創星記ー異伝ー FFXV~冒険の果てに待つものは~   作:星野啓

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王子は、運命の入り口に立つ。


Chapter00-1 嵐の夜に

ーEgoistー

 

 

 

慌ただしい一日の終わり。人払いが済んだ王の部屋に、父と息子が向かい合う。

 

 

 

「ネヴィラム、帰国してすぐ挨拶してやれずすまなかったな」

 

「いえ父上、お体の具合はいかがですか?」

 

ネヴィラムはできるだけ明るい声を装ってレギスに声をかける。

 

「大丈夫だよ、ネヴィラム。お前こそ、苦労掛けている。そう言えば、ノクティスには会えたか?」

 

久々に顔を合わせた父の顔は、記憶の中の父より心なしか小さく見えた。しかし変わらぬ温かな目。

 

「少し前に。王の剣たちと言葉を交わしておりました」

 

「そうか。私はノクトにも重荷を残して逝くことになるな。まったく、不甲斐ない父ですまないな」

 

レギスの言う重荷とは、“真の王”としての務めを言うのだろう。真の王はいつかこの世界を覆う闇を払う。伝説に言われる通りならノクティスこそが世界を救うのだろう。しかし父からすればどうだろう。愛する息子は世界の人柱となるべくして生を受けたのだと言われたら。

 

「....父上」

 

ネヴィラムにはかける言葉が見つからなかった。自分にはこの王に言葉をかける資格などない。クリスタルに拒まれ、絶望の果てに悪魔と取引し、道化に成り果てた自分には。そう思ったから。

 

 

 

「ネヴィン、此方へおいで」

 

黙り込んでしまったネヴィラムを、父王が呼び寄せる。そしてゆっくり手を取り、自分の手でネヴィラムの手を摩った。

 

「!ちち、うえ、あの、」

 

「お前は、優しい子だな。いつだって自分より誰かを心配している。挨拶も出来ぬ父に、ささやかな休息を差し入れてくれたしな」

 

スキエンティアから聞いたぞ、と手を摩り、夜空の様な目がネヴィラムを写す。瞳に映る自分は、幼く見えた。

 

「お前がクリスタルに拒まれた時、私は何処かで嬉しかったよ、ネヴィン」

 

「父上、それは」

 

「お前が頼りないと言うことではないよ。これでやっと、守れる、そう思ったのだ」

 

「父上はいつも民を守っておられるではありませんか」

 

「....だが、本当に守りたいと思ったものを、守れたことはあまりに少ない」

 

そう言うレギスのうちに去来するのは、共に旅をしたという仲間や、母、家族のことだろうか。

 

ネヴィラムが全て見聞きしたわけではない。神の加護だという夢が見せる悲しみや、人伝てに聞いたに過ぎない。

 

「....父上は、クリスタルに拒まれ、臣下らが私を疎んでも、私に帰る家をくださいました。それだけで私は、十分でございます」

 

父の腕に抱かれ、温かな手で背を撫でられるとネヴィラムはこの上ない嬉しさを感じると同時に、護りたくとも護れない物悲しさが募った。

 

 

 

「ありがとう。ネヴィン。お前がそう言ってくれて、私は嬉しいよ。お前がいてくれるから、ノクトは1人ではなくなったが、お前自身はいつも1人で背負い込んでいる気がしてな?ふふふ、まったく、誰に似たんだか、親の顔が見たくなった」

 

空気を切り替える様に、抱きしめた腕からネヴィラムを解放し、両肩に手を置きながら茶目っ気のある顔で、ウィンクする父を見て、ネヴィラムも同じ調子で

 

「多分、父に似たんです。私は尊敬申し上げています。お会いになりたければ、鏡をお探しください。きっとお会いになれますよ」

 

レギスはその答えに「言うようになったな」と大笑いし、もう一度ネヴィラムを抱きしめた。

 

 

 

今度こそ共に夕食をと、食堂へ移動しているとふとレギスが切り出した。因みに護衛として、コルが部屋を出たところから同行している。

 

「ネヴィン、あれを送り出すときは、父として送り出したい。折角の門出だ。それが如何なるものの始まりであっても、祝ってやりたい」

 

「わかりました、壁外へ出るまでは、私から何か言うのは避けておきます」

 

「助かるよ」

 

「あとでノクティスが悲しむ結果になるやもしれませんが....」

 

これから起こる事で、如何な方向に進むかは分からない。しかしノクティスが壁外へ行くこと、アーデンが動き始めたことは偶然とは思えない。帝国も軍を動かしていることはネヴィラム自身が手に取るように知っていたし、ドラットーや移民、市民の一部にも不穏な動きがある。調印式が平和に終わる確率のほうが低いだろう。言わずにはいられなかった。

 

「そうだな。そのときはお前を便りしてもいいだろうか?ノクティスの兄君?」

 

「....はい父上。ノクトのことはお任せください。何よりあれには、イグニスやグラディオラスらも居りますから、なんとかなりますよ」

 

「うむ、確かにな。“仲間”は頼るものだ。そうでなければ、王など立ちゆかん」

 

そばのコルに、なぁ?と首を振りながらレギスが答える。やれやれと首を振っているコルにしても、頼られていることに誇りを見出していることだろう。王とはそういうものなのだ。“信じて預ける”、“誇りに責任を持ち、胸を張って生きる”何より大切なことだ。王の威厳や覚悟などその後からいくらでもついてくるだろう。このレギスのように。

 

 

 

コルが扉を開けるとイグニスが奥で頭を下げた。イグニスの前の席では既にノクティスがテーブルについていた。入室に気がついたノクティスが立ち上がり、ネヴィラムにはフィスト・バンプ、父親には少し恥ずかしげな顔でハグをしてもう一度席についた。

 

「何年ぶりだ?3人で夕飯食べるの」

 

どことなく嬉しそうなノクティスがイグニスに話しかける。

 

「そうだな、ノクトが王都城を出て一人暮らししたのが、16歳だったか?それからここでは食事をあまりとっていないから、それ以前ということになるんじゃないか?」

 

イグニスが少し考える仕草をしながら、後方から答える。

 

「ノクトが16の時かぁ。俺が二十....一の時?

 

記憶をたぐっていたネヴィラムに、レギスが代わりに答える。

 

「そうだな。ノクトには高校祝いに一人暮らしの許可を出したから、ネヴィラムにはバイクをプレゼントしたんだったな」

 

あぁ、そうだそうだ、と1代目の相棒のことをネヴィラムが思い出していると、そういえばとノクティスが切り出す。

 

「親父、レガリア貸してくれるって本当なのか?」

 

「イグニスから聞いたのか?ふふっ。あぁ、オルティシエまではかなり距離があるからな。折角免許持ってるんだ、未来の奥方を乗せてドライブでもどうかと思ってな」

 

「....あ、ありがとう。親父」

 

照れ臭さが拭えないのか、ポリポリと頭をかいている王子をヴィラムとレギスは微笑ましく見守った。

 

「よかったなぁノクト。俺がバイク飛ばしてる時、羨ましがったもんな」

 

「で、その後速攻で車の免許取ってなぁ。兄貴にはいっつも勝てねぇから、兄貴がバイクなら俺は車だ!と思ってさ」

 

へへへっと得意そうに笑うノクトに、イグニスが「その割にはあまり運転できていなようだが」と鋭いツッコミを背後から入れる。

 

「イグニス!それいうな!」

 

 

 

食卓には笑いが満ちて、背後にいるイグニスやコルまで爆笑する始末。最近で最も幸せな食事の席になった。デザートが運ばれてくる時になって扉がノックされる。

 

「なんだ?」

 

レギスが返答しようとするのを、ネヴィラムが止め、入るように促す。

 

「ご苦労様、スキエンティア。良いタイミングだった」

 

「恐れ入ります」

 

スキエンティアからボトルを受け取ると、向かい側のノクティスに「これ、俺から」と渡す。

 

「?なにこれ、酒か?」

 

「シャンパンだ。ラベル見てみろ」

 

「ラベル?ヴィンテージ?....M.E.736年....って」

 

「8月30日、お前の誕生日」

 

ネヴィラムは、イグニスに合図を送りながらウィンクを一つ。イグニスは、叔父である老執事からグラスを受け取りながら、シャンパンを開けている。

 

「ネヴィン、いつの間に仕込んでいたんだ?」

 

笑いを堪えながら、レギスがグラスを老執事から受け取る。

 

「去年は祝えませんでしたので、今年は記念できるようなものがいいと思いまして、少し早いですが、旅立ちを祝して」

 

グラスを掲げてノクトを祝う。願わくば、この瞬間だけでも幸せ満たされんことを祈って。

 

 

 

「出立の時は郊外までコルが送る。そこからレガリアで“ハンマーヘッド”を目指すといい。レガリアの整備を担当している技師がいる。私の旧友だ」

 

「わかった、ハンマーヘッドな」

 

「出立の日取りは追って伝えよう。準備をしておくんだぞ、ノクト」

 

はーい、と間延びした返事をしながら、ノクティスは部屋に引き上げた。因みにシャンパンは、恐る恐る一口飲んで、味を気に入ったらしく、少しずつ飲んでいたが、眠気が差してきたらしいノクティスは早々にイグニスに取り上げられた。ボトルはノクティスが記念にすると言い張ったので、中身の残り半分ほどは父と兄が飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

【ネヴィラムの部屋】

 

 

 

ーーバイクで荒野を疾走している。腰には小さな荷物。なぜだ?俺は眠ってたはずだ。

 

 

 

急に何かに身体が吹っ飛ばされる。硬い感触が頬と頭に突き当たり、ハッと気がついた瞬間、大きなコンテナとシガイが目に入り、視界がブラックアウトする。

 

ー走馬灯。

 

あれは....ニックスとリベルト?そして、王の剣の作戦会議室、ドラットー?

 

 

 

「ッあぁ!....ッハ....はぁ...」

 

ベットから跳ね起きる。

 

....夢....あれは、誰かの『死』だ。初めて視る夢。王の剣の作戦会議室ということは、王の剣の誰か。あの荒野は壁の外だ。そんなところで“都合よく”シガイが。何故?

 

ズキリと痛む頭を抱え、サイドテーブルに手を伸ばす。水が欲しい。身体の中の水分が搾り取られたかのようだった。

 

ドサリと身が崩れる。サイドテーブルに伸ばしたはずのネヴィラムの手は空を切り、ガタンッと机の上のものが揺れる。

 

「ッツ、あ、っぐ....」

 

身体の芯から寒さが這い上がる。身体は言うことを聞いてくれないのに、頭は勝手に働き続けている。誰かが死ぬ、そう告げてきた運命に向き合うために。

 

 

 

しばらくそのまま蹲っていると身体の震えが消え、少々痺れが残るまでには回復した。そろそろと立ち上がると、一瞬ふらつきはしたが、すんなり立つことができた。

 

(いけるか?)

 

頭の中に、燃える火の色を思い浮かべる。あの夢の中に出てきたコンテナには見覚えがあった。ホルヘクス研究所所属のものだ。研究用のシガイ運搬用の専用コンテナ。あんな所にそうそうには転がっていない代物。だとすると持って来れる人物も限られる。真意を確かめなければ、ネヴィラムの気がすまなかった。

 

頭の中で真っ黒な姿をとらえる。ネヴィラムは今度こそ水の入ったカラフェを掴み、洗顔用の桶に水を注ぐ。そして水に手をかざし、魔力を注ぐ。

 

水面がゆらりと揺れ、鏡のような水面が窓辺に映る雪山を映し出す。

 

(何処にいる?)

 

豪華な内装の部屋の景色の中を探しながら見ていると、

 

 

 

「あれぇ?幻かなぁ、いつから俺鏡に映らなくなっちゃったんだろ。ねぇ?モーガン?」

 

やっと目的の人物が映り込んだ。

 

「なにボケてんだ。単刀直入に聞くけど、インソムニア郊外にシガイとか送り付けて無いよな?」

 

「なに、どうしたのモーガン。らしくないよ?俺が怪しいの今に始まった話じゃないじゃない」

 

「送ったんだな?」

 

噛み付くように言ったネヴィラムも口元に、アーデンは人差し指をかざし、その後自分の口元に持っていく。

 

「....早とちりしないの。俺は送ってないよ。“俺は”ね。確かにルシスは滅べと思ってるけど、まだそこまで見境はなくしてないつもり。だってまだ愉しめるし」

 

きつく水面に映るアーデンを睨みつけ、吐く息を噛み殺していたネヴィラムだったが、アーデンの言葉に、虚を突かれ、黙り込む。

 

(今奴はなんと言った?じゃああれはアーデンの差し金じゃない。じゃあ誰が。王の剣1人殺した所でなにもならない。そんなことで得する奴なんてこいつしかいないと思い込んでいた)

 

「嘘じゃないんだな?」

 

「お前にだけは、嘘は言わないよ。そう言う約束、でしょ?モルガンテ 」

 

復讐に取り憑かれているはずの鳶色の瞳は、穏やかに凪いでいた。相手は2000年越えの怨念。こんなことでボロを出したりしないことは、ネヴィラムにもわかっていたはずなのに。人の死一つに取り乱さずにはいられない。

 

「代わりに、本当のことも言わないだろ?」

 

「何処まで信じるかは、君次第、ってね。調子出てきたねぇ、それでこそ遊び甲斐があるんだ。その調子で居てよね、オウジサマ」

 

深淵からからかいの声が聞こえてくる。今水面越しじゃなければ殴っていた。

 

この水鏡は、揺らすと消えてしまう。せっかく使った魔力が無駄になる。相手が遠いと魔力を余計に消費するのに、もったいない。落ち着いた頭でアーデンに話しかける。

 

「あのコンテナを動かせるのは、アーデンか、魔道研究所所長であるヴァーサタイルどちらか。ヴァーサタイルが何故、王の剣を始末する?」

 

「まぁ、一応彼も帝国軍の人間だしねぇ?」

 

「王の剣1人始末するために動く奴じゃない。もっと別の....」

 

「別の....なに?」

 

にやりと笑いながら、人の真剣さを悪魔が側で笑っている。

 

「....。そもそもあの王の剣、何処へ向かおうとしてたんだ?たった1人で、兵装も最低限で....最小限の兵装ならやることが限られる。潜入とか、あんたみたいな外交特使とか...」

 

だんだん白んでくる空のように、急に視界がクリアになったような気がした。

 

「そう言うことか。彼女は密偵か。王の剣が外交特使なんてやるわけない。なんならその手の話が俺に入って来ないわけない。なにを探るんだ?バイクが走っている方角は帝国へ向いているが、敵国宰相が動いている状況で密偵は愚策すぎる」

 

 

 

「....そーいえば、これ独り言なんだけど。....こないだ急にレイヴス君がテネブラエに向かったねぇ。結構急いでたっけなぁ。あと、関係あるかわからないけど、魔導兵部隊のグラウカ将軍の新しい鎧がロールアウトしたらしいねぇ。将軍ってばこないだのガラード地区の制圧戦出てたから、受領はどうなってるかわかんないけど」

 

今まで黙って聞いていたアーデンが、水を得た魚のように話し出す。ネヴィラムが顔を見れば、面白い悪戯を思いついた子どものように、愉しそうにわらっている。

 

“どうするの?”

 

口の動きだけでそう伝えてくるアーデンの言葉は、こちらを試しているかのようだ。実際試しているのだが、これはただの選択ではない。人の命がかかっている。見殺しにするか、救うか。ネヴィラムが選択する。

 

「レイブスは急いでテネブラエに向かったんだな?」

 

「そうだよ。足の速い揚陸艇が欲しいって言うから、モーガンの貸しちゃった」

 

「.....うん....ぁ?危うく聞き流すとこだった。なんで俺の使うんだよ。しかも事後報告だし。キレていい?」

 

思わず言い返してしまった。今コイツなんて言った?

 

「いやだよ。許可は結局宰相府から出すし、君のは試作機だから、試験運行とか何かと動かしやすいんだよ。いちいちやってるとめんどくさいしさ」

 

「会ったら一発殴らせろ。....ルナフレーナ、か」

 

痛いのに、と言っているアーデンに、確信めいたネヴィラムの声が届く。賢い子だ、あれだけの情報でほぼ未来予知クラスの発想を巡らせる。

 

「君とこうやって話すのすっごく面白いんだよねぇ、やり合いがいがあるって言うか、さ?」

 

「勝手に人で遊ぶなよ。アーデン、1人くらい運命ねじ曲げただけじゃ変わらんだろ?」

 

「さぁね?神さまって奴は、人間が決められたレールから外れるのが大っ嫌いな生き物だから、嫌われるだろうね」

 

今更なにを、とネヴィラムは思う。なんとなく、苛立ちにも似た気分が身のうちに満ちる。この身はすでに呪われているのだ。

 

「わかった。でも俺もカミサマ嫌いだから両思いだ。じゃあなアーデン。また近々、な」

 

「王子様もどうぞご無事でね。大切な暇つぶしだもの、取りあげられちゃ、かなわない」

 

大袈裟に首を振って見せるアーデンに、そういうのは本人のいないところで言えよ、と言うツッコミをぐっと我慢して魔力を切る。

 

 

 

一瞬視界がブラックアウトするが、目を閉じて、もういちど開く頃には回復していた。水鏡は魔力消費が少なくて助かる。通信端末を使うと必ずどこかで足が付く。でも魔力で作り出したものなら、追及は困難になるだろう。万全を期しておくことに越したことは無い。とにかく動かねばならない。

 

 

 

執務用の服に着替え、使用人にドラットーを呼び出すよう伝えると、部屋を出た。朝の風がほほをなでていくが、今のネヴィラムには全く感じられなかった。静かな廊下には人の気配はなく、廊下の突き当りのネヴィラムの執務室まで誰にも会うことは無かった。やけに静かな廊下を進み、部屋に入室してしばらくたった時、扉からノックの音が響く。

 

「入れ」

 

「王子、お呼びでしょうか?」

 

「ドラットー、すまないな。わざわざ」

 

ドラットーの顔色は、前回会った時より悪くなっていた。その顔色を見たネヴィラムはドラットーに席を勧める。疲労の色が濃い将軍は、王子の厚意に甘えることにしたようだ。重い音をさせて座り込む。

 

「あまり時間がないだろうから諸々は省くが、王の剣に陛下からの密命があったか?」

 

ハッとした顔でドラットーが顔を上げる。その顔はどこか怯えているように見えた。

 

「それは、陛下からお聞きになったのでしょうか?」

 

「まぁ、そんなところだ。近く旧テネブラエに行くものがいると思うんだが」

 

「はい。お察しの通り、隊員を1人、テネブラエへやろうと思っています」

 

こちらを警戒している将軍を先手を打って黙らせる。

 

「1人?潜入にしてもツーマンセル以上だろう。1人で、と言う陛下の指示か?」

 

「いいえ、人数については私の差配でございます。王子」

 

痛い所を突かれたような顔の将軍に対し、ネヴィラムが畳み掛ける。

 

「目的がなんであるか、部外者の俺はとやかく言わない。だがドラットー、優秀な王の剣の指揮官であるお前が、こんな俺でも気づくようなミスをやらかすとは思えん」

 

ぐっと何かに堪えるようなドラットーを見るのはこれで2度目。一度目は帰郷直後のサンルーム、そして今回。共通するのは、父王の決定。

 

「今、王の剣を動かすわけには、参りません。和平協定も大詰め。協定調印式への日取りを定めている最中です。その間、兵を動かすのは、いたずらに帝国を刺激することになりましょう」

 

フンとネヴィラムは心の中で鼻で笑う。軍という単位において1人も3人も変わらない。ネヴィラムは“1人で行かせた”ことを咎めているのだ。それが何故帝国を刺激することに繋がるのだろうか。

 

 

 

「わかったよ、ドラットー。お前のことだ、“俺に見えていないもの”がお前には見えているんだろう」

 

引き下がったネヴィラムに、ほっとしたような顔した将軍は言葉を紡ぐ。

 

「滅相もございません、聡明な王子より、ものの見えている者がいるでしょうか。それに私は故郷の誇りに従っているだけです」

 

その声は一縷の決意に満ちた、強い声だった。

 

(そうか。お前の決意は揺るがないのか。それがお前の誇りなら、俺は俺の決意をもって報いよう)

 

「国境までは護衛をつける。お前の言う通り、帝国を刺激することない人数の、な」

 

「....わかりました。決行日は王子にご連絡を?」

 

「そうしてくれ。護衛に関しては俺が選んでおこう」

 

「畏まりました」

 

ドラットーに背を向けるように、クルリと椅子を回し「下がっていい」と声をかける。今、あの男の顔は見たくなかった。きっと亡霊のような顔をしている、そう思ったから。

 

 

 

ー父の死の夢。それを初めて視たのはネヴィラムがまだ、小さかった頃だ。ノクティスが生まれる前。未だ夢見の能力を理解しきれていなかった。ただのタチの悪い悪夢だと思っていた頃、父王は大柄の鎧武者に刺し抜かれて死んだ。年老いた父が何者かの狼藉によって死ぬのだと知った。それと同時に、なにをしても救えぬ命がある事も。

 

 

 

 

 

部屋を出たところでコルがネヴィラムを呼び止める。

 

「コル?どうした?」

 

眉間にシワを寄せイライラしているような顔だった。

 

「ネヴィラム王子、今ドラットーと話していたか?」

 

「あぁ、それがどうした?」

 

ゆったり歩きながら、コルに先を促すとドラットーと同じく将軍職にある男は、正面を睨みつけながら声を低めて言う。

 

「....ネヴィン、お前なら気付いていると思うが、警護隊の配置がここ最近おかしい。王の剣が護衛のように振る舞っている」

 

「なるほど。だから最近廊下に誰もいないんだな」

 

静かな廊下の訳がわかった。どうやらドラットーは意外と幅広いところまで掌握しているようだ。もしこの状態がドラットーだけの手腕であるなら、とんだ策士だが。

 

ふーん、とコルの後ろをついて歩く。

 

「コルが配置負けしたからって、どうこう言うような人間じゃないってことはわかってる。が、ドラットーに対しては早まるな」

 

「何故だ!この状況で何かあったら、王を守りきれん!」

 

「コル・リオニス!」

 

声の大きくなったコルを止める。コルはやりきれない顔で握り拳を下げた。

 

「....すまん。熱くなった」

 

らしいなぁ、と思いながらネヴィラムはニンマリとして、少し上の位置にあるコルの肩を叩く。

 

「いいよ、コルがこの国のこと思ってくれてる証だからな」

 

ヒラヒラと手を振りながら、少しふざけて返すと、コルは真面目な顔に戻って、バシン!とネヴィラムの背を叩く。

 

「っ痛!何すんだよ」

 

「ハハッ、そうしてるとノクティスそっくりだな。....俺が守りたいのは、国だけじゃない。陛下も、ノクティスも、お前もだぞ」

 

ツンと鼻の奥が痛くなる。これだからコイツ未だ独身なんじゃないだろうか?

 

「そのセリフは、嫁さんもらう時にい、え、よ!」

 

と、少し勢いをつけて背中を叩く。しかしさすがルシスの誇る不死将軍、小揺るぎもしない。茶化したことで、少し和んだのか、コルのシワが1つなくなったような気がした。見た目あまり変わらないが。

 

 

 

珍しいネヴィラムの若者らしい姿に、コルがひっそり和んでいたのは、ネヴィラムにはバレることはなかった。

 

 

 

「少し寄り道してもいいか?」

 

唐突にコルが確認してくる。

 

「?まぁ、外交問題も今は俺の手を離れてるし、暇人だけど。どこに連れて行ってくれるんだ?」

 

「お前に紹介したい奴がいてな」

 

どうやら行先は警護隊のトレーニングルームらしい。クレイラスの部屋も近くにあるから、クレイラスに用事だろうか?

 

威勢の良い声が響くトレーニングルームに入ると、見慣れない金髪の青年が、訓練を受けていた。どうやらシフトを使わない、護身術の訓練のようだった。

 

「コル?」

 

説明を求めるが、肝心のコルは正面を見たまま。青年を見ていろ、と言うことだろうと認識し、ネヴィラムは青年の動きを注視する。

 

体の動きは良い。しなやかで、重心がややブレるが綺麗な着地。不器用な動きや無駄な動きが多いが、今後鍛えれば形にはなるような、そんな動きだ。何より飲み込みが早かった。

 

 

 

ーガン!

 

青年が投げ飛ばされ、壁際に追い詰められる。

 

「いってぇ」

 

「大丈夫かぁ?ちょっとふっ飛ばしすぎたか?ヤッベ、お前に怪我させたらコル将軍に殺される」

 

相手をしていた警護隊のメンバーが、青年を助け起こす。

 

「だ、大丈夫です!怪我とか!ノクトの!あ、王子の足を引っ張りたくないんで!」

 

甲高く、人好きな気配のする声。

 

「可愛いヤツだな」

 

素の感想を漏らすと、隣でコルが笑っている。

 

「?」

 

「いや、俺も最初そう思った」

 

「だよな。いやいや、あいつ誰よ?なんでノクトの足引っ張ることになる?」

 

コルは未だ少し口の端を歪めながら、あれは王子の友人だ、と端的に説明する。

 

「ノクトの、友人かぁ」

 

ほぅ。とひとつうなずく。“あの”内気なノクティスが。

 

「旅についていくことを陛下が了承されてな。護身術を仕込んでいる」

 

ネヴィラムがそう説明を受けていると、青年が警護隊から丁度一本取れたところだった。

 

「やった....勝てたぁ」

 

汗だくの青年が、達成感に満ちた目で床に崩れて落ちる。

 

「ってオイオイ!」

 

ネヴィラムは、青年が頭を打たないように床と青年の間に滑り込む。

 

「あ、すみませ...ん....?ノク...ト?」

 

「悪いなノクティスじゃねえんだ。怪我ないか?」

 

一応ケアルを流し込みながら、袖で汗を拭ってやる。だんだんと状況がわかってきたのか、1人であたふたし始めた。明瞭に聞き取れないが、どうやら目上の人間への敬いや、申し訳なさの謝罪を繰り返しているようだ。

 

「すまん、何言ってるかは、はっきりわかんねぇんだけどとりあえず無事っぽいな。よかった」

 

「もももも、申し訳ありません。俺プロンプト・アージェンタムって言います一般ルシス市民です王子に同行させてもらえることになってここで鍛えてもらっててそのあの、」

 

「ちょっと落ち着け!あー、Mr.アージェンタム?」

 

「はいぃ!落ち着きます!」

 

 

 

ははは、と乾いた笑みを浮かべ、ネヴィラムはプロンプトを助け起こす。そして一歩下がり、手を胸に軽く当てて

 

「いつも弟のノクティスが世話になってます。ノクティスの兄、ネヴィラム・ルシス・チェラムです」

 

と名乗る。そこからのプロンプトは、それはもう面白かった。声にならない悲鳴をあげ、顔色をコロコロ変えて、結局、小さな声で、「服汚してませんか?」ともじもじ小さくなってしまった。

 

「コル、すっごくかわいい。弟より可愛いかもしれねぇ」

 

「それはノクティスに言うなよ。傷つくぞ」

 

置いてけぼりのプロンプトは、「あの、その」と落ち着かない様子だ。

 

「いや、こっちこそ急に出てきてすまなかった。気にしないでくれると助かる。ノクティスと仲良くしてくれてありがとうな」

 

そう言われたプロンプトは

 

「もったいないです、自分なんかに」

 

と自信なさげにしていた。そんなプロンプトにコルが王都警護隊の戦闘服を手渡す。プロンプトは初めのうちはキョトンとしていたが、すぐに何を手渡されたかわかったらしく、着ても良いか律儀に確認してから、嬉しそうに袖を通す。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

コルがプロンプトの肩を軽く叩きながら、

 

「よくやった」

 

と声をかけている。ネヴィラムも

 

「似合ってるよ、アージェンタム君」

 

と声をかける。するとプロンプトは、嬉しさを隠せないままに遠慮がちに

 

「あ、あの、俺、ただの一般人なんで、もし良ければアージェンタムじゃ無くて、プロンプトって呼んでください」

 

と言う。ネヴィラムは、コルのそばを離れプロンプトに手を差し出す。

 

「プロンプト、俺もネヴィラムって呼んでくれ。なんならノクトみたく、ネヴィンでも良いぜ」

 

「いや、お兄さんなんで、その、よろしくお願いします。ネヴィラム様」

 

「なーんだ。寂しいなー」

 

戯けてそう言うネヴィラムに対して、プロンプトはおずおずと

 

「じゃあ、あの、ネヴィン...」

 

「なんだ?プロンプト」

 

決まってるぜ、と言いながら少し服の襟を直してやる。

 

「へへへっ、憧れてたんだ」

 

遠慮がちではあるが、敬語を外して話すプロンプトを眩しそうに眺めるネヴィラムの後ろからコルが声をかけてくる。

 

 

 

「クライレスと連絡がついた。このまま挨拶に行こうと思うが、プロンプト。時間は大丈夫か?」

 

「は、はい!」

 

「ネヴィンも行くか?」

 

「俺もクライレスにちょっと言いたいことがあるから、ついでに行こうかな」

 

わかった、と言いながらコルが部屋を出て行く。ネヴィラムもプロンプトを促しながら、部屋の外に出る。

 

 

 

ーdepartureー

 

 

 

「失礼する」

 

コルが入室を告げると部屋の中からクライレスの声がする。

 

「なんだ、コルか」

 

こちらに顔を向けたクライレスにプロンプトが慌てて頭を下げる。

 

「し、失礼します」

 

「あ、グラディオラスもいる」

 

部屋に入ると、親子で話し込んでいたのか、グラディオラスが部屋にいた。ガタイのいい人間が多いので、クライレスの部屋が狭く思える。

 

「どうした?プロンプトがいるなんて」

 

グラディオラスが、話しかける。その問いにコルが代わりに答えるように

 

「警護隊の服を渡したついでにクライレスに挨拶を」

 

と説明する。

 

「そうか。訓練中怪我なくこなせたか?」

 

クライレスが、プロンプトを気遣うように先に問いかける。それに対してプロンプトがまたあたふたして答えるのを眺めながら、ネヴィラムはソファに座り、クライレスの蔵書に目を通す。好みの傾向が似ていて、ネヴィラムはこの部屋が好きだった。

 

 

 

「友人として、旅に同行する。十分な理由だ、その役割に誇りを持ちなさい」

 

恐縮しているプロンプトにあくまで優しく声をかけるクライレスは何処か父親の顔をしているようだった。

 

「王子と一緒に行動することで、普通の旅とは少し勝手が違うこともあるだろうが、まずは自分の身を大切にな。旅にはイグニスも、この愚息も同行する。何かあったら助け合うといい。旅とはそのようなものだ」

 

「はい!」

 

「旅の準備もあるだろう。行きなさい」

 

「ありがとうございます!失礼します!」

 

部屋に入った時より明るい顔で、プロンプトが退出して行く。グラディオラスもクライレスに、後でと言い残し、部屋を出て行く。退出間際、プロンプトがネヴィラムに手を振ったので、ネヴィラムも手を振り返す。

 

 

 

「ネヴィラム王子、お待たせしました」

 

クライレスがネヴィラムに声をかける。

 

「いや、大丈夫。急ぎじゃない。コルの話が終わってからでいい」

 

「そうか、それではコル、王子が譲ってくださったぞ。お前のことだ。俺はドラットーのことじゃないかとふんでるんだが?」

 

フフっと笑いながらクライレスはコルに先を促す。コルはネヴィラムに目礼を寄越してから

 

「その通りだ、クライレス」

 

と詰め寄った。

 

「話がしたいが、まだ話せていない」

 

「このところ顔色が良くない、理由は協定、だな」

 

クライレスには核心が見えているようだった。そしてこの国の行末すらも。

 

「領土の件を知って王の剣のやつらも動揺している。クライレス 、本当に俺は警備を外されるのか?今こそ王のそばに」

 

その言葉を最後まで言い切る前にクライレスが話し始める。まるで、話を遮るかのようなタイミングだった。

 

「伝えた通りだ。警備計画書も陛下の承認を受けている」

 

「クライレス、この国の宰相であるお前が、おかしいとは思わないのか?これでは警護隊が排除されているようなものだ!」

 

「落ち着けコル。何かが起きれば、真っ先に市民に被害が及ぶ。お前の配置は“陛下の命でもある”」

 

コルは納得できないかの様に首を振り、クレイラスに食い下がる。

 

「....それは、何かが起きる、と言うことか?」

 

「今、ルシスが取れる手は非常に少ない。それを陛下はずっと考えていらした」

 

 

 

(!?)

 

はっとネヴィラムが顔を上げる。父王が自ら命の終わりを定めているかの様に聞こえたからだ。ネヴィラムと時同じくして、コルも何かに気が付いたかの様に息を飲む。

 

「それは、」

 

「良いかコル。もう一度言おう、何かが起きれば、市民へ被害が及ぶのだ。『最も信頼できるものに民の非難を頼みたい』それが陛下のお言葉だ」

 

言われたコルも、言い渡したクライレスも、鎮痛な面持ちだった。言葉にできない虚しさと、物悲しさが部屋の中を支配する。

 

「....父上は、定められたのだな」

 

静かになった部屋の中に、ネヴィラムの声だけが転がった。死に場所をとはいえなかった。それを口にするにはあまりに父王は優しすぎたから。

 

「王子....」

 

「ネヴィラム様。陛下をお恨みなさるか?もしも恨まれるなら、このクライレスに。私は陛下の盾として、一切を被る覚悟にございます」

 

そう言うクライレスは、毅然としていた。盾としての誇りを、努めを全うすべく立っていた。自身も父として2人の子の行末を見たいだろうに。優しい父の顔をするクライレスを見てきたネヴィラムは何もいえなかった。その代わり、ポツリと

 

「父上に合わせて欲しい」

 

とクライレスにねだった。ネヴィラムが何か強請るのは非常に稀だ。これにはクライレス もコルも目を見張った。

 

「少しでいい、ほんの一時でいいから」

 

下を向いたネヴィラムの目からは、何も流れてはいなかったが、少なくともクライレスには、ネヴィラムが泣いている様に見えた。幼かったネヴィラムが、悪夢を見たと部屋を飛び出し、夜空の見える廊下で1人、膝を抱えていたのを抱きしめた時の様に、クライレスは自らの胸にネヴィラムを抱き寄せた。

 

「このクライレスにお任せください。王子の頼みは必ず叶えて差し上げましょうぞ」

 

「ありがとう」

 

さぁさぁ、話があるのではないのですか?とネヴィラムをソファに座らせながら、クライレスが話を促した。

 

「あぁ実は、」

 

気持ちを切り替えて、ネヴィラムは王の剣の護衛についてクライレス に報告する。

 

 

 

 

 

【同時刻、王都城エントランス】

 

※ノクティス視点

 

 

 

「この車、乗るのいつぶりだっけな」

 

「確か王子の元に届いて、ひと月ほどで乗らなくなったな。たまにネヴィラム様にも貸すほどには」

 

イグニスはため息をつく。

 

「なんで今日この車なんだ?」

 

「調印式の来賓送迎用に使いたいと、ドラットー将軍から伝言があった。城についたらそのまま引き渡す」

 

「ふーん。そのまましばらく使ってていいよ。全然乗ってないし」

 

「運転には飽きたか?」

 

はぁ、とため息を吐きながら、ハンドルを切ってエントランスへ車をつける。

 

「いや、後ろに座ってた方が気楽だし、好きなとこ運転できる訳でもねぇじゃん。乗せたいやつ乗せられねぇし」

 

ぶすっと拗ねるノクティスに、イグニスもやや同情的に声をかける。

 

「お前は、まぁ王子だからな。自由にはできないだろう。乗せたいのは陛下か?」

 

なんでわかんだよ、と後部座席からボス!っと前のシートを殴るがイグニスは得意そうな顔で、ノクティスに笑いかけるだけだ。

 

 

 

エントランスの階段を登り切ると、ドラットーが出迎えた。

 

「お待ちしておりました、王子」

 

「ドラットー、久しぶり」

 

ノクティスに頭を下げたドラットーはイグニスに問いかける。

 

「イグニス、車は?」

 

「駐車場に止めてあります」

 

「ご苦労。イグニス、陛下は今日1日お忙しい。いつでも連絡を取れる様にしておけ」

 

はい、と答えるイグニスの後ろで、この時間なら空いてるって聞いたけど?とノクティスが文句を言う。

 

「会議が長引いているのでしょう。王子、出立は明日でしたね。会えるよう、祈っています」

 

「あ、うん」

 

車の回収へ向かったドラットーを残し、ノクティスとイグニスは王都城へ入る。人が慌ただしく行き交い、ノクティスを見るとギョッとした顔で立ち止まり、慌てて頭を下げるものもいた。

 

「お久しぶりです、ノクティス様!」

 

「あ、あぁ、久しぶり」

 

戸惑いながら挨拶する様子に、イグニスがもうすこししっかり挨拶をしろと小突く。

 

「挨拶までめんどくさがるな、ノクト」

 

「ちげーよ。別に足止めてまで俺に頭下げてこなくていいってこと。みんな忙しいだろうし」

 

ふむ、とイグニスがノクティスを眺めていると、後方からイグニスに接触しながら走り去っていくものもいる。

 

「すまない」

 

「あぁ、いやこちらこそ」

 

半身を下げて、イグニスが王の剣を通すと、大柄の男が走り去って行く。

 

「皆がノクトのことを知っているわけでもないらしいな」

 

「王の剣って、全員が同じところにいるなんて滅多にないって、ニックス言ってたっけか」

 

「しっかりしてくれ、聞いてるかノクト」

 

仲のいい王の剣のメンバーの顔を思い浮かべながら、これくらいの気楽さがいいと、ノクティスは思った。王子と言われるたびに、背負いようのない重りが肩にのしかかっている気がする。それがノクティスにとってたまらなく辛い。『真の王』などと今言われても、未だにクリスタルはノクティスに役割の内容を教えようとしない。そんな状態で何をなせばいいというのだ。ノクティスは父が誇らしかった。しかし、どんどん老いていく父に、焦りが募るばかりで、ノクティスにできることなど限られていた。[何もできない第2王子]そう揶揄されているのも知っている。しかし幾らやろうとも、理想に届くにはあまりに小さな一歩であったし、理想は遥か高みにありすぎた。

 

 

 

「...わかってるって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーJourneyー

 

 

 

【ノクティスの自室】

 

 

 

「今日は親父には会えないのか」

 

感情が抑えられた声音でぽつりと話すノクティスに、イグニスは慰めるように肩に手を置いた。

 

「今日は難しいだろうが、明日の出発にはおいでになるそうだ。ノクト大丈夫か?」

 

「平気だっつの」

 

「ならいいが」

 

切り替えるようにイグニスは、式典用にあつらえられている荷物の確認に取り掛かった。

 

「俺は式の荷物の選別に行ってくる。その間、ここの片づけ、頼めるか?」

 

「あいよ」

 

しばらく使っていなかったが、結婚を機に環境が変わることも踏まえて片付けておこうとここ数日作業しているが、やっと一区切りつきそうだった。

 

ノクティスの返事を聞いてから立ち上がり、サボるなよ、と言い残しイグニスは部屋を出ていった。ノクティスは手元にあったカーバンクルのお守りをぐっと握りしめ、部屋の中を見渡す。

 

(親父、夕飯食べた時から一度も会えてねぇ。無理してねぇんだよな?)

 

壁際に掛けてある剣を荷物の中にしまいながら、だんだん整理されていく部屋とは逆に、ノクティスの内心は混沌としていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

【クライレス 私室】

 

 

 

ーコンコンコン

 

 

 

ノックの音がなり、鈴のような声が訪をつげる。

 

「きっとイリスだな。最近ここに泊まっておりましてな、着替えを持ってきてくれておるのです」

 

クライレス がネヴィラムに目で確認を取り、一つ頷いて扉へ向かった。

 

「イリス、よく来た」

 

「父さん、着替え持ってきた!」

 

「あぁ助かる」

 

こちらに気がついたイリスが、あ、と言いながら口に手を当て慌てて頭を下げる。

 

「イリス嬢、ちょっと見ない間に美人になったな、元気そうでよかったよ」

 

言われた方のイリスは、顔を真っ赤にしながら

 

「お久しぶりです、ネヴィン様」

 

と蚊の鳴くような声を出した。普段のイリスを知っているコルや父親のクライレスからすれば仰天物の場面である。

 

 

 

「ノクトが来てるのか」

 

「はい、ノクト、陛下へのご挨拶でお城に来ているみたいなんですけど」

 

それを聞いたネヴィラムは、一瞬顔を曇らせてから、すぐに元の顔に戻り

 

「今どこにいるか知ってるか?」

 

とイリスに尋ねた。イリスはその一瞬の表情にひっかりを覚えたが、特に何も言わずに明るいトーンでイグニスが言っていた王子の居場所を兄王子に教える。

 

「ノクトならお城の自室に行くって言ってました」

 

「ありがとう、イリス」

 

柔和な顔で例を言ってネヴィラムは

 

「クライレス、後は手筈通りに。ノクトの出立までには準備を整えて戻る」

 

と言い置いて部屋を出て行った。

 

「父さん、ネヴィン兄さまと何かあったの?」

 

「いやイリス、国防の話だ。そういえばイリス。今日の夕食はグラディオラスと外で食べようと思うんだが、お前何か食べたいものあるか?」

 

それを聞いたイリスは顔をパッと明るくして嬉しそうにその場で跳ねた。早口に飛び出すリクエストに、すこし疲れた顔をしながらコルに顔を向けると

 

「俺はこれで失礼しよう、クライレス無理するなよ」

 

と笑いを殺しながら出て行く。

 

「お前、人ごとだと思いよって」

 

「人ごとだぞ。イリスの父はお前だけだ」

 

「お前も子供を持てば味わうことになるぞ」

 

ぐぬぬ、と恨みがましいような嬉しいような複雑な表情のクライレスを尻目に、扉を閉めるコルであった。

 

 

 

自室に帰ってきたネヴィラムは、すこし長めのため息をはく。“打てるだけの手を打っておく”クライレス経由で伝えられた父の言葉だった。ならば自分も出来ることをしよう。例え最愛の家族を救えぬ結果だったとしても、この手から溢れるものは少ない方がいい。これはただのエゴだ。でもそう思わずにはいられない。破滅的な考えに至るには、ネヴィラムは優しさに触れすぎていた。それがどんな形であったとしても。

 

 

 

ーピピピ

 

 

 

ネヴィラムのインカムに着信がある。

 

「ネヴィラム王子、ドラットーです」

 

「ご苦労。決まったか?」

 

「はい、明日、夕刻テネブラエへ向けて出発させます」

 

声音は固く、緊張を滲ませていた。

 

「わかった。明日、隊を配置する」

 

ネヴィラムは出来るだけ静かな物言いを心がけた。

 

 

 

“起こり得る危険には先に手を打っておくのは定石”クレイラスにチェスを教わった時の鉄則だった。

 

“相手の策に対しては奇策を持って弄さなければ、潰されるだけ”これはアーデンとチェスをした時痛い程教え込まれた戦術。

 

ネヴィラムはどちらにも理があると思って守っている。熱戦を交わす前の段階では、情報が命の要となる。誰がどう思い、どう策を巡らすか。余さず絡めとらなければ負けてしまう。そして相手の牙城を砕く時、真っ向勝負では時間がかかりすぎてしまう。それでは味方を見殺しにするも同じなのだ。“奇策を弄さなければ”。

 

いつのまにかベッドの上で足を抱え込むようにして考え込んでいたネヴィラムに、窓から差し込んだ西日がかかる。

 

 

 

と、部屋の中に可愛らしいチョコボの鳴き声がした。

 

 

 

「?」

 

音の発信源である端末の表示には『ノクティス』の文字。

 

「はい」

 

「あ、兄貴か?」

 

電話口の弟の声は弾んでいた。

 

「お前さん、俺にかけたんじゃないのか?」

 

「うっせ。こないだのボトル、兄貴が持ってったじゃん。あれどうなったかと思ってさ」

 

きっとノクティスは、記念にしたいと言っていたシャンパンボトルのことを言いたのだろうと想像し、ボトルは洗浄のためにスキエンティアに預けていると言うと

 

「そうなのか」

 

どことなく残念そうな返答に変な予感が働く。

 

「ン?なんだよ。もしかしてお前旅に持ってこうとしてたとか?ノクト〜そんなに嬉しかったのかぁ。可愛いやつめ」

 

そう揶揄ってやると、「なんだよ、悪いかよ。つか、可愛いとか言うなよ!おい聞いてんのかバカ兄貴!」とキーンと劈く声で叫ばれる。まったくもって元気なことだ。

 

「聞いてるよノクティス。わかった、なんとかしといてやるからお前は旅の準備進めとけよ。お上りさんになるからな、絶対」

 

ならねぇよ!とどこから湧いてくるかわからないような自信を見せ、弟からの通話が切れた。

 

どことなく力が入っていた体から、するりと何かが抜けていく。緊張だったのか、力だったのか、ネヴィラムにはわからない。ただそこにある日常が救いだった。

 

 

 

ベッドにだらりと下げられた手からこぼれた端末には、イグニスから、ノクティスの家の掃除に行くこと、外交レポートを資料として回してほしいことなどがメッセージで届いていた。

 

全てが遠い。一週間後、このような日常が流れているとは到底保証されていない。アーデンの計画通りなら、王都は焦土と化しているだろう。ネヴィラムはそれを知りながら、この国を見殺しにする。それが決められた定めであるから。1人でも多くの者を救おうと足掻いてみたが、帰郷までに運命を変えられたのは数少ない。人の死を語る女神の夢も、一欠片でしかない。最早ネヴィラムが最も救いたい人は、運命の歯車の一部だ。楯を突いたところで小石のように砕かれる。全てを知り得ないが故に、無駄な希望が湧く己に初めて嫌悪したのは、まだネヴィラムが6つの頃だった。今再び、絶望が始まろうとしていた。

 

 

 

....ラム

 

......ヴィラム

 

 

 

「ネヴィン!」

 

はっとして目を開く。いつのまにか寝ていたらしい。珍しく夢は見なかった。眠っている間のことを思い出そうと、ぼんやりしていると暖かな手が頭を撫でた。

 

「ネヴィン、しっかり体を休ませたいなら、こんな所で寝てはいけないよ」

 

「...父上」

 

ノクティスの電話があって、イグニスからレポートを頼まれて...あれからどれくらいたった?必死で状況を確認しようとしているネヴィラムに、レギスはこう言った。

 

「クライレスから、ネヴィンが会いたがっていると聞いてな。何事かと思って飛んできたんだが、当のお前はベッドの上で何もかけずに横たわっていたから、驚いたぞ」

 

穏やかな口調で話すレギスだが、起こされた時の声から察するに、相当焦ったのだろう、そう当たりをつけてネヴィラムは素直に頭を下げる。

 

「申し訳ありません、父上。ノクティスと話しているとほっとしてしまって。いつの間にか寝てしまっていたようです」

 

ゆっくりと体を起こすと、レギスもそれに合わせて隣り合わせで座る。

 

「お前に大事がなくてよかった」

 

よしよし、と頭を撫でられる。直に感じる“父親”の暖かみに頬が緩んでいくのを感じると同時に、変わらぬ様子で撫でてくれる父の手が、酷く気高く、穢し難い物のように感じた。

 

「父上、ドラットーの件は...いえ。父上はもう定められたのですね?」

 

それを聞いたレギスは、表情を固くする。

 

「クリスタルを守る王として、何を守られるか」

 

「...すまない、ネヴィラム。全てを守れぬ不甲斐ない王を許しておくれ」

 

「父、上。....とうさま。私は父さまの死を知りながら、俺は!」

 

もういい、と肩に手を置かれる。はっとして顔を上げると父の顔は笑っていた。

 

「いいのだ。いいか?ネヴィラム。お前が今から何をしても、誰と共に生きようとも、お前は変わらぬ私の息子だ。私の可愛いネヴィラムだ。お前は、この国の、そしてこのレギスの、誇りだ。常に、胸を張れ」

 

「父さまは、全てご存知の上で...?」

 

一つ頷いたレギスは、

 

「全てを知っている訳ではない。だが、お前がお前の考えの下、守りたい物を守らんがために、身を削っていることは見ればわかる」

 

 

 

“父親だからな”

 

 

 

笑っている父の顔は未来を見ていた。ネヴィラムの目から大粒の涙が溢れる。ポロポロと堰を切ったように流れ落ちる様を、ネヴィラムは茫然としながら止められずにいた。

 

 

 

「お前が泣くのを久しぶりに見た気がするな。ノクティスはよく泣いていたが、お前は何時からか泣かなくなっていたから」

 

「と、さ...ま」

 

「お前にも、ノクティスにも辛い思いをさせる。特にノクティスには、何も伝えずに行かせることになる。私はお前で罪滅ぼしをしているのかも知れん」

 

 

 

哀しみにもがきながら、使命という檻の隙間から、2人の息子にあらん限りを尽くした男の顔だった。

 

 

 

罪滅ぼしであっても構わない。運命の中でも、抗おうとするその姿を、息子2人に見せてくれた。覚悟を間近にしていないノクティスも、いつかはレギスの意思を知るだろう。父はこの世界を救う為に死ぬ。その魂は世界へ還元される。そこ彼処からレギスの遺志を感じることがあるだろう。例え、その死を間近にしなくても。

 

「父上は、ノクティスに生き様を示されてきました。そしてわたしにはこのかけがえのない一瞬を。罪滅ぼしであっても、我ら兄弟は生きて行けるのです。父上のお陰で」

 

口に出しておきながら、その言葉はさながら自らに言い聞かせているように、ネヴィラムに帰ってきた。そうだ。父王の思いを、誰がノクティスに伝えてやれるのだ。

 

泣いてばかりいられない。泣くのはこれで最後。

 

 

 

「真の王の臣下として、ノクティスの兄として.....父上の息子として、未来を勝ち取って参ります」

 

「あぁ。父はすこし遠いところから、お前たち二人の幸せを祈っている。健やかであれ、とな」

 

 

 

ギュッと抱きしめた父の体は、いつの間にか小さくなっていた。否、自分がいつの間にか父を抜いたのだ。

 

懐かしい父の匂いが鼻腔を過ぎ去り、暖かな温もりが溶け合った。

 

部屋に引き返していく父を目に焼き付け、ネヴィラムは出立の準備を整えた。明日、ノクティスを送り出した後、王の剣を護衛する。その後からは、時間との勝負になるだろう。調印式も上手くやらねばならない。

 

今度こそ、父王に言われた通りしっかり布団をかぶって眠りについた。




この物語の主人公は、ネヴィラムですが、ノクティスも主人公です。
本編でノクティスはすんなり出発していきましたが、複雑なところがあったのではないかと思っています。それをオリキャラに若干表現してもらっています。
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