時をかける英雄   作:ブッシュ

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笛吹けど踊らず

「アレク!左翼騎馬が中央、右翼と連携を取れず突出しすぎだ…これでは戦場だといいカモとなる。お前が駆けて立て直してこい!」

「ハッ!ただちに!」

「ノイッシュ!中央・右翼の騎馬部隊の展開は逆に遅すぎる!突撃後敵陣で孤立するぞ!」

「申し訳ありません!全速後進!」

「アーダン!前線の盾となるべき重装歩兵が最後方にいてどんな働きをするつもりなのだ!?」

「わ、わ、分かりました!」

 

シグルドとスクルドは逆行より数日後、シアルフィ軍の核心戦力となるグリュンリッターを除く、シグルド近衛部隊を中心としたシアルフィ残留軍7000を率い、ユングヴィ公爵領国境に近い平野部にて2週間に及ぶ軍事演習を行っていた。のだが、

 

「おい…シグルド…これは現状戦力を確認するための演習だぞ?進軍速度早過ぎるし指揮が緻密過ぎる!各個部隊が全くついてこれていないし、すでに脱落兵まで出ている。」

「うるさいぞ、スクルド!今は演習中だ口を挟むな!…それにお前の言いたいことは私だって分かっているさ!っ!左翼、今度は遅れ過ぎだ!何度言わせたら分かるのだ!」

 

シグルドは軍幕僚の集まる仮設陣営を離れ、愛馬を駆けさせ自ら陣頭指揮を執っていたのだが、演習開始の初日よりシグルドの指揮と部隊長たちの運用の齟齬、兵卒一人一人の訓練不足ばかりが露呈することとなり、その惨状を見てシグルドに並走していたスクルドは堪らず主君に声をかけるのだが、当のシグルドからは焦りと苛立ちの声しか漏れず、

 

「分かってるなら速度を緩めろ。自領内でシアルフィ軍全軍の躯を晒すつもりか!聞こえているのか!おいシグルド!」

 

スクルドの諌言へ反発するようにさらにシグルドの指揮の苛烈さを増す。そこへ信号ラッパの音がある規則性をもって部隊が展開してる各地に鳴り響く、その音の意味は…

 

「全軍進軍止め!一時間の休息の後にシアルフィ城へ向け進軍を始める!演習はもう少し!あと少し踏ん張るのだ!」

 

そのラッパの音いや声を合図に全部隊は一斉に足を止め、思い思いにくたびれきった体を休めはじめる。そして兵卒たちの顔にはわずかながら生気が取り戻し始めていた。

シグルドの荒れ狂った指揮を遮るように全将兵へ届くようかのような大音声、そして声の主はその声に似合わぬような老体。しかしながら背は決して曲がることなく、自身の歴戦と老獪さを無言で語るそんな風貌の騎士に司令官シグルドが歩み寄る。

 

「スサール卿どういうつもりかな?」

 

スサール卿…シグルドがそう呼んだ老騎士はシアルフィ家分家筋の長、かつては幕僚長等々の華々しい官職を歴任しバイロン公の懐刀として大陸全土に音と聞こえた名軍師。そして今はその子シグルドの後見役を務めこの演習にも幕僚の一員として参加していたのだ。

 

「いやいや若君の名司令官ぶりこのスサール感服致しました。とはいえ兵馬の疲労も頂点。此度の演習はここまでとし、シアルフィ城にて今回の反省材料を検討いたしたいと思いまして…」

「皮肉か?スサール」

「は?」

「皮肉かと聞いているのだ?スサール!答えろ!」

 

いつもの温和なシグルドらしからぬ激昂。流石にこれはどうにもマズイと感じたスクルドは二人の間に割り込んで、着込んだ青いローブを振り乱しシグルドに代わりスサールを糾弾する。

 

「スサール卿、公子の御裁可を待たず全軍への指示。あまつさえ公子直下の兵の無断使用!これはいったいどういうつもりだと聞いているのですよ!卿は少しご自身の御立場を勘違いされておるのでありませんか?ここはバイロン公の軍ではなくシグルド様の軍!あなたは一幕僚!ご返答しだいでは処断は免れませんぞ!」

「スクルド…」

「どういたしました、卿!きちんと筋の通ったご返答を!」

 

スクルドの罵詈雑言などどこ吹く風、スサールは褐色の少女などまるで見えていない聞こえていないかのようにシグルドへ語る。

 

「このようなうら若い娘を矢面に立たせ汚れ役を任せてまことに若君は名司令官でございますな。名家シアルフィ家の凋落を見ずに死ねるのは、この老いぼれのせめてもの慰めか…」

(このクソジジイが!…シグルドをさらに焚き付けるつもりか?)

 

スサールの態度にスクルドが更に言葉をつづけようとするがそれをシグルドが腕で制す

 

「ほう、もう冗談では済まぬぞ?スサール、貴様の首をかけての諌言私が聞こうではないか…」

「それでは恐れながら老いぼれの戯言をお聞き下さい。まず若君は何をそんなに急ぎ恐れておられるのかな?」

「急ぐ?恐れる?何の話か皆目見当もつかぬが…」

 

口をついた言葉とは裏腹にシグルドの顔は明らかに痛いとこを突かれたとばかりに顔を歪ませ、親指の爪を噛み始めた。

 

「若君、立場が悪くなると爪を噛むその悪癖は直した方がよろしいかと。エスリン様も今は亡き御母堂も常々心配しておられましたぞ。おや、話がずれてしまいましたな、いかんいかん年を取ると話の筋道がつけれなくなる」

「構わない続けてくれないか」

「この老いぼれが若君の采配に感服したのは事実でございます。どこでこれだけの軍学・経験を重ねたのかは知れませぬが全く持って見事な物でした、若君の指揮する兵がヴァイスリッターあるいはクロスナイツといった精兵であれば恐らく若君は大陸すら平らげれる名司令官。しかれども若君が指揮する兵は調練浅く実戦を経ぬ弱卒が多く、ノイッシュなどの将もまた才器豊かとはいえいまだ20の声を聞かぬ若輩…とても若君の采配に付いていけぬのも無理からぬことまさに机上の空論でございます!…もう10年いや5年…長い目で御自身の兵を見てやってくださいませぬか?」

「5年…遅いのだ…それでは遅いんだよ…スサール」

「はあ?」

「色々済まなかったスサール、老体の身にいらぬ気を遣わせた…スクルドもだ。将兵たちには城に着いたあとにでも改めて私から謝ろう。スクルド、今夜は兵をねぎらう、酒保の解放も任せていいか?」

「はっ!」

 

シグルドはそれだけ口にすると踵を返し、愛馬に跨り陣営の元に走り去っていく。残される二人

 

「シグルド様にはいらぬことまで言ってしまったのかのう…」

「スサール卿、先ほどは立場も弁えず失礼を働き申し訳ありません…このような首で良ければいつでも…」

 

寂しそうな顔でシグルドの後姿を見送るスサールに、スクルドは先ほど非礼をすかさず詫び、頭を深々と下げる。

 

「いやスクルド殿はよくシグルド殿をお守りしてくださる真良き臣である。こちらこそ若い娘などと侮った物言い許して下され。それにして指揮ぶりといいあの態度と言い本当にシグルド様には何かあったのですかな?」

「私ごとき立場ではシグルド公子のお考えまでは…」

「そうか済まなかったな…スクルド殿、若君をいつまでお守りくださいませんか?この老いぼれではあと3年も若君の御姿を見ることは叶わぬであろう、そなたが守ってやってくれないか?」

「ご謙遜を…私ごときが…しかしながらこの非才の身の続く限り公子に尽くす所存です!それだけはお約束いたします」

「そうか…そうであったか。はっはっは!このシアルフィ家の未来はこれで安泰よ!」

 

スサールもまたそう言い残すと馬に飛び乗り、陣営へ馬を駆けさせていった。

そして一人取り残される暗黒神はというと

 

「この破壊の神が人を守れか…まったくおかしなことを言うものだな…あれ馬いない…地図も無い…日も落ちてきてる…おーいシグルド私を一人にするんじゃない!私も城まで連れていけー!」

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