臭い笑みが出迎えた。

 

「ルシスの王子御自ら出迎えていただけるとは、光栄です」

 

大きく手を広げ、帽子のつばを片手で押さえ、恭しく礼を取る。ネヴィラムはゆっくりと長身に近づき、その手を差し出す。

 

「こちらこそ、ニフルハイム帝国の宰相殿が急な来訪と聞いて、おどろきました。遠く遥々のお越し、歓迎します」

 

差し出した手が緩やかに取られる。手はそのまま口元へ。冷たい手の甲に暖かな温度が触れる。

 

「この戦を終わらせるためです。どのような苦労も惜しみますまい。それに、」

 

“このように、利発な御子息にも会うことができました”

 

「私は幸運だ」

 

悪魔のように黒を纏った長身が、身をかがめ、甘い声で道化芝居を続けている。どうも胡散臭さが拭えぬ男が、寛ぎやすいようにネヴィラムは一手打ってやることにした。

 

 

 

「この様では宰相もお疲れでしょう。人払いを」

 

「ネヴィラム様!それは、」

 

「私めは、王子を害そうと言う気は更々ありませんよ?ルシスの方々!」

 

兵の言葉を遮り、大仰に手を広げて見せる。これでは、更に言い募った方が、平和を主張する敵国の特使へ、敵意があると見做されかねない。

 

「控えよ。アーデン宰相は和平を打診しておられる。今俺を害して特にならないのは、分かっておられるはずだ。でしょう?アーデン宰相?」

 

「無論ですとも。ネヴィラム殿下」

 

ニッコリとした笑いが浮かんだ顔を、今すぐ殴りたくなった。八百長勝負はここまでだ。

 

 

 

兵たちが去り、静かになった部屋にアーデンのフィンガースナップの音が響く。

 

「はぁーい、これでナイショ話し放題だよ?オレのモグーナ」

 

「誰が“オレのモグーナ”だ。変な呼び方すんな」

 

アーデンは後ろからネヴィラムを抱きながら顎を頭に乗せてそのまま口を聞く。因みにモグーナは愛称である。本来なら女性につける様なものだが、アーデンは揶揄ってこう呼ぶことがある。本来の名もアーデンのお遊びでつけられているので今更である。

 

「あれ、冷たい。誰がルシスまで送ってあげたんだっけ?」

 

「頼んだ覚えはないぞ、宰相閣下」

 

「あ、そう。じゃあ、あのまま放り出しちゃえばよかったかなぁ。ま、君ならそのまま飛んでっちゃうかもしれないけどね」

 

全くよく回る口だ。これだからアラネアに“似たもの家族”なんて大変不名誉なあだ名がつけられるんだ。まぁ自分の魔力量なら、この身を鳥に変じることもできるだろう。それなりの代償を伴うだろうが、この際、

 

「そのまま飛んで帰、」

 

帰ってやったらよかった、と思考の海のから答えようとしたネヴィラムの目尻に、冷たい無骨な指が触れた。いつの間にか前に回っていたアーデンの指が、目尻を擦っている。

 

 

 

「また、夢、見たの?」

 

低く、やや掠れた静かな声だった。

 

何千年も前に感情を置き忘れてしまったはずの、自称、

 

化け物の温度を感じる声。

 

「...今回はノクトだった。最近よく人が死ぬよ」

 

努めて冷静に報告することを心掛けた。その声音に相手は何を思ったか。アーデンから帰ってきた返事は普段の明るさを取り戻していた。神様嫌いの道化の声。

 

「君の夢は人の死を視るものだからね、そりゃあ死ぬでしょ」

 

「だからって人間が死ぬとこを、何度見たかないさ」

 

同じ調子でふざけて返すと、目に添えられていた手はゆっくりと頬に移される。顔を包み込む様に添えられて、アーデンに魅入られる。

 

 

 

「クリスタルに拒絶され、見たくもない死を見せられる。哀れな、モルガンテ」

 

ゆっくりと言葉を発するアーデンが、ネヴィラムに着けた首輪、“モルガンテ”。蜃気楼の名を持つその名は、アーデン曰く”幻“や“虚い”を表す古代語なのだそうだ。約15年ほど前戯れに付けられた首輪だと思っていたが、アーデンが何を思って、この名を付けたかはまだ聞けていない。

 

アーデンの腕に捕まり、胸元に閉じ込められながら、ネヴィラムは目を見開き続けていた。

 

「憐れむふりはやめてくれ。俺は、アンタじゃない」

 

胸に身をうずめながら、声は確固たる意志を感じさせた。

 

 

 

「そう言うところが飽きないんだよねぇ。高潔な王子様。キミはいつだって全てを飲み込んで黙秘することを選ぶ。例えそれが、この世界にたった1人の■■だったとしても」

 

■■、結局俺のはインスタント。本職には敵わない。俺は、あんたを、一人にする。

 

 

 

瞳を閉ざし、下を向いた青年の耳にカシャンと小気味のいい音が届く。耳慣れたアーデンの愛用している懐中時計の音だ。

 

「時間?」

 

「うん、そろそろ真面目にお仕事しなくちゃね?」

 

「........」

 

「うん?お父上が心配?それとも俺の心配してくれてるの?」

 

 

 

「....いや。何も出来ない我が身を呪っていただけさ。

 

....王の間までご案内します。アーデン・イズニア宰相閣下」

 

「ありがとうネヴィラム王子。良い時間だったよ。調印式まで、お心健やかにすごされます様に」

 

笑顔の下にズキリと痛む心を隠し、アーデンの言葉を受け取ると、アーデンを扉へ促した。

 

 

 

 

 

『陛下、ニフルハイム帝国の使者をお連れしました』

 

「入れ」

 

 

 

王の間の扉が開き、父の顔が目に入る。やや疲れた顔つきだ。すぐ側にクライレス、側近たちも一様に並んでいる。会釈し、自分も席へと向かう。

 

 

 

「どうも皆さん!ご機嫌如何です?こりゃあどうも!」

 

ステージの幕が上がる。この男が演じ始めてしまったら、誰にも止めることはできないだろう。大柄な身体をフルに使ってステージを演出する。喉から発せられる声音はこの場を支配する。

 

「偉大なるレギス国王陛下にお会いできて光栄です。では改めまして陛下、私の自己紹介をお許しください。アーデン・イズニア、ニフルハイム帝国の宰相です。」

 

どうぞ、お見知り置きを、と芝居がかった仕草で帽子を胸につける。

 

「ニフルハイム帝国の宰相殿が、たった一人で此方に来られるとは大胆なことを」

 

「さて陛下!わたくしは今日という記念すべき日に、停戦をご提案します。陛下は既にお気づきでしょうが、先の戦いでの撤退は戦略的なものではございません。いわば、我が国の意思を示したのです」

 

ダンッと階段を踏み鳴らし、臣下たちの方へ視線を向ける。刹那視線が交わり、アーデンが笑った様な気がした。

 

「我々も、終わらせたいのですよ。この、無意味な戦争を」

 

「それは本心か?」

 

「勿論です。条件はございますが、それはたった一つです。このインソムニアを除くルシス領を全て、帝国領とすること....おっと!大事なご提案がもう一つございました」

 

領土の話が出てすぐ、ガタリと大臣たち側近が腰を浮かせる。それはそうだ。領土を失う。それは王家の信頼に直結するだろう。それを封じる様にステージは続く。

 

「御子息のことです」

 

「息子たちだと?」

 

これにはレギスも顔色を変える。表面的には抑えているが、はらわたが煮えくりかえっているだろう。

 

「はい。ネヴィラム王子は聡明な御子息、先程は楽しい時間を過ごさせていただきました」

 

アーデンがネヴィラムの座している席に向けて一礼する。

 

「ネヴィラムを、帝国へ差し出せ、と仰るか?」

 

レギスの声が硬くなる。家族には無償の愛を注いでいるレギスのことだ。心を痛めているだろう。

 

「いえ。そうではございません、第2王子ノクティス様のことです」

 

役者は軽々しく心を弄ぶ。一度緩んだレギスの顔がきつくなる。同時に先ほどまでなかった緊張が臣下たちに走る。

 

「ノクティス王子とテネブラエの御令嬢、ルナフレーナ様お二人の御婚礼は如何かと。和平の象徴として。何かご心配でもおありですか?大丈夫です!ルナフレーナ様は陛下の事をずっと尊敬しておられます。12年前から変わらぬ御心で。それに第1王子が即位なされば、ルシス王家も安泰でしょう。おっと失礼。ノクティス様を軽んじた訳ではございませんよ?第2王子としての立場がおありだと申し上げたまでです」

 

「進言感謝する、イズニア宰相。下がって良い」

 

「ありがとうございます。良い返答をしてくださると信じておりますよ」

 

そういうと役者はステージを降りていった。

 

 

 

ーK nightー

 

 

 

両国はその日から停戦に向けて協議に入った。連日の協議だが、大体の意見は二つに絞られていた。このまま疲弊する戦いを続けるか、まだ拮抗した状態で、領土を失いながらもクリスタルを守るか。民を守り、未来を守るという都合の良い選択肢が、そう多いわけではなかった。早々にルシス王国政府から、停戦について全面的に同意する旨の書面が帝国に送られた。

 

 

 

併せてインソムニアへの移民対応と、補償制度、ノクティス王子の婚礼が発表され、事態は現実を帯びていくことになる。同じくして、民には複雑な感情が広がった。最も顕著だったのは、帝国に焼け出され、着の身着のまま居を移した移民たちの反応だった。

 

 

 

 

 

【王の剣 修練場】

 

ーおぉぉぉおあぁ!

 

ガシャン!

 

そこら中でシフトの音がする。火花の散る音、転がる悲鳴、拍手と笑い。ネヴィラムはここが嫌いではなかった。多分呼び出した相手も。

 

 

 

「兄貴!着てんじゃねーか!電話しろよ!」

 

廊下の奥からノクティスが走ってくる。今日の付き人はグラディオラスだったらしい。ノクティスの後ろを走ってくる。

 

「すまんすまん、今着いたばかりでな」

 

「ったく!結構久しぶり、じゃん?」

 

少し遠慮がちに聞いてくるところを見ると、まだこの兄に慣れないところがあるらしい。そう思いたい。これで嫌われていたらちょっと傷つく。年に数回しか戻ってこない兄の存在など、側仕えの人間と比べれば雲泥の差だろう。現に去年のノクティスの誕生日は出席しなかった。まだ扱いに困っている、という距離が普通の兄弟関係だ。だが、そんな”お久しぶり”な状況だが、ノクティスには伝えなければならないことがあるのだ。しかも、この場でいうのが最も利用価値がある情報。ネヴィラムの頭の片隅は、いかなる時も冷たさが残る。

 

 

 

「ざっくり半年ぶりだなぁ、ノクト元気にしてたかい?え?こいつめ」

 

チョコボの様なツンツン頭をかき混ぜると「やめろよ!セットしてきてんだよ!」と思春期らしい発言が返ってくる。お前今年20歳になるんじゃなかったか?

 

心の中で突っ込みながらグラディオラスを振り返る。

 

「グラディオラスも久々だったなぁ。ごっつさ増したか?」

 

「ネヴィラム様もご健勝で何よりですよ。ま、若いんで、成長期なんすよ」

 

「てめぇ、そりゃ嫌味かい?このヤロウ、人が年上だって気にしてるって知って言ってるだろ!」

 

ノクトを脇にホールドしながら厚い胸板に突っ込む。男らしくも清潔感ある匂いがするグラディオラスの胸板。ぶつけられたノクトは悲鳴を上げている。

 

「っぶ!おいやめろって馬鹿兄貴!今日はなんで呼び出したんだよ!俺ぶつけられるために呼び出したのかよ!」

 

「その通りだったらお前ただのドMじゃねぇか」

 

バカ騒ぎを続ける王族に対して、周囲の王の剣たちが何事かと、こちらをうかがっている。こちらに近づいてくるものも何名かいた。それをしり目にネヴィラムがようやく口を開く。

 

「喜べ!わが弟よ!姫君との結婚会場が決まったぞ!」

 

少しばかり大げさに6歳下の弟に父からの報告を伝える。なんで大げさにするって?楽しい話は大仰にやった方が面白いだろ?ちょっと良くつるんでる奴の癖が移ってることは否めないが、祝いたい気持ちは本物だから良しとしてほしい。

 

「え、何?俺なんも聞いてねぇんだけど」

 

困惑顔のノクティスに代わってグラディオラスが尋ねてくる。

 

「どこになったんですか?王都城内ではないんですか?」

 

「あぁ、陛下のご意向でな。停戦協定の式典もあることだし、国内は何かとごたごたするだろうから、思い切って国外はどうか?ってな。そのままハネムーンとしゃれこむのもいいんじゃないかぁ?弟よ、オルティシエだからな」

 

「オルティシエ?」

 

「水都オルティシエ、か船に乗ってだから、結構遠いんじゃねぇか?ノクト」

 

きょとんとしているノクティスに曖昧な情報を伝えながらも、グラディオラス自身ピンときて無いように見えた。

 

「グラディオの言う通り、オルティシエは、水の街だ。今は帝国領だが、アコルド自由都市連合が自治を行っている。首長のカメリアも多分歓迎してくれるさ。儲け話には目がないからな。やべ、こんなこと言ってたらどっかからチクられたらこぇな」

 

「さすが、外交筋では負けなしのネヴィラム様だなぁ。完璧じゃねぇか」

 

「忙しすぎて危うく弟の結婚式で損ねるとこだったけどな」

 

年上二人が盛り上がる中、当事者のノクティスは首をひねってばかり。

 

「まじか...実感ねぇわ....」

 

 

 

その様子に、やれやれとため息をついて笑っていると、何人かの王の剣が集まってくる。

 

「王子結婚するってホントだったんですねぇ。おめでとうございます」

 

「結婚式、いいっすね!」

 

「ルナフレーナ様とほんとに結婚するんだぁ」

 

口々に祝辞を述べていく傍ら、残りの王の剣らは暗がりからこちらをうかがっているにとどまっている。やはり、溝は深いところまで侵食してきているらしい。

 

 

 

「王子、おめでとうございます」

 

少しかすれ気味の、少し硬い声が聞こえてくる。

 

「ニックス、お前いたのか」

 

ノクティスの声が明るく響く。

 

「えぇ、今は王都の門で警備の任務についてますんで。今日は故意対に呼び出されて」

 

と傍らにいたふくよかな体型の男を呼び寄せた。

 

「よく言うぜニックス、王子、聞いてくださいよ!コイツこないだの任務で独断専行しすぎてドラットー将軍からお咎め食らってるんですよ」

 

「余計なこと言うんじゃねえよリベルト、王子コイツのことなんて聞かなくていいですから」

 

軽快な会話が繰り広げられ、ノクティスの顔も自然にほころぶ。

 

「なんだ、そうだったのか。お前らはマジで俺に遠慮しねえよな?俺王子なんだけど」

 

言葉とは裏腹に、うれしそうな口調でニックスと呼ばれた王の剣によって行く。ノクティスの言葉にこたえるようにリベルトと呼ばれた男が口を開く。

 

「王子が以前ここにこられた時に、俺らから気を使われるのが嫌だとおっしゃってたんでねぇ」

 

「確かに、ノクトが一人暮らしにあこがれたのって、そういうとこあるもんなぁ?」

 

グラディオラスも同意するようにうなずく。そこまでの事情を知らなかったネヴィラムは、なるほどな、と少し外野から事の成り行きを見守っていた。

 

聞くところによればノクティスは、よくこの修練場を通りかかるらしい。移民の部隊である王の剣は、嫌煙される存在で、この施設も王都城の外れに位置する。王都城の中で居心地が悪いノクティスの避難所であり、王都の人間より気安く接してくる王の剣たちはある意味よりどころとなったのだろう。ネヴィラムは自身はほとんど王都にいないことに加え、ドラットーぐらいしか接触がなかったため、ノクティスの打ち解けようは新鮮だった。

 

 

 

ノクティスは表向き、そっけない返事をするわががままな王子だが、幼少期から一般的な生活をしてきたこともあり、立場にとらわれない物の見方をする。それは差別の中で生きる王の剣たちにとって類まれないことであり、ノクティスが王の剣たちをルシスに繋ぎ止めているといっても過言ではないが、本人にまだ自覚はない。ノクティスの才能だ。

 

(けど、限界がきているな。王の剣は二つに分かれかけている。どうしていくのかは”アイツ次第”か)

 

ノクティスの周りは明るく、話の輪が咲いている。しかし、明るさが増せば、陰も濃くなるのが道理。緊張に満ちた視線は監視に近くなりつつある。

 

 

 

「...グラディオラス」

 

「はい、ネヴィラム様」

 

「あそこの連中に気をつけろ。何かあるかもしれねぇから」

 

輪から外れたグラディオラスを小声で呼び、盾に策を吹き込む。

 

「夢を、見られたのですか?」

 

グラディオラスの気配がとたんに硬くなり、鋭い目が向けられる。

 

「いや、”まだ”だ。ただし、ここにいる何人かは、”夢に出てきた”。だから...」

 

優秀な盾の息子はそれだけで察しがついたらしい。気配を緩め、一つうなずいた。

 

「うまくやってくれ。できれば殺したくない」

 

「かしこまりました。俺は王子につきます。この事、父に伝えてよろしいでしょうか?」

 

「いいけど、たぶんクライレスは感づいてるだろう」

 

「わかりました」

 

険しい空気は完全には取れず、しわが少しよった顔のまま不敵な笑みを浮かべたグラディオラスに、ネヴィラムはうなずくだけで返す。

 

輪の中では王子が王家の魔法であるシフトをレクチャーしているようだ。

 

 

 

「で、ここから...こうっ!」

 

シュン!と鋭い音がして、ノクトの体が修練場の高台に移る。シフトだ。

 

「相変わらずすごいもんですね。俺らじゃ、”ああ”はいかない」

 

口笛を吹きながらニックスが感想を漏らす。若手の王の剣がノクティスの真似をして何人か飛び出し、床に激突している。

 

「アッハハ!普通はああなるんだよ。王子のようにはいかねぇって」

 

リベルトも若手を指さして笑う。床に転がっている王の剣に、ノクティスが手を差し伸べる。礼を言いながら立ち上がっているところを見れば、大きなけがはないらしい。

 

離れたとこで見守っていたネヴィラムだが、そうもしていられないので、自身もシフトでノクティスに近づく。

 

「派手に行ったなぁ、こりゃ」

 

「へへへっ、初めはこんなもんだろ。俺も結構グラディオにやり込められたし、親父にもしごかれた。兄貴は?」

 

「ん?うーん。さぁねぇ、俺は床とキスする趣味はなかったしなぁ?」

 

「変な言い方すんなよ、俺だって好きでやったわけじゃねぇよ!」

 

にんまりと笑いながらガシガシとノクティスの頭をなでてやっていると、先ほどノクティスに助けられた王の剣たちが怪訝にこちらを見ている。

 

(そうか。王の剣といえどネヴィラム・ルシス・チェラムを見知ってる奴は少ないか)

 

遠慮がちに取り巻いている王の剣たちに第1王子であることを名乗ると、一斉に膝をつかれる。先ほど第2王子には親しげにしていた者たちを含めてだ。ぎょっとしながら顔を上げて立つように言うが、従おうとしない。

 

「立て、お前たちに頭を下げられるほどのことを俺はできていない。それどころか、王家はお前たちの故郷を敵国に置いてきてしまった」

 

「兄貴!それは、」

 

「事実だノクティス」

 

「けど、そんな言い方ねぇじゃねぇか!親父は!兄貴は!」

 

それを聞いて、口火を切ったのはニックスだった。

 

「ネヴィラム様、そんなこと言わんでください。まだ終わっちゃいない。俺たちも、この国も、まだ戦っている。俺らのほとんどはレギス陛下が命を救ってくださった連中です。俺らの他にも、故郷ではまだ仲間が踏ん張ってる。王子が先にあきらめんでくださいよ」

 

力強いセリフに何人かうなずく。ノクティスはホッとしたような顔を浮かべ、ニックスと肩を組んでいる。

 

ネヴィラムには、その光景がまぶしく、美しすぎる宝石のように映った。

 

 

 

 

 

しばらく王の剣たちと交流していたノクティスだったが、側近のイグニスからの連絡を受け、また来る、と約束し、ノクティスは修練場を出ていった。ノクティスを送るため、ネヴィラムも修練場を出る。

 

明るい空気が霧散した現場に、薄寒い空気が取って代わる。去り際のネヴィラムの耳に、不穏な声が届く。

 

 

 

 

 

 

 

ー結局俺たちは捨てられる。失ったものは戻ってこない。夢見がちの王族め。やはり俺たちが剣をとらなければ。




キャラクターの設定に関しては別途投稿しますね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。