時をかける英雄   作:ブッシュ

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雷鳴と英雄と竜 その1

「申し訳ありませんもう一度お願いできませんか…今なんとおっしゃいましたか、閣下?」

「ああ構わんよ、何度でも言おうじゃないか。君にシアルフィ・フリージの連合軍を率いてもらい、トラキア半島への派兵し、そして膠着した南北の戦況に風穴を空けてきてほしいとお願いしているのだよ、シグルド公子。もちろんそれには君の同意が必要な話ではあるのだが…どうかね?」

 

渡りに船とはまさにこのことであった。

レプトールが今しがた提案した内容こそがまさしく今日シグルドが目の前の老人を説き伏せどうしても同意してもらい、アズムール王にクルト王子、6公爵が列席するグランベル最高会議にねじ込ませて欲しかった案件だったのだ。

しかもこの老人はフリージ軍3000と愛娘もシグルドに付けると言っているのである。

 

「閣下、わたくし如きが僭越ではございますが発言をお許し頂けませんか?」

 

あまりの衝撃に呆気に取られていたスクルドではあったが、即座に我に返った。

確かにレプトールの提案は自分たちにとって魅力的である。

ただあまりに魅力的であるがために疑わしい。

そもそもレプトールがトラキア半島の紛争に首を突っ込みたい理由がまるで見えてこない。

それを分からずにこの美味しい提案を呑むわけにはいかない、口にしてみて毒饅頭だったでは困るのだ。

 

「構わんよ。ここは私の個人的な屋敷だ、そんな格式張る理由もあるまい。シグルド公子の副官である君がこの提案に疑問を持つのは当然のことだ、答えられる事ならなんでも答えようではないか」

「それでは失礼ですが…このご提案の閣下の御真意をお教えくださいませんか?」

 

スクルドは婉曲な話術に頼らず、一気にレプトールの懐に飛び込んだ。

彼女は手練手管のレプトールを相手に下手に小細工を弄した結果、のらくらリといなされた末に話の主導権を握らせるといった愚を犯すつもりなどなかった。

 

「真意とはどういう意味かね?」

「閣下の御認識の通りでお間違いございません。あえて付け加えるならばこれを実行することでグランベルは何得ます?…そして閣下は何を得られますか?」

「はて?グランベルにとって北トラキアは穀物・果実・食肉など農業生産物、乳製品等々を最も多く輸入しているビジネスパートナーなのは今更君らに講義する必要も無かろう?だとするならばグランベルにとって生命線である北トラキア諸国の危機に我らグランベルが駆けつけ手を差し伸べる。これに何が不思議があるのかな?ましてやレンスター王国キュアン王子とシアルフィ公国エスリン公女の婚儀が成ればレンスターは同盟国も同然。彼の国が窮地のいまこそ我らの友誼を示す絶好の時ではないか!それこそが我ら12聖戦士の末裔たるものの義務というものなのだ!」

 

レプトールは宮廷詩人が聞けば涙を流しそうな、芝居かかった声と仕草でグランベルと北トラキアの理想の関係とグランベルの展望をシグルドとスクルドに語る。が、

 

「ご冗談でしょ?」

「スクルド!言葉が過ぎるぞ!」

 

臣下を諫めようとするシグルドをスクルドは手のみで制す

 

「大した美談です…まるで物語に出てくる英雄譚の一節のようですな…さぞかし大衆の涙を搾り取れることでしょう。ですがそれはどこぞの甘ちゃん、英雄の理屈…それでは超大国グランベル王国宰相は務まらぬ…そうでしょう?レプトール宰相閣下」

「結構。万が一このようなお題目で踊り出すようなら傀儡人形にもならぬとこであった」

 

一転、レプトールの表情から愛想めいたものが削ぎ落ちる

恐らくこれこそが彼の、グランベル王国宰相としての本当の姿

 

「ではそろそろ教えて頂けませんか?あなたの本当の狙いを」

「小娘が、シアルフィ家の待中如きがこの私相手に『あなた』とはな…おい、シグルドこれが貴様の右腕か?シアルフィ家ではどういった躾をしているのだ?」

「格式ばる必要はない。疑問にはなんでも答えると口にしたのは貴様だぞ?我が主とシアルフィ家を愚弄したの一回だけ目を瞑ってやる。さっさとさっきの質問に答えるがいい…それともここで老い先短い人生を終えてしまうか?」

 

スクルド…いや地竜族ロプトウスもいい加減低俗なバカし合い飽いたのだろうか?

被っていた人間としての礼儀を煩わしいとばかりに脱ぎ捨て禍々しい殺意が室内に充満しだした。

 

「なんだこの小娘は!」

 

レプトールは手元にあった魔導書…トードの時代より受け継いだ神の武器トールハンマーである

 

「死ね!」

 

レプトールの声と同時に紫雷がスクルドを包み、そして轟音と共に爆ぜ飛ぶ

その一撃は正真正銘天雷と同義。人の生存を許しはしない。だが、

 

「選んだな…結構だ。素晴らしい」

 

閃光の中からは焼け焦げたドレスを着た褐色銀髪の少女…スクルドが無傷で現れた。

そしてその少女の腕はまっすぐにレプトールの首筋へ向かう…

 

「やめろスクルド!」

 

彼女の主シグルドはスクルドとレプトールの間に割り込み、レプトールに再度問う

 

「閣下、ご本意を」

「まあよい…ありきたりで悪いがな利権だよ。トラキア王国の敗戦後に必ず起こるであろう南部トラキア山脈に眠る資源採掘利権の流出。そこに先鞭をつけ、いやそこまではいかずともよいのだ…経済封鎖解放後の鉱物資源売買を管理する機関にうちの派閥の人間をねじ込ませてしまいたい。そのために北トラキアに今から恩義を売っておく。そこに都合よく転がっていたのが利害が一致しそうな貴様らというわけだ…貴様らには動かなければならない理由があるのだろうから喜んで戦場の矢面に立ってくれるだろう…それだけの話だ」

 

モノクルの奥に表情を隠し、レプトールはついに自身の野心を語りだす。

 

「なんとでも言うがいい。ここを抑えてしまえばクルト・バイロン王子派に漸減されている我らは息を吹き返すというわけだ。そしてここで生み出させる富を利用し…」

 

観念したのであろうか雄弁に語るありきたりな利権体制。

割れたネタがつまらなすぎて拍子抜けしたのであろうかスクルドはシグルドに答えを任せる

 

「で、どうするよ?シグルド様…こいつの計画に乗るのは癪だがそれでも利用するのが我々にとって一番手っ取り早いのは間違いなさそうだが?」

「どうするのだ?シグルド公子?これが貴様にとっても悪い話ではないのだろ?」

 

先ほどから目を瞑り、竜と君側の奸のやりとりを黙って聞いていた青の貴公子。そしてその両の目は開かれた。

 

「閣下…で、貴方の真意はどこにあるのですか?」

「はぁ?」

 

シグルドの間の抜けた質問にレプトールの鉄面皮は剥がれ、つい老人は王国宰相という肩ひじ張った肩書とは思えない気の抜けた返事をしてしまう。

 

「何を言っている?この禿はさっき…」

「スクルドそれは全て嘘だと思う」

「嘘だと?」

「ああ。先ほど閣下が言われた利権回収やそれに関わる組織設営にどれだけ手間がかかると思う?閣下は最初の最初にこう仰っていたのだ覚えているか?『膠着した戦況に風穴を空けてこい。』。だとしたら利権を着地点にするのはおかしい、辻褄が合わないんだ。現状では南北両軍はマンスターとトラキア王国国境線となるトラキア大河を挟んでもみ合っている、そこにシアルフィ・フリージ連合軍一万程度を投入したからといってどの程度の戦況が変化すると思う?トラキア王国を滅ぼすのは論外。だとしたら有利な講和条件を引き出すのにはどこまで侵攻したらいい?これは私の見立てだがミーズ、カパトギア領の完全征服は最低ラインだ。そしてそこまで侵攻する時間と軍費は…」

「もういい」

「いいえやめません閣下。そもそもトラキア王国の経済状況を考えればもう7年も待てば、我々が何もせずとも彼の国は熟柿のように陥ちてしまう。本当にあなたが資源利権を求めているのなら、そのときに改めてフリージは介入してしまえばいいんです。今無理に軍事行動を起こす必要はないんだ。違いますか?」

「…その通りだ、なるほどよく調べたものだな」

「本当の事を教えていただけますか?閣下」

 

シグルドの長口上に付き合うのにうんざりしたのか、それともついに観念したのかフリージの王はぽつりぽつりと口を開く。

 

「君らは近年フリージ公国内で起こってる村落連続襲撃事件を知っているか?」

「ああ確かアグストリア国境の村落、小規模都市が立て続けに襲撃されているとか…それがどうしたというのだ?」

「数少ない生存者からの証言や捕らえた襲撃犯の装備から判断するに恐らく実行犯はトラキア王国が行っている主要産業…傭兵部隊だよ。国軍を他国に値段次第で切り売りするとは奴ら正気の沙汰ではないな」

「ではその復讐の為に?」

「馬鹿な!そんな事の為に帥を興すものか。実行犯はトラキアでは計画したのは誰だろうか?フリージとアグストリアの国境線で行われた犯行…イムカ王か?いや違うな。だとしたらこれはお粗末すぎる」

 

レプトールの言葉はそこで終わる。が、スクルドがその言葉を継ぐ

 

「シルベール王国は位置的におかしいし動機が弱い……グランベルを憎みトラキアを雇い入れる資金力を持つ者…シャガール王子か?」

「まあそんなとこだろう。あの世間知らずはグランベル、わが愛すべきフリージ公国に牙を剥いた。そのけじめだけは取らさなければ気が済まない。だがそれを実証するだけの証拠が欲しい。そのためにはトラキア王国軍と接触する必要がどうしてもあるのだよ」

 

話すべきことは全て話したと今度こそ口を噤んだレプトール。

シグルドはスクルドと顔を見合わせ決意する。

 

「閣下、閣下の御提案承知いたしました。私で良ければご協力させてください。ご存じだと思いますが私も妹と義弟の為に今日閣下に同じ提案をさせていただきたいと参上いたしました。これは渡りに船、閣下さえよろしければシアルフィは労を惜しみますまい」

「ふん、下らぬ理由ではあるが利害は一致した。お前の提案を乗ってやると言っているのだ」

 

そのあとシグルドとスクルドはようやくフリージ邸でお茶と茶菓子にありつけた。

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