時をかける英雄   作:ブッシュ

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かみなりさんはよまずにのんだ

フリージ家…魔法騎士トードを始祖としたグランベル六公爵家の一つ

現当主レプトールがグランベル王国宰相を務めていることから分かるように、グランベルに数多存在する貴族の中でも抜きんでた名門中の名門。

グランベル王国建国以来その家格と富、そしてたった一公国ながら30をくだらないといわれる軍団を有す桁違いの軍事力を背景に常に君臨し続けてきたフリージ家。

 

その栄華を象徴するかのような贅の限りをつくした屋敷の一室、屋敷の主レプトール=フォン=フリージは豪奢な椅子に身を預け、秩序だって置かれた業務書類の一つに目を通しながら、気に入りの侍中よりある報告を受けていた。

 

「ほう…あのバイロンの小倅がこの屋敷に……か…」

「はい、シグルド公子とその御待中が是非とも公にご挨拶したいとのことで…いかがなさいましょうか?」

 

そこまで聞くとレプトールは書類を机に投げ出し、モノクルをわずかに整えたのかと思うとなんの感情も感慨も見せず一言だけ

 

「分かった会おう。応接の間に通せ」

 

 

 

執事の案内で応接室に通されはや30分。いつもの青いローブは失礼とシグルドに指摘され青いドレスに着替えた銀髪褐色赤眼の少女は頭から湯気でも出そうなほど怒り狂っていた。

 

「遅い!遅すぎるぞ!おいシグルド!これがフリージ家の客をもてなす習わしなのか?ただ待たせるだけならまだしも茶の一滴、茶菓子の欠片すらもまだ供されていないんだぞ!」

 

熱しすぎたポットのように激高する彼女をシグルドは静かにたしなめ、自らも自嘲めいた笑いを浮かべる。

 

「そう怒るなスクルド。そもそも向こうは私たちを客などと思って遇してはいないよ」

「は?どういうことだ?」

「今お前が言った通りの事だよ。本来なら名門フリージ家の使用人が来客に対してこんな不始末をしでかすはずがない、シアルフィ家の私たち…特に政敵バイロン公爵の嫡子である私は宰相レプトール公爵にとって客などではなく敵ということだ。主人の敵は自分たちの敵…忠義に厚い良い使用人たちじゃないか」

「下らん政治争いの為に私はのどを涸らせているのか…」

 

永遠に続くと思われたフリージ家の栄華に暗雲が立ち込め始めたのは5年前。

皇太子クルト王子が病に臥せがちになった父アズムール王の政務を代行することが多くなり、宮廷内で少なからぬ影響力を持ち始めたのが発端だった。

クルト王子が凡庸かそれ以下であれば若輩の王子などレプトールにとって手懐けることなどたやすく丸く収まっていたのだが、幸か不幸かクルト王子の政才は凡ならざるものでまたその自我も才能に倣うかのように強大であった。

王子はレプトールの息がかかった旧弊でバーハラ貴族の既得権益と化していた機関・部署の統廃合、それに携わる人事刷新を断行した。

その大鉈の後ろ盾となったのがクルト王子の幼年の頃からの後見人でシグルドの父、シアルフィ家当主バイロン公爵であったのだ。

クルト王子が清廉で実直な人柄を好んだこともあるがなによりも、シアルフィ公爵領の広大な平野部と穀倉地帯、海運で得られる富はフリージのそれと互し、またグランベル王国軍内で絶大な支持を得ているバイロンの影響力はレプトールの政治力をもってしてもいかんともしがたいものであった。

 

「父上の意向はともかくとしてバーハラ宮内では、恐れ多くもアズムール王陛下がお隠れになった際、王子政権下での宰相職は父バイロンなのではないか?などと表立って噂されるほどだ…それは宰相閣下も面白かろうはずもないだろう」

「宮廷雀の噂話すら看過できない間柄とは…いやはやこれは厄介な面会になりそうだな」

 

そんな軽口を言っているとシグルドが入室した廊下と面した大仰な扉とは別に、恐らくはフリージ家家中のプライベートな部屋と繋がっているのであろう幾分こじんまりとした扉からフリージ特有の紫がかった銀髪を後ろに流し固めた頭髪、左目にはモノクルを付け、グリップには純金と象牙を施された杖をついて入室してくる60半ばの男。

彼こそが今回シグルドのバーハラ来訪のお目当て、グランベル王国宰相レプトール=フォン=フリージであった。

レプトールの入室を知るや否や立ち上がるシグルドとスクルドに手振りで着席を促す老人。

 

「いや失礼。いささか野暮用で立て込んでいてな。しかししばらくぶりだなシグルド公子。バーハラ士官学校卒業祝賀の席以来かね?」

「いえご多忙な中貴重なお時間を割いていただき光栄の至りです、閣下。その節は直接閣下からかけて頂いたお言葉は、不肖このシグルドの人生の導として胸に深く刻んであります」

「なになに酒を飲み気が大きくなって出た老人の戯言…これは恥ずかしいことだ忘れてくれたまえ。あのようなつまらぬ事を前途ある君に吹き込んだと知れては君の御父上に叱られてしまう」

 

聞いているこっちがうすら寒くなってしまうような社交のラリーを呆れつつも黙って見ていたスクルドに不意に話題が飛び火する。

 

「それでこちらのお美しいご婦人は?紹介してくれないだろうか?公子」

「これは失礼致しました…これは私の待中で有事の際は副官を務めるものです。私の右腕となります。失礼とは思いましたが閣下に一度ご紹介したくこの席にも同席させました…スクルド、閣下にご挨拶を」

 

そう促す青髪の貴公子。

知らぬ間に自分の役職が追加されていることに驚きを隠せない暗黒竜であったが、それを自制心でねじ伏せ真面目腐った顔でレプトールに最敬礼をとる。

 

「シアルフィ家待中長ならびにシグルドの待中・副官も兼務させて頂いています、スクルドでございます。閣下のご尊顔を拝し、またこのような席に同席させていただいた閣下のご配慮恐悦至極に存じます」

「ご丁寧な挨拶痛み入る。年もティルテュと大して変わらぬだろうに…シグルド公子の右腕とは…いやはや…ハハハハハ!」

(なにがいやはやなのだこの禿は…褒めているのか…馬鹿にしているのか…)

 

スクルドの紹介がよほど気にいったのかはたまたシアルフィ家の人材欠乏を見ておかしくなったのか理由は定かでないが、らしくもなく呵呵とばかり笑うレプトール。

それを見て好機とばかりに本題を切り出そうとするシグルド。

 

「レプトール公、お耳汚しとは思いますが現在のトラキア半島の情勢はご存じでしょうか?」

「ああ、また懲りもせずにあのハイエナが勢いづいているようだな。いい加減現実を見て北に頭を下げればよいものを…そういえば君の妹君の婚儀も延期になったようだな…ご心痛痛み入るぞ」

「閣下のお言葉、妹にも必ず伝えましょう。それで…」

 

シグルドが幾晩も徹夜し、北トラキアへの援軍を送る大義・メリットを書き連ねた書面を机の上に広げようとしたまさにその瞬間であった

 

「ふむ、公子ここだけの話だがな…貴君はグランベルを代表して北トラキアへ参軍してくれないだろうか?なにシアルフィにのみ負担を強いるつもりはないフリージからも精兵3000と指揮官にティルテュも付けよう」

 

シグルドとスクルドの時は止まった。

運命の扉はいまだに開きっぱなし。トラキア半島の明日いずこか?

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