ここはバーハラ。グランベル王国首都にして聖者ヘイムが治めた地。
ユグドラル大陸最大の都市。
政治経済文化エンタメに多大な影響を与える流行の発信地。
グランベルの力と富と繁栄の象徴。
人々はいう…ここは華の都バーハラと。
「ハァ…」
都大路に相応しく目が美しく揃った石畳、所狭しと立ち並ぶ品ぞろえ豊かな商店、そしてシアルフィ領内の市街地とは桁違いの人波をかきわけ青髪の貴公子は誰に聞かせるでもない、いや確実に隣を歩く銀髪褐色の待中の耳にちょうど聞こえる程度の溜め息を絶え間なく吐き出す。
「そんなことしたって無駄だぞ、シグルド。あう!し、失礼した。…ったく、いくらなんでも人通りが多すぎるぞ!やっぱり人間は少々数を減らすべきなんじゃないか!?」
陰気な溜息をつくシグルドを嗜めるため視線を隣に向ける度に、通行人とぶつかり物騒な事をことを口走る暗黒神ロプトウスことスクルド。
「おい黒とかげ!滅多な事言うんじゃない!これだけこの都市に人が多いのは平和で豊かな証!それも全てアズムール王陛下とクルト皇太子殿下のご人徳、ご器量の賜物…それを言うに事欠いて…」
その二人の器量と人徳が至らないからグランベル内の陰謀でお前は誅殺されたのだろう…とクソまじめな顔で騎士道爆発させてる元・謀反人に、皮肉を言い返す元気も溢れかえる雑踏に奪われ、力なく生返事だけが虚しく口をつく
「へいへい全く持ってその通りでございますね、あーたの立派な忠誠心には頭が下がりますなシグルド公子…それではその忠誠心をフル活用して守ってみようか?この平和」
なぜこの二人がバーハラ市中を歩いているのか…事の発端を知るには数日前へと時をさかのぼる必要がある。
◆
シアルフィ城、公執務室の部屋の主シグルドはいつものように良質な木材に美麗な彫刻が彫りこまれた机に座り、市民や公国各機関から上がってくる陳情・要望提案・予算立案書の決裁をしている…訳ではなく、一通の封筒…シアルフィ家の紋章の印璽を捺された深紅の封蝋で閉じた手紙を頭の上に掲げ、何をするでもなく物鬱気にまじまじと眺め、指先で弄っている。
「入るぞ」
シアルフィ公国暫定支配者の了解を得ずにずかずかと部屋に入ってくる不埒物は今のところシアルフィ城には2名。
1人はシグルドの妹エスリン公女。これはもう親族の無遠慮さという奴であろうが、もう一人はさらにたちが悪い。
「扉を開けてから了解を得る意味はあるのか?スクルド」
これがシグルド専属の待中にして待中府の長なのだから、この国の未来が心配である。
そんな主君の心配を余所に、黒き竜は紙の束を執務机の上に無造作に放り出す。
「先ごろ行った軍事演習の総括とその反省を踏まえた戦術・装備検討会のまとめが上がった。お前も見てみろ!お前の意思伝達の速度と正確さをあげるために早馬の配備数を倍に増やすのは確約としてだ。進軍にまるでついてこれなかった重装甲歩兵部隊の装備も一新するんだとアーダン殿が息巻いていたぞ…はてさてこんな軍事予算が通るものやら…財務官僚どもの苦悶の表情が今から楽しみだな!これはパルマーク司祭殿の白髪もまた増えるかもしれんな!ケケケケケ」
いわく邪竜、暗黒神、破壊の神…彼女を評す仇名に相応しい邪悪な笑顔をよそに上の空なシグルド
「あー嘘だよ!嘘!シグルド~嘘だって!戦争屋は我が家の財布の中身も考えずに好き勝手いうから嫌だよな!野蛮だよ!ホント最低さ!…で、どうした?その手紙もさ」
馬鹿みたいにおどけてみるが無反応な友人にしびれを切らしスクルドは自分から尋ねる。
「キュアンとエスリンの婚儀の招待状だよ…先ほどエスリンから貰ったよ…」
「なんだおめでたい話じゃないか?いや待てよレンスターとの婚儀は早春…ウルの期だったろ?招待客は王侯貴族ばかりだろうに少々遅くないか?」
おめでたい話と分かりほっとした反面、シアルフィ・レンスター家の手落ちになるのではなかろうか?とすっかり宮仕えが馴染んでしまった黒とかげ
「これは二通目だよ…今年のトラキアの北進は長引いてるそうで晴れがましい事やってる場合じゃないそうだ。…そうだ思いだした、一回目の時もそうだったよ…披露宴でキュアンが長雨は鬱陶しいが飛竜が飛べないファラの期が北トラキアの一番平和な時期なんだって苦笑いしてたっけ…」
「ああトラバントか…過去の妄執にとりつかれた哀れな王様だ」
始まりは些細な嫉妬であった。しかしその嫉妬の火は瞬く間にトラキア半島全体へ野火のように燃え拡がり、一つの国を南北に焼き切った
そしてそれから100年以上ものあいだ最早始まりの理由など知らぬままに南北は年数回もはや何かの儀式…いや呪いのように弛まず絶えず戦争を行っていた。
そして今代の祭祀者、トラキア王国国王トラバント=フォン=トラキアもその例にもれず祖霊の意思を受け継ぎ忠実に実行していた
「無知なあの頃はそんなものなのか。などと愚かにも考えていたが時を繰り返しても自分の愚かさとは何も変わらないものだな、あの時の悲劇を繰り返すまいと、今度は上手くやろうと息巻いて戻ってきたものの何一つ変えられない…あげく空回って自分の部下に当たる…つくづく非才な自分が嫌になるよ」
「うん」
スクルドは何も語らない。
「こんな私が友を助ける?ロプト教徒を救う?セリスより良い未来を描く?…度し難い」
「そうだな」
きっとこれは最初の試練。
「辛いならもうやめるか?…ディアドラと三人でまた楽しく暮すのも悪くないさ、あの場所で」
シグルドが自分で乗り越えなくちゃいけない。きっと神様がズルなんかしたらいけない。
「安酒飲んで歴史書読んであーでもない!こーでもない!って喧嘩しながらさ」
神は賽を振らない?冗談じゃない神だってすべては見通せない。いつだって運頼みなのだ。それでも、
「そしたらディアドラが美味しい料理を持ってきて私たちの仲裁をするんだ!でもディアドラ怖いからな、ナーガすぐ使ってくるし…」
それでも信じたいから。自分の友人は…シグルドは何度でも立ち上がるって
「黙って聞いてれば調子に乗るな!黒とかげ!誰が帰るか!ああ分かった今理解した!二回目だって私は私だ!他の誰でもないシグルド=フォン=シアルフィだ!特別になんかきっとなれない!多分これから先も挫折まみれだ!それでもそれでも親友を救いたい!私を信じて付いて来てくれた彼らを守りたい!大事な妹や妻や子供を抱きしめたい!それでいいんだろうが!ロプトウス!」
「ああ…それでいい…それがいいよお前は。馬鹿で幼稚で甘チャンなお前じゃないと救えない世界がきっとある。わたしはそれが見たくてここに来たんだから」
妖しい紅玉の瞳を爛々と輝かせ満面の笑みを称えるスクルドはシグルドに問う
「決意は今度こそ決まったねシグルド公子…それでは次のあなたの一手はどうするんだい?」
「ちまちま小細工を使うのは私に向かない!ここは一番大勝負だスクルド」
「ほうそれは?」
「私がマンスターまで行って戦争止めて来てやるさ!遠征の許可を貰いに宰相レプトールに直訴しに行くぞ!」
◆
かくして今二人は直訴状を携え、レプトールが宰相職を得てから建てたフリージ家の屋敷を目指してバーハラのメインストリートを歩いているのだが、
「人に酔った…疲れた…シグルド…おんぶ…」
よっぽど疲れて子供返りしているのかスクルドは外見年齢よりさらに幼い言葉遣いになっていた
「ふざけるな!大体お前が『ロプトの秘術を見せてやる』とか言ってワープするのがいけないんだろうが!ヴェルトマーとバーハラの中間に飛びやがって!おかげでこっちは嫌な事思い出したんだぞ!」
「だって久々なんだもん…でもさシグルド…ちょっとは緊張解けたか?」
「ちっ…ばれていたのか…」
そうシグルドは柄にもなく緊張していた。
相手は卓越した弁舌と謀略そして数多の戦功でバーハラ宮の出世レースを勝ち上がった怪物…かつてイードの砂漠で矛を交えた時も何度陣を破られ、何度彼の雷で消し炭になりそうになったか…
ましてや今シグルドが戦いに挑もうとするのはまぎれもないレプトールの主戦場…そんな相手に自分は意見を飲ませることが出来るのであろうか?
そう考えると喉はつまり、目は踊り、思考はないまぜとなっていた…そうほんのさっきまでは
「お前は出来る子だぞ…シグルド…負けるなよ…」
「ふん、言われるまでもないさ」
そう言い放つとシグルドは足元がふらついているスクルドを背に負い、また屋敷を目指して歩き出した。