時をかける英雄   作:ブッシュ

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地獄の沙汰も金次第 その3

 メルゲンの痩せて乾いた土地を軍馬がザクザクと踏みしめる音と兵卒たちの装備がガチャガチャとこすれる音のみが響き渡る行軍の中、スクルドは再度口を開く。

 

「我々には理解しがたい事ですが、形式上はともかくとしてエッダ僧兵軍をはじめとしたエッダ公国内の軍権をロダンが握っているのは厳然たる事実です。なるほどだとしたら私がクロード公爵にエッダ領の一部軍事利用、僧兵による補給経路の確保を依頼するのはお門違いだったに違いない。なぜなら公爵にはそれを決定する権限なんて始めからないのだから。それはきっとエッダ公国、ブラギ教のトップとして耐えがたい屈辱に違いない」

 

 スクルドは売れない大根役者の演じる短編劇な様で説明を続ける。

 

「では翻ってロダンはどうでしょうか?確かに彼はブラギ教の武力そのものです…ですが逆に言ってしまえばそれだけの存在。竜の血も神の武器も持たない彼はクロード公爵がいる限りどこまでいっても教団内の席次はナンバー2。出来る事と言えばせいぜい僧兵団を嵩に横やりを入れることぐらいで、所詮クロード公爵というカリスマの陰でしかない。さぞかし公爵を疎ましく思っていることでしょうね。ひょっとしたら好機さえあればあの若造を追い落とし政治権力を手中に!なんて考えてるのかもしれません」

「まさか大司教がそこまで大それたことを…」

「そうでしょうか?ロダン大司教は教団内の幾多の権力闘争で勝ち抜き、ついにはエッダ公国内の軍事力を一手に集めたお人ですよ?常人の私には計り難い程の野心を持たれていても何ら不思議ではないと愚考していますが」

 

 まるで信じらないと血相を変えるグスタフを尻目にこともなげに吐き捨てる。

 事実ロダンはシグルド謀反の報に呼応し、事の真偽を確かめようとブラギの塔に向かおうとしたクロードに一切の兵の帯同を許さず、シグルド軍がシレジアへの逃避したのちは、あろうことかクロードの教主罷免と自身の教主代行就任を条件にシグルド征伐の為、高位法術を備えた僧兵をリューベック・フィノーラ・レプトール軍へ配し、その功でアルヴィス統治時代は勿論、ロプト帝国再興後から人生の終焉のその時まで教団とエッダ領のトップとしてあり続けた。

 それは影響力を失った教団と痩せて閉塞した土地にユリウスやマンフロイが興味すら持たなかっただけだとしてもだ。

 

「しかしそのように交渉窓口がいくつもあるのでは猶の事難事ではないか?スサール卿は今回の件をどうやって通されたのだ?」

「そこですよ、グスタフ卿。両者の権限の分散と対立、交渉条件が複雑に絡み合ってるからこそ初めてこれはシアルフィ家、フリージ家を利する結果となるのです。いいですか?運よく我々がこの戦争で勝利しその見返りにいくらかの利権を得ます。その際にトラキア半島~エッダ領間の交通インフラ整備を行うとするとこれは軍事ですか?政治ですか?それとも経済ですか?」

 

 褐色紅眼のシアルフィ副官はいたずらを思いついた少女のような笑顔でフリージの老将軍へと問いかける。

 

「当然経済と政治……と言いたいところだが残念ながら戦後の半島は間違いなく荒れる。民間や政治屋の書類上の取り決めだけでは収まるまい。だとすれば軍の出番も当然あるだろう」

「でしょうね。ではこのトラキア半島へのエッダ教団の進出これはどうでしょう?軍事ですか?政治ですか?経済ですか?」

「それは…」

 

 言葉を濁らせるグスタフの結論待たずにスクルドは花のように顔をほころばせ笑い出す、貴人への敬称も忘れてしまうほどに。

 

「そうです、それでいいんです。戦後トラキアのこの大地に関する全てにおいて政治も軍事も経済も不可分なんです。スサール卿、あなたは本当に悪い人だ。美味しい条件だ、これで難い政敵の権限・勢力を削ぎ他公爵家から無制限に金を引き出せると食いつたが最後。あいつらは延々とエッダ公国内で結論の出ない論争をやらなければならないでしょう。アハハハハざまーみろ!きっと真面目くさった顔で言うんでしょうねクロード公爵、僧兵団の了解なしにシアルフィ軍の沿道、港湾警備には配置させれない!ロダン大司教、彼の地への教会建設には私を通して貰わないと困る!なんてね?一生やってろばーーーーか!なるほどなるほどこれは素晴らしい!シグルド朗報だ!あとはお前がトラバントに勝てばそれで事が終わるぞ!」

 

 自分の言葉であるはずなのに全て合点がいったと言わんばかりに晴れやかなスクルドは手綱は握りしめ、狭い渓谷の道なのも隊列が乱れるのも構わず風のように走り去っていった。

 呆気にとられたグスタフが次の言葉を継ごうとした矢先、それを遮るかのように一陣の風が肥沃なトラキア半島北部には珍しく湿り気を帯びないメルゲン渓谷の大地をもうもうと舞いあげる。それを煩わしげに眉を顰め、手をかざし砂塵にやられないようにと手で目元を覆い、風が収まるのを待つ。

 

「風が強くなってきましたね。この砂煙で行軍に支障が出なければよいのですが…」

「なに、アレクの先遣部隊が上手く誘導してくれるであろう」

「そうですね、しかし城を前に落伍した兵が出ないとも限らない。失礼ですが私はティルテュ様の元へ戻らせて頂こう」

 

 その言い切るか否かの矢先、兵達の混乱の声が上がる。風による混乱かと思われたがその疑念は伝令兵の震えあがった大音声によってかき消される。

 

「ほ、報告します!南の空にた、多数の黒点!りゅ、竜です!トラキア王国軍の!飛竜騎士団がわが軍の隊列に向かって迫ってきております!」

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