グラン歴778年、光の皇子セリス率いる解放軍が新生ロプト帝国皇子にして暗黒竜ロプトウスの現身、ユリウスを打ち倒す。
グラン歴780年、セリスがグランベル王国を再興。そしてグランベル王家の座に就き良政を敷きのちの世にグランベル王朝中興の祖、聖王セリスと呼ばれることとなる。
「なるほどなるほどかくしてめでたしめでたし。全て世は事もなし。というわけだな、シグルドよ」
黒のローブに身を包み、豊かな銀髪と褐色の肌、何よりその血のように赤い瞳が特徴的な年の頃は18~19歳であろう美少女がソファーに寝そべりながら、豪奢な装丁を施した分厚い本をぱたりと閉じ、目の前の青い髪の美丈夫にどこか皮肉めいた様子で語りかける。
「なにが不満だというんだ…黒トカゲ」
深い海のように青い髪と恵まれた顔立ち、身長は190センチに迫るのではなかろうかという高身長と衣服越しでもその鍛錬がよく分かる筋肉…かつてのシアルフィ公子シグルドは銀髪の美少女の言葉に苛立ちを隠そうともせず、そう問い返す
「不満も不満、大不満だよ。シグルド。そりゃお前は我が息子が聖王などと呼ばれ、大陸の覇者となったからいいかもしれないがな…私がいつ人の身に負けたというんだ?負けたのは私がガレとかいうクソ坊主に与えた力とそれに付随した疑似人格だけだ!納得いかん!ムキー!」
「ええい、鬱陶しいぞ!邪神とはいえ神は神。少しはそれらしくしたらどうだ」
ソファーの上でジタバタと銀髪少女、かつてユグドラシル大陸を席巻したロプト帝国とその国教にして支配の主幹を担ったロプト教団の主神と崇められた神、旧大陸では強力な地竜族の有力者であった竜である。
そんな規格外の怪物がどうして可憐な美少女となったのかはさておき、そんなロプトウスと対等な口を聞きあろうことか文句をつける本作主人公シグルド=フォン=シアルフィ。
そんなドタバタを見るに見かねたのか、奥からこれまたウェーブかかった銀髪とで白磁のように白い肌をした美少女がそんな二人の仲裁に入る。
「シグルド様もロプトウス様もいい加減におやめください!たった三人しかいないこの場所で喧嘩などしてどうなるというのですか!」
彼女の名はディアドラ=フォン=グランベル。バーハラ王家宗室の皇女にして聖騎士マイラの子孫つまりロプトウスに連なる血を持つ運命の少女だった人。
そしてそんな彼女が「こんな」と言ったこの場所は賢明なる読者諸兄のご明察の通り、世界曰く冥府・ヴァルハラ・あの世等々世間一般でいうとこの死後の世界である。ちなみにロプトウスは神竜王にナーガにしこたま怒られた後で普通にアカネイア大陸で天寿を全うしたそうだ。
「そうはいうがなディアドラ…お前の旦那は少々怒りっぽすぎるぞ!」
「言わせておけばこの黒トカゲ!ディアドラにまでいらぬ事を…そこに直るがいい!バルドの名においてお前を成敗してやるぞ!」
「上等だわ!かかってこいや!人間!お前の攻撃なんかどうせ半減だわ!」
ソファーから跳ね起きて怪しげな闇魔法を展開しだすロプトウスに神器ティルフィングをぶん回しだす旦那を目にして深いため息をつくディアドラ、そして、
「どうして…どうしてもっと仲良くできないのですか…二人とも」
その美しい双眸から一滴の涙があふれ出す…つまり泣いちゃった
「ディアドラ大丈夫か!?すまなかったちょっと悪ふざけが過ぎた私たちとっても仲良しなんだよ、な、な!シグルド」
「あ、あああそうなんだよディアドラ…仲が良すぎてついつい口が過ぎてしまうことってよくあるだろ?それなんだよ!だから君が悲しむようなことなんか何一つないさ。光神ナーガとブラギに誓おう」
「おい…ロプトウス神には誓わないのか?シグルド」
「調子に乗るなよロプトウス」
お姫様の涙を止めようと二人で肩を組みお互いの背中をつねりあう茶番劇。
とはいえそんな三文芝居も純真なディアドラには功を奏したのか彼女は泣くのをやめ二人をうかがうように問いかける
「仲悪くないのですか?もう喧嘩はしませんか?」
「「勿論だとも!だからだなナーガの書に手をかけるのはやめてくれないか」」
ディアドラをなだめるのに一刻を要した二人は再度、一冊の本を前に討議を始める
「シグルドこの歴史を本当にめでたしめでたしで締めていいと思うか?」
「歴史に善悪はないし今の私たちにその是非を問う資格はないさ」
「言い方を変えよう。お前はあんな死に方で本当に満足だったのか?確かにお前の死によってマンフロイ達頑迷なロプト教徒はあぶりだされ、ユグドラシル大陸にはびこっていたロプト教の差別もいくらかは改善した愚かな暴君たちもお前によって打ち倒された。だがそれでお前やディアドラは幸せだったのか?」
「…納得はいっていない。だがそれでもベターな結末であったと信じたい」
「なあ友よ。カッコつけずにひとりの人間として答えてくれないか?もしお前がもう一度あの時代に戻れるとしたらお前はどうしたい」
「そんな今の歴史を変えるようなこと…」
「違う違うそんなこと聞きたいんじゃない!わたしはお前の心の底、シグルドの本心を聞きたいんだ!エスリンや親友たちを救いたくはないか?お前に付き従った戦士たちを守りたくはないか?だったらやって見せろ!私も力を貸してやる!」
真っ赤な瞳を爛々と輝かせロプトウスはシグルドに問いかける
さながら別大陸でこの後伝え広がる神話に出てくる楽園の人を誘惑する蛇の如く
「やりたいと言ったら笑うか?お前は」
「誰が笑うか、友よ」
銀髪の美少女は青髪の青年に対し最高の笑顔で応えた。
そして一振りのナイフを取り出し自分の人差し指を浅く切り裂き、彼女の瞳のように赤い血が指を滴り落ちる。
「本当にお前がやりたいと望むなら力を貸そう…こまかい理屈は言っても分からないだろうから省くがこの血を飲むがいい。そうすれば今言ったことは叶う」
「そんなバカな…そんなこと出来るはずが…」
「私は神だぞ…お前の常識で物事を測ろうとするな。何、心配するなさっきも言った通り私も行って力を貸すしディアドラも必ず後を追わす、お前は孤独になんかなったりしない」
「ロプトウス…私は…」
そして英雄は黒き竜の誘惑に乗り血を啜る